明治生まれの川柳家、井上剣(けん)花坊(かぼう)に〈暖室に酒呑(の)みながら主戦論〉の一句がある。政治家にせよ市井の人にせよ、自分は戦場に行く気遣いのない者が、酒席で気炎をあげている光景に想像がおよぶ。日清、日露、第1次世界大戦。日本は10年おきに戦争をやっていた▼その第1次大戦で、欧州は「砲弾で地面を耕した」とされる惨状を呈した。発端となったオーストリア皇太子暗殺事件からきのうで100年。何十年ぶりかでレマルクの『西部戦線異状なし』を読み直すうちに、剣花坊の句が胸に浮かんだ▼前線でドイツ兵が言う。「おれたちはみんな貧乏人ばかりだ。フランスだって大(たい)がいの人間は労働者や職人や、さもなけりゃ下っぱの勤人(つとめにん)だ。それにどうしてフランスの錠前屋や靴屋がおれたちに向(むか)って手向(てむか)いしてくると思うかい」▼「そいつはみんな政府のやることだ」(秦豊吉訳)。兵士の故郷では、土地の有力者らが、この戦争で我が国はどこの領土を獲(と)るか、と議論をはじめる。さっさと敵をなぎ倒せ、そうすりゃすぐ平和だ、と▼総力戦は4年におよび、全土で1千万という人が戦死した。英国でザ・グレート・ウォー(大戦争)といえばこの戦いを指すのは、戦没者の膨大なゆえである▼『西部戦線異状なし』はナチス時代には焚書(ふんしょ)に遭った。一兵卒らの会話をもう一つあげる。そもそも戦争はどういうわけで起きる? 「大(たい)がい何だな、一つの国が、よその国をうんと侮辱した場合だな」。過去から学ぶことは多い。
過去1年分の天声人語を新聞と同じ大きさで印刷できます。スクラップに便利(有料会員限定)。
200万冊を超える大ヒット!
3カ月分がまとめて読めます。
天声人語で英語学習!タイピング機能も。
PR比べてお得!