これでは歯止めにならない。「集団的自衛権の行使」を認める政府の新しい憲法解釈案である。公明党も軟化し、安倍内閣は来週、閣議決定する構えだが、海外での武力行使を認めてはならない。
集団的自衛権の行使容認に反対する国民や地方議会の声は結局、踏みにじられるのか。憲法改正を堂々と提起し、国民投票で判断を仰ぐのならまだしも、これまで政府自身が違憲としてきたことを、一内閣の判断で合憲とねじ曲げる異常さに気付かないのは、政権与党の面々だけである。
「解釈改憲」による行使容認に慎重だった公明党は、山口那津男代表が容認に転じ、週末には地方組織幹部を集めた会合を開く。支持者に近い立場の声をくみ取り、政府や自民党にぶつけるというよりは、説得が主眼なのだろう。
山口氏は、これまで十回開かれた与党協議を経て「二重三重の歯止めが利き、拡大解釈の恐れはないと思っている」と語っているが、果たしてそうだろうか。
政府の新解釈案は、憲法九条の下で「武力の行使」を認める三要件を示している。その本質は専守防衛を転換し、自衛隊の海外での武力行使を認めることである。
他国への攻撃でも自衛隊の武力行使が認められる「日本の存立が脅かされる」とはどんな事態か、必ずしも明確でない。
政府の判断次第というのでは、海外での武力行使に歯止めが利かなくなる恐れがある。政府が挙げた米艦防護など十五事例の妥当性も十分検討されたとは言い難い。
政府の対応は一貫性を欠いていた。多国籍軍支援を認める新しい基準として四条件を示したが、公明党の反発でわずか三日後に撤回し、別の条件に置き換えた。
安倍晋三首相は「武力行使を目的として湾岸戦争やイラク戦争での戦闘に参加するようなことはこれからも決してない」と明言しながら、中東ペルシャ湾などを念頭に、武力行使に該当する機雷除去は行うと主張する。
この一貫性のなさは、対応が必要な切迫した事例がないまま集団的自衛権の行使を認め、自衛隊の海外での武力行使に道を開くという「結論ありき」で議論を強引に進めたからではないか。
戦争の多くは自衛名目の派兵で始まった。歴史の教訓をかみしめるべきだろう。一内閣の判断で専守防衛という戦後日本の根幹を変えていいのか。与党だけの密室協議や連立政権維持という政局的判断で、国を誤ってはならない。
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