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「IS インフィニット・ストラトス ~黒衣の侍~」
銀の福音編
二十三斬 漢たる者何時如何なる時にも冷静に振舞え
臨海学校、学校行事として存在するその行事は学校によって呼び名が自然学校だったり、向かう場所が違ったりするが、結局どの学校にも臨海学校、自然学校、若しくはそれらに内容がよく似た行事が大体存在する。
そして海の傍を走る何台かのバス、それらはIS学園と呼ばれるエリート校のバスであり、向かっている先は当然海。どうやらIS学園の校外行事は臨海学校らしい。
目的地が目の前に迫ってきたバス内、当然バス内のテンションは否応無く上がっていく訳で、クラス的には一年一組とクラス分けされているクラスが乗ったこのバスも例外ではない。
バス内にはクラスのほぼ9割を占める女子生徒達の黄色い歓声が飛び交っている。
その中で、一年一組の例外――いや、IS学園と言う学校の中での例外である男子学生二人で固められた席、具体的に言うならば、クラス担任である千冬と副担任である真耶が座るバスの左側最前列のすぐ後ろの席。
IS学園の例外、織斑一夏と柏木翔が座るその席は、周りのテンションに流される事無く静かな物だった。
とは言っても、一夏の方はつられない様に我慢しているのか少しばかりそわそわしているのが見て取れる。その証拠に、一夏の手はしきりに開閉を繰り返している。
翔の方は特に変化を見せず、腕を組んで廊下側の席にどっかりと腰を下ろし、鋭い瞳は現在軽く伏せられており、全体の雰囲気としては浮かれたような雰囲気は感じられず、全くもっていつも通り。
そんないつも通りな翔の先の後ろから、にゅっと腕が伸び、そのまま翔の首の前へ回り、がっちりホールド。
後ろの席から伸びてきた腕は、制服の丈があっていないのか、袖から手が出ていない。
「海だよー? おりむー、しわぎん、きれーだねー!」
「うぉ! のほほんさんか……」
「む? 確かに海が綺麗なのは認めるが……動けん」
突如翔を椅子に貼り付けにした腕の持ち主は、布仏本音。
一年一組に所属する女子生徒の一人で、いつも丈の合わない服を着ているのが特徴的。彼女の二つに括られ、ぴょこっとその存在を左右の側頭部に主張している二本の触覚は、彼女の感情に合わせて時折ぴくりと動いたりするが、それは何故なのか未だに誰も知らない。
そんな個性的な彼女だが、どうやら話題性の多い一夏と翔が気に入っているようで、度々こうして話し掛けて来る事が多い。
何かと鈍そうな彼女がIS学園でやっていけるのか甚だ不安ではあるが、今の所目立った問題も無い為大丈夫なのだろう。
入学して暫くしてから彼女との交流が始まり、直ぐに、彼女自身から、名前は好きに呼んでくれと言われたため、一夏は、彼女に対する印象と名前から、のほほんさんと愛称をつけている。
のほほんさんと愛称をつけられる彼女だが、特に翔が気に入っているようで、時折動くのが億劫な時は知らない間に翔の背中に張り付いていたりするのだが、それに対して翔も特に気にする素振りは見せていない。
「まぁまぁ、いーからいーから」
「だが本音、どうせもう直ぐ降りる事になるが」
「それでもだよー、しわぎんずっと難しい顔してるからねー」
「む? そうだったか、俺としては普通にしていたつもりなんだが……」
「普通が既に難しい顔してる様に見られてんだよ……」
翔の席のヘッドレストの横からひょっこり顔を出し、ほにゃりと笑う本音に、首を捻って、ぬぅ……と唸る翔。
何故なのか分からないと首を捻る翔に、一夏は呆れたような表情でツッコミを入れる。
どうやらいつもの感情を悟らせない無表情に近い翔の表情は、他人には難しい表情のように見えるらしい。
「それより、しわぎん! おりむー! 海に着いたら何するー?」
「そうだなぁ、やっぱ取り合えず泳ぐだろ!」
「ふむ……俺は釣りをするつもりだが……」
「私はねーかき氷でしょーイカ焼きに、焼きそばに、浜焼き……楽しみだねぇー!」
「全部食い物ばっかりじゃねーか……」
各々海に着いたらしたい事を上げていくが、本音があまりにも食べ物の事ばかり言う為、着く前から既に一夏は胸焼けを起こしたように顔を顰めながら、本音の意見にストップを掛けるように突っ込む。
一夏の表情と言葉に、本音は、誠に遺憾である。とでも言うように小さな頬を目一杯膨らませる。
「むぅー、おりむーこそ、てんぷれ? みたいな意見で面白くないよー」
「失礼な、海に着いたら泳ぐ、当たり前だろ?」
「当たり前の事をしても面白くないよー」
翔を挟んで一夏と本音が、むむぅ、と睨み合うが、間に挟まれている筈の翔は、特に気にした風もなく、前の席から眉間に皺を寄せて覗き込んでくる千冬に向かって、気にするなと言う様に、苦笑を投げかける。
それに対して、千冬は、一夏は後で説教だ……などと呟きながら、気にするなという風な態度の翔に従い、席に戻る。
「浜焼きだよー」
「水泳に決まってんだろ?」
翔が本音と一夏に意識を戻した時には、何故か多く上がっていた筈の食べ物が浜焼きのみに集約された本音と、海で泳ぐというのが面倒になったのか水泳と言う意見をごり押しする一夏と言う構図になっていた。
あまりに低レベルな言い争いをしている二人に、翔はいつもの如く、保護者のような気持ちにさせられ、苦笑を浮かべるしかない。
ここで言い争いを止める事も考えたが、せっかくの臨海学校、あまり押え付け過ぎるのもよくないし、この言い争いは一過性の物だと判断した翔は、一夏と本音を意識の外に置き、辺りを見渡す。
バスの真ん中の通路を挟んで右側の席には、セシリアと箒が座っており、二人とも一夏と翔と言う接点があるため、話題には事欠かないようで、話し声が途切れる様子は無い。
しかし、時折セシリアが楽しそうに笑いながら箒に何か言う度に、箒の頬が紅く染まり、動揺したように慌て出す。
その様子を見て、セシリアが何を言ったのが、大体の予想がつく翔。
タイミングよくセシリアが翔のほうへ視線を寄越し、翔に対してふわりと笑いかける。
セシリアの上品な微笑みに対し、苦笑と共に、程々にしておいてやれという意味を込めて、頬の赤みを隠す為に窓の方を向いている箒の方を指差す。
翔の言いたい事が伝わったのか、セシリアは一つ静かに頷いて苦笑を浮かべ、箒のフォローの為に箒へと向き直る。
その時には既に翔の視線はまたバス内へと向けられていた為、気が付く事は無かったが、箒の方へ向き直る寸前、セシリアの青い瞳は、スゥ、と細められ、その瞳は翔の首に未だに巻きついている本音の腕へと向けられていた。
その瞬間のセシリアの瞳に浮かぶ感情は、ご想像にお任せしよう。
セシリアとのやり取りを終えて、翔が次に向けた視線の先には、金色と銀色が特徴的な二人、シャルロットとラウラの座る、少し後方の席。
翔の位置からでは、二人の話し声は聞えないが、シャルロットが楽しそうにラウラに話し掛けるたびに、ラウラは何やら身体を硬直させている。
何を話しているのか想像もつかない翔は、二人の観察をすぐさま切り上げ、千冬が座る席のヘッドレストへ視線を直し、考える。
(もうそろそろ止めねば、千冬が出てくるか……)
千冬が介入してこようとして数分、未だに睨み合っている一夏と本音の様子に、翔は冷静にそう考える。
「浜焼き!」
「水泳!」
もう互いに、浜焼きと水泳しか言えない様な短絡的な思考へと落ち着いてしまったらしく、息も荒く互いの意見に被せる形で言い合う姿は高校生として考えると涙が出て来そうなほど情けない光景である。
「その辺りにしておけ、一夏、本音、そろそろ織斑教諭の我慢も限界だ」
「はまっ……うっ!」
「すいえっ……がっ! 舌噛んだ……」
再び小学生レベルの発言を互いにしようとした途中に翔からの意見が混ざりこみ、それを理解した本音と一夏は、それぞれ発言を途中で切っていたが、一夏に至っては千冬の怖さを人一倍理解している為か動揺し、舌まで噛んでいた。
痛そうに舌を出して涙目になっている一夏を放って置いて、海は近付き目的の旅館は直ぐそこである。
(うむ、青春の一ページと言うやつがまた刻まれるか、よい事だ)
満足そうに海を見ながら笑みを浮かべる翔は、これからの臨海学校で皆と刻む思い出に思いを馳せていた。
最も、その視点はどちらかと言うと保護者の様な思いの馳せ方であったのは言うまでも無い。
知らず知らずの内に、保護者視点で翔が臨海学校に思いを馳せてから数分して、バスは目的の旅館の前へ到着する。
四台のバスから降りてくるのは当然の事ながらIS学園の一年生の者たちばかり。
千冬から、ここが世話になる旅館だと軽く説明を受けて、揃った一年生達は、態々出迎えに来ていた女将らしき人物に、よろしくお願いします。と声を揃えて挨拶。
花月荘と呼ばれるこの旅館は、どうやら臨海学校の際にIS学園は毎年世話になっている旅館のようで、学生達の受け入れにも、女将らしき人物の態度にも随分と余裕がある。
他の生徒達と同じタイミングで頭を下げた翔がそう考えている間に、女将らしき人物の視線が、翔と一夏に固定され、珍しそうに近付いてくる。
「あらあら、貴方達が噂の男子生徒さん達かしら?」
「はい、柏木翔と申します。三日間世話になりますが、御迷惑にならぬよう心掛けます」
「あら……これはどうもご丁寧に、清洲景子と申します。この旅館の女将を勤めさせてもらっております」
旅館の女将である女性が話し掛けてきたため、改めて翔は女将に頭を下げて挨拶し、それに驚きながらも、景子と名乗った女将の女性も頭を下げる。
翔と景子が頭を下げあっている所に、千冬が近付き、そのまま展開についていけていない一夏の頭を軽くはたく。
「どうも、今年は男子が二人増えたおかげで浴場分けが難しくなって、申し訳ありません」
千冬が軽く頭を下げると、景子は穏やかな笑顔を見せる。
「いえいえ、お二人共しっかりしていて良い男の子じゃありませんか」
「こっちの、柏木は確かにしっかりしていますが、こっちの方はしっかりしている感じだけですよ、挨拶をしろ、馬鹿者が」
「お、織斑一夏です。よろしくお願いします」
「うふふ、どうもご丁寧に。こちらこそよろしくお願いします」
そう言って上品に笑う景子は、やはり、旅館の女将を任されるだけの気品を感じられる。
一夏は如何にも大人の女性と言った雰囲気の女性に耐性が無いのか、多少慌てた感じで挨拶をするが、翔は既に挨拶を済ませたので事の成り行きを見守る。
「不出来な弟でご迷惑をお掛けするやもしれませんが……」
「あらあら、うふふ、弟さんには厳しいのね」
「手を焼かされる弟と手を焼かされない弟の親友が並んでいますので、差を考えるとどうにも……」
如何にも困ったと言うような千冬の表情に、景子は更に楽しそうに、あらあら、と笑顔を深める。
あまりといえばあまりな千冬の言葉に、一夏は僅かに肩を落とすが、翔の方へ視線を送ると、臨海学校の予定などが書かれた資料を片手に、ふむ、と静かに思案している翔の姿が目に入る。
浮かれる事無く冷静に資料を閲覧する翔と大人の女性と言った雰囲気の景子に挨拶するだけで慌てる自分を比べて、一夏は千冬の言葉にも、思わず納得してしまう。
(遠いなぁ……)
立ち振る舞い一つ取っても、翔と自らを比較し、やはり遠い、一夏は素直にそう思う。
一夏の目指す男の背中は、そう簡単には見えて来ないという事であろう。
それから景子の部屋へ案内すると言う言葉と共に、IS学園一年生の生徒達は、揃って大移動を始めようとするが、そこで、先程バスの中で絡んできた本音から、一夏と翔に声が掛かる。
