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 ←二十九斬 漢なら潔く現実を受け止めるもんだ →第四話 俺の両親の話とか
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「IS インフィニット・ストラトス ~黒衣の侍~」
銀の福音編

三十斬 漢には相棒がいるものだ

 ←二十九斬 漢なら潔く現実を受け止めるもんだ →第四話 俺の両親の話とか
 夢現。そのような状態にある事は、誰しも経験した事があるだろう。
 今現在の柏木翔が感じている感覚も正にその様な感覚だった。いや……むしろ夢現ではなく、本当に夢と現実が入り混じっているような、そんな不思議な感覚のものを、現在の柏木翔は見ていた。
 昔の、遠い昔の記憶。微かに辿っていける程にしか記憶に残っていないような、そんな曖昧な昔の記憶。しかし、現在の柏木翔と言う人物の原点と言うべき、そんな記憶。

 微かに思い出せる程度の記憶の中で、現在の翔は、昔の翔を見ていた。
 まだ未熟で、何にでも興味を持ち、行動に統一性が全く無いような、それ程までに昔の翔。それこそ、一夏や箒達と出会うよりもさらに前。
 柏木翔と言う人物が始まった瞬間を、現在の翔はじっと見ていた。

 まだまだ子供であるとわかる容姿の翔の頭には、当時かなり大きく見えていた祖父の手が乗せられていた。
 しわがれた様な声で、しかして、まだまだ元気さを感じる事が出来る。そんな声が、頭を撫でられている翔の上から落ちてくる。

「翔、お前はお前がしたい事を探すんじゃ」
「ぼくが、したいこと?」
「そうじゃ、そして、したい事が見つかった時、自分がどうしてそれをしたいのか? それを考え続けるんじゃ」
「どうしてそれをしたいのか? じいちゃんのいうこと、よくわからないよ」
「わはは! 今は分からずともよい。いつか分かる時が来る。それから、やりたい事が見つかったら、それを極めろ。それによって見えてくるものがある」

 豪快に笑いながら屋敷の庭先で翔の頭を撫でる祖父の言っている事が、この当時の翔にはよくわかっていなかった。
 そして、翔が己の夢中になれる事、それと出会ったのは、なんて事ないチャンバラごっこを初めてした時だ。
 チャンバラごっこに使う柔らかい棒を両手で握った時、当時まだ5歳程だった翔は、気が付けば一心不乱にその棒を振っていた自分に気がついたのだ。

 棒を振るっている時はそれしか頭になく、両親や祖父母が止めるまで、飽きることなくずっと棒を振り回していた。
 言ってしまえば、翔が初めて出会った剣が、そのチャンバラごっこに使う棒だった。
 雨の日も晴れの日も雪の日も、その棒を片時も手放す事なく振り続け、両親がいなくなった時も、それを振り払うように棒を振り続けていた。

 そして、飽きる事なく毎日毎日棒を振り続けていた翔に、ある日祖父が、ずっと言い続けてきた言葉を、翔へ向かって言うのだ。

「どうしてずっと棒を振っているのか、考えて振るっているかの?」
「……わからない」
「ならば考えるのじゃ、一つ答えが出ても考え続けるのじゃ、それによって見えてくるものがある」
「みえてくるもの?」
「そうじゃ、わかったな?」
「わからないけど、わかったよ」
「うむ、今はそれでよいて」

 そう言って笑う祖父。
 そんな祖父の言っている事は、その時はよくわからなかった。だが、わからないならわからないなりに、考えた。考え続けた。
 棒を振るいながら、何故棒を振るうのか? ただそれだけを考え続け、答えが出てもそこで止まる事なく次の事を考える。
 それを連続した先には、現在の柏木翔という人物が出来上がり、昔祖父が言っていた様に、確かに考えなければ見えない事があると知ったのだ。

 そう言う意味では、あの日あの時、庭先の池で泳ぐ錦鯉を見ながら、渋い和服姿の祖父に頭を撫でられた時、初めて柏木翔と言う人物が始まったのかもしれない。
 走馬灯の様に流れる過去の記憶を見ながら、現在の柏木翔は、懐かしいと純粋にそれだけを思う。
 本当に色々な事を考えた。何故自分は棒を振るっているのか? 何故自分は棒を振るうのが好きなのか? 何の為に振るうのか? 何の為に前へ進むのか?
 年月を経る度に考え続け、その一つ一つに答えを出す度、確かに感じる成長の感覚。
 答えを出す度に、自分自身の引き出しが増え、同時に新たな疑問が増える。有り体に言ってしまえば、翔はそれが楽しかった。
 自分が出した答えの先に、まだ見ぬ何かがあるような感覚。そして、それを見つける度に、自分の考えの幅が広がっていく感覚。
 それが何よりも楽しく、何よりも尊い。
 その事がよく理解できた現在も、翔はまだ考え続けるのだ。

 それは、微かな記憶から掘り起こされた、柏木翔という人間の原点。
 その事を柏木翔は、はっきりと思い出していた。



 旅館の一室。その一室は、人が居るにもかかわらず、異様なまでに静まり返っていた。
 その一室の中央には敷布団が敷かれ、その中には一人の男が静かに眠っている。何時もは意思の強い光を宿した黒の鋭い瞳を持つ男、柏木翔。
 自らの信じる道を突き進み、その手で道を切り開き、そして前へ進む。そんな男が、体中を包帯とガーゼに覆われ、静かに眠っていた。

