国際司法裁判所(ICJ)で日本の南極海調査捕鯨を国際条約違反と認定した判決が出た後、サイエンス4月号で同判決の影響等を論じた1ページの特集が組まれました。
理研小保方氏のコピペ論文と同様、鯨研発論文の掲載を拒んだ権威ある国際科学誌ですが、法の最高権威たる国連の司法機関から調査捕鯨の科学性が酷評されたことについて、科学者の論評をまとめています。
■[ENVIRONMENTAL POLICY] Court Slams Japan's Scientific Whaling
http://www.sciencemagazinedigital.org/sciencemagazine/20140404C?pg=22#pg22
「ICJの判決は、我々研究者の多くがIWCで唱えてきた主張を踏まえたものだ」(〜オレゴン州立大スコット・ベイカー氏)
「科学研究にとってと同じく国際法にとっても良き日だ」「漁業機関における科学的管理手法の強化の助けにもなる」(〜ハワイ大の法学者アリソン・ライザー氏)
「『王様は裸だ』とIWC科学委では何年も言われてきたことだ」(〜アラスカ水産研究センターフィリップ・クラップマン氏)
まあ、さんざんな言われようですねぇ・・。日本側証人として法廷に立ったノルウェー・オスロ大ワロー氏の一連のコメント(「less than 10」「worthless」等)も紹介。法的観点からも、科学的観点からも、こき下ろされて当然の代物だったわけです。日本の調査捕鯨は。
華々しい発表会見から一転、袋叩きに近い状況にあるアイドル的リケジョと違い、残念ながら調査捕鯨については、未だに科学性の再検証を求める声が封殺されている状況。それも、「食文化」のかけ声にかき消される形で。
これはもはや、科学に対する侮辱というほかないでしょう。
■SC/65b/Rep02 Report of the Expert Workshop to Review the Japanese JARPA II Special Permit Research Programme
http://iwc.int/sc65bdocs
http://events.iwc.int//index.php/scientific/SC65B/paper/view/686/673
上掲は今年5月にスロベニアで開催された国際捕鯨委員会科学委員会(IWC-SC)の会合に向け用意されたたたき台の資料。ワークショップが開かれたのは今年2月、東京。
ICJの判決によって実質的に終わりを告げたJARPAUですが、最後の最後までこき下ろされ続けてきたことがよぉくわかります。
一点、IWC-SCの調査捕鯨関連の報告書に頻出(しかもしばしばゴシックで印字されたり)する語句が「welcome」。
これ、修辞ですよ。日本の顔を立てている、立てざるを得ないということ。
まず、日本側はSCのレビュー会合でも総会でも、最も多くのメンバーを送り込んでいる多数派。例えばこの報告書も、評価するパネルメンバー9名に対し、日本側の提議者は22名。そして何より、日本は現在IWCの加盟分担金を多く支払っている大口スポンサーの一国なのです(当然の義務とはいえ)。何せ、日本が水産ODAで買収した持続的利用グループの国々は、分担金を払い続ける持続性≠ノ欠けるものですから・・。そういう財政事情もあり、定期的な総会も年1回から2年に1回に変更されたりしているわけです。その辺はIWCの限界、日本の独善的な横暴に対して実効性のある方策をなかなか講じることができない事情のひとつともいえるわけですが。
そういう具合に日本の顔を一所懸命立てたうえで、なおそのお粗末ぶりをケチョンケチョンに批判せざるを得ない──そのことが一体何を意味するか、皆さんにもお察しいただけるでしょうか。
以下、レビュアーが指摘している問題点の記述を抜粋しながら、具体的に解説していきましょう。
この項目でパネルが改善≠求めたのは以下の5点。
1.海洋学的データを完全に収集すべく、機器の較正作業をきちんと行うこと。
2.内外のデータベースで報告されている海氷等関連する海洋学的データの有用性を精査し、JARPAT/Uのデータに組み込むこと(NASAのサイトへのリンクも教えてあげるよ!)
3.収集した海洋学的データを他の国際研究プログラムが活用できるよう、提供を検討すること。
4.TDR(音響測深器)とEPCS(電子粒子係数・粒径測定器)のデータは重要だからきちんと分析すること。
5.鯨類の目視・生物学的データと照合させる形で海洋学その他環境データの分析を進めること。
However, to investigate finer spatial and temporal characteristics, which is ideal when investigating the relationships between oceanographic data and species distributions, it is important to collect in situ water samples to calibrate and when necessary correct the instrument readings; as a minimum instruments should be calibrated at the factory once a year.
