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「IS インフィニット・ストラトス ~黒衣の侍~」
銀の福音編

二十八斬 漢には黙っていなくてはいけない時もある

 ←二十七斬 漢だからこそ厳しい事も言う →二十九斬 漢なら潔く現実を受け止めるもんだ
 臨海学校二日目、その日は、ただの合宿で終わるような普通の日ではなかった。
 本来ならば、その日は丸一日、ISの各種試装備験運用とデータ取りに追われる。そんな一日になる日だった筈なのだが……。
 その予定を消化している真っ最中に、飛び込んできたとある情報によって、テスト稼働は中止との千冬からの通達に困惑する生徒達。
 そんな生徒達を、普段とは全く違う剣幕でもって一喝し、専用機持ち以外の生徒達は、全員旅館の各自室に待機させられる事になった。
 そして、専用機持ちである、一夏、箒、セシリア、鈴音、シャルロット、ラウラ、そして翔の7人は、旅館の一番奥に存在する、宴会用の大座敷、風花の間に集められている。
 専用機持ちと教師陣が集まる風花の間は、証明が落とされ、その中央には大型の空中投影ディスプレイが浮かび上がり、そのディスプレイの前面に背を向けるようにして千冬が立っており、その千冬の前に、専用機持ちである7人が並んでいる。
 明らかな緊急事態である現在、千冬や正式な国家代表候補生であり専用機持ちである、セシリア、鈴音、シャルロット、ラウラの4人は一様に厳しい顔つき。
 正式な国家代表候補生ではない箒と一夏は状況についていけていないのか、その場に存在している空気と表情の変化がついて行けていない。
 翔に至っては、まさに平常心と言う他なく、ただ静かに前に浮かぶ大型ディスプレイを腕を組み、見据えるのみで、他に変化等全く見せていない。
 専用機持ちの中でも、微妙に温度に差異があるようだが、明らかな緊急事態を目の前にして、特に軍属であったラウラの視線はかなり厳しい。
 風花の間に流れる、緊張感漂った重い空気の中、ディスプレイの前に立つ千冬から状況の説明が開始される。

「今から二時間前、ハワイ沖で試験稼働にあったアメリカ・イスラエル共同開発の第三世代型の軍用IS『銀(シルバリオ)の福音(・ゴスペル)』が制御下を離れ、暴走。監視空域より離脱したとの連絡があった」

 淡々と感情を差し挟まない、冷たい声で説明される千冬の声に、誰も意見する事はないが、正式な国家代表候補生である4人は、更に厳しい顔つきへと変化する。
 その中で、一夏と箒は、軍用ISと言う、日常生活では聞きなれない単語が出てきた事によって、困惑したような表情を一瞬浮かべる。
 最後の1人の翔は、その事実を千冬の口から聞いても、やはり顔色を変えることはなく、何時もの感情を悟らせない涼しい顔色で、鋭い瞳をただディスプレイへと向けるだけ。
 状況説明がまだ完全に終わっていない現段階で、口を挟む人物等いるわけもなく、緊張感漂う空気の中、千冬からの状況説明は続く。

「その後、衛星による追跡の結果、福音(ふくいん)はここから2キロ先の空域を通過する事がわかった。時間にして50分後。学園上層部からの通達により、我々がこの事態に対処する事となった」

 淡々と続けられる千冬からの説明に、誰しも顔色を変えることはない。
 今はまだ、その説明を聞き続け、自らの役割を自覚する所から始まる。その中で、翔の表情に、初めて変化が訪れる。と言っても小さな変化で、ただ少しばかりその鋭い瞳を細めただけだ。
 その変化は誰にも気取られる事なく、状況説明は続く。

「教員は学園の訓練機を使用して空域及び海域の封鎖を行う。よって、本作戦の要は専用機持ちに担当してもらう」

 その千冬の一言で、明らかに顔色が変化したのは一夏であり、その顔色は明らかに悪くなっていた。
 一夏のその様子とは逆に箒からは、少しばかり嬉しそうな雰囲気を感じる。
 そんな箒の様子に、翔は細めた瞳を動かし、その姿を捉えるが、今の段階では何も言う事はなく、また、言うべきタイミングではない為、何も言う事はない。

「それでは作戦会議を始める。意見がある者は挙手をするように」

 状況説明の概容を淡々と話し終えた千冬は、作戦会議に移る旨を宣言し、専用機持ち達を見渡し、顔色が悪く少し呆然としている一夏、緊急事態だというのに少しばかり浮かれている様子の箒、至って平常心で揺らぎの見つからない翔を視線に捉える。
 一夏の反応と、普段からの性格を知っている翔の反応はまだしも、箒の反応に、千冬は片眉を動かすが、それを注視しているわけにもいかず、他にも視線を配ると、早速手が上がっているのを認める。
 挙手したのはセシリアで、千冬は動いた片眉を戻し、浅く息を吐く。

「はい。目標ISの詳細なスペックデータを要求します」
「わかった。ただし、これらは二カ国の最重要軍事機密だ。決して口外はするな。情報が漏洩した場合、諸君には査問委員会による裁判と、最低でも2年の監視が付けられる」
「了解しました」

 セシリアの了解の声と共に、千冬は端末を操作、ディスプレイに今回の目標である『銀の福音』の詳細なスペックデータを表示。
 そのスペックデータに、専用機持ち達は素早く視線を向け、自分なりにその機体の分析に取り掛かり、互いに意見を交換し合う。

