【どこへいこうと私大の勝手,-東京理科大学「久喜キャンパス」撤退問題-】

 ①「東京理科大が全面撤退へ 久喜市は撤回求める」
    (『朝日新聞』2014年6月27日朝刊「埼玉地域」版)

 1) 東京理科大学の動向
東京理科大学経営学部地図 東京理科大学(本部・東京都葛飾区)は経営学部の久喜市からの全面撤退を決め,市に伝えた。田中暄二市長は「約束を一方的に破棄するもの」と反発し,市議会も6月26日,撤回を求める決議案を可決した。

 市によると,大学側は1年生を久喜キャンパスに残して,2年生以上を2016年度から新宿区の神楽坂キャンパスに移す案を2年前に示し,市側が受け入れていた。ところが,理科大の中根 滋理事長がこのほど市役所を訪問。「一部移転案は教育,経営上ともに厳しい」とし,経営学部の学生募集が計画通り進んでいないことや維持管理費などが重荷になっている現状を伝えたという。

 久喜キャンパスは久喜市下清久に1993年開設。経営学部と大学院に約1千人の学生がいる。13万平方メートル世の用地取得や校舎建設に市が5年間で30億円を補助し,周辺の道路や下水道整備に10億円を支出した。市と大学の協定や覚書には,学部撤退を想定した市補助金返還の規定がないという。

 市長は25日に「長年培ってきた市と大学の信頼関係を損なう行為」とする文書を大学側に提出し,全面移転を撤回するよう強く求めた。大学によると,経営学部の全面移転は7月9日の理事会で正式に決まる見通し。跡地の活用については「市と相談していきたい」(広報課)という。

 --この記事は,大学経営も企業経営と同じ性質の課題を抱えているということを如実に教えている。顧客=学生募集が不調になるような立地政策は,どうしても採れないという基本方針に尽きる。学生が集まらない・集めにくいキャンパスでは,大学経営そのものが危うくなるほかない。それで,都市部に回帰・集中する動向が一気に出てきた。

 もちろん18歳人口の激減(一時期よりも半分に減少)を踏まえて,顧客獲得競争が大学業界においては熾烈であり,非常な困難を迎えている時代である。非一流大学ではすでに定員割れなど当たりまえであって,一流大学でもまともな学力を備える入学生を確保するのに苦労をしている。大学業界内における市場の食い合い競争は,それこそ生き馬の目を抜くようなきびしい状況を生んでいる。
 
 東京理科大学の大学運営にとって,経営学部を久喜市に置いたままにする戦術はもう採れず,都市部に撤退(移動)させたほうが,業界競争においては絶対的に有利なのであり,いつまでも久喜市に立地させておけばおくほど,この競争に不利になっていくという認識である。

 2) 久喜市の困惑・苦境

   ☆ 東京理科大学経営学部久喜キャンパスの存続を求める決議 ☆

 東京理科大学経営学部久喜キャンパスは,平成5年4月の開校より19年間,久喜市の掲げる「文化田園都市」の象徴として,市民に愛され続けてきている施設である。

 久喜市では,東京理科大学久喜キャンパスを誘致するにあたり,大学用地役13万7,400平方メートルについて地権者全員のご理解,ご協力を得るとともに,土地取得及び校舎建設への補助金として,総額で30億円の費用負担を行ったところである。

 さらに,関連公共事業として約10億円を支出し,道路や上下水道等の周辺整備を行うなど,開校に向けて全面的な支援を行い,誘致を実現させてきたものである。この度の東京理科大学経営学部久喜キャンパスの2年生以上を神楽坂キャンパスへ移転させる決定は,久喜市への誘致の経緯や永年にわたり築き上げた久喜市と東京理科大学経営学部との交流を鑑みると甚だ遺憾であり,到底受け入れられないものである。

 よって本議会は,久喜市の目指す豊かな未来を創造する個性輝く文化田園都市に極めて重要な東京理科大学経営学部一部移転の決定について撤回を求めるところである。なお,今回の決定について撤回の意思がないのであれば,現在の東京理科大学経営学部のさらなる定員拡大や学科の新設等を図るか,あるいは,久喜市の発展を損なわないため,久喜キャンパスを存続していくことを強く求め,ここに決議する。

 平成24年6月26日 久 喜 市 議 会


 註記)http://www.city.kuki.lg.jp/section/gikai/gian/H24/pdf/h24.6ketugi.pdf

 3) 東京理科大学の台所事情
 ところが,東京理科大学側は,経営学部の1年生も神楽坂キャンパスに移す予定を立てている。こうなると,久喜市の当初の大学を誘致し歓迎した「蜜月」の時代は,幻と化するみこみになったというわけである。「オラが町にも大学ができた」と大喜びしたのも束の間,20年も経たないうちに経営学部は全面撤退する予定になったというのであるから,久喜市としては怒り心頭に発する思いである。

 「学校法人の経営戦略」に沿って,大学側の立場から以上の事態を考えてみたい。現在すでに神楽坂のすぐ近くに設立してある「東京理科大学専門職大学院イノベーション研究科」(所在地は飯田橋セントラルプラザ2階と PORTA 神楽坂4・5階)や,すでに神楽坂キャンパスに移動済みである「経営学部2・3・4年生」に合わせて,追って「1年生」もこちらに移動させれば,経営学部全体をまとめて教育する態勢が整備ができる。なにかと都合がよいことになる。

 久喜市の移転反対の意向など,一顧だにする気のない東京理科大学側の意志は,きっと堅いはずである。
東京理科大学経営学部偏差値
出所)http://daigakujuken-plus.com/nyuushi-hensati-ranking/rikadai/keiei/

