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「魔法少女リリカルなのは ~刻まれた者と物~」
無印王様転生編

第四話 俺の両親の話とか

 ←三十斬 漢には相棒がいるものだ →せいぞんほうこくー
 朝日向透矢が自室のベットで目を覚ました原因は、目覚ましでも母親の声でもない。
 無駄に元気で高い声が頭の中で響いた事。紛れもなくそれが原因だった。

「あぁ?」

 思った以上に不機嫌そうな声が口を突き、それと共に灰色の掛け布団を捲り上げ、朝の空気を感じながら上半身をむくりと起こす。
 その間にもまだ頭の中でガンガンと響き渡る声を、さらりと流しながらベッドの上で両腕を伸ばし、朝の空気を肺一杯に取り込みつつ、欠伸。
 カーテンに仕切られた大きな窓の先には、昨夜飛び出したベランダが存在する。
 そんな窓のカーテンの隙間から漏れ出た朝の日差しが透矢の鋭い黒の瞳に差し込み、その眩しさにすっと瞳を細めつつ床に降り立つ。

《答えないのですか?》
「もう少し放っておきゃあいい……完全に目が覚めぇねぇんだ」

 目覚ましが原因で起きたのではないにしろ、既に二度寝と言う時間でもない。
 ぐっと全身を解す様に腰を捻り、ぱきんぱきんと小気味良い音を鳴らした後には、足全体の筋を伸ばすように上体を前へ倒す。
 軽く全身を伸ばし終えた後にベッドへと向き直り、枕のそばに置かれた目覚まし時計のスイッチをOFFへと切り替える。
 カチリと言う軽い音と共に、目覚まし時計は声を上げる事なく今日の役目を終えさせられた。
 長袖長ズボンの装飾が少ない黒のパジャマを纏った透矢の足が、ベランダが存在する窓へと向き、カーテンに仕切られた窓の外を見たいのだ! と言わんばかりに勢い良く布を開く。
 カーテンレールを滑る軽い音が、これ以上ない程に朝である事を意識させるのは何故なのか。
 その事について興味は尽きないものの、透矢の視界一杯に入ってくる透明感溢れる光の前では、その様な事は些事。

「くっふぁ~……眠ぅ」
《足取り良好、言動にブレは無し。完全に目が覚めているのにまだ呼び掛けを無視するとは、自分勝手極まる鬼畜野郎ですね、トーヤは。どうせ顔を洗って、朝ご飯を食べて、完全に学校へ行く準備が整うまで応えないつもりなのでしょうね》
「クハックハッ……お前よく自分追い詰めるよなぁ、つまりお前は、そんな自分勝手の鬼畜野郎の下にいるわけだな?」

 くははっと軽い笑い声を上げ、フォルスへと振り返った透矢の表情は予想通りと言うか、何時も通りのへらりとした緩い笑み。
 明らかな悪口を言われたにも拘らず、その事を気にしている雰囲気は微塵もない。
 今まで朝日を身体の正面で受け止めるようにしていた窓に背を向け、へらりと笑みを浮かべるその顔は、逆光によって薄暗いヴェールが降りている。
 しかしその雰囲気は如何にもカラッとしたもの、朝日向透矢と言う男はいつもそうである。
 フォルスから出てくる悪態を押さえ付ける時もあるが、それすらある程度のスキンシップと認識している場合が殆ど、本気でその悪態に取り合った事等無いのだ。
 同時に、人の言葉をいきなり頭ごなしに否定する事も、実はあまりない。
 一度その言葉を受け入れ、自分なりに吟味してからその発言の有用性を下す。
 有用だと判断すれば、それを自然と受け入れ、不要だと判断すれば、再考の余地なく切り捨てる。
 朝日向透矢という男は、それが出来る男であり、その様な九歳児等何処にもいないのが普通なのだ。
 幼い頃に色々とあり、精神的に成長している高町なのはや、その友人達でさえ透矢の居る領域に足を踏み入れていない。
 全てを一度受け止め、その中で必要だと思った事を必要なだけ取り出し、残った無駄は捨てる。
 それを躊躇なく行える。それが朝日向透矢と言う男である。

《うむむ……そう言われると何か釈然としませんね。分かりました。それは撤回しましょう、最低の自分勝手野郎ではなく、ただの自己中心野郎にしておきましょう》
「えらくまた普通な評価に落ち着いたな……まぁ、いいか、取り敢えず着替えるか」
《…………私、一応女性人格型のAIなんですけど》
「今更だろ」

 こうして軽く言い合うような関係に落ち着いている現在だが、今になってさえフォルスは己の主が怖かった。
 機械であるフォルスでさえ、朝日向透矢と言う人物に対して、この上なく怖いという印象を受けているのだ。
 雰囲気や容姿が怖い訳ではなく、フォルスが怖いと感じるのはその思考や精神、そして九歳だとは思えぬほどの判断力に決断力、才能。
 その全てが普通の九歳の男の子と言う範囲から逸脱しすぎている。
 フォルスを拾ってから、フォルスの中に登録されている魔法のプログラムを幾つか理解する理解力、自分勝手と自己中心の違いを自分なりに理解している概念の応用力。
 そして何より、九歳の肉体の限界を超えないラインで鍛えられている肉体を見れば、その逸脱具合は容易に理解出来る。
 この場合、九歳の限界の肉体を持っている事がおかしいのではなく、九歳の限界を超えないラインで身体を鍛えている事が何よりもおかしい事なのだ。
 肉体が鍛錬の結果についてこないと言う事を確りと理解している事の何よりの証拠であり、その状態でもかなりのスペックを誇っている。
 そして、肉体が鍛錬に耐えられる時期を迎えた時、恐らく透矢はセーブしていたラインを取り払うのだろう。

