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この声がかれるまで

作者:犬公
「はいコレ。曲と歌詞」

 文化祭の二週間前。コウジのやつは、どうも本気らしい。

「……えっ、まさか本気でオレに歌わせる気!?」

「もちろんっ。ほんとユウイチの歌声は天下一品なんだ。ライブも盛り上がること間違いなし!」

「かなり間違いあると思うんだけど……」

 コウジは聞く耳持たず、嵐のように去って行った。

 僕の心は土砂崩れの被害を受けたみたい……。


(文化祭いちばんの大イベントだろ、ライブって? けっこう本格的な演奏とか聞いたら、ほんと感動するんだよなあ……)

 僕は、去年のライブコンサートを思い出した。

 あの、熱気に満ちた体育館を築き上げれるかどうかが、自分の歌声にかかっている……。

 そう考えると、涙が出そうなほど、不安になってくる!!

 
 僕には、こういう困ったときにヒカリがいる。

 僕はさっそく報告した。


「……オレさ、文化祭で歌うことになったんだけど……」


 ヒカリは全く驚いてない様子。代わりに意外な言葉が返ってきた。

「もう知ってるよっ」

「……えっ!?」

「中村くんが言いふらしてたよ。ものすご〜く大きな声で」

 ヒカリはくすくすっと笑っていた。

(くそ〜っ! コウジの野郎〜っ!!)

「ユウイチも大変だね〜。もう引き受けるしかないんじゃない?」

「のんきに言うなよーっ。ほんと気が重いんだから」

 そう言いつつも、何だか気が楽になったのは気のせいかな?

(ヒカリがいるから、オレはいつも……)

 いつもの木陰の一本道でヒカリは僕の足を止めた。

「ライブ、楽しみにしてるからね」

「はっ、恥ずかしいから来なくていいよ……っ!」

「彼氏の晴れ舞台だよ! 行かない訳ないじゃんっ」

 辺りが静かだっただけにヒカリの声は響いた。

 ヒカリはちょっと恥ずかしそう……。僕はそんなヒカリが大好き……。

「……みんなには私とユウイチが付き合ってること、内緒にしてるけど、ユウイチは、私の……大切な人、なんだからねっ……」

 僕は幸せ者だね……。ほんと……。

 
 その夜、僕はさっそく、コウジが作詞作曲したという二曲を聞いてみることにした。

 一曲目は、かなりロックって感じで、すごく激しい……。

(こんな曲、オレに合うのかなあ……?)

 二曲目は反対に、静かなバラード系。ただ、僕が思うに……。

(何だよ、この歌詞……。『愛してる〜』とか言い過ぎじゃないの!?)

 さすがに、バラードってなると、歌詞も注目されそうで……。

 結局、その夜は練習も何もなし。
 僕は、しめつけられるような胸の痛みにひとり耐えながら、ベッドのふとんの中で丸まっていた。

 
 翌日、コウジが駆け寄ってきた。

「どうだった、曲は?」

「……あの静かな方の歌詞はちょっとね……。曲自体はすごく良かった」

「ああ、歌詞はけっこう適当なんだよね。もしよかったら、ユウイチが作詞してみれば?」

「へっ??」

「作詞だよ。どんなのでもいいから。んじゃ、決まりってコトで。いいの期待してるよ〜」

 コウジは、嵐のごとく去って行った。

 しかし、今回は何も被害がなかった。
 むしろ、その後に訪れた青空が、妙に気持ちよかった。

(やったねーっ! あの歌詞じゃなくていいんだ!)

 僕はまだ気付いてなかった……。

(オレ好みの歌詞を書いてやるぞーっ!)

 この『作詞』ってモノの難しさを……。

 
 その夜……。

「んなあーっ! 思い浮かばねえ〜〜っ!!」 
 ベッドの上、白いまくらが宙に浮いた。

 僕は一人、ベッドを横切るように倒れ込んだ。

(全然ダメじゃん……! 何も浮かばないよ……。
ヒカリも見に来るっていうのに……。)

「だいたい、言葉ってモンは有り過ぎなんだよーっ! 迷うじゃねえか〜っ!」

 
 それから、あれコレと考えてみたけど……、考えれば考えるほど、何か違う方向に進んでる気がして、全くまとまらないまま、文化祭当日に……。

 
「次が俺たちの出番だぜ。あんま緊張すんなよっ、ユウイチ」

「……お、おうっ」

(結局、もとの歌詞で行くのか……)

《ありがとうございましたーっ! ……さあ、いよいよ次で、このライブコンサート、最後のバンドとなりました。早速登場して頂きましょう! 『ベア&クマ』のみなさんでーすっ!》

 体育館に喝采が起きた。

 ラストだけに、最高の盛り上がりっぷり。……そして、僕の胸の鼓動も最高スピード……。

(……じっ、自信を持って歌えばいいんだっ!)