 東京都心部に経営学・商学系の学部を置いている各大学に比較して,東京理科大学の偏差値はいまひとつ格差がある。この大学は,都心部への経営学部移転によって,その格差を縮めることができると期待していると思われる。

 以上の説明は,東京理科大学の事例だけの話題ではない。詳しくは『カレッジマネジメント163 / Jul. - Au. 2010』下掲の註記※をのぞいてみてもらいたいが,ここに掲載された資料:「活発化するキャンパス再配置と拡大戦略」は,1970年代から1990年代にかけて,郊外型キャンパスを開設した大学のあいだで,2000年以降,都市部に回帰する動きが活発になっていることを詳細に解説している。

 以前,郊外キャンパスに移していた1・2年生を都市部に戻し,その地方に残ったキャンパスでは,既存学部の移転や学部新設などをおこない,キャンパスごとで4年間一貫教育とし,教育効果を上げようという動きが目立つ。もちろん,都市部に移転することによる志願者増も狙ってのことである。

 4) なぜ大学は都市部へ向うのか
 問題の焦点は,まず,首都圏における1都3県の入学定員・収容定員の推移・動向,さらに,首都圏,中部圏,関西圏の3エリアで実際におこなわれた移転の動き,その目的や傾向である。つづいて,首都圏の5つの大学を例にとりあげ,移転が志願者増に結びつく効果検証が確認できるという事実である。
 註記※)前後は,http://souken.shingakunet.com/college_m/2010_RCM163_04.pdf 参照。

 2010年の時点での情報となるが。すでに移転した大学名を一覧しておく。この内容については詳細な分類(その目的や性質分け)がくわえられ,整理されているが,その中身についてはリンクを張った上記註記※アドレスの資料をのぞいてもらい,ここでは,都市部へ回帰・移動した大学名のみを列挙しておく。

 明星大学,城西大学,城西国際大学,東京芸術大学,東洋大学,共立女子大学,上智大学,芝浦工業大学,大正大学,法政大学,上野学園大,昭和音楽大学,東海大学,東京家政大学,東洋学園大学,立正大学,跡見学園女子大学,国士舘大学,帝京平成大学,杏林大学,日本大学,國學院大学。

 女子美術大学,帝京科学大学,東京工科大学,東京理科大学,二松學舎大学,常葉学園大学,中部学院大学,名古屋学院大学,愛知工業大学,順天堂大学,立命館大学,神戸女子大学,神戸学院大学,平安女学院大学,同志社大学,鈴鹿医療科学大学,甲南大学,同志社女子大学,関西国際大学,関西大学。

 東京家政学院大学,青山学院大学,武蔵野大学,東京電機大学,東京歯科大学,早稲田大学,帝京平成大学,実践女子大学,東京工芸大学,愛知大学,大阪成蹊大学,佛教大学,同志社大学。
 上記註記※は,こう説明してもいる。---多くの大学が都市部をめざすのはなぜか。18歳人口の減少で学生募集に苦しむ大学にとって,最大のメリットはやはり志願者増だろう。学生と教職員ともにアクセスの良い都市型キャンパスは,実務家教員等の確保や,就職活動にも利便性が高い。デメリットとしては校地の狭さがあるが,本部キャンパスの再開発や高層化などで,効率性を高めたキャンパス再配置がおこなわれているようだ。

 上記註記※は,首都圏で実際に都心へキャンパス移転をおこなった東洋大学,共立女子大学,東京家政大学,立正大学,国士舘大学の5つの大学を例に,移転が志願者増につながっているか,効果を検証している。ここでは,東洋大学の場合を説明する図解と解説を紹介する。
東洋大学図解
 東洋大学は,2005年に,朝霞キャンパスに移転していた文系5学部(文学部,経済学部,経営学部,法学部,社会学部の第1部,以下同)の1・2年生を白山キャンパスに集約し,4年間一貫教育をスタート。

 これにより,2004年まで志願者数の減少が続いていた経営学部と社会学部は志願者数が増加,同じく横ばいだった経済学部も志願者数が増加した。文学部と法学部の志願者数は上がらなかったが,法学部は2009年まで増加傾向にある。

 また,2004年と2009年の志願倍率※をそれぞれ比較すると,文学部(14.6倍→13.8倍),経済学部(13.6倍→17.6倍),経営学部(10.9倍→13.3倍),法学部(13.6倍→14.9倍),社会学部(15.5倍→19.0倍)と,文学部を除く全学部で倍率は上がっている。なおこの集約化に伴い,朝霞キャンパスにはライフデザイン学部を新設している。

 2009年4月には,学部教育の「5つの改革」をスタート。国際地域学部を板倉キャンパスから白山第2キャンパスに移転し,志願者数が約4000人から約8000人へと一気に倍増,志願倍率は10.5倍から21.1倍にも上がった。キャンパスの移転をおこなった学部(実線)とそうでない学部(破線)をみると,移転を行った学部のほうが,志願者数を伸ばしている傾向がよくわかる。

 移転をおこなわずに志願者数が増えているライフデザイン学部と生命科学部については,「5つの改革」でライフデザイン学部を2専攻に,生命科学部に2学科を増設し3学科体制とするなど,学部・学科改編の効果による志願者増であることが推測される。

