集団的自衛権を閣議決定 東北各地、不安と歓迎と
 安倍内閣が集団的自衛権の行使を容認する閣議決定をした1日、東北各地では、自衛隊が海外で武力行使できるようになることへの賛否が交錯した。「無用な衝突を招きかねない」という不安の一方で「ようやく世界から認められる国になれる」と歓迎する声も。東日本大震災の被災地では、がれき撤去や捜索で力を注いだ自衛官に感謝する被災者から「恩人を決して戦地に送ってはならない」という声も上がった。
◎恩人を戦地に送るな
<仮設生活の前行政区長/岩佐徳義さん(79)=宮城・山元町>
 宮城県山元町の仮設住宅で暮らす岩佐徳義さん(79)は、東日本大震災発生から4カ月間、復旧活動に当たった自衛隊への感謝を今も忘れない。「町の復旧が進んだのは彼らのおかげ。感謝の心を言葉で言い表せないほどだ」。
 当時、町北部の行政区長だった岩佐さんは住民に避難を呼び掛ける最中車ごと津波にのまれた。何とか脱出して近くの民家2階で一夜を明かし、自衛隊員に救出された。
 町の区長会会長だったことから、がれき撤去や遺体捜索に当たる隊員の案内役を務めた。泥だらけになりながら、黙々と任務に励む彼らの後ろ姿が目に焼き付いている。
 「常に新しいエネルギーを被災地に注いでくれた」と岩佐さん。だからこそ、集団的自衛権の行使で、海外での活動に多くの隊員が割かれる事態を危惧する。「日本は自然災害が多い国。外に目を向けていたら、被災地に手が回らなくなる」。
 岩佐さんは、震災に悲しい記憶も重ね合わせる。太平洋戦争で義兄がビルマ(現ミャンマー)で戦死。食糧不足の中、10歳で終戦を迎えた。
 「支援への感謝の心を持っていれば、隊員を戦地に送ることは考えられない。集団的自衛権の行使には、絶対反対だ」と語気を強める。
◎やっと世界と同じに
<元海上自衛官/庭田良二さん(62)=青森県むつ市>
 海上自衛隊大湊基地があるむつ市。陸海空の自衛隊OB約400人でつくる隊友会下北支部長で元海上自衛官の庭田良二さん(62)=むつ市=は「ようやく世界から認められる形になる」と集団的自衛権の容認を評価した。
 大湊基地は海賊対処法に基づき、アフリカ東部ソマリア沖アデン湾の海賊対策に当たるための護衛艦と隊員を派遣している。2009年以降、延べ8隻、1500人を送り出してきた。
 海賊からの攻撃が想定される緊迫度の高い海域での活動は、国際社会からの要請がひときわ強い。今回の閣議決定が実行に移されると、海外に派遣されている自衛隊員の任務や活動は広がる可能性がある。
 庭田さんは「世界から見て、当たり前の水準のことができるようになる」とした上で「集団的自衛権のみならず、時代の変化に応じた自衛隊の在り方を議論し、国民の理解を深めるべきだ」との思いを強くする。
 ただ、政府や与党内で繰り返されてきた議論の過程には違和感も残るという。活動場所や集団的自衛権の対象国などはあいまいで、庭田さんは「机上の議論だけの印象が強い。もっと自衛隊の現場の声を聞くべきではないか」と求めた。
◎戦争できる国になる
<東北大の中国人留学生/崔政陽さん(27)=仙台市青葉区>
 中国から留学して2年半になる東北大大学院経済学研究科2年崔政陽さん(27)=仙台市青葉区=は沖縄県・尖閣諸島の領有権問題をめぐり、日中間の軍事的衝突が生じることを懸念する。
 「ついに日本が『戦争できる国』への道に踏み出してしまったという印象。武力衝突がなかったことが両国の関係を維持する防波堤になっていたと思うのだが…」と現状を不安視する。
 今回の閣議決定には、武装集団による離島上陸といった武力行使とまで言い切れない「グレーゾーン事態」について、自衛隊が迅速に出動できるように運用を見直す点が盛り込まれた。日中の武力衝突が現実味を帯びるとの声が出ている。
 崔さんは「周囲を海に囲まれた日本の領有権問題は根が深い。時の政権でころっと好転するのも外交。じっくりと話し合えるまでファジーな状況を戦略的に維持し、平和的な解決に導くのが政治の役割だ」と指摘する。
 憲法がうたう平和主義の崩壊を案じる崔さん。「安倍政権発足後、日本の右傾化を心配する外国人は少なくない。お互いを尊重しながら融和を図るのが、平和憲法を規範としてきた日本人の良さのはず。その理念を政治に反映させてほしかった」と残念がる。
◎長年培った信頼失う
<国際協力NPO代表/枝松直樹さん(58)=山形県上山市>
 長年、山形発の国際協力活動を続けてきた認定NPO法人国際ボランティアセンター山形(IVY)の代表理事枝松直樹さん(58)=上山市=は、集団的自衛権の行使によって「国際協力の現場で日本が長年培ってきた信頼が損なわれる」と危ぐする。日本はこれまで「非軍事」に徹することで、国際的な信用を勝ち得てきたと強調する。
 IVYは現在、カンボジアで農業による女性の自立支援、イラク北部クルド人自治区でシリア難民の子どものための学校運営をそれぞれ進めている。武力行使ではない、人を育てる日本の国際支援は近年、再評価されつつあるが「銃を持ち出すことで、あらゆる国の人々との信頼関係に影響が出かねない」と強調。「特に米国と敵対する国とはかかわりにくくなる」と懸念する。
 国際協力の現場でも、これまで犠牲となった日本人は少なくない。集団的自衛権の行使は「人が死ぬことへのリアリティーをあまりに欠いているのではないか」と憤る。
 各地での国際協力活動は、困難な人たちの状況を少しでも和らげるための、平和を享受している自分たちの義務と考えてきた。「平和人道主義の活動が政治に翻弄(ほんろう)されていいのか」と訴える。
2014年07月02日水曜日