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「学校は子どもの創造性を奪っている」 世界の教育制度に一石を投じた、TED史に残る名プレゼンを書き起こし

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「学校は子どもの創造性を奪っている」 世界の教育制度に一石を投じた、TED史に残る名プレゼンを書き起こし
これまでに累計2000万再生を記録した思想家ケン・ロビンソン卿のプレゼン動画の中から、最も人気の高いものを書き起こし。数学と語学を最重要視する現代の教育制度を、子どもの創造性を奪うものだとして見直しを求めました。(TEDより/この動画は2006年に撮影されたものです)

【スピーカー】
能力開発・教育アドバイザー/思想家 

【動画もぜひご覧ください!】
Sir Ken Robinson: Do schools kill creativity?「学校は創造性を失わせているのか」

子どもの才能を大人が潰している

ケン・ロビンソン卿(以下、ロビンソン卿):おはようございます。調子はどうですか? このカンファレンス()は素晴らしいですね。どれも感心させられました。なので、もう帰ろうと思っているんですよ。

(会場笑)

このカンファレンスを通して、3つのテーマがあったように思います。どれも私がお話ししたいことに関係があります。1つは、これまでのあらゆるプレゼンテーション、そしてここにいる皆さんによって示された、驚くべき人間の創造性、その多様性と幅の広さです。2つ目は、私たちは将来何が起こるか全く予測できないところに置かれている、ということです。この先どうなるのか、全くわかりません。

私は教育に興味があります。実際、誰もが教育に興味があります。違いますか? 私はとてもおもしろいと思うのですが。例えば、ディナーパーティの席で「教育関係の仕事をしている」と言ったとします。もっとも、教育関係の仕事をしていると、ディナーパーティにはめったに行かないですけどね。

(会場笑)

招待されないんです。それに行っても2度と呼ばれないんですよ、不思議なことに。おかしいと思いませんか。でも、招待されて「お仕事は?」と聞かれて、「教育関係の仕事をしています」と答えると、相手の顔から血の気が引くのがわかります。「おやまあ、何でこんな目に! 週にたった一度のお出かけなのに」とでも思っているように。

でも、自分の受けた教育について尋ねたなら、あなたをつかまえて離さないでしょう。教育は私たちの心に深く根ざしていますからね。そうでしょう? 宗教やお金などと同じように。私は教育に大いに興味があります。皆さんもそうでしょう。私たちは教育に大きな利害関係を持っています。それは、私たちには理解不可能な将来へと導いてくれるのが教育であるからでしょう。

考えてみると、今年(2006年)入学した子どもたちが定年退職するのは2065年のことです。この4日間のカンファレンスであらゆる分野の専門知識が披露されましたが、5年先にこの世界がどうなっているか、誰にもわかりません。それでも、私たちは子どもたちの将来に備えて教育しなければならないのです。その予測不可能性はまったく驚くべきほどです。

そして3つ目は、子どもの持つ驚くべき能力、すなわち新しいアイディアを生み出す能力については私たちの意見は一致しています。昨夜のシレーナ(Sirena Huang、バイオリニスト)には恐れ入りましたね、素晴らしい才能です。シレーナは並はずれていますが、子ども時代の全てが並はずれていたわけではないと思います。自分の才能を見いだし、驚くほど努力した人、と言うべきでしょう。

私が言いたいのは、子どもは誰でもとても素晴らしい才能を持っているのに、私たちは情け容赦なくそれを無駄にしているということです。そこで、教育と創造性についてお話ししたいと思います。創造性は今や教育において識字能力と同じぐらい大事なのです。創造性は識字と同等に扱われるべきなのです。

(会場拍手)

ありがとうございます。私が言いたかったのは以上です、どうもありがとうございました。さて15分も余ってしまいましたね。私が生まれたのは……。

(会場笑)

失敗を恐れない子ども、恐れる大人

ロビンソン卿:最近とてもいい話を聞いたので、お話ししましょう。絵のレッスンを受けていたある6歳の少女が、教室の後ろのほうで絵を描いていました。先生が言うには、この子はこれまでめったに集中しなかったそうですが、この絵の授業では違ったのです。先生は興味を引かれて少女のところに行き、「何を描いているの?」と尋ねました。少女は「神様の絵を描いているのよ」と答えました。「でも、神様がどんな姿をしているか、誰も知らないのよ」と先生が言うと、その子は「すぐにわかるわ」と答えたのです。

(会場笑)

息子のジェームズがイギリスで4歳だった時……厳密に言うと、息子はどこにいても4歳だったのですが。息子はキリスト降誕劇に出たのです。どんな話か覚えていますか? メジャーな話ですよ。メル・ギブソンが続編を作ったんです。……違いましたっけ?(笑)ご覧になったかもしれませんね、『キリスト降臨2』です。

ジェームズがヨセフ役をするというので、私たちは興奮しました。主要な役の一つだと思いましてね。「ジェームズ・ロビンソンがヨセフだ!」と書いたTシャツを着させたサクラで会場を埋め尽くしましたよ。息子の台詞はありませんでしたが。

東方の三博士が来る場面はご存じでしょう。三博士は黄金、乳香(frankincense)、没薬の贈り物を携えてやって来ます。これは本当に起こったことですよ。私たちは劇を観ていたのですが、三博士の順番が違っていました。後で博士役の子に「あれで大丈夫だったの?」と聞くと、「うん、何で? 間違ってた?」と言ったんです。たぶん順番を入れ替えたんでしょう。とにかく、頭に布巾を巻いた三博士役の4歳児たちが入ってきて、贈り物の箱を置き、1人目の子が「黄金を捧げます」、2人目は「没薬を捧げます」と言い、3人目は「これはフランクからの贈り物です(Frank sent this.)」と言ったのです。