 白が基調の学生服に袖を通し、のっそりと動いているようで鋭い黒の瞳を光らせている透矢が、フォルスは何よりも怖いのだ。
 普段は気が抜けているようで居て、確りと個は保っている。
 流されているようでいながらも、いざと言う時は個を貫く。
 掴めそうで掴み所のない、九歳にしては反則的なスペックを持つ自らの主が、何よりも誰よりもフォルスは怖かったのだ。

「さーて、そろそろ顔洗って飯でも食うか、今日も宜しくなー。相棒」
《了解です》

 いつも来ている白が基調の制服に身を包んだ透矢に軽く持ち上げられ、軽く掛けられた挨拶にフォルスも蒼く発光し応えてみせる。
 その声には恐怖等微塵もなく、極々普通のトーン。
 しかし、フォルスは今でも透矢が怖いのは真実である。が、信頼していないと言えば嘘になるし、信用していないと言えば、またそれも嘘だ。
 結局、フォルスが機械でありながらも一番怖いと感じる者がフォルスの味方……と言う事なのだ。
 そして、黒のひし形プレートに蒼い玉が埋め込まれたデバイスは、今日も今日とて定位置である制服のポケットにねじ込まれて、新しい一日を過ごすのだ。



 身体が小さく、現在小学生である透矢が立てる足音は軽い。
 階段を下りるトストス、と言う小さい音と共に、透矢はさして広いとも言えない階段を毎朝下りて、そこから繋がるリビングへ顔を出し、朝飯を食らう。
 しかし、階段を下りる軽い音は小学生らしい足音なのだが、その姿は小学生とは言えないほどの雰囲気。
 後頭部を右手で掻きながら、欠伸をかまして下りてくるその姿は、休日のサラリーマンもかくやと言うほどの雰囲気がある。
 片手に牛乳か新聞でも持っていれば完璧だろう。

「んー、今日は先に顔洗うか……」

 ボケっとした声音を廊下で一人響かせ、その足取りを洗面所の方へと向ける。
 その間にも、ベッドの上で起床してから響き続けている甲高い声は、未だ止む事なく透矢の頭の中に鳴り響いている。
 だが、全く気にした風もなくフローリングの床に、ぺったらぺったらと足を置いていく透矢は、正しく大物か人でなしかのどちらかである。
 頭の中が少し騒がしい朝は、いつも通りとはいかないまでも、透矢的には何か一つスパイスが増えたと言う程度の認識。
 ハッキリ言うならば、概ね何時も通り、と言う訳である。
 魔法と言うものと出会った時もそうだったと、軽く思い出す。
 公に使えない力等、持っていても特に大きな意味のない力であり、持っている事で透矢の生活が大きく変わる事等なかった。
 それこそその時も概ねいつも通りであり、同じ力を持つ者が増えた所で、やはり概ねいつも通りなのだ。
 尤も、魔法という力を手に入れた時の透矢を見たフォルス等は、無感動な子供すぎる等と、少しばかり呆れていたが……。

 等と少しばかり昔の事を思い出しつつ、脱衣所兼洗面所のスペースと廊下を隔てる一枚のドアのノブを引っ掴む。
 朝日向家のドアは、引き戸以外全てノブを上下させるタイプのドアであり、当然の事ながら洗面所へと通じるドアも例外ではなく、棒状のノブを引っ掴んだ透矢は、躊躇なくそのノブを下へと押し込む。
 かちゃりと軽い音を立てて抵抗の無くなったドアを前へと押す。抵抗なく開く扉は軋みも上げる事なく、蝶番は未だに元気である事を感じる。
 そもそも朝日向家はこの場所に家を建ててから、そう長い時間は立っていない。

 さっさと顔洗って……等と考えながら、するりとドアを抜けて身体を洗面所へと滑らせるようにして入れた透矢の視界に、誰かのものと思わしき足元が視界に入り込む。
 明らかにスーツのスラックスである物を履いている足元を視界に入れた透矢の眉は、みるみる内にへの字へと曲がっていき、ついにはその眉間に小学生に似合わない皺が刻まれる。

「ん? おぉ、透矢。おはよう」
「……あぁ、おはよう。父さん」

 声を掛けられ、それが予想通りの人物であると認識した透矢は、視線を上へと向ける。
 まず目を引くのは青年とでも呼べそうな程に若い顔つき、そして透矢にも共通する黒の鋭い瞳。
 髪は透矢と違い、クセがなく艶がある綺麗な濡れ鴉の羽のような黒髪。
 身長も高く、今の透矢では到底追いつかない程の身長に、スラリとした体躯。
 優男の様な雰囲気もありながら、凛々しさすら感じる独特の雰囲気を併せ持つ格好の良い男性、それこそ朝日向透矢の父親である、朝日向陽次。

 全体的に格好よい立ち姿に、隙のない振る舞いを見せながらも、愛嬌が理解出来る透矢の愛すべき父親である。
 若々しく整った容姿、そしてクールに立ち振舞う姿は仕事先でも人気らしく、陽次が既婚者である事を嘆く女性新入社員が後を絶たないと専らの噂だ。
 実際仕事中の陽次はとても格好の良い姿であり、これが自らの父親だと思えば、透矢としても誇らしい気分でいられるのだが、唯一陽次には欠点というか、困った所があり、それこそが透矢が眉を顰(ひそ)めた原因でもある。

「待ってろーもう直ぐ父さんも顔洗い終わるからな……ん、よし終わった」
「じゃあ、退いて、俺も顔洗うから」

 透矢の姿を鏡越しで認めた陽次は、直ぐ様顔に蛇口からだばだばと出ている水を掛け、自らの顔に付着した水滴を拭う事なく終わりを宣言する。
 ここまでは問題がない。例え水滴が形の整った顎を伝って、Yシャツに落ちていようが、透矢としては何の問題もない事だ。
 後でもう一人の家族に陽次が叱られるだけであって、透矢には何の関係もない。