 柏木翔が撃墜(お)ちた。
 この事実は、IS学園の専用機持ちや、教員達に少なくない衝撃を与えた。
 停止寸前だったISを纏ったまま受けた攻撃は、翔の体に尋常ではないダメージを負わせたらしく、これ以上覆う所等ないと言わんばかりに、体中に巻かれた包帯、片目を覆うように頭にも包帯がまかれている。
 そんな翔は、かれこれ3時間程、一度も目を覚ますことなく眠り続けたまま。
 今でこそ、その布団の周りには、暗い面持ちの一夏と箒しかいないが、少し前までは千冬と専用機持ち達全員が勢ぞろいしていた。

 皆例外なく青い顔で眠り続ける翔を見ており、誰一人言葉を発せないままに、只々翔を見る事しか出来なかった。
 翔が眠る布団の周りに力なく座り込み、信じられないものを見るような、ここが現実では無い様な、そんな表情で只々翔を見つめるだけ。
 しかし、何時までも全員がそうしているかと言われればそうではなく、まず最初に千冬が席を立ち、迷う事なく部屋を出ていく。
 次はラウラ、鈴音、シャルロット、セシリアと続き、最後には一夏と箒が残った。
 そして未だ、2人は信じられないように翔を見ており、一言も言葉を発せないまま、顔を俯かせ、膝に置いた両手を力の限り握りしめている。

 折れず曲がらず、己の意志を貫き通し、如何なる時も冷静で己を見失わない、そんなどうしようもなく最強の男が今目の前で静かに呼吸を繰り返している現実を、視覚で認め、意識では認めきれていない一夏は思う。

(何、だよ? これ……負けた? 翔が? 違う、負けるわけがねぇ、翔が負けるはずがねぇ!)

 唇を強く噛み締め、握り締めた拳には爪が突き刺さっているが、そんな事を気に出来るほど、今の一夏は余裕がない。
 自分自身が最強だと認める男が負けて、大怪我を負った原因は、柏木翔という男自身ではなく、他に原因があるはずなのだ。でなければ、柏木翔が負けるはずがない。
 そしてその原因を考えてみれば、あっさりとその原因が見つかった。

(そうか……俺の所為だ……俺が、弱かったから、翔に守ってもらわないとダメなぐらい、まだ弱かったからだ。俺が強ければ箒も俺が守れたし、俺と箒の2人を翔が守る事もなかった)

 一夏が、翔が負け、怪我を負ったのは自らに原因があると結論づけた時には、一夏の隣に座る箒は既に顔を上げ、何かを決意したようにその鋭い瞳に、確かに光り輝く意志を宿していたのだが、未だに俯き、項垂れている一夏にはそれがわからない。
 それに、今の一夏は、周りの景色を認識していても、それがどう動いてどう変化しているか等、全く持って認識できていない。
 それ程までに自己嫌悪の世界に入り込んでしまっている。翔が負けて、怪我を負う。ただそれだけの事で、織斑一夏と言う存在は、容易く崩れ去ってしまうのだ。
 柏木翔という存在は、一夏の中では千冬とはまた別のベクトルで、かなりの比重を占めた存在なのだ。

 自分自身が思っていた以上にあっけなく崩れ去った織斑一夏と言う存在に、自己嫌悪や失望を感じる一夏。
 一夏の根幹を力強く支えていた柱が崩れ去った状態の一夏には、静かにドアを開け、誰かが部屋に入ってきたという事実は認識出来ても、誰が部屋に入ってきたかと言う事は認識出来なかった。
 部屋へと入ってきた誰かは、一夏の隣まで歩いてくると、座るでもなく静かに隣に立ったまま、未だに眠りに落ちている翔を見下ろし、静かに口を開く。

「今翔さんは、零式の絶対防御による致命領域対応によって昏睡状態となっていますわ。怪我は見た目程酷くはありません。翔さんの肉体の強度が幸いしましたわ」
「そうか……」

 どうやら部屋に入ってきたのはセシリアであるらしく、少し冷たさを帯びた彼女の声は、現在の翔の容態をつらつらと羅列していく。

「ですので、零式のエネルギーが戻り次第目を覚ましますわ」
「だから、だから心配無いっていうのか……」

 淡々と事実だけを述べていくセシリアの声に苛立ちを感じたのか、一夏の声は震えを帯びながらも、その声音は低く、セシリアを責める色があった。
 だが、そんな一夏の声にも、セシリアは態度を変えることはない。

「そうですわ」
「っ!」
「おい一夏!」

 やはり淡々と事実だけを述べるようなセシリアの声に、激情に駆られたのか、思わず一夏は立ち上がり、それに対して一夏の隣にいた箒から静止の声が掛かる。
 視界に入った豊かな金色の髪に青い瞳を持つ少女を睨みつけようと立ち上がった一夏は、しかして立ち上がり切る前に、誰かから勢い良く胸ぐらを掴まれ、頬を張られていた。
 部屋中に乾いた衝撃音が響いた時には、一夏はよろめきながら後退するが、それすら許さないと言うように一夏はまたしても胸ぐらを掴まれ、後ろへ下がるのも中断させられる。
 一緒にいたはずの箒も、一夏を止めようとしていたはずなのに、何故か一夏の方が殴られている事実に開いた口が塞がっていない。

