脊髄損傷では肛門部に痛みを感じません。

そのことが問題であると、以前にコラムで書いた記事を掲載します。

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<痛みのない問題>



痛みと人種
私が青森県で医師をしていた時に感じたことがある.南部の人は我慢強い.特に痛みに関しては知覚が鈍磨しているのではないかと思うほどである.青森県には津軽藩と南部藩があって,津軽は痛みに敏感で,注射1本でも大騒ぎであるが,南部の人は,じっと耐える.ナガイモ掘りの機械にはさまれたと,自分で指を持って歩いて来たり,顔中火傷をしたおばあちゃんが火傷に効くという葉っぱを顔中に貼って,頬かむりをして,じっと外来のイスで待っていたり,とにかく,我慢強いのである.
昔から,南部藩の武士は勇敢であったが,この痛みに耐えうる遺伝子が彼らを勇敢にしたのではないかと真剣に考えたことがある.彼らには戦いを恐れなかった歴史が存在する.平泉が栄えたのもそのためか?藤原氏が衰えた後は南部の武士に姿を変えたが,彼らには伊達政宗も白旗をあげた.秀吉にも屈服しなかった彼らのは九戸城で大虐殺にあう.しかし,その遺伝子は継続され,戊辰戦争でも仙台がすぐに手の平を返したのに対し,南部藩は負けるのをわかっていながら最後まで戦い,再び虐殺された.その後の戦争でも南部出身の兵隊は非常に勇敢であったが多くの犠牲者を生じた.
地球に人類が誕生して,いろいろな人種があっただろう.南部藩のように痛みに鈍感な人種もあったに違いない.しかし,痛みがない人種は,勇敢すぎて,多く傷つき,また,傷ついても気が付かないので死亡する率が高かったであろう.

2)先天性無痛覚症
生まれた時から痛みを感じない先天性無痛覚症というものがある.怪我をしても痛くないのでそれを回避するという学習を身をもって体験していないため,体中が怪我や火傷だらけとなり,さらに,その怪我が感染しても感じないので怪我から菌が入って死亡することが多く,成人まで生きるのは難しいとされる.

3)脊髄損傷の無痛覚
脊髄損傷の場合,下肢から臀部に感覚がないことが多い.その場合,下肢に怪我をしても痛みは感じない.臀部もそうである.そのため,皮膚が傷ついても,腫れてもわからないため,臀部に大きな褥瘡と難治性潰瘍(床ずれ)をつくりやすい.骨が見えてから気がつくことも稀ではない.


1)脊髄損傷では,大腸の神経がうまく連動できないため,排便障害を生じる.下剤を使用すれば便失禁を生じ,褥瘡があれば,そこが便で汚染され,感染を来たす危険が高い.下剤でも出ない場合は,自分で摘便が行われる.しかし,肛門の感覚がないため,その加減がわからない.直腸や肛門は,強く触ると痛いため,出血を来たすほどに指でさわることは出来ないが,感覚がない場合は,出血を来たしても何も感じない.
脊髄損傷の息子を持つ母親が私のところに相談に来たことがある.息子の部屋に行くと,便と血がついたティッシュが山のようにあるので,病院に行くように言っても,「痛くも何ともないから,血が出ても大丈夫だ」と言ってきかないとのことであった.
本当に大丈夫なのであろうか?



こうもん

これは,長年摘便をしている患者さんの肛門である.肛門自体が広がり,直腸が腫れ上がって外側にめくれ上がっている(脱肛).褥瘡も脱肛も感染すれば,あっという間に致死的なフルニエ壊死を生じる危険性がある.感覚があれば,このような状況であれば,痛くて生活自体が出来ないのでここまでにはならないであろう.つまり,痛みは防御反応であり,防御反応の低下した状態では,「痛くないから大丈夫」というのは当てはまらないのである.

また,そればかりではない.
最近,eメールでの質問とそれに対する回答を紹介する.


質問:脊髄損傷のPEC適応は?

回答:本来,脊損で摘便を要す場合は,PECの適応です.
何故,要摘便が適応なのかについてですが,
2005
42回リハビリテーション学会で,全国労災病院脊髄損傷データベースによる研究が報告され,摘便によって,半数以上に自律神経過反射を生じていることがわかりました.また,摘便では自然排便の17倍に自律神経過反射を生じ,浣腸でも8倍でした.自律神経過反射は,高血圧から脳出血を来たす危険があります.
つまり,肛門からの浣腸,肛門からの摘便は非常に危険であり,より自然の排便に近い順行性浣腸が望ましいのです.


「痛くないから大丈夫」というのは,感覚のある場合の話であって,感覚のない場合には当てはまらないのです.

もう一度,言います.
「痛くないから大丈夫」
とぃうのは間違いなのです.


2008115日記載)