1番目の指摘、せっかく諸々のデータを収集したのはいいけど、「計測器は少なくとも年に一度は調整しないとダメ」と言われてます。
そういうのって基本じゃないんですか? こういうところも某リケジョみたいだよね。若すぎる一個人研究者じゃなく、日本の鯨類学を代表する研究機関のハズなのに。
2、3、5番目も、日本の鯨類学が専門領域(?)のタコツボに深くはまって安住しすぎ、関連する海洋学の研究情報の収集すら怠ってきたことを証明しています。「日本国内で提供されているデータにすらアクセスしてないじゃん」とツッコまれてるわけです。それらの外部のデータとの整合性を検証する作業は必須ですし、中には重複している無駄な作業もあるかもしれません。これも科学者であれば最初から念頭にあっていいはず。
ところで、この辺のフレーズ、どこかで聞き覚えがありませんか? ここでちょっと、公海調査捕鯨の再開・継続の意思を表明した林農相の談話(4/18)を振り返ってみましょう。
−今後の鯨類捕獲調査の実施方針についての農林水産大臣談話|水産庁
http://www.jfa.maff.go.jp/j/press/koho/pdf/danwa.pdf
前々から指摘されていたことを、あたかもICJの判決を受けて心を入れ替えた≠ゥのごとく弁明に使ってしまう林氏の神経が知れません。まあ、この声明も官僚が用意したんでしょうけど・・。
4番目、クジラの分布・生息密度等を把握するうえできわめて重要とSCで評価されたデータが、なぜか後の2年間は収集されなかったことへの遺憾が表明されてますね。
科学的プライオリティが高い情報収集を怠った理由、なぜだと思います?
まあ、大体想像はつくでしょう。ソナーを使ったらSSCSに居場所がバレちゃう、と──。
このことが示すのは、日本という国は科学研究のプライオリティ付けをする能力が根本から欠けているということです。
「刺身にすると美味いミンク鯨肉の安定供給」と「SSCSとのプロレス」のことしか頭にない連中が、計画を立案し推進してきたわけです。
補完にしかならない致死的データ収集を優先する理由は何もありませんでした。米国とオーストラリアにも協力してもらい、極地研主導で海洋データと目視データの収集・分析を進めればよかったのです。そうすれば、鯨類学にとどまらず、南極圏の物理学・生物学研究に携わる世界中の研究機関に高く評価されるだけの科学的データを速やかに提供でき、場合によっては商業捕鯨再開にさえつながったかもしれないのに。
この記述は一見肯定的評価のように見えますが(科学者という哀しい人種は、データが存在すればそれだけで興味を持つものだけど・・)、カッコの中に注目。「毎年行う必要があるかどうか検証すべき」と。同じことはサンプル数についても言えます。
実際、胃内容物ではなく海面でのデブリの収集はJARPAUの6年間にわずか88例にすぎません(p58,AnnexD)。それもおそらく偶発的に発見しただけでしょう。そもそも海面付近のデブリの密度をつぶさに調べる調査計画になっていないのです。
デブリや汚染物質のモニタリングは、まず当該環境の汚染状況を測定・把握したうえで、その環境に生息する野生生物、この場合は南極圏の生物全般で調査を行ってこそ、初めて意義があること。南極海がどの程度汚染されているか、南極海生態系の中で汚染の影響に対し最も鋭敏なのはどの種か、死亡率の増加や繁殖への影響が見られるか、それを調べることこそ真っ先に求められるのです。毎年毎年クロミンククジラの胃を開いて中身をあさる前に。さらに言えば、漂流物が相対的にはるかに多く、影響も懸念される低緯度・北半球のウミガメ、海鳥等のモニタリングに対し、より多くの研究リソースが割かれるべきなのです。海洋汚染の状況を測るのに適切とはいえない種を指標動物にしてしまうのは、単に非効率かつ科学研究予算の無駄使いであり、汚染の実態を見過ごす危険すらはらみます。環境科学の見地からは決して許されることではありません。
However, the Panel noted that Antarctic minke whales and other baleen whale species are more-or-less continuously distributed around the Antarctic continent; in contrast, the JARPA II research area represents just under half of the circumpolar area. Given the stated objective, the lack of information provided for areas outside the programmes’ research area presents some inherent difficulties in fully meeting the objective to elucidate spatial and temporal variations in stock structure, even though the information developed under JARPA II is probably sufficient for the purposes of developing trials to evaluate RMP variants within the area of sampling.
