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地方騎士ハンスの受難 作者:アマラ

一章

魔獣を呼び集める男

 ハンスから預かった手紙を配り終えたミツバは、昼を少し過ぎた頃には街に戻ってきていた。
 やり遂げた顔で受け取りのサインが書かれた書類を差し出すミツバに、ハンスは胡乱げな視線を向ける。
 それに気が付いているのか居ないのか、ミツバはこれ以上無いと言うようなドヤ顔を決めて見せた。

「仕事はやり遂げたっす! さぁ、早く自分にうまいものを食わせるっす!」

 ミツバが差し出した書類を見ると、確かに受け取りのサインが書き込まれている。
 各農村の代表者のサインなので、無事手紙は届けたのだろう。
 しかし。
 ハンスにはどうしても聴かなければならない事があったのである。

「ミツバ。お前、口の回りがメチャクチャ汚れてるぞ。何食ってきたんだ」

「ちょっと何言ってるかわからないっすね……」

 若干眉間に皺を寄せているハンスの言葉に、ミツバはそっと視線をはずして答える。
 目が泳いでいて額に脂汗が浮かんでいるところを見るに、わからないという事はなさそうだ。
 実際、ミツバの口の回りには沢山の食べ物のカスやタレなどがくっ付いてた。
 走りながら食べたので、色々飛び散ったのだろう。
 指摘されてから気が付いたのか、ミツバはなるべくハンスに見えないようにそっぽを向いて袖で口元を拭きまくっている。
 勿論、実際には丸見えだ。

「別に貰うのはかまわんが、あまり貰いすぎるのも良くないといっただろうに。節度を保てよ、節度を」

「うっす! 当然っす!」

 ちなみに、ミツバは各村で二食分づつぐらいの食べ物を貰っていた。
 自衛隊を引き連れて治安維持活動に勤しむミツバは、このあたりでは有名であったりする。
 当然、その大食いっぷりも知れ渡っていた。
 そんなミツバがわざわざ手紙を届けにきたということで、農民達はたくさん食べ物をくれたのだ。
 ミツバ的にはぎりぎりセーフな量であったが、ハンス的には完全にアウトな量である。
 薄々ミツバもその事に気が付いているので、何をどのぐらい貰ったかは一切言わないつもりであった。
 世の中には伏せておいたほうがいい真実もあるのだ。
 言わない事で誰も傷つかなくてすむのならば、事実に蓋をするのも悪ではない。
 そんな風に思うミツバであった。

「それで、何を貰って食べたんだ」

「全然そんなに食べてないっす。鳥丸ごと一羽のハムとかウリのピクルス丸ごと一本とか、食パン一斤とかそんなの全然貰ってないっす。あと、でっかいサンドイッチ五個とか、でっかいおにぎりとか……」

「そんなに食ったなら昼飯を減らすように伝えておこう」

「じ、自分がどうやって沢山食べたって証拠っすか! 言っとくけど自分全然食ってないっすから! そんなことしたら自分がバラバラに引き裂けるっす!」

「腹が減っても別に体は引き裂けない。というかだなミツバ。その頭に刺さってるのは何なんだ?」

 そういってハンスが指差したのは、ミツバの頭だった。
 正確には、ミツバの髪の毛に絡み付いている、木の枝や木の葉だ。
 普通に道を走っていたら絶対に絡みつかないような量の枝や葉っぱが、髪の毛にごっそり絡みついているのである。

「ちょっと何言ってるかわからないっすね……」

 ミツバはそっとそっぽを向きながら、ハンスに見えないように頭に絡みついた枝葉を引っぺがしまくっている。
 当然、隠しきれるものではないので、丸見え状態だ。

「お前まさか山の中走ったんじゃないだろうな。言ったよな何があるかわからないから道を走れって。うっかり魔獣とかを刺激したらどうするつもりだ」

 辺境であるこのあたりは、基本的には魔獣の類が多く住み着いている。
 長年かけて駆除をするなどして人里に下りてくる事が少なくなっては居るが、どんな事が刺激になって襲い掛かってくるかわからないのだ。
 もし農民が避難中に刺激された魔獣が現れたりしたら、大惨事である。
 一応そういった場合に備えて自衛隊の面々が各村に行っているとはいえ、そういった恐れは避けるに越した事はない。