 問題はここからだ。
 陽次が洗面台から身体をズラし、そこに透矢がポジションをとった瞬間から、それは始まる。

「よーし、透矢、父さんが今抱えてやるぞ!」
「いや、踏み台常備してるから大丈夫だって……」
「何を言う! もし踏み台から足を踏み外して透矢が怪我でもしたらどうするんだ!?」
「足踏み外すほど抜けてないし、そもそもこれ位なら踏み外しても怪我なんてしないって」
「そうか……いやっ、いやいや! やはりダメだ! 踏み台なんぞに透矢を支えさせるわけにはいかん!」
「いい加減、先人の生み出した踏み台っていう道具を信頼してあげてくれ」
「ダメだ! 所詮無機物等信頼出来ん! こいつらはすぐに裏切る!」
「今の発言で自分の会社で使ってる機械を敵に回したよ、父さん」
「俺の会社の機械等どうでもいいんだ。透矢に関わる無機物は信頼していないがな! いつか透矢を傷つけるに違いない!」
「ダメだ、この父さん早く何とかしないと……」

 やれやれと肩を竦めて首を左右に振る透矢、そんな透矢の父親である陽次の唯一にして最大の困った所。
 それは見てみれば一目瞭然で、尋常ではない程に子煩悩と言うか、子供である透矢に対してダダ甘な所が困った所である。
 仕事を定時でいつも上がるのは透矢と遊ぶ為、休みを取るのは透矢を何処かへ連れて行くため、お金を稼ぐのは透矢のため。
 基本的に行動の主軸を透矢で考えるのが、陽次の困った所であり、その際には仕事で出すクールな振る舞いも霞と消える。
 そして始末に負えない所が……。

「よーし、結論は出たな。安心して顔を洗え、透矢」
「あっ、こら、離せ父さん」

 言葉と共に洗面台に立つ透矢の脇に両手を差し込み、ひょいと抱え上げる陽次に対して、透矢はじたじたと暴れるが、そのホールドはビクともしない。
 始末に負えない、そして透矢が最早諦めざるを得ない原因の一つとして、陽次は異常なまでに力が強いのだ。
 そして、理不尽なまでに強い。
 武道や武術の様な体系的な事をやっていた訳ではないというのに、只々圧倒的なまでに強いのが、朝日向陽次と言う男なのだ。
 無論その血は透矢にも確りと受け継がれているのだが、如何せん体格が違いすぎる。
 九歳にしてはかなり力が強いほうである透矢でも、陽次のホールドから全く逃れる事が出来ない。

「あっはっは、透矢はやっぱり力が強いなぁ、流石父さんの息子だ!」
「あー、もう……分かった。今洗うから、もうちょっと下げて」
「おぉ、スマンな……これぐらいでいいか?」
「あぁ、ありがと」
「おぉ……透矢が俺に礼を……美耶に自慢しよう」
「それはやめて」

 何故だか透矢に礼を言われた事に関して、透矢を抱え上げたまま感動に打ち震えている陽次。
 そんな陽次が自慢しようとした人物、朝日向美耶こそ、透矢の母親であるわけだが、その人物に透矢が助けを呼ばなかったのも、ちゃんとした理由がある。
 当然予想出来るとは思うが、その理由は陽次と同じであり、助けを呼んでも全く意味のない助けになる。
 それ所か、今の状況が更に酷いものへとなってしまう可能性すらあるのだ。

 朝日向陽次と朝日向美耶、この二人は基本的に仲がいいのだが、その間に透矢と言う存在が入ると、妙な雰囲気なる場合が多々ある。
 例えば着せる服のセンスが食い違った時等は、夫婦喧嘩に発展する時すらある。
 しかし、何度も言うが基本的に夫婦仲は良好なのだ。
 自らの子供に対して、妙に行き過ぎた所があるだけ、只それだけなのであり、透矢をきっかけとした夫婦喧嘩も、収まってしまえば何事も無かったかの様に振る舞える。
 そんな二人なのだ。
 結局、そんな二人なのだから、陽次が言ったように美耶に今の事を自慢すれば、簡単にその先が予想出来る。

 最後にはどちらが今までに礼を言われた回数が多いか、等と言った他人から見ればくだらないとさえ言える事を基点とした夫婦喧嘩が始まるのだ。
 歯磨きを済ませて、ざばざばと水を顔に掛けながら、透矢は夫婦喧嘩の様子を思い描く。
 本当に自分の親ながらため息が絶えない……等と思いながらも、両親に感謝している透矢は、今日もその事に口を閉じながら、寝癖で立ち上がった髪を水に濡れた手で撫でつけるのだ。

 鏡で見た所特におかしな所もなく、今日も子供によく合うつるんとした肌を確認し、髪も変に立ち上がった所が無い事を確認する。

「父さん、もういいから下ろして」
「ん? もういいのか? まだ寝癖があるんじゃないのか?」
「いーんだよ。俺は父さんみたいに癖のない髪の毛じゃないんだから」
「むむむ……そうだ! このまま肩車してリビングに行くってのはどうだ!」
「何名案みたいに言ってんだ、父さん。当然そんな意見却下」

