悩む男
ハンス達が街に設置することにした避難所は、掘っ立て小屋のようなものであった。
柱を四本立てて、その間に板を張る。
屋根は板か布を使うような、文字通りの急ごしらえだ。
普通に住むにはけっして適さないだろうが、農民が避難する間ぐらいは凌げるだろう。
季節がら凍える事もないし、雨もそう多くない。
何より、今すぐにでも農民達が避難してくるかもしれないので、風除けと屋根の用意は急務なのだ。
とはいえ、一応の大工仕事を必要とする避難所の設置には、最低でも2~3日は掛かると予想されていた。
用意しなければいけない数であるだけに、妥当なところだろう。
だが、この予想は思わぬ戦力の投入により、良い意味で大きく覆される事となった。
ごはんを食べさせてもらう代わりに、工事の手伝いをする事になったミツバである。
仕事中の食べ歩きや命令違反がバレて昼飯抜きの刑に処されたミツバは、その絶望のあまり徹底的に駄々をこねた。
地面に寝転がり両手両足をバタつかせ、せっかく整地した地面に穴を開けまくったのだ。
そのあまりの暴れっぷりに根負けしたハンスは、仕方なくミツバにある条件を出した。
「避難所の工事の手伝いをしたら、後であまり物でも食わせてやる」
当然、ミツバはこの条件に一も二も無く飛びついた。
絶望的と思われた食べ物ゲットのチャンスに、雄叫びを上げたほどである。
ちなみに、叫んだ単語は「もるすぁ!」であった。
当人曰く、島根の森の中にする伝説の生物の鳴き声なのだという。
もしその場にレインかキョウジが居たら盛大に突っ込みを入れてくれたのだろうが、残念ながら二人ともその場には居ないのであった。
とにかく。
工事の手伝いをする事になったミツバに与えられた仕事は、柱を立てることであった。
地面に木製の柱を立てるこの作業は、本来それなりの人手と時間を要するものだ。
が、それをミツバが行うとなれば、話はまったく変わってくる。
本来大の大人が数人掛かりで持ち上げる柱を、ミツバは片手で持ち上げるのだ。
そして、やはり数人がかりでハンマーなどを使って行う地面に突き立てる作業を、その有り余る腕力で一瞬のうちに終わらせるのである。
片手で持ち上げた巨大な柱を事も無げに地面にぶっさしていくその姿は、もはや人間からは相当かけ離れていた。
とはいえ、街の暮らす人間にとっては、ミツバの人外っプリは見慣れた光景である。
大工達はビビるどころか、「これは便利だ」とばかりに次々と柱を立てる場所を指示し始めた。
本来ならば一本一本丁寧に角度などを確認しながら立てる必要がある柱だが、今回はそうも言っていられない。
雨風が凌げればいいということで、先に柱を全て立ててしまおうという事になったのである。
そうなってからのミツバの活躍は、まさに一騎当千であった。
大量の材木を担ぎ上げ片手で地面に柱をつきたてていくその姿は、もはやそういう種類の妖怪かなにかのような有様だ。
あっという間に地面が柱だらけになるその光景は、心の弱いものが見たら軽いトラウマになっていたかもしれない。
しかし、慣れというのは実に恐ろしいものである。
大工達は恐怖を覚えるどころか、これはいい労働力を見つけたと喜んでいた。
ミツバのほうも、仕事が終われば食べ物が待っているとあり、上機嫌である。
柱を立て終えたミツバが次に任されたのは、荷物運びであった。
それぞれの小屋予定地の前に、資材を置いていくのだ。
普通ならばこれも、大の大人がえっちらおっちら運ばなくてはならない、地味につらい作業である。
だが、ミツバの手に掛かれば文字通りあっという間だ。
トラックばりの積載量にネズミ並みの小回りを併せ持つミツバは、力仕事を任せるには最高のユニットなのである。
あっという間に資材運搬を終えたミツバは、そこで仕事の終了を告げられる事になった。
後は板を打ち付けるなどの、職人仕事しか残っていないからである。
大工達は、ミツバにそういう細かい仕事ができない事をよく知っているのだ。
そして、もし任せてしまった場合、資材がボッコボコにされるであろうことも、予想できていたのである。
彼らもまた、ミツバの扱いを理解し始めていたのだ。
仕事が終わったという事は、食べ物をゲットする権利を得たという事である。
大工達からの仕事終了宣言に、ミツバは飛び上がって喜んだ。
実際垂直方向に5mほど飛び上がっていたのだが、別に驚くものは居なかった。
皆、ミツバが通常の人間の枠にとらわれていない生物だと良く知っているのである。
仕事を終えたミツバは、一直線にハンスのところへと向かった。
当然、ご飯を食べる許可を貰うためだ。
ミツバが街の中の店で食べ物を買うには、ハンスの許可が必要なのである。