「大丈夫っす! 途中に居た熊はしめたっすから!」

 ドヤ顔で親指を立てるミツバ。
 それを、真顔で見据えるハンス。
 少しの間流れた沈黙に、流石のミツバも自分がまずい事を口走った事に気が付く。

「ジョークっすよ。島根県ではよくあるジョークっすよ。こう、クマを殴った的あれっすよ。こう、実際にはそんな事なかったけどって感じのあれっす」

「お前、飯抜きな」

「いやぁぁぁあああああああああああああああ!!!」

 ミツバの「超身体能力」から搾り出された悲鳴は、しばらくの間街に響き渡ったのであった。



 農民達の避難用施設の建築は、順調に進んでいた。
 当初問題とされていた木材の不足も、意外なところからの支援で賄われている。
 丁度、近々に魔獣小屋を増築しようとしていたケンイチが、そのために用意していた資材を寄付したのだ。
 驚く職人達を前に、ケンイチは笑いながらこう告げた。

「困ったときはお互い様だからなぁ! こういうときに借金こさえてでもミエ張るのが日本人の粋ってやつよぉ!」

 そのあまりの気風の良さに、街でのケンイチの株はうなぎのぼりである。
 言葉遣いやその特徴的なリーゼント&ポンパドールでとっつきにくくは有るが、基本的にはケンイチは気のいい兄ちゃんだ。
 打ち解けてしまえば面倒見もよく、非常に頼りになる男なのである。
 魔獣使いとしての能力も高いし、腕っ節だって強い。
 ついでに言えば、複数の従業員を抱える大牧場を経営する、実業家でもあるのだ。
 気前が良くていい奴で、そこそこ見た目が良くて腕っ節が強く、金も持っている。
 当然、街に住む年頃の女性達は見逃したりはしなかった。
 それぞれに何とかケンイチに近づこうと、爪を研ぎ始めたのである。
 しかし、普段街から少し離れた牧場に居る分、ケンイチに関する情報は殆ど無い。
 なんとかお近づきになりたい女性達が目をつけたのは、キョウジであった。
 キョウジは牧場に住んで入るが、その治療師というその仕事上、しょっちゅう街に居るのだ。
 女性を治療する事もあり、幼く見えるその外見から、どうにも男性として見られていない節がある。
 女子高の所帯持ちの中年男性教師や、おじいちゃんのお医者さんといった扱いなのだ。
 次々にやってきてはケンイチに関する質問をぶつけてくる娘達に、キョウジは笑顔を引きつらせながら対応していた。
 スドウ・キョウジ。
 彼女居ない暦、年齢。
 モテた事無い暦、年齢。
 そんな彼にとって、ケンイチのナチュラルさから来るモテっぷりは、あまりにもまぶしかったのである。

 一方その頃、本人の意図とは一切関係なく異世界にきて初めてのモテ期を迎えているケンイチは、魔獣達の放牧場に立っていた。
 ケンイチが手懐けた魔獣達が放し飼いにされている其処は今、事情を知らないものが見れば卒倒しそうな有様になっている。
 狼型の魔獣や、猪のような魔獣。
 クマのようなものから、鳥のように空を飛ぶもの。
 ありとあらゆる魔獣が、ケンイチの指示を待つように並んでいるのだ。
 その間を、狼の魔獣に跨ったオークが複数駆けている。
 じっとそれを眺めていたケンイチの元に、一人のオークが走ってきた。
 手には、紙の挟まれた画板と、ペンが握られている。

「また増えているようですね。細かくお伝えしますか?」

「いや、大体で良いぜぇ」

 軽く手を振るケンイチに、オークは頷いて答える。
 そして、手に持っている画板へと視線を落とした。

「狼がここに居るだけ31。恐らく森にいってる連中は倍から居ます。それから、熊が15。トカゲが23。乳搾りや食用では無い牛と猪が、7と9。鳥が、大小あわせて18。ここに来ていない連中も相当数居るようです」

