谷崎潤一郎:「細雪」ひっそり配布の証し 引き換え証発見
毎日新聞 2014年07月04日 23時32分(最終更新 07月04日 23時48分)
文豪・谷崎潤一郎が1944(昭和19)年夏、小説「細雪 上巻」の私家版をひそかに配るため、友人宛てに引き換え証として書いたはがきが見つかった。「細雪」は戦争中の時局に合わないとして雑誌連載が中止に追い込まれ、谷崎は自ら出版していた。発見した中島一裕・帝塚山大教授(日本語表現論)は「谷崎の切迫した状況を知る重要な資料」と評価している。
「細雪」は、松子夫人と姉妹たちをモデルに関西の上流社会を描いた小説で、43年1月に雑誌「中央公論」で連載が始まった。ぜいたくな暮らしぶりの描写に軍が圧力をかけ、3月の2回目掲載後、出版社が連載自粛を公表した。谷崎は原稿を書き続け、44年7月に創元社(大阪市)から「細雪 上巻」200部を自費出版した。
はがきは、兵庫県に住む友人、山内金三郎氏に宛てたもので、表書きに住所がなく、手渡しされたらしい。同県の創元社関係者の自宅へはがきを持参すれば「細雪」を渡すと伝える内容。「御宅あたりハ定めし避難者充満のことゝ想像いたし候」と気遣い、「提灯(ちょうちん)にさはりて消ゆる春の雪」「梅が香にめざしを干してゐたりけり」の俳句2句が添えられていた。
はがきは表裏で2枚に剥がされ、本の見返しに貼り付けてあり、中島教授が約10年前に本ごと入手し、保管していた。「谷崎は、本にして配ればどこかで空襲をかいくぐり、作品を残せると考えたのではないか。符丁の役目をしたはがきが残ったのは貴重だ」と話している。
奈良市の帝塚山大付属図書館で8〜22日に開かれる「谷崎潤一郎 耽美(たんび)の世界」展で展示される(日曜と16日は休館)。【松本博子】