『極黒のブリュンヒルデ』今泉賢一監督インタビュー「あそこで一所懸命に生きる子たちがいるんだと、そんな風に思えるんです」

現在放送中のテレビアニメ『極黒のブリュンヒルデ』。ジェットコースターのような怒涛の展開と過激な描写、そしてところどころに入る絶妙なギャグと様々な魅力を持った本作が、今話題となっている。今回は監督である今泉賢一氏にインタビュー。原作の魅力をどのように活かしながらアニメ化しようとしたのか、たっぷりとお話を伺った。

今泉賢一(いまいずみ・けんいち)
監督、演出家、アニメーター。アートランドに所属の後、現在フリー。数多くの作品で作画監督を務め、『勇午 ロシア編』や『ハングリーハート WILD STRIKER』などではキャラクターデザイナーとして作品に携わる。その後『銀河英雄伝説』、『十兵衛ちゃん2-シベリア柳生の逆襲-』や『蟲師』などで演出家としても作品を手掛けるようになり、『家庭教師ヒットマンREBORN!』にて初監督。『生徒会の一存Lv.2』でも監督を務め、現在に至る。

―― 今回、監督をお引き受けした経緯からお聞きしてよろしいでしょうか。

今泉 制作会社であるアームスさんとはもともとお付き合いがあったので、その御縁ですね。最初にお話があった時に、「こういうシーンがあります」と、寧子が真っ二つにされているページだけを見せられたんです。「(こういう描写がある作品ですが)耐えられますか?」ということですね。僕自身は読ませていただいて、必然的にやっているのなら大丈夫だと思いますとお話しました。原作も必要以上の残酷な描写はやっていませんし、アニメの放送コード上問題なく処理が可能かというところも想定して、そう答えました。

―― その監督オファーがあったアームスさんという現場はいかがですか。

今泉 結構修羅場を乗り越えてらっしゃる会社さんなので、僕みたいな監督のわがままや、スケジュールのしっちゃかめっちゃか感を暖かく見守っていただけるのがありがたかったです(苦笑)。コンテが遅れていても「大丈夫ですよ」と言ってくださる。それがなければ周りに迷惑を掛けていることを懸念して、「コンテを誰かに頼みましょう」とこちらからお話していたかと思います。

―― ということは、今回は最終話まで、全部おひとりでコンテを描かれている?

今泉 はい、そうなんです。監督をやっていて――演出をやっていてというべきかもしれませんが、キーになるのは絵コンテと編集だと思っているんですよ。最初にアームスさんの制作デスクさんからも「監督として一番気にされる工程はどこですか?」とお話いただいた時に、絵コンテと編集ですと答えました。ここで失敗するとあとで取り返しがつかなくなってしまうんです。今回編集を担当いただいた平木(大輔)さんも非常に頼もしい方なので、本当にいい環境をいただけたなと思います。

―― 今泉監督は、基本的にはどんな作品であっても可能であれば絵コンテは全話描きたいという方針なのですか?

今泉 そうですね。今回はある程度スパンがあったのでできたのですが、本当はもっと早く終わってないといけなかった(苦笑)。シナリオはわりと早い段階で決定稿があったのですが、最後の方はある程度自分に預けていただいていたんです。ここまでここまでコンテを遅れさせてしまったこともあって、ラスト近くは原作のヴァルキュリア編を参考にすることができました。そういう意味では結果としてよかった部分もあったと思います。―― 今少し脚本のお話が出ましたが、脚本作りにおいて心掛けられたところはどのあたりでしょうか。

今泉 とにかく原作各エピソードの引きが強いのでアニメもそうしたいと、プロデュースの森尻(和明)さんから提案がありました。そこで構成としては起承転までは前の話数で、結は次の話数に持ってくるであったり、起承までは前の話数で転結を次の話数に持ってくるといった工夫をしています。1話で起承転結まで行くのではなく、次に持っていくということは構成会議の初期には決まっていました。