 胸ぐらを掴まれ、後退を停止させられた一夏は、そこでようやくセシリアをはっきりと認識する。
 一夏より少し下にある青い瞳は、いつもなら少し目尻が下がっているような、穏やかな光を宿しているのだが、今は一夏を睨み付けるようにして、下から視線を送っている。
 最近はめっきり落ち着きを見せ、高い品格と優雅さを備えてきたセシリアの激しい一面を見た一夏は、妙に冷静な頭の片隅で、こんな一面もあったんだな……等と考える。

「自分が弱かったから、だから翔さんが負けて怪我をした。等と思っているのでしょう?」
「……事実だろ」

 睨みつけるようなセシリアの強い視線から、思わず目を逸らしながら、感情を押さえ込んだような声で一夏は呟くが、そんな一夏の言葉を最後まで言わせないように、セシリアは掴んだ胸ぐらを更に引き寄せるようにして、一夏の口を閉じさせる。
 激情に身を任せたかのようなセシリアの口から、一夏へと向けて発せられた言葉は、妙に冷静な声音。

「それは、翔さんに対しての侮辱ですわ」
「だけど実際に!」
「実際にも何もありませんわ! 貴方と篠ノ之さんを守った位で負けるほど、貴方が知っている柏木翔と言う男は弱かったのですか!」

 一夏を睨みつけながら、強い口調で言い放ったセシリアの言葉に、一夏は瞳を大きく見開く。
 何時もは静かで穏やかなセシリアから発せられた荒い声が原因ではなく、一夏が言葉を失った原因はただ一つ、セシリアの発した言葉の内容だった。
 その言葉に衝撃を受けた一夏を見届け、セシリアは満足したように一夏の胸元から手を離し、一夏から離れる。
 豊かな金色の髪と、青い瞳を持つ美少女の全体が一夏の視界に収まった時には、既にセシリアの表情はいつもの穏やかな表情へと戻っていた。
 そして、穏やかな表情へと戻ったセシリアから発せられた声もまた、落ち着きを取り戻したかのように静かな声だった。

「それに、翔さんはまだ負けてはいません。これから私達が勝てば、翔さんの勝ちですわ」
「だが、敵の居場所はもう……」

 屁理屈ですけれど……と穏やかな声で続けたセシリアの言葉にも、衝撃を受けた一夏は答えられず、代わりに答えるように箒が答えるが、それに対してセシリアはやはり静かに笑みを浮かべる。
 そして、ちらりと部屋のドアへと視線を送る。

「それなら心配いりませんわ。ボーデ……ラウラさん」

 この一件を通して何か思う所があったのか、ドアへと視線を送ったセシリアは、態々言い直してまでラウラの名前を呼ぶ。
 そして、その呼び声に応えるかの様に、静かにドアが開き、同時に部屋へと入ってきたのは、間違いなくラウラ・ボーデヴィッヒだった。
 長い銀の髪を揺らめかせながら、ルビーのような紅く煌めく瞳に強い光を宿した小柄な少女の表情は、心なしか不満をにじませた表情でセシリアを見据えている。
 黒い軍服に身を包み、不満そうな表情のまま、何処か千冬や翔に似た雰囲気の少女は、小さく口を開く。

「教官やボスならば話はわかるが、何故貴様が仕切っているのか……」
「別に良いではありませんか、所で、どうですの?」

 肩に掛かった金色の髪を、右手で優雅に払い除けながら、小さな事等気にするなと言わんばかりのセシリアの言葉に、ラウラは少しばかり眉を顰めながらも、セシリアの聞きたい事を淡々と続けていく。

「ここから30キロ離れた沖合上空に目標を確認した。ステルスモードに入ってはいたが、光学迷彩は持っていないようだ。衛生による目視で確認できた」
「そうですか。流石ドイツ軍特殊部隊ですわね」
「ふん……安い世辞だな、それよりそちらはどうなんだ? 準備はいいのか」

 前置き等どうでもいいと言わんばかりの口調に、問い掛けるようなラウラの視線に、セシリアはふっと余裕の笑みを浮かべ、右手を腰に当ててラウラを見つめ返す。

「誰に聞いているのかしら? もう既に準備は宜しくてよ? シャルロットさんと鈴音さんはどうですの?」

 余裕の姿勢を崩さないセシリアの問いに、ラウラは言葉で答えず、視線だけをドアへと向ける。
 眼帯に覆われていない片方の鋭い瞳がドアへと向けられた瞬間、タイミングを計ったかの様にドアが開かれ、当然そこから部屋へと入ってきたのは、金色の髪と色素の薄い黒の髪を持つ少女たち。

