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斎藤主幹が聞く 暴論?正論?

2014年6月25日 「人口減少恐るるに足らず」――八田達夫氏

対談写真



人口の伸びと成長は無関係

斎藤 日本経済をめぐる最大の問題のひとつが少子高齢化、人口減少だと言われています。私も、日本の高齢化、人口減少はきわめて深刻な問題だと認識しています。ところが、八田さんは違う見方をしておられると伺いました。人口と経済成長の関係についてどうお考えですか。人口が減少すれば経済成長の大きな制約要因になると思いますが・・・。


八田 たしかにそう主張する人は多いようです。しかし、人口増加率は一人当たりのGDP成長率を左右しません。ここにOECD(経済協力開発機構)加盟諸国の過去40年あまりの一人当たりのGDPの平均成長率と人口の平均増加率を記した散布図(グラフA)がありますが、その2つに相関はまったくみられません。見事なほどです。たとえば、スウェーデンは人口増加率が年平均0.4%弱で一人当たりのGDP成長率は2%でした。それどころか、人口の伸び率がマイナスでもGDPの成長率が年平均5%を超えている国もあります。



 「一人当たりのGDPはともかく、GDP全体の成長率は人口の増加率に依存する」との見方もあるでしょう。しかし、関係はほとんどないと言ってよいのではないでしょうか。グラフBは日本の過去50年余りのGDPの伸びと人口増加率の推移を描いたものですが人口が増えているときでもGDPは成長していない場合もあり、人口が増加していないときでも経済成長している時もあります。人口増加率が経済成長率を決定的に決める要因ではないと見るべきでしょう。

斎藤 確か東大教授の吉川洋氏も日本経済新聞の経済教室というコラムで同じ様なことを指摘されていました。高度成長期には実質GDPベースで毎年10%程度成長していたが、人口の増加率は1%程度だったと述べています。9%は他の要素で説明されるということですね。

八田 そうです。グラフBは吉川氏が用いられていたデータをアップデートしたものです。もちろん、生産性の成長率が同じなら、労働力人口の増加率が高いほどGDP成長率は高まります。しかし、生産性の成長率の振れ幅の方が労働力人口の増加率の振れ幅よりはるかに大きいため、人口減少が起こったとしても、技術進歩があれば成長します。GDP成長率の主要な決定要因は、生産性の成長率です。




生産性向上で克服可能

斎藤 つまり、生産関数の考え方に沿って考えれば成長は@生産性(技術等)A資本B労働(人口)によって決まるとされています。人口というのは3つの要素のうちの1つで、「人口と成長が関係ない」というのは他の2つの要素の影響が大きいということでしょうか。

八田 その通りです。生産性を高めれば、十分補えるということです。年率1%で人口が減るとしても、それを補うだけの生産性の伸びがあれば問題はないのです。人口の毎年の伸び率は大体▲1%から1%の間で、最近は0%近くの伸びです。

斎藤 現在想定されている程度であれば、日本経済が縮んだり、日本の国力が低下するという心配はいらないと?

八田 そうです。心配は要りません。むしろ、日本経済は実は非常に高い成長のポテンシャルを持っていることに注目すべきでしょう。資源の低生産性部門から高生産部門への移動は大きな生産性の伸びをもたらしますが、日本の各分野をながめてみれば、生産性が高いところもあれば、低いところもある。全くばらばらです。生産性の低い分野にはまだまだ資源が滞留している以上、成長のポテンシャルは非常に大きい。

 資源移動の障害を取り除くことを「構造改革」と言いますが、日本には構造改革の余地がとても大きいので、大きく改善する余地はあります。 「人口が減っているから国が滅んでしまう」なんてことはありえません。

斎藤 政府の「選択する未来委員会」は人口を1億人レベルで維持するよう提言しましたが、こうした提言も必要ないということでしょうか?