 力強く自分の名案を話して聞かせる陽次の言葉を、当然ながら透矢はにべもなく切り捨ててみせる。
 残念そうに少し眉尻の下がったような鋭い黒の瞳と、ぴしゃりと断ってみせる意思の強い黒の鋭い瞳が鏡越しに交差する。
 こういう場合に強いのは透矢の方であり、透矢がこうと決めた事に陽次が意志を割り込ませる事はない。
 鏡越しに見た陽次も、やはり例に漏れず非常に残念そうに肩を落としている。
 しかし、肩を落とすだけで、強行しようという意思がなく、透矢の言葉を尊重して小さなその身体を地面へと静かに下ろす。

 透矢はもっと小さい頃から確固とした意思があり、当然だが両親に肩車をせがんだ事も、抱っこをせがんだ事もなかった。
 それが積もり積もったのか、陽次は、親子でする肩車と言うものに並々ならぬ憧れがあった。
 何せ一度として透矢を肩車した事がないのだ。
 自分で歩けなかった時期に抱き上げたりした事はあったのだが、それすら瞬く間に過ぎ去っていき、ついには陽次達が抱き上げなくとも勝手に移動する事が出来るようになっていた。
 その成長速度は、普通の赤子から見れば、尋常ではない程に早いものだった故に、陽次達が透矢を抱き上げたりしていた期間は本当に僅かな期間だったのだ。
 普通の親子がするようなやりとり、それに尋常ではないほど陽次が憧れたとしても仕方がない事なのだろう。

 しかし、当然透矢にとってそんな事は知った事ではない。
 憮然とした表情で陽次を振り返り、両手を腰に当てて睨み上げるが、そんな透矢の表情にさえ、陽次の表情はでれっとだらしなく崩れ去る。
 どうやっても御し様のない陽次の態度に、透矢は結局ため息を吐くだけで、後はどうしようもない。
 朝日向透矢の両親は、すでに手遅れなのである。

「よし、リビングまで手を繋いでいこう! それがいい!」
「いやいや、その前に顔拭けよ、父さん。そのままリビングに顔出したらまた母さんに叱られるぜ?」

 子煩悩前回の陽次に対して、冷静な意見を述べる透矢の言葉に「うぉあ! ホントだっ!」等と声を上げ、急いで洗面台の少し上に掛かっている白いタオルで己の顔を拭き始める。
 子供ばかり見て他の色々な事に目が行っていない自分の父親が顔を吹いている間に、透矢は一人さっさと洗面所から出て行く。
 その間にも頭の中には未だ甲高い声が響いており、それにも特に反応を見せる事なく、またぺったらぺったらとキッチンの方へと透矢は足を向けた。



 朝日向家の家はそう大きくもないが、小さ過ぎるという事もない。
 三人が住むには十分でありながら適切な広さが確保されている。
 そんな朝日向家のリビングは、ダイニングとキッチンが仕切られていない間取りとなっており、キッチンとダイニング側、リビング側の二つに入口が存在している。
 廊下と部屋を仕切る扉はなく、誰かが入ってくれば、その姿が一目でわかる作りとなっている。
 ぺったらぺったらと洗面所から歩いてきた透矢が入ったのはキッチン側の入口で、そこを選んだのは特に意味がない。
 強いて言うなら、洗面所側から廊下を歩いてくれば、キッチン側の入口の方が近い。ただそれだけの事だ。
 ちなみに、家の玄関から歩けばリビング側の方が近く、リビング側の入口から廊下を出てすぐ右手が玄関になっている。

 キッチンへと足を踏み入れた透矢の視界に映るのは、幾つかの背の高い食器棚と、何処の家庭にもありそうな長方形の大きなテーブル。
 ご丁寧に椅子が四脚存在するその様は、何の変哲もなさすぎる光景であり、何処かのドラマのセットかと思える程、基本に忠実な光景である。
 ドラマのセットかと思えるほど見事なテーブルと椅子のセットの近くに存在するキッチンには、当然ながら人が存在する。
 今は朝御飯時の時間なのだ。

 パタパタとキッチンを右へ左へ目まぐるしく動き回る人物は女性であり、長く豊かで少々クセのある黒髪をゆらゆらと揺らす姿が印象的。
 背はそう高い方ではないが、低過ぎると言うわけでもない。
 透矢から見える横顔は、女性らしく柔らかな輪郭に、目尻の下がった優しそうな黒の瞳。
 メリハリのあるボディラインは、白のブラウスと大きめのゆったりとした淡い青のスカート、そして白色のエプロンに包まれている。
 透き通るのではないかと思う程に白く綺麗な肌の色は、多くの女性に羨ましがられる。
 そんな、美女とも言っていい女性こそ、朝日向透矢の母親である朝日向美耶と言う女性だった。
 毎日両親が並んでいる所を見ている透矢だが、未だに両親は年齢を詐称しているのではないか? と言う純粋な疑問に駆られる事が多々ある。
 しかし、結局そんな両親の血を受け継いでいる透矢も、容姿の特徴として両親の特徴を受け継いでいる為、ある程度将来の容姿は明るい事がわかる。

 キッチンを右へ左へと動き回りながら、ふんふーん、と機嫌良さ気に鼻歌を口ずさむ母親。
 しかし、その手はある種の業ではないのかと思える程に素早く料理を量産していく。

「おはよう、母さん」
「あら、透矢。おはよう、今日も超絶にカッコいいわね!」
「あー、はいはい……で? 何か手伝う?」
「いいわよー、ゆっくりしてて?」

 開口一発目から多分に贔屓の入った評価を謳う様に紡ぎ出す母親に対し、適当に返事を返しつつ自らの定位置であるリビング側の席の一つへと腰を下ろす。
 ご飯、焼き魚、味噌汁、漬物、理想的とさえ言える朝御飯が並んでおり、朝の時間帯に息子と顔を合わせた事で、更に機嫌を良くしたらしい美耶は、三つの小皿に海苔を数枚開ける。
 それが終われば、次はまたしても小椀を三つ取り出し、テンポ良く卵を割り入れる。
 数枚の海苔が収められた小皿と卵の入った小椀をテーブルの上に並べ、出来上がった食卓の光景に対して、機嫌良さげに、うん、と一つ頷き、自らも透矢の正面の席へと陣取る。
 既に必要な食器は並べられている故、美耶がやる事はもう存在しない。