 オークがケンイチに伝えたのは、この牧場に現在集まっている魔獣の数であった。
 どの魔獣も、一体でも街中に出ればパニックが起こるものばかりだ。
 それがこれだけの数そろう姿は、さながら戦場のようであった。
 実際、魔獣を戦場に持ち出す国は少なからず存在はしている。
 そういった国の戦列は、今ケンイチの目の前に広がっているような光景になる事もあるのだ。
 だが、それはあくまで国単位で、千人単位の人間が従えている状態での話である。
 それを実質たった一人で従えるなど、常軌を逸した事態だ。
 過去に一人だけ、魔王と名乗るものがそういったことをしたという記録は残っている。
 だが、それは伝説や神話のようなものだ。
 今現在そんな事をやってのけるものが居たとすれば、世界レベルの脅威として認識される事だろう。
 それこそ、新たな魔王と呼ばれるようになるかもしれない。
 ケンイチはゆっくりと息を吸い込むと、魔獣達に向かい声を張り上げた。

「テメェらっ!! 事情はあらかた聞ぃーてっと思うけどなぁ! 俺がいっつも世話んなってるハンスさんの一大事だぁ! マジ気合入れていけよごらぁ!!」

 その言葉を受けて、魔獣達が咆哮を上げはじめる。
 どうやらケンイチの言葉を理解しているらしく、その様子はさながらときの声を上げる兵士達のようであった。
 そんな中、狼型の群れの中から、一匹の個体が歩み出てくる。
 ほかのものよりも体が大きいその個体は、どうやら狼たちのボスであるようだった。
 狼のボスはねめつける様にほかの種族の魔獣たちをにらみながら、その大きな口を開いた。

「安心してくだせぇヘッドぉ! マジオレラがソッコーで片付けてやるんでぇー! 筋肉だるまの出番とかマジねぇーっすわぁー!」

 あまり知られていない事実だが、魔獣の中でも永い時を生き抜いた個体は、高い知能を持ち人語を解するようになるのである。
 そのとき人間同様一番近くに居た人間の言語体系に著しく影響を受けるのだが、どうやらこの狼のボスはケンイチの影響を強く受けている様子であった。
 この狼のボスの言葉に反応を見せたのは、やはり一際体の大きな熊の魔獣であった。
 この個体も、熊達のボスである。

「ああん?! 犬っころが何ほざいてんだごらぁ?! 群れねぇとネズミ一匹獲れねぇザコのクセし腐りやがってよぉ?!」

「なんだとこの鈍足やろうがぁ?! 腕力しかとりえねぇくせしやがってふざけた事いってっとまじブッこむぞゴラァ?!」

「やめろやぁ! ヘッド前のみっともねぇ! これだから毛まみれのヤツらはよぉ!!」

 二匹をいさめたのは、トカゲのボスであった。
 トカゲというか、むしろビジュアル的にはドラゴンである。
 というか種族的にはもろにドラゴンであった。
 ただ、彼らは翼を持たないドラゴン種であり、ケンイチの中で ドラゴン=羽の生えたトカゲ という方程式が出来上がっているため、ドラゴンとして認識されていなかったのだ。
 ヘッドであるケンイチがそういっている以上、それは魔獣たちの間では事実になるのである。
 ケンイチがいえば、黒いものも白くなる完璧な縦社会が出来上がっているのだ。
 トカゲのボスの台詞に、狼と熊のボスが同時に振り返りメンチを切る。
 その表情は、頭上に「!?」という記号が出そうなほどに強烈だ。

「てめぇトカゲごらぁ?! なにとぼけた事抜かしてんだぼけぇ!!」

「体あったまんねぇと走れもしねぇウロコやろうが吹いてんじゃねぇぞゴラァ!!」

 二頭の台詞に、トカゲのボスにこめかみにビキリと血管が浮かび上がった。
 構造的にありえないことなのだろうが、実際に浮かび上がっているのだから仕方が無い。

「ふっざけんなボケがぁ?! オレラれっきとした変温動物じゃダボがぁ! テメェらブレスで黒焦げにされてぇのがオラァ?!」

「上等だごらぁ! ヤレルもんならやってみろやぁ!!」

「ここでケリ付けてやろうかこの曲芸ヤロウがよぉ!!」

「おうおう、地べた這いばってる四本足どもワメきやがってよぉ! ヘッドの前で静かに並んでもられねぇのかよクソムシがぁ!!」

 にらみ合う三匹の声を投げたのは、巨大な体躯を持つ猛禽類の魔獣である。
 鳥達のボスであるらしいその魔獣の言葉に、三匹のボス達は一斉に頭上に「!?」を出現させてメンチを切った。

