佐藤達弥
2014年6月30日18時58分
70年前の1944年6月30日、ある政策を東条英機内閣が閣議決定した。「学童疎開」。国の命令で親元を離れた子どもたちの中には、劣悪な生活に苦しみ、戦災遺児として生きてきた人も少なくない。そして、いま。集団的自衛権を使える国をめざす安倍政権は、憲法9条の解釈変更を閣議決定しようとしている。日本の現状を疎開経験者はどう受け止めているのか。
■戦争は悲惨、市民への攻撃懸念
白黒写真の中で、着物姿の女性がほほ笑む。「ずっと、家族がいなくて寂しかった。戦争は悲惨やね」。自宅の居間で、和田真佐雄さん(79)=兵庫県尼崎市=がつぶやいた。
写真の女性は母のキクエさん。和田さんが島根県大社町(現・出雲市)に学童疎開していた45年3月、ほかの家族4人とともに大阪大空襲で亡くなった。和田さんは10歳、キクエさんは34歳だった。
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朝日新聞社会部
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