  ② アンサイクロペディアに登場する東京理科大学


  以下は,http://ja.uncyclopedia.info/wiki/東京理科大学 から拾ってみた記述である。

 a)『院試予備校』 東京理科大学(英称:Tokyo University of Science)とは,日本で唯一の「院試予備校」である。全国的にも留年率の高さはトップクラスであり,日々レポートや実験,宿題やレポートや勉強やレポートに明け暮れた挙句に留年することは,けっして珍しくない。

 b)『留年が売りの大学』 理科大といえば留年。留年といえば理科大。すなわち,理科大≒留年であることは自明である。東京大学は一流大学だが,東京理科大学ももちろん一留大学である。また準一流大学である。5年制大学とも呼ばれる。「留年率を上げる→理科大は厳しい→社会的評価大」という,目的と手段の逆転現象を狙っていると考えられている。

 c)『不本意入学の学生が多い大学』 難関大学の併願大学として受験する学生は多いため,中途半端な学力をもった学生が毎年大量に供給されている。 それゆえ,もともと理科大に来たくて来た学生はほとんどおらず,受験時に単に滑り止めのつもりで受けて実際に滑り止まっただけの学生が大半であり,受験戦争で心に回復不可能な傷を負ったものも多い。入学当初は勉強意欲のある学生も,理科大の非情なカリキュラムによってやる気や自信を失い,ストレスとプレッシャーのために白髪や脱毛,肥満等の症状が少なからずみられるようになる。

 最終的にはいままでもっていた趣味や理化学的なことも含めてあらゆることへの興味関心を失い,単位取得マシーンと化した理科大生は,最寄の駅からゾンビのように列を作って無言で学校に行進する。こうした姿勢を日本の一流企業は高く評価しており,卒業後は立派な戦士として企業にその心臓を捧げることが理科大生の一般的なキャリアパスである。神楽坂キャンパス近辺には法政大学があるものの,どちらの大学の学生かは見れば一目で分かる。
 補注)この「一目で分かる」という点は,われわれもJRの西口改札口に立って観察すれば,すぐに納得のいく事実。

 d)『坊っちゃん』? 夏目漱石の「坊つちやん」に登場する東京物理学校は理科大の前身であり,そのため理科大のマスコットキャラクターとして坊っちゃんが使われているが,作中で物理学校時代の描写はいっさいない。漱石が物理学校なんて謎な大学の内部事情などしるはずもなく,坊っちゃんはものの数行で卒業を果たす。

 作中で主人公の坊ちゃんは物理学校をなんと3年(ストレート)で卒業する。『別段たちのいい方でもないから,席順はいつでも下から勘定する方が便利であった。しかし不思議なもので,3年立ったらとうとう卒業してしまった。自分でも可笑しいと思ったが苦情をいうわけもないから大人しく卒業しておいた。』とあるが,当時の物理学校の基準からすれば絶対にありえないことであり,残念ながらおそらくはどこか別の大学であり,大学側が卒業したことを主張する逆学歴詐称の疑いがある。

 e)『キャンパス名』詐称 神楽坂キャンパス,野田キャンパス,久喜キャンパス,長万部拘置所の4つのキャンパスからなる。東京理科大学と名乗っているものの,東京にあるのは神楽坂キャンパスのみである。久喜キャンパスに至っては東京でもなければ理科でもない。
 補注)だから久喜からは撤退計画を実行中ということなのである(!?)。

 f)「久喜キャンパス」 通称「埼玉東京理科大」,「久喜経営大学」。東京と名乗っているものの,東京にない。ダ埼玉に位置する。経営学部・経営学研究科が使用。実態はあまりしられていない。理系科目・文系科目どちらでも受験できるので結構穴場。

 キャンパスの位置は悪いが,経営学部は入学時に同じ偏差値の大学と比較して異常に就職は強い。そういった意味では理科大の経営学部は理系・文系の中途半端な大学のこうもり学部のなかではかなりお買い得な大学。就職氷河期といわれる2011年,ついに,読売新聞社『就職に強い大学2012年版』で学部別就職率ランキングで全国1位になってしまった。

 g)「長万部キャンパス」 長万部拘置所。東京と名乗っているものの,東京にない。北海道に位置し,基礎工学部の1年生がここで過ごす。なお入学条件として必ず長万部町へ住民票を移さなければならない。そこらの大学が自称する田舎とは一線を画す田舎であり,ほぼすべての学生が大きなカルチャーショックを受け,数カ月で「景色が綺麗」,「空気がおいしい」,「星がよくみえる」などと狂い始める。
 補注)「東京」農業大学にも,北海道の網走市に「生物産業学部」のキャンパスがあり,網走市内から「山の上」にある(東京駿河台の明治大学の側にある『山の上ホテル』と別物)キャンパスまでは,「東京農大」行きのバスが運行されている。このバス運賃,けっこう高い。

 日本武道館での入学式では,終了を待たずに途中退場し,そのまま羽田へ直行,ここへ飛ばされる。長万部町到着のさいは,町民総出で旗を振ってのお出迎えを受ける。なお,この町民総出の旗振りイベントは,かつて長万部拘置所キャンパス建設記念の時に,当時の町長が「このようななにもない田舎に一流大学のキャンパスができ来るとは素晴らしい」といい,税金を使って花火を打ち上げたりするなどの祭りが行われた名残であり,けっ決して遊びではない事を記しておく。

 ここの学生は全寮制の4人部屋で暮らし,1年間男だらけの共同生活を義務付けられ,恋愛のストライクゾーンが3割広がるという「オシャマジック」という魔法にかかる(男同士の恋もしばしばみられる)。東京理科大学にホモが多いのはこのためである。