 席に着いた美耶は、何が楽しいのか両肘をテーブルの上に置き、組んだ両手の甲に顎を乗せ、ニコニコと自らの息子の顔を楽しそうに見据える。
 美女と言う事に何の疑問も抱けない美耶に見詰められれば、普通の男性なら落ち着きをなくすが、透矢は言うまでもなくこの女性の息子なのだ。
 落ち着きをなくす理由がなく、そんな行動に対して浮かんでくるのは落ち着かなさではなく、疑問だ。

「何?」
「いやぁ、やっぱり私の息子はカッコいいなぁって、女の子も放って置かないでしょ?」
「いや、別に」
「なんですって!? 今時の若い子の目は節穴なの!?」
「いやいや、まだ小学生だって、そこまで明確な意識を持つ程精神成長してないって」
「それでもよ! こんなに格好良くて格好良くて格好いいのに!」
「いや、ちょっと何言ってるかわかんない……」

 自分の息子が学校で女の子に持て囃されていない事実が、美耶としては大層不満だったのか、先程までの機嫌の良さが何処かへと吹っ飛んでいた。
 ゴスゴスとテーブルが揺れているのは、テーブルの足を美耶が蹴っ飛ばしているからだと思われる。
 透矢の心配事は当然テーブルの足でも、美耶の足でもなく、今自分の目の前にある朝御飯の無事が現状最優先の懸念事項だった。

「何話してるんだー?」

 タイミング良くと言うか、タイミング悪くというか、ネクタイを締めながらダイニングに現れる陽次の姿。
 成人男性らしく重たい足音を響かせながら、自然と美耶の隣へと腰を下ろす。

「透矢が学校の女の子に人気がないんですって、女の子達ちゃんと物が見えてるのかしら? 心配だわ……」
「俺は母さんの頭が心配だ……」
「何だと? 透矢が女の子から人気がない? それはつまり……学校の女の子達は美的感覚が狂ってると言う事だな!」
「何故そんな自信満々に言い切る事が出来るのか、俺は父さんと母さんの常識的感覚が狂ってると思う」

 律儀に両親の発言に突っ込む透矢だが、当然両親二人は聞いちゃいない。
 三人揃った事で、自然と三人の手は合わされ、いただきます。
 漸く朝御飯となるが、静かにとはいかないのが朝日向家の食卓である。
 とは言っても、透矢から積極的に話をせずとも、両親が毎回勝手に話している為、透矢としては気が楽なものだ。
 問題があるとすれば、専ら両親の話題は透矢の事である事が問題で、毎日毎日飽きる事なく透矢の話を本人の目の前で繰り広げるのだ。
 しかも毎日話題が違う事が一番の驚愕ポイントであり、話をされている本人にしても、呆れを通り越して尊敬すらする。
 よくそれ程まで朝日向透矢に関して話のネタがあるものだ。

 今回は言うまでもなく、何故透矢は女の子から人気がないのか? という事に関してだが、結局結論は見えている。
 ズバリ、女の子達に見る目がない。これだろう。
 話の途中で色々な理由が挙げられるのだが、結局それに落ち着くのが朝日向透矢の両親なのだ。
 御飯を食べる時にすら自分の息子の話など、子煩悩も大概にしろと声を大にして言いたい。

「やっぱり、女の子達に見る目がないって事だな」
「そうですよ」
「その結論はおかしい上に、俺としては非常にどうでもいい」
「そんな!? 女の子にモテるって言うのは、誰の目にもわかる男の子のステータスなのよ!?」
「それをどうでも良いなんて……透矢はデカい男だな」
「結局何でもいいんじゃねぇか……じゃあ、仮に俺が彼女作れば父さんも母さんも納得すんのか?」

 透矢としては軽く放り投げた疑問だったのだが、その発言を切っ掛けに、陽次も美耶も沈黙。
 突如マシンガンの様な言葉の嵐が止まった事に対し、少しばかり疑問が浮かぶが、好機を逃す透矢ではない。
 これ幸いとばかりに箸を動かし、並べられた朝御飯を片付けていく。
 卵は既に醤油と共にご飯に掛かっており、焼き魚も既に半壊状態、漬物と海苔に至っては既に全滅しており、味噌汁も残量は既に極小。
 一気に味噌汁を喉へと流し込み、卵ご飯を掻き込みつつ、解された焼き魚を摘んでいく。
 そう幾らも掛からない内に、透矢の前に並べられた朝御飯は全滅。
 軽く一息吐き、手を合わせる。

「御馳走様……って何だ!?」

 朝から騒がしい食卓ではあったが、早々に朝御飯を食べ終えた透矢が手を合わせ、その視線を正面に座る両親に向ける。
 そこには何故か滝の様な涙を流す両親が存在しており、ポロポロと流れ出る水滴は留まる事を知らない様にテーブルの上へと落ちていく。
 美耶に至ってはハンカチを噛み締めながら、噛み締めたハンカチで溢れる涙を拭うと言う器用な真似をしている。

「あの泥棒猫がっ、あの泥棒猫がウチの透矢をっ! うっく……許せないわ」
「遂に透矢があの女の旦那にっ! 認めん……俺は認めんぞ!」
「想像力豊か過ぎる上に、アンタ達の想像してる俺はどんだけ成長してんだ……」