「広域殲滅を目的とした特殊射撃型……私のISと同じく、オールレンジ攻撃を行えるようですわね」
「攻撃と機動の両方を特化した機体ね。厄介だわ。しかも、スペック上ではアタシの甲龍を上回ってるから、向こうの方が有利……」
「この特殊武装が曲者って感じはするね。丁度本国からリヴァイヴ用の防御パッケージが来てるけど、連続しての防御は難しい気がするよ」
「しかも、このデータでは格闘性能が未知数だ。持っているスキルもわからん。偵察は行えないのですか?」
「無理だろう。この機体のスペックデータでの最高速度は時速2450キロを超えるとある。もし、スペック通りの速度が出ているのなら、追いつける機体等そうそうあるまい」

 代表候補生であるセシリア、鈴音、シャルロット、ラウラが意見を交わし合い、それに翔も加わり冷静な意見で持って、ラウラの意見を確りと否定している。
 冷静に、そして淡々と意見が交わされている中、一夏は口を挟む事が出来ず、ただそのやりとりを呆然と聞いている事しか出来なかった。
 その事に、悔しそうに拳を握るが、千冬からの思わぬ一言で、自然と一夏へとスポットライトが当たる。

「その速度域ではアプローチは一回が限度だろうな」

 ディスプレイの前で腕を組み、冷静に意見の交わしあいを聞いていた千冬から、冷静で現実的な一言が放たれ、その一言から大まかな作戦概要の原型を真耶が引き継ぐ。

「一回きりのチャンス……という事はやはり、一撃必殺の攻撃力を持った機体で当たるしかありませんね」

 千冬の言葉を受けた真耶の冷静な意見に、翔と一夏へと視線が集まる。
 その視線を、翔は冷静に受け止め、一夏は呆然とした様に、「え……?」と現実味がなさそうな声でその視線に答える。
 何も言葉を紡ぐことなく、冷静に腕を組み佇む翔と呆然とした様に棒立ちになっている一夏を差し置いて、状況は進んでいく。

「この2人内、どちらかよね……」
「翔さんではなくて? 攻撃力は圧倒的ですし」
「私もそう思う。ボスの零式ならば目標に追いつくだけの速度も十分だ」
「これは、ほぼ決定かな? となると……」

 鈴音、セシリア、ラウラ、シャルロットの4人が、意見を出し、攻撃担当は翔でほぼ決まり、と言う流れになった瞬間、その本人から挙手が上がり、視線はすべて翔へと移る。
 その場に居る全員の視線を受けても、翔の表情は変わる事なく、感情を悟らせない何時もの表情。
 冷静沈着で物事を現実的に考えるその性格を持つ翔の口から、さらに現実的な意見が紡がれるのは当然の事だった。

「いや、俺は攻撃には一夏を推す」
「お、俺……?」

 未だに現実の向こう側の光景を見ているような一夏の反応に、翔はただ冷静に、そうだ……と静かな声を上げて、その根拠の続きを説明する。

「零式の攻撃力がいくら高いとは言っても100%エネルギーシールドを貫通出来る訳ではない。その不安要素を消す為にも、白式の零落白夜が適任だろう」

 翔の冷静な意見に、代表候補生達は納得したように頷き、作戦の立案へと戻っていく。

「織斑さんが攻撃役に回るという事は、その移動方法が要りますわね……」
「そうだね。エネルギーの全てを白式は攻撃に全て回すとして……」
「一夏を翔が攻撃ポイントまで運べば良いんじゃない?」
「そうだな、十分に作戦は遂行可能だ、ボスならば問題なくあの速度域に追いつく事が出来る」
「ちょっ、ちょっと待ってくれ! お、俺が行くのか!?」

 状況をようやく理解した一夏から、驚愕の声が上がるが、その声に対して、代表候補生達は声を揃えて、当然だと短く言い切る。
 思わぬ大役への抜擢に、尻込みした様な一夏の様子に、千冬から淡々とした声が掛かる。

「織斑、これは訓練ではない。実戦だ。もし覚悟がないなら、無理強いはしない」

 言葉と共に、鋭い瞳で一夏を見据える千冬の様子に、戸惑った様子だった一夏は、浅く息を吸って吐く。
 そして顔を上げた一夏は、適度な緊張を伴った引き締まった顔つきへと変化していた。
 己を鼓舞した一夏から出てきたのは、覚悟を決めた男としての声。

「やります。俺が、やってみせます」
「よし、では作戦の詳細を詰めるぞ。まず、攻撃役に織斑、織斑を攻撃ポイントまで運ぶ役をかしわ――」

 柏木、と言い切ろうとした所で、先程にも聞いた事があるような声が、天井から聞こえてくる。

「待った待った。ちょ~っと待ったなんだよ~!」

 何故かマイペースないつもの声に、少しばかり焦ったような色を含ませる声に、全員が揃って天井へと視線を送る。
 そしてその場にいる全員が捉えたのは、風花の間にある天井のど真ん中から、首だけを逆さにして生やしている篠ノ之束の姿。
 重力に逆らう事なく下へと垂れ下がっている長い髪と、機械式のうさみみ、整った顔立ち。どれを取ってもまごう事なく、先程テスト稼動時に姿を現した束である。
 その束の姿に、組んでいた腕から右腕を持ち上げ、米神を揉みほぐしながら、眉間に皺を寄せる千冬が、明らかに機嫌が悪いのを隠そうともしない声で、真耶へと束への対処法を投げかける。