「準備オッケー。いつでもいけるよ」
「こっちもオーケーよ。インストール完了」

 部屋へと入ってきた鈴音とシャルロットが、準備は既に完了と主張し、最後に全員の視線は一夏へと向けられる。
 全員からの問いかけの視線を、一夏の正面にいるセシリアが、一夏の方へ振り向き、態々言葉にして一夏へ問いかけを投げ、その反応を試すかのごとく、それ以上は言葉を発しない。

「織斑さん……いえ、一夏さんはどういたしますの?」

 集められた視線に、問いかけられた言葉、一夏はそれらにすぐさま回答を寄越す事はなく、チラリと静かに眠る翔へと視線を落とす。
 無論、そこには当然、翔が横たわっている。ISの最終防衛機構である絶対防御が発動したおかげで、命が失われる事は無かったが、それでも停止寸前だった事もあってかなりのダメージを受け、翔は目を覚ます事はない。
 命が失われなかっただけで、もしかしたら普段生活するには致命的なダメージがあるかもしれない。
 モニターで最後に見た翔は、それはもうひどい状態だった。皮膚が焼けているのか、全身から煙を上げて海へと落ちていく。
 それが画面越しで見えた翔の最後の姿。回収されて間近で見た時にはもっと酷く、現実味のない衝撃すらあった。人体の皮膚が焼けた臭い。焼け爛れ、腐ったようにすら見える全身。
 翔が回収された時には、既に意識はなかったが、翔の胸が微かに上下していなければ、生きているとすら思えなかっただろう。
 全身に包帯を巻かれ、それでも滲み出てくる血。閉じられた瞳の片方に巻かれた包帯が、更にその姿を痛々しく見せている。
 そんな姿の翔を見て動揺しない者など、柏木翔の近い位置にいる人間の中には誰1人存在してはいなかった。
 いつも冷静で、不測の事態にも慌てる事の少ない一夏の姉であるIS学園の教師、織斑千冬ですら、翔が運ばれてきた瞬間に、青ざめた表情で力なく壁に背を預けていた程。
 いや、壁に背を任せないと立っていられなかったのだろう。
 唇をきつく噛み締め、握りこんだ拳は白くなる所か、指の隙間から赤い血が滲み出していた。
 それでも叫びや慟哭を口に出す事はなく、淡々とやるべき事をしていく姉の姿が、一夏の脳裏にハッキリと思い出される。
 翔が撃墜(お)とされる原因を作った自分や箒を責める事なく、自分のやるべき事、やらなければならない事をしていく姉の姿を思い出した所で、一夏は思う事があった。

(俺、何やってんだ? 千冬姉ですら自分のやるべき事を理解して、叫びたいのも我慢して、やるべき事をやったって言うのに……翔が俺を助けたのは何の為だったんだ?)

 そこまで考えた時には、セシリアの質問や、自分自身に集められた視線に対しての答え等、既に決まっていた。
 未だに昏睡状態から脱する事のない翔から視線を外し、セシリアを見返した一夏の瞳には、確かに強固な意志が放つ光が宿っていた。
 そこから出てきた言葉は静かなものだったが、しっかりとした意志が込められた力強い言葉。

「行くさ。翔が俺たちを助けた事に意味があるって言うなら、そこで動かなきゃ助けられた意味がねぇ」

 しっかりと強い瞳でセシリアを見返しながら言い放つ一夏に、セシリアは胸の下で腕を組み、満足そうに笑みを浮かべ静かに頷く。

「そうこなくてはなりませんわ。次こそ勝ちますわよ」
「あぁ、当然だ」

 一夏の返答を受け、セシリアはスカートを翻しながら、颯爽と部屋のドアへ向けて歩き出す。

「そうと決まれば作戦会議ですわ。行きますわよ」
「だから、何故お前が仕切ってるんだ」

 呆れた様なラウラの言葉を最後に、全員が翔の部屋を退室し、最後には静かに眠る翔だけが残された。



 涼やかな風が吹き抜け、緑の長細い葉がひらりと舞い散る。
 風によって無数に舞い散る緑の葉の一枚が、自らの頬に舞い降りる感触を覚えた時、柏木翔の瞳は確かに開かれていた。
 瞳を開いてまず最初に目に入ったのは、どこまでも続く竹林と、その竹林の葉が舞い落ちる事によって出来た緑と茶が混在した絨毯が広がる光景。
 その光景の中で、しっかりと翔は二本の足で地を踏みしめている。翔自身の記憶が正しければ、未だ起き上がれる程自らの状態は良くなかったはず。

「ふむ?」

 いつの間にかきっちりと着込まれたIS学園の制服、怪我一つ無い肉体、夏と見るにはどう考えても涼しい気候に、極めつけの様にあたりに広がる緑の光景。
 まるで、日本の時代劇のような竹林の中で、翔は首を傾げながら腕を組み、軽く思考を働かせるが、それでわかるのならば誰も苦労はしない。
 結局、数秒思考に費やしただけで、今のこの状況は簡単に理解出来る事はないと結論を叩き出した所で腕を解き、改めて頭を動かし、辺りを見渡す。
 当然そこには、背が高く物言わぬ無数の竹が存在しているだけで、上を見ても隙間から入ってくる太陽の光だけが翔の目に入ってくる。
 幾重もの長細い葉に覆われた上空は、微かに空が見える程度の光景、無数の緑に微かな青。
 日の光もほんの僅か差し込む程度、当然辺りは薄暗く、それによって気温の上がりは悪いらしく、辺りの温度は非常に涼しい。
 むしろ、少しばかり肌寒いといってもいい程だ。