(会場笑)

共通して言えるのは、子どもたちはイチかバチか、やってみるのです。わからなくても、やってみるのです。そうでしょう。子どもは間違いを恐れないのです。間違えることと創造的であることは同じではありませんが、間違うことを恐れていては、独創的な考えは浮かびません。

大人になる頃には、たいていの子どもはその能力を失ってしまいます。間違いをすることを恐れるようになるのです。企業の経営も同じで、間違いを犯すと非難されます。全国の教育制度においても、間違うことは最悪だと教えられているのです。その結果、教育が創造的能力を失わせているのです。

「教科の序列」は大学教授しか生み出さない

ロビンソン卿:ピカソはかつてこう言いました。「子どもは誰でも芸術家だ。問題は大人になっても芸術家でいられるかどうかだ」と。私たちは創造性を身につけるのではなく、失っているのだと強く思います。というよりも、創造性を失うように教育されているのです。どうしてでしょうか。

私は5年ぐらい前までストラトフォード・アポン・エイボン(英)に住んでいました。ストラトフォードからロサンゼルス(米)に引っ越したのです。これがどんなにスムーズな変化だったか想像がつくでしょう。実際にはスニッターフィールドというところに住んでいました。ストラトフォードのすぐ近くで、ここはシェークスピアの父親の生地です。新たな感慨が湧いてきませんか?

シェークスピアに父親がいたなんて考えもつかないでしょう。つきますか? シェークスピアに子ども時代があったなんて? 7歳のシェークスピアなんて、想像もつきませんでした。シェークスピアにも7歳の頃があって、誰かの国語の授業を受けていたんですよ? なんてうっとうしい。

(会場笑)

「もっと頑張りましょう」「とっとと寝なさい」なんて言ってたんでしょうね。あのウィリアム・シェークスピアに対してですよ? 「鉛筆は置きなさい。そんな話し方もやめなさい。みんな訳がわからないだろう」ってね。

(会場笑)

それはさておき、私たちはストラトフォードからロスに引っ越しました。ちょっとだけそれについて話します。息子は引っ越しに気乗りしなかったんです。私には子どもが2人いて、息子が今21歳、娘は16歳です。息子は当時、ロサンゼルスに引っ越したくなかったんです。ロスは好きだったのですが、イギリスに彼女がいたんです。サラという生涯の恋人が。知り合ってまだ1ヶ月だったんですが、付き合って4周年記念日を祝っていました。16歳にとって1ヶ月は長いですからね。

とにかく、息子は機内でくよくよしていました。「サラみたいな子には二度と出会えないだろう」って。本当を言えば、私たちは喜んでいました。私たちがイギリスを離れた最大の原因はサラだったのですから。

(会場笑)

アメリカに移り、世界中を旅して、強く思うことがあります。世界中どこの教育制度にも、「教科の序列」があるのです。どこにいこうと同じです。そんなことはないと思うでしょうが、同じなのです。トップにあるのは数学と語学、次が人文科学で、一番下が芸術です。世界中どこでも。

そしてまた、大体どの教育制度においても、芸術の中にさらに序列があります。学校では普通、美術と音楽が演劇やダンスよりも上に位置づけられています。数学を教えるように、毎日ダンスを教える教育制度ではこの世にないのです。どうして? どうしてないのでしょう? ダンスは非常に重要だと思うのです。数学は確かに大事ですが、ダンスだって大事です。子どもは、いいと言われればずっと踊っています。私たちみんなそうです。みんな身体を持っていますよね? おかしいと思うのは私だけでしょうか?

(会場笑)

実のところ、子どもが成長にするにつれ、私たちは上半身から徐々に教育し始め、頭の中身を鍛えることに集中するのです。しかもちょっと傾いて。もしも異星人が教育現場を訪れて、「公教育は何のためにあるの?」と尋ねたとします。公教育の産物、つまり実際に成功を収めた人、やるべきことをやった人、点数を稼いだ人、「勝ち組」の人を見ると、世界中どこでも公教育の目的は「大学教授を生み出すことだ」という結論に達せざるを得ないでしょう。違いますか? 大学教授が社会のトップなのです。私もかつてその一人でした。偉いでしょう。

(会場笑)

大学教授は好きですが、だからと言って彼らをもって人類の全業績の頂点とするべきではありません。大学教授も生き物の一種です。そして、とても不思議な人たちです。彼らへの愛情から言っているんですけどね。教授というのは興味深い人たちです。大体は頭の中に暮らしているんです。身体ではなくその上に暮らしていて、しかもちょっと傾いているのです。文字通り、肉体から離脱した人たちです。自分たちの身体を、頭を運ぶための乗り物、だと見なしているんですよね? 

(会場笑)

身体は会議に頭を運ぶための乗り物にすぎないんです。ところで、本物の幽体離脱体験の証拠が欲しければ、大物教授たちが集まる学会に行って、最終日の晩ディスコに侵入するといいですよ。そしたら、大の大人がでたらめなリズムでめちゃくちゃに身をよじりながら、「家に帰って今夜のことを論文に書こう。早く終わらないかな」なんて考えているのを見られますよ。

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