「……山田先生、室外への強制退去を」
「えっ!? は、はいっ。あの、篠ノ之博士、取り敢えず降りてきてください……」
「とうっ★」

 真耶の声に応えたのか、元々そうするつもりだったのかはわからないが、空中で一回転しながら天井から離れ、危なげなく着地。
 篠ノ之束にしては、比較的素直に降りてきたが、結局真耶の声に応えたわけではなく、別に目的があったからだろう。
 その証拠に、束は真耶を無視して、千冬にまとわりつく様にして自らの存在をアピールしている。
 天真爛漫と言わんばかりの底抜けに明るい声から出てくるのは、千冬の作戦に対する別意見だった。

「ちーちゃん、ちーちゃん。もっといい作戦が私の頭にナウ・プリンティング!」
「……必要ない。出て行け」

 疲れた様子で米神を揉みほぐしながら、声と溜息を搾り出す千冬。
 その千冬の声に従って、束を捕縛し、外へと連れ出そうと真耶が動くが、束を捕まえるために伸ばされた手を、束はするりするりと流れるようにかわしていく。
 真耶から伸びてくる手をかわしながらも、束は千冬に向けての言葉を続ける。

「聞いて聞いて! ここは断・然! 紅椿の出番なんだよ!」
「何?」

 束から出た台詞に、千冬は思わず聞き返す。
 千冬の関心が引けた事により、束は満足げで、何処か安堵したような雰囲気が感じられる。
 そしてすかさず、畳み掛けるように台詞と共に、千冬の周りへ、何枚ものディスプレイを展開していく。

「紅椿のスペックデータを見てみて! 真っ直ぐが疾いだけの零式よりも安全に作戦を遂行可能だよー? 零式の機動じゃ、いっくん落ちちゃうかもだよー? それに展開装甲をちょちょいと弄れば、ホラ! システム最大稼動時の最高速度は零式と同じ位のスピードだよ!」

 展開装甲と言う聞きなれない単語が出てきたせいか、一夏は首を捻り、翔は少し考え込むように、ふむ……と小さく呟く。
 その間にも束の動きは止まる事はなく、千冬の隣に移動した時には、メインの大型ディスプレイも乗っ取った様で、先程まで福音のスペックデータが表示されていた画面は、紅椿のスペックデータへと切り替わっている。
 そして、束が指を動かす度に、紅椿の形状が形状が少しずつ変化し、それに伴って数値も変化を見せ、理論上出せる最高速度を示す数値は、確かに翔が零式を使い叩き出した最高速度の数値に近かった。
 更に、紅椿はその速度を直線軌道でしか出せないと言うわけではなく、旋回や細やかな軌道でも理論上可能と言う訳だ。
 つまり、零式は移動の際、直線的な軌道を描く特殊な移動軌跡になるが、紅椿は素直な軌道を描きながら、零式と同じ位の速度を出せる。
 確かに、そうなれば、零式が白式を乗せて運ぶよりも確実性が増す。
 それにより、取れる作戦行動も少し変わってくる。
 紅椿のスペックデータを見据えながら、千冬は鋭い瞳を細め、束の説明を聞くが、そこで、束は一夏が首を捻っているのを見たのか、嬉しそうな声を上げる。

「説明しましょ~そうしましょ~。展開装甲と言うのはだね、この鬼才天才の束さんが作った第四世代型ISの装備なんだよー」

 底抜けに明るい特徴的な声で、軽く束から言い放たれた事実に、その場に居る全員の顔色が明らかに変わる。と言っても、翔は瞳を細めて束を見るだけだったが。
 周りの反応等、気に止めた風もなく、束はその軽い調子のままに言葉を続ける。

「はーい、ここで心優しい束さんの解説開始~。いっくんの為にね。へへん、嬉しいかい? まず、第一世代というのは『ISの完成』を目標とした機体だね。次が『後付武装による多様化』――これが第二世代。そして第三世代が『操縦者のイメージ・インターフェイスを利用した特殊兵装の実装』空間圧作用兵器にBT兵器、後はAICとか色々だね。ちなみに零式も分類的にはここ、特殊兵装は武器ではなくてスラスターなんだけどね~。……で、第四世代と言うのが『パッケージ換装を必要としない万能機』という、現在絶賛机上の空論中のもの。はい、いっくん理解できました? 先生は優秀な子が大好きです」
「は、はぁ……。え、いや、えーと……?」

 束から早口ではないにしろ、スラスラと語られるISの世代分けによる分類の仕方を聞かされ、言葉が出てこない一夏。
 他のメンバーも同様の様で、軽くもたらされた新事実に驚愕の表情を隠しきれていない。
 それも当然の事だろう。今束が自分で、第四世代の仕様は、机上の空論だと言ってのけたにも拘らず、紅椿は第四世代型のISだと言う。
 そして、世界各国もやっと第三世代型の第一号試験機が出来上がったような状況だ、信じられるわけがない。
 だが、周りが驚愕に包まれる中、至って冷静だった翔から、静かに束へと声が上がる。

「零式も第三世代型という事だが……スラスターが特殊兵装というのは、どういう事だ」
「うーん、さっすがしょーくん、いい質問だね。花丸をあげよ~う。そうだねぇ、今ある第三世代型の中では、零式の特殊兵装は、一番第四世代型に近いんだー。時代錯誤感は否めないんだけどね? 多分零式のコンセプトって時代を遡って原型を突き詰めたからこそ、万能機って言えるんだよ」
「……速度の追求か」
「ぴんぽんぴんぽ~ん! だ~いせ~か~い!」

