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Listening:<平和国家の変質>集団的自衛権・閣議決定/1(その2止) 「明記」求めた首相

2014年07月02日

安全保障法制整備に関する与党協議についての報告会で公明党の山口那津男代表(右手前から2人目)らに謝辞を述べる安倍首相(左手前)=首相官邸で2014年7月1日午後4時23分、徳野仁子撮影
安全保障法制整備に関する与党協議についての報告会で公明党の山口那津男代表(右手前から2人目)らに謝辞を述べる安倍首相(左手前)=首相官邸で2014年7月1日午後4時23分、徳野仁子撮影
集団的自衛権行使を巡る公明党の見解・発言の変遷
集団的自衛権行使を巡る公明党の見解・発言の変遷

 自衛隊を戦時派遣できなかった1991年の湾岸戦争のトラウマから、外務省には集団的自衛権や集団安全保障での武力行使容認を待望する意見が根強く、政権基盤が安定した安倍晋三首相のもとで、全面容認の実現に期待が高まった。

 昨年8月、小松一郎駐仏大使(当時)を内閣法制局長官に起用したのに続き、首相は側近の谷内正太郎国家安全保障局長(元外務事務次官)に政府内の意見集約を指示した。谷内、小松両氏は、第1次内閣で「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」(安保法制懇)の作業を外務省側で支えた人物。しかし今回、首相のもとで2人が探った着地点は限定容認論だった。外務省幹部は「小松氏は法制局長官の立場で、過去の政府見解との整合性をかなり気にかけていた」と振り返る。

 首相が限定容認論を採用したのは、全面容認を唱える安保法制懇の路線に乗っていては、公明党の同意は見込めないと判断したからだ。首相側には、行使容認に前向きな日本維新の会やみんなの党との連携をちらつかせて公明党をけん制する動きもあったが、維新もみんなも党内事情で失速した。政府高官は「首相はどうしたらまとまるか真剣に考えていた。懸案は公明党だった」と明かす。

 だからこそ、小松氏らが参加した極秘の勉強会は、集団的自衛権の行使容認に「どうすれば理屈が立つか」という議論に主眼が置かれた。「我が国の存立が脅かされ、国民の権利が根底から覆される明白な危険がある場合」には集団的自衛権の行使が容認される−−。1日の閣議決定の骨格は、勉強会が到達した結論とほぼ合致する。それは、与党協議の過程で閣議決定案の修正を求めた公明党の北側一雄副代表らも合意し得る内容だった。

 安保法制懇が第2次報告書をまとめた5月15日、首相は記者会見で「憲法がこうした活動(集団的自衛権の行使や集団安全保障への参加)のすべてを許しているとは考えていない」と述べ、限定容認の立場を明確にした。

 小松氏の後を受けて就任した横畠裕介内閣法制局長官は1日の臨時閣議終了後、「今回の閣議決定はこれまでの憲法9条を巡る議論との整合性に配慮し、憲法解釈として可能な範囲内になっている」と記者団に語った。

 ◇公明、楽観論で誤算

 「閣議決定に明確な集団的自衛権は打ち出さない。その代わり、個々の法整備の中で自衛隊の活動拡大を認める。『事実上の集団的自衛権』と批判されても、最後の一線は守れる」

 今春、公明党と支持母体の創価学会の一部で、こうしたささやきがひそかに交わされた。平和の党を掲げる公明党には大きな痛手だが、安倍晋三首相に押し込まれた場合、同党がのめるぎりぎりのラインを「計算」した結果だった。

 公明党幹部は昨年末から、首相や自民党の石破茂幹事長に「行使容認を大々的に表明するのはやめてほしい」と要請。通常国会で今年度予算案が審議されていた春には、学会幹部が複数回にわたり、菅義偉官房長官と会談し、「今国会で重荷は背負えない」と来春の統一地方選後まで先送りするよう求めた。菅氏は「今国会で行使容認はやらない」といったんは応じた。

 時期は先送り、最悪でも「暗黙の行使容認」にとどめる。だが、この戦術は公明党・学会の二つの誤算につながっていく。

     ◇

 「『集団的自衛権はダメだ』とほとんど口から出かかっているじゃないか」。5月20日夜、テレビに見入っていた国家安全保障会議(NSC)高官がうめいた。視線が集中した先に出演していたのは公明党の山口那津男代表だ。「政権合意に書いていないテーマで政府・与党がしゃかりきになるのは国民の期待に沿わない」。山口氏は執行部でも、集団的自衛権反対の最強硬派とみられていた。

 創価学会広報室も同17日に慎重なコメントを発表。山口氏は「勇気づけられた」と周囲に漏らした。

 一方で、山口氏は1月、「政策的な違いだけで連立離脱は到底考えられない」と自らカードを封印した。「ことを荒立てる気はない」というメッセージだったが、後に「早すぎて、政府・自民に『公明は最後は折れる』と足元をみられた」と党幹部が悔いることになった。

 党執行部には昨年、憲法改正手続きを緩和する憲法96条改正を目指す首相を、強い反対で押し戻した「成功体験」も記憶に新しかった。

 党関係者は「山口さんは集団的自衛権も、抵抗すれば首相が最終的に決めないかもしれないと期待していた」と解説する。与党協議のテーマが、グレーゾーン事態▽国際協力▽集団的自衛権−−の3分野に広がったことも、「他の2分野をのめば大丈夫だろう」と楽観論に拍車をかけた。

 ◇山口氏「代表辞めたい」

 首相は本当に閣議決定する気なのか。公明党幹部の見方は分かれていたが、5月に入ると、閣議決定を目指す首相の強い意向が伝えられた。ある閣僚は「首相は『夏まで』をしきりに気にしていた」と話す。

 菅氏が通常国会中の閣議決定を目指すよう政府内に指示。政府は5月下旬、「閣議決定をしたい」と方針転換を公明側に打診した。統一選後に引き延ばしてあわよくばうやむやに、という公明党・学会の思惑は外れた。

 事態はさらに動く。6月8日に原案を読んだ首相が「集団的自衛権を明確化しない案は認めない」と、集団的自衛権の明記を強く指示。週が明け、変更後の案を見せられた同党の北側一雄副代表らはがくぜんとし、「やはり首相は『実』よりも、集団的自衛権という『名』がほしかったのか」と計算違いを嘆いた。だが、流れはもう止まらなかった。

 山口氏は6月初旬、学会幹部に「代表を辞めたい」と漏らしたが、引責辞任と受け止められることを恐れた学会幹部は慰留した。6月26日、山口氏は「限定容認」を明言し、首相周辺は「ついに言ってくれたんだね」と笑みを浮かべた。公明党が陥落した瞬間だった。

 長く慎重姿勢を訴えてきた公明党議員の各事務所には、支持者以外からも「頑張れ」と電話やファクスが連日殺到していた。党関係者は苦渋の表情で話す。「最終局面で首相に迫られ、行使容認に急転換した形になってしまった。小手先でしのごうとせず、首相が意欲を示した昨年から全党で議論すべきだった」。誤算を重ねた公明党執行部に、地方組織や学会の現場からは不満がうずまき、「平和の党」は深く傷ついた。

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