「テメェら気合はいってんのはいいけどよぉ! マジでヘマこくんじゃねぇぞぉ!? 今回はキョウジにミツバ、コウシロウさんも出張ってくんだからよぉ!」

 並べられた三人の日本人の名前に、魔獣達が大きくざわめいた。
 皆顔を見合わせ、何事か囁きあっている。

「キョウジさんって、ヘッドの弟分のか?!」

「ミツバって、あの最強魔獣のミツバだろ……!」

「コウシロウさんつったら、飛んでる鳥の目を射抜くっつー伝説のスナイパーじゃねぇか!」

 どうやら魔獣たちは、最強とか伝説とか言う単語が好きな様であった。
 地方都市の道路などを奇妙な服装で改造した二輪車などに跨り珍走する無軌道な若者達と、非常に近い感性を持っているようである。

「マジかよ……! てめぇら! ヘッドに恥かかせらんねぇーぞ! 気合いれていくぞおらぁ!」

「今から森に戻って全員かき集めて来いやぁ!」

「毛皮に遅れとんじゃねぇぞ! 今からトバしてくから根性見せろてめぇら!」

「空飛べるのが一番すげぇって教えてやんぞぉ!」

 気合の入った声を張り上げ、魔獣達は咆哮を上げまくる。
 気の弱いものが見たら泡を吹いてぶっ倒れそうなその光景を前に、ケンイチは満足そうにうなずいた。

「作戦決まったら伝えっからよぉ! テメェらそれまで体休ませとけよぉ! 以上! 解散!!」

 ケンイチの声を合図に、魔獣達はそれぞれ森や空へと散っていく。
 そんなの魔獣達の後姿を、ケンイチは腕組みをして見送った。
 隣で冷や汗をかいていたオークは、ほっとため息を付く。
 元々魔獣の多い地域に住んでいた彼でも、あれだけの数を目の前にすることはそう有る事ではないらしい。

「なぁ。アイツらよぉ。数増えてねぇか?」

「ケンイチさんが知らない事、俺が知るはず無いじゃないですか」

 首をかしげながらたずねるケンイチの言葉に、オークは額に脂汗を浮かべて答える。
 ケンイチの言うとおり、魔獣の数は確かに増えていた。
 それぞれ種族ごとに派閥を持つ彼らが、少しでも自分達が優位になるようにと勝手に数を増やしているのだ。
 全ての「チーム」が「伝説のヘッド」であるケンイチを「超リスペクト」しているので反乱などは無いのだろうが、恐らくハンスが現状を知ったら頭を抱えるだろう。
 もしかしたら胃に穴とかが開くかもしれない。

「ところで、何で魔獣集めたんですか?」

「ああ。なんかキョウジが種類と数が分かった方が作戦が立てやすいとかなんとか言っててよぉ。そりゃそうだよなぁ、どんな兵隊が居んのかわかんねぇのにやりあえねぇよなぁ」