八田氏
八田 私が小学生のときには、日本の人口は8000万人だと習いました。1900年生まれの父は4000万人と習ったそうです。1億人が良いのか、1億2000万人が良いのかをどう判断するのでしょうか。 そもそも世界中で人口増加を政策的に進めたら、地球の資源は枯渇します。国々が豊かになって、人口増が自然に抑制されるようになることが、地球の資源を守る一番有効な方法でしょう。資源不足によって価格が高騰して人口抑制の主因になるより遙かにましです。

斎藤 ということは、むしろ人口減少を促す政策をとったほうがよいということですか。

八田 増やすにしても減らすにしても人為的に介入する理由がありません。ただし、出生率を人為的に押さえているハードルは取り除くべきです。

 現在、保育士や保育所が不足しているのは、株式会社の保育所ビジネスへの高い参入障壁や、不必要に高い保育士要件など既存の保育業界や保育士の既得権を守るためにできた規制のためです。さらに、大都市圏では、不必要な容積率規制などによって都心居住を抑制してきました。象徴的な例は、大手町や丸の内、有楽町に一棟のマンションもないことです。ニューヨークでは都心に行けば行くほど夜間人口密度が高まるのと対照的です。大都市圏で子どもを産み易くするためには、そのような規制を正して、待機児童をなくし都心居住を容易にすることです。

 ただ、そのような対策と無関係な数値目標を作るべきとは思いません。

斎藤 しかし、多くの先進国で人口減をとめようという議論が支配的ですが。

八田 戦争に備えるために兵隊が必要ならば、人口増を図るべきです。フランスはそういう考えも背景にあって人口を増やそうとしたと聞いています。ただし、フランスの現在人口増の多くは移民の家族で起きているようです。それはもともとフランス政府が意図したことではなかったでしょう。

 経済成長こそ最大の国防政策です。そして経済成長のために最も有効な対策は、構造改革による生産性の向上であって、人口増加策ではありません。人口増加策は、仮に成功しても生産性の向上には何の役にも立たないのはグラフAが示す通りです。

斎藤 民間の研究機関「日本創成会議」(座長増田寛也氏)は人口減、人口流出で全国の市町村の半数が「消滅可能性都市」になると予言していますが、こうした事態はどう受け止めるべきでしょうか?

八田 この会議は、「消滅可能性都市が多く生まれるから、人口減少は困る。人口減少を食い止めるには、出生率が低い東京圏への人口流入を抑制して地方の人口を増やすべきだ」というわけです。

 まず、仮に国全体の出生率が増えても、消滅可能性都市の多くでは社会流出が増え続けるだけでしょう。そのような都市での流出防止のために国が地方にお金を注ぎ込むのには反対です。そんなことばかりしてきたから日本全体が衰退してきたのです。国は衰退するところを無理やり引き止めるのではなく、伸びるところを妨げている制度を取り除くことが大切でしょう。

 つぎに、大都市の低出生率が問題ならば、保育所や保育士不足を招いたり、都心居住を妨げていたりする人為的な制度を改革することこそ必要です。それをせずに、地方に金をつけようとするのは、糖尿病で痩せた人を太らせようとして、治療するかわりに、毎食のご飯を一杯ずつ増やそうとするようなものです。

 ところでこの報告書は、東京一極集中を問題にしていますが、日本で起きたことは多極集中です。グラフCが示すように、高度成長以来日本では、札幌も、仙台も、名古屋も、広島も、福岡も大きく伸びました。ただし鉄道時代に西日本経済圏の本社機能を持っていた大阪は、70年代の航空機時代になって、全国に日帰りでいけるようになった東京にその地位を奪われ人口が減少しました。そのせいで東京一極集中が起きたと見えるのかもしれません。


 
 もう一つ人口が減少したのは、中枢都市から車で簡単に行けるようになった50万人以下の小都市です。消滅可能都市に対する正しい政策は、そのような都市の住民の中枢都市への移住をスムーズにし、痛みをできるだけ和らげることです。

 そもそも、経済成長をもたらすのは、人口増加策ではなく、構造改革です。人口増加策に名を借りた予算のバラマキをすべきではありません。

構造改革の有効性

斎藤 では、生産性を高めるには、具体的にどのようなことをしたらよいのでしょうか。

八田 生産性の上昇には2つの主な源泉があります。1つは、外国から技術を取り入れたり、イノベーションを起こすことです。それにより、同じインプットから生み出すアウトプットを増やしていきます。これは、工場レベルでも産業レベルでも行なうことができます。戦後の日本の経済成長には、外国から技術を取り入れたことがとても役立ちました。また、貿易をすることで、生産規模が大きくなり、「規模の経済」によってさらに様々な技術を取り入れることができるようになりました。
 
 もう1つは、セクター間の生産性ギャップをうめることです。現在の経済には日本経済には生産性の非常に低いセクターと、生産性の高いセクターがあります。生産性の低いセクターとしては例えば、地域でいえば地方、産業でいえば農業やサービス産業などです。こうした生産性の低いところに生産要素を閉じ込めておくと、非常に大きなムダが生じます。これをしっかりと生産性の高いところに移していく。例えば、農業保護によって、本来ならばそこから出ていった方が良い労働や資本がその産業に閉じ込められています。
 
