日本総研 調査部長・チーフエコノミスト 山田 久
 
人手不足が広がっています。建設技能者が足らずに工期が遅れたり、大手外食チェーンで人手が集まらず休業に追い込まれるケースが伝えられています。有効求人倍率は直近の5月の値で1.09倍と、約22年振りの水準となりました。人手不足が深刻化していけば、せっかく訪れている経済成長実現のチャンスが十分に活かし切れず、国民生活水準の向上も限定的にとどまってしまうことになります。

では、人手不足感が強まってきた原因はどこにあるのでしょうか。まず、景気の回復による求人の増加を指摘できます。日本経済は一昨年秋以降回復局面にあり、4月の消費増税後も総じて底堅さを維持しています。労働供給面での要因も無視できません。人口減少と高齢化の影響で、働く意思のある人を意味する労働力人口の数は、1998年をピークに長期的な減少傾向にあります。
 
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しかし、ミスマッチという要因を見逃せません。有効求人倍率の高まりの一方で、実際に働いている人の人口に占める割合である就業率はなお低い水準にとどまっています。
 
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この背景には、企業が求める技能・スキルを求職者が持っていないことや、企業が提示する労働条件が求職者のニーズに合わないといった事情を指摘できます。
以上は「量」的な問題ですが、「質」的な問題もあります。人材の能力が十分発揮できていないという問題です。近年わが国では生産性が伸び悩んでいます。
 
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ここで生産性とは、従業員一人あたりの付加価値、つまり一人が生む「人件費も含む儲け」の大きさのことで、それが伸び悩んでいることは、働き手の能力が十分活かされていないことを意味しているからです。

ここで注目したいのは、経済全体を見渡すと、実は一様に人手不足が強まっているわけではないことです。日本銀行の調べでは、今年3月時点で、建設や小売、外食・宿泊、運輸で、人員不足と答えている企業が多く存在します。一方、製造業ではさほど不足は多くなく、とくに大企業では過剰と考えている企業の方が多くなっています。では、人手不足が目立っている分野の特徴は何かというと、生産性が低迷してきた部門だということです。
生産性が伸び悩んでいるというのは、一定の付加価値を生み出すのにより多くの人手がかかることを意味しています。つまり、人手が不足しているのは、生産性が向上してきてこなかった結果という面を無視できないのです。
例えば、外食チェーンや各種小売業で人手不足が目立っているのは、「ローコストオペレーション」とよばれるビジネス手法が影響しています。業務のプロセスを標準化して経験のない人でもできる形にし、非正規労働者を雇ってコストを可能な限り切り詰めるやり方です。積極的に出店し、低価格でたくさん売ることで利益を上げてきたわけです。つまり、一人当たりが取り扱う販売数は多くとも、低価格を売りにしていたため、儲けはそれほどではなかったのです。
こうした手法が成り立っていたのは、人手が余り、人件費コストを引き下げることが容易であったためです。加えて、駅前商店街を象徴とする旧来の商業形態から顧客が流れてきたことで売上数量を伸ばすことができたといった事情もありました。しかし、そうした環境はもはや過去のものになりつつあります。人手不足でパート・アルバイトの賃金が上がり始め、旧来型の商店は衰退してもはや顧客数を増やす余地は少なくなっています。
逆にいえば、そうしたビジネスや人材活用のやり方を見直し、働き手の創意工夫を活かして売り上げ単価を引き上げることで、生産性を高めることができれば、それだけ人手不足は緩和できるといえます。

人手不足の制約を乗り越えて経済成長を実現するには、もちろん労働供給を増やすことも重要です。ただし、成長率の伸びを高めるには、女性・高齢者の労働力率の引き上げよりも、生産性の引き上げによる効果の方が大きいといえます。外国人労働者の受け入れ拡大も中長期の視点で必要ですが、安易な受入は生産性の低迷をもたらし、かえって成長にマイナスに働く懸念があります。

では、生産性を引き上げるにはどうすればよいのでしょうか。正社員の働き方改革に鍵があるように思われます。わが国の正社員の働き方は、いわゆる「就社型」、つまり、企業という共同体の一員になるイメージです。このため企業の雇用保障は強いものの、仕事内容や勤務地、労働時間は自ら選べない働き方です。それは右肩上がりの成長のもとで、「男性は仕事・女性は家庭」という家族モデルが一般的な時代は上手く機能しました。しかし、低成長の時代に入り家族モデルが多様化するなか、様々な限界がみえてきています。
仕事内容よりも雇用保障が優先されるため、どうしても特定分野の高度なプロフェッショナルが育ちにくくなります。また、正社員の雇用保障が強い分、非正規が増えざるをえません。結果として、十分な能力やキャリア形成の機会に恵まれない人々が増えた形です。さらに、正社員の雇用保障のために必要な事業再編が遅れて企業体力が低下し、結果として、より多くの人員リストラを余儀なくされるケースもみられます。夫婦共働き世帯にとっては、長時間労働や転勤が前提の「就社型」正社員では、夫婦どちらかのキャリアを犠牲にせざるをえないのが実情です。
こうして、就社型の正社員を基本とする雇用システムでは、能力を発揮することが難しい人々が増えてきており、結果として、生産性の低迷につながっているのです。
これに対し、欧米流の「就職」型、つまり、仕事内容や職種が選べる働き方が普及すれば、より多くの人々の能力が活かせ、生産性が高まりやすい環境を期待できます。特定ポストを前提に雇用契約を結ぶ、アメリカ型のプロフェッショナルな働き方が増えれば、マーケティング力や事業企画力が高まるでしょう。その結果、日本製品の高い品質を、値段の引き上げという形で生産性向上に結実させる効果が期待できます。ヨーロッパ型の企業横断的な技能を持つ、職種限定の熟練労働者的な働き方が普及すれば、残業なしの働き方で夫婦ともにキャリアの継続ができるようになります。転職しやすいがゆえに、不採算事業の整理が受け入れられやすくなる効果もあるでしょう。
こうした「就職」型は、現在「限定正社員」として議論されている働き方ですが、仕事内容や勤務地が選べる代わりに、その仕事がなくなれば雇用契約は解除されることが基本です。このため、労働組合は及び腰ですが、企業の従業員に対する責任が一方的に軽くなるのではなく、責任の在り方が変わると考えるべきです。確かに、雇用維持に対する責任は軽減されるにしても、働き手のキャリア形成への支援のほか、いざ雇用契約が解除されるときの再就職支援や退職金支給などの新たな責任が重くなるのです。
加えて、欧米とは労働市場や生活保障のあり方が異なる以上、前提となる社会の仕組みを整備することも、「就職」型の働き方を普及させるための条件になります。具体的には、業界や職種横断的な能力認定の仕組みの整備が必要です。教育費の私的負担の軽減や保育支援を拡充し、年功賃金の是正や男女共働きがしやすい環境を整えることも重要です。
人手不足局面に入ったいまこそ、経済全体での人材再配置につながる「就職」型の働き方を増やすチャンスとえいます。政労使には目先の利害を超えて、大きなビジョンを共有したうえで、新たな働き方の創造に取り組んでいくことが求められましょう。