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これまでの放送

No.3134
2011年12月13日(火)放送
盗聴する英国メディア ~揺れる報道の自由~
  

1日900万部を売り上げるイギリスの大衆紙。
著名人のスキャンダルを追った過激な記事が連日のように紙面を飾っています。
スクープを狙う大衆紙にとって情報を得る最大の武器が盗聴です。
盗聴のターゲットは王室や著名人だけにとどまらず、犯罪被害者などの社会的弱者にまで広がっています。

「飛び切りのネタが手に入るんだ。
誰だって盗聴はやめられないはずさ。」

行き過ぎた取材手法に今、被害を受けた人たちが一斉に抗議の声を上げています。
先月から開かれている公聴会ではメディアを規制すべきだという意見が相次ぎました。

一方でイギリスのジャーナリズムは盗聴や隠し撮りによって権力による不正を暴いてきた伝統を持っています。
賄賂を要求する有力者もおとり取材で告発されています。

取材手法が制限されれば、限られた報道しかできなくなるでしょう。

盗聴事件に揺れる英国メディア。
報道の自由を巡る議論の行方を探ります。

揺れる英メディア 盗聴の実態

今、イギリス国民の目がロンドンの一角に注がれています。
大衆紙の盗聴によってプライバシーを暴かれた人たちが、その生々しい実態を次々に証言しているからです。
このメディア規制に関する公聴会は世論に押される形で先月から始まりました。
俳優や作家などの著名人が証人として出席。
1年をかけて詳細な調査を行う予定です。

問題の発端となったニューズ オブ ザ ワールド。
最盛期には1日500万部を売り上げた業界第1位の大衆紙でした。
しかし、ことしになって5600人もの人が盗聴のターゲットにされた疑いのあることが判明。
当時の編集長をはじめ10人以上が逮捕されました。
糾弾の矛先はオーナーで世界一のメディア王ルパート・マードック氏にも向けられました。

ニューズ オブ ザ ワールドは、広告主が一斉に引き上げたこともあり、7月に廃刊。
その取材手法については公聴会で徹底的に調べられることになったのです。
先月21日。
イギリス国民が最も注目する証人が公聴会に招かれました。
ニューズ オブ ザ ワールドから盗聴による被害を受けた犯罪被害者の家族ダウラーさん夫婦です。

ダウラーさんの娘、ミリーさん。
学校から帰る途中に行方不明になったのは2002年のことでした。
懸命の捜索にもかかわらず半年後、遺体で発見されます。
その間ニューズ オブ ザ ワールドはミリーさんの携帯電話に不正にアクセス。
伝言メッセージを聞き出していました。

しかも、古いメッセージを遠隔操作で消去し、新たなメッセージが吹き込まれるスペースまで作っていたのではないかと見られています。
娘の安否を心配して両親は携帯電話に何度も電話をかけたといいます。
そして、ある日重大な変化に気付きます。

「最初の頃はもうメッセージを残せませんという音声しか聞こえませんでした。
ところが、ある日を境に『伝言をどうぞ』というミリーの声が聞こえたのです。
娘が生きている!
自分で携帯を操作したんだと飛び上がって喜びました。」

スクープのために行われた盗聴は、両親にとって、残酷な希望を抱かせる結果となったのです。

「プライバシーは守られるべきです。
ミリーの事件をきっかけにメディアの取材手法や在り方をもっと考えてほしい。
そう願っています。」

ニューズ オブ ザ ワールドはどのような取材をしてきたのか。
内実をよく知る人物と接触することができました。
ポール・マクマランさん44歳。
10年前までニューズ オブ ザ ワールドで働き、特集記事を担当する副編集長まで務めました。
記者時代、ネタを見つけるためには手段を選ばなかったというマクマランさん。
1990年代の中頃にはスクープの宝庫、バッキンガム宮殿に長時間張り付いていたといいます。

