女性の晩産化が進む先進国。米国や英国でも、妊娠・出産をめぐる社会的圧力や心ない発言は後を絶たず、そのたびに「炎上」している。出産にはタイムリミットがあるものの、「一般的に望ましいのはいつまでで、それはなぜなのか」が必ずしも明確ではないことも背景にある。2012年に自らの調査と、医療の専門家に対するインタビューに基づく『The Impatient Woman’s Guide to Getting Pregnant(早く妊娠したい女性のためのガイド)』を出版した米国人心理学者のジーン・トウェンギ米サンディエゴ州立大学教授は最新の医学の研究成果などを徹底的に調べ、米国で流布されてきた妊娠をめぐる「都市伝説」に一石を投じた。米国女性の「妊活」事情について、話を聞いた。(聞き手は広野彩子)
6月1日、英テレグラフ(電子版)のインタビューで女性のテレビ番組のプレゼンターが「女性は大学に行かないで27歳までに妊娠すべきだ」と発言して「炎上」したため、発言主が英BBCに出演して議論するという出来事があったようですね。あなたは別の雑誌で、この発言に疑問を呈するコメントを寄せていました。「出産はいつまで」には実に様々な価値観がありますが「少しでも早くすべき」という意見は根強いですね。
トウェンギ:27歳が一般的な出産のタイムリミットだから大学進学をあきらめた方がいい、などと言う議論は馬鹿げています。現実に、そうではないのですから。女性はこの点については、もっと現実的に考える必要があると思います。もちろん、(自然に)妊娠できる確率は年齢とともにゆっくりと低くなっていきます。しかしタイムリミットの目安は、27歳でもないし、35歳でもない。様々な研究を踏まえると、40歳ぐらいでしょう。
トウェンギ教授は最新の医学的な研究を調べたり、インタビューしたりして著書を書かれ、「専門研究を見ても30代が悲観する必要はないが、現実的なデータは認識しておいた方がいい」という問題意識で、女性を励ましてこられました。著書によれば、米国では「35歳を超えると妊娠しづらくなる」と言われてきたそうですね。
サンディエゴ州立大学心理学部教授
1993年、米シカゴ大学卒業、98年ミシガン大学でPh.D(心理学)取得。文化が個人に与える影響や若年世代の意識の違いなどに関する分析が専門。米国のベビーブーマー世代の子供たちにあたる1980年代生まれの世代を「自己愛の強い世代」と分析した『Generation Me』などを出版。邦訳された共著に、ナルシシズムの蔓延を病理として分析した『自己愛過剰社会』(河出書房新社)がある。
トウェンギ:そうです。私は今3人の子の母親ですが、社会心理学者でありながら妊娠の現実について調べることになったきっかけは、30代半ばのころ、そろそろ子供が欲しいと思っていろいろと調べている時に、いくつかの「データ」に遭遇して大変混乱したからでした。
例えば、「35歳から39歳の女性の3人に1人は、妊娠しようとし始めて1年経っても妊娠しない」などという、米国で良く引き合いに出される統計があります。また、American Society for Reproductive Medicine(全米生殖学会)の 2003年版ガイドブックの1ページ目でも、「30代後半の女性に、その後子供が産まれない可能性は30%」などと載っています。
その一方で、別の査読付きの医学論文などでは「35歳から39歳の既婚女性が、妊娠しようとしてから1年以内に妊娠する率は82%」(David Dunson氏らの論文など)と載っている。一体どっちなの?とかなり困惑しつつ、まずは前者の「3人に1人は妊娠できない」のデータの出所について、本格的に調べてみました。
17世紀フランス女性のデータがいまだ健在
そして驚くべきことが分かったのです。この「35歳以上の女性の3人に1人は妊娠できない」というデータは、1600年代から1700年代ぐらいまでのフランスの地方にある教会が取っていた出生統計がルーツでした。「いくらなんでもデータが古すぎる。現代女性の、もっと(妊娠の確率が)高い数値を示すデータを誰も引用しないのはおかしいのでは」と思い、さらに調査を進めました。
もちろん、加齢とともに妊娠しづらくなる事実そのものに異議を唱えるつもりは全くありません。出産にタイムリミットはありますし、自然の摂理です。しかし、30代後半に関しては、一般に広く強調されているほど急速に妊娠しづらくなるわけではないのです。本当に自然に妊娠しづらくなるとはっきり言えるのは、40歳以降からです。これは、自然妊娠と人工授精に関する研究、双方に関して私が知り得た情報です。