―― 確かに、原作を非常に上手く整理されているように感じます。

今泉 通常のアニメのシナリオライターだと順番を入れ替えたり、内容は同じですがシチュエーションを変えるといったことは怖くてやらないと思います。それを、北島(行徳)さんが今回非常に上手くまとめてくださいました。

―― 原作を整理するにあたって落とさざるを得ない要素などありましたか。

今泉 科学的な話はどうしても削ってしまっています。アニメになってしまうと文字でなく、音だけで聞いた時に分からない部分があるので……。そこよりは、もう少しこの子達(寧子達)の生き様に尺を使ってあげたかったんです。尺について言うと、シナリオのままやってしまうと絶対にオーバーしたので、コンテを描きながら、どの段取りを削れば収まるかというのが常に課題でした。どこを省略すればテンポもよくなって情報も最低限活かしていけるのか。コンテはそればかりでしたね。

―― それにしては例えば鎮死剤が生成できないことを寧子達が知った時、間尺を取って心情を表現したりといった、思い切りのいい演出法もあったと思うのですが。

今泉 プロデューサーの森尻さんが最初の打ち合わせの時に、「キャラクターの心情表現はきちんと押さえて欲しい」とおっしゃったんです。僕は彼女たちの行動を追っていくだけでなく「この子たちはそれに対してこう思いました」といった部分を描いてこそ心情が表現できると思っています。尺との戦いですが、そこはきちんと拾っていくのが今回のポイントでした。「生きたい」という人間として最低限の欲求をなんとか掴み取りたいと彼女達が願うため、絶対的に押さえないといけなかったんです。

―― ポイントは心情表現だったということでしょうか。

今泉 はい。構成的には一巻から四巻までは内容としてかなり拾っているんですよ。その部分が彼女たちと村上の人間関係が構築される部分なんです。いくら後半のバトルが盛り上がると言っても、人間関係を構築するところを見せられなかったら、誰も感情移入をこの子たちにしてあげられない。どんな作品でもそうだと思うんですが、ストーリーを作るメインキャラ達の関係を描かないと次に踏み出せない。だからそれは絶対落としてはいけないんです。

本作に欠かすことができない、キャラクターの日常シーン。歳相応の少女らしい描写がドラマをより魅力的にする

―― 本作を作るにあたって演出でいうとどのあたりにポイントを置かれましたか。

今泉 与えられた尺の中で入れなければいけない情報を考えていくと、演出家としてはジェットコースターアニメにするしかないと思ったんです。お客さんを振り落としてしまうのであれば僕の失敗です。でもそのジェットコースターに乗り続けてもらって面白いと思ってもらったら、お客さんのニーズにあったということかなと思います。だからカット割りも次のシーンに行く時、場所の外観や状況を先に見せて寄っていくようなことはしませんでした。ポンとインパクトのある絵で次の場所や時間に持っていくという手法にしています。結果的にそれがジェットコースター的になったりしているかと思いますね。原作もそういう部分があるので、それをさらに拡大させました。

―― 残酷とも採れる描写も出てくる作品ですが、そのあたりで気を遣ったところはありますか?

今泉 基本的に原作でやっていることはアニメでもやっていこうと思っていました。ただ、放送コードで規制が入ってしまうところはBlu-rayやDVDは原作以下にはしない方向にしています。多少原作よりも飛び越えた部分はありますが、内臓を飛び散らせるといったようなことはしていません。そんなところで作品の価値があがるとは思っていないんです。―― 逆に言えば原作以下の温い描写にはしないという意図もあったわけですよね。

今泉 それは岡本(倫)先生原作アニメ作品としての前作、『エルフェンリート』があそこまでやられているので、そこを期待している原作ファンもいらっしゃると思ったんです。「なんだ、マンガよりも(基準を)下げたんだ」というのは原作ファンの方をがっかりさせると思ったんですね。アニメからの方に嫌悪感を抱かれてもよくないし、漫画ファンに見放されてもいけない。そのバランスは難しかったです。

かなり過激な描写も多い本作。生きるか死ぬかのギリギリのところで、彼女達は戦う

―― アクション要素も多い作品ですが、そういった面で気を遣ったところはありますか?

