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「なぜ人気になったか分からない」 「セーラー服おじさん」という“社会実験”から見えたものとは

ITmedia ニュース 6月30日(月)12時42分配信

 セーラー服を着た、ちょっとメタボな白ヒゲのおじさん。不審者として通報されかねない姿だが、都内を中心に若者に大人気だ。

【セーラー服のまま出国審査を受け、パリに】

 街を歩けば「一緒に写真を」とせがまれ、「かわいい」と絶賛され、「会えば幸せになる」とうわさされる。Twitterには、写真付きの目撃証言が多数。国内だけでなく中国でも、若者から写真攻めにあったという。

 「なんで人気になったのか分からない」。“セーラー服おじさん”こと小林秀章さん(51)は真顔で言う。「昔から、女装しているおじさんは山ほどいるんですが、誰も有名にならなかった。なぜこのおじさんだけ特殊なのか」。分析しきれてない。

 論理的で丁寧な話しぶり。「話すと普通ですね」と言われることも多い。本業は大手企業のエンジニア。画像処理を専門にしており、小林さんが開発した技術には、国際的に使われているものもあるという。

 セーラー服姿で出歩くようになったのは3年ほど前のこと。最初は「トラブルになるのでは」とビクビクしていたが、意外となほど受け入れられた。レストランやカフェ、裁判の傍聴、国際線の搭乗手続き――あらゆる場にセーラー服で訪れ、社会の反応を試してきた。

●セーラー服は、“かわいい”という記号の組み合わせでできている

 「ただ、かわいいものを着たいだけなので。女装ではないんです」。セーラー服を着る理由をこう説明する。確かにノーメイクだし、しぐさやしゃべり方も男っぽい。女になろうとする「女装」ではなく、かわいい服を着たいだけという。

 「セーラー服は、“かわいい”という記号の組み合わせでできている。その記号さえ踏襲してたら、私でもかわいくなれちゃうのではという、逆の問いかけだったんです。その違和感が面白いんじゃないかって」

 白髪のヒゲのおじさんがセーラー服を着る。ギャップが面白さを生むと考えたのだが、周囲の反応は意外なものだった。「本当にかわいいと言われちゃって。ちょっと外された感じです。アレっ? って」

●男子校に6年 「ちょっとゆがんじゃったかな」

 かわいい服への興味をたどると、スカートめくりが大好きだった小学生のころのに行き着く。女の子のスカートを毎日のようにめくっていたら教師にとがめられ、罰として朝礼で、ピンク色のスカートをはかされた。するとクラス中大爆笑。「すごい騒ぎになって、これはなかなかいい、ウケるぞと思ったんです。まったく罰にはなっていない。むしろご褒美でしたね」

 中高一貫の男子校、桐朋中学・高校に進学。「男子校に6年間いたから、ちょっとゆがんじゃったかなと……女の子は空想の世界にしか存在しなかった」。1年間の浪人生活を経て早稲田大学理工学部数学科に進み、修士課程を修了。画像処理のエンジニアとして印刷会社に就職した。「あのころまでは真っ当だったんですけどね。ヒゲを生やしていたのがちょっと変わってたぐらいで……」

 初めて人前でセーラー服を着たのは2008年。知人との花見でリクエストされ、「冗談みたいな感じで」着たが、その場限りだった。

 “セーラー服おじさん”として有名になるきっかけは、自ら撮った写真を出展していたアートイベント「デザインフェスタ」だ。小林さんは「ローゼンメイデン」がきっかけで人形にハマり、デザインフェスタに人形を撮影した写真を出展していた。

 10年5月のデザインフェスタで、著名な女装家・キャンディ・ミルキィさんが小林さんのブースに立ち寄ることが分かり、「こちらもそれなりの格好でお迎えしよう」と考えた。

