きょうは何の日
「吉川晃司がモニカでデビューした日」
「吉川晃司がモニカでデビューした日」
吉川晃司、44歳。劇場版仮面ライダーの最新作、仮面ライダー×仮面ライダー W&ディケイド MOVIE対戦2010、では仮面ライダースカルを演じるなど本業の歌手以外の分野でも活躍している。
1965年、吉川晃司は広島で生まれた。小さい頃から勉強は嫌いで特に嫌いな授業は音楽だった。
同じ音符をクラス全員で追っかけていくことに違和感を覚えていた。
中学の頃から夢中になったのは、水中の格闘技と呼ばれるほど激しいスポーツの水球。
吉川は20歳以下の日本代表に選ばれ将来を期待されていたが世界大会で壁にぶつかり、日本代表までになった水球を辞めてしまう。
その後吉川晃司がのめり込んだのが音楽。
しかし、大きなステージに出たいという願望を持っていた吉川は東京の芸能事務所に、広島にスターの卵がいる、という内容の手紙を自分で書いて送った。それを読み広島までやってきた芸能事務所のスカウトマンに誘われ吉川は状況を決意した。
ところが、熱い思いをもって上京したもののオーディションを繰り返す日々に吉川は焦っていた。しかし、事務所は彼をスーパースターに育てるために巨額を投じて売り出す準備をしていた。
それは映画の主演をつとめ、さらに主題かも唄うというデビュープロジェクトだった。状況から2年、
1984年吉川晃司はモニカでデビュー。
その10日後、映画すかんぴんウォークが公開された。
そして、この年歌と映画で8つもの新人賞を総なめする。
その後もヒット曲を飛ばし続け順風満帆な滑り出しに見えたが吉川本人は自分のやりたいことと違うことに不満を覚えていた。
デビューから4年後、吉川は布袋寅泰と共にCOMPLEXを結成。
洗練されたサウンドとビジュアルイメージで瞬く間に人気が炸裂。
アイドルからミュージシャンへ脱皮した吉川は2年の活動を経て再びソロに戻った。
より自分の理想に近づこうとする吉川は情熱の赴くままに走り続けた。しかしデビュー当時から支えてくれた人たちと別れ一人で活動を始めた途端、頭を下げられない性分が周りとの衝突を生む。
誰にも相談することが出来なかった吉川は、中国の戦国時代を描いた三国志の中の歴史上の人物からヒントを得ようとした。のめり込みやすい性格のため歴史の世界に没頭し現代小説の解説を書くほどにまでなった。
歴史に精通した吉川は、2009年大河ドラマ、天地人で織田信長役を演じ話題になった。また、今までは出ることがなかった
バラエティ番組でコミカルな面をのぞかせるようになった。
映画にも出演し俳優としての存在感を高めている。
さらに活動の幅も広げナレーターにも挑戦。
歌手、俳優、ナレーターなどいくつもの顔をもつが彼は全ては一つだと言い切る。
デビューから26年決して満足することのない男、吉川晃司44歳。
これからも理想を求めてまだまだとんがり続ける。
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チンギス・ハーンとモンゴルの至宝展 江戸東京博物館にて 2/2~