 どうやら陽次と美耶は、軽い気持ちで投げられた透矢の疑問を切っ掛けに、そのシュミレート進行上既に透矢が結婚する所まで想像したらしい。
 娘が嫁に行く事で同じ様な反応をする親はいるだろうが、息子が誰かの旦那になる事に対してここまで反応する親は珍しい。と言うよりも普通は居ないのではないのだろうか。

 自らの想像で涙すら流すとは、どれ程リアリティーのある想像をしたのか知らないが、当然透矢としては知った事ではない。
 両親の意識が想像へと行っている内に食器を重ね、ぺったらぺったらと流しへと持っていく。
 そして未だ想像の中で結婚式を見据えている両親を放って、自らはダイニングの出口へと足を向ける。

「俺、学校行くから。父さんも仕事遅れるなよー」
「口付けはやめろー! 悪夢かー!」
「これは悪い夢ね……早く起きて透矢とあの人の朝御飯を作らないと……」

 想像でさえ一喜一憂出来る両親の奇行を、完全に今更と言う様にスルーし、ぺったらぺったらと学校の準備の為に自室へ戻る透矢は、この家の中で一番の常識人である。

《相変わらず愉快なご両親ですね》
「言うな。父さんも母さんも好きだが、何故か悲しくなってくる」

 この時ばかりは、いつもと変わらぬ調子のフォルスからの言葉がやけに痛く聞こえる。
 そんな朝日向透矢の朝だった。



 コツッと学園指定のローファーがアスファルトを叩く軽い音。
 この音が煩わしいと感じる人間と、好ましいと感じる人間、どちらが多いか等と言う事はわからないが、少なくとも透矢はこの音が嫌いではなかった。
 自らの後ろでガチャリと玄関のドアが閉まる音を聞きながら、コツッコツッと一定のリズムを刻むように足を動かす。
 視界に入ってくるのはいつもと変わらない家の周りの光景で、等間隔で立ち並ぶ電柱や乾いた様子のアスファルト、その先には商店街が存在し、そのまた先には透矢の通う学校が存在している。
 人通りが多くなってくる朝の時間帯に響かせるローファーの軽い音は、明確な理由が無いにせよ気分を良くさせてくれる。

 鋭い黒の瞳を光らせ、コツッコツッと足音を響かせる小学生は、些か得体の知れない怖さを感じさせるが、この辺りでそんな透矢を怖がる人間はいない。
 何せ地元なのだ、皆透矢がどんな人間かという事も知っているし、何年もその姿を見ていれば慣れてくる。
 よって、今更鋭い瞳で前を見て黙々と歩く透矢にぎょっとした視線を向けるものはいない。
 尤も、透矢の評判は良いものと悪いもの、その二つが両極端な為に、愛想良く挨拶をくれる者達ばかりではなく、透矢の姿を視界に入れた途端に家の中に入ってしまう大人さえいる。
 王のコードも絶対と言う訳ではないと言う事だ。

 黙々と歩みを進め、電柱を何本も後ろへ見送り、商店街へと少し近づいた所で、漸く透矢は頭の中で未だに鳴り響いている声を意識する。
 朝起きてから今まで、諦める事を知らないように鳴り響いていた高く、元気な声。
 透矢本人としては、それ程まで話しかけて疲れないのだろうか? 等と些細な疑問が浮かぶが、それは置いておく。

『透矢くん! 透矢くん! とーやくーん!』
『うるせぇなぁ……』
『あ、やっと繋がった。透矢くん念話出来なかったの?』
『んな訳あるか、朝っぱらからキャンキャンうるせぇから応えなかっただけだ』
『アレッ!? 何か建前すら使われてなかった気がするよ!?』
『ったりめぇだろ、本音だからな』

 にべもなく切り捨てる透矢の言葉に『ひどいよ~!』と泣きそうな声を透矢の頭の中に送る人物、高町なのは。
 彼女もつい先日、もっと突き詰めれば数時間前に透矢と同じく魔導師になった人物である。
 フォルス曰く高町なのはも、相当な才能を秘めた魔導師らしいが、透矢としてはハッキリ言ってどうでもいい事だ。
 問題なのは、魔法を使えるようになって、意気揚々と透矢へ念話を送ってくる事が、目下透矢の肩が重い懸念事項である。
 つまり、携帯よりも気軽に透矢へ連絡を取る手段、それを高町なのはが手にしたという事実が問題なのだ。
 携帯ならばまだいい、電話にしろメールにしろ、その頻度は断続的であり、そう連続でコンタクトを取れないタイプの連絡手段だ。
 しかし、念話は違う。
 声を直接相手の頭の中へと送り込む事が出来る。
 それはつまり、相手が連絡に応じるまで声をかけ続けると言う、半ば嫌がらせのような事が可能であるのだ。

『でも、これで透矢くんと何時でもお話出来るね? 私は嬉しいなっ』
『あー、そうだな、空が青いのと同じぐらい嬉しいな』
『だよねっ! えへへ……って、それってどうでもいいって事じゃないかな!?』
『ちっ……普段ポケッとしてるくせに、何でこんな時は鋭いんだコイツは……』
『隠す気すらないよ!』

 念話に意識を割きつつも、周囲の景色を認識する事も忘れていない。
 知っている人物がいれば軽く頭を下げ、挨拶されれば挨拶を返す。
 念話でなのはと話をしながらも、その辺りの事を忘れない所は流石と言うべきか、そつがない。
 表情も変わっておらず、無表情と言うか表情筋を動かす必要のない場面の表情を貫き、足音のリズムも変わる事はなく、視線も何時も通りの通学路の先を見ている。
 ここまで変化のない様子で足を動かす透矢が、頭の中で飛び交っている言葉でなのはと双方向で会話をしている等、何処の誰が思うだろうか? 誰も思わないだろう。