●誰も止めてくれなかった

 ミルキィさんは、フリフリの赤いワンピースを着て原宿のなどに現れる有名な女装家だ。小林さんは以前、原宿でコスプレイヤーの写真も撮っており、ミルキィさんとはその時に知り合っていた。

 堂々と女装し、その姿が受け入れられているミルキィさんに、「自由と言っていいのか分からないが、堂々しているのがうらやましかった。いったん知名度が確立すると、普通のこととしてまかり通るのだろうと」感じていた。将来、自分もそうなるとは、想像していなかった。

 「明日、セーラー服着てきていいかな?」――ミルキィさんがデザインフェスタに来場する前日、周囲に聞いてみた。「予想に反して誰も止めてくれなくて。引っ込みが付かなくなったんです。さすがアーティスト、変なものを見慣れている」

 当日。トイレでセーラー服に着替え、出てきた時は「スースーした」。生足にスカート姿が物理的にスースーしたうえ、「これ大丈夫なの? ダメだよね? って。スーっと血の気が引けるような」。

 会場の反応は意外なものだった。「みんな、かわいいって言ってくれて、ノリノリで三つ編みも編んでくれて。これ、アリなんだって」。その秋のデザインフェスタ、その翌年――とセーラー服で出続け、「名物みたいになっちゃった」。

●都会のスルー力はすごい

 セーラー服で出歩くようになったのは、「30歳以上でセーラー服を着て来店すればラーメン1杯タダ」という横浜のラーメン店のキャンペーンがきっかけだ。小林さんのセーラー服姿を知っている人から、行くようにすすめられた。

 「じゃあ行ってみようかなと。結局、自分への言い訳が必要だったんだと思います。ラーメンを食べに行く目的があってのことで、人に聞かれたらちゃんと答えが用意してあるんだ、と。必死に自分を説得してる」

 「騒ぎになったら逃げよう」「職質されたら事情を話せば許してくれるだろうか」などシミュレーションして臨んだが、駅でも電車内でも街でも何も起きず、無料のラーメンにありついた。「都会のスルー力はすごい」と実感したという。

●普通の格好だと、面白くないじゃないですか

 ラーメン店に行って以来、「どこまでまかり通るか試してみよう」という気になり、休日の外出時にはセーラー服を着るように。「会社以外、たいていのところに行きました」

 カフェ、レストラン、ホテル、空港、裁判の傍聴――さまざまな場所をセーラ服姿で訪れれたが、特に問題は起きなかったという。「面白い」「かわいい」と思った人は声をかけてくれたり、写真をせがまれる。「汚い」「気持ち悪い」など否定的に感じる人もいるだろうが、「そういう人は無反応なので、表面的にはまかり通っちゃうんですよね」。

 フランスを訪れた際は、家を出てから帰るまで、全行程をセーラー服で通した。成田空港の出国審査では「日本から脱出させないぞという勢いで」綿密に身体検査をされたが、もちろん何も出てこない。「通さないわけにはいかないですね」

 出国審査ぐらい普通の格好で受けたほう楽なのでは……記者が問いかけると小林さんは間髪入れず、「いやいや、つまんないつまんない。何も面白くないじゃないですか」。

 今では、会社の飲み会でもセーラー服を着ている。スーツケースにセーラー服を詰め込み、終業後に着替えてから参加。最初は大ウケするのだが、見ている側も慣れてきて、1時間もすれば“普通の風景”になるという。

●ファンに支えられている

 セーラー服姿で外出した後は、Twitterを「セーラー服おじさん」などのキーワードで検索し、自分の足取りや反応をたどる。「1つのイベントで100枚ぐらい写真が上がることもある。カメラを持って行かなくても写真が拾えて、面白いですね」

 最初は表情もぎこちなかったが、「かわいい」と言われる続けることで、表情やポーズを作れるようになった。「人は周りの期待した通りのものになってくる。ピグマリオン効果ですね」