今泉 特に魔法関係ですね。原作では魔法の理屈は言葉で描かれている場合が多いので、アニメの映像をやっている人間としてはもう少し画として分かりやすくしたいという想いがありました。最初沙織が半径6メートルを切り刻むという能力を見せるところで「6メートルをドーム型のバリアみたいにしてもいいですか?」と岡本先生にお話をさせていただいたんです。そのドームが迫ってくるから逃げなければいけないという、逃げる側の心情にも感情移入がしやすくなるのではと考えたんです。ドームがかすったからその部分が切れるという視覚的な分かりやすさもありますよね。

―― 確かにそうですね。

今泉 他にも奈波が目で相手をスキャンしたり、頭の中を書き換えたりといった攻撃的な部分をスキャンしているような瞳にしたり、スキャンを連想させる音を入れてみたりしています。同じように、カズミもインターネットに入っていく際、カズミが機械の一部になってしまったような表現にしようと、瞳の中に数字のようなものをちらつかせたりしています。モニターには今彼女が検索しているであろう映像がパラパラと映っているんですが、それよりもさらに速いスピードで処理しているということを表現したくて、ああいうかたちにしました。バトルアクション自体は原作とほぼ同じなのですが、魔法に特化した部分での表現は少しマンガチックにしています。先生には全て確認を取らせていただきました。

―― 一方、本作のもうひとつの魅力としてギャグがあると思いますがこの部分に関してはいかがですか。

今泉 岡本先生のギャグセンスが凄いですよね。これは編集さんや音響監督含めたメインスタッフどなたとのやり取りでもそうなんですが、原作を再現する時に「本当にこのギャグをこのシーンでやるんですか?」と言われてしまうんですよ(笑)。例えば音響監督さんからすればしんみりした曲を掛けているのですが、いきなりそこでギャグをやると腰砕けになるのでは? という戸惑いが出てきたりもします。でもこれがこの作品の魅力だと思うので、音響打ち合わせの最初の頃から「ギャグはアニメならではの全てを駆使してちゃんと見せたいです」という話をしました。色をつける、音がある、声優さんの芝居がある、それらアニメならではの特性全てを使うつもりだったんです。他の作品からすれば完全にセオリーを無視したものになるでしょうが、この作品の特色になると思っていたんですよ。

―― なるほど。並々ならぬ労力を掛けて原作のギャグ再現をされているのですね。

今泉 ええ。できる限りそうしているつもりですが、いくつかは拾えなかった部分もあります。原作での寧子の言い間違いで、排水口を鉄山靠と言っているシーンがあるんですよ。

―― ああ、ありましたね。

今泉 でも私は字面として読んでもあれが排水口の考え間違いだと全く思えなかったんです!

―― 確かに、相当突拍子もない間違いですよね(笑)。原作を読んでいても二度見してしまいます。

今泉 そこで先生に「排水口と鉄山靠を間違えるのはどうでしょうか……」と相談したんですが「ああ、それなくていいです……」とおっしゃっていました(笑)。

―― (笑)。

今泉 もちろん、アニメも画面の中に鉄山靠と字を入れてもいいのですが、今回はそういうところで文字を入れたりはしたくなかったんです。音を聞いた時に面白く思えるギャグになる部分と自分が原作を読んで面白かった部分は、少しでも拾いたいと思っていました。命が掛かっていて明日死ぬかもしれないという部分とは別の、その中でも一生懸命生きているという日常を象徴しているのがギャグだったりもするので、それをちゃんと映像にしてあげないと作品の魅力を十分に伝えたとは言えないんです。

ギャグシーンも本作の大きな魅力。シリアスとの落差も相まって、本作は他にない独特な味わいを持っている

―― なるほど。確かに原作のギャグがうまく活かされた作品だと思うのですが、アニメ版は少しリアル寄りにされているのではないかと思えるところがありました。話題になった「颯爽登場寧子さんだ~」の鼻歌シーンも、マンガでは本当に顔を真っ赤にしているのを、少し頬を染めるぐらいになっているように思えるのですが。