「売るためにはまずは、セックスと金。
そして何よりもロイヤルファミリーなのさ。」

携帯電話を傍受できる特殊な受信機を駆使して王室のメンバーの会話を盗聴。
さまざまな手を尽くし、密会などのスクープ写真をものにしました。
14年前に紙面を飾った世紀の大スクープ。
死の1週間前恋人とバカンスを楽しむダイアナ元皇太子妃です。
デジタル式の携帯電話が普及した1990年代後半以降は音声メッセージを盗聴する新たな手法が広く行われるようになりました。
外にいるスタッフに私の携帯電話に電話をかけて伝言メッセージを残してもらい、それを別の携帯電話で聞き出すことができるのか実演してもらいました。
特殊な操作を行ったうえで伝言メッセージが残されたセンターにアクセス。
さらに私の暗証番号を入力します。

(留守番電話の声)「もしもし…」
ニューズ オブ ザ ワールドでは暗証番号を盗むために専門の私立探偵を雇っていたといいます。

「上司からの命令は『記事を書くためにはなんでもやれ!』だけ。
だから、なんでもやりましたよ。
仕事ですから。」

新聞を売るためなら何をしてもいい。
過激な取材手法にイギリス国民の憤りは一気に高まりメディアへの風当たりは強くなっています。

大衆紙による盗聴事件はイギリスのメディア全体にも影響を及ぼしています。
公聴会で証言した犯罪被害者の家族ダウラーさんたちはキャメロン首相にメディアの規制を強く要求しました。

規制を求める声に対して、地道な調査報道を続けてきたテレビ局や一般紙に動揺が広がっています。
盗聴や盗撮は権力による不正を暴くために必要な取材手法だと考えられているためです。

メディアの業界団体が作ったガイドラインでは盗聴や盗撮は公共の利益になる場合には例外的に許されるとしています。
しかし、メディアに対する規制が強まれば、この重要な権利が奪われかねないと懸念しているのです。
公聴会で証言した一般紙の新聞記者も規制に対し反対を表明しました。

イギリスのメディアは大胆な手法を使って権力者に迫りその不正を次々と暴いてきました。
世界最大のスポーツイベントサッカーのワールドカップ。
その開催地を選定する過程で国際サッカー連盟の副会長が金銭を要求したことを盗撮で明らかにしました。

イギリスで絶大な影響力を持つロイヤルファミリー。
そのメンバーが、金銭を要求してアンドルー王子との面会を仲介していたことも盗撮で明らかになりました。

イギリスの調査報道をどう守るのか。
取材現場では危機感が強まっています。
報道番組の制作者ジョー・ウォードさんです。
盗撮を使った取材でさまざまな社会問題を告発してきました。
去年、ウォードさんが制作した番組です。
家政婦として雇われた外国人への深刻な人権侵害。
その知られざる実態を明らかにしました。

ウォードさんが隠しカメラで撮影したこのシーン。
フィリピン人の家政婦が支援団体のスタッフと共に雇い主の家を訪ねました。

雇い主の夫婦です。
家政婦が逃げ出さないようにパスポートを取り上げていました。

社会的弱者の声に耳を傾け、その訴えを伝える調査報道。
ウォードさんはメディアに対する規制が強まればこうした取材に大きな支障が出ると心配しています。

「もし、盗撮が法律で制限されたら限られたことしか報道できなくなります。
それはイギリスのジャーナリズムにとって大きな損失です。」

盗聴する英メディア どうなる報道の自由
ゲストジョージ・ブルックさん(ロンドンシティ大学教授)

●法律による規制か、メディアによる自主規制か

(大衆紙によって乱用されてしまったことには)いくつかの原因があると思いますが、主な原因は、新聞の売り上げ部数が減少したことにあると思います。
新聞の売り上げは、イギリスだけでなく、日本でも、また世界のほかの国々でも減少しています。
それが新聞社にとり、商業的なプレッシャーとしてのしかかったのです。
このプレッシャーの原因は単にインターネットだけではありません。
20世紀の後半にかけて、新聞はラジオ、テレビ、衛星テレビ、そしてインターネットなどとの競争にさらされてきました。
こうしたプレッシャーの中、ビジネスとしての新聞は、ますます難しくなっていきました。
だからといって、ニューズ オブ ザ ワールドで行われたを正当化することはできませんが、新聞社が商業的なプレッシャーにさらされ、生き残りが難しくなる中、法律を破ってでもという誘惑が強まっていったのです。

