元川悦子の一蹴入魂:ザック退任直後にアギーレ内定の違和感
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2014年ブラジル・ワールドカップ(W杯)も佳境に突入している。ホスト国・ブラジルや優勝候補に挙げられるドイツなどがベスト8進出を果たし、タイトルの行方が見えつつある。
そんな中、1分け2敗の勝ち点1でグループC最下位に終わった日本代表は、4年後のロシア大会に向けて早くも動き出している。4年前の2010年南アフリカW杯の後、後任の日本代表監督の人選が遅れた反省を踏まえたのか、元メキシコ代表指揮官のハビエル・アギーレ監督にアルベルト・ザッケローニ監督の後任を託すべく、日本サッカー協会が水面下で動いていることが発覚。間もなく正式契約に至ると多くのメディアが報じている。さらにはコーチングスタッフの具体的な名前まで出ており、事態は急ピッチで先へ先へと進みつつあるようだ。
2015年1月には2連覇の懸かるアジアカップ(オーストラリア)も開催されるため、次の体制にスムーズに移行できることは確かにメリットもある。しかし、ザック監督が退任を正式表明してからまだ1週間。今回のブラジル大会の総括も行われていない中で、次の監督の話が出て、具体的な陣容まで明らかになるのはどうしても違和感が拭えない。
メキシコ人と日本人が体格的に似ていること、パスを回しながら効果的に攻めを組み立てるメキシコのスタイルが日本の理想に近いということ、代表監督としての実績が頭抜けていることなどを踏まえて、アギーレ監督に白羽の矢が立ったのだろうが、これまで日本が目指してきた主導権を握りながら攻撃的に行くスタイルが本当に正しかったのかどうかも現時点ではハッキリしていない。そんな状況で監督人事だけが先行するのは、どうもスッキリしない。
実際、日本代表は今回のブラジルW杯で、これまでこだわり続けてきたスタイルを思うように出せなかった。14日の初戦・コートジボワール戦(レシフェ)では相手に徹底的に研究されてボールを支配され、最終的にクロスから2失点して力負けした。「圭佑(本田=ミラン)の1点が入って、その1点を守ろうと思うあまり、引いて守ろうという意識が強くなりすぎた」と岡崎慎司(マインツ)は語っていたが、消極的になったことだけが敗因ではなかった。
1−4で惨敗した24日のコロンビア戦(クイアバ)では完全に個人能力の差を突きつけられており、華麗な攻撃だけを追い求めていても世界との差は埋められないことを我々は再認識させられた。だからこそ、守備面でもしっかりとした組織をつくり、ときには相手との力関係を考えて引いてブロックをつくるような形に持っていくなど、多彩な戦術バリエーションを構築できるような指揮官が必要なはず。アギーレ監督にそれだけの資質があるのか否かも含め、客観的視点で検証していく必要があるだろう。
日本代表はこの10年間で欧州組が圧倒的に増え、今回のザックジャパンのメンバーも半数以上が欧州クラブ所属選手だった。そういう主力を頻繁に呼べないのが代表監督の悩みだ。ザック監督もその部分には相当な苦労を強いられた。アギーレ監督がメキシコ代表を率いていたときは国内組が多かったため、現在の日本ほどの難しさはなかっただろう。さらに欧州から日本への移動距離の方が、メキシコへの移動距離よりはるかに長く、アジア予選や国際親善試合の際のコンディション調整の難易度が上がる。こうしたアジア特有の問題にもアギーレ監督がきちんと取り組み、解決してくれるかどうか。そこも慎重に見極めるべきだ。
そして、新指揮官の方向性が日本に合わない、あるいはチームの成長が見られないと判断される場合には、新監督を切る決断ができる体制を整えることも肝心だ。これまで日本サッカー協会の専務理事と技術委員長を兼務してきた原博実氏が専務理事専任になるため、次期技術委員長がどうなるのかは1つのポイントになる。元日本代表キャプテンの宮本恒靖氏の就任が有力視されるようだが、彼自身が監督人事を進めた張本人でないということで、決断が鈍る可能性もある。監督評価の責任の所在を明確にしてこそ、しっかりした代表強化が実行できる。日本の場合は過去の代表チームもそういう責任がうやむやになりがちだっただけに、今回こそはきちんとした対処をお願いしたい。
新監督人事を急ぐことで、ブラジルでの惨敗を打ち消すことだけは許されない。イビチャ・オシム元日本代表監督も「負けから学ぶことはある」と強調していたように、敗戦をしっかりと受け止めてこそ、その後の飛躍がある。それを忘れることなく、ザックジャパン4年間のあり方、チーム作りや選手選考、本大会へのアプローチの是非などをきちんと分析することから始めてほしいものだ。
文/元川悦子
1967年長野県松本市生まれ。94年からサッカー取材に携わる。Jリーグ、日本代表、海外まで幅広くフォロー。特に日本代表は練習にせっせと通い、アウェー戦も全て現地取材している。近著に「日本初の韓国代表フィジカルコーチ 池田誠剛の生きざま 日本人として韓国代表で戦う理由」(カンゼン刊)がある。
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