一番目と二番目の男
辺境と呼ばれる地方の、小さな街。
そこに、その街と周囲を守る、騎士が住んでいた。
揉め事が起きればそれを仲裁し、事件が起こればそれを解決する。
警察と裁判官と文官が一緒になったような、騎士とは名ばかりの地方公務員であった。
彼、ハンス・スエラーは、あまり人に羨ましがられる事のないそんな仕事に、誇りと喜びを感じている。
事件も無ければ事故もほとんど起こらない、何か有るとすれば時折弱い魔獣が出る程度のそんな土地を守る仕事だ。
だが、何も起こらないというのは平和な証拠。
その土地に暮らすものが、皆元気に暮らしているという証拠なのである。
都会勤めの騎士達からは馬鹿にされていたが、ハンスは今の仕事に大変満足していた。
「ハンスさん! たいへんじゃぁ!」
街の市場を取り仕切る老人が飛び込んできたのは、ハンスが丁度書類仕事を片付けている時であった。
そのあまりの慌てようを見て、ハンスは魔獣が攻めてきたのではないかと表情を険しくした。
「どうしました!」
「そ、それがその、なんとも説明しにくいんじゃが、見てもらったほうが早いとは思うんじゃけども……一言で言うとなんというか、市場で生きておる魔獣を売っておる男が居るんじゃ!」
「はぁっ?!」
老人の言葉に、ハンスは混乱した。
魔獣を売り買いすると言うことは、まあ、ないことではない。
普通の動物よりも強力である魔獣は、扱い方次第では非常に役に立つからだ。
だが、魔獣というのはたいていが凶暴で、かつ強力な力を持っているものであった。
そんなものを生きた状態で売り買いすることなど、こんな田舎の街では有る事ではないのだ。
それこそ剣闘場のようなところであれば、需要が有るかもしれない。
だが逆に言えば、そのようなところでしかそんな事はしないのである。
言葉だけ聞いてもたしかに意味が分からないと納得したハンスは、早速現場に向かってみる事にしたのであった。
件の市場につくと、そこには異様な光景が広がっていた。
頭に一本の角と、巨大な牙を生やした「チャージボア」が、ツタで縛られて転がっていたのだ。
それも一匹や二匹ではない。
総計二十匹ほどのそれが、ぐったりとした様子で横たわっていたのである。
そして、その前には、奇妙な出で立ちの男が座っていた。
男は手に板切れを持っており、そこにはこんな文字が書かれていた。
「いのしし うります」
人々はかなり警戒しており、男を遠巻きに眺めている。
だが、男のほうはそれに気がついているのかいないのか、全く気にした様子が無かった。
呆気にとられていたハンスだったが、意を決して男に近付き、声をかけた。
「あの、君」
「あ、いらっしゃい。イノシシどっすか? めっちゃ新鮮っすよ」
「うん。新鮮、っていうか、生きてるっていうか。いや、それ以前に君、これイノシシに見えるの?」
たしかにチャージボアは「猪型」とされる魔獣だ。
だが、それは動物に例えたら辛うじて猪に近い、という意味である。
体長が四mを超え、一mを超える角を生やしているナマモノを、世間一般では猪とは呼ばないのだ。
ハンスにそういわれると、男は驚いた様子でチャージボアのほうを振り返った。
「ええ?! コイツイノシシじゃねぇんすか?! そういえば角とか牙あるし! コイツイノシシじゃねぇっすよ?!」
「うん、そうだな」
ハンスは頭を抱えそうになったのだが、何とか堪えた。
兎に角、この男をどうにしかなければならないと、頭の中の何かが激しく警鐘を鳴らしていたからだ。
「まあ、ここは自由市だから、何を売ってもいいんだけどね。君、何処から来たの?」
「はあ。なんつーか、良くわかんないんすけどね?」
男の話は、要約すると次のようなものであった。
酪農を営んでいる実家で手伝いをしていたら、いつの間にか知らない山の中に居た。
仕方が無いのでふらついていたら、このチャージボアに襲われた。
一瞬死ぬかと思ったけど、「のうぎょうこうこう」という場所で得た知識が役に立ち、チャージボアを生け捕りにすることに成功する。
それを担いで歩いていると、何とか農村を発見することに成功した。
道を訪ねたが、どうやらここが自分の知っている土地とは全く離れた場所だとわかった。