どのように(メディアを)規制すべきか、非常に難しいところです。
現在、判事による公聴会が開かれています。
私も先日、証言を行いました。
この公聴会の参加者の中にも、法律の後ろ盾による厳しい規制を求める意見もあれば、新聞の規制は、これまでどおり新聞社の自主規制に任せるべきだという意見もあります。
個人的には、私はあまりにも厳しい法律による規制の導入には、懸念を抱いています。
そんなことをすれば、政府が新聞を統制することにもつながりかねません。
報道の自由と表現の自由を望むのであれば、報道の規制に政府が関与することには十分慎重になるべきです。

●変わっていくジャーナリズムにビジネスモデルは存在するか

より大きな包括的な問題は、活字メディアである新聞と、私たちが知っているジャーナリズムというものに、ビジネスモデルは存在するのかということでしょう。
民主主義の成功には活発な報道機関が欠かせません。
しかも複数の報道機関が存在し、競争を取り入れる必要があります。
しかし、報道機関が商業的なプレッシャーにさらされているため、全国紙を発行し、運営することがますます難しくなってきています。
イギリスにも日本と同じような市場構造がありますが、こうした新聞を発行し、商業的に成功させることがきわめて難しくなっています。
歴史を振り返ると、ジャーナリズムの形態、つまり、どのように人々に情報を届けるのかという形態が大きく変わってきています。
今、そうした大きな変化の一つを経験しているのです。
デジタルという手段を使ってニュースを手に入れる人が増えています。
ニュースを作るジャーナリズム自体も変わらざるをえません。
しかし、優れたジャーナリズムは、経験を積んだ熟練した者によって生み出されるものです。
必ずしもアマチュアの活動だけではないはずです。

日本のメディア あり方は
ゲスト田島泰彦さん(上智大学教授)

●メディアと社会が協力して解決する努力を

やっぱり(今のイギリスの状況は)ちょっとショックなところありますね。
いろんな問題、基本的にはVTRでもありましたように、自主規制で対処してきた、そういう伝統を持ってたイギリスで、一部の興味本位的なメディアが暴走することによってジャーナリズム全体、あるいは新聞界全体が規制の網にかけられる危機が生じているということ。
これはやはり非常に重要な問題だと思いますね。

やっぱり(報道の自由と、個人のプライバシーの保護の)両方ともわれわれの民主的な社会で、大事な価値であり、大事な権利であると、どっちかを10にしてどっちかを0にするという、そういう話ではないっていうのがまず前提だと思いますね。
特に問題は、表現の自由、あるいはジャーナリズムという問題に深く関わっているわけですから、権力が新聞やジャーナリズムを統制する、法的に規制するっていうのは、できるかぎりやっぱり避けなければいけない。
じゃあ、何もしなくていいかというと、そうではないわけですね。
やっぱり抱えている問題、例えば、人権侵害の問題であるとか、あるいはメディアスクラム、集団的な過熱取材の問題であれ、やはり、そういう問題をメディアと、それから社会のいろんな人たちが共同で協力して、すなわち市民社会の自治として、そういう困難な問題を解決をしていく、そういう努力を強め続けていくと。
それが私はやはり非常に大事なのかなというふうに考えています。

●揺れる報道の自由 日本の場合

日本の場合もある時期から、自主的なメディアの取り組みというのは、放送界にせよ、新聞界にせよ、取り組まれてきた伝統は多少持ち始めているわけですね。
しかし、それ以上にやはりイギリスと比べて特に、日本の場合は法的なやはり規制がいろんな形で広がりが進行していると。
もうすでに進行していることが大事だと思いますね。
例えば差し止め、出版の差し止め、あるいは損害賠償の額が数千万の規模で裁判所の判決が出るとか、あるいは、個人情報保護法という法律ができてますね。
大事な公共的な情報が、なかなか公にされていかないということに、非常にやはりジャーナリズムの活動は、縛られてくる、法的に縛られてくる部分が広がってきているっていう、そういう状況があると思うんですね。

●信頼されるメディアとは

その(ブルックさんのおっしゃっていた、変化を求められているメディアの)ビジネスモデルの問題も非常に大事だと思いますけれども、それ以上にわれわれが法規制を回避して、そして本来の報道の自由を回復するためには、やはり市民のメディアに対する信頼っていうのが不可欠なんですね。
これなしには自主努力はできないわけですね。
そのためには、やはり市民に本当に大事な情報をメディアが伝えると、これが大事かなと思います。

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