「解せんな……」

 短く一言で、現状が理解出来ないと呟きつつ、緑と茶色の絨毯へと一歩その足を踏み出す。
 一歩を踏み出してしまえば後は楽なもので、先の見えない無数の緑の道なき道を、ただ足を動かし前へ進むだけ。
 どこまで続くのかわからない道を、その鋭い瞳で捉えつつも、その歩みの速度は変わる事なく、ただ愚直なまでに前へ進む。
 先へ進めば、理解は出来なくとも何かしらの答えは出る。そう思っているのか、その歩みには、得体の知れない場所を歩いているという迷いや、躊躇が全く見当たらない。
 そしてこれまで、そのスタンスでもって、柏木翔と言う人物は今まで生きてきた。
 茶色と緑の絨毯が織り成す独特の足音が止まった時、翔は満足そうな声を上げ、目の前に存在する光景をしっかりと目に入れ一つ頷く。

「やはり、経験則には従うべきだな……」

 腕を組みながら満足そうに頷き、鋭い黒の瞳を向けた先には、竹林を背負った一人の人物が存在していた。
 身体の前で小さく手を組み合わせて、粛々とそこに立っている、深い藍色の着物を纏った一人の女性。
 長く豊かな黒の髪を、長く大きな一本の房にした髪型。女性としては比較的高めな身長。凛々しさを感じさせる輪郭に、今は閉じていてわからないが、その瞳は切れ長の形を連想させる。
 その他のパーツも小さく美しい。身体付きも、着物があまり似合わなそうな体型、つまりは凹凸がよく目立つ体つきである。が、不思議な程にその藍色の着物は彼女によく似合う。
 雰囲気の問題であろうか、落ち着いた雰囲気を全体から感じる彼女は、着物が似合わない体型と言えども、一旦見てみれば、その姿以外を連想するのが難しい程に着物がよく似合っている。
 全体を総合して、評してみれば、結局美人であるの一言だけが思い浮かぶ。

 しかし、気になるのは、感情の起伏が全くと言っていい程に見当たらない事、それだけが唯一気にかかる点である。
 友人や隣人と言うには遠く、他人と呼ぶには近い。それほどの距離で翔は足を止め、目の前の女性を評しながら静かにその姿を見据える。
 何事にも慎重で、冷静な翔にしては、初対面で取ったこの距離はそれなりに近い方。
 その事を理解して、翔自身不思議な疑問を抱える。それは即ち、初対面にして翔に近い距離を取らせるこの女性の雰囲気だ。
 無駄に警戒心を抱かせず、自然と翔にこの距離を取らせた女性は、翔の中で不思議なまでの親近感というか、そういう物を抱かせた。
 ……が、その距離は相手の女性としては不満というか、納得がいかなかったらしく、翔が適切だと思った距離を更に縮めるようにして、五歩その距離を埋める。
 距離を埋めた事によって、隣人よりも近く、ただの友人と呼ぶにしてもまだ近い。それ程の距離まで来た時、女性の瞳は静かに開かれた。

 深い藍色の着物に合わせたような、藍色の瞳。
 その瞳は、ある種の冷たさ、感情の少なさが感じさせる冷徹さのようなものが存在していた。

「ふむ……」

 意味があるとは思えない一言を、翔が短く発し、女性と翔の間に、涼やかな風が吹き抜ける。
 ふわりと風に踊る女性の髪と、長細い新緑の葉は、奇妙なまでの一体感を感じる光景であり、緑の葉が作り出す壁を越えて、藍色の瞳と黒の瞳は、確かに混じり合っていた。



 海上二〇〇メートル上空で繰り広げられている激戦、その戦況は、不利。正にその一言だった。
 一夏、箒、セシリア、鈴音、シャルロット、ラウラ以上の六名が全員で相手にしている機影は、たった一機。
 銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)と呼ばれる機体だけなのだが、それにも拘らず戦況は不利の一言。
 原因の核として、機体の形が、福音を翔が相手をしていた時とはシルエットが全く異なっていた事が、一番大きな原因である。

 今でこそ不利だが、一番最初に接触した時には、どちらかと言えば一夏達が有利という形で状況は動いていた。
 遠距離からの砲戦を意識した、砲戦パッケージ『パンツァー・カノーニア』を装備した、シュヴァルツェア・レーゲン。
 大型BTレーザーライフル《スターダスト・シューター》を持ち、強襲用高機動パッケージ『ストライク・ガンナー』を装備したブルー・ティアーズ。
 実体シールドとエネルギーシールド、計四枚のシールドを備えた防御パッケージ『ガーデン・カーテン』を装備したリヴァイヴ・カスタム。
 衝撃砲の機能増幅パッケージ『崩山』を装備し、火力は申し分ない甲龍。
 そして、極めつけに第四世代型ISである紅椿と白式。