『ま、それはどうでもいいとして』
『どうでもよくないよ!? 私としてはかなり重要だよ!』
『何か用があったのか?』
『華麗にスルーされたよ! っとと、そうじゃなかった。聞きたい事もあるし、一緒に学校行かないかな……とか』

 念話でさえかなりの愉快さを全開にしているなのはに透矢は、やはり愉快な人物であると太鼓判。
 普段は少し鈍い所のあるなのはなのだが、何故か透矢にツッコミを入れている時は怒涛の展開の如くツッコミをまくし立てる所がある。
 それが透矢から愉快な人物と言われる所以なのだが、その事に気がつくなのはではない。

 しかし、そんな愉快さから一転して、語尾が小さくなり自信無さ気に透矢を誘うなのはの声は、そこはかとなくいじらしさを感じさせる。
 そんな所が可愛いと言われる所なのだろう、等と冷静に分析する透矢は、一応書類上は九歳の小学三年生である。

『別に良いけどよ、高町はどうやって学校行ってんだ?』
『え? 基本はバスだけど……』
『バスか……何時もは俺走って行ってるんだけどよ』
『え? 今、大変おかしな言葉が聞こえた気がするんですが……え? 走って?』
『走って』
『透矢くんそれはおかしいよね? だって、透矢くんの家、私の家よりも学校から離れてるって言ってたよね?』
『それがどうかしたか?』
『いやいやいや、気が付こうよ! 私バス通学、私よりも学校から遠い筈の透矢くんは徒歩、どう考えてもおかしいよね?』
『人それぞれって事か』
『もう駄目だよこの人!』

 一々大げさな反応を返すなのはが面白く、いつも必要以上に弄り倒してしまう透矢だが、実際の話として、なのはの話に乗るか乗らないか、早く決めなければならない。
 何故なら商店街は目の前、なのはが乗るならば商店街から出ているバスに乗るだろう。
 朝に家族と翠屋まで赴いて、そこから別れてバスに乗る、恐らくは毎日その流れだと透矢は予想している。
 その事から考えて、早く決めなければ透矢は商店街に突入してしまう。

『まぁ、それはともかく、色々話すって言ったしな、今日は付き合うぜ』
『そ、そっか……良かった。じゃ、じゃあ……バス停で待ってる、ね?』
『へいへい、んじゃまぁ、すぐ行くから待ってろ』
『う、うん! えへへ……』

 そんな会話を最後に、魔力のラインで繋がった念話のラインは断絶。
 すぐに行くと言った手前、遅くなるわけには行かない。
 自ら言った事は確実に実行する。それが朝日向透矢と言う男だ。
 規則正しく一定のリズムで軽い音を立てていた足を一気に躍動させ、力強くアスファルトを蹴り出す。
 ゆったりとした軽い音から、軽快でテンポの良い軽い音へと変化を遂げる。
 行きかう人々の物理的な隙間を縫うように走り、意識の隙間へ自らの存在を滑り込ませる様な身軽さで、通行を妨害しない様にその場を走り去る。
 行きかう人々の意識が透矢を捉えるよりも先に、透矢は人々の前からその姿を消す。
 子供とはいえ、一人の人間が朝の混み合った時間の中走っているにも拘らず、その通行の流れは途切れる事はなく、自然と流れる人の波は正しく何時も通りの光景だった。
 何時も通りの光景なれど、異常な光景。
 それを作り出している原因である朝日向透矢は、先程の念話の最後でなのはの様子が変だった事に首を傾げてみせる。

「なぁんか高町の野郎、様子が変だったな」
『トーヤは鋭いのか鈍いのかよくわかりませんね』

 隙間を縫う様に自らのトップスピードを維持しながら、独り言を呟くようにボヤいた透矢の言葉に答える声が頭の中に一つ。
 と言っても、透矢としては答えたフォルスの言葉は全く持って要領を得ない言葉であり、益々首を傾げる角度は大きくなる。
 軽快なローファーの音が人々の意識を先取りするが、そのローファーの持ち主の姿を意識として捉えられない。
 そんな移動をしながらも、透矢は何でもないと言うようにフォルスの会話にもその意識を割く。

「何がだ?」
『最後のやり取り、まるでデートの待ち合わせの約束みたいでしたよ?』
「…………あー、成る程、そういう事か」
『家の中では常識人、一歩外に出れば非常識人、これはもうトーヤがどうこうではなく、朝日向家自体が始末に負えないんでしょうね』
「ほっとけ」

 幾つもの意識の空白が作り出すポケットを抜けた先に、一つのバス停が透矢の視界に入る。
 そこに存在するのはスーツに身を包んだサラリーマンや、学生服に身を包んだ高校生、中学生。
 多岐に渡る人種がバス停の前でバスを待っており、その中で背中に担いでいる鞄のベルトに指を引っ掛け、手持ち無沙汰な様子で少し唇を尖らせている、栗色の髪の少女がいるのを認識する。

 少しばかりソワソワしながらも、あからさまに辺りを見渡す事はしない。
 本人の動きによってゆらゆらと揺れる小さな栗色のツインテールは、持ち主の感情を表しているようにも感じられる。
 朝日を反射して本来の色よりも明るく艶があるように見える栗色の髪は、期待と少しの落ち着かなさを演出。
 少女の大きく優しそうな瞳は、理性によって忙しなく動こうという意志を押さえつけているが、それでもチラチラと辺りを見渡す。
 期待に突き動かされたように誰かの影を探す瞳は、待ち人がいる証拠でありながら、待ち人でない人物から見ても、魅力的の一言に尽きる瞳。
 誰かを待つ期待を理性でもって我慢し、それでも抑えきれない期待を隠せていないその姿は、可憐と言う他に適切な表現が無いとさえ言い切れる。
 白を基調とした制服に身を包み、誰かを待っている様子の可憐な少女は、当然の事ながら高町なのはと言う名の少女であり、そんな彼女は私立聖祥大附属小学校の中でも、屈指の人気を誇る少女である。