途方にくれていると、農家の人たちが食べ物を分けてくれ、折角だから捕まえたというイノシシを街で売ってみたらどうか、と提案してくれたのだという。
「そんときゃイノシシは少し離れた場所に隠しといたんで、なんともなかったんすけどね。いや、マジあの村の人たちには感謝っすわ。俺あそこに行かなかったら確実に死んでたっすもん」
只管感謝する男を他所に、ハンスはホッと胸をなでおろしていた。
小さな村にしてみれば、このチャージボアは大変な脅威である。
もし男がこれを引きずって村に入っていたら、パニックがおきていただろう。
「そうか。つまり、君は迷い人なんだな」
「はぁ。まあ、迷子っすね」
「折角やんわり表現したのに。まあ、いいだろう。とりあえず、このチャージボアは危険なんだ。締めるか何かして欲しいのだが」
「ほんとすんませんっした。そりゃ皆さんビビリますよね。あの、締めるのに使える場所かなんか貸してもらえるとありがたいんすけど。金は無いんで、こいつ売れてからの後払いで許してもらえる場所が有れば、なんすけど」
「そうだなぁ。詰め所の裏を使ってかまわないよ。あそこなら井戸もあるし」
「マジすか! 有難うございます! じゃあ、早速運ぶんで、場所教えてもらえますか!」
そういうと、男はやおら立ち上がり、チャージボアのほうへと歩き出した。
そういえば、この男はどうやってこれらを運んできたのであろうか。
ハンスは男の様子を暫く見守り、目をむいた。
男は片手でひょいっとチャージボアを持ち上げると、そのまま背中に担いだのだ。
両肩と両手に、それぞれ一匹ずつ。
合計四匹のチャージボアを担ぎ上げると、男はにこやかにハンスの元にやってくる。
「でっけーんで、ちょっとずつはこぶしかねぇーんすよ」
「あ、うん。そうね」
ぎりぎりでそう答えることが出来たハンスの精神力は、かなりのものであるといわざるを得ないだろう。
その後、男はチャージボアを解体して、無事市場で売り切ることに成功した。
男曰、こういったことは「のうぎょうこうこう」で習っていたので得意なのだそうだ。
ハンスが男に詳しく話を聴くと、男の故郷は「にほん」という国なのだという。
残念ながらハンスはそういった名前の国は聞いた覚えが無く、有ったとしてもかなり離れた国であるだろうと伝えた。
がっくりとうな垂れながらも、男は何とか暮らしていかねばならないと、仕事を探す事になった。
こういうとき手助けをするのも、ハンスの仕事である。
ちなみに、男の名前はケンイチといった。
正確にはヨシダ・ケンイチというのだそうだが、当人はケンイチと呼んでほしいと望んだ。
早速ハンスは、ケンイチに出来る事を探した。
最初に目を付けたのは、そのバカ力である。
それをいかして力仕事をやればいいかとも思われたのだが、これにはある問題点が有った。
ケンイチの力は、魔獣に対してのみ大きく発揮されたのだ。
普段でも大人一人を片手で持ち上げる程度の力はでるのだが、それ以上となると相手が魔獣であるとき限定になるのだ。
ならば武器を持って戦えば、とも思われたのだが、どうやら力が最も発揮されるのは、「魔獣と触れ合っている時」だけなようなのだ。
どうしたものかと悩むハンスに、ケンイチは自分がやっていた仕事をやれないものだろうかと提案してきた。
魔獣を家畜として育てられないか、というのだ。
この提案にハンスは、なんともいえない表情を浮かべた。
魔獣といえば、人間の脅威である。
それをどうにかできるものであるのだろうか。
だが、常識外のケンイチの力が有れば、やってできないものではないかもしれないという気もしないでもない。
なにより、ケンイチ自身が「恐らくやれる」と強く言っている事もあった。
根拠はあるのか、と尋ねると、ケンイチはこういうのである。
「俺、自分の限定でステータス見れるみたいなんすよ。それ見たらなんか、魔獣使いって書いてあんすよね!」
ステータスという言葉は、聞いたことが無いわけではない。
紙の上でやるゲームで、能力を数値化したものとして扱うときに、それを示す言葉として使われるものである。
しかし、自分のステータスが見えるというのは聞いたことが無い。