「ね、ねー、おりむーとしわぎんの部屋って何処ー?」
「む? 本音か、今俺もそれを確かめていたのだが、名前が見当たらなくてな……」
「え? マジか、と言う事は廊下ででも寝るのか?」
「それは楽しそうだねー」
一夏の言った可能性の一つを聞き、本音は特に何も考えていないように声を上げる。
きっと彼女は廊下で寝るのは本当に楽しいのだと思っているのだろう、こう言う人物をどういうか、決まっている。
「愛すべき何とやら、と言うのは本音の様な人物の事を言うのだろう」
「えー? 何ー?」
「いや、何でもない」
ぼそりと失礼な事を呟いた翔の言葉に反応する本音だが、内容は聞えていなかった様で、いつものぽやぽやしたような態度を崩さない。
例え聞えていたとしてもその態度を崩したかどうかは不明だが……。
と、そこで三人の会話を千冬から発せられた声が中断する。
「織斑、柏木、お前達の部屋はこっちだ。ついてこい」
「承知。ではな、本音」
「またあとで」
「うん、後でね~」
翔と一夏の言葉に本音は腕と共に髪もぴこぴこと動かしながら翔と一夏を見送る。
やはり、彼女の髪の構造は謎に包まれたままだ。
ずんずんと翔と一夏の前を歩く千冬に着いて行き、その際、翔と一夏は辺りの設備に目を配り、旅館としてのクラスはかなり良いクラスの旅館であると言う結果に二人揃ってたどり着く、無論言葉には出していない。
やはり長い年月を共に過ごしてきただけあって、目の付け所は何処か似た所がある翔と一夏。
と、今回の臨海学校の間に翔と一夏が世話になる部屋に着いたのか、千冬の歩みが止まる。
ここだ、と言う千冬の言葉に、翔と一夏が視線を向けたドアには、しっかりと『教員室』と書かれた紙が貼り付けられていた。
隣の部屋にも同じく『教員室』と書かれた張り紙がしてあり、その部屋からひょっこりと顔を出したのは、緑のショートカットに丸めがねを装備済みの山田真耶、その人物である。
「ここがお前達の部屋だ」
「えーっと……」
「俺はどちらに?」
未だに要領を掴めていない一夏の言葉と、状況を正確に理解した翔から出た言葉。
二人の言葉には理解度に深い差異があったが、翔の言葉に反応した千冬は、真耶をじろりと睨みつける様に見やる。
「山田先生の! 提案でな……織斑は私と同じ部屋だ……言っておくが、私は教員だという事を忘れるなよ?」
不本意極まりないと言う事がよく分かる千冬の眼光と言葉に、真耶から、ひぃ! と裏返った声が上がり、同じ部屋になる一夏に向けて言われた言葉には、底冷えのする程に冷たい感情が含まれていた。
詰まる所、簡単に言ってしまうならば、八つ当たりである。
そんな謂れの無い、一夏自身には何の非も無い結果に対してとばっちりを喰らったが、その一夏の体は、千冬の声を聞いた瞬間、一も二もなく敬礼で千冬の言葉に応える。
「イエッサー! 織斑先生!」
「よし、良いだろう……」
千冬の意図を反論なく受け入れた一夏に対して、千冬は満足そうに一つ頷く。
真耶はそんな千冬を見て、未だに何故睨まれたのかよく分かっていないのか、半分涙目である。
無論、真耶としては、姉弟水入らずの時間を作れれば……とつまり、良かれと思って出した提案だったのだが……。
千冬としては、どうせ同じ部屋になるならば、実家で同じ家に住んでいた一夏ではなく。
一夏に誘われて極偶に泊まりに来るような機会しかなかった翔と同じ部屋が良かったと思う千冬の乙女心が理解出来なかった真耶は、やはり千冬に睨まれるしかないのであろう。
「取り合えず、今日一日は自由行動だ。羽目は外し過ぎん様にな」
「承知」
「わかりました」
気を取り直したように、教師として釘を刺す千冬に、翔と一夏はそれぞれ了解の声を上げる。
二人の了解を聞いた千冬は、そこで何を思ったか、うっすらと頬を赤く染め、コホン、とわざとらしく一つ咳払いを入れ、翔の方をチラチラと見る。
「あ、あー、何だ、その、わ、私も一応水着を選んでもらったわけだしな、少しは泳ぎに出ようと思う……」
「む、教員と言えども羽を伸ばす時間は必要です。織斑教諭はこの機会に少し羽を伸ばすのもよろしいかと」
「う、うむ、そうだな、そうさせてもらう」
ごにょごにょと何時もの声量からは考えられ無い程にもにょもにょと頬を染めて小さく喋る千冬の言葉を聞き取った翔は、千冬の意見に賛成の声を上げる。
翔からの賛成に勢いづいて、翔に選んでもらった水着を見て欲しいと言いたい所ではあったが、結局、先程一夏に教員だと言ってしまった事や、羞恥心が邪魔をして、それを言う事は出来ず、翔の言葉を額面通りに受け取る事しか出来なかった。
その事に少し意気消沈しながらも、その場で話す事がそれ以上浮かばなかったのか、千冬は一夏を促し、部屋へと入る。
一夏はそんな自分の姉を不憫な目で見つめながらも千冬の後に続き、結局部屋の中でフォローを入れる事になるのは言うまでも無い。
織斑姉弟が部屋の中へと消えた瞬間、真耶は腰が抜けたように、へなへなと床に尻をつく。
「こ、怖かった……」
「ふむ、山田教諭、疲れたのは分かりますが、我々も部屋に入りましょう。荷物も整理したいですから」
「あ、はいはい、すみません」
呆けたように尻餅をついている真耶に手を貸して立ち上がらせながら、部屋への入室を促し、翔も漸く部屋に荷物を置き一心地つく。
この部屋はどうも和室であるらしく、ごてごてとした大きな物が置かれておらず、部屋の真ん中に大きな机が一つ置かれているだけ。
家具などの少なさからか、二人部屋の間取りにしては随分広く見える。
部屋にある大きな窓からは海が一望出来、東向きの部屋である事から考えて、海と日の出のコントラストが感動を誘う光景が見られる事が予想される。
お世辞抜きに良い部屋なのだろう、と荷物を置いて窓際に立って風景を眺める翔は思う。
「これは、良い部屋ですね、山田教諭」
「えぇ、毎年教員はこの並びの部屋を使うんですけど、この風景は絶景ですからねー」
「俺もそう思います」
風景を堪能した翔は窓際から離れ、急須に茶葉を入れて、部屋に置いてある電気ポットから湯を注ぎ、少し時間を置いてから洗面所に注いだ湯を捨てに行き、もう一度湯を注いで、二つの湯飲みに茶を注ぐ。
出来上がったお茶を、部屋の真ん中の机に両手を置いて、外を眺めている真耶の前にそっと置き、自らも机を挟んで真耶の正面に正座で座る。
差し出されたお茶に気がついたのか、真耶はニッコリと笑顔を浮かべる。
「ありがとうございます。柏木君」
「いえ、ついでですので気になさらず」
「本当に柏木君はしっかりしていますねぇ……」
翔の言動に感心するばかりの真耶。
自分のついでに淹れたという翔の言動は、一見失礼に値すると思われるが、これが実はそうでもなく、自分のついでに淹れたと言えば、相手も特に気にせず、自らの厚意を受け入れる事が出来ると言う効果がある。
特に相手が年上の場合、若い者は自らの事を優先して動くという欲求を理解している為、自らの用事を優先させたついでと言えば、相手の若さを理由に、厚意からの施しをプライドに傷をつける事無く受け取りやすくなる。
と言うように、一見自分の存在を一段上げた様に見えるが、結局相手の尊厳を気遣った言動と言う事。
無論、その結果に至る為には、ある程度の聡明さが必要になってくるのだが、真耶はどうやらそのカテゴリに入っているらしく、翔の言動の意図を正しく理解していた。
それ故の感心なのである。
「柏木君は海に行かないんですか?」
真耶のその疑問は最もである。
先程から茶を啜るだけで動く気配を見せない翔。
窓から覗く海には、既にIS学園の生徒と思わしき女子達が海に溢れかえっており、IS学園に二人しか存在しない男子である翔と一夏の登場を今か今かと待ちわびている。
その証拠に、窓から覗く女子生徒達の動きは、何時もより慌しい、それも当然の話で、今ここにはクラスの垣根が存在しない。
つまり、何時もなら各組が教室と言う檻に区切られているのが、今はそれが存在せず、噂の男子学生二名を間近で見る事が出来て、更にあわよくば会話も、触れる事さえ出来るかもしれないのだ。
それを考えると、彼女達の様子も納得できる。
実際、翔もその事はよく分かっていた。
「俺は静かに釣りがしたいだけなのですが……」
「貸し竿あるみたいですよ?」
「承知しています。ですが、出て行くと明らかに静かにと言う選択肢はなくなりそうです」
翔の発言に、真耶は思わず苦笑を浮かべる。
恐らく真耶も翔と同じ事を思ったのだろう。
IS学園と言う一つの学校に、どの学年通しても存在する男子学生は翔と一夏の二人だけ、それ故に注目を浴びるのは仕方がなく、それなりの話題性があり、興味も抱かれているのを翔は理解していた。
その中には、一夏や翔自身に好意を抱く女子生徒も居るかもしれない、そう言う感情を込みでの興味だと言う事もきちんと理解している。
だからこそ、出て行くのが億劫になる部分もある。
翔にとって、愛とは友愛、それしか分からない。それは何故か? 結論は簡単、翔は恋と言うものを経験した事が無い。
どんな気持ちになって、どんな事をして、相手をどう思うのか、その全てが翔にとって想像の向こう側の感情なのである。
だからこそ、誰かから想いを打ち明けられてもそれに応える事が出来ない。
その相手に恋をしていないのに応えるなど、翔の中にある誠実さが許さないのだ。
自らが恋をした事が無いから、誰かが自分に恋をしていても、判断する事が出来ない。どんな風になっていれば自分に恋をしていると判断すれば良いのかが分からない。
デートに誘われる? 手を繋ごうと言われる? 腕を組みたいと言われる? キスをしたいと言われる? 結局翔の中でどれもが判断基準に満たないもの。
事実は小説より奇なり、想っていなくともそう言う事をしたいと言って来る人物は存在するかもしれない。
やはり、相手の想いを知るには、自らが同じ想いを経験するしかないのだ。
そこまで考えて、湯飲みに残っている少しのお茶をぐいっと飲み干し、だが……、と翔は考える。
(俺に恋と言う感情を理解する日は来るのだろうか……)
実に怪しい所だ……そこまで考え、窓の外を見てみると、IS学園の女子達に囲まれる一人の男が遠めに見える。
一夏だと判断した瞬間、翔の表情に苦笑が浮かぶ。
(どの道、一夏の事が片付かない限り、ゆっくり考える事も出来んか)
結局、何だかんだ言っても、翔の親友である一夏を想っている幼馴染二人に頼られた翔としては、自らの恋がどうかなど、親友と幼馴染達の恋に決着がついてからだと言う事は間違いないようだ。
「では山田教諭、俺も海に行くとします」
「はい、行ってらっしゃい」
「そう言えば……」
「はい?」
すくっと立ち上がり、水着とタオル、黒のパーカー、サンダル等を持ち立ち上がった所で、何かを思い出したのか翔は真耶に向かって口を開く。
「ここは、厨房の一角は貸して貰えるのでしょうか?」
「え? うーん、どうでしょう……ここの料理人さん達はプライド高いみたいですからねぇ……」
うーん、と声を上げて、左斜め上辺りに視線をやりながら、顎に右人差し指を当てて悩む真耶。
その様は成人しているとは思え無い程に幼く、そして可愛らしく映るが、やはり翔には関係ない事である。
真耶からの返答を受けて、翔は口を開く。
「ふむ……では、柏木源次郎の孫が厨房に立ちたいと言っている。と言ってもらえませんか? それで駄目なら釣った魚は放す事にしましょう」