 しかも、資源は必然的に生産性の低いところに偏ります。なぜなら、そのような衰退産業や衰退地域は今まで強かったわけだから強い政治力を持っているのです。そうしたセクターが既存産業を優遇するため政治力を利用して、新規参入を認めないといったことを始めます。市場に任せていれば移動していたであろう資源の流れを、人工的に無理やり止めています。それを外すのが、先ほど述べた構造改革です。今の日本に必要なのは、医療、農業、労働といった資源が温存されている非効率分野での構造改革です。

斎藤 日本が今必要としている構造改革の例を具体的に2、3挙げていただけますか。

八田 例えば、医療機器分野では日本の中小企業の開発力は高く、病院でも様々なアイデアがあります。それらを結びつけることで新しい医療サービスをつくりだせばよいのです。しかし、国にそれを検査する能力がないために新サービスを活かすことができていません。このような制度の整備を行なえば大きく成長することができます。

 農業では、大規模農園をつくればよいなどと言われますが、大規模経営ができない中山間地でも売り先を考えれば、付加価値型の高い産物を売り出す余地は大いにあります。しかし、そのような工夫ができるのは、必ずしも地元の人ではありません。外から商社等の企業を入れることによって様々な工夫が生じます。現在は制度によって制限されている企業の参入が自由になれば、様々な工夫がされるようになり、農業も成長し始めます。
 
 また国際的なビジネス拠点として上海や香港と競争するには、規制を緩和し、ビルの集積度をもっと高めていかなければなりません。それができれば、環境が良い東京がアジアのビジネス拠点にもなるでしょう。

斎藤 八田先生がワーキンググループの座長を務めている国家戦略特区構想はそうした構造改革を進めることを考えているのですね。

八田 その通りです。経済成長には金融政策や財政政策も有効ですが、完全雇用の下で生産性を高めるには構造改革は有効です。構造改革こそ成長戦略の基本と考えるべきでしょう。

衰退産業のない成長はない

斎藤 構造改革には必ず強力な抵抗運動が起きますね。

八田 経済成長には必ず成長産業と衰退産業を伴います。衰退産業がない経済成長はありえません。しかし、衰退産業は往々にして猛烈な政治力を持ちます。その産業を守ることは、産業内では良いことのようにみえますが、全体としてみれば成長を阻害してしまいます。成長は、衰退産業や衰退する地域の犠牲のもとに実現すると言えると思います。
 
 例えば幕末の開国直全直前に日本では綿花は完全に自給自足でした。しかし開国してから10年の間に日本で消費される綿花はすべて輸入されるようになりました。今から考えればものすごい構造改革をやったわけです。綿花を育てていた農民は失職し、ほかに転作するか都市に出ていくしかなかった。そういう改革を行ったから明治以降の際立った成長が実現したのです。前島密が日本に郵便事業を導入しようとした際には、飛脚業界がたいへんな抵抗をしました。

 戦後、傾斜生産方式の下、政府は石炭産業に力を入れ石炭産業は隆盛を極めましたが、そのうち石油の輸入を自由化したため、安い中東の石油が使えるようになった。石炭産業はつぶれ大量の失業者が出て地元の町は疲弊した。政治的にはものすごい反対運動が起きました。しかし当時の通産省はありとあらゆる抵抗にもかかわらず、自由化に踏み切ったのです。60年代の高度成長はこうした石炭産業の犠牲の上に実現したのです。

 衰退産業をしっかり衰退させるメカニズムがなければ経済全体は成長しません。

構造改革と所得再分配とは車の両輪

斎藤 痛みが出ますね。

八田 ええそうです。そこで、このようなメカニズムを考える際に絶対に欠かせないのは所得の再分配政策です。レーガンさんのように、再分配を行わない自由化というのは抵抗を受けます。セーフティネットがあれば、安心して競争できる社会が実現できます。競争を促す構造改革とセーフティネットとは補完しあうべきです。大切なのはどんな理由であれ低所得となった人を助けるセーフティネットを持つことです。こうした人のために生活保護や職業訓練制度を整えることが重要です。

 身体的な障害を負ってしまった人については周りの人たちの負担を減らすために傷害保険などの制度を整備することも重要です。そうすれば競争の結果倒産した企業の労働者も、再起の準備をできます。そして、高所得者からは国がお金を徴収して財源とします。そのような所得の再分配メカニズムは欠かせません。再チャレンジが可能な社会であればあるほど、大胆な構造改革ができ、成長が可能になります。