もしかしたら、脳が困った事になっているのかもしれないと思ったハンスだったが、言われてみれば彼の証言にも一理有るのだ。
ケンイチはなぜか、魔獣に対してだけはやたら力を発揮する。
そして、狼型のようなものであれば、手懐けることすらしてのけたのだ。
ハンスは悩んだ末、人里離れた場所でなら、と、ケンイチの提案を許可した。
喜び張り切ったケンイチは、一週間で山の中を切り開いた。
街の大工達に頼んで小屋をたててもらうと、そこに住み込んで働き始めたのである。
数ヵ月後には、チャージボアやウシ型の魔獣、狼型の魔獣などを手懐ける事に成功し、ほんとうに魔獣の牧場を作り上げたのであった。
「いや、マジ最初に行った農村と、街と、あとハンスさんのおかげっすよ! 皆に会わなかったら俺マジ今ごろ死んでたっすよ!」
ハンスが巡回に行くたび、ケンイチは嬉しそうにそう話す。
「いや。別にお前一人でも生きてたと思うわ」
そう思いながらも、けっしてそれは口にしないハンスであった。
ケンイチが牧場でウシ魔獣の乳とチーズ、そして、チャージボアの生ハムを売り出してから、数ヶ月がたった。
本人のがんばりもあり、ケンイチはすっかり地域に認められる存在となっている。
彼の作る食品も、街や村の食卓に並ぶようになってきていた。
そんな、ある日の事である。
ハンスの元に、血相を変えた村人が走りこんできた。
尋常でないその様子に、ハンスが表情を引き締める。
「た、大変だハンスさん! なんか凄い治療師の人が村に来てるんだ!」
「治療師? 魔法のほうのかい?」
この世界には、二種類の治療師がいた。
ひとつは、薬やメス、縫い糸などを使った、いわゆる医者である。
そして、もう一種類は、魔法を使った回復魔法使いであった。
人体に直接影響する魔法は非常に高度であり、使えるものは非常に少ない。
また、その力が強大であることから、こんな辺境にいることなど殆ど無いのである。
その大半が、王都などの都会で、貴族などに囲われているからだ。
「なるほど。そりゃ珍しいなぁ」
「いや、それだけじゃないんですよ。凄く僅かなお金と食料だけで、治療をしてくれてるんです! そりゃあもう凄い人気で、家の爺さんも長年の腰痛が直ったとか大喜びなんです!」
これはおかしいと、ハンスは眉をひそめた。
魔法での治療は、その効果と比例するように大変な金額を請求するものなのだ。
一体何がおきているのか。
それを確かめる為に、ハンスは早速件の場所へと脚を向けた。
そこでハンスが目撃したのは、奇妙な服を着た少年が、回復魔法で村人達を癒している姿であった。
上下の黒い服は、何かしらの制服の様にも見える。
ハンスは早速、その少年に事情を聞いてみることにした。
「君。君は治療師かな?」
「へ?! あ、き、き、騎士!? 本物の騎士の人ですか?! やっぱりもうここは日本じゃないんだ。そして、地球でもないんだ……もーだめだぁああ!!」
「え、なにが?」
いきなり泣き崩れ地面に突っ伏す少年に、ハンスは困惑の表情を浮かべる。
とりあえず話ができる状態ではないと判断したハンスは、周りに居た人たちに話を聞くことにした。
なんでも、少年は突然山の中から現れたのだという。
そして、暫く間今と同じように地面に突っ伏して泣き喚いたあと、何かを吹っ切ったように近くに居た村人達に回復魔法を使い始めたのだという。
驚く村人達に、彼はこういったのだそうだ。
「僕はこれしか出来ないみたいなんですが、よければ食べ物を分けてくれませんか?」
回復魔法と言えば、途轍もない金額を請求される、貴族のためのものというのがこのあたりでの常識だ。
それが食べ物だけでよいのならと、村人達はすぐに頷いたのだという。
「んで、他にも受けたい人がいたら、何人でもって回復するって言うんだ。お礼は何でもいいからって。そしたらまあ、この有様だよ」
そういうと村人は、少年の周りを指差した。
沢山の人だかりと、少年がもらったのだろうお礼の品がうず高く積まれている。
ハンスはひとしきり頷いた後、再び少年の近くへと歩み寄った。
「なあ、君。君は「にほん」という国からきたといったね。もしかして、「のうぎょうこうこう」という言葉を知っているんじゃないかな?」