「? はぁ、分かりました」
翔から告げられた言葉に、真耶はフロントへ内線を掛ける為に受話器をとる。
その時既に、翔は部屋から出て、水着へ着替える為に、別館へ足を向けていたのだが、この数分後、厨房の使用許可があっさりと取れ、その理由を説明された真耶が人知れず叫び声を上げる事など、誰にも予測が出来なかった。
釣りをしたい旨を、女将である景子に話し、撒き餌であるアミエビを2パックと石ゴカイを100gに貸し竿を2本、仕掛けであるサビキを2セットと大きめのウキを一つ、スズキ用の仕掛けを2セット、キス用の仕掛けを2セット、アミエビを詰める籠を3つ程購入し、クーラーボックスも貸してもらい、荷物を背負って砂浜へ出る。
そこには当然、水着に着替えた一夏が鈴に絡まれながらも他の生徒に追い回されている姿があった。
あまりにも予想通りといえば予想通りの光景に思わず苦笑が浮かぶ。
「あ! 柏木君!」
「えっ!? 嘘!? 何処何処?」
「うわぁ、パーカー着てるけど、間から見える体、すっごいかも……」
「あんな肉体に抱かれたら……私壊れちゃう!」
翔が一夏の様子に苦笑を浮かべている間にも、翔の姿は目敏く生徒達に補足され、瞬く間に囲まれる。
現在翔は、黒のパーカーを羽織り、裾を肘まで捲くり上げ、水着は当然シャルロットが選んだ黒地に金糸で、極と書かれた水着。
サンダルも色を合わせて簡素な形のビーチサンダルと言う格好。
それにプラスαとして釣りの道具一式とクーラーボックス。
別に海に立つ分には何ら可笑しくない格好ではあるが、尋常では無い程に鍛え上げられた肉体は、どうやっても人目を引く。
一般客の男性は、非の打ち所の無い程に鍛え上げられたその肉体に、羨望の眼差しを、女性は力強さを感じさせる肉体に視線が引き寄せられる。
この一瞬に関して言えば、この砂浜の視線は、完全に翔が独占していた。
勿論、そんな事を一々気にする翔ではなく、迫ってくる女子生徒達の隙間を涼しい顔ですり抜けていき、一夏の元へたどり着く。
「えっ? あれ? いつの間に?」
「ちょっと誰!? 柏木君逃がしたの!」
「ちょっ、ちょっ! 私じゃないから! 水着の紐引っ張らないでってば!」
翔が大荷物を抱えながらもするりと抜けてきた女子生徒達の団体が、翔の後ろで大変な事になっているが、翔にとっては特に気にする事ではない。
多くの女子生徒をあしらう様にしたのは確かに悪いとは思うが、一人一人相手をしていたら、自らが釣りをする時間がなくなってしまう。
「はぁ、はぁ、やっと来たか、翔。つか鈴、いい加減降りろって」
「良いじゃない、これぐらい」
「その位置はよく見えるか? 鈴音」
「えぇ、よっく見えるわ! いいわねー、一夏管理塔」
自分そっちのけで、上に乗る鈴音と何事も無かったかの様に会話する翔に、一夏はげんなりとした表情。
想い人と触れ合っている鈴音は、この上なく良い笑顔である事は言うまでも無いし、翔も翔で、青春だな……などと歳に似合わぬような事を思いながらも表情は何時もの感情を悟らせないような表情。
取り合えず荷物を一夏達の近くに置いた所で、翔に声が掛かる。
「翔さん」
「む? セシリアか」
翔が反応したその声は、間違いなくセシリアの物で、声のした方へと視線を向けてみると、青のビキニと言う露出度の高い水着。
腰にパレオを巻いているおかげで、その露出面積の広さは、何となく誤魔化せているような気がするが、それでも露出面積が広いのに変わりが無い。
だが、水着と言う物の露出面積が広いのは今に始まった事ではないので、特に問題は無い。
問題は、翔の前に出てきてから、少し恥ずかしそうに身を捩るセシリアにある。
シンプルな青色のビキニに優雅さを感じさせるパレオ、彼女は元々、輝くような金色の髪を持っていて、瞳は綺麗な青い瞳。
そんな彼女が、太陽の下で恥かしそうに、だが、想い人にこそ見て欲しいと砂浜に立つ姿はとても可憐で、美を感じさせるには容易かった。
「ど、どうでしょうか?」
「む? あぁ、ブルー・ティアーズと同じ青色なのだな」
頬を少し赤く染めて、胸の下で軽く腕を組みながら身を少し捩るセシリアからの疑問の意図を正確に把握した翔は、セシリアの水着姿をよく見る。
そんな無遠慮と言えば無遠慮な翔の視線だが、よくよくセシリアを見つめるその視線に、恥かしさを感じながらも、セシリアは何処か嬉しそうだった。
「は、はい……」
「ふむ、セシリアには青がよく似合うな。その水着はよく似合っていると俺は思う」
「あ、ありがとうございます……な、何だか少し恥かしいですわ」
率直な翔の褒め言葉に、セシリアは恥かしそうに頬を赤く色付かせながらも、嬉しそうに笑顔を浮かべる。
「翔って、相手の意図を読み取るの上手いわよねー、相変わらず」
「その割に恋愛感情を判断できないから読み取れないってのはどうかと思うけどな……」
「それは言わないお約束って奴よ。ともかく、一夏はもっと翔のああ言う所を見習うべきね」
「つまり?」
「相手の意図を汲んで、褒めて欲しい所を率直に褒めてあげる、って事」
「一応これでも努力はしてる」
セシリアと翔のやり取りを見ながら、鈴音は、セシリアの欲しい言葉をすぐさま察して言葉を投げる翔に感心し、一夏は肝心な所が読み取れていないと突っ込む。
だが結局、それを置いておくとしても、女性にとって、褒めて欲しい言葉をくれると言うのは、かなりの好感触である事は間違いなく、一夏にもそれを見習う様にと鈴音は一夏に念を押す。
一夏の肩の上で、一夏の額をぺちぺちと叩きながら、ではあるが……。
だが、いい加減、鈴音曰く管理塔ごっこにもいい加減辟易してきたのか、段々と一夏の肩が下がってきたのを見計らい、鈴音は一夏の上から飛び降りる。
「翔、アタシちょっと泳いでくるわ」
「む? あぁ、行って来い、気をつけてな」
「心配無用よ、アタシ泳ぎで溺れた事無いし」
きっと前世は人魚か何かね、などと意気込んで海へ向かう鈴音。
そんな鈴音を一夏は目で追い、最終的には海へ視線が固定され、一夏の手が開閉を繰り返す。
セシリアと翔を放って、海に繰り出すのはどうも気が引けるが、海が目の前にあるのに泳ぎたくないと言うわけではない。
まだ一夏は海に浸かっていないのだ。
そんなそわそわした様子の一夏を見て、翔は、ふっ、とクールな笑みを浮かべる。
「一夏も行ってくると良い」
「え? あぁ、良いのか?」
「こっちは気にするな。それより、鈴音が少し浮かれすぎている。様子を見てやってくれ」
「あ、あぁ、わかった」
「頼むぞ」
海へ向かいたそうにそわそわとしている一夏に海で泳ぐ理由を軽く投げてやり、海へ向かう口実を作ってやる。
それに乗っかり、海へ向かいつつも翔達を気にするように振り返った一夏に翔は、気にするな、とでも言うように、ふいっと軽く手を振ってやる。
翔からの、行くならさっさと行く事だ、と言うような仕草に、漸く一夏は振り返る事無く海へ突撃していく。
その様子は、鈴音が少し心配だから、仕方なく見に行くという足取りではなく、太陽の光に暖められた熱い砂粒を完全に蹴り散らしているような足取りである事を明記しておく。
「困った奴だ……」
「ふふっ、その台詞、父親みたいですわよ?」
「む? そんなつもりは無いのだがな……」
明らかに海を満喫するつもりの足取りで海へ向かう一夏の後姿を見守りつつも、溜め息を一つ吐いて苦笑を浮かべる翔の姿はまさしく保護者のような態度。
口元を軽く手で隠しながら上品に笑うセシリアに、その事を指摘された翔は、困った様に後頭部を右手で軽く掻く。
「それで……翔さん、少しお願いが……」
「む? 何だ?」
保護者のような翔を堪能したセシリアは、上品にころころと鈴の鳴るような声で笑っていた表情を、うっすらと頬が赤くなっているような表情へと変化させ、もじもじと身を捩りながら、翔にお願いがあると進言。
それに対し翔は、苦笑を戻し、いつもの感情を悟らせないような表情が表に出てくる。
何をお願いされるのか嫌な予感がした……と言うわけではなく、単にセシリアからのお願いの内容に予想がつかないだけである。
ふむ? と頭を捻っている翔を、チラチラと見ながら、セシリアは、パラソルとビニールシート、その上に大きなバスタオルの引いてある場所を軽く指差す。
「せ、背中にサンオイルが塗れませんの、手伝ってもらえますか?」
「ふむ? その位別に構わんが……俺もこの後予定があるのでな、簡単になるが、構わないだろうか?」
「え、えぇ! 勿論ですわ!」
セシリアからのお願いを軽く了承しつつも、自らの予定を通す翔の発言に、セシリアは力強く頷き、翔の右手を取る。
そして、翔を急かすように握った右手をぐいぐいとパラソルの方に引っ張る。
「む? ちょっと待て、荷物をついでに持って行く」
「わ、わかりましたわ、申し訳ありません」
「別に構わんさ、それぐらい」
言いながら、砂浜へ下ろしていた荷物を背負う翔の姿に、少し浮かれすぎたと思い直したセシリアは、少し肩を下げながら翔に謝罪。
最も、そんな事を一々気にする性格でもない翔は、ふっ、とクールに笑いながら、気にするな、と手を軽く振る。
海に多く居るIS学園女子生徒達も、合宿の自由時間を満喫する為に、少しばかり浮かれ気味で砂浜を駆け回ったり、海へ泳ぎに行ったりしている者ばかり。
そんな海を全力で満喫している生徒達に比べると、セシリアの浮かれ方など、翔にとっては可愛いもの。
「それ所か、セシリアは自分を律しすぎだな、こう言う場ではもう少し羽を伸ばした方がいい」
「え? あ、そ、そう、ですの?」
もって来ていた荷物を全て背負った翔は、セシリアを伴ってパラソルへ向かいながらセシリアにそうアドバイスを送る。
数々の肩書きを持つセシリアは、それで良いのかと板挟みになりながら疑問を持っているが、そんなセシリアに、翔は力強く、うむ、と一つ大きく頷く。
そして、パラソルの下に出来た影の端に荷物を降ろし、セシリアに向かって、ふっ、とクールに笑みを向ける。
「合宿と言っても、今日一日は休日のような物だ、私的な時間に精神を休ませなければ潰れてしまうぞ?」
「そう、ですわね……」
「それでいてもお前は型に囚われ過ぎる傾向がある。もう少し自分の好きに生きても罰は当たらんさ」
さらりと日常パートで、軽い口調ながら、セシリア自身も感じている己の欠点を翔は突いて来る。
セシリアは、優等生であり、出される課題も難なくこなす。そんな生徒ではあるが、悪い言い方をするならば、教科書通りで言われた事しか出来ない。
つまりは、応用力に乏しい、と言う評価がつく。
教科書通りなのは何も悪い事ではない。基本を疎かにする者に、成長の余地は無い。
しかし、翔や一夏を見ているセシリアは、それだけではその先には行けないと思い始めている。
基本の事が出来て、更にプラスαの応用力。それがあって初めて、セシリアは自らの想い人と肩を並べる事が出来る。
そう感じていた。
「型に囚われ過ぎている。ですか……最近私もそう感じていますわ」
「良い傾向だ。だが、その先を目指すにもしっかりと休み、英気を養う事は重要な事だ」
「言っている事は、とても理解出来るのですが……」
難しい顔をしながらも、セシリアはビニールシートに敷かれた大きなバスタオルの上に、うつ伏せで寝転がり、組んだ手の上に、軽く顎を乗せる。
そして、背中で括られている水着の紐を解き、背中を完全に晒す。
透き通るほどに白い肌の背中は、やはり女性である事を感じられる程に狭いが、その分、男のように筋肉の筋で直線的なラインをしておらず、ある種の色気を感じるラインを保っている。