 束の言葉に、少しの間考え込んだ翔が確かめるように呟いた言葉に、束は嬉しそうに笑顔を浮かべながら、翔の意見は正解だという。
 その会話についてこれているのが、この場に何人いるのかはわからないが、ほぼ全員が何かしら考え込んでいるような表情をしている。
 その中で、千冬は零式のスペックデータと紅椿のスペックデータを比較している。

「結構極論なんだけどねー。疾ければ攻撃も当たらない。疾ければ先に攻撃を相手に当てて撃墜可能。疾ければその分突進力もあり、火力は申し分ない。暴論だけど、確かに攻撃・防御・機動、その全てを備えてるんだ。問題は……」
「その速度を維持する為のセンサー類がIS側では補助しきれないという事と、搭乗者がシールドを突き破ってくる物理法則に耐えられなかった事、か……」
「ぴ~んぽ~ん! またまた大正解! 凄いね! しょーくんは!」

 つらつらと語られる束の言葉を引き継いだ翔に、束はまたもや嬉しそうに、正解を告げる。
 束が零式のコンセプトが、時代錯誤ながら一番第四世代の考え方の実現に近いといったのはそういう事。
 疾さがあれば攻撃を回避可能、それは防御しなくてもいい場面が多いという考え方であり、速さを物理法則によって攻撃力へと変換することも可能。
 ある意味としては、確かに暴論だが、万能機と言えなくもない。
 しかし、これには実現出来ない訳が確りと存在する。
 まずは、ハイパーセンサー等の補助センサー類の技術が追いつかないという事が一つ、それにより、ハイパーセンサーを使用しながらも、搭乗者に高い動体視力を要求する事になる。
 そして、速度によって発生する空気の壁やその衝撃波は、シールドが遮ってくれるが、それによって停止や方向転換時に掛かる慣性が殺しきれず、処理を越えた余剰分の圧力に耐えられる肉体を搭乗者に要求する。
 ISに乗れるのが女性のみと考えれば、そのような強靭な肉体を持ちながら、高い動体視力を有する人物は殆ど存在しないといっていい。
 だからこそ、第四世代に近いが、第四世代ではないISなのだ。

「消費エネルギーはそのままに、エネルギー自体を圧縮してその推進力に変換するっていう特殊なスラスターの機構は良いんだけどね~。あまりにも時代錯誤だからね。だから束さんは、展開装甲というものを作ったわけだよ、えっへん。で、展開装甲の具体的な試験体としては、白式の雪片弐型に使用されてまーす。試しに私が突っ込んだ~」

 今の今まで翔と束の間で交わされる理論の話から、随分と聞き慣れた単語が聞こえてきた事で、その場に居る代表候補生達と一夏は、声を揃えて、えっ!? と驚いた声を上げる。
 当然だろう。展開装甲とは白式の雪片弐型に使われている。それはつまり、零落白夜発動時に形状が変化する機構が展開装甲たる所以であり、それは詰まる所――白式も第四世代であるという事に他ならない。
 衝撃の事実がもたらされた事に、またもや言葉を失う一夏と代表候補生達だが、当然束はそんな事関係ないと言わんばかりに言葉を続ける。

「それで、うまくいったのでなんとなんと紅椿は全身のアーマーを展開装甲にしてありまーす。システム最大稼動時にはスペックデータは更に倍プッシュだ★」
「ちょ、ちょっと待ってください。え? 何? え? 全身が雪片弐型と同じ? それって……」
「うん、無茶苦茶強いね。一言で言うと最強?」

 あ、でも、零式を扱える搭乗者が存在するから微妙かー、等と軽い事を言ってのける束だが、それはとんでもない事だ。
 搭乗者自体に無茶なスペックを要求する事なく、ISの性能だけで最強のISという事だ。
 確かに零式のスペックは高いが、それに搭乗する人間の事をあまりにも度外視しすぎている側面がある。
 しかし、紅椿はそのような事はない。搭乗者に負担を強いる事なく、零式に迫る性能を持ち、旋回性等は零式の比較にならない。
 それはつまり、正しく最強の機体と言ってもよかった。
 その様な機体を完成させた束に、辺りは度肝を抜かれているように誰も言葉を発しようとせず、只々目が点になり驚愕するだけ。

「ちなみに紅椿の展開装甲はより発展したタイプだから、攻撃・防御・機動と用途に応じて切替可能。これぞ第四世代型の目標である即時万能対応機ってやつだね。にゃはは、私が早くも作っちゃったよ。ぶいぶぃ。あ~あ、本当ならしょーくんの機体もこれぐらいのスペックの作る気だったんだけどな~」

 一足遅かったね~、等と軽い調子で残念がる束だったが、周りの人物は言葉を発することなく固まり、共通してその脳裏には、第四世代型ISを駆る、翔の姿が再生されていた。
 そして、自らのイメージを明確化させる為に、全員の視線が翔に向けられる。
 視線を向けられた本人は、その視線をすべてを見返し「む? 何だ?」と軽く声を上げている。
 翔の姿を捉え、全員がイメージを明確にした事で、思った事は当然同じ。