「でも、大体しか分かってないじゃないですか?」

「キョウジが大体でいいっつーんだよ。作戦のときに動ける数が分かればいいとかでなぁ。まあ、詳しい事はよくわかんねぇーんだけどなぁ」

 結局はそこに落着くらしい。
 ケンイチもミツバと同じく、基本的には頭があまりよろしくないタイプなのだ。

「ま、まあ、なんにしても。狼、猪、熊、トカゲ、鳥。これだけ居れば、きっと作戦もうまくいきますよ」

「ああ。多分足りるだろぜぇ。数は少ねぇけど、来てねぇ種類の奴も居るからよぉ」

「へ? 来ていない種類?」

「おお。なんか羽の生えた馬と、蜘蛛っぽい奴と。あとあれだ、コウモリっぽい奴と、岩みてぇなやつ」

 指を折って数えるケンイチに、オークは引きつった顔を向ける。
 飛び出してきた単語が、どれもこれも不穏に聞こえたからだ。

「一匹ずつしかいねぇーやつらだけどよぉ、なかなか根性座ったやつらでなぁ。今度馬ぁ呼んで、近くの街道飛ばしてみっかぁ!」

 そういうと、ケンイチはすこぶる楽しそうな笑い声を上げた。
 両拳を突き出してクイックイッと動かしている様子は、乗馬ではなく完全にバイクをコロがす時の構えだ。

「そういえばケンイチさん。キョウジさんが言ってた作戦って、どんなのだったんですか?」

「ああ? あー……」

 ケンイチは僅かに眉をしかめると、ゆっくりと腕を組んだ。
 上を向いてしばらくの間唸ると、至極真面目な顔で言う。

「忘れた。聞きゃぁすぐ思い出すんだけどなぁ」

 ヨシダ・ケンイチ。
 後に「街道の暴走大魔王」と呼ばれる男は、細かい事を覚えて置けない性質であった。
 というかむしろ、細かくなって難しくなればなるほど記憶にとどめて置けない、残念なおにいさんだったのである。



 コウシロウが営む店の一角で、キョウジは小さな木片を削っていた。
 向かっているテーブルの上には、木製の人形のようなものが幾つも並んでいる。
 武装した人、ゴブリン、オーク、狼、熊、トカゲ、そして鳥。
 簡略化されてはいるが、どれも一目見てそれと判断できるものばかりであった。
 調理場から出てきたコウシロウはキョウジのテーブルに近づきながら、にっこりとした笑顔を作る。

「器用なものですねぇ」

「ああ、ありがとうございます。こういうのよく作ってたんですよ。見た目どおり」

 そういって、キョウジは肩をすくめて見せた。
 そんな様子に、コウシロウは思わずといった様子で笑う。

「しかし本当に器用なものですねぇ。これなら、地図上で使うコマにもってこいですよぉ」

 テーブルの上に並んだ人形は、全てキョウジが作ったものであった。
 別に遊びで作っているわけではない。
 これらのコマは、地図を使った戦闘指揮で使うためのものなのだ。
 地図の上にコマを置き、それを動かして戦場を把握する。
 それは、随分昔から行われてきたことだ。
 異世界であるここでもそれは変わらないらしく、今回のハンスの策でもコマが使われる事となっていた。
 だが、普通そういったコマというのは、人間をあらわす事を前提として作られているものである。
 ケンイチが従えているような魔獣の形のものは、存在しないのだ。
 魔獣を飼いならす技術のある国であれば有るのかも知れないが、あいにくハンスの国にはそういった技術は存在しない。
 当然、魔獣をあらわすコマもない。
 そこで、キョウジが特技を生かして作る事になったのだ。
 キョウジは自分で作ったコマの一つを手に取ると、考え深げにため息を付いた。

「普通なら伝令とかの情報を元に動かすこのコマを、コウシロウさんが千里眼を使ってリアルタイムに得た情報の通りに動かす……地球の衛星カメラよりも正確でしょうね」

「まあ、私がコマを上手に動かせればですけれどねぇ」

 困ったように笑いながら、コウシロウは頭を掻いた。
 逃れる事ができないコウシロウの千里眼で確認した情報を、誰にでも分かるように地図上に置いたコマを使って再現する。
 確かに、物陰に隠れられたり、夜間では使いにくい衛星カメラよりよほど正確だろう。
 今現在この世界において、最上級の戦況把握方法であるといっていいはずだ。

「やっぱりこういうのは慣れが必要ですからねぇ。全体をくまなく見るようにしなくちゃいけませんし、場合によってはピンポイントな情報も必要でしょうし。素人の私には判断が付きにくいでしょうからねぇ」

「ああ、そうかもしれませんね。あっははは」

 内心、どこがだよ、とツッコミを入れるキョウジだったが、表情には一切出さなかった。
 ハンスと難しい戦術の話をしてる所や、超真顔で銃を構えているところをたびたび目撃しているキョウジにとって、コウシロウは既に堅気の人認識ではなかったのである。
 洒落や冗談ではなく、何かしらの殺し屋的な仕事をしていた人だと考えていたのだ。
 もうなんというか、時々かもし出すオーラが一般の人とは明らかに違うのである。
 今までのほほんと危険とは無縁の生活をしてきたキョウジにすら分かる殺気を、コウシロウは放つ事があるのだ。
 コウシロウが現在作りためている武器は、その殆どがキョウジ経由で製作を依頼しているものばかりであった。
 治療師として活動しているキョウジはとにかく顔が広く、様々な職人にも顔が利くのだ。
 コウシロウのクロスボウや銃の試作品を作っていたドワーフの鍛冶師も、キョウジの紹介なのである。
 元々オタク的な趣味として無意味に銃器の情報をネットで調べたりしていたキョウジ自身も、それらの製作には知恵を出していた。
 そういった武器類にはコウシロウのほうが詳しいかと思われたのだったが、生憎彼の専門は最新のものばかりであった様なのだ。
 初期の火縄銃的なものに関しては、殆ど知識を持ち合わせていなかったのである。