今泉 実は頬のタッチに関しては、今回入念にテストしてみたんですよ。「これまでの経験上、頬タッチと頬ブラシはテストしないとダメです」とアームスさんに相談したんです。マンガだと全面的にBL(黒み)を掛けても赤く見てくれるんですが、アニメでやると汚くなってしまう。せっかく可愛い顔に汚れがついてしまったように見える場合もあるので、適切な量と赤みを載せる必要が出てくるんです。寧子はあのシーンでノースリーブなので、頬が赤くて他の部分がノーマルだと色味的におかしくならないかといった懸念もありました。それでももう少しギャグ寄りの作品だとなんとか見せられるのですが、『ブリュンヒルデ』はどちらかというとリアルが基調なので、テストしないといけなかったんですね。いくつもパターン出してみて、顔全体を赤くするのはやはり辛いと判断しました。

話題になった寧子が鼻歌を歌うカット。頬部分の赤みに注目

―― ではリアルにするか、誇張するかで判断を迷った時は、テストをした上でノーマルに落としこんでいくことが多かったのでしょうか?

今泉 はい。ただ、小鳥が出た天体観測している時に「偶然ですー」と言っている時は、目の表情を消したかったのでブラシで表情を暗くしてリアクションを取らせてしまったりもしました。あそこの目を描いてしまうと場の雰囲気を表現出来ないと思ったんです。そういう意味では、どんな手法もそのシーンを表現するのに適切だったら使うべきだと思っているので、場面に合わせてどうするかは常に考えて毎回選んでいるつもりです。

―― 本作は村上と他の女の子達との恋愛的な要素もほのかに感じられる作品になっています。そのあたりでこだわったところはありますか?

今泉 村上は最初クロネコという幼なじみと寧子とを重ねあわせていたわけですが、黒羽寧子という今目の前にいる17歳くらいの女の子を好きになっていく過程をきちんと描くというのは最初から気をつけていました。

―― それはクロネコではない、まさに今そこにいる黒羽寧子という少女に対して好きになっていくということですね。

今泉 はい。彼女はクロネコではないかもしれないのですが、今そこにいるこの子のことを守りたいと思っていく。それでカラオケもストーカー紛いのことをしてしまったり、そういう関係に、知らないうちになっているようなことを描けたらと思っていたんです。

村上が幼い頃好きだったクロネコそっくりの寧子。村上が寧子を気にした切っ掛けもそこにあった

今泉 2話で赤い服のおばさんが車に轢かれることなく助かった時に、「本当助かってよかった」と遠くを見ている寧子をちらっとみて頬を赤くする村上を描いたんです。それはクロネコではなくて、目の前にいる初めて会ったかもしれない黒羽寧子という子に対して、「この子いいな」と意識した瞬間のつもりで描きました。本人は意識していないかもしれないですが、視聴者にはある程度分かるようにしたつもりです。

―― なるほど。カズミとの三角関係的な様相も非常に面白いですし、そのあたりも最終話まで目が話せませんね。最後に一言いただいてもよろしいでしょうか。

今泉 最終的に視聴者の皆さんに「この子達はいい子だな、リアルにいたらいいな」と思ってもらえるような存在になっていればと思います。私も今まさにそう思えている状態でして(笑)。去年の夏に現地をロケで回ったんですけど、今もぼんやりと……二次元の世界の子なのに、あの街に彼女達がいるのかなと思うことがあるんですよ。あそこで一生懸命に生きた子達がいたんだと、そんな風に思えるんです。落ち着いたらもう一度、あの街を回りたいなと思いますね。

●放送情報
TOKYO MX、読売テレビ、中京テレビ、BS11、AT-Xで放送中

●配信情報
GyaO!
ニコニコ動画、日テレオンデマンドで配信中

●公式サイト
http://www.brynhildr.jp/

●ソフト情報
Blu-ray&DVD BOX?、7月30日発売 BOX?、9月24日発売
『極黒のブリュンヒルデ オリジナル・サウンドトラック』発売中

© 岡本倫/集英社・「極黒のブリュンヒルデ」製作委員会

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