 ――勘弁してください。

「はにゃ? あれ? 何でみんなお通夜みたいな顔してるの? 誰か死んだの? 変なの」

 やはり軽い調子で的外れな事を口走る束だが、実際問題として、今束が軽く語った事は、正に世界が行なっている努力を否定する内容に間違いない。
 各国が大量の資金や、優秀な人材をつぎ込んで行なっている、第三世代型ISの開発をすっ飛ばして、第四世代型ISが存在する。
 それはつまり、世界が今している事が、この一瞬で無意味な物に成り下がったという事だ。
 誰も言葉を発する気力等ないだろう。
 そして、ダメ押しに、第四世代型ISを翔にも与える気だったと零した束の言葉に、紅椿と同じ様なスペックを持った機体を翔が駆るシーンを想像させられたのだ。
 誰も何も言える気力がない中、零式と紅椿のスペックデータの比較を終えた千冬から冷静な声が上がる。

「――束、言ったはずだぞ。やりすぎるな、と」
「そうだっけ? えへへ、つい熱中しちゃったんだよ~」

 軽い調子で千冬に答える束。悪びれた様子は当然あるわけがない。
 しかし、束は何かに気がついたように、一夏へと向き直り、変わらぬ調子のまま、言い訳なのかよくわからない言葉を紡いでいく。

「あ、でもほら、紅椿はまだ完全体じゃないし、そんな顔しないでよ、いっくん。いっくんが暗いと束さんはイタズラしたくなっちゃうよん」

 一夏が暗いのと、一夏にイタズラしたくなるというのは、何がどう繋がってそうなったのかは理解しかねるが、束の言葉に、一夏は只々呆れるだけである。
 因みにしょーくんが暗いと、襲いたくなります。等とどうでもいい話をまだ続けているが、現実逃避に走りたかった一夏は、心の中で思う。

(それ、何時でもだろ……)
「まー、アレだね。今のは紅椿のスペックをフルに引き出したら、って話だからね。でもまぁ、今回の作戦をこなす位は夕食前だよ!」

 何が夕食前なのか、少し理解は出来ないが、一夏を慰めるようにそう言い切った束は、何かを思い出す様な瞳の色を浮かべた後に、にやにやと笑みを浮かべる。

「それにしてもアレだね~。海で暴走っていうと、十年前の白騎士事件を思い出すねー」

 束が白騎士事件と名される事件の名前を持ち出した瞬間、千冬の表情があからさまに慌てたような表情へと変化する。

 白騎士事件とは、この世界では知らない者が居ない程の大事件で、今の女性優遇の世界があるのも、この事件が発端と言っていい。
 ISは現行兵器全てを凌駕すると言い放った束の言葉を、真実によって世界に信じさせた事件で、各国が所有する日本を攻撃可能なミサイル2340発が一斉にハッキングされ、制御不能に陥り、発射された。
 そして、そのミサイルの全てを、突如現れたISが、持っていた剣と空中に召喚した大型荷電粒子砲によって撃墜。
 圧倒的なまでの性能を有する、当時のISに対し、当然世界は動きを見せるが、その全てが空振りに終わり、全てが終わる日没までに行われた交戦の結果……。
 ミサイル2340発、戦闘機207機、巡洋艦7隻、空母5隻、監視衛星8基をたった一機のISで、迎撃あるいは無効化するという結果に終わる。
 そして、その事件の中で一番驚愕すべき事柄は、人命が全く損なわれていないという事。
 それはつまり、その当時の近代兵器相手ならば、相手を生かしたまま無力化するほどの余裕がある事に他ならず、それだけ圧倒的なまでの差を付けて敗北した世界は、IS開発者である束の言葉を受け入れざるを得なかった。
 そして、たった一機で他国の軍事力を凌駕するという事実は、急速なIS運用制限条約の締結と開発普及を全世界に促す事になる。
 事件の顛末を、隅々まで思い出した束は、嬉しそうに笑う。

「あの事件の御蔭で、私のらぶりぃISはあっという間に広まっていったんだよね。女性優遇は、まぁ、どうでもいいんだけどね、私はねー。でも隙あらば誘拐・暗殺っていう状況は中々にエキゾチックだったよ。ウフフ♪」

 嬉しそうにそう語る束は、ISと言う存在が問答無用で世界に広まっていった功績。
 つまり、自らが開発したISが立てた功績を喜んでいるような様子だった。
 そうして一頻り喜んだあとに、束は千冬へと近づき、その顔を覗き込むようにして千冬と視線を合わせ、にやにやと笑っている。

「しかし、それにしても~ウフフフ。白騎士って誰だったんだろうねー? ね? ね、ちーちゃん?」
「知らん」
「うむん。私の予想ではバスト88cmの――」

 千冬のにべもなく切り捨てるような言葉に、一つ大きく頷いた束が、何か明かしてはいけない個人情報を明かそうとした所で、中々に痛烈で、人体から出てはいけないような打撃音が、束の頭から発生。
 当然今の話の流れでは、その打撃音の原因は千冬である事は明白だが、その手に握られているのは、いつもの出席簿ではなく、情報端末である事が唯一の違い。
 金属で構成されたそれを、何の躊躇もなく人の頭に振り下ろす千冬も千冬であるが、その手加減があまり加えられていない様な打撃を受けても、頭を押さえて元気良く千冬に抗議する束も束である。

「ひ、ひどい、ちーちゃん。束さんの脳は左右に割れたよ!?」
「そうか、よかったな。これからは左右で交代に考え事ができるぞ」
「おお! そっかぁ! ちーちゃん、頭いい~!」

 言うまでもないが、当然そんな事出来る訳はない。
 そして、そんな理論を喜びながら受け取っている束は、信じられない事に、ISを開発した天才で鬼才な科学者なのである。
 この光景と、想像していた篠ノ之束という人物の差異に、悩まずにいられる人物は限られる。
 束の妹である箒であったり、束に容赦手加減等をしない千冬であったり、その不思議極まる行動に慣れている一夏であったり、この中で唯一束を自分の思った方向へ動かせそうな存在である翔であったりと、主にはこの4人だけがいつもと変わらぬ行動が取れる。
 それでも、あまりの突飛さに、一夏等は思わず呆けてしまう時があるのは、愛嬌というものだろうか?