「いやぁ、新しいものも使うのが専門で、作るのはあまりかかわりが無かったんですがねぇ」

 そういって苦笑するコウシロウに、キョウジは乾いた笑いを浮かべる事しかできなかった。
 なんにしても、キョウジの中でコウシロウは完全にソッチ系の人なのである。
 そうでなければ、50m以上離れた所に置いたコインのど真ん中をクロスボウで射抜いておいて、「いやぁ、なかなか思うように行きませんねぇ」といいながら苦笑なんてしないはずなのだ。
 背中に走った怖気を顔を振って振り払うと、キョウジは改めてコマを彫る作業に戻った。
 今彫っているものを仕上げれば、とりあえずの分は完成するのだ。

「今作っているのは、ミツバちゃんでしたっけねぇ。あの子も参加する事になるんですか」

 それまでにこやかだったコウシロウの顔が、僅かに曇った。
 どうでもいいことだが、青年の肉体になったコウシロウはかなりの美形である。
 陰のある美青年、といえばいいのだろうか。
 普段のニコニコ笑顔と、時折見せる暗く冷たい表情のギャップは、ノン気であるはずのキョウジも思わずドキッとしてしまうほど色っぽい。
 まあ、それ以前に殺し屋的な雰囲気があるのでビビリが入るのだが。
 その色男ぶりはかなりのもので、コウシロウ目当てに足しげく店に通う女性達も居るほどだ。
 というか、店の常連の約三分の一がそういう客であった。
 美形で殺し屋で凄腕ってどこのチート野郎だよ、滅びればいいのに。
 そんなどす黒い感情が胸に渦巻きかけるキョウジだったが、顔や行動や口には一切出さなかった。
 怖かったからである。

「まぁ。でもミツバちゃんの場合、殺しても死にませんから。むしろどうやったら死ぬのか真面目に議論すべきだと思いますよ」

 普通ならば冗談にも取れるキョウジの台詞だが、かなり本心からの言葉であった。
 実際目の前で剣を生身で受けたり、鳥に捕まれて高高度から落ちてきて「いてぇっす!」で済ませているのを見ているので、キョウジの認識では既にミツバは人間の範疇から外れているのだ。

「そうなんですがねぇ。でも、かわいいでしょう? ミツバちゃんは。孫が居たら、あんな感じなんでしょうかねぇ」

 いつものニコニコとした表情で、コウシロウはそういう。
 子も妻も居ないというコウシロウにとって、ミツバは可愛がる対象であるようだ。

「ミツバちゃんには、どんな事をするか説明していなかったんでしたよねぇ?」

「ええ、してませんよ。言っても気絶しますし」

 そう、キョウジはすっぱりと断言した。
 ここ数ヶ月の付き合いで、ミツバのこと良く理解しているのだ。

「ケンイチくんには、説明したんでしたよねぇ?」

「ええ。しましたよ。でも忘れてるでしょうから、後でまた説明します。一度理解してくれたんで、軽く説明すればすぐに思い出しますよ」

 こちらに関しても、キョウジはすっぱりと断言した。
 ケンイチの事も、キョウジはとてもよく理解しているだ。
 半笑いを浮かべるキョウジに、コウシロウは楽しげな笑顔を向ける。

「いやいや、大変そうですねぇ」

「ハンスさんのためですからね。がんばらないと。なんだかこれから来る侯爵様とも因縁があるらしいですし。ホントあの人も災難ですよねぇ」

 まあ、僕らも厄介者なんでしょうけど。
 そういって肩をすくめるキョウジに、コウシロウはやはり楽しげに笑ってみせるのであった。
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