無防備に背中からお尻にかけて色気のあるラインを、異性に晒しながらも、警戒や動揺が無いのは、翔がセシリアにとっての想い人であるからである事は明白。
思春期の異性に、そんな危険な物を見せられても、当然の如く、翔は意識した素振りもなく、セシリアから手渡されたサンオイルを両手に出し、それを手の中で引き伸ばしている。
「まずはこの休日で型を破ってみると良い。普段自分がしないような事をして楽しむ事だ」
「普段しないような事……」
そこでセシリアの視線はチラリと動き、翔の持ってきた釣りの道具一式を捉える。
「そうだ、そして精神に余裕を作れ、その上で自らの目指すものを目指すと良い」
「ですが……情け無い話になりますが、正直私、目指したいものが分からないんですの」
少し弱々しく、そして、疲れている様に言葉を吐き出すセシリアに、翔は、ふむ、と一言発しながら、考える素振りを見せつつ、セシリアの寝ている左側に両膝を着き、セシリアの背中に両手を置く。
サンオイルを塗る際、相手を気遣うならば、手の温度でオイルを温めてから塗るのが普通であるが、当然、そんな事をするのが初めてな翔がそんな事を知っている訳が無い。
だが、会話の間に暖められていたのか、翔が背中に触っても、セシリアが冷たがった様子は無い。
んっ……と妙な色気を感じる密かな声がセシリアから上がるが、翔は特に気にした素振りはなく、オイルを塗り広げる為に掌をピタリとセシリアの背中にくっつけ、そのまま滑らせていく。
「そうだな……では一つ目指す先を示そう。『nobless oblige』取り合えずこれを目指してみると良い」
「高貴なる者の義務……ですか」
「確かにそう言う意味だが、一般的な意味合いではなく、お前自身が思う高貴なる者の振る舞い。それを考えて目指せ」
「私が思う、高貴なる者の振る舞い……」
「そうだ、見付けてみると良い、お前なりの『nobless oblige』をな」
「難しい物ですわね……」
「人が成長するとはそんなものだ」
何かを悟りきったような翔の台詞を言い切り、セシリアの背中に満遍なく塗り広がったオイルを見て、満足そうに一つ頷き、セシリアの水着の紐に手を伸ばし、丁寧に結んでいく。
結び終わり、水着がきちんと固定された事を感じたセシリアは、上体を起こし、続きは自分でやると良い、と言うように、翔から差し出されたサンオイルの瓶を受け取る。
感情を悟らせないような何時もの表情の翔、そんな翔の鋭く、強い意志の灯った瞳と、セシリアの持つ揺れる青い瞳が交差し、刹那のやり取りを終えたセシリアが口を開きかけた瞬間。
ドスの効いたような低い女性の声がそれを遮る。
「あの……「面白い事をしていたな……」ちっ……ですわ」
「む? 千冬か」
明らかにセシリアの発言に被せつつ言葉を重ねた人物は、織斑千冬その人であり、千冬によって発言を遮られたセシリアは、自らの見極めた押し所を潰された状況に、思わず舌打ちを打つ。
全く高貴な人物だとは思えない。
ドスの効いた低い声を出した千冬は、翔の選んだ黒のビキニを身に纏っており、多くの視線が千冬に釘付けとなる。
いつもは一つに纏めている豊かな黒髪を解き、陽光に反射する艶やかで豊かな黒い髪は美しいの一言に尽きる。
顔立ちも、鋭さを感じるが、クールな美人と捉えるしか無い程に美しい顔立ち。
体のラインも、豊かに隆起する胸元に括れのある細い腰。手足は細くしなやか、そんな女性が、鋭い雰囲気によく似合う黒のビキニを着て、砂浜に立っている。
これで視線を集めない訳がなかった。
主にその視線の持ち主は男性が多かったが、そんな有象無象の視線を気にする千冬ではなく、いつも以上の鋭さを感じさせるその瞳は、想い人である翔と、恋敵であるセシリアの二人を、がっちりと捉えていた。
「何? 何? どしたの?」
「何かね、オルコットさんが柏木君にサンオイル塗って貰ったらしいよ?」
「えっ……なにそれずるい」
「私、サンオイル取ってくる!」
「アンタもうがっつり小麦色じゃん!」
「私、サンオイルになってくる!」
「ちょっと待って! その意見は落ち着いて! 私達人間だから!」
翔とセシリアの行動に、先程から注目していた女子生徒達が、千冬の登場を切欠に集まってきたのか、何やらおかしな発言を交わしながらも、翔とセシリア、そして千冬の周りに、女子の集団が出来上がる。
そんな肩身の狭い状況に何も思う所は無いのか、翔はいつも通り、感情を悟らせない表情で、手に付着したオイルを持ってきていた小さめのタオルで拭き取っている。
千冬とセシリアは、してやった者としてやられた者の視線を交し合っていたが、その視線の交わし合いから、先に視線を外したのは千冬。
外したその視線は、タオルで手を拭っている翔へと向けられ、その視線に翔も気が付き、千冬へと視線を向ける。
翔と視線がぶつかった千冬は、うっすらと頬を紅く染めながらも、堂々とそこに立ち、惜しげもなく女性としての魅力に溢れたその身体を、翔の視線に晒す。
「そ、その……どう、だ?」
「む? ……あぁ、よく似合っている。やはり千冬には黒だな、俺の眼は間違っていなかった」
だとだとしくも、そう聞いて来る千冬の言葉に、一瞬何を指しているのか疑問符を浮かべた翔だが、考えれば簡単な事。
この状況で、どうだ? と聞いて来る内容など、水着の事位しかないと直ぐに思い当たった翔は、すぐさま感じた感想を千冬に告げる。
率直な翔の感想に、千冬は、そ、そうか……と恥かしそうにしながらも、安堵したのか、嬉しそうに小さく笑みを浮かべていた。
「柏木く~ん! 私もサンオイル塗ってー!」
翔とセシリア、そして千冬を囲む女子生徒達の集団の中から、サンオイルの瓶を持って、ひょっこりと出てくる一人の女子生徒。
豊かな茶色の髪の毛を、一本の長いサイドテールにし、大き目のパッチリした瞳が印象的で、低い身長とは裏腹の豊満な身体は、青のストライプ柄のビキニに包まれ、下には水着の上からホットパンツと言う、可愛らしい感じの女の子が翔へと近付き、持っていたサンオイルの瓶をぐいっと翔へと突き出す。
「む? 宮嶋か」
翔の口から、その女子生徒の苗字が出てくる。
フルネーム宮嶋沙耶香、一年二組所属の可愛らしい女の子で、いつかの実習の時に翔の担当するチームに割り振られ、それが切欠で翔と打ち解けた女の子の一人である。
実習の時にはいつもの元気さが隠れていたが、翔が悪い人物ではない事が既に分かっている今では、可愛らしいその顔立ちに満面の笑顔を惜しげもなく晒し、それを翔へと向けている。
「わっ! 名前覚えてくれてたんだ、嬉しいなっ!」
「自己紹介してくれた者は出来る限り覚えているようにしている」
「そっかそっかぁ、そう言う所、素敵だと思うよ」
「む? そうか」
「うんうん!」
いつも通り、クールな態度で接する翔と、嬉しそうに翔に満面の笑顔を向ける沙耶香に視線が集まるが、二人ともそれに気にした様子は無い。
向けられる視線の中で、沙耶香に向けられた視線の内、二つほど視線で人が殺せるなら、百回は死んでそうな視線が混じっているのだが、沙耶香は気が付いた様子も無い。
勿論その視線は、千冬とセシリアなのは明白。
特に千冬は、自らの水着が褒められ、何となく良い気分になっていた時の乱入なので、相当視線が強い。と言うより、最早睨んでいると言ってもいいほどの視線の強さ。
そんな視線の嵐の中、翔の視線は、差し出されたサンオイルの瓶に向けられ、困ったように眉を顰める。
「それで、サンオイルの件だが、済まないな。俺も自分の時間が欲しくてな」
「そっかぁ、残念」
「スマンな、セシリア一人位ならそう時間も掛からないと思って了承したのだ」
「いいよいいよ! いいなぁ~って思ってちょっと言ってみただけだから、気にしないで!」
眉を顰めて沙耶香に謝る翔だが、そんな翔に、沙耶香は全く気にしていないと言う様に、ただ笑顔を浮かべるだけ。
翔のその言葉を聞いていた女子生徒達は、落胆したのか、一斉に肩を落とす。が、夏と言うこの季節、何かが一つ駄目になった所で、若いバイタリティーが消えるわけではない。
翔達を囲む女子生徒達は、サンオイル塗りが駄目と見るや、その興味は既に別の方向へ向けられる。
「それもそうだよねぇ……仕方ない」
「じゃあビーチバレーでもしようよ!」
「良いわねそれ」
「よーし! 織斑先生も巻き込んじゃえ!」
段々とビーチバレーと言う案に、周りの女子生徒達はヒートアップしていき、その情熱の飛び火は、何故か千冬の身にまで及ぶ。
突然矛先を自らに向けられた千冬は、当然の事ながら慌てだす。
「い、いや、私は……」
「よーし! いくわよー!」
想い人を目の前にして、別行動など苦痛だと思ったのか、女子生徒達の誘いを断ろうと口を開く千冬だが、夏と言う季節に、海と言う大きなファクターの揃った学生のパワーは並ではない。
千冬の言葉など全く聞いていないと言う様に、着々と準備は整っていき、千冬はそのバイタリティーに押される形で参加を余儀なくされていった。
その際、これ以上無い程に口惜しそうな視線で、翔を見ていたが、既に決まってしまった事はどうしようもない。
あれよあれよと言う間に舞台が整った状況を見て、沙耶香はセシリアに視線を向ける。
「オルコットさんは如何する?」
「私は……サンオイルを塗ってゆっくりしておくとしますわ」
「そっか、分かった。じゃあ柏木君、私は行くね!」
「承知。頑張って来い」
「うん!」
沙耶香の誘いを断ったセシリアにも嫌な顔を見せず、翔の激励に嬉しそうな笑顔を見せて、沙耶香は翔とセシリアから離れ、砂浜の砂を元気よく蹴散らしながらビーチバレー部隊へと突撃して行った。
後には、サンオイルを塗る続きをし始めたセシリアと、千冬が連れて行かれ、沙耶香が駆けて行った方を、いつもの表情でじっと見ている翔だけが残される。
「皆楽しそうだな。とてもよい事だ」
「ふふっ……その言葉、学生とは思えない言葉ですわよ?」
豊かな金色の髪と、同学年の中でも大きめである青のビキニに包まれた豊かな女性の象徴を悩ましげに揺らして、クスクスと笑いながら言われたセシリアの言葉に翔は、む……と短い言葉を紡ぐ。
その表情は変わっていないが、セシリアには何処となく不服そうな雰囲気を纏っているように見えた。
翔のそんな姿を見つつ、まだ塗っていない足にサンオイルを伸ばしていく。
(ふふっ、こんな翔さんも少し可愛いですわ……)
そんな事を思いながら楽しそうに笑うセシリア、そしてそんなセシリアに、少し不服そうな雰囲気の翔。
何処となく穏やかな雰囲気の二人に、またしても近付く人物が二人。
……いや、二人と形容するのは少しおかしいかも知れない。
しかし、明らかに人である事はわかるのだが、どうしても一人と数えるには問題のある格好で現れた人物。
その人物の身体は、余す事無く白いバスタオルで覆われ、頭部と思われる部分から、銀色の髪の毛が左右に一房ずつ見られる。
一見ミイラと間違われそうなほどに、白いバスタオルで覆われた人物の横に立っているのは、金色の髪を一本の三つ編みにして、黄色を基調としたビキニタイプの水着に身体を包み、優しそうな色をした紫紺の瞳が印象的な女の子。
間違いなくシャルロット・デュノアである。
シャルロットは間違えようも無いのだが、その隣に居る人物は、相変わらず白いバスタオルに全身を包まれ、誰だか特定しづらいものだが、銀色の髪に、小柄な体。
当然そんな特徴を持った人物など、翔の知り合いには一人しか居ない為、特定する事はそう難しくない。