「あの事件では凄い活躍だったね~。ちーちゃん!」
「そうだな。白騎士が、活躍したな」

 嬉しそうな笑みで、先程までの激痛を忘れたように千冬へ問いかける束に、千冬は涼しい顔で、白騎士を強調しながら束の発言を修正する。
 そのやりとりだけで、誰が白騎士なのか、分かりそうなものだが、白騎士と千冬を結びつけるには、少し足りないピースがいくつかある。
 その中の一つが、千冬が現役時代に使っていたISと白騎士は、全く形状が異なっていると言う事が足りていない最大のピース。
 だが、白騎士が出てきた時と、千冬が現役時代だった頃までは、少々のタイムラグがある。
 そしてそこに、束というピースが入る事によって、その顛末の全体像は見えてくる。
 ふむ……と小さく呟きながら、右手を顎に添え、翔は軽く思考を巡らせ、視線を束に対して呆れた様な様子の一夏に視線を送り、何やら納得したのか、うむ、と一つ頷く。
 そして何かしら1人で静かに答えを出した翔に、少し慌てたような千冬から声が掛かる。

「か、柏木、話を戻すぞ……よく聞いていろ」
「む? 承知」
「ご、ごほん! ……束、紅椿の調整にはどれ程掛かる?」

 態とらしく咳払いを入れて、千冬が出した答えは、白式を運ぶ役目に翔ではなく箒を起用したという事実だった。
 その事実を受けて、思わず声を上げたのは金色の髪を揺らしながら、凛と立つセシリアだった。

「それでは翔さんは……」

 決定には異論はないが、納得ができない。
 そう言わんばかりの声音で声を上げたセシリアの台詞を、何故か束が期待するように、続けて千冬に問う。

「紅椿の調整だったら七分程度でおっけ~だよ~。しょーくんは勿論待機、待機だよねーちーちゃん!」

 千冬の決定に、少しばかり不満そうなセシリアと、これ以上ない程に何故か嬉しそうな束。
 2人の態度にはかなりの温度差があったが、今はそのような事を気にしている場合ではない。
 作戦が漸く固まった所で、束とセシリアの対応に追われる訳にはいかない。それを考え、千冬は固まった作戦の内容を2人へ話そうと口を開くが、その答えは千冬が予想していたのとは違う方向から飛んでくる。

「待機ではない。勿論俺も出る。そして俺の役回りは……保険だ」

 腕を組み、静かにそう言い切った翔が、どうだ? と千冬に視線を送り、その翔からの視線に頷いてみせる。
 翔の言った言葉はまさしく千冬の考えていたそのままの作戦を指している。
 そして、翔が出ると言う事に、頷いてみせた千冬に、慌てたのは、誰でもなく束である。
 束は、慌てて千冬の前に出て、大げさな身振り手振りを加えながら、作戦遂行は白式と紅椿だけで十分である事を必死に説明するが、千冬は束の言葉に首を縦に振ることはない。
 それも当然の事で、システム最大稼動時で零式と同じ速度が出せる。それは、裏を返せば、システムが最大稼働出来なければ、零式よりも遅い、という事実に他ならない。
 にも拘らず、束は紅椿のスペックをフルに引き出さずとも、今回の作戦は簡単だという。
 と言う事はつまり、零式よりも遅い紅椿で可能ならば、当然零式のやるはずだった役回りが空きになり、零式の扱いが浮く。
 そして、翔が駆る零式は、代表候補生を合わせた全員で比較してみても、その実力は頭一つ分飛びぬけており、そんな翔を遊ばせておくには非常に勿体無い。
 現状の紅椿よりも速く、実力も高い翔。ならばその存在を保険として起用すると言う考えは、何もおかしい事ではない。
 そこで、翔に与えられる保険としての役回りは、こうだ……。

「織斑、篠ノ之の両名が作戦に当たり、同時に出撃する柏木は両名が福音と接触するポイントから、福音の通過ルート上1キロ先で待機とする」

 固められた作戦の概要を淡々と千冬が説明していく。
 つまり、翔に与えられた役目は、一夏と箒が作戦を失敗した時の殿の役目である。
 チーム3名以上の混戦というものを体験した事がなく、その内1人の実力がずば抜けているとなった場合、機体の特性もあり、連携が上手くとれない可能性があるゆえの役回りだった。
 作戦が完全に瓦解した瞬間、翔が割って入り、離脱までの時間を稼ぐ、これは福音を相手取っての単騎による時間稼ぎと離脱が可能な実力を持つ者にしか行えないものだ。
 その作戦の内容に対して、異論はあるか? と千冬が全員に向かって問いかける。しかし、翔が出撃する事に反対していた束は、破綻のない作戦に、何も言う事は出来なかった。だが、その顔色は珍しい事にかなり悪く、いつも浮かべている、へらっとした緩い笑みも浮かんではいなかった。
 無論、ここまでくれば、何かあると勘ぐる千冬だったが、結局時間が惜しいため、自らの思い描いていた絵と違うからこその反論だったと結論づける。