 単体で見てみても、かなり強力な機体ばかりのメンバー。
 それに付け加えて、各自の役割もきっちり分断されている。
 以上の理由から、福音を圧倒する働きをしていた。
 ラウラが遠距離からの砲撃、その合間を縫ってセシリアが強襲、銀の鐘(シルバー・ベル)の弾雨はシャルロットが遮り、手数と火力は鈴音が補う。
 それらによって出来た隙で、白式の零落白夜がシールドを切り裂き、そこを紅椿が突く。
 連携ではなく、個々が己の役割をきっちりとこなす事による戦略でもって、一度は福音を海へと叩き落とす事に成功した。

 しかし、そこから先が問題だった。
 海に落とされた後、福音は『第二形態移行(セカンドシフト)』を終え、翼がエネルギー体となったその機動力に翻弄される形となった。
 そして刹那の時間で、まずラウラがそのエネルギーの翼に抱かれ、海へと墜ちた。
 それを契機に、シャルロットが、セシリアが青い海へと沈められた。

「くっそ! 一体どうしろって言うんだ!」

 途切れる事なく襲いかかるエネルギー体の弾を、避けながらも、接近する隙を見せない福音に、一夏は唇を噛み締める。
 悪態を吐くだけでセシリア達が帰ってくるなら、いくらでも吐く、だが、そういう訳にもいかない。
 目の前で仲間が倒れていく光景を様々と見せつけられた一夏の表情は、自分自身に対しての失望をありありと浮かべていた。

 そんな一夏の表情を見て、目の前で仲間が墜ちていくのを見て、黙っていられないのが、篠ノ之箒と言う女性である。

「私が……私がやる!」

 決意を込めたその言葉と共に、使用者の意志を汲み取ったのか、紅椿は局所の装甲の形を可変。
 ブーストを用いるのに適した形をとった紅椿は、福音へと肉薄。
 両手に持った刀でもって接近戦を仕掛けるが、単純な軌道の斬撃は福音の圧倒的なまでの機動力によって回避される。
 しかし、得物を二本持っていると言う事のアドバンテージは一撃の重さではなく、接近戦においての手数こそが絶対的なアドバンテージなのだ。
 一つ当たらなければ二つ、二つ当たらなければ三つ、三つ当たらなければ四つ。
 両手に持った得物が当たるまで、その攻撃の手は休む事がない。それこそが、取り回しの良い得物を二つ持つという意味である。
 対して、福音の機動力も伊達ではなく、その無数の斬撃を、向上した機体の性能と的確な読みでもって、回避を繰り返す。
 空いた隙間には、攻撃をねじ込むと言う芸当すらやってのける福音は普通ではない。

 しかし、それでも展開装甲と言う出鱈目なもので全身を構成している紅椿は、それすらも凌駕しうる機体なのか、局所で形を可変させブーストさせる。
 それによって、どう考えても無理な体勢での回避も可能とし、それはつまり、予測し得ない方向からの斬撃をも可能とする事。
 回避から呼吸を置かず攻撃へと転じる事も可能な紅椿という機体は、徐々にではあるが、福音を追い詰めるに至る。

「すげぇ……手が出せねぇ」

 出力を上げ、無数の剣戟でもって福音を追い詰める箒の姿に、一夏は感心と驚きの声を漏らす。が、そんな一夏の耳に、不吉なまでの機械音が届く。
 システムがダウンしていくような音を、一夏の耳が捉えた瞬間から、一夏の体は自然と動いていた。
 徐々に色を失っていく紅椿を視界に収めながらも、一夏は白式を急加速させ、福音に首を掴まれた箒へと手を伸ばす。
 エネルギーの翼がゆっくりと箒を包み込んでいく光景を捉えながら、一夏は己の声を他人事のように聞いていた。

「これ以上……これ以上俺の仲間をやらせるかぁ!」

 己の叫びと、スローモーションの景色の中で、一夏は不思議な感覚を捉える。
 感覚が伸びていくような、時間が延びていくような、そんな感覚を。
 時間が引き伸ばされたような感覚の中で、一夏は確かに見えた物があった。
 砂浜に立ち、静かに一夏へと微笑みかける白いワンピースの女の子。その隣に並ぶ白い騎士のような女性。
 そんな光景が一夏の視界を通り過ぎた瞬間、纏われていた白式の装甲が、白の粒子となって霧散。
 その刹那の後に、またしても白の粒子が一夏の肉体へと殺到し、その装甲を再展開していく。

「その手を、離せぇぇぇっ!」

 言葉と共に白の光から抜け出した白式のシルエット。
 それは今までのシルエットとは全く異なったシルエットとして、一夏の肉体を覆っていた。
 更に大きくなった翼に、左手に存在してる武装《雪羅》と言うらしいその武装は、一夏の左手を覆うように存在し、左手の先に存在するのは、明らかに砲身としての役割を持っている形だった。
 それを理解するよりも早く認識した一夏は、その砲身の先を、エネルギー体の翼で箒の全身を被っている福音へと、迷う事なく向け――発射。

 砲身から射出された太い粒子の帯は、寸分の狂いもなく福音へと吸い込まれる。
 突然の事に箒の手を離した福音だが、回避行動を取るには既にその動きは遅い。予測もしていなかった荷電粒子砲の砲撃を受けた福音は、そのままの勢いで空を吹き飛んでいく。
 自らの首を掴み、エネルギー体の翼で全身を覆われていたはずの箒は、呆然とした表情で、傍に寄ってきた一夏へと視線を向ける。