ハンスの言葉に、少年は弾かれたように顔を上げた。
凄まじい勢いではいずり寄ると、ハンスの体にしがみ付く。
「その言葉をどこで! 僕以外にも日本から来た人が居るんですか?! あわせてください! どこにるのかおしえてくらあいぃいい!」
「わかった! おちつけ! わかったから!!」
涙と鼻水を垂れ流しながら叫ぶ少年を何とか引き剥がし、ハンスはある場所へと少年を案内した。
同じ日本から来たという、ケンイチのところである。
少年を見たケンイチは、驚いたように声を上げた。
「あんだ。学ランじゃねぇの。この辺にもあんだなぁ」
「ガク、ぼ、僕はこの辺の人間じゃないんです! 地球の、その、日本から来たんです!!」
「ああ? そうなんだべか? 俺はアレだ、北海道のほうに居たんだけどよぉ。アンタどの辺だ?」
「僕はその、と、と、東京の……う、うわぁあああああ!!」
話している内に、突然泣き崩れる少年。
ハンスもケンイチも、ぎょっとした顔をして一歩後ずさった。
「なん、ハンスさん、どうしたんすかコイツ」
「いや。山の中から突然出てきたとかでな。言っていた出身国が前にケンイチに聞いたのと同じだったから、もしかしたら同じ場所の出身かと思ったんだが」
「ナルホド。多分同じ国っすよ。俺以外にも居たんすねぇ。帰りかたしってっかなコイツ」
少年が落ち着くのを待ち、早速話を聞くことになった。
ケンイチの家に移動し、絞りたての牛型魔獣の乳が振舞われる。
「あ、ありがとうございます……」
「で、君は「にほん」から来たということで、間違いないんだね?」
「はい。ここからすごく遠い……っていうか多分、異世界にある国です」
「「いせかい?」」
スドウ・キョウジと名乗った少年の言葉に、ハンスとケンイチは首を傾げた。
突然飛び出した異世界という言葉に、強烈な違和感を感じたからだ。
「異世界って。マジでか。んなむっちゃくちゃなこと」
「むっちゃくちゃって。逆に聞きますけど、角生えたイノシシとか、六本足の牛とか、地球に居るんですか」
「……あ、いねぇ」
「気が付くのおそっ?!」
キョウジの話を纏めると、どうもケンイチとキョウジの二人は、違う世界から迷い込んだようだというのである。
そもそも二人が暮らしていた世界では、世界中のどこにでも「でんわ」や「てれび」「でんき」などというものがあり、ここにそれが無いのが異世界である証拠なのだという。
「そーいえばこのあたり電話ねぇなぁと思ってたんだけど、全然なかったのか!」
「だから気が付くのおそっ!」
「うーん。君達が言うような物があるとするならば、たしかに異世界なのかもしれないが……」
不審げに思いながらも、ハンスは二人の言葉を否定しきれないで居た。
普通であれば、異世界から来たなど、お笑い種だ。
だが、ケンイチの能力を考えればどうだろう。
魔獣だけに効果を発揮するような力など、聞いたことが無い。
この少年にしても、とても回復魔法が使えるようには見えなかった。
回復魔法というのは何年も訓練をした結果、一部の人間だけが使えるようになる秘術だ。
使用するには人体に対する深い知識が必要で、経験の積んだ医者だけが会得できるものなのである。
とてもではないが、キョウジにそんな知識や経験があるようには見えない。
それはこの世界においては、それこそ「異世界から来た」というほうが納得できるほど異様なことなのだ。
ハンスがそれらを説明すると、キョウジは絶望したような表情になって机に突っ伏した。
「やっぱり駄目なんだ……もう元の世界には帰れないんだ……」
「まあ、しゃーねぇーよ。死んでねぇだけいいじゃねぇの」
「たしかに、そうかもしれませんけど」
「お前もあれだべ? 最初に行った村で、飯食わしてもらっただろ?」
「は、はい。すごくおいしかったです。ケンイチさんもですか?」
「おお。んで、何かお礼しねぇーとなぁとおもって、牧場やったり何やったりな。それだっていろいろ手伝ってもらったりしてな。もうあれだ、特にハンスさんには俺あたまあがんねぇーからよぉ。この牧場だって、いろいろ手伝ってくれたり。万が一のためにって泊り込みで魔獣見張ってくれたりしてな。卸す場所も伝を付けてくれたりよぉ。村の衆にも、街の衆にも。借りを返すつもりが、借りになってってなぁ」