調査範囲について最初から大きな疑義が表明されています。南極大陸の周り全部にいるのに、日本が調査しているのはその半分でしかないじゃん、と。
便宜的に区分された6海区のうち、JARPAUがカバーしているのは、かつて日本の捕鯨会社が操業してきた2海区とその両隣の海区の半分ずつのみ。毎年毎年片側では数百頭分の死体から採取した耳垢栓の標本を積み上げながら、大陸をはさんだ反対側では情報が完全に欠落しているのです。科学的に見ればこれほどアンバランスなことはありません。どうせ裏側にいるクジラなんて来やしないと見込みで判断するのは、事実をもとに仮説を検証する科学者の姿勢にもとります。両隣の海区では、さらにその両隣の海区に分布する系群と混交が起きている可能性も当然否定できないからです。RMPの改善に寄与するという取って付けた目的を掲げるなら、それ以上に重要な改善要請に応じるのがスジというものでしょう。
4年前のレビューでIWCのDNAデータ品質管理のガイドラインに従ってないと勧告を受けながら、まだ一部で対応できておらず、その詳細な説明が不足していることを問題視しています。
その後、SC/F14/J28とSC/F14/J29というクロミンクの系群解析に関する 2つの論文に対するレビューが続きます。SC/F14/J28はミトコンドリアDNAおよびマイクロサテライトDNAというクジラ以外でも野生動物の多型解析ではおなじみの遺伝子マーカーを用いた解析。SC/F14/J29はそれら遺伝情報に身体測定データを加えて解析したもの。執筆代表者は前者が鯨研調査研究部長Pastene氏、後者がIWC-SCの議長も務める東京海洋大北門氏。
「よくがんばりました」と花丸の判子を押しつつ、こう言ってます。
However, there are a number of places where additional information is required to fully interpret the results.
このパート(5.2.3 p15)は集団遺伝学のかなりしちめんどくさい議論ですが、要約するなら、「JARPAUによって示されたデータ自体、日本側の提唱する仮説と矛盾しているし、その部分の検証に抜けがいっぱいある」と指摘されているわけです。
JARPA最終レビューで受けた指摘に対応したという北門氏らの解析に対しては、SC副議長に敬意を表してかせっせと持ち上げつつもPastine論文以上に辛辣なコメントが付いています。勧告の数は合わせて9個。
まず、「論文の記載で、個体と系群に同じインデックスを使用されちゃ困るよ」と某リケジョ論文を思わせる稚拙さに苦言を呈されています。ほかにも、「モデルはベイズ法か最尤法で処理するように」「形態データの統合にあたっては性差に依存しないパラメータの変化も検討するように」といった指摘がなされており、おそらく統計学・遺伝学畑の方々なら「基本じゃないの?」と首をかしげるのではないでしょうか。これでは過渡的な試論の段階で論文の体裁をなしてないと批判されても仕方がないでしょう。
SC/F14/J29への指摘に続いて、パネルは1ページ以上にわたって長々と「もうひとつの仮説をきちんと検証してちょうだい」と注文を付けています。
ここで一応ざっくり解説しておきますが、調査海域のクロミンクにはIストックとPストックという二つの系群(個体群)が存在すると考えられ、その分布境界と混交の程度が長年にわたって問題になってきたわけです。2つの系群の境界領域(p7の図1に描かれているグラデーションの部分)の状態を説明するため、<two-Stocks-with-mixing:2系群混交>説と<isolation-by-distance:距離による隔離>説という2つの仮説が立てられました。前者はI系群とP系群の分布が重なる混交領域を仮定するのに対し、後者はI系群とP系群が距離に応じて次第に混じり合う状態によって説明しています。現在日本側が主張しているのは前者。
With respect to the area of transition, it was suggested that methods that address the question of isolation by distance (such as spatial autocorrelation and Mantel tests) would help resolve the position and nature of this transitional pattern. It was further suggested that other analyses based on individual genotypes, such as landscape genetics as assessed in the program ‘alleles in space’ (Miller, 2005) may help resolve the pattern of structure and mixing (though this would likely require 15+ microsatellite loci to provide sufficient power). (p421)
−Report of the Intersessional Workshop to Review Data and Results from Special Permit Research on Minke Whales in the Antarctic, Tokyo, 4-8 December 2006 | J. CETACEAN RES. MANAGE. 10 (SUPPL.), 2008 411
http://iwc.int/document_1565
ところが、JARPAU開始年次にはすでに提唱されていた対立仮説を、日本側はずっと無視し続けてきました。JARPATへのレビューに対する応答として、JARPAUの所定の最終年次に提出された論文においてさえ、それは考慮されていなかったのです。
しかし、今回のレビューでも引用されているとおり(p17)、当の鯨研の論文でも以前は複数の仮説が併記されていたのです。
Therefore the general stock structure archetype for the Antarctic minke whale in the feeding grounds is multiple stocks with spatial (longitudinal) segregation. (p7)