放って置くと、際限なく買い食いをするからだ。
街でミツバが食べ物を買うときは、特別に作られた「買い食い許可チケット」を店に提出しなければいけないのである。
それを発行出来るのは、ハンスだけなのだ。
ミツバが向かっているのは、コウシロウの店であった。
この時間ハンスは、そこで避難所での炊き出しについて話し合っているはずなのである。
普段は時間ごとの予定など右から左に忘れてしまうミツバだが、食べ物が絡んだ瞬間その記憶力は限界を突破するのだ。
「オヤツ! 隊長オヤツっすよ! オヤツを食べる権利をよこすっす! このままだと栄養失調で病院で栄養食を食べるハメになるっす!」
「おやおや。いらっしゃい、ミツバちゃん」
ドアを蹴破りそうな勢いで店に入ってきたミツバを、コウシロウはニコニコとした笑顔で迎え入れた。
店には何人かの料理人が集まっていて、皆ミツバの乱入に驚いたような顔をしている。
ハンスは眉間を押さえ、ピクピクと表情を引きつらせていた。
恐らくミツバは後で説教を食らう事だろう。
いつもならそんなハンスの様子にすぐに気が付くミツバだったが、今の彼女の視線はまったく別のところに釘付けになっていた。
というより、店に飛び込んできたその瞬間から、ミツバの感覚器官の九割はそれを捕らえることのみに費やされていたのである。
それとは、コウシロウが手にしている皿に載せられた、茶色い食べ物であった。
一見おにぎりのように見えるそれは、ただのおにぎりとは一線を引く存在感を放っている。
恐らく火などで炙られているのだろう、表面はこんがりと焼きあがっているようだ。
何よりミツバの心をわしづかみにしたのは、そこから漂ってくる香りであった。
日本人であればその心を揺さぶられぬものが居ないであろうその香りは、ミツバの興味を全てひきつけるのに十二分なものであったのだ。
それも当然だろう。
この匂いの正体は、恐らくミツバが、この世界に来た日本人達が求めてやまなかったものなのだから。
「こ、コウシロウさん! そのステキなブツは、まさか焼きおにぎりさんじゃないっすか?! しかもおしょうゆ様風味の!!」
僅かに震えながら指差すミツバを見て、コウシロウは面白そうに笑う。
手にしていた皿を持ち上げると、ミツバへと差し出した。
「ええ。そろそろミツバさんが来る頃かと思いましてねぇ。用意してみたんですよ」
「こ、この自分にうってつけぇー!!」
よだれを垂れ流しながら叫ぶミツバの声は、やはり町中に響き渡ったのであった。
コウシロウの店にある隠し部屋で、キョウジは頭を抱えて唸り声を上げていた。
キョウジがにらみつけているのは、銃での破壊力を試したデータである。
何度試しても、どんな風に打ち出しても、やはり金属で作られただけの弾では、生物に致命的なダメージを与える事ができなかったのだ。
打ち出す速度を上げれば威力も上がると単純に考え立て居たのだが、現実はそう甘くは無かった。
確かに打撃力は上がっているようなのだが、どうしても弾丸が貫通しないのだ。
それどころか、速度が上がれば上がるほど、強い抵抗を受けているような印象さえ受けていた。
勿論キョウジは物理学者でもなければ、武器の専門家でもない。
詳しい検討など出来ないから、殆ど憶測と体感だ。
だが、それは強ち間違っても居ないように思われた。
コウシロウも、キョウジの意見に賛成してくれたからだ。
とはいえ、彼も撃つ方は専門でも、作るほうや検証に関しては専門外であるようだった。
優れたレーサーが、優れたメカニックである訳ではないとか、そういうことなのだろうとキョウジは理解している。
まあ、それはいいとして。
銃弾が貫通しないのは、恐らく魔力の影響によるものだろうと、一応の結論は出ていた。
これは鍛冶屋などの銃の製作にかかわった人間、全ての感想だ。
実際、街にあった本などをさらってみると、そのような資料も発見できた。
もっとも専門書のようなものではないので、真偽の程は確かではない。
事実を探り出すには、知識も足りなければ実験も足りなかった。
何より、資金面と物質面で大きな壁にぶつかっていたのである。
現在弾を打ち出すのに使っているのは、火薬ではなく魔石を研磨した際に発生する粉であった。
これにある種類の魔石を叩きつけると、魔力が開放され爆発するのだ。
魔石というのは希少なものであり、たとえその粉であっても高価なものである。
おいそれと使えるものではないし、まして地方であるこの街では、そもそも入手するのが困難であったのだ。
それでも何とか実験を繰り返し、キョウジはある仮説を立てるにいたっていた。
それは、「魔力というのは、液体のような挙動をするのではないか」というものである。