 僕はマイクを握った。

「……えーっ、ラストバンドにしては二曲って、少ないですが、……精一杯やりますっ!!」

《ヒュ〜、ヒュ〜っ》

「……んじゃ、一曲目、聞いて下さい」

 一瞬、全く音が消えた。

 “刻が止まったような”っていうのは、こういうのを指すんだろう。

「『ダイイング・ドッグ』……っ」

 魔法は解かれた。

 エレキとドラムの激しい伴奏とともに、再び時間は流れ始めた。

《わ〜、わ〜っ!》

 もう、ここにいるんだから、不安なんていらない。

 僕は歌に全てを注いだ。

 ロックに似合わないような、弱々しい声にどうしてもなっちゃうけど……。

 
 ステージは、またも静まり返った。

「……えーっ、ハァ、二曲目、これが本当にライブ最後の曲になります……」

 僕は息キレキレ。

 ずっとヒカリを探してみるけど、……やっぱりこの数。無理か……。

 もしかしたらいないのかも……、なんてね……。

 その時、僕は微かな光がこぼれるのを見た。

 
[数十分前]

「あ〜ん、早くーっ! ライブ終わっちゃうよっ!」

「ヒカリ、なに焦ってんのよ。去年は全く関心なかったクセにさあ?」


「その……、一回くらいは見ときたいなぁ……って」

 ヒカリは、文化祭『たい焼き』担当の係だった。

 あと割り当て時間は三十分ほど残っている……。

(なんでこう、時間が重なっちゃうんだろう……)

 落ち込むヒカリに、救世主が現れた。

「えっ? ヒカリちゃん、ライブ行きたいの? 私も見たいんだよねーっ」

「ユキちゃんも?」

「うん。だから、こっそり抜け出して見に行こうよ。少し早めに自由時間ってことでさ。ねっ」

 たい焼きのいいニオイがしてくる。

「二人とも! 何言ってんのさあ!」

「……お願いっ、リエコ。今回は許して……っ」

 ヒカリは申し訳なさそうに言った。

 リエコは、ヒカリとユキを見下ろした。その顔には笑みが浮かんだ。

「……まあ、いいかなっ」

「本当にっ!? ありがとう!」

「じゃあ、行こうっ」

 ユキはヒカリの手をとった。……本当は逆でもいいくらいなのに……。

 
 体育館のドアを開ける。すぐ目の前には大勢のヒトダカリ。

(間に合ったかな……?)

 ステージの上には、大切なあの人がいた……。

 

(えっ、あれは……っ!)

 ユウイチは、ヒカリとユキに気付いた。

(そうか……、今わかったよ……。オレが歌いたい、伝えたいモノが)

 僕はコウジの方に近づいて、用件を伝えた。

「……分かった。お前に任せる」

 コウジは小声で言った。

 淡い沈黙の中、僕はステージの中央へ戻った。

「えーっと……、ラストはしんみりとした曲で、あんまり盛り上がらないと思うんですけど……、まあ、聞いて下さい」

(『君のひかり』……)

 伴奏が静かに始まった。

 

 困ったときにはいつも

 励ましてくれた……

 
 僕なんかのこと

 かばってくれた……

 
 ああ…… 僕って

 世界一の幸せ者

 

 寂しいときにはいつも

 そばにいてくれた……

 
 僕なんかのこと

 想ってくれた……

 
 ああ…… 僕って

 世界一の幸せ者

 

 
 何も君に 返せない僕だけど せめて歌わせて

 君のひかり

 見つけたんだ…… 

 この声がかれるまで 歌い続けさせてよ

 
 何も君に 返せない僕だけど 最後まで見守って

 僕の想い

 きみ以上だよ……

 この声がかれてもいい 歌い続けさせてよ

 
 きみが好きだから……

 

 

 
 文化祭は無事、いい思い出の一ページになった訳だけど……、ほんと、もう勘弁だよ!

 コウジのこと、今も根に持ってるかも……ね?

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