−SC/D06/J9 Genetic analysis on stock structure in the Antarctic minke whales from the JARPA research area based on mitochondrial DNA and microsatellites
http://iwc.int/document_1570
パネルは「不確実性を解消するために必要なのは、単一の解釈に対して手を替え品を替え正当化を試みることじゃない。複数の仮説があれば、まずどちらの仮説が正しいか検証することだ」と述べ、決着をつけるための具体的な方法(近交係数の経度毎の変化を調べればいい)まで明示しているわけです。
2つの仮説のどちらが正しいかわからない状態がずーっと続いていれば、強いフラストレーションを感じ、早く結論を出したいと考えるのが、まっとうな科学者というものでしょう。
同じくP16でパネルは「生物学に大きく貢献するし、JARPAUの目的にも合致するはずだ」と半分持ち上げつつ、対立仮説を検証するよう改めて強く促しています。
しかし、日本の御用学者たちは、結論を導き出すことよりも、一方の仮説に都合のいい解釈をこね回し続けることに、意義を感じていたというわけです。調査捕鯨ならではの身体測定データを、どうやって致死調査を正当化する口実につなげられるか、そんなことばっかり考えていたと。
新しいアイディアや手法を優先して試してきた、というわけでもありません。その点に関しては、パネルは形態データの統合を歓迎しつつも、「4.で述べたとおり、海洋物理学的データの統合だって少なくとも同じくらい重要だよ。そっちもやんなよ」と推奨し、さらに衛星タグ、放射性同位体や脂肪酸解析など多岐にわたる手法も提示しています。
工夫の余地だったら他にもたくさんあるのに、致死的調査にばかり異常に執着したがる日本の鯨類学の偏向には、科学の公平性・合理性・効率性の観点からも到底誉められたものではありません。
続いて、ザトウクジラについて。けど、ザトウは捕っていません(オーストラリアに対する脅迫カードに使ってるだけ・・)。ここで評価されているのは、いわゆる非致死調査であるバイオプシーを用いたもの。
短い論評ですが、「致死的調査をしてないばっかりに質が低い!」なんてことは、もちろん一言も書かれていません。論文の記載、詳細なデータの提出の注文だけ。
バイオプシーだけで済ませているザトウクジラとミナミセミクジラより、致死調査をすることでより充実した中身になっているハズのクロミンククジラとナガスクジラの論文に対するほうが、より注文が多く、かつ手厳しくなっているわけです。
ナガスクジラの調査結果に対しては、統計学的正当性への懸念は当然として、「過去の商業捕鯨時代のデータや他のバイオプシーサンプルをきちんと調べなさい」と注文を付けられています。
5章最後の節、写真標識による個体識別データについては、「系群構造解明に資するポテンシャルを認識して、もっと情報の提供と分析に努めるように」と強く奨めています。
はたしてこれは、IWC-SCが非致死調査ばかり選り好みしている所為なのでしょうか?
いいえ。
−SC/F14/J31 Stock structure of humpback whales in the Antarctic feeding grounds as revealed by microsatellite DNA data
https://events.iwc.int/index.php/workshops/JARPAIIRW0214/paper/viewFile/554/543/SC-F14-J31.pdf
これ、当の鯨研の論文の記載ですよ。IDCR/SOWERの分を加え、トータルで581サンプル。系群構造の解析にはこれでも不十分だったとしてますが、「繁殖海域のサンプルなくしてこの研究はできなかった」との表現は、逆に言えば繁殖海域でバイオプシーを活用した調査を行えばサンプルサイズを抑えることだって十分可能だということ。「無駄な殺しをしなくて済む」ということに他なりません。
こうやって鯨研自身が「重要な成果だ」と自賛しているくらいなのですから、ICJが「ザトウは殺さずに調査研究できるんだから、クロミンクでその努力を怠るのはおかしいでしょ」と追及するのは当然のことでしょう。
ついでにいえば、他の野生動物でも遺伝的多型を調べる場合のサンプルサイズはこんなものです。
−地理的スケールにおける生物多様性の動態と保全に関する研究|環境省
https://www.env.go.jp/earth/suishinhi/wise/j/pdf/J01F0140.pdf
例えば、高尾のリスの個体群構造解析は26個体、中国・近畿のツキノワグマでは同じく92個体。遺伝子サンプルは生検、発見した死骸、糞などから。
種によっては、狩猟ないし有害駆除された死体からのサンプルが含まれるケースもあります。殺す以上は、徹頭徹尾データを取得することが供養だという考え方もあるでしょう。
しかし、研究を主目的に、生きた個体を毎年数百頭ずつ殺そうとする、代替手法の開発・改善によってその数を少しでも減らそうと一切努力することなく、むしろ何とかして殺す数を維持しようとあの手この手を画策する──そんな動物学者は世界広しといえど、捕鯨業界のリソースにどっぷり依存している日本の御用学者以外、見当たりますまい。
彼ら日本の御用鯨類学者は、どの野生動物の研究者よりも、動物実験が主体の医学・生理学者に近いといえるかもしれません。某リケジョのような。。研究実績の指標となる論文数を稼ぐ動機で、必要性に首を捻りたくなる突飛な研究を思いつく特性の点でも。調査捕鯨との大きな違いを挙げるなら、曲がりなりにも3R《苦痛の軽減・使用動物数の削減・代替手法への置換》の概念に基づく明確な倫理指針が設けられ、法規制や科学誌への論文掲載の国際的な審査基準として定着していることでしょう。もっとも、日本と海外先進国との大きなギャップは、動物福祉方面では常に指摘されてきたところですが。
「なるべく殺さない」──それが動物学の基本常識。
その中で、日本の鯨類学のみが「なるべく殺す」という常識ハズレの哲学に従っているわけです。