相変わらず白いバスタオルに全身を包まれながら、ぷるぷると震えるように動くその人物の名前を躊躇なく呼ぶ。
「ラウラか」
翔が特定したその人物の名前を口にした瞬間。
白いバスタオルの塊は、明らかに動揺していますとでも言うように、全身を大きく、ビクン! と震わせる。
そんな分かりやすい反応をするバスタオルの塊――ラウラに、隣でシャルロットは苦笑を浮かべる。
「そうなんだよー、でも、今着てる水着が恥かしいって聞かないんだ。可愛いのに」
「し、しかしシャルロット、こ、こんな姿をボスの前で晒すのは……」
「いいから、もう見つかっちゃってるんだから諦めなよ」
「い、いや、待て! 落ち着け!」
懇願するようにシャルロットへ叫ぶラウラのバスタオルの端を、がっしと掴むシャルロット。
しっかりと握りこんだバスタオルを、シャルロットは勢いよく引っ張る。
引っ張られたバスタオルは当然の如く剥がれ落ち、それを切欠に、他のバスタオルも次々と剥がれていき、最後には少し涙目のラウラが残された。
まるで何かの皮を剥く様にして現れたラウラは、長く艶やかで豊か、そして真っ直ぐな銀色の髪を二つに括る、所謂ツインテールに変えており、小柄な身体ながら、その肉体を包むのは、フリルのついた黒色のビキニタイプの水着。
既に剥がれ落ちてしまった筈のバスタオル達を求めて手を動かしながら涙目になっている姿も相まって、その姿は非常に可愛らしい。
小柄な身体ながら、ビキニと言うチョイスも、男性としては、そのギャップに思わずぐっと来そうなポイントである。
全て地に落ちたバスタオルの姿を見て、漸く諦めたのか、ラウラは大人しくなる。
しかし、最後の抵抗をするように、右手で左手の肘辺りを掴み、何とか体を小さく見せようと無駄な努力をしている。
そんなラウラの姿に、思わず可愛さを感じながらも、シャルロットはラウラを翔の前へと押し出す。
否応なく翔の前へ出されたラウラは、もじもじと身を捩り、頬を紅く色付かせながらも、何とか言葉を紡ぐ。
「そ、その、どうでしょうか? ボス……」
「む、よく似合っていると思うが……ラウラはもっと自分に自信を持つべきだな」
「わ、私は身体も小さいですから……こう言うタイプの水着は、少し……」
「気にするな、よく似合っているのだ、堂々としていればいい」
「そ、そうですか、ありがとうございます……」
翔が褒める事で、それなりに自信が持てたのか、恥かしそうにしていた表情は消え、その代わりに、嬉しそうに小さく笑うラウラの表情がそこにあった。
ラウラのその表情に、翔も満足そうに目を瞑り、一つ大きく頷く。
想い人に褒めてもらうと言う一つの大きな目標を達成したラウラは、きょろきょろと視線を動かしながら、辺りを見渡す。
先程と同じ様に、シャルロットがラウラの横に並んだ時には、何か憂さを晴らす様に、柔らかいボールを全力で打っている千冬の姿を、ラウラはその赤い瞳に捉えていた。
「シャルロットもよく似合っているな」
「あ、あはは、僕はいいのに、これ買いに行った時に言って貰ったしさ」
「い、一緒に買いに行ったんですの?」
「うん、そうだよ……あ、そだ、ありがとね? セシリア」
「? 何の事か分かりませんが、どういたしまして、ですわ」
ラウラが千冬の姿を捉えてじっと見据える姿に、翔は注目し、海でも水着を褒めてもらって満足なシャルロットは、女性をエスコートするのは男性の役目であり、その時には腕を組むのが通例と翔に教えたセシリアにお礼を言っていた。
勿論、セシリアは何の事なのか分からない故に、頭の中は疑問符ばかりではあったが……。
「ボス、あれは何をしているのですか?」
「ビーチバレーだ、気になるのか?」
「はい、少し……織斑教官が全力で動いているので、何かの訓練かと思いましたが……」
翔達に背を向けて、ビーチバレーを全力でプレーしている千冬に視線を向けていたラウラの後ろに立った翔に、ラウラは顔だけを翔へと振り返りながら、ビーチバレーをしている辺りに右手で指を指して翔へと尋ねる。
その姿は、何となく愛らしさを感じる姿だったが、当然の如く、そんなラウラに反応したような素振りは見せずに、翔はラウラの疑問に答える。
ラウラと翔のやり取りに、セシリアへお礼を言い終えたシャルロットがラウラの横に並び、ラウラと同じものを見る。
セシリアは、シャルロットとラウラの登場で止まっていたサンオイルを塗る作業に戻る。
「ふむ、確かにあれはいい訓練になる。足場が悪い所で動き回らねばならんからな」
「なるほど……ではボスも過去あのような訓練を?」
「む? した事がない訳ではないな」
「では私も……」
「って言うか二人とも、あれ、訓練じゃないよね」
ビーチバレーを冷静に訓練と言い切るラウラに、訓練にもなると冷静に判断する翔。
シャルロットはそんな二人に思わず呆れた顔をするが、その視線はビーチバレーをプレイし、楽しそうな笑顔を浮かべる生徒達に向けられていた。
「ふむ、気になるのならば行って来ればいい」
「ボスは……?」
翔の言葉に、またしても顔だけ翔の方へ向け、その赤い瞳で翔の瞳を見上げながら、そう問う。
ラウラのその仕草は、普通の感性を持った男性ならば、途端に抱きしめたくなるような衝動に駆られる様な、そんな姿だったが、残念な事に、普通では考えられ無い程に固い自制心を持つ翔の精神は揺らぐ事が無い。
上目遣いで翔を見上げてくるラウラの視線にもぐらついた様子の無い翔の視線は、持ってきていた釣り道具へと投げられる。
「俺はあれだ」
「あ、釣り? じゃあ僕達も……」
「確保ぉ!」
着いていくよ、とシャルロットが言いかけた瞬間、狙ったかのように突撃してきた女子生徒達に、ラウラとシャルロットの身体は抱え上げられる。
突然自らの身体を抱え上げられたシャルロットは当然焦る。
如何なる時も冷静な判断を求められる軍人であるラウラは、突発的に起こる事には慣れているのか、冷静な様子。
しかし、抵抗しても無駄な様子に、ラウラの視線は縋る様に翔を捉える。
「ちょ、ちょっと待って! 僕は翔と……」
「いいからいいから! デュノアさんもボーデヴィッヒさんも、一緒にビーチバレーやろっ!」
「ボス……」
縋る様な赤い瞳が翔を捉えるも、翔の表情は特に変化を見せず、抵抗らしい抵抗も出来ないまま連れ去られようとしているラウラとシャルロットに、小さく一言。
「スマンな」
「と言うわけで、二名様ごあんな~い!」
無慈悲な翔の言葉に、女子生徒達はシャルロットとラウラを抱えてビーチバレーが開催されている場所へと、一斉に駆けて行った。
後に残された翔は、黙ったままに、太陽を眩しそうに見上げながら、海から風に乗ってやってくる波の音、潮の匂い、そして、夏を満喫する多くの人の楽しそうな声を聞く。
見上げた太陽の眩しさに、思わず手を翳すが、それでもぎらついた陽光の眩しさに瞳を細めながら、今が夏真っ盛りである事を再び再認識する。
「皆これ以上無い程に夏を楽しんでいるようだな……よい事だ」
「あれだけの事を無かったかの様に纏めないでくださいませ!」
しみじみと静かに呟き、今までの暴挙を夏ゆえにと纏めようとしている翔の姿に、同じくその場に残されたセシリアが思わず、がー! と吼える。
「む? スマン」
「いえ……別に良いのですけど、つい思わず」
思わず翔にツッコミを入れてしまったセシリアを振り返る。
サンオイルは既に塗り終えたのか、瓶を傍らに置き、少し唇を尖らせ、如何すればいいのかわからない、と言うような表情を浮かべ、軽く膝を抱えるような体勢。
そのセシリアの様子を見ながらも、翔は己の目的を遂行する為に、パラソルの影に置いていた釣り道具に近付き、それらを背負う。
「ふむ、ではまぁ、俺は釣りに行ってくる」
「はい、いってらっしゃいませ」
翔は釣り道具を背負いながらセシリアに声を掛け、セシリアは翔の背負う釣り道具に視線を向けながらも、うつ伏せに寝転がりながら翔を送り出す。
砂浜の東側の端に存在する、現在は小さな船が数隻ついている防波堤へ足を向ける翔を、セシリアの瞳はしっかりと最後まで追っていた。
そして海の傍を走る何台かのバス、それらはIS学園と呼ばれるエリート校のバスであり、向かっている先は当然海。どうやらIS学園の校外行事は臨海学校らしい。
目的地が目の前に迫ってきたバス内、当然バス内のテンションは否応無く上がっていく訳で、クラス的には一年一組とクラス分けされているクラスが乗ったこのバスも例外ではない。
バス内にはクラスのほぼ9割を占める女子生徒達の黄色い歓声が飛び交っている。
その中で、一年一組の例外――いや、IS学園と言う学校の中での例外である男子学生二人で固められた席、具体的に言うならば、クラス担任である千冬と副担任である真耶が座るバスの左側最前列のすぐ後ろの席。
IS学園の例外、織斑一夏と柏木翔が座るその席は、周りのテンションに流される事無く静かな物だった。
とは言っても、一夏の方はつられない様に我慢しているのか少しばかりそわそわしているのが見て取れる。その証拠に、一夏の手はしきりに開閉を繰り返している。
翔の方は特に変化を見せず、腕を組んで廊下側の席にどっかりと腰を下ろし、鋭い瞳は現在軽く伏せられており、全体の雰囲気としては浮かれたような雰囲気は感じられず、全くもっていつも通り。
そんないつも通りな翔の先の後ろから、にゅっと腕が伸び、そのまま翔の首の前へ回り、がっちりホールド。
後ろの席から伸びてきた腕は、制服の丈があっていないのか、袖から手が出ていない。
「海だよー? おりむー、しわぎん、きれーだねー!」
「うぉ! のほほんさんか……」
「む? 確かに海が綺麗なのは認めるが……動けん」
突如翔を椅子に貼り付けにした腕の持ち主は、布仏本音。
一年一組に所属する女子生徒の一人で、いつも丈の合わない服を着ているのが特徴的。彼女の二つに括られ、ぴょこっとその存在を左右の側頭部に主張している二本の触覚は、彼女の感情に合わせて時折ぴくりと動いたりするが、それは何故なのか未だに誰も知らない。
そんな個性的な彼女だが、どうやら話題性の多い一夏と翔が気に入っているようで、度々こうして話し掛けて来る事が多い。
何かと鈍そうな彼女がIS学園でやっていけるのか甚だ不安ではあるが、今の所目立った問題も無い為大丈夫なのだろう。
入学して暫くしてから彼女との交流が始まり、直ぐに、彼女自身から、名前は好きに呼んでくれと言われたため、一夏は、彼女に対する印象と名前から、のほほんさんと愛称をつけている。
のほほんさんと愛称をつけられる彼女だが、特に翔が気に入っているようで、時折動くのが億劫な時は知らない間に翔の背中に張り付いていたりするのだが、それに対して翔も特に気にする素振りは見せていない。
「まぁまぁ、いーからいーから」
「だが本音、どうせもう直ぐ降りる事になるが」
「それでもだよー、しわぎんずっと難しい顔してるからねー」
「む? そうだったか、俺としては普通にしていたつもりなんだが……」
「普通が既に難しい顔してる様に見られてんだよ……」
翔の席のヘッドレストの横からひょっこり顔を出し、ほにゃりと笑う本音に、首を捻って、ぬぅ……と唸る翔。
何故なのか分からないと首を捻る翔に、一夏は呆れたような表情でツッコミを入れる。
どうやらいつもの感情を悟らせない無表情に近い翔の表情は、他人には難しい表情のように見えるらしい。
「それより、しわぎん! おりむー! 海に着いたら何するー?」
「そうだなぁ、やっぱ取り合えず泳ぐだろ!」