 セーラー服おじさんは「キャラとして受け入れられている」と感じている。街で会った人が「会っちゃった」とTwitterに投稿し、それを見た人が「どこに行けば会えるの?」と聞き、実際にその場に行ってみる――など「ゲームみたいななものが成り立っている」。会えば幸せになれるという噂も流れ、会った人はみんな喜んでくれるという。

 「アイドルや“ゆるキャラ”のように、ファンに支えられているというか、肯定的に応援してくれるからやれている」。ネットの空気は敏感に読んでおり、「あまり受けが悪かったり風向きが悪くなりそうだったらやめよう」と考えている。

●セーラー服おじさんという社会実験

 セーラー服おじさんは、1つの社会実験だという。「社会に異質な物を投下し、周囲がどう反応するかを観察することで、“実験社会学”になっているのでは」。そこから見えた日本社会は、「スルー力が高く、ポーカーフェイスで、何を考えているか分からない」社会だ。

 コスプレイベントの審査員として訪れた中国は、「社会が元気だから、人も反応がいい」。ホテルでチェックイン中に声をかけられサイン攻めに。イベント会場では護衛が2人付いたが、ファンが押し寄せたという。中国版Twitter「Weibo」にアカウントを作ってみたところ、1週間で2万5000人にフォローされたという。

 「ジャパンエキスポ」に参加するために訪れたフランスは、「個人主義が進んでいて干渉してこない」。パリ中心街のオープンカフェの一番目立つ場所でお茶してみたが、特に問題は起きなかったという。街角では子供にお尻を叩かれ、スカートをめくられるなど、“いたずらっ子”文化にも触れた。

●「実は英語堪能な高学歴エンジニア」と話題 「セーラー服着て歩くより恥ずかしい」

 セーラー服おじさんは、実は高学歴エンジニアだった――今年5月、大学受験予備校「早稲田塾」の公開セミナーの告知で、小林さんの学歴やキャリアが明かされた。セーラー服姿とキャリアとのギャップに驚きの声があがり、ネットで話題になった。

 「持ち上げられすぎちゃって……」。小林さんは困り顔だ。「頭のおかしそうな変な格好のおじさんだったのが、実はちゃんとした人だった、と出てしまった。これでもう全部出されちゃって、何も残ってないほぼ丸裸状態。この後は新しい話題が出て来ようがなくて、これで伸びきったかなと」

 早稲田塾のネットCMでは流ちょうな英語も披露。英語力に感嘆の声があがったが、これも「セーラー服着て歩くより恥ずかしかった」という。「プロの通訳や翻訳家から見たらわたしの英語なんてインチキくさくて、ダメだってバレちゃうレベルなので」

 本格的に英語を学び始めたのは97年ごろ。会社の英会話研修で学んだほか、当時黎明期だったインターネットで海外のニュースや掲示板を読みあさり、男女のマッチングサイト「Match.com」に登録してみたところ、オランダやフィリピン、台湾、ネパール、アゼルバイジャンなど世界中の女性から毎日のようにメールが届いたという。

 当時のインターネットは一部の知識層しか使っておらず、さまざまなキャリアの人がいたという。「写真家やテレビディレクター、ファッション雑誌のエディターなどからメールが来て。英語が分からなかったから必死に辞書を引いて、解読しました」。何人かとは実際に会い、1人とはいい仲になったそうだ。

●飽きられても、飄々と

 セーラー服おじさんの人気は「そろそろ限界では」と思っている。「本当のスターは、歌がうまいとかダンスできるとかとか何か芸があり、それが評価されてスターダムを上がっていける。芸もなにもない普通のただのおじさんがセーラー服を着ただけで、話題になるはずがなくて」

 目標や野望は特にないという。「人々が飽きてきて、『あのじいさん、いつまでやってんだよ』とか言われても平然と続けてると、日常の光景になっちゃって、誰も気にしなくなる。それでも飄々と。それでいいんじゃないかと」

最終更新:6月30日(月)12時42分

ITmedia ニュース

 

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