2013.5.1
アイダル ホアン カルロス
上智大学神学部神学科 准教授
「大きな希望がキリスト教世界に、そして人類の社会にもたらされた。」
2013年3月、12億人を超えるカトリック信者の頂点である教皇に、私の母国であるアルゼンチン出身の「フランシスコ」が就任したというニュースを、私はそのように受け取りました。彼の人柄、考え方を、実は個人的によく知っているからです。
司祭を目指して勉強していた私は、彼が院長を勤めていた修道院・神学校で、5年間にわたり直接指導を受けました。そうした生活の中で、新教皇の人柄を表すエピソードをひとつご紹介しましょう。
私たちの院はたいへん貧しい地域にあったのですが、その日も3人の娼婦が相談にやってきまし た。院長は応接室で彼女らの話を聞き始めました。続いて面会に訪れたのはコロンビア大使だったのですが、受付にいた私は、大使が彼女たちを見てどう思うかと、少しあわてました。しかし院長は、当たり前のように彼女たちを送り出すと、同じ部屋に大使を招き入れたのです。
このようにフランシスコ教皇は、いかなる権力や組織、イデオロギーより、目の前のひとりの人間を大切にする方です。私が彼から徹底的に教え込まれたのは、「世間で当たり前とされるものの見方にとらわれるな」ということでした。
彼のこうした姿勢は、「フランシスコ」という教皇としての名前の選択にも表れていると私は感じています。なぜなら、「フランシスコ」はキリスト教徒ならだれもが知る聖人の名前ではありますが、歴史は浅く、伝統を重んじる教皇なら決して選ばないはずだからです。
また新教皇は、大学では化学を学び、その後文学なども学んだ、たいへん幅広い知識と、それに基づく発想力を持つ方でもあります。彼が、たとえば労働組合の人とも、立場が正反対の政府関係者とも、区別なく語り合うところを、私は何度も目にしました。ですから、ローマ教皇庁が少し前から取り組んでいる宗教間の融和・連携、イスラム教など他宗教の指導者との対話という部分でも、大いに力を発揮されるのではないでしょうか。
一方で、こうした新教皇の資質、指導力に疑問を呈する声もあります。たしかに従来、教皇という仕事には一種の政治力が必要だったのかもしれません。しかし、今の教会が、そして社会全体が、大きな変化を求めていることは明らかで、こうした変化を引き起こせるのは、フランシスコ教皇のような新しいタイプのリーダーなのではないかと思えてなりません。
私が教鞭をとるここ上智大学は、ご存じの通り「キリスト教を建学の精神とする大学」です。このことは、もしかしたら本学を目指す多くの受験生にとって、とりわけ重要なポイントではなく、偏差値や就職率の高さといった点に目がいくかもしれません。でも私は、改めてキリスト教の精神に基づいた教育を本学の大きな特徴にあげたいと思うのです。
私が日本に来たのは22年前。宣教師として赴任するにあたり、キリスト教があまり普及していないチャレンジングな地域を希望した結果でした。
確かに日本人には、キリスト教に限らず一般的な意味での「信仰」を持つ人は少ない。そのため、宗教心の乏しい国民とも見られがちです。しかし、実際にここに暮らし、人びとと接してみて、実は日本人は本来、豊かな霊的世界とのつながりを持っている、そしてそれは、この国の生活文化全体に深く根をおろしている、と感じました。そのことは、例えばレスリングと相撲、フラワーアレンジメントといけ花を比較して見ればわかります。
ただ残念ながら、近年のお金・権力中心の社会の中で、そのつながりがすっかり抑圧されてしまっているように思います。本学でキリスト教を学ぶ、というよりキリスト教の精神に触れることは、それを取り戻すきっかけになるはずです。
実際、学生たちと話していると、私の言葉が深いところに届いているという手ごたえを感じます。 もちろんその結果、彼らが信仰を持つわけではありません。でも、これまでとは違うものの見方が芽生える。とりわけ、お金より心、組織より人を大切にするような、今だからこそ求められる価値観を自ら手に入れるのです。
多くの人びとは、現在の社会が望ましいとは考えていません。しかし一方で、そこから逃れられないとも考えているようですが、果たしてそうでしょうか。
常識を疑い、別の角度から物事を見たとき、違った答えが導かれます。私には、本学の学生たちが、そのような目を自然に身に着けているように感じられるのです。そうしてみると、新教皇の「当たり前にとらわれるな」という教えは、上智大学の教育の中で自然に体言されているといえそうです。
教皇フランシスコの小さな行動のひとつひとつが、教会に革命をもたらすのと同様に、本学卒業生の「人とは違う」発言が、社会のそれぞれの場所で大きなインパクトを与え、変化を作り出すに違いない、そう私は期待しています。そして、そんな意欲を持った若者が、ますます多く本学に集ってくれることを願っています。