「いち、か……お前、それは」
「あぁ、何か知らねぇけど形変わっちまった……あ、それと、言い忘れてたから今言うけど、そのリボン、よく似合ってんじゃん」
「ば、ばば馬鹿者! い、今言う事ではないだろう!」
「ははっ、それもそうか」

 風に揺れる箒のリボンは、無断出撃前に、一夏が箒へと誕生日プレゼントとして送ったものだ。
 やっぱ、その髪型がいいな、等と頷いている一夏に、赤い顔でそれを咎める箒。
 そんな箒の言葉を受けて、一夏もそれに頷き、福音の吹き飛んでいった方向へと視線を向ける。
 そこには、すでに体勢を立て直した福音が、警戒するように一夏へと視線を向けていた。
 右腕一本で持っている《雪片弐型》を、確かめるように数回振った後、福音に対して半身に構えながら、雪片を前へ押し出し、切っ先を福音へと向けるようにして構える。

「じゃ、行くわ。まだ終わってねぇしな」
「……あぁ」

 強い決意の光が輝く一夏の瞳を、呆けた表情で見つめる箒に、一夏は少しばかり笑いかけ、そのまま箒を背に庇うようにして箒の前へ出る。
 自らを守るようにして立つ一夏の背中に、箒は思わず意識を飛ばしそうになるが、それは状況が許さないらしい。
 一夏と睨み合うようにして視線を交わしていた福音が、構えている一夏へ向けて、急加速を敢行。そして、それに立ち向かうようにして、一夏も自らの新しい機体、白式第二形態・雪羅を福音へと向ける。

「改めて、第二戦といくか!」

 高揚したような一夏の声が、空に響き渡った。



 沈黙が支配する薄暗い竹林の中で、黒と藍色の瞳が交じり合ってから、何分若しくは何時間かもしれないが、どれほど時が経過したのか曖昧な感覚の中で、翔と藍色の瞳を持つ女性は、飽きる事なくその視線を交差させたまま、互いに沈黙を守っていた。
 翔が見た所、自らの記憶の隅々を辿っても、目の前にいる女性と一致する顔は存在しない。にも拘らず、距離を詰められて不快感を感じない妙な親近感、それの出処を探る事に思考を傾けていると、唐突に目の前の女性の口が開く。

「貴方は……何故貴方は前へ進もうとするのですか?」
「ふむ……」

 柏木翔という人物は、ただ愚直なまでに邁進し、前へ進む。
 その為に剣を振るい、その為に意志を貫き通し、その為に折れる事も曲げる事もしない。
 その事を知っているような女性の口調に、思考を傾けそうになるが、質問を受けているのは自分の方だと思い直し、藍色の着物が似合い、それでいて涼やかな感情のあまり伴わない美しい声に応える。

「まだ見ぬ未来を切り開く、それが剣を振るう理由だからだ。故に俺は前へ進む」
「前へ進む為に剣を振るっているのではないのですか?」
「違うな、俺はそこまで高潔ではない。剣を振るう理由を探した結果として、明日を見る為という理由を見つけたに過ぎん」

 前へ進む為に剣を振るうのと、剣を振るう為に前へ進む。
 これら二つは、言葉の上ではよく似通っているが、その中身は全く違う。
 剣を振る理由が前へ進むためと言うのは、自らが前へ進む為に剣という手段を使うこと。
 対して、剣を振るった結果、自らが前へ進んだ。これは、剣を振るうと言う目的を達した結果、自らが前へ進んでいたと言う事。
 両者には大きな隔たりがあり、またそれを聞く他者の感じ方にも違いが出てくる。

「では、貴方の剣は、自分の為にこそ存在している。という事ですか?」
「そうだ」
「ですがそれでは、あなたを慕う者達を裏切る事になりませんか?」
「かもしれんな。だが、人は自分の中にある強さを自分で見つけ、そして自分が力を行使する理由を見つけなければ、それは弱いままだ」

 鋭い黒の瞳は、揺らぐ事なく女性を見据えたまま、そして、その口からは自らの信念を曲げる事のない意志が込められた言葉が、つらつらと出てくる。
 そんな変化のない翔に対して、変化を見せたのは女性の方だ。
 少しばかり眉を顰めて翔を見る女性は、今現在、翔に対していい感情を持っていないような雰囲気さえ感じる。

「貴方の剣は誰かを守る剣ではないのですか?」
「結果的にそうなっているだけだ。それは俺が剣を振る理由ではない。俺は、自分の為に剣を振るっている」
「自己満足の剣ですか」
「そうだ。しかし、それも強さだ。自分の為に振るう剣。他者の為に振るう剣。どちらも尊い物だと思うが、違うか?」
「違わないとは思いますが……」

 翔の言葉に、目の前に女性は、黒の髪をゆらりと風に揺らしながら、言い淀むように言葉を途切れさせる。
 そんな女性を目の前にして、翔は初めて表情をふっと笑みの形に変化を見せる。
 笑みを浮かべたまま視線を女性から外し、組んでいた腕を解いて、緑に覆われた空を見上げる。