 長万部の人口の大半は理科大生が占めるが,住民票も移しているにもかかわらず選挙権は付与されていない。違法としか思えないが,長万部町から見れば外国人みたいなものだし。
 補注)大学1年生であれば,だいたい19歳で1年次を過ごすのだから,選挙権がないのは当然。1浪以上の若者であれば誕生日以降,選挙権をもつことになるが。

 h)「類似品」 『諏訪東京理科大学』と『山口東京理科大学』→東京と名乗っているものの,東京にない。長野県と山口県に位置する。当の本人は東京理科大学に在籍していると主張するが,所詮は系列校にすぎない。

 i)「ニセブランド」 『岡山理科大学』とは,東京理科大学とはまったく関係ないが,卒業生が東京大学大学院に進学した実績はある。なんかもう意味分からん。
 補注)この理屈(絡み)は「理科大学」だから立てられるものであり,工科大学だとか,学院大学・学園大学などの名称をもつ大学になると,たいそうポピュラーで,この種のイチャモンはつけにくくなる。

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 ここまで記述をしてきたとなると,また思いだすのが,東京理科大学について本(旧)ブログが書いていた記述があったことである。ここでは,以上(本日:2014年6月27日)の記述に深く関連する内容である,「2012年7月29日」の「大学問題雑考-いまの日本の大学-」を,以下に再録してみる。冒頭に参照した資料は2010年のものであったので,これを補足できる内容があると思う。

 ◎ 入学問題-教育問題-就活問題 ◎

 【2012年7月下旬,各種報道をめぐる大学関係の話題】

 ① 大学入試人気順位

 1) 高校生が志願したい大学の第1位は明治大学
  2012年7月25日,朝日新聞朝刊は社会面で「『志願したい大学』明大,関東地区で首位 就職支援に関心 民間調査」という見出しの記事で,つぎのように報じていた。

 リクルートが7月24日発表した高校生の「志願したい大学」ランキングで,明治大が4年連続で関東地区の1位になった。景気低迷を背景に「就職に有利」 「通学に便利」といった実利的な特徴に関心が集まっている。ランキングは関東,関西,東海の3地区の高校3年生を対象に4月に実施し,1万424人の回答を集計した。

 関東での明治大の「志願度」は12.8%で,2位の早稲田大(12.2%)を0.6ポイント上回った。支持を集めた理由のひとつが学部やキャンパスの新設である。明治大は2013年4月,数学の応用や情報技術を学ぶ「総合数理学部」を新設し,同時に東京・中野に新キャンパスも開く。就職支援が手厚いイメージも高校生や保護者をひき付けている。

 新キャンパスや就職支援が人気なのは他地区も同様である。関西地区では同志社大が昨年8位から5位に上昇。同大は2013年4月に文系4学部の1,2年生向けキャンパスを現在の京都府京田辺市から京都市に移す。教育学部や医学部看護学科をもつ三重大が東海地区で昨年10位から4位になるなど,資格取得に強いとされる学部がある大学は地域を問わず上位に目立った。ランキングをまとめたリクルート進学総研の小林浩所長は「景気不安の中,卒業後にどうなれるのかを大学に求める傾向が強まっている」と指摘する。
 註記)『日本経済新聞』2012年7月25日朝刊「社会1」。

 ただし,この報道については「各大学の規模」〔1学年全体の募集人員〕や「地域ごとの特性」も配慮しなければならない。さらには「私立の明大」を受験したい学生層と「国立の名大」を受験したい学生群は,ほぼまちがいなく別々に存在している〈母集団〉を呈しているはずであるから,これらを区分=〈層別した分類〉などでも分析をする余地があるかもしれない。ともかく,この順位づけにはいろいろな要因がごちゃまぜになっている。

 一言でいってしまえば「単なる人気投票」なのである。この点に剥きになってこだわる必要はないけれども,と同時に,その種の問題性が残ることはよく承知したうえで,ここに示された〈数値:順番〉を観ておく必要もある。東京の都心,大規模大学の明大に受験者が多く集まるのは当然であって,厳密に考えようとする立場であれば,そのうえでの判断がくわえて要求されるということである。

 2) 東京理科大学のキャンパスの新設と再編成
 関東圏の大手私立大学のうち,過去において郊外地域にキャンパスを移動させた大学の都心回帰がめだっている。たとえば,理系総合大学の代表格:東京理科大学の久喜キャンパス(埼玉県久喜市)にある経営学部は,大部分を都内に移転することを決めている。2016年4月から1年生約3百人を残し,東京のキャンパス(葛飾キャンパス)に移転することになった。久喜キャンパスには現在,同学部と大学院の学生計約千2百人が在籍する。

 東京理大は 2011年8月,久喜市に久喜キャンパスの全面移転を打診したが,市の撤回要望を受け,1年生だけを残す案を提示していた。田中暄二久喜市長は2012月 6月8日,再考を求める要望書を出したが,東京理大は6月13日の理事会で1年生以外の移転を決めていた。東京理大は2013年4月,都内に葛飾キャンパ スを新設し,神楽坂の学部を一部移転する予定である。同大は「都心の方が経営学の教育環境としては良い」と説明した。

 久喜市は東京理大誘致のため,1991~1995年度に補助金約30億円を支出,約十億円をかけて周辺を整備した経緯もある。久喜市企画政策課の担当者は「大学は市のにぎわいにつながる。久喜キャンパスを今後どう活用していくのか,大学側と協議したい」と語った。
 註記)http://www.tokyo-np.co.jp/article/saitama/20120620/CK2012062002000137.html
 補注)なお,東京理大基礎工学部も1年次の学生は,長万部キャンパスにおいて全寮制で履修する。
    以下の画像は基礎工学部(1年生のみ)のある北海道の長万部キャンパス
    経営学部のある埼玉県の久喜キャンパス
の地図。