斎藤 激変緩和措置ですね。

八田 高生産部門への転職を助ける措置は必要です。例えば、石油の自由化に際しては、政府は産炭地に金を流すのではなく、元鉱夫が転職していくことに対して補助しました。すなわち、元鉱夫を新たに雇った東京や大阪の企業に政府は補助金を出し、元鉱夫を優先的に入れる住宅を東京や大阪に建設しました。ポイントは、産炭地に金をつけて資源の移動を妨げるのではなく、移動を促進する補助金をつけたことです。今の農業政策とは随分違います。

労働力抑制要因の除去を

斎藤 話を元に戻しますが、構造改革を推し進め生産性を上げれば、労働力不足対策は行う必要がないということですか。

八田氏
八田 先ほど述べたように、労働力不足は生産性の上昇で克服できます。ただ日本では、制度が労働力の増加を無理やり抑え込んでいる面があります。例えば、配偶者控除や国家公務員の配偶者手当は、女性の労働市場参加を抑えています。これらの制度は、「平均的な」家族持ち労働者の利益のために女性労働者を犠牲にしています。
 
 このような人為的な労働力抑制要因はなくすべきでしょう。例えば、配偶者控除を廃止して増収分を保育所増設の財源にしたり、国家公務員の配偶者手当を廃止することによって公務員一般の給料を上げる、といった改革を行なう必要があります。保険や税制を変えることで、女性の就労を促すことはとても重要です。
 
 また、保育所問題もあります。補助金の配分が株式会社に対して著しく不利だったり、保育所利用率に価格メカニズムが導入できない規制が行われているため、保育所が不足し、保育所を利用したくても利用できない女性がいます。このように制度によって結果的に、女性が労働市場に参加しにくくなっているとすれば問題でしょう。
 
 女性労働力だけでなく、雇用全般の流動化も重要です。雇用の流動性がないと、一度、大企業から落ちこぼれると大企業はその労働者を再び雇用してくれません。それは、大企業の労働者が基本的に定年まで居座り続けているからです。生産性の低い人を退出させることができれば、優秀な人を新たに雇いやすくなります。1980年代にモーゲージ・ボンドを発明して、世界の金融界にデリバティブ商品を導入したソロモン・ブラザーズの社員は、高校中退で社内郵便配分室にいた人ですが、日本でもそういう適材適所が可能になるでしょう。
 
 雇用法制は、能力が劣る労働者の既得権を保護して、能力が優れた人の雇用機会を失わせる結果をもたらしています。これらを改革すれば、たまたま良い大学を出たけれども生産性の低い人が大企業に居座るということもなくなるでしょう。有能な女性が労働市場に出てくるし、潜在的に生産性の高い人の労働市場への参加が促されます。労働人口を増やすというよりは、雇用の流動化を図って全体の生産性を高める、ということが生産性を向上させます。

斎藤 移民についてはどうお考えですか

八田 移民に関する今の日本政府の基本方針は、高度人材は入れ、未熟練労働者は入れないというものです。私はこの方針は正しいと思います。高度人材を入れるということに関しては、日本はアメリカよりも進んでいると思います。日本の大学を卒業して、日本の会社に勤めることができれば、ビザが下ります。アメリカでは、博士号を得ても、永住ビザが簡単に下りるわけではありません。
 
 ただ、日本でもアパレルやIT関連といった専門学校を卒業した人たちはすぐに帰国しなければならないため、この人たちをうまく活用できていません。彼らに2年から3年のPractical Training(専攻分野での就労)を認めることで、日本の商習慣や雇用慣習等を学ぶことができ、仕事の経験を積むこともできるでしょう。労働力不足を多少補うことにもなりますし、帰国後、彼らがその経験を活かして日本文化をより有効に広めることができるようになるでしょう。
  
 ただし未熟練労働者の移民は基本的に入れるべきではありません。日本の所得分配の格差を拡大するからです。年収200万円の日本人労働者の賃金を上げることを優先すべきです。例えば、介護分野では、国が定めた介護施設利用料の制約によってもたらされている低賃金のために人手不足に陥っていますから、この分野に外国人労働者を入れると、日本人の介護福祉士の賃金水準はさらに低くなります。外国人労働者を入れることによって国内の所得格差をさらに大きくしてしまいます。
  