「異論はないようだな……では各自、準備に掛かれ!」

 千冬の張り上げた声に、そこにいた者たちは一斉に行動を開始する。
 その中で、未だに顔色の悪い束が、箒の紅椿を調整している姿が、何故か千冬の脳裏から離れなかった。



 時刻は午前十一時半
 まだ日の高いそんな時刻の砂浜、夏である事を考えれば昼に近い時刻である今はもう既に、砂浜の砂は長時間陽光に晒され、かなり高い温度となっている。
 予定通りならば、この砂浜ではIS各種装備のテスト稼働が行われて、多くの生徒達がISのデータ取りに追われているはずだった。
 しかし、今その砂浜には、多くの生徒など見当たらず、立っているのは僅か3人。
 1人は女子生徒、後の2人は男子生徒と、チーム構成としてはこれ以上ない程に異色な組み合わせである。
 何せ、ISを動かせるのは基本的に女性だけ、と言うのは常識の考えであり、そんな中でチームの半数以上が男子である等、この世界何処を探してもあるはずのないチームであるのは言うまでもない。
 そして、その異色なチームである3人が浮かべる表情も、それぞれに色がある。
 一見冷静な様に見える表情だが、何処か浮ついたような雰囲気の、特徴的なポニーテールが目を引く美少女。篠ノ之箒。
 初めての実戦と言う事もあってか、それなりに緊張を帯びている硬い表情の織斑一夏。
 対照的に、冷静沈着で何時も通りの感情を悟らせない表情で、静かに一夏の横に並んでいる柏木翔。
 中心に立つ一夏が、箒と視線を交わし頷き合い、翔へ視線を送り、いつでもいいと言うように軽く手を掲げる翔を認める。

「来い、白式」
「行くぞ、紅椿」
「…………」

 集中する為だろうが、箒と一夏は自らのISに声を掛け、翔はただ手の中にある待機状態の零式に集中する。
 一夏と箒の掛け声と同時に、3人の身体は、それぞれのIS装着時に発する光に包まれ、それが霧散した後には、白、紅、黒のISを纏った3人が存在し、ふわりと少し地面から浮き上がる。
 一夏の視界が開けた時、既に隣にはISを纏った翔が居り、何かを確認するかの様に、開閉を繰り返す右手を見据えていた。

「どうかしたのか? 翔?」
「……いや、何でも無い」

 確かめるように己のISを見据える翔に、一夏が不思議そうに首を傾げ、問いただそうとするが、そこに紅椿を纏い終えた箒からの声が割って入る。
 展開速度に差があるのは、専用機を持ってからのIS稼働時間による差が関係しているのだろう。
 箒は一夏や翔と比べると、幾分かその速度は遅い。鬼才で天才な篠ノ之束が調整をしたと言っても、紅椿のマスターになったばかりなのだから、こればかりは仕方ないとも言える。

「しかし、態々師匠が出ずとも……私と一夏だけで十分です」

 表面上は冷静で、鋭い瞳を維持している箒からの、何処か浮ついたような声に、翔は瞳を細め、その瞳でもって箒を捉える。
 今の箒の台詞は、実戦を行うにあたって、不適当な言葉であると同時に、雰囲気と言葉にかなりの差異がある。
 どういう事かと言えば、態々師が出るまでもない、という台詞は、どうにも一夏と自分だけで出たかった。そう聞こえるような雰囲気の言葉だった。

「箒。忘れるな、これは実戦だ。個人的な感情は捨てろ」
「分かっています」
「……まぁいい」

 翔からの警告に、箒の返した言葉は、やはり変わらない。
 軽くため息を吐き、諦めたように言葉を投げる翔。
 微妙な空気になってしまったこの場を持つのは、当然一夏という事になるが、この場を丸く収め、何故か少し浮ついた雰囲気の箒を諌めると言う高度な事等、到底一夏には出来る訳もない。
 その事を一夏本人も自覚していた。何せ、自分の親友が箒の雰囲気を諌めるのを投げたのだ。この事実だけで自分の手に負えないと認識するには、もはや十分。
 そう考えた一夏に出来る事は、さっさと状況を進める事だけだ。

「じゃ、じゃあ、箒。よろしく頼む」
「本来なら女の上に男が乗る等私のプライドが許さないが、今回だけは特別だぞ」

 今回の作戦では、箒が一夏を攻撃ポイントまで運ぶ事になっている。故に、一夏は箒の上に乗らなければならないのだが、早速箒はその事に対して、文句を言う。が、しかし、その割には妙に機嫌は良さそうな雰囲気を、今の箒からは感じ取る事が出来る。
 一夏が箒に担がれるまでのやり取りを、翔は静かに見ていたが、その光景に軽くため息を吐くと、通信チャンネルをプライベートに切り替える。
 当然開くのは一夏へのプライベートチャンネルであり、開かれたチャンネルウィンドウには一夏の顔が映っている。
 突然開かれたチャンネルに、一夏は不思議そうな表情を浮かべながらも、チャンネルを合わせ、プライベートチャンネルが双方向に繋がる。

「どうしたんだよ?」
「いや、箒がどうも浮ついているようだからな」
「あぁ、成程……」
「よく見ておいてやれ」
「分かった、その時はフォロー入れるさ」
「うむ、頼んだぞ」