        
  
    出所)グーグル地図および http://www.rs.kagu.tus.ac.jp/oshajimu/nyuryo_shiori.pdf より。

     

  
    出所)グーグル地図および http://www.ms.kuki.tus.ac.jp/access/img/img_access02.gif より。

   本(旧)ブログ「2010.10.25」「日本の大学,その危機的な状況」は,最近の日本の大学が実行している広告戦術に苦言を呈していた。この期日のブログは末尾で,こういう論及をしていた。

 2010年10月25日『朝日新聞』朝刊をみて呆れた。なんと15面から24面までが記事「進学特集」と「全面広告」などで紙面が埋められている。これは,まさしく『大学産業栄えて高等教育滅ぶ』を実感させるかのような紙面構成である。まさか「大学栄えて国滅ぶ」ではあるまいや。

 おまけに,すぐあとにつづく25面の「大学」欄の主記事が「補習も就活も予備校頼み,公文の教材で基礎から-大学の売りに,業界研究・討論 毎年で-」というものである。これは,もはや語るに落ちるところまで完全に落ちてしまった結末そのものである。

 ちなみに,その24面は「全面広告」で,東京理科大学が2013年度から新しく開設予定の「葛飾キャンパス(学園パーク型キャンパス)」のお披露目であっ た。所在地は東京都葛飾区新宿6丁目であり,最寄駅はJR常磐線金町駅および京成金町線京成金町駅。--大学産業の二極分化の一極を表現する新聞広告である。

  
   出所)http://www.tus.ac.jp/news/katsushika/
      東京理科大大学「葛飾キャンパス」想像図

 久喜市も大学が地方に分散していった時代,都市の活性化のために大学を誘致したのはよかったが,文部科学省の大学設置に関する方針の転換,18歳人口の激減傾向の定着化などによって,大枚叩いて東京理大の経営学部新設に協力してみたものの,いまでは1年生だけを残して撤退されてしまう予定になったのだから,これでは〈いい面の皮〉というところである。
 2014年6月27日 補注)前半で言及してように,こんどはとうとう1年生までが撤退するという事態になっていた。久喜市側にすれば,まったく「泣き面にハチ」の思いにさせられている。

 東京理大とすれば,他大学経営学部〔系の諸学部〕との業界競争に対抗していくために は,久喜市側が投資してくれたコストを〈埋没原価〉にしておいてでも決着をつけておき,「経営学部」の大部分を久喜市(地方)から東京に撤退(移転)させることにした。うまい具合に,大学側は実質的に大きなコストの発生・負担はなしで済ませられる。このさいともかく,経営学部は東京の葛飾キャンパス(下 町)に重点移転させることを決めたのである。

 東京理科大は,経営学部の上に大学院経営学研究科を置いているが,別途,専門職大学院として大学院イノベーション研究科〔技術経営専攻(MOT)・知的財産戦略専攻(MIP)・イノベーション専攻(INS)〕も設置している。

    
       出所)http://most.tus.ac.jp/mot/summary/index.php
          左上に向かう線路がJR新宿駅方向,右下のそれは東京駅方向。

 東京理大は,昔から神楽坂に立地する理工系学部のうち相当部分を葛飾キャンパスに移し,都会型の研究をする専門職大学院が神楽坂キャンパスや九段キャンパスに位置している関係も意識して,経営学部の大学院経営学研究科も東京に移すことにしたのである。

 これは,東京理大全体の大学経営体としての経営戦略が, その一環として決定したことである。久喜市当局の「反対の(再考を求めた)意向」はあくまで,東京理大の戦略実行において考慮・処理される一要因でしかないことが分かる。
 2014年6月27日補注)東京理大は久喜市の意向(抗議・批判)など,実質では「カエルの面に小便」であって,あとは退去あるのみという態度である。その豹変ぶりは「大学人」というよりは「商人」そのものがみせるものである。

 3) 一流大学間の学生獲得競争
 話の筋が多少ズレたかもしれないが,これも実は「高校生が志願したい大学(ランキング)」を強く意識した大学側の「入試戦略・戦術」にかかわる現実的な問題を,分かりやすくするための説明であった。

 1990年代も終わるころまでには,18歳人口の低減傾向のためとくに非一流大学では学生を定員まで入学させえずに,なかには倒産する大学も出てくる一方で,一流大学間における学生獲得競争は,より激しくなってきた。非一流大学で倒産の危険度を高める主な要因といえば,地方の大学・偏差値の低い大学・小規模零細の大学という3つの要因にくわえて,学生からみて不人気の学部・学科しか設置していない大学という要因もある。

 2) の記述に地図も出しておいたが,埼玉県に位置する東京理科大学の久喜キャンパスへ出向くには,つぎのように交通機関を利用する。--JRを利用するばあい,「東京駅」から山手線〔など〕で上野駅にいって宇都宮線に乗りかえ,久喜駅まで約55分,あるいは「新宿駅」から湘南新宿ラインを利用して久喜駅まで約50分かかる。この久喜駅を下車,西口からスクールバス(ほぼ1時間に4~3便ある)に乗って約10分で到着する(東武線利用の経路・所要時間については省略)。

 以上のごとき通学経路であれば,東京都の周辺に自宅のある学生であると,上野駅や新宿駅をターミナル駅に経由して東京理大久喜キャンパスにまでたどり着くには約2時間〔以上〕はかかる。これに比べて,東京都内に住む学生が神楽坂キャンパスに通うには,1時間以内である。