 ただ建設産業は別に考えなければなりません。建設業界では、震災からの復興やオリンピックによって急激に労働需要が高まっています。その結果賃金は高騰しています。しかし、新たな労働者が訓練を受けてこの分野に流入するには時間がかかります。このため、使える技能労働者の流入が始まるまでの間、不必要なほど賃金は高止まりします。この場合は、時限付きで外国人の技能労働者の5年以内の雇用を認めるべきだと思います。ただ、その際には、日本人労働者にも参入を魅力的にし続けるように賃金をある程度高めに保つため、移民を入れ過ぎないようにすべきです。期限がくれば帰国してもらうことにします。さらに日本での建設需要が減少すれば、新たなビザの発行を止めます。
 
少なすぎる対内直接投資

斎藤 成長の要素としてもうひとつ資本があります。成長率を上げるためにはどう考えるべきでしょうか。

八田 資本の伸び率は高齢化と関係があります。若年世代は、子供の教育費のための貯蓄や、住宅ローンの支払いという一種の貯蓄を行なっています。自分の所得より消費は少ないわけです。それに対して、高齢者は自分で稼がずに、年金などをそのまま消費にあてています。したがって貯蓄性向は、若年世代で高く、高齢者では低いのです。このことは、1960年代のように若年世代が多いときは国全体の貯蓄率が高く、現在のように高齢化すると国の貯蓄率が下がることを説明してくれます。
 
 したがって、GDPに対する貯蓄率と投資率が等しいとすると、高齢化によって資本の蓄積が進まなくなると考えられます。ところが、幸いなことに国際的な資本移動があれば、国内の貯蓄が少なくても、海外からの資金で投資を行なうことができます。しかし、日本の場合、海外からの直接投資の水準があまりに低いのです。これが大問題です。したがって、資本に関しては、対国内直接投資に対する規制緩和を行ない、投資を呼びこむことが重要です。

斎藤 確かに、日本の対内直接投資は大変少ないですね。

八田 そうです。対GDP比率でみてみると、日本は北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)以下です。

賦課方式の社会保障システムと人口減少

斎藤
斎藤 人口減少の問題を考える場合に、もうひとつ忘れてはならないテーマは社会保障の問題です。社会保障制度の持続性を維持するにはやはり、人口の減少は大きな障害になるのではないでしょうか。法政大学の小峰隆夫教授は『人口負荷社会』(日本経済新聞出版社刊)の中で人口が減ることよりも、むしろ人口構成が変わる(高齢化率が高まる)ことが問題だと言っています。人口構成が変化すると年金など社会保障制度が維持できなくなるという問題だと思いますが。

八田 確かに賦課方式の年金の下では、人口構成が変化すると世代間の所得移転が生じます。賦課方式の年金とは、高齢者の年金を同時代の勤労世代が負担するシステムです。人口がいつまでも増え続けるのならば、皆が得をするシステムです。しかし増えなくなると、あとの世代は大損します。賦課方式のままでいくのなら、人口を増加させ続けていかなければ、将来世代の負担は耐え難く大きくなってしまいます。
 
 賦課方式の年金を持つ国は、人口を増大させようとします。しかし人口増加を維持するのは難しいですし、仮に世界中が賦課方式の年金を採用して、人口増大政策を行うとすれば、地球資源の枯渇を早めてしまいます。したがって、年金制度を人口の変化に中立的な仕組みに改変すべきです。つまり積み立て方式です。一気に移行するのが難しければそれに近づけていくべきです。
 
 基本的には、保険料と期待される給付の関係が市場収益率に基づいて同じになるように設計すべきです。そうすれば世代間のやりとりをなくせます。要するに、払った保険料と後で受け取る給付が平均的な寿命の人では、一致するように設計するわけです。もしこのような積立方式であれば、若年者と高齢者の比率は問題にはなりません。このような仕組みであれば、世代間の対立はまったくなくなります。
 
 しかし不幸なことに、日本の年金制度は長年賦課方式を続けました。年金制度をつくった世代は保険料をろくに払わず、たくさんの給付がもらえるような制度をつくり、後世代に頼りました。そのため、若年人口が少なくなると問題になるのです。

(注)年金の賦課方式と積立方式=高齢者に支払われる年金の財源をその時代の現役世代が負担する方式が賦課方式。これに対し高齢者が受け取る年金は当該高齢者が現役の時代に積み立てたものとするのが積立方式。積立方式は人口減少が引き起こす財源不足は回避できるが、インフレが激しくなれば、満足な年金がもらえなくなる恐れもある。

評価すべき「100年安心年金」

斎藤 とりわけ若者の間に不満、不安が多いですが・・・

八田 実は、2004年の年金制度の改正は抜本的な改革だったと思います。

斎藤 あまり評判の良くない例の「100年安心年金」ですか?

