2014年7月1日18時37分
■牟田和恵(大阪大学教授)
東京都議会のセクハラヤジ問題では、発言者も周囲の議員も、現在の展開は想定外だっただろう。当初は「これくらいのことで目くじらを立てられるとは」とタカをくくっていたに違いない。あれほどの批判を受けてさえ、都議会自民党は尻尾切りでの幕引きを図っていたのだから驚きだ。
■「悪気なく」愚弄
ここに見られるのは、近年のめざましい意識の変化とそれを認識できない「オヤジ」たちのギャップだ。セクハラという語が日本に登場して25年、女性たちの意識は相当に変わった。かつては性にまつわる揶揄(やゆ)や中傷、不当な取り扱いを受けても、嫌な思いをこらえて我慢してきた。しかし今では多くの女性たちがそんなのはおかしい、不当だと考えるようになった。そうした女性たちと身近に接している男性たちも、自ら進んでにしろ余儀なくにしろ、その変化を受け止め変わってきた。まっとうな会社ならば社員にも教育をするようになった。
政治家というのは、その変化から最も遠い位置にいるのだろう。乱暴な一般化はできないが、少なくとも今回ヤジを飛ばし笑っていた議員たちはそうだろう。公私を問わずセクハラをしても議員としての力のおかげで、面と向かってやめてくれと言われることはない。どんなに相手が内心で苦い思いをしていても、まったく気づかず、それどころか「相手も喜んでいる」とさえ思っている。
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