▲忌まわしい闇の歴史を持つ"津川原"の集落
昭和13年5月21日に岡山県津山市北部(旧加茂町貝尾)で発生した"津山三十人殺し(津山事件)"では、22歳の都井睦雄が猟銃と日本刀を駆使して、闇夜にまぎれて山間の村を襲い、1時間あまりの間に30人を殺害。最後は犯人の自殺で幕を閉じた。
そして、そんな津山事件をさかのぼること65年前の明治6(1873)年5月のこと。津山事件の発生現場から東南へ5kmほどのところにある小集落で、津山事件をはるかにしのぐ、世にも凄惨で忌まわしい殺戮事件が発生した。"津川原(つがわら)"と呼ばれたその悲劇の村は、事件のあと消滅の憂き目を見ることにもなった。
厳密に言うと、今現在も村には家が並び、代々の子孫は住んでいる。しかし、津川原という名称は公式には消え去った。
もちろん、地元の人たちはおよそ140年前に津川原で起きた悲劇を、今も忘れてはいない。しかし、現地やその周辺でよそ者が津川原の場所を訪ねても、たいていの場合、「ツガワラ...? さあ、知らないねえ」と言われることもあるという。
津川原とそこで起きた悲劇に関係している係累たちの間で、ずっと秘められ続けている奇譚を語ることは、いつの頃からかタブーとなった。拙著「津山三十人殺し 七十六年目の真実」(学研)でも、その特殊性ゆえに、あまり触れることのできなかった奇譚の一つである。
はたして津川原で起きた悲劇とは、いかなるものなのか?
それは日本史上、最後の百姓一揆と言われる"美作血税一揆"の熱狂のさなかで巻き起こった。武器を手にした加茂谷の農民2000人余りが、100戸ほどの小さな被差別部落の小村を包囲、襲撃。農民たちは津川原の村を焼き払い、人々を追い立てた。村人たちはちりぢりに村から逃げ出したが、農民側は容赦しなかった。終夜の山狩りを敢行して、老若男女の村人を山奥まで追いつめ、虐殺していったのである。
惨殺の憂き目にあった村人は18人。他に多くの村人が瀕死の重傷を負った。津川原の村人の心に刻まれた深い傷は癒えることはなく、今現在も毎月村人は札所に集まって、犠牲者への追悼の祈りを捧げている。
▲津川原の美作血税一揆石碑
きっかけは明治4(1871)年に公布された『賤民廃止令』だった。江戸時代を通じて、日本には士農工商などの厳しい階級制度、身分差別が定着していた。この時、士農工商のさらに下に"エタ"や"非人"などの身分が設けられた。被差別部落である。
そして、今の時代ではおよそ信じられない感覚であるのだが、多くの農民らは被差別部落の人々は、昔日本に流れてきた異国人の末裔で、肉食や屠殺もいとわない(当時は仏教信仰から肉食はタブーだった)卑しい身分と信じていた。異人なのだからと、その差別は容赦ないものとなっていった。
差別は熾烈を極め、例えば道ばたでエタや非人が農民とすれ違う時は、エタや非人は必ず顔面を地面にすりつけるまで土下座しなければいけなかった。
祭礼の時、農民は屋内に上がることが許されても、被差別部落の人々は土間や地面のゴザで待機。農民と同じ食器を使ったり、料理を食べることは、穢れが移るからといって、決して許されなかった。
しかし、明治新政府は明治4年に突如『賤民廃止令』を公布。身分差別を撤廃すると宣言した。これはアメリカの黒人奴隷解放運動などの影響があったと言われるが、明治新政府の真の狙いは、被差別部落の人々から"免税特権"を取り上げて、全国民からあまねく税金を取り立てるようにし、政府の財政基盤を強化しようとしていたという。
ところが、農民にとっては我慢ならないものだった。誇りが傷つけられた、というのだ。それまでバカにし、蔑み、汚らしいと下に見ていた被差別部落の人々と、対等に接せよというのだから。
しかし、被差別部落の側にとっては、つもりにつもった屈辱をようやく晴らせるときがやってきたのだ。加茂谷の被差別部落の人々の少なからずが、正々堂々とふるまい始めた。農民への卑屈な挨拶をやめたり、時には風呂屋で一緒に風呂に入ったりした。
だが、農民側はぶちキレた。完全な逆ギレ、さらに八つ当たりへと展開したのである。なんと加茂谷のほぼ全域の農民が竹槍などを手に立ち上がり、対等にふるまおうとする被差別部落の村々に殺到した。圧倒的な数である。
ほとんどの被差別部落の村では言いなりになるしかなかった。土下座を強いられ、証文を書かかせられ、『エタでようござんす』と屈辱の誓いを強いられた。しかし、加茂谷の被差別部落の村の中で、ただ一つだけ、屈服を拒み、抵抗を貫く覚悟を決めた村があった。
"津川原"である。
Written Photo by 石川清
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