残念ながら、その哲学は、科学の意義、価値を重んじる姿勢から興ったものではありません。
副産物こそが目当てだから、解体時間が延びて鯨肉が体温で傷むことさえ恐れ──何せ、水産庁長官曰く「刺身にすると美味いミンククジラ肉」ですから──可能な限り少ない組織標本で済ませようとし、必要な解析・研究をうっちゃらかして、クジラの精子とウシの卵をかけ合わせるなんておっそろしくバカげた研究で論文数だけなんとか稼ごうとする。
科学が産業と政治に隷属し、二の次になっているが故の哲学なのです。
実は、上掲のクロミンクの系群構造の2つの仮説をめぐる鯨研発の2つの論文のデータについて、どうにも腑に落ちない部分があったため、パネルメンバーに直接問い合わせてみました。
該当箇所はこちら。
[SC/D06/J9]
No statistically significant level of deviation from the Hardy-Weinberg genotypic proportion was detected through the strata at each of the six loci (Table 9). The same was true for overall loci in all samples combined (chi-square=16.948, d.f.=12, p=0.152).(p6)
Table 9(p16)
[SC/F14/J28]
Genetic diversity indices are shown in Table 4 for whales in the western and eastern sectors of the research area. The average number of alleles per loci, average allelic richness, and average expected heterozygosity, all over the 12 loci, was high for the both sectors, and the levels of these indexes were quite similar between the two sectors. Both sectors showed evidence of deviation from the expected Hardy-Weinberg genotypic proportions.(p4)
Table 4(p8)
−SC/F14/J28 An update of the genetic study on stock structure of the Antarctic minke whale based on JARPAII samples
https://events.iwc.int/index.php/workshops/JARPAIIRW0214/paper/view/551
−SC/F14/J29 Dynamic population segregation by genetics and morphometrics in Antarctic minke whales
https://events.iwc.int/index.php/workshops/JARPAIIRW0214/paper/view/552
これは同じVEからYWにかけてのクロミンクのマイクロサテライトDNAの解析結果(HW:ハーディー・ワインバーグテスト値)と記述。両論文で正反対になっています。違いは調査期間と解析した遺伝子マーカーの数、そして集団の取り方。JARPAUの方は、解析するマーカー遺伝子数を増やしたものの、各遺伝子座毎の詳細データが提示されておらず、非常に不親切。この点は上掲したように、パネルからも指摘を受けていますが。
二つの論文の該当箇所を比較してみましょう。
怪しいと言えば怪しいのですが、HWテスト値が真逆になる合理的な理由も一応考えられます。SC/D06/J9のデータは経度による分割を増やした計8つの集団についての解析結果であるのに対し、SC/F14/J28の方は東西の2集団。
HW平衡が成り立つのは、任意交配が行われる独立した遺伝子集団の場合。ただし、部分集団で任意交配が行われていても、それらの部分集団の集合としてみた場合には平衡が崩れます(ワールンド効果)。HWやワールンド効果については、参考リンクの集団遺伝学講座をご参照。
パネルは「扁平なトーラス」という表現を用いていますが、<距離による隔離>仮説によれば、クロミンクは通常経度方向にあまり大きく移動することはなく、遺伝的に少しずつ異なる集団が隣接し合い、大陸を取り囲む連続的なスペクトルの状態をなしている、というイメージですね。
それに対し、日本側が推している<2系群混交>仮説は、単純に2つの個体群が重なり合い、間で混交が起きているというもの。
日本側はSC/F14/J28で提示されているHW平衡からの逸脱を、年毎に東西系群間の移動・混交の度合が大きく変化することによって説明し、<2系群混交>仮説を支持する論拠としている模様。
確かに、HW平衡が崩れるもうひとつの理由として、集団への出入りがある場合が挙げられます。ただ、移動・混交の年変化によるなら、より小さな分集団を対象にした以前のSC/D06/J9のHWテスト値は、もっと大きな逸脱を示していてもおかしくないと思うんですがね。実際には逆。
さらに、同論文のP5では以下の記述があり、JARPAT時の調査結果と大差ないと言っているのがなんとも不可解。
しかし、遺伝的小集団の集合によるワールンド効果という解釈であれば、<距離による隔離>仮説の支持も可能。むしろ、2つの調査結果に示されるHW期待値の傾向が相反することをうまく説明できます。
一方、<2系群混交>仮説であれば、今年のレビューのP17でパネルが指摘しているように、近交係数とともにHWテスト値のほうも、遷移領域と両側の純系群との間で差が出てくるはずなのです。
やはりP16でパネルが指摘しているとおり、当のJARPAUが提示した経度によって遺伝的・形態的特性が変化するモデルは<距離による隔離>説と矛盾しません。むしろその方がしっくりきます。身体測定データの差異を解析したSC/F14/J29のグラフ(p10)、皆さんはここで示された9つのグラフの中に、2つの明瞭な不連続境界を見出せますか? それとも、経度方向の漸次的、連続的な変化に見えますか?
ここでパネルのコメントを再掲しましょう。
<距離による隔離>は野生生物の個体群動態の実相を幅広く表していますが、中でもクロミンクのケースはかなりユニークなものだといえるでしょう。分断された繁殖海域と明瞭な地理的隔離障壁がない摂餌海域との間を大回遊する生態が、ユニークな系群構造をもたらしたに違いありません。さらに、皮肉にもJARPAUの結果、系群の境界領域は時間的・空間的に変化しており、また性差もあることが確認されたわけです。そうした分布動態が微小な遺伝的交雑の蓄積を生み、経度方向に少しずつ異なる遺伝的集団が出来上がったとも考えられます。
なお、パネルメンバーのお一方、NOAAの遺伝学者Waples氏によれば、「SC/D06/J9中の問題のHW値等については精査できておらず、パネルとしてのコメントはない」とのこと。
結局、何年もかけて数千頭のオーダーで野生動物を積極的に殺しておきながら、T期・U期いずれの調査結果も満足な結論を出せるレベルにないということです。
鯨研はサボタージュを働こうとせず、繁殖海域の調査、JARPAUのサンプルの再解析によって、パネルが指摘した有力な仮説の詳細な検討作業に真摯に取り組むべきです。
話はここで終わりません。
生態系アプローチをはじめ、鯨研側の手法や議論があたかも結論にたどり着くのを引き伸ばそうとしているかに見えるのは、調査捕鯨をズルズル延命したいという日本側の動機を考えれば容易に納得できます。しかし、系群構造に関して対立する2仮説のうち一方ばかりに肩入れする理由は何かあるのでしょうか?
ここで、なぜ捕鯨の管理に系群構造の解析が求められるのか、改めて説明しておきましょう。付ける薬のない狂信的な反反捕鯨論者たちの認識は根本から間違っているのですが・・
もはや常識ですが、自然保護・野生動物保護の文脈において、対象となるのは種≠ナはありません。個体群です。
おりしも生物多様性条約の年次会合がカナダで開かれていますが、ここでいう多様性というキーワードの意味は、《自然(生態系)の多様性》であり、《遺伝子の多様性》に他なりません。地球全体で見たそれぞれに特色のある生態系の多様さ、その生態系を保全するために欠かせない構成種の豊富さ、そして、種内の遺伝子の多様性すなわち個々の個体群ひとつひとつをきちんと保全することで、それらが構成する地域の生態系の健全さを可能な限り保持すること。
小川や林に生息する昆虫や淡水魚などの小動物たちから草花まで、「種の個体群ひとつだけ生き残っていればいいや」などという乱暴な考えは、もはやとっくに時代遅れ。地域地域の自然を構成する、遺伝的に微妙に異なる個体群のそれぞれをしっかり守ることこそが求められているのです。ホタルしかり、トンボしかり、メダカしかり、カエルしかり。
それが現代の自然保護のトレンドであり、時代の要請なのです。
ペンギンも、サメも、アザラシも、そしてクジラも、自然保護の標準から外れる差別的扱いは決して許されることではありません。
クジラの保護管理に責任を負う国際機関であるIWCとて、時代の要請を受け入れる必要があるのです。
商業捕鯨の管理方式・管理体制においても、当然個体群毎の厳格な管理を念頭に置かなければなりません。
仮に、クロミンククジラに当てはめるとしたらどういうことになるでしょうか?
まず、推定個体数の全体の数字(最新の合意値で52万頭)には意味がないということ。保護・管理すべきなのは個々の個体群だからです。
以前、便宜的な合算値である76万頭(既にゴミ箱行となりましたが)に対し、年間約3千頭(平均)というRMP(改定管理方式)に基づく捕獲枠の試算が示されました。これも系群単位ではなくトータルの値なので意味がないわけですが、この仮試算の数字をもとに改めて概算してみることにしましょう。もし将来商業捕鯨が解禁になったとき、日本がどれだけのクジラを殺せるか、の。
最初に、76万に対して52万、おおよそ2/3ということで約2千頭。全6海区のうち、日本が伝統的≠ノ漁場としていたのは2海区ですから、1/3で約700頭。実際、インド洋、大西洋側にまで出張っても、燃費がさらにかさんでますます不採算になるだけですからね。まだ名乗り出る気配のない未来の公海商業捕鯨企業が、そんなバカげたことをするはずもありませんし、「南極海のクジラはぜーんぶ俺様のモノだ!」とジャイアンな宣言をするほど、日本が狂った国であるハズがないと、世界も信じてくれていることでしょう・・
ここで、この数字をJARPAUの目標計画数がすでに上回ってしまっているということに、皆さんもお気づきになられたでしょう。ICJがクロ認定するのは当然のことでした。
系群構造に応じた管理を考えた場合、対象群の規模が小さければそれだけ注意深い管理が求められ、高い安全係数を見込むことになりますから、全部ブッコミの数字より当然目減りすることになります。
余計なパラメータの入力を必要とせず、最も頑健で信頼性の高いRMPは、系群毎の管理の要請に応じるために、管理区域を経度10度毎に分割することにしていました。日本側は「それで目減りすんのは嫌だ!」という理由から、管理区域間の線引きの目をもっと粗くしようと目論んでいるわけです。「野生動物は個体群毎に保護しなければダメ」という環境保護の常識からではなく。ついでに、調査捕鯨の大きな口実にもなったわけですが。
<2系群混交>説に即した場合、IとPの純系群、遷移領域の3つを考えればいいということになるでしょう。一方、<距離による隔離>説が正しければ、経度方向のより細かい管理区分が必要になってきます。仮に、JARPATの調査に基づきHW平衡が確認された集団を1管理系群とみなすなら、2海区で6つ。後者の方がより厳格で慎重な管理を求められるのは言うまでもありません。
ただし、遷移領域については純系群と同様に捕獲枠を算定するわけにはいきません。捕鯨船がこれから殺そうとしているクジラが、I系群のものかP系群のものかを殺す前に判別する方法がないからです。衛星タグを打ち込んで、遺伝子サンプルを持ち帰って確認した後、翌年回収しに行く? 今はまだどこも名乗りを挙げようとはしない未来の捕鯨会社も、そんなバカげた著しく採算性を損ねるやり方を択るはずもありますまい。
また、個体群毎の個体数推定の精度も大きく下がることになります。2つの系群を合わせたトータルの数字としてなら算出することが可能ですが、遷移領域(前者1つ、後者は4区ないしそれ以上の細分化が必要)については、さらにそのうちの系群毎の比率を割り出すことが求められます。そして、異なる系群への混獲の影響を最小限にするために、遷移領域ではより少数のほうの系群に応じた捕獲枠を設定することになるでしょう。その場合は、純系群に近い場所ほど捕獲枠を小さく設定せざるをえません。そんなしち面倒くさい管理に従いたがる捕鯨会社など、やはりいるとは思えませんが。そもそも南極海捕鯨をやりたいと言ってる企業自体ありませんけど。。
まだ問題があります。<2系群混交><距離による隔離>のどちらであれ、JARPAUの調査自身によって判明している時間的・空間的変動と性差を管理にも組み込む必要があるということです。年毎に管理の指標とされる系群の境界が移動し、去年と同じ海域でも異なる系群に該当する可能性があったり、同じ海域でも系群毎のメスとオスの割合が異なるため雌雄別々に管理しなければならないという、きわめて厄介な課題が生じるのです。
捕獲枠の算定に際しても、年毎に境界が移動する可能性のある変動領域の分を割り引かれなければなりません。でなければ、系群毎の管理の意味がないわけです。該当する海域での捕獲は事実上不可能ということになるでしょう。マッコウクジラじゃありませんから、今に至っても選択的捕獲はほぼ不可能。そのマッコウクジラでは、かつて陸上の狩猟動物の管理に倣ってオスだけの捕獲枠が設定されましたが、この選択的捕獲のせいで妊娠率が大幅に低下、北太平洋のマッコウクジラは個体数が急減し、商業捕鯨管理の無残な失敗のモデルケースとなりました。
系群の性比のバランスを崩さない厳格な管理を追求するなら、同じ海域内に生息する少数の系群の、少数の性の個体数をもとに捕獲枠を算定する以外にないでしょう。
結局、遷移領域(両方の系群が混在している範囲)・変動領域(管理区分の境界が年によってずれ得る範囲)については、ごく少数の捕獲しか認められないということになるでしょう。
合わせて300頭か、200頭か、100頭か。以前のJARPATの規模でも多すぎということになるかもしれません。いい加減で済んだかつての乱獲時代と異なり、細かく区切った管理区域毎に厳重な管理をする、という前提付で。
以下はそのイメージ。
してみると、日本側が2つの仮説のうち1つのほうに異常なまでに固執するのは、「もう一方では商売≠ノ都合が悪い」という理由以外に考えられないでしょう。
日本を含む捕鯨産業が大乱獲の果てに大型鯨類を次々に絶滅寸前へと追いやり、南極海生態系を荒廃させた悲劇の歴史を鑑み、慎重のうえにも慎重を期した管理手法として提案されたのがRMPでした。
「少しでも取り分を増やしてやろう」などと画策する日本の姿には、過去に対する真摯な反省の姿勢が微塵もうかがえません。
RMPの趣旨を踏まえるなら、遷移領域・変動領域の捕獲枠ゼロ設定は当然のことでしょう。RMS(改訂管理体制)を受け入れようとしない日本に、近海のウナギもマグロもまともに管理する能力のない持続的水産業の落第生に、影響を最小限に抑えながら捕獲する繊細な管理などできるはずがありません。
残念ながら、これは「商業捕鯨をどうしても再開したいのであれば、最低でもここまではやるべきだ」という筆者のべき論にすぎません。そして、科学者として似つかわしくない「鯨肉販売営業」を平気で兼任している鯨研の連中のこと、時代の要請だといっても、このようなきめ細かな管理に応じるつもりはさらさらないでしょうね。
レビュー報告の12章では、調査捕鯨を正当化する従来の主張どおり、そのデータがRMP運用の「改善に資する」と日本側は謳っています。「安全第一の管理のせいで目減りする量をちょっと増やせるかも」という意味で。
こんなものは改善ではありません。日本がやろうとしているのは間違いなく改悪です。
ナガスクジラを世界で最も多く殺し、南極海生態系の撹乱という未曾有の大実験を遂行してきた捕鯨ニッポンは、かけがえのない人類共有の財産である南極圏の野生動物と取り巻く自然をなおも弄び続け、多様性を損ねようと企てているのです。
この点に関しては、多数派にしてスポンサーでもある日本への配慮から、両論併記の形で調査捕鯨の有用性に一定の理解を示そうとしているIWC-SC自体が、もはや時代から取り残されているといわざるをえません。
「資源が枯渇さえしなければいい」という時代遅れの指標はきっぱり捨て去られるべきなのです。
時代は変わったのです。「種が絶滅しなければいい」という初歩の段階はとっくに過ぎたのです。
自然の多様性をいかに健全に保つかが、いま何よりも求められているのです。そして、社会の側が自然を開発するニーズについて、より厳しい目が向けられているのです。
年間300万人の児童が栄養失調で亡くなっている時代に、世界の食糧援助をはるかに上回る食べ物を捨て、世界中のどこの国より命を粗末にしている最悪の飽食大国が、永田町の食通族議員たちを満足させるべく「刺身にすると美味いミンククジラ肉を安定的に供給するため」(by本川水産庁長官)、多額の税金を投じて繰り広げる、地球の裏側の南半球に暮らす人々が愛してやまない自然への、欺瞞と独善に満ちた不当な介入。
これは南極のクジラたちに対する、ホタルやメダカにも劣る差別的待遇以外の何物でもありません。
ここまでJARPAU最後のレビューレポートの2章分をざっとながめてきましたが、残りのパートもツッコミどころが満載です。
とくに野生動物フリーク、生態学に興味のある方なら、これを読んで日本の鯨類学がそこまでお粗末だったということに開いた口がふさがらないはず。
キーワードはシャチ。
トホホな実態の検証、続きは来月中に・・
(集団遺伝学関係参考資料)
−集団遺伝学講座|霊長類フォーラム
http://www.primate.or.jp/PF/yasuda/index.html
−適応進化遺伝学|東京大学大学院新領域創成科学研究科
http://www.jinrui.ib.k.u-tokyo.ac.jp/kawamura/tekioushinka2013.pdf
−Genetic differentiation between individuals|Journal of Evolutionary Biology #13
http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1046/j.1420-9101.2000.00137.x/abstract
−北海道東部に生息するタンチョウの集団遺伝構造解析|日本生態学会第61回全国大会
http://www.esj.ne.jp/meeting/abst/61/B1-08.html