「ふむ……俺は釣りをするつもりだが……」
「私はねーかき氷でしょーイカ焼きに、焼きそばに、浜焼き……楽しみだねぇー!」
「全部食い物ばっかりじゃねーか……」
各々海に着いたらしたい事を上げていくが、本音があまりにも食べ物の事ばかり言う為、着く前から既に一夏は胸焼けを起こしたように顔を顰めながら、本音の意見にストップを掛けるように突っ込む。
一夏の表情と言葉に、本音は、誠に遺憾である。とでも言うように小さな頬を目一杯膨らませる。
「むぅー、おりむーこそ、てんぷれ? みたいな意見で面白くないよー」
「失礼な、海に着いたら泳ぐ、当たり前だろ?」
「当たり前の事をしても面白くないよー」
翔を挟んで一夏と本音が、むむぅ、と睨み合うが、間に挟まれている筈の翔は、特に気にした風もなく、前の席から眉間に皺を寄せて覗き込んでくる千冬に向かって、気にするなと言う様に、苦笑を投げかける。
それに対して、千冬は、一夏は後で説教だ……などと呟きながら、気にするなという風な態度の翔に従い、席に戻る。
「浜焼きだよー」
「水泳に決まってんだろ?」
翔が本音と一夏に意識を戻した時には、何故か多く上がっていた筈の食べ物が浜焼きのみに集約された本音と、海で泳ぐというのが面倒になったのか水泳と言う意見をごり押しする一夏と言う構図になっていた。
あまりに低レベルな言い争いをしている二人に、翔はいつもの如く、保護者のような気持ちにさせられ、苦笑を浮かべるしかない。
ここで言い争いを止める事も考えたが、せっかくの臨海学校、あまり押え付け過ぎるのもよくないし、この言い争いは一過性の物だと判断した翔は、一夏と本音を意識の外に置き、辺りを見渡す。
バスの真ん中の通路を挟んで右側の席には、セシリアと箒が座っており、二人とも一夏と翔と言う接点があるため、話題には事欠かないようで、話し声が途切れる様子は無い。
しかし、時折セシリアが楽しそうに笑いながら箒に何か言う度に、箒の頬が紅く染まり、動揺したように慌て出す。
その様子を見て、セシリアが何を言ったのが、大体の予想がつく翔。
タイミングよくセシリアが翔のほうへ視線を寄越し、翔に対してふわりと笑いかける。
セシリアの上品な微笑みに対し、苦笑と共に、程々にしておいてやれという意味を込めて、頬の赤みを隠す為に窓の方を向いている箒の方を指差す。
翔の言いたい事が伝わったのか、セシリアは一つ静かに頷いて苦笑を浮かべ、箒のフォローの為に箒へと向き直る。
その時には既に翔の視線はまたバス内へと向けられていた為、気が付く事は無かったが、箒の方へ向き直る寸前、セシリアの青い瞳は、スゥ、と細められ、その瞳は翔の首に未だに巻きついている本音の腕へと向けられていた。
その瞬間のセシリアの瞳に浮かぶ感情は、ご想像にお任せしよう。
セシリアとのやり取りを終えて、翔が次に向けた視線の先には、金色と銀色が特徴的な二人、シャルロットとラウラの座る、少し後方の席。
翔の位置からでは、二人の話し声は聞えないが、シャルロットが楽しそうにラウラに話し掛けるたびに、ラウラは何やら身体を硬直させている。
何を話しているのか想像もつかない翔は、二人の観察をすぐさま切り上げ、千冬が座る席のヘッドレストへ視線を直し、考える。
(もうそろそろ止めねば、千冬が出てくるか……)
千冬が介入してこようとして数分、未だに睨み合っている一夏と本音の様子に、翔は冷静にそう考える。
「浜焼き!」
「水泳!」
もう互いに、浜焼きと水泳しか言えない様な短絡的な思考へと落ち着いてしまったらしく、息も荒く互いの意見に被せる形で言い合う姿は高校生として考えると涙が出て来そうなほど情けない光景である。
「その辺りにしておけ、一夏、本音、そろそろ織斑教諭の我慢も限界だ」
「はまっ……うっ!」
「すいえっ……がっ! 舌噛んだ……」
再び小学生レベルの発言を互いにしようとした途中に翔からの意見が混ざりこみ、それを理解した本音と一夏は、それぞれ発言を途中で切っていたが、一夏に至っては千冬の怖さを人一倍理解している為か動揺し、舌まで噛んでいた。
痛そうに舌を出して涙目になっている一夏を放って置いて、海は近付き目的の旅館は直ぐそこである。
(うむ、青春の一ページと言うやつがまた刻まれるか、よい事だ)
満足そうに海を見ながら笑みを浮かべる翔は、これからの臨海学校で皆と刻む思い出に思いを馳せていた。
最も、その視点はどちらかと言うと保護者の様な思いの馳せ方であったのは言うまでも無い。
知らず知らずの内に、保護者視点で翔が臨海学校に思いを馳せてから数分して、バスは目的の旅館の前へ到着する。
四台のバスから降りてくるのは当然の事ながらIS学園の一年生の者たちばかり。
千冬から、ここが世話になる旅館だと軽く説明を受けて、揃った一年生達は、態々出迎えに来ていた女将らしき人物に、よろしくお願いします。と声を揃えて挨拶。
花月荘と呼ばれるこの旅館は、どうやら臨海学校の際にIS学園は毎年世話になっている旅館のようで、学生達の受け入れにも、女将らしき人物の態度にも随分と余裕がある。
他の生徒達と同じタイミングで頭を下げた翔がそう考えている間に、女将らしき人物の視線が、翔と一夏に固定され、珍しそうに近付いてくる。
「あらあら、貴方達が噂の男子生徒さん達かしら?」
「はい、柏木翔と申します。三日間世話になりますが、御迷惑にならぬよう心掛けます」
「あら……これはどうもご丁寧に、清洲景子と申します。この旅館の女将を勤めさせてもらっております」
旅館の女将である女性が話し掛けてきたため、改めて翔は女将に頭を下げて挨拶し、それに驚きながらも、景子と名乗った女将の女性も頭を下げる。
翔と景子が頭を下げあっている所に、千冬が近付き、そのまま展開についていけていない一夏の頭を軽くはたく。
「どうも、今年は男子が二人増えたおかげで浴場分けが難しくなって、申し訳ありません」
千冬が軽く頭を下げると、景子は穏やかな笑顔を見せる。
「いえいえ、お二人共しっかりしていて良い男の子じゃありませんか」
「こっちの、柏木は確かにしっかりしていますが、こっちの方はしっかりしている感じだけですよ、挨拶をしろ、馬鹿者が」
「お、織斑一夏です。よろしくお願いします」
「うふふ、どうもご丁寧に。こちらこそよろしくお願いします」
そう言って上品に笑う景子は、やはり、旅館の女将を任されるだけの気品を感じられる。
一夏は如何にも大人の女性と言った雰囲気の女性に耐性が無いのか、多少慌てた感じで挨拶をするが、翔は既に挨拶を済ませたので事の成り行きを見守る。
「不出来な弟でご迷惑をお掛けするやもしれませんが……」
「あらあら、うふふ、弟さんには厳しいのね」
「手を焼かされる弟と手を焼かされない弟の親友が並んでいますので、差を考えるとどうにも……」
如何にも困ったと言うような千冬の表情に、景子は更に楽しそうに、あらあら、と笑顔を深める。
あまりといえばあまりな千冬の言葉に、一夏は僅かに肩を落とすが、翔の方へ視線を送ると、臨海学校の予定などが書かれた資料を片手に、ふむ、と静かに思案している翔の姿が目に入る。
浮かれる事無く冷静に資料を閲覧する翔と大人の女性と言った雰囲気の景子に挨拶するだけで慌てる自分を比べて、一夏は千冬の言葉にも、思わず納得してしまう。
(遠いなぁ……)
立ち振る舞い一つ取っても、翔と自らを比較し、やはり遠い、一夏は素直にそう思う。
一夏の目指す男の背中は、そう簡単には見えて来ないという事であろう。
それから景子の部屋へ案内すると言う言葉と共に、IS学園一年生の生徒達は、揃って大移動を始めようとするが、そこで、先程バスの中で絡んできた本音から、一夏と翔に声が掛かる。
「ね、ねー、おりむーとしわぎんの部屋って何処ー?」
「む? 本音か、今俺もそれを確かめていたのだが、名前が見当たらなくてな……」
「え? マジか、と言う事は廊下ででも寝るのか?」
「それは楽しそうだねー」
一夏の言った可能性の一つを聞き、本音は特に何も考えていないように声を上げる。
きっと彼女は廊下で寝るのは本当に楽しいのだと思っているのだろう、こう言う人物をどういうか、決まっている。
「愛すべき何とやら、と言うのは本音の様な人物の事を言うのだろう」
「えー? 何ー?」
「いや、何でもない」
ぼそりと失礼な事を呟いた翔の言葉に反応する本音だが、内容は聞えていなかった様で、いつものぽやぽやしたような態度を崩さない。
例え聞えていたとしてもその態度を崩したかどうかは不明だが……。
と、そこで三人の会話を千冬から発せられた声が中断する。
「織斑、柏木、お前達の部屋はこっちだ。ついてこい」
「承知。ではな、本音」
「またあとで」
「うん、後でね~」
翔と一夏の言葉に本音は腕と共に髪もぴこぴこと動かしながら翔と一夏を見送る。
やはり、彼女の髪の構造は謎に包まれたままだ。
ずんずんと翔と一夏の前を歩く千冬に着いて行き、その際、翔と一夏は辺りの設備に目を配り、旅館としてのクラスはかなり良いクラスの旅館であると言う結果に二人揃ってたどり着く、無論言葉には出していない。
やはり長い年月を共に過ごしてきただけあって、目の付け所は何処か似た所がある翔と一夏。
と、今回の臨海学校の間に翔と一夏が世話になる部屋に着いたのか、千冬の歩みが止まる。
ここだ、と言う千冬の言葉に、翔と一夏が視線を向けたドアには、しっかりと『教員室』と書かれた紙が貼り付けられていた。
隣の部屋にも同じく『教員室』と書かれた張り紙がしてあり、その部屋からひょっこりと顔を出したのは、緑のショートカットに丸めがねを装備済みの山田真耶、その人物である。
「ここがお前達の部屋だ」
「えーっと……」
「俺はどちらに?」
未だに要領を掴めていない一夏の言葉と、状況を正確に理解した翔から出た言葉。
二人の言葉には理解度に深い差異があったが、翔の言葉に反応した千冬は、真耶をじろりと睨みつける様に見やる。
「山田先生の! 提案でな……織斑は私と同じ部屋だ……言っておくが、私は教員だという事を忘れるなよ?」
不本意極まりないと言う事がよく分かる千冬の眼光と言葉に、真耶から、ひぃ! と裏返った声が上がり、同じ部屋になる一夏に向けて言われた言葉には、底冷えのする程に冷たい感情が含まれていた。
詰まる所、簡単に言ってしまうならば、八つ当たりである。
そんな謂れの無い、一夏自身には何の非も無い結果に対してとばっちりを喰らったが、その一夏の体は、千冬の声を聞いた瞬間、一も二もなく敬礼で千冬の言葉に応える。
「イエッサー! 織斑先生!」
「よし、良いだろう……」
千冬の意図を反論なく受け入れた一夏に対して、千冬は満足そうに一つ頷く。
真耶はそんな千冬を見て、未だに何故睨まれたのかよく分かっていないのか、半分涙目である。
無論、真耶としては、姉弟水入らずの時間を作れれば……とつまり、良かれと思って出した提案だったのだが……。
千冬としては、どうせ同じ部屋になるならば、実家で同じ家に住んでいた一夏ではなく。
一夏に誘われて極偶に泊まりに来るような機会しかなかった翔と同じ部屋が良かったと思う千冬の乙女心が理解出来なかった真耶は、やはり千冬に睨まれるしかないのであろう。
「取り合えず、今日一日は自由行動だ。羽目は外し過ぎん様にな」
「承知」
「わかりました」
気を取り直したように、教師として釘を刺す千冬に、翔と一夏はそれぞれ了解の声を上げる。
二人の了解を聞いた千冬は、そこで何を思ったか、うっすらと頬を赤く染め、コホン、とわざとらしく一つ咳払いを入れ、翔の方をチラチラと見る。