八田 評判が良くないのは、デフレ下でマクロ経済スライドを発動しなかったという、民主党政権下における人気取りのための運用ミスのせいです。 しかし制度の設計の根本思想は正しいと思います。
 
 以前は、給付率を決めて保険料の変動で毎年の終始がほぼトントンになることを目指して調整していました。まさに賦課方式そのものです。しかし、2004年の改革で、毎年の収支ではなく、今後100年間で年金制度の保険料と給付の収支を均衡させるように100年間一律の給付率を調整することになりました。将来的に経済状況が変われば、保険料率は一定にしたまま、給付率を調整することで収支を均衡させます。これをマクロ経済スライドといいます。100年間で収支を均衡させればよいので、経済状況が急激に変化しても、給付額が急激に変化するわけではありません。収支を均衡させるような調整を常に続けます。
 
 これは100年単位の賦課方式とも言えますが実は一種の積立方式年金です。つまり、常に、今後100年間で得られる保険料と支払う給付額の期待値が均衡するようにしているのです。現在は賦課方式部分もあるため保険料の調整期間になっていますが、最終的に目指す姿はとても健全です。短期的に積立方式への移行はできないため、このように時間をかけて移行するのが適切です。

 ただし、現在は給付率が今後下がり続けて一定の下限に達したら、その後のことはその時点で考えるとされ、将来像が確定していません。しかし下限に達した後では、勤労世代と退職世代の痛み分けをするべきでしょう。すなわち給付率のさらなる引き下げを続けて、その一方で保険料率の引き上げも始めるべきでしょう。

 ただ世代間の問題とは別に、国民年金の保険料を税方式化するとか、専業主婦の基礎年金のただ乗りをストップするとかいった世代内不公平是正の大きな課題は残っています。しかし、世代間不公平の問題は2004年改革で基本的に正されたと思います。

(注)100年安心年金=2004年に導入を決めた年金制度。保険料負担の上限を決め、その財源の範囲内で年金を給付することを基本とする。年金には以前から物価の変動に合わせて毎年の給付を決める物価スライドという仕組みがあったが、100年安心年金では寿命の延びや年金加入者の減少などを勘案して給付額を物価の伸びより抑えるマクロ経済スライドという仕組みを導入した。しかし、デフレ下では一度も実施されていない。

斎藤 支給開始年齢引き上げの問題はどうなりますか。

八田 現在の仕組みで退職者の取り分が決まりますから、遅い支給開始年金を選択する人はその分多く支給されるようにすればすむでしょう。

斎藤 100年安心年金では、年金基金の運用利回りを年4.1%と高水準に想定するなど、粉飾ではないかという議論もありますが・・・。

八田 4.1%は根拠が目的と整合的でないので、まずいと思います。過去の20年くらいの実績値を平均した利回りを用いて、常に長期的な視点で調整していく必要があります。制度設計の大枠は正しいのです。これまで、積立方式への移行は無理だと考えられていましたが、それが可能であることを示しています。そういう意味で立派なものなのです。
 
 ところで医療保険も、100年安心年金と同じように、年をとって病気がちになった高齢時のために、若い時から積み立てておく制度にすることができます。

3、4%成長は可能

斎藤 最後にもう一度確認します。多くの経済学者やエコノミストは、人口の制約などから日本の長期的な潜在成長率は1%台で低成長が続くという見方をとっています。しかし、これまでの議論からは、もっと成長できるという見解だと思いますが、例えば3、4%成長も可能だと言うことですか。

八田 十分可能です。政治的にできるかどうかの問題は残るが、日本国内を見渡せば生産性の格差が大きい分野はあちこちにあり、日本は成長の大きなポテンシャルを持っています。人口減少、恐るるに足らず、です。

斎藤 長時間ありがとうございました。


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八田達夫(はった たつお) 国際東アジア研究センター所長。1943年生まれ。66年国際基督教大卒業、73年ジョンズ・ホプキンス大経済学Ph.D.。ジョンズ・ホプキンス大教授、大阪大学教授、東京大学教授、政策研究大学院大学学長などを経て2013年より国際東アジア研究センター所長。同年5月より政府の国家戦略特区ワーキンググループ座長も務める。

(2014年6月25日)

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