 あぁ、と一夏からの返答を短く聞いた後、プライベートチャンネルをオープンに切り替え、翔は自らの作戦行動へと移る。

「俺は一足先に行く。しくじるなよ?」
「分かっています」
「任せろって」
「ふむ、健闘を祈る」

 一夏と箒の返答を聞き届けると、短く言い切り、少しばかり膝を曲げ、飛翔の体制へと移行する。
 本来ならばPICによって浮遊しているISで、飛翔の為に脚部を曲げる必要なはないのだが、結局その行動は、翔の中での飛翔のイメージを明確にさせるものでしかない。
 思い描くイメージは、大空へと羽ばたくものではなく、地を蹴り出し、空を駆けるイメージ、その明確なまでに描く翔のイメージに答え、零式が動きを見せる。
 背面にこれでもかと言う程詰め込まれたスラスターが次々と稼働。コアから供給されるエネルギーを圧縮し、そこから漏れ出す金色の粒子がスラスターからキラキラとこぼれ落ちる。
 そして刹那の瞬間、金色の粒子を纏った黒の装甲は、ハイパーセンサーによって強化されている筈の一夏と箒の視界から忽然と消え失せ、後には翔が飛翔したであろうと言う痕跡の砂煙。
 時間すら超越してしまいそうなほどの速度に、高性能なISを持った箒は、改めて零式の速度に驚愕を覚えざるを得ない。
 確かに、箒が駆る紅椿は万能機かもしれない。そしてそのスペックは計り知れないのも事実だろう。
 だが、その様な高性能機に乗る事によって、初めて実感する零式の速度。紅椿の速度を知っているからこそ、箒は改めて見る零式との速度の差が際立って見えた。
 自らが紅椿に乗って速いと感じたものより、更に疾い。
 常識外の速度を有する零式は、確かに普通の人間では操りきれないISであるのは間違いない。
 既に空を見上げても、僅かに浮かぶ雲に隠れて見えない零式を自覚し、箒はそう思う。

「相変わらず速ぇ~なぁ、零式」

 呑気な声を上げながら、翔が飛んでいったであろう方角を見ている一夏に、少し悔しげな表情を浮かべる箒。
 紅椿は確かに速いが、あそこまでの速度を出せと言われれば、今の箒では確実に無理だ。

「私達にはやるべき事があるだろう?」
「わかってるって、頼んだぜ」
「……あぁ」

 何処か嬉しそうな箒の様子に、一夏も軽く笑みを浮かべるが、やはり引っかかるのは箒の少し浮ついた雰囲気であり、それを危惧しながらも、決定的な注意を促す事は出来なかった。
 それだけが唯一気がかりだった一夏だが、その後、オープンチャンネルにて行われた千冬とのやり取りで、箒の雰囲気に気がついた千冬が、一夏へと開いたプライベートチャンネルにて、翔と同じ事を言う千冬に、一夏がそれを指摘し、思わず嬉しそうながら、照れたように取り繕う千冬が居た等、翔は全く知らない事だった。



 黒の装甲を纏い、上空へと飛翔し、雲を突き抜けた翔はその場で一旦停止し、浮遊状態のまま、ISへ命令を送る。

「暫時衛星リンク確立……情報照合完了。目標の現在位置を表示」

 小さく呟くようにして命令を伝達し、それによって行われる処理が、翔の目の前に次々と表示されていく。
 そのディスプレイを鋭い視線で捉えながら、最終的に目標――福音の位置が記されたマップが表示され、福音の現在位置を把握。
 マップを縮小しても、かなりの速度をもって移動していくポインタを、揺らがない瞳で捉え、次の命令を小さく呟く。

「予想ルートを検索……自機目標ポイントを表示」

 低めの落ち着いた声に従い、翔の目の前にあるマップに、福音の通過ルートであろう予測ルートを示した一本の線が引かれ、その長い一本の線の途中で1つマーカーが打たれる。
 表示されたマーカーを睨みつけるようにして捉えながら、翔はここから大体距離を計算し、そう遠くはないと判断。

 スラスター起動、エネルギー圧縮。加速開始。
 翔のイメージを具現化するために、零式のスラスターが起動する。甲高い機械音と共にスラスターから金色の粒子が舞い散り、加速体制に入る。
 溢れ出る金色の粒子が量を増した瞬間、零式を駆る翔の目には辺りがスローモーションに映る。
 ハイパーセンサーが処理しきれない分の視覚を、自らの視覚と意識によって補う。
 PICによって制御されている加速度が、処理を超えて自らの身体に掛かってくるのも、翔にとってはいつもの事だ。
 処理が追いついていないスローモーションの景色の中で、翔の視線は、表示されるマーカーの一点に、只々注がれていた。
 そんな景色の中、翔の耳に聞こえてくる小さな軋みの音。
 音源は自分のISである零式のスラスターである事を、翔はもうかなり前から自覚していた。

「……もう少しだけ、俺に付き合ってくれ」

 小さな呟きと共に、翔はその小さな軋みの音を黙殺し、零式もそれに応える様に、エネルギーを捻出し圧縮。
 そこから得られる推進力は加速度的に増し、翔の体に掛かる負担が、更に大きくなるが、それにも表情を変える事はなく、段々と大きくなる軋みの音を黙殺。
 自らの意思に応えた黒のISに少しの感謝と労わり、罪悪を感じながらも、更にその速度を上げていく。
 表示されている速度は――スペックで見られた仮想速度を大きく上回っていた。

 寡黙で冷静な人物とその相棒である黒のISは、青空広がる蒼穹の空を、只々翔け続ける。
 ――その先に待つのが、例えどんな結果であろうと、関係ない。

「前へ進む。それだけだ……」
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