「あ、あー、何だ、その、わ、私も一応水着を選んでもらったわけだしな、少しは泳ぎに出ようと思う……」
「む、教員と言えども羽を伸ばす時間は必要です。織斑教諭はこの機会に少し羽を伸ばすのもよろしいかと」
「う、うむ、そうだな、そうさせてもらう」
ごにょごにょと何時もの声量からは考えられ無い程にもにょもにょと頬を染めて小さく喋る千冬の言葉を聞き取った翔は、千冬の意見に賛成の声を上げる。
翔からの賛成に勢いづいて、翔に選んでもらった水着を見て欲しいと言いたい所ではあったが、結局、先程一夏に教員だと言ってしまった事や、羞恥心が邪魔をして、それを言う事は出来ず、翔の言葉を額面通りに受け取る事しか出来なかった。
その事に少し意気消沈しながらも、その場で話す事がそれ以上浮かばなかったのか、千冬は一夏を促し、部屋へと入る。
一夏はそんな自分の姉を不憫な目で見つめながらも千冬の後に続き、結局部屋の中でフォローを入れる事になるのは言うまでも無い。
織斑姉弟が部屋の中へと消えた瞬間、真耶は腰が抜けたように、へなへなと床に尻をつく。
「こ、怖かった……」
「ふむ、山田教諭、疲れたのは分かりますが、我々も部屋に入りましょう。荷物も整理したいですから」
「あ、はいはい、すみません」
呆けたように尻餅をついている真耶に手を貸して立ち上がらせながら、部屋への入室を促し、翔も漸く部屋に荷物を置き一心地つく。
この部屋はどうも和室であるらしく、ごてごてとした大きな物が置かれておらず、部屋の真ん中に大きな机が一つ置かれているだけ。
家具などの少なさからか、二人部屋の間取りにしては随分広く見える。
部屋にある大きな窓からは海が一望出来、東向きの部屋である事から考えて、海と日の出のコントラストが感動を誘う光景が見られる事が予想される。
お世辞抜きに良い部屋なのだろう、と荷物を置いて窓際に立って風景を眺める翔は思う。
「これは、良い部屋ですね、山田教諭」
「えぇ、毎年教員はこの並びの部屋を使うんですけど、この風景は絶景ですからねー」
「俺もそう思います」
風景を堪能した翔は窓際から離れ、急須に茶葉を入れて、部屋に置いてある電気ポットから湯を注ぎ、少し時間を置いてから洗面所に注いだ湯を捨てに行き、もう一度湯を注いで、二つの湯飲みに茶を注ぐ。
出来上がったお茶を、部屋の真ん中の机に両手を置いて、外を眺めている真耶の前にそっと置き、自らも机を挟んで真耶の正面に正座で座る。
差し出されたお茶に気がついたのか、真耶はニッコリと笑顔を浮かべる。
「ありがとうございます。柏木君」
「いえ、ついでですので気になさらず」
「本当に柏木君はしっかりしていますねぇ……」
翔の言動に感心するばかりの真耶。
自分のついでに淹れたという翔の言動は、一見失礼に値すると思われるが、これが実はそうでもなく、自分のついでに淹れたと言えば、相手も特に気にせず、自らの厚意を受け入れる事が出来ると言う効果がある。
特に相手が年上の場合、若い者は自らの事を優先して動くという欲求を理解している為、自らの用事を優先させたついでと言えば、相手の若さを理由に、厚意からの施しをプライドに傷をつける事無く受け取りやすくなる。
と言うように、一見自分の存在を一段上げた様に見えるが、結局相手の尊厳を気遣った言動と言う事。
無論、その結果に至る為には、ある程度の聡明さが必要になってくるのだが、真耶はどうやらそのカテゴリに入っているらしく、翔の言動の意図を正しく理解していた。
それ故の感心なのである。
「柏木君は海に行かないんですか?」
真耶のその疑問は最もである。
先程から茶を啜るだけで動く気配を見せない翔。
窓から覗く海には、既にIS学園の生徒と思わしき女子達が海に溢れかえっており、IS学園に二人しか存在しない男子である翔と一夏の登場を今か今かと待ちわびている。
その証拠に、窓から覗く女子生徒達の動きは、何時もより慌しい、それも当然の話で、今ここにはクラスの垣根が存在しない。
つまり、何時もなら各組が教室と言う檻に区切られているのが、今はそれが存在せず、噂の男子学生二名を間近で見る事が出来て、更にあわよくば会話も、触れる事さえ出来るかもしれないのだ。
それを考えると、彼女達の様子も納得できる。
実際、翔もその事はよく分かっていた。
「俺は静かに釣りがしたいだけなのですが……」
「貸し竿あるみたいですよ?」
「承知しています。ですが、出て行くと明らかに静かにと言う選択肢はなくなりそうです」
翔の発言に、真耶は思わず苦笑を浮かべる。
恐らく真耶も翔と同じ事を思ったのだろう。
IS学園と言う一つの学校に、どの学年通しても存在する男子学生は翔と一夏の二人だけ、それ故に注目を浴びるのは仕方がなく、それなりの話題性があり、興味も抱かれているのを翔は理解していた。
その中には、一夏や翔自身に好意を抱く女子生徒も居るかもしれない、そう言う感情を込みでの興味だと言う事もきちんと理解している。
だからこそ、出て行くのが億劫になる部分もある。
翔にとって、愛とは友愛、それしか分からない。それは何故か? 結論は簡単、翔は恋と言うものを経験した事が無い。
どんな気持ちになって、どんな事をして、相手をどう思うのか、その全てが翔にとって想像の向こう側の感情なのである。
だからこそ、誰かから想いを打ち明けられてもそれに応える事が出来ない。
その相手に恋をしていないのに応えるなど、翔の中にある誠実さが許さないのだ。
自らが恋をした事が無いから、誰かが自分に恋をしていても、判断する事が出来ない。どんな風になっていれば自分に恋をしていると判断すれば良いのかが分からない。
デートに誘われる? 手を繋ごうと言われる? 腕を組みたいと言われる? キスをしたいと言われる? 結局翔の中でどれもが判断基準に満たないもの。
事実は小説より奇なり、想っていなくともそう言う事をしたいと言って来る人物は存在するかもしれない。
やはり、相手の想いを知るには、自らが同じ想いを経験するしかないのだ。
そこまで考えて、湯飲みに残っている少しのお茶をぐいっと飲み干し、だが……、と翔は考える。
(俺に恋と言う感情を理解する日は来るのだろうか……)
実に怪しい所だ……そこまで考え、窓の外を見てみると、IS学園の女子達に囲まれる一人の男が遠めに見える。
一夏だと判断した瞬間、翔の表情に苦笑が浮かぶ。
(どの道、一夏の事が片付かない限り、ゆっくり考える事も出来んか)
結局、何だかんだ言っても、翔の親友である一夏を想っている幼馴染二人に頼られた翔としては、自らの恋がどうかなど、親友と幼馴染達の恋に決着がついてからだと言う事は間違いないようだ。
「では山田教諭、俺も海に行くとします」
「はい、行ってらっしゃい」
「そう言えば……」
「はい?」
すくっと立ち上がり、水着とタオル、黒のパーカー、サンダル等を持ち立ち上がった所で、何かを思い出したのか翔は真耶に向かって口を開く。
「ここは、厨房の一角は貸して貰えるのでしょうか?」
「え? うーん、どうでしょう……ここの料理人さん達はプライド高いみたいですからねぇ……」
うーん、と声を上げて、左斜め上辺りに視線をやりながら、顎に右人差し指を当てて悩む真耶。
その様は成人しているとは思え無い程に幼く、そして可愛らしく映るが、やはり翔には関係ない事である。
真耶からの返答を受けて、翔は口を開く。
「ふむ……では、柏木源次郎の孫が厨房に立ちたいと言っている。と言ってもらえませんか? それで駄目なら釣った魚は放す事にしましょう」
「? はぁ、分かりました」
翔から告げられた言葉に、真耶はフロントへ内線を掛ける為に受話器をとる。
その時既に、翔は部屋から出て、水着へ着替える為に、別館へ足を向けていたのだが、この数分後、厨房の使用許可があっさりと取れ、その理由を説明された真耶が人知れず叫び声を上げる事など、誰にも予測が出来なかった。
釣りをしたい旨を、女将である景子に話し、撒き餌であるアミエビを2パックと石ゴカイを100gに貸し竿を2本、仕掛けであるサビキを2セットと大きめのウキを一つ、スズキ用の仕掛けを2セット、キス用の仕掛けを2セット、アミエビを詰める籠を3つ程購入し、クーラーボックスも貸してもらい、荷物を背負って砂浜へ出る。
そこには当然、水着に着替えた一夏が鈴に絡まれながらも他の生徒に追い回されている姿があった。
あまりにも予想通りといえば予想通りの光景に思わず苦笑が浮かぶ。
「あ! 柏木君!」
「えっ!? 嘘!? 何処何処?」
「うわぁ、パーカー着てるけど、間から見える体、すっごいかも……」
「あんな肉体に抱かれたら……私壊れちゃう!」
翔が一夏の様子に苦笑を浮かべている間にも、翔の姿は目敏く生徒達に補足され、瞬く間に囲まれる。
現在翔は、黒のパーカーを羽織り、裾を肘まで捲くり上げ、水着は当然シャルロットが選んだ黒地に金糸で、極と書かれた水着。
サンダルも色を合わせて簡素な形のビーチサンダルと言う格好。
それにプラスαとして釣りの道具一式とクーラーボックス。
別に海に立つ分には何ら可笑しくない格好ではあるが、尋常では無い程に鍛え上げられた肉体は、どうやっても人目を引く。
一般客の男性は、非の打ち所の無い程に鍛え上げられたその肉体に、羨望の眼差しを、女性は力強さを感じさせる肉体に視線が引き寄せられる。
この一瞬に関して言えば、この砂浜の視線は、完全に翔が独占していた。
勿論、そんな事を一々気にする翔ではなく、迫ってくる女子生徒達の隙間を涼しい顔ですり抜けていき、一夏の元へたどり着く。
「えっ? あれ? いつの間に?」
「ちょっと誰!? 柏木君逃がしたの!」
「ちょっ、ちょっ! 私じゃないから! 水着の紐引っ張らないでってば!」
翔が大荷物を抱えながらもするりと抜けてきた女子生徒達の団体が、翔の後ろで大変な事になっているが、翔にとっては特に気にする事ではない。
多くの女子生徒をあしらう様にしたのは確かに悪いとは思うが、一人一人相手をしていたら、自らが釣りをする時間がなくなってしまう。
「はぁ、はぁ、やっと来たか、翔。つか鈴、いい加減降りろって」
「良いじゃない、これぐらい」
「その位置はよく見えるか? 鈴音」
「えぇ、よっく見えるわ! いいわねー、一夏管理塔」
自分そっちのけで、上に乗る鈴音と何事も無かったかの様に会話する翔に、一夏はげんなりとした表情。
想い人と触れ合っている鈴音は、この上なく良い笑顔である事は言うまでも無いし、翔も翔で、青春だな……などと歳に似合わぬような事を思いながらも表情は何時もの感情を悟らせないような表情。
取り合えず荷物を一夏達の近くに置いた所で、翔に声が掛かる。
「翔さん」
「む? セシリアか」
翔が反応したその声は、間違いなくセシリアの物で、声のした方へと視線を向けてみると、青のビキニと言う露出度の高い水着。
腰にパレオを巻いているおかげで、その露出面積の広さは、何となく誤魔化せているような気がするが、それでも露出面積が広いのに変わりが無い。
だが、水着と言う物の露出面積が広いのは今に始まった事ではないので、特に問題は無い。
問題は、翔の前に出てきてから、少し恥ずかしそうに身を捩るセシリアにある。
シンプルな青色のビキニに優雅さを感じさせるパレオ、彼女は元々、輝くような金色の髪を持っていて、瞳は綺麗な青い瞳。
そんな彼女が、太陽の下で恥かしそうに、だが、想い人にこそ見て欲しいと砂浜に立つ姿はとても可憐で、美を感じさせるには容易かった。