 彼女と同じバス停でバスを待つ生徒は他にも居り、その生徒達は落ち着き無く可憐な彼女へチラチラと視線を寄越している。
 あわよくば声を掛け、待ち人が自分であるならと、その場に居る男子生徒は漏れ無くそう思っているだろう事は明らか。
 なのは自身無意識なのだろうが、非常に声を掛けづらい雰囲気を作っている。
 この場で声を掛ければ注目度は上限を超えるレベルで跳ね上がる事は容易に想像出来るし、学校内で一躍有名人へと踊り出る事は確実。
 動かしていた足をゆったりとした足取りへと変えた透矢は、ぼんやりとそう考えるが、朝日向透矢と言う人物はその程度で止まるほど気が小さい人間ではない。

「おぅ、高町待たせたか?」
「あ……ぜ、全然だよ……えっと、は、早かったね?」

 何時も通り緩い雰囲気を纏いながら、のっそりとなのはに近づきつつ右手を軽く掲げて、左手はポケットにと言う平常運転のまま声を掛ける透矢。
 へらっと緩い笑みを浮かべた透矢の声を聞き、声の聞こえた方向へぱっと弾けるような笑顔を浮かべるなのは。
 待ち人が姿を現した事を理解した彼女の笑みは、非常に魅力的であり、人を惹き付けるには十分な威力を発揮する。
 それは何の変哲もないバス停でも例外ではなく、少し年齢層が上の人物達は微笑ましそうにその光景を見詰め、同じ年代の人間は羨望の視線を透矢へと送っている。
 小さく手を振り、嬉しそうにはにかんだ様な笑顔を浮かべる栗色の髪を持った可憐少女と、片手を軽く掲げ、へらりと緩い笑みを浮かべた艶のない黒髪を持った少年。
 その二人は傍目から見ても、それなりに絵になっており、悔しい思いをしている男子生徒達も多いだろう。

 片や優しげでどこか抜けていそうな可憐な少女、片やへらりと緩い笑みを浮かべながらも隙のない鋭い瞳が印象的な少年。
 アンバランスでありながらも、奇妙な程にしっくりくる組み合わせだ。

「まぁ、走ってきたしな」
「走って……この中を?」
「当然だろ?」

 どうでもいい軽い会話を交わしながらなのはの隣へ自然と並ぶ透矢。
 雰囲気としては自然で、傍目から見ても悪くない雰囲気だと感じさせるには十分な振る舞い、それを透矢は自然とやっており、なのはもそれに合わせるように自然に振舞っている。

「……どう見ても走るスペース何てないよね?」
「それはな」
「あー! やっぱりいい、言わなくて……聞いちゃうといけない気がするから!」

 問われた質問に答えを返そうとした透矢の言葉を遮り、先に予防線を張るなのはに、ちっと小さく舌打ちを打つ透矢。
 にゃはは……と力無い笑みながらも何処か楽しそうななのはの表情は、確かに輝いており、それを成しているのは誰でもなく朝日向透矢と言う一人の少年である。
 その事実はその場に居る同じ学校の男子生徒達を落胆させ、重い気分にさせるには十分。
 しかしてそんな雰囲気等透矢には微塵も関係ない上に、一々気にする程ではない。
 なのはに至っては、そんな純情な男子生徒達の心の中等、全く持って気がついていない上、彼女の意識の殆どは透矢へと向けられている。

「それはいいんだけど……その、これからもこうして一緒に学校に行くとか……ダメ、かな?」

 大きな瞳でもって隣にいる透矢の顔を見上げるように視線を送り、少し恥ずかしそうに身を捩りはにかむ彼女は、何よりも可憐な少女である。
 そんな彼女の視線を向けられるのが自分ならばっ! と悔しがる人物は、当然ながら少なくない。
 同じ学校の男子生徒ならば羨むしかない視線を向けられている透矢は、あろうことか面倒臭気にため息を吐いてみせる。

「つってもな、毎朝走って行ってるから身体も鍛えられてるわけだしな、それ辞めるってなると……」
「うぅ……ダメ?」
「別に絶対ダメってわけじゃねぇが……そこを空けると何処で穴埋めるか考えねぇとな」

 ぼやっと適当に考えを張り巡らせている透矢、そんな透矢の様子を期待と不安の入り混じった瞳で見上げるなのは。
 そんな二人の前に、待っていたバスが滑り込んでくる光景が目に入る。
 目的の車両が目に入った瞬間、透矢は直ぐ様考えを打ち切り、何時も通りのへらりとした緩い笑みをなのはへ向ける。

「ま、それは追々だな、取り敢えず今は行こうぜ」
「あ……うん!」

 自分だけに向けられた透矢の笑み、自分だけに掛けられる透矢の言葉、自分だけに向けられている透矢の意識。
 その全てが何故かなのはにはとても嬉しく感じ、自然と心が浮き立つ気持ちにさせられる。
 穏やかでありながらも何処か弾むような、そんな気持ちに今は身を任せよう。
 きっとそれが今は一番正しい。
 そんな暖かく穏やかな気持ちを大切に胸にしまって、透矢の背中を追いかける。
 高町なのはの今日は、最高の形でスタートを切った。
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にしふぁんが終了して、あの小説何処かな?っと探したらこんなところに!?文章がしっかりしているから見やすいです。頑張ってください

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