 東京理大の経営的な立場で考えれば,経営学部の人気は偏差値で判断するかぎり,他の一流大学の経営学部・商学部に対して完全に有意な差をつけられている。東京理大の経営・理事陣は,これをなんとかして少しでも縮めたいとする期待を抱いている。そのために案出された有効な戦術が,キャンパスを埼玉県久喜市から東京都新宿区神楽坂に移動させることであった。

 東京理大のたとえば薬学部は,慶応義塾大学が共立薬科大学を2008年度に合併して薬学部とする以前においては,偏差値が一番高い私立大学の薬学部であった。また,東京理科大で伝統のある理学部・工学部などは,早稲田大学や慶応義塾大学の理工系学部につづく偏差値を示している。こちらが出してきた偏差値順位に比べて,東京理科大経営学部は,設置された時期の関連もあって,戦前からの歴史を誇る学部が多い「他の一流大学の文系経営学部・商学部」に比べて,どうしても偏差値でも「早慶のつぎ」という順位に着けることができないでいる。東京理科大は経営学部を都心に配置換えし,より人気のある=偏差値のより高い学部をめざす目標をもっている。

 ②「辛言直言 権威への甘えどう排す-教員は自己評価公表を,堀場製作所最高顧問 堀場雅夫氏」
    (『日本経済新聞』2012年7月26日朝刊「大学」より)

 以下に参照する大学問題に関係するインタービュー記事は,堀場製作所最高顧問堀場雅夫との問答である。ところで,この種の回答者の大学問題に対する意見の開陳は,ときに検討外れであったり,またときにまったく予備知識を欠いた主張であったりもする。

 要は,産業界の功なり名を挙げた人物などだからといって,わざわざ「大学問題」についての見解を聞いてみたところで,それほど参考にならないばかりか,ときにはとんでもなく時宜を逸した見当外れの話や,誤解を与えて誤導しかねない発言をする人士もいる。要注意である。
 
 1) 前 言
 大学に対して産業界から人材育成,研究の両面で改革を求める声が強まっている。そのなかで,学生ベンチャーの草分けといえる堀場製作所の堀場雅夫最高顧問は「教員,学生ともに従来の大学の権威に安住できない時代が来た」と指摘する。出身の京都大学で経営協議会委員を務める経験も踏まえ,改革策を語ってもらった。

 なお,以下の記述中で「〔筆者〕以下の記述」は本ブログ筆者の寸評である。

 堀場雅夫ほりば・まさお:1924〔大正13〕年12月,京都市生まれ)。--1945年京都帝大在学中に堀場無線研究所を創業,1946年京大理卒業,1953年堀場製作所を設立し,社長に就任。1978年会長,2005年から現職。2010年10月から京都大学経営協議会委員を兼務。出身。
 出所)写真は,http://www.accumu.jp/back_numbers/vol17/来賓祝辞 堀場雅夫.html より。

 2) インタービュー内容(記者と堀場の問答)
 【記 者】 過去20年間,世界は大きく変化しましたが,大学についてはどうみていますか。

  --「政治,経済,教育のどれも21世紀は20世紀の延長線上にないことがはっきりしてきた。これまでの権威は完全に壊れ,本物だけが生き残る時代になった。大学はその典型だろう。有名な大学に入れば,一生を約束されたも同然だった時代は終わり,いい大学に入ったことは人生の成功において必要条件であってももはや十分条件ではない」。

 〔筆 者〕 「この程度の大学認識をいってもらったからといって,かくべつ参考になるとは思えない」。最近における大学生の就活事情に敷衍していえば「有名な企業に就職できたから,一生を約束されたのではない」と答えることも可能である。堀場最高顧問に聞かなくとも,誰にでもいえそうなことを「お説大事にご拝聴もあるまい」。 

 【記 者】 世界と業績比較:日本の大学のどこが問題でしょうか。

 --「大学には一部にとんでもない教員がいる。なんの実績を出さなくても職を失うことがなかったからだ。そうした教員を淘汰していくことがまず必要だ。その第一歩として大学教員に自己評価をさせてみればいい。自分の業績が同じ専門分野の世界の一流と比べて,どれくらいなのかを年1回,点数で示させる。自覚を促す効果があり,それを公表すれば過大な自己評価はできなくなる」。

 〔筆 者〕 「なんの実績を出さなくても職を失うことがな」い大学教員がまだ一部において生き残っており,既得権でもって地位にしがみついていることは事実である。だが,堀場は各大学がすでに一昔ほどまえから『自己点検・評価』という報告書を制作・公表しているのをしらないのか? この内容が堀場の指摘する〈目的〉と同じものとはいえないにせよ,大学側におけるこうした動向をしっての話ではなさそうである。2010年10月から京大の経営協議会委員を兼務していると紹介されていたが,その意味でもやや気になるものいいである。

 【記 者】 大学教授には研究と教育のふたつの役割がありますが,両者はどうあるべきですか。

  --「一流の大学は一流の研究者,教育者の両方が必要だが,一人の人間がそれを両立させるのはむずかしい。私は京大で物理学を学んだが,そのころ,のちにノーベル賞を受賞する湯川秀樹教授も教えていた。湯川教授の授業は難しい話を黒板に書き並べるだけでちっともわからない。