水というのは、ゆっくりと入っていけば殆ど抵抗を受ける事がない。
だが、勢いをつけると、コンクリートを砕くほどの抵抗を見せる事がある。
恐らく魔力というのは、そういった性質を持っているのだろうと考えたのだ。
それでは説明のつけにくい事も多々あるが、恐らく的外れな考えではないだろうとキョウジは考えていた。
少なくともそれであれば、弓矢などよりも速度で勝る銃弾が貫通しない説明が付くはずなのである。
はず、というのは、キョウジがそういった物理現象などに詳しくないからだ。
学者でも大学生でもないただの一般オタク系男子生徒に、そこまで求めるのはなかなかに酷だろう。
「まあ、なんにしても銃弾は魔石とか魔法金属とか、なんかそんなようなので作らないと必殺にはならないってことかな……」
キョウジはそうつぶやくと、がっくりと肩を落とすようにつぶやいた。
銃が量産できれば、キョウジ自身も護身用に出来ると思っていただけに、ダメージはそれなりにあるようだ。
少なくとも現段階で人間に大きなダメージを与えられると目される魔石の弾丸を作るには、かなりの金額と手間が必要になる。
素人であるキョウジが、おいそれと無駄撃ちできる金額ではないのだ。
鉄の弾に自分の魔力を付与して強化を、などという手も考えていたキョウジだったが、残念ながらそれは出来なかった。
ただでさえこの世界の魔法は、もって生まれた才能に大きく左右されてしまうのである。
飛び道具系の魔法を使うことさえ、才能が必要なのだ。
国内有数の強化魔法使いのハンスでさえ、才能が無いために魔法を飛ばして遠距離攻撃、などといった芸当は出来ないのである。
回復魔法しか得手のないキョウジには、魔力添付など夢のまた夢であった。
ハンス曰く、飛び道具などに魔力を上乗せして飛ばす力というのはそれ専門の使い手が居るらしく、暗殺者などに向く能力として有名なのだという。
弓矢などに魔力を乗せて飛ばせば、貫通性が増すのだそうだ。
もしそういった使い手が銃を持てば、あるいは有用性が増すのかもしれない。
だが、地方都市であるこの町にそんな人材が居るわけも無く、憶測の域を出ていなかった。
ついでに言ってしまえば、魔石で作った弾丸も、今のところ「効果があると思われる」という段階でしかない。
まだまだ実証実験も足りなければ、それを分析する人間の知識も足りないのだ。
あれも無い、これも無い。
まさにないない尽くしである。
だが、それでも。
銃による遠距離攻撃力は、捨てがたい魅力のあるものであった。
この世界は、地球よりもよほど危険な場所だ。
魔獣がはびこり、いつ戦争が起きてもおかしくない。
今回のような事件だって、けっして珍しくは無いだろう。
命のやり取りなど、日常茶飯事のはずだ。
そんな場所にあって、銃の名手であり千里眼を持つ、まさに最強のスナイパーともいえるコウシロウの存在は、頼もしいという言葉では表しきれないほどの希望である。
その腕前を遺憾なく発揮しうる銃さえ用意できれば、守護神といって差し支えない活躍が期待できるだろう。
自前の攻撃手段を持たないキョウジにとって、それはたとえどんな努力をしても得ておきたい保険であった。
残念ながら、今回の事件では一撃必殺の武器としての銃は、完成は間に合わないだろう。
だが、この次に何か起こったときまでには、完成させておかなければならない。
そのためには、今回の戦いでのデータが、大いに役に立ってくれるはずだ。
そう、キョウジは考えていた。
いくら相手の体を貫けないとはいえ、人間が殴りつけた程度の衝撃を与える事は可能なのだ。
コウシロウなら、それでも十二分に戦ってくれるはずである。
「はぁ……なんで学生の僕がこんなことを……」
心が折れていそうなため息を付きながら、つぶやくキョウジ。
だいぶ弱っているらしく、ぐったりと机の上に突っ伏している。
なんとも情けない顔をしているその様子は、へたれを絵にかいたような有様であった。
「ん?」
そんな情けない男っぷりを見せていたキョウジだったが、突然ガバリと身を起した。
調理場へと続く扉の向こうから、かぎ覚えのある匂いが漂ってきたからだ。
その芳しい郷愁を誘う香りは、キョウジがこの世界に来てから、ずっと求めてやまなかったものである。
「この匂いは……しょうゆかっ!!」
そう叫ぶや否や、キョウジは椅子を蹴って立ち上がった。
鋭さのあるその表情は、それまでのへたれた様子からは想像も出来ないものである。
女性の前でもこういった顔が出来れば、少しはもてるのかもしれない。
だが、そういう器用さが無いのが、キョウジという男なのであった。

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