「ど、どうでしょうか?」
「む? あぁ、ブルー・ティアーズと同じ青色なのだな」
頬を少し赤く染めて、胸の下で軽く腕を組みながら身を少し捩るセシリアからの疑問の意図を正確に把握した翔は、セシリアの水着姿をよく見る。
そんな無遠慮と言えば無遠慮な翔の視線だが、よくよくセシリアを見つめるその視線に、恥かしさを感じながらも、セシリアは何処か嬉しそうだった。
「は、はい……」
「ふむ、セシリアには青がよく似合うな。その水着はよく似合っていると俺は思う」
「あ、ありがとうございます……な、何だか少し恥かしいですわ」
率直な翔の褒め言葉に、セシリアは恥かしそうに頬を赤く色付かせながらも、嬉しそうに笑顔を浮かべる。
「翔って、相手の意図を読み取るの上手いわよねー、相変わらず」
「その割に恋愛感情を判断できないから読み取れないってのはどうかと思うけどな……」
「それは言わないお約束って奴よ。ともかく、一夏はもっと翔のああ言う所を見習うべきね」
「つまり?」
「相手の意図を汲んで、褒めて欲しい所を率直に褒めてあげる、って事」
「一応これでも努力はしてる」
セシリアと翔のやり取りを見ながら、鈴音は、セシリアの欲しい言葉をすぐさま察して言葉を投げる翔に感心し、一夏は肝心な所が読み取れていないと突っ込む。
だが結局、それを置いておくとしても、女性にとって、褒めて欲しい言葉をくれると言うのは、かなりの好感触である事は間違いなく、一夏にもそれを見習う様にと鈴音は一夏に念を押す。
一夏の肩の上で、一夏の額をぺちぺちと叩きながら、ではあるが……。
だが、いい加減、鈴音曰く管理塔ごっこにもいい加減辟易してきたのか、段々と一夏の肩が下がってきたのを見計らい、鈴音は一夏の上から飛び降りる。
「翔、アタシちょっと泳いでくるわ」
「む? あぁ、行って来い、気をつけてな」
「心配無用よ、アタシ泳ぎで溺れた事無いし」
きっと前世は人魚か何かね、などと意気込んで海へ向かう鈴音。
そんな鈴音を一夏は目で追い、最終的には海へ視線が固定され、一夏の手が開閉を繰り返す。
セシリアと翔を放って、海に繰り出すのはどうも気が引けるが、海が目の前にあるのに泳ぎたくないと言うわけではない。
まだ一夏は海に浸かっていないのだ。
そんなそわそわした様子の一夏を見て、翔は、ふっ、とクールな笑みを浮かべる。
「一夏も行ってくると良い」
「え? あぁ、良いのか?」
「こっちは気にするな。それより、鈴音が少し浮かれすぎている。様子を見てやってくれ」
「あ、あぁ、わかった」
「頼むぞ」
海へ向かいたそうにそわそわとしている一夏に海で泳ぐ理由を軽く投げてやり、海へ向かう口実を作ってやる。
それに乗っかり、海へ向かいつつも翔達を気にするように振り返った一夏に翔は、気にするな、とでも言うように、ふいっと軽く手を振ってやる。
翔からの、行くならさっさと行く事だ、と言うような仕草に、漸く一夏は振り返る事無く海へ突撃していく。
その様子は、鈴音が少し心配だから、仕方なく見に行くという足取りではなく、太陽の光に暖められた熱い砂粒を完全に蹴り散らしているような足取りである事を明記しておく。
「困った奴だ……」
「ふふっ、その台詞、父親みたいですわよ?」
「む? そんなつもりは無いのだがな……」
明らかに海を満喫するつもりの足取りで海へ向かう一夏の後姿を見守りつつも、溜め息を一つ吐いて苦笑を浮かべる翔の姿はまさしく保護者のような態度。
口元を軽く手で隠しながら上品に笑うセシリアに、その事を指摘された翔は、困った様に後頭部を右手で軽く掻く。
「それで……翔さん、少しお願いが……」
「む? 何だ?」
保護者のような翔を堪能したセシリアは、上品にころころと鈴の鳴るような声で笑っていた表情を、うっすらと頬が赤くなっているような表情へと変化させ、もじもじと身を捩りながら、翔にお願いがあると進言。
それに対し翔は、苦笑を戻し、いつもの感情を悟らせないような表情が表に出てくる。
何をお願いされるのか嫌な予感がした……と言うわけではなく、単にセシリアからのお願いの内容に予想がつかないだけである。
ふむ? と頭を捻っている翔を、チラチラと見ながら、セシリアは、パラソルとビニールシート、その上に大きなバスタオルの引いてある場所を軽く指差す。
「せ、背中にサンオイルが塗れませんの、手伝ってもらえますか?」
「ふむ? その位別に構わんが……俺もこの後予定があるのでな、簡単になるが、構わないだろうか?」
「え、えぇ! 勿論ですわ!」
セシリアからのお願いを軽く了承しつつも、自らの予定を通す翔の発言に、セシリアは力強く頷き、翔の右手を取る。
そして、翔を急かすように握った右手をぐいぐいとパラソルの方に引っ張る。
「む? ちょっと待て、荷物をついでに持って行く」
「わ、わかりましたわ、申し訳ありません」
「別に構わんさ、それぐらい」
言いながら、砂浜へ下ろしていた荷物を背負う翔の姿に、少し浮かれすぎたと思い直したセシリアは、少し肩を下げながら翔に謝罪。
最も、そんな事を一々気にする性格でもない翔は、ふっ、とクールに笑いながら、気にするな、と手を軽く振る。
海に多く居るIS学園女子生徒達も、合宿の自由時間を満喫する為に、少しばかり浮かれ気味で砂浜を駆け回ったり、海へ泳ぎに行ったりしている者ばかり。
そんな海を全力で満喫している生徒達に比べると、セシリアの浮かれ方など、翔にとっては可愛いもの。
「それ所か、セシリアは自分を律しすぎだな、こう言う場ではもう少し羽を伸ばした方がいい」
「え? あ、そ、そう、ですの?」
もって来ていた荷物を全て背負った翔は、セシリアを伴ってパラソルへ向かいながらセシリアにそうアドバイスを送る。
数々の肩書きを持つセシリアは、それで良いのかと板挟みになりながら疑問を持っているが、そんなセシリアに、翔は力強く、うむ、と一つ大きく頷く。
そして、パラソルの下に出来た影の端に荷物を降ろし、セシリアに向かって、ふっ、とクールに笑みを向ける。
「合宿と言っても、今日一日は休日のような物だ、私的な時間に精神を休ませなければ潰れてしまうぞ?」
「そう、ですわね……」
「それでいてもお前は型に囚われ過ぎる傾向がある。もう少し自分の好きに生きても罰は当たらんさ」
さらりと日常パートで、軽い口調ながら、セシリア自身も感じている己の欠点を翔は突いて来る。
セシリアは、優等生であり、出される課題も難なくこなす。そんな生徒ではあるが、悪い言い方をするならば、教科書通りで言われた事しか出来ない。
つまりは、応用力に乏しい、と言う評価がつく。
教科書通りなのは何も悪い事ではない。基本を疎かにする者に、成長の余地は無い。
しかし、翔や一夏を見ているセシリアは、それだけではその先には行けないと思い始めている。
基本の事が出来て、更にプラスαの応用力。それがあって初めて、セシリアは自らの想い人と肩を並べる事が出来る。
そう感じていた。
「型に囚われ過ぎている。ですか……最近私もそう感じていますわ」
「良い傾向だ。だが、その先を目指すにもしっかりと休み、英気を養う事は重要な事だ」
「言っている事は、とても理解出来るのですが……」
難しい顔をしながらも、セシリアはビニールシートに敷かれた大きなバスタオルの上に、うつ伏せで寝転がり、組んだ手の上に、軽く顎を乗せる。
そして、背中で括られている水着の紐を解き、背中を完全に晒す。
透き通るほどに白い肌の背中は、やはり女性である事を感じられる程に狭いが、その分、男のように筋肉の筋で直線的なラインをしておらず、ある種の色気を感じるラインを保っている。
無防備に背中からお尻にかけて色気のあるラインを、異性に晒しながらも、警戒や動揺が無いのは、翔がセシリアにとっての想い人であるからである事は明白。
思春期の異性に、そんな危険な物を見せられても、当然の如く、翔は意識した素振りもなく、セシリアから手渡されたサンオイルを両手に出し、それを手の中で引き伸ばしている。
「まずはこの休日で型を破ってみると良い。普段自分がしないような事をして楽しむ事だ」
「普段しないような事……」
そこでセシリアの視線はチラリと動き、翔の持ってきた釣りの道具一式を捉える。
「そうだ、そして精神に余裕を作れ、その上で自らの目指すものを目指すと良い」
「ですが……情け無い話になりますが、正直私、目指したいものが分からないんですの」
少し弱々しく、そして、疲れている様に言葉を吐き出すセシリアに、翔は、ふむ、と一言発しながら、考える素振りを見せつつ、セシリアの寝ている左側に両膝を着き、セシリアの背中に両手を置く。
サンオイルを塗る際、相手を気遣うならば、手の温度でオイルを温めてから塗るのが普通であるが、当然、そんな事をするのが初めてな翔がそんな事を知っている訳が無い。
だが、会話の間に暖められていたのか、翔が背中に触っても、セシリアが冷たがった様子は無い。
んっ……と妙な色気を感じる密かな声がセシリアから上がるが、翔は特に気にした素振りはなく、オイルを塗り広げる為に掌をピタリとセシリアの背中にくっつけ、そのまま滑らせていく。
「そうだな……では一つ目指す先を示そう。『nobless oblige』取り合えずこれを目指してみると良い」
「高貴なる者の義務……ですか」
「確かにそう言う意味だが、一般的な意味合いではなく、お前自身が思う高貴なる者の振る舞い。それを考えて目指せ」
「私が思う、高貴なる者の振る舞い……」
「そうだ、見付けてみると良い、お前なりの『nobless oblige』をな」
「難しい物ですわね……」
「人が成長するとはそんなものだ」
何かを悟りきったような翔の台詞を言い切り、セシリアの背中に満遍なく塗り広がったオイルを見て、満足そうに一つ頷き、セシリアの水着の紐に手を伸ばし、丁寧に結んでいく。
結び終わり、水着がきちんと固定された事を感じたセシリアは、上体を起こし、続きは自分でやると良い、と言うように、翔から差し出されたサンオイルの瓶を受け取る。
感情を悟らせないような何時もの表情の翔、そんな翔の鋭く、強い意志の灯った瞳と、セシリアの持つ揺れる青い瞳が交差し、刹那のやり取りを終えたセシリアが口を開きかけた瞬間。
ドスの効いたような低い女性の声がそれを遮る。
「あの……「面白い事をしていたな……」ちっ……ですわ」
「む? 千冬か」
明らかにセシリアの発言に被せつつ言葉を重ねた人物は、織斑千冬その人であり、千冬によって発言を遮られたセシリアは、自らの見極めた押し所を潰された状況に、思わず舌打ちを打つ。
全く高貴な人物だとは思えない。
ドスの効いた低い声を出した千冬は、翔の選んだ黒のビキニを身に纏っており、多くの視線が千冬に釘付けとなる。
いつもは一つに纏めている豊かな黒髪を解き、陽光に反射する艶やかで豊かな黒い髪は美しいの一言に尽きる。
顔立ちも、鋭さを感じるが、クールな美人と捉えるしか無い程に美しい顔立ち。
体のラインも、豊かに隆起する胸元に括れのある細い腰。手足は細くしなやか、そんな女性が、鋭い雰囲気によく似合う黒のビキニを着て、砂浜に立っている。
これで視線を集めない訳がなかった。
主にその視線の持ち主は男性が多かったが、そんな有象無象の視線を気にする千冬ではなく、いつも以上の鋭さを感じさせるその瞳は、想い人である翔と、恋敵であるセシリアの二人を、がっちりと捉えていた。
「何? 何? どしたの?」
「何かね、オルコットさんが柏木君にサンオイル塗って貰ったらしいよ?」
「えