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ふむ、良く読むとおもしろいな。私はこの〝尻研〟と黒川との騒擾には一切関わっておらなかった。黒川の有志の会なるサイトも見たこともなければむろん書き込んだこともないし、〝尻研〟が表面的に黒川攻撃を始めたのは、黒川自身が実名で〝尻研〟への参加を申し込んでからである。 
 
これこそ〝飛んで火にいる夏の虫〟であろう。(笑)、私はひとめで〝尻研〟の正体が「久遠居士」であることを見抜いたが、これは私が数年間にわたり連合していた時期があり、やつらの手の内をすべて知っているからである。 
 
私が〝有志の会代表相談役〟を名乗ったのは、黒川では宗務院の坊んさん達を相手に渡り合うことは出来まいし、これでは黒川の完全敗北となるのが見え見えだったから黒川に云って臨時に相談役を名乗ったのである。(笑)、 
 
案の定、宗務院のボケ坊んさん達(梅川副部長師は除く)は、私が挙げる証拠の一々を見てバカ面が青ざめていったのである。(爆笑)、 
 
ハッキリ云うが、宗務院の坊んさん達を相手にまわし、俺の独断場だったよ。(笑)、この俺様に議論で説き伏せるなど宗務院のボケどもには十年早ぇ~と云いたいのである。これではのう、他門・他派を相手に議論は無理であろう。 
 
 
フリーホームビレッジ[倒産]代表の森常男云はく 
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黒川氏の件について? 
森 常男2010/08/20 宛先: matu hotaro 
 
差出人: Tsuneo Mori (mori@freehome.co.jp) 送信日時: 2010年8月20日 11:57:20 宛先:  matu hotaro (hotrokaka@msn.com) 
 
松木さん 
 
こんにちは、ご無沙汰しております。暑い日が続きますが如何お過ごしでしょうか。メール拝見しました。なぜ今になって本件の仲裁に松木さんが関わり、ましてやなぜ松木さんが弱らなければならないのか、突然のお申し出に正直戸惑っているのが偽らざる気持ちです。 
 
また黒川氏が弱っておられるとのことですが、そうであれば黒川氏本人が直接冨士宗学研究主宰者様または私に申し出られれば良いのでは、と思うのです。 
 
そういう黒川氏は、有志の会を糾弾した私、そして冨士宗学研究主宰者様に罵詈雑言を加えた上で、法的措置を取ると公言しました。それ故に私は既に会社の顧問弁護士と本件について対応を取っています。そのような状況の中で敢えて松木さんが火の粉を被ることはないと思うのです。 
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※ここでうっかり森は本音を吐露していて大失敗を犯している。「黒川氏本人が直接冨士宗学研究主宰者様または私に申し出られれば良いのでは、と思うのです」と云っていることに留意すべきであろう。 
 
〝尻研〟のサイトには主催者にメールを送ることは出来るが〝こきち(森常男)〟の連絡先は書かれていない。つまり、こきちの正体を知らなかった黒川には事実上こきちに連絡を取ることは不可能であったのだ。 
 
森がこのように書いたのは、〝尻研〟のメールを受け取る相手の中に森常男自身がいたからである。森はうっかり意識の底を書いてしまったのである。つまり、冨士尻学研究の運営者は森常男であるという証左といえよう。 
 
 
フリーホームビレッジ[倒産]代表の森常男云はく、 
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また初めに勘違いあるようですので僭越を承知で申し上げますが、今般の黒川和雄氏の有志の会設立不祥事の提起は、私が私の考えと意志で行ったものです。 
 
松木さんのHPに掲載して頂く以前に数か所のサイトに投稿しましたが、この中で最初に私の考えに賛同し継続して掲載してくださったのが冨士宗学研究サイトとなります。他のサイトでは「ここは交流が目的ですので控えて下さい」等の指示がありましたので、以降はその指示に従い取り止めました。 
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※このとおりである。黒川叩きを提起したのは森常男であり、松永たちは乗っかっただけなのであろう。だが、〝尻研サイト〟にはろくな記事はなく、標題では妙教とか他の教学分野を類聚しているが、特段な記事としては波木井坊攻撃のみであった。 
 
では黒川叩きは行っていなかったのか、と云えばそうではない。2チャンの「妙輪寺のアホタン黒川和雄をヲチするスレ」は紛れもなく〝尻研一派〟によるものである。森常男の記事が投稿されていることは以前に述べた通りである。たまたま偶然に開いたときに目に入ったものであったが、すべて精査して分析すべきであった。 
 
どうも、私は2チャンのあの形式が苦手で殆ど見ていなかったのであるが、この問題が起きてから改めて黒川と波木井坊を攻撃している相手の素性を得るために開いたのであったが、遅かったという感は否めない。じつに惜しいことをしたものである。 
 
 
フリーホームビレッジ[倒産]代表の森常男云はく、 
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冨士宗学研究主宰者様は私の拙論を掲載するにあたっては、何らの条件やまして御自身の意に添うように修正等を求めてくることは一切ありません。それぞれが独立した人格において自らの信条に従って行動していますので、一派と云う形態で呼称するのはまったくの思い違いのように感じます。 
 
「宗規●●条」というのは、私も冨士宗学研究主宰者様もまったく関知していません。如何様な理由にせよ、そのような煽りをするような必要はありません。また、私は富士の清流荒らし事件当事はネットを離れていましたので、その件や富岳氏との面識も特段な思い入れも正直なところありません。 
 
ただ複雑且つ長期化したその当時の事情を部分部分を聴いだけでも、黒川氏は当時からやはりひどい行為を働いていたのだなぁとは感じていますが、私にとっては今回の黒川氏の有志の会不祥事に関して、その経緯の中で富士の清流荒らし事件が取り上げられたとしても直接的にはどうこうすることもできません。 
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※このバカどもは何を云っておるか。黒川の件が宗規違反であると騒いだのはこやつら自身ではないか。ブログに投稿された記事であり、我々は知りませんとは云えまい。なんせ投稿しているのが〝尻研〟じしんであるからだ。(苦笑)、 
 
黒川がひどい書き込みをしているのは事実であろう。「池田大作のウンコを食っただ、おいしかったで、あんたらもどう?」なんてのは議論でもなければ当然の如く法論などではなかろう。しかしであるから叩いてヤレではこれも仏教徒としての態度ではあるまい。 
 
外道でさえ右の頬を叩かれたら左の頬を出せという教えがあるくらいである。ましてや仏教徒としての慈悲の実践はどうするのだ、むろんこれは私にも云えることではあろう。私は黒川が詫びてきたのですべて過去のことは不問に付した。 
 
間違っても池田大作のウンコ云云の話しをほじくり返して謝罪状を出せなんどのことは云っていない。ともに前進しようと云うのであればそれで良いではないか。 
 
森は「私にとっては今回の黒川氏の有志の会不祥事に関して、その経緯の中で富士の清流荒らし事件が取り上げられたとしても直接的にはどうこうすることもできません」と云っているが、森自身が2チャンで「池田大作のうんこを食っただと云って荒らしてきた黒ちゃんのことを忘れちゃったのは耄碌したからだね(趣意)」と書き込んでいるのである。 
 
ともかく森の虚言癖には唖然とするばかりである。(苦笑)、 
 
 
フリーホームビレッジ[倒産]代表の森常男云はく、 
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松木さんの意に逆らうようで申し訳ありませんが、上記のように有志の会から端を発した黒川氏の問題については私が提起しましたので、その私自身がこの件で冨士宗学研究主宰者様と黒川氏の妥協点を探ると云う役割は担うことはできません、その点の斟酌を願えればと思います。 
 
また仮に冨士宗学研究様と黒川氏らの妥協が図られたとしても、それが私の思いに適ったものとは必ず一致するとも限りません。ただ今朝、冨士宗学研究主宰者様がブログにおいて改めて黒川氏への8つの質問をアップされていました。 
 
それを考えるに、まず前段階としてこの8つの質問、つまり今般の黒川氏の一連の不祥事に関わることに対しての黒川氏本人の真摯な回答が必要だと個人的には思えます。正直言って、この質問に黒川氏が早い段階で良心に添って回答していればこのような問題は生じていなかったと思いますが。 
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※「今朝、冨士宗学研究主宰者様がブログにおいて改めて黒川氏への8つの質問をアップされていました」とは摩訶不思議なハナシではある。黒川攻撃の八の質問が「今朝アップされた」とはどうして判るのであるか。 
 
「今朝」といういじょう、〝尻研〟に投稿された時間を森常男は知っているということである。つまり投稿した本人しか知らない、もしくは〝何時投稿するか知っている〟から書けることではないか。(苦笑)、 
 
「正直言って、この質問に黒川氏が早い段階で良心に添って回答していればこのような問題は生じていなかったと思いますが」と云っておるが、そっくり〝尻研〟に返してやるぜ。 
 
もし、〝尻研一味〟どもが俺が闘争満々たる気概を示したとき、和解の道を探っておれば、森もフリーホームビレッジを潰さずに済んだであろう。松永や伊東もこれから世間で辛酸を舐めるまで至らなかったであろう。よくよく考えることである。(苦笑)、 
 
 
フリーホームビレッジ[倒産]代表の森常男云はく、 
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私は当初から繰り返し繰り返し書いていますが、黒川和雄氏との接点もましてや特別な個人的(例えば黒川憎し等と云うような)感情は露ほどもありません。この有志の会不祥事の当初、大阪南地方部の某幹事氏が布教区支院長と妙輪寺御住職に経緯を話され早期解決の労を取って下さった折には「本件解決の為であれば召喚されれば布教区支院に出向きます」旨を伝えてあります。 
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※これが森常男の虚言癖の代表作であることは、同じく森常男のメールに明らかであることは何度も実証済みである。 
 
 
フリーホームビレッジ[倒産]代表の森常男云はく、 
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その時にも某幹事氏には伝えましたが、私の想いは将来に宗門の禍根となるような黒川氏の逸脱した行為を看過することはでない、と云うことでしかありません。今ここであやふやに蓋を閉じてしまい、彼の行為が間違っていたということが曖昧になってしまえば、近い内に黒川氏が再三同様のことを行なうばかりか必ず同じような過ちを犯す者が出てくるでしょう。 
 
私自身はこの問題はひとえにただ過ちを犯しておしくない、是正して欲しいとの思いですが、初めから黒川氏らは勝った負けたの問題と思っているようです。黒川氏のサークルメンバーは冷静に物事を見ることをせず「勝った、勝った」と浮かれ騒いでいて嘆かわしいばかりです。 
 
その代表格がたかぼん氏と言えるでしょう。たかぼん氏については私は今までひと言も一切論評していませんが、彼は何を勘違いしているのか私を創価学会員であると誹謗中傷し続けています。それは別に取るに足らないことなので構いませんが、彼は松木さんに対して>深い意味があってれいなと連携があるわけではないと言われたとのことのですが、彼はれいな氏の掲示板に 
 
「私はれいなさんと出会った2004年以来、ネット上においてはれいなさんの行う事を全面支持しております。日蓮正宗を知る前からです。猊下様から否定されない限りこれからも変わりません。中略 当方は猊下様が否定しない限りこのサークルの最後の1人になる覚悟を持ってこれからも発言して参ります。」 
 
と公言しています。別にたかぼん氏が黒川氏と深い深い盟友関係にあるのは構いませんが、>正宗に反することはしないつもりである、と言われたそうですが、ヤフーの質問掲示板において日開上人と日顕上人を結果として貶める投稿を行なっています。だれも人間ですから間違いがあるでしょうが、これを指摘した冨士宗学研究主宰者様を逆恨みして罵倒しています。 
 
外典においても過ちては則ち改むるに憚ること勿れと云うのに正宗信徒として悲しむべき姿です。私は問題の拡散を防ぐ意味でたかぼん氏にはまったくひと言も触れていないのにも拘わらず見境さえつかず罵声を弄していることは事実として記させてください。 
 
また、私が黒川氏の個人情報を暴露した、名誉毀損云々を主張しているようですが、これはすべて黒川氏自らが公表していること乃至過去のネット上でオープンになっている事柄ばかりです。先に記しましたがそれについて黒川氏が法的措置を取るということなので、今は弁護士の指示に拠って多くを投稿せずにその対応を待っています。裁判になってすべてが司法の場で開陳されればどちらが正しいかがはっきりすると思うのです。 
 
仮に黒川氏らの主張が正しければ私は世法上(司法上)においては勿論、仏法上においても裁かれる、その覚悟を私は持っています。(弁護士からは、訴訟要件を満たしていないので門前払いであろうが、虚偽を以て民事訴訟を起こすことはできるので裁判に持ち込まれることは相手方の意思次第とのことです) 
 
加えて、第三者になりますから具体的な記述はできませんが、妙輪寺の御信徒の方からも激励を頂戴したことも心を強くしたことです。長野妙相寺の御信徒もこの有志の会について御住職から指導を受けて黒川氏のサークルから脱会したとの記載が掲示板に書かれていたことも付言させて頂きます。 
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※タカボン氏との葛藤については、私はたかぼん氏からの連絡しか受けていなく、森の云い分については検証のしようがないのだ。なんせこの問題は根が深く、私はまったく関知しておらんので細部に至ってはおてあげである。 
 
だが、私は直接たかぼん氏とは会って話しをしており種々問題を聞いているので、虚言癖の森の云うことは信用が出来ないのみである。(笑)、 
 
 
フリーホームビレッジ[倒産]代表の森常男云はく、 
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私が、宗門の禍根となるような黒川氏の逸脱した行為を看過できない、そう思うに至ったのはそれがまだ若かった頃の法華講青年部に対して賜った日達上人の大恩に幾許かでもお応えすることと確信しているからです。 
 
ですから今般の黒川氏らの誤りを指摘する際には、礼節を弁え個人を言葉汚く誹謗中傷することはいっさいしていません。黒川氏らはまともな論議はまったくせずに感情的な侮蔑発言を繰り返してきますが、畏れ多いことですが日達上人のあの頃の御苦衷を思えばなんら痛痒は感じません。却って、今ようやく日達上人の御指南に万分の一でもお応えしているとの歓びすら湧いてきます。 
 
「山桃の 実は小さくも身を守り 広布の願い 朋えいづるらむ」 
 
私は今でもこのお歌を想う時、胸が熱くなります。先月、御登山した折に御命日の月でしたので日達上人の墓前に参詣しました。廻りには誰もおらずひとり読経唱題申し上げていると、上人のあの厳しくも暖かき厳慈に満ちたお声が聞こえたようで、急に涙がこみ上げてきました。 
 
上人はまだまだ何の力も無く未熟な私達に「あの人も法華講であったかと世間から思われる人間になりなさい」「お寺を守りなさい、日蓮正宗を守りなさい」「自分の生活を立てなさい」と御指南下さいました。私は今、自分を顧みてその御指南にお応えできているかと云うととても恥ずかしく思います。 
 
しかし「あの不埒な姿が法華講なのか、あの不様な振舞いが日蓮正宗信徒なのか」と世間から蔑まれ、お寺の看板と御住職の御顔に泥をかけることだけは、慎んで生きてきたつもりです。 
 
宗内を蹂躙する創価学会を厳しく戒めれ、法華講青年部に期待をされた日達上人御遷化より早31年、明年は三十三回忌です。この間、宗義を私せんとした創価学会は日顕上人猊下の御英断を以て宗外に放逐されました。宗内は本来の清風が取り戻され、今や御当代日如上人猊下の大号令のもとに広布の前進が新たに進められています。 
 
組織としての創価学会は宗外に駆逐されましたが、一方でその習気たる我執に染まったまま当宗の信仰を履き違え自己満足を信仰の発露と勘違いし、日達上人御在世には想像をし得なかったインターネットと云う媒体によって宗内に声高に我説を撒き散らす人々の存在を薄ら寒く思うのです。 
 
取るに足らない少人数に過ぎないかもしれませんが、これらの行為が将来の宗門の禍根にしては決してならない、現時の当宗信徒が 
「平成三年までの日蓮正宗創価学会は正しかった事は間違いないのです」「もし間違っていたと言うなら、猊下様がいつ、その様な御指南をされたか、ここに書き込んでいただきたい。」 
 
などと云うことを平然と主張し、猥雑で卑劣な謀略行為をしても、それに対して声を揚げる者がいないとなれば、只管日達上人に申し訳ない極みであると思います。 
 
「(宗内に)そういう間違った教義をする人があるならば、法華講の人は身を以ってくい止めて頂きたい。これが法華講の使命と心得て頂きたい。」 
 
私は日達上人のこのお言葉に従って生きていきたいと思います。松木さんと違い教学も無く非力で小さな存在ですが、今後もネットに限らず宗内外を問わず過ちを声高に主張する者がいれば自らの分において(それは過ちです)(間違えです)(法を下げます)と指摘していきたいと考えています。 
 
その想いは日達上人から「法華講の青年部の皆さんと一緒に勤行がしたくて帰って参りました」とのお言葉を賜ったあの大客殿の丑寅勤行に時を同じく参席させて頂いていた松木さんには察して頂けると思っています。 
 
乱文、申し訳ありません。森 常男 
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※以上である。最後は感動の一幕であった。最近の人には判らないであろうが、昭和五十二年路線(第一次創価問題)のとき、裏では相当以前より宗内で問題視する声が高まっており、日達上人は苦慮されておられた時代のことである。 
 
私が創価学会から法華講に移籍して間もなく法華講連合会の「青年部登山」があり、日達上人は東北に巡教に行っておられ不在であったが、丑寅勤行のさい突然上人がお出ましになり「法華講青年部の方達といっしよに勤行がしたくて帰ってまいりました」とのお言葉があった。 
 
大客殿には擦り泣く青年部員もいたのである。この時期に法華講青年部のために日達上人が謳われたのが「法華講の山桃」である。 
 
「山桃は小さくとも身を守り、広布の願い萌えいずるらん」このお歌は「法華講の山桃」といわれ、当時の法華講員であれば知っている故事である。日達上人が創価問題でいかに御心を悩まされ対処していたか、このお詩に託されたのである。 
 
このとき私もいたが森もいたのである。私はこの時日達上人が仙台からお帰りになられたと勘違いをしており、後に森から秋田であったことを知らされたのである。 
 
ならばだ。日達上人のお心に従って異体同心の実に肝胆を砕くべきではなかったのか。つまらん情念に負けて挙げ句の果てに商売を潰して日達上人に顔向けが出来るのか。あの当時を知っているのであればふたたびあの当時を思い出すべきであろう。 
 
日達上人のご苦衷を知っている立場にありながら宗門史最大の絶壁に在った「宗門の旗本たる法華講」との気概のもと、佐藤悦三郎先生を筆頭としてあの大創価学会を叩きのめした史実は、法華講の異体同心の実ではなかったのか。 
 
 
 
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