 文句をいいにゆくと,『わからないやつは聞かなくていい』という始末。あまりにひどいので,授業を学生全員でボイコットしたことがあった。それから多少改善したが,世界トップ級の研究者だからといって,優れた教育者にはなれないことを証明している。いまは教授というひとつの名称しかないが『教育教授』と『研究教授』に分けるべきだろう。 湯川教授は教えるよりも研究に打ちこみたかったのだ」。
 出所)右側の写真でみるかぎり,判りやすそうな講義をしている雰囲気?
     http://nooberush.blog2.mmm.me/mmmblog-entry-1.html

 〔筆 者〕 研究教授と教育教授の区分であえていえば,国立大学のばあい付設研究所の教員たちが学部や大学院の教員たちよりも研究中心の大学生活を過ごしている事実がある。この制度の関係などを知悉したうえでの堀場の意見なのかどうか分からない。けれども,昨今はどの大学でも,FD(ファカルティ・デベロップメント) が「教員の4つのアカデミック・プラクティス(教育・研究・管理運営・社会貢献)」に関する啓蒙開発と能力向上をめざして,制度的・組織的な指導体制が敷かれている。堀場はこの現状を承知のうえで,以上の意見を述べているのか?

 本ブログ筆者の体験でもそうであったが,昔の大学はそれこそ「旧き良き伝統」があって,それも大学にいく者たちの知的水準もまだ高度に保持されていたがゆえに〔堀場のような京都大学の学生であれば問題なし〕,優れた教育ができない教員にしか大学で出会えなくとも自分自身で率先勉学に励み,それなりに大学を卒業していくばあいも多かった。

 しかし,昨今における大学にあっては,日本語もろくに話せず,加減乗除もろくにできず,やさしい英語の綴りされ書けずの若者たちを大勢収容しているような〈非一流=3・4流〉のところも,相当数ある。ともかく,堀場自身が京大理学部に通っていた敗戦前後からの延長線上でもって,それも京大のレベルに基準に置いて話であっては,現在日本の大学問題のまっとうな理解に到達することは困難ではないか?


 【記 者】 そうすると多くの人は「研究教授」になりたがりませんか。

  --「それこそ大学に残る権威主義だ。教養課程の教授より専門課程や大学院の教授のほうが上といった勘違いがある。学生に興味をもたせ,知的好奇心をかき立てる授業は人の人生を左右する重要なものだ。私が物理を学ぶきっかけは高校の先生の授業だった。いまの日本では勉強は大学入学の道具でしかなく,真の知的好奇心を持っている学生は少ない。その意味では大学を活性化するには小学校,中学校,高校の先生の努力が必要だ」。

 〔筆 者〕 この意見もとくに目新しいものではない。高校段階ですでにすばらしい教諭がいて,堀場が受けたような影響を与えられる指導をしているという例は,たしかに減っている。大学進学競争じたいに関心が向けられる高校教育になっている。だからといって,大学よりもこの高校でもなんとかせよ(!)というだけに終始する口つきは賛成できない。日本における大学入試の選考方法に先決すべき問題=障壁があるのであって,この根本の矛盾を高校段階において事前に解決できればよいと主張するのは,焦点をずらした意見である。
 
 【記 者】 卒業を厳しく:大学入試はどうすればいいですか。

  --「今の入試は根本的にだめだ。誰でも志望すれば無試験で好きな大学に入学させればいい。仮に東京大学に10万人が集中すれば,授業はインターネットで中継し,キャンパスには来なくていいことにすればいい。そのうえで,大学教育への適性をみて,3年になる段階で論文などで一気に厳しく絞りこめばいい。3年になる段階で,いまの大学入試のように大学を選ばせれば本人の適性や能力にあった選択ができる」。

 〔筆 者〕 放送大学があるが,これはどう考えているのか? ここにいわれている提言はもっともらしく聞こえる。受けとりようによっては,日本の大学制度のみならず教育制度全般の抜本改革にまでつながる意見である。かといって,このように単純に「一般論的な指摘」では済まされない現実問題が,現在の日本の入試制度に関しては山積している。

 とりあえず,アメリカの大学が入試において高校生を選考する手順=過程を真似てみるのもいい。現行のAO入試はごく一部でしか本来の役目を果たしていない。日本の大学におけるAO入試は,該当大学の入試においては,それも非一流大学になればなるほど「入試用のマスター・キー」のような小道具になりさがっている。
 
 【記 者】 大学のキャンパスはどうあるべきですか。

 --「子供の数は 減っているのに,いま,全国の大学が学部,学科の増設を進めている。増設するしか学校としての発展がないからだ。その結果,新キャンパスがつくられ,ひとつにまとまっていたキャンパスが学部ごとに分散する。それでは『知の総合』たる『ユニバーシティー』の根幹が崩れてしまう。昔は物理専攻の学生が文学部のインド哲学の授業を聞きにいったり,フランス文学の学生が経済の授業を聞いたりして知的な刺激を受けた。大学は総合性の意味を考え直す必要がある」。

 〔筆 者〕 で東京理科大学の例が出されていたが,ほかの大学でもこのごろは,なるべく「ひとつ:一カ所にまとまったキャンパス」を作ろうと懸命である。とはいっても必ずしも,堀場の指摘を受けての動向ではなく,大学「業界内の事情=競争戦略の場」を介して生起している実相である。もっとも,堀場の指摘は教養学部,それも国際教養学部の設置という,最近における大学組織の新しい方途において意識している。学部間の垣根を外した大学組織もだいぶ以前から登場している。

 ただし,堀場の口にした「大学の総合性の意味」に提示された志向を,いまの日本の大学において実現させるといっても,大部分の「非一流大学にとっては至難の課題である」。こちらの大学群にとってその志向は
「無縁の目標(使命)」なのである。堀場においてはまた,国公立・私立大学を問わず,キャンパスの整理・統合を実際におこなってきた趨勢を十全にしっての発言であるか疑問である。