しみじみと言うケンイチの言葉に、ハンスはこっぱずかしげに顔をしかめた。
対してキョウジは、徐々に真剣な表情へに変っていく。
「そうですよね。いきなり山から下りてきた得体も知れない僕に、ごはんをくれたんですよね、あの村の人たち……。帰れないなら帰れないで、お礼しなくちゃいけませんよね……」
「おお。一宿一飯の恩ってやつだべな」
「一宿はしてないですけど。そうですよね。日本人ですもんね。僕も」
「おお。そーだよな。日本人だもんな。困ったときに助けてもらったら、一生忘れんな、ってな」
ハンスには良く分からなかったが、「にほんじん」というのはそういう価値観を持っているものであるらしい。
国民性、という奴なのかもしれない。
結局、キョウジはケンイチの牧場で暮らしながら、治療師として働くことと成った。
キョウジはハンスの巡回に付いていく形で、近くの村や街の中を回っている。
僅かな対価で治療してくれるキョウジの存在は、まともな医者が近くに存在しないこの街では、とてもありがたい物であった。
それまで精々物知りな老人が作ったせんじ薬や、行商人の持ってくる高価なポーション程度しかなかったから、余計にである。
キョウジは毎回必ず、自分が最初に来た村を訪れ、村人達に治療をして回った。
小さな地域とはいえ、このあたりは一人の治療師が回るにはとても広い。
月に一度か二度キョウジが訪れると、村の人々は大変喜び、彼を歓迎した。
そのたびに感極まったキョウジは泣き崩れており、ハンスはどうも彼は涙もろいらしいと思っている。
立場上はケンイチの牧場に雇われている、獣医という扱いでは有ったが、実際は辺境唯一の治療師であった。
「お礼をしようと行くたびに、ご飯をもらったりするんですよ。この間なんて、寒いだろうからって服まで貰って……僕、全然お礼出来てないのに。こんなに良くしてもらったのなんて、初めてで。もう、なんていっていいのか……」
ケンイチが絞った牛魔獣の乳を飲みながら号泣するキョウジを前に、ハンスは「もしかしたらコイツは乳で酔えるのかもしれない」と半ば本気で思っていた。
キョウジがやってきてから、数ヶ月が経った。
治療師としての立場を確立した彼は、最近では医学書を読み漁り、村に伝わる薬草やせんじ薬などの研究をしている。
どうやら回復魔法に頼るだけではなく、何とか医者としての技能も身につけようとしているらしい。
こんな地方都市では、それもなかなかに難しいらしいのだが。
それでも、治療師としての立場がものを言うのか、各村にある秘伝の薬とやらを教えてもらえるようになり、今ではオリジナルのポーションなども作るようになっていた。
そういったものも、ケンイチの牧場を通して売っているようであった。
二人とも、大分生活が安定してきたようである。
ハンスの仕事もこれと言って変わったこともなく、のんびりとしたものであった。
そんな、ある日のことである。
血相を変えた村人が、ハンスの元に飛び込んできた。
尋常で無い様子に、ハンスは眉間に皺を寄せる。
「た、たいへんたハンスさん! 村に魔獣が下りてきて、えらい騒ぎになってたんだけど、何か山からすげぇ怪力な女の子が来て、退治してくれたんだよ! なんか気がついたらこの辺に居たとか、自分は「にほん」ってくにから来たとか行っててさ! こりゃハンスさんに来てもらわねぇとってことになったんだ!」
激しく嫌な予感がするハンスだったが、彼の仕事は治安を守ることである。
近くにあった剣を引っつかむと、急いで詰め所を飛び出した。
これが、ハンスの身に降りかかる受難の、まだまだ序章であることは。
ハンス自身、全くあずかり知らぬことであった。
っつーわけで連載版になりました。
二話は翌日に落そうと思います。
最新話は一応一話だけ出来ています。
あんましボンボン更新は出来ないかもしれませんが、よろしければお付き合いください。

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