「それに大事なのは、自分が定めた力の使い方を間違っていないかだ」

 そう言って軽く笑みを浮かべる翔に、目の前の女性は少しばかり瞳を見開き、そして笑みを浮かべる。
 浮かべた笑みはそのままに、女性は自らの方へ視線を戻した翔へと向けて、組んでいた手を解いてその片方を翔へと差し出す。

「やはり、貴方は私の相棒ですね」
「そうか……漸(ようや)く合点がいった。お前は……」

 翔へと手を差し伸べ、少しばかり嬉しそうに笑う女性を見て、納得したように言葉を続けようとした翔を、目の前に女性が、差し伸べた手とは逆の手の人差し指を、自らの唇に当てる。
 緑を背負いながら、秘密ですよ? と言わんばかりの仕草を見せる彼女は、確かに凛としながらも美しい女性であった。

「では、剣を振るいに行きましょう?」
「ふむ、そうだな……少しばかり寝すぎた」
「私と貴方ならば楽勝ですね」

 感情にあまり起伏のない声なれど、その女性の声に翔は笑みを浮かべ、躊躇なくその手を取る。

「当然だ」



 鋭い黒の瞳が開き、まず最初に目に入ったのは、部屋の天井。
 人工的なその光景を見て、自らの体が横たわっている事を認識し、その後上半身をむくりと起こし、体に掛かっている布団を引っぺがす。
 幾分か乱暴に布団を押しのけた人物は、今の今まで昏睡状態に陥っていた柏木翔、その人だった。
 意識が戻り、自らの体が動く事を確認した翔は、全身を被っている包帯はそのままに、部屋を歩き回り、何かを探すようにして辺りを見渡す。

「ふむ、俺のISスーツはやはりないか……仕方ない。制服で行くか」

 特に残念にも思っていないような口調で呟きを漏らすと、血の滲んだ包帯はそのままに、IS学園の制服を着込んでいく。
 きっちりと制服を着込んだ事を確認し、待機状態の零式をポケットの裾に挟み込む形で装着。
 準備が完了したのを確認し、畳をしっかりと踏みしめながら、翔は静かにその部屋を後にした。
 パタリと閉まるドアの音が、ひっそりと静まり返った旅館の廊下に響き渡るが、それに構う事なく、翔は確りとした足取りで、ある部屋へとその足を向ける。
 その部屋とは、当然の事ながら今現在教員達が詰めている部屋である――風花(かざはな)の間。

「さて、納得してくれるかどうか……ある種賭けだな」

 廊下を歩きながら静かに呟かれたその声に答える者などいない……筈だったのだが。

『ですが、行くのでしょう?』

 廊下を歩く翔の姿以外には、人影はなかったにも拘らず、感情の起伏が少ない女性の声が廊下に響き渡る。
 そして、そんな声に驚いた様子すら見せず、翔はその声に答えを返す。

「当然だ」
『態々危険に飛び込む等、私には理解しかねますが……』
「だが、結局付き合ってくれるのだろう?」
『仕方がありません。それに……』

 機械的とも言える冷静なその声が言葉を切ったそのすぐ後に、襟元を人差し指でぐっと引きながら、翔もそのセリフに便乗する形で声を乗せる。

「俺達ならば楽勝だ」
『私達ならば楽勝ですね』

 声を揃え、そう言い切った翔は少しばかり満足気に笑みを浮かべている。
 自信に溢れていたその足を止め、目の前に存在する風花の間の扉を躊躇なく開いた。
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コメント有難う御座います! 

引越しの労いありがとうございます。
あっくすぼんばー改め、ひろっさんです。

黒衣の侍から知って、更新を楽しみいただいていたとは、嬉しい限りです。
私の作品を楽しみにしていただけて、態々追いかけてきていただいた事、本当に有難う御座います。
かく言う私も、現在必死にお気に入り登録している作者様達の足取りを追っている読者の立場でもありますw

足取りを追う立場でありながらも、追われていたとは、本当に嬉しい限りですw
作者冥利に尽きるとはこの事でしょうか……。

頑張らせていただきますよー。
個人のブログになってしまったので、投稿していた時よりもまったりになってしまうかもしれませんが……。
ではでは、コメント有難う御座いました。

 

なろうから追いかけてきました

携帯観覧なのですが、本文が最後まで表示されません、出来たらでいいのですが、○○斬-1、2のように、分割してはいただけないでしょうか?

PC環境がないもので、是非御一考お願いします

NoTitle 

引越し完了おめでとうです(´∀`*)
これからも楽しみにしてるんで、(更新)ヨロシクです(≧∇≦)/

NoTitle 

引っ越しお疲れ様!
いろいろな方が引退するなかこうやって続けていって下さってありがとうございます。
これからも応援しています。

NoTitle 

引越しお疲れ様です。
これからも頑張ってください。かげながら応援しています。

お疲れさまです! 

更新を毎回楽しみにしてます!(*^^*)


これからもがんばってください!

NEXTプリーズ 

お疲れ様です、次話も期待してますので更新頑張ってください

心待ちにしています。 

にじふぁんから移転していたことに先程気づきやってきました。
続きを楽しみにしてます♪
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