 【記 者】 大学はもっと実用的なことを教えるべきだとの意見もあります。

  --「原理的なことが自分たちの暮らしにどれほど役立っているかをしるべきだろう。たとえば,アインシュタインの相対性理論がなかったら,カーナビゲー ションや携帯電話の全地球測位システム(GPS)は適切な補正ができず,狂ってしまう。原理を学ぶことこそ実用であり,大学の機能だ」。

      
    出所)左側画像は,http://blog.livedoor.jp/zo_roku/archives/2009-12.html より。
       右側画像は,http://nigaoe-sagaso.com/pi3289.html より。

 【筆 者】 こういう理系の問答であれば,この勉強については返答しやすい。しかし,文系でも社会科学系から人文科学系におけるこの種の話題になると,少し説明しにくくなる。池上 彰に聞いたほうがいいかもしれないが,こちらの方面についても実例のひとつくらいは挙げて説明してほしかった。
 
 3)「教育機能,市場が求める」(聞き手:編集委員後藤康浩の,2) のまとめ)
 a)  研究と教育はともに大学の根源的な機能であるが,どちらに重きを置くかは結論の出ない課題であった。だが,21世紀に入って加速した「市場化」と「グローバリゼーション」は,研究と教育のありようを変化させた。研究は理工系・人文系ともに,多様な研究機関や他大学とのグローバルな連携,オープンな環境にお けるプロジェクト的な進行が広がり,個々の大学が囲いこめる余地は縮小した。

 b)  これに対し,大学にとって教育機能の重みは増している。社会が求める知的能力・知識水準が上がっているからだ。企業が売上高の大半を国内市場でえていた時代と過半が海外という時代では,ビジネスマンが必要とする知の基盤は異なる。大学は教育で世界の変化に対応した知識,より実質的な効果を求められるようになった。社会人が大学に戻り,知識をえようというニーズも高まっている。

 c)  米国のトップ級の大学が卓越した講義内容とプレゼンテーション能力をもった教員をそろえる努力をつづけているのも,教育機能のグローバル競争力こそ21世紀の大学の死命を制する,と読んでいるからである。

 日本の大学・大学院などはアジアからの学生を中心に11万人強の留学生を集めており,一定の競争力を もっている。それをさらに高めることが日本全体にとって重要である。

 以上について寸評する。 -- a) と b) についていっておく。日本の産業経済・企業経営は「産業の空洞化」どころかすでに,海外の各国,先進諸国はむろんのこと新興国まで,とりわけアジア諸国において日本の会社が積極的に需要を開拓する事業だけでなく,現地経済社会のなかにおいてこそ革新を起こし,起業する気迫がある若者を,日本の大学も人材と して育成すべき時代である。この事実を思えば,しごく当然のまとめが書かれている。
 2014年6月27日補注)このところ,ここで指摘したような日本の大学に関する動向は,より積極的に展開されている。

 その関係で c) に話を移すと,日本国内の海外からの留学生数約11万人に関してなにも論評がないのはおかしい。文部科学省の掲げている数字は留学生30万人であるが,なかなか到達するみこみがついていない。あるいは逆にみると,海外に出ていく日本人学生の数が少ない,つまり,2004年の 82,945人を頂点に2009年の59,923人まで減少しつづけている現況に触れないのもおかしい。
 2014年6月27日補注)2011年現在の統計では,海外留学者が57,501人に減少している。

 この c) は,21世紀の大学の死命を制する「教育機能のグローバル競争力」に関して,たとえば米国のトップ大学が有能・優秀な教授能力をもつ教員組織の要員化に努力を傾注している事実をとりあげている。この点について,日本の大学における問題としてはどのような日米の比較をすればよいのか? 〈まとめ〉のなかではとはいえ,もっと具体的に指摘してほしかった。

 日本の大学では教員の「教育・研究の諸能力」を,その教員の勤務している大学の名でじかに判断して済ますことが多い。日本のサラリーマンのばあい,どの会社に勤務しているかではなく,どのような仕事をし成果を挙げていったのかをもってその全人的な評価をされるわけではない点と,大学における教員の評価方法とは似ている。ここには日米大学の比較論をするさいの留意点がみえ隠れする。

 ③ 株式会社アイデムのジョブラス(JOBRASS)

 この2面分を使った新聞広告(『日本経済新聞』2012年7月24日朝刊20-21面見開き)は,最近になってようやく理解されはじめてきた「大卒求職者と企業側求人」の不適合(ミスマッチ)を,IT時代にふさわしい概念と手法を提供して,以下のような時代的課題の解決をめざす《就職サイト》事業展開の新動向一例である。
    
  何か新しい就活手段があればよいのにと感じたことはありませんか? JOBRASS 新卒は,これまでとは全く異なる就活サイト。あなたが企業にエントリーするだけではなく,企業もあなたに選考オファーが可能。双方向のコミュニケーションにより,「運命の一社」の内定に最短距離で向かうことができるのです。

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 註記)http://gakusei.jobrass.com/2014/about/

 上掲の画像ではみにくいので,右側の「貴社は理想の学生を採用できていますか?」につづく「以下の部分」を画像で,紹介しておく。前段の宣伝文句は学生向けであるが,こちらが企業向けである。この就職サイトが今後どのように進展する「事業」を立ち上げえ,これを成功裏に展開させていくか,今日のところは触れることはできない。
     

 --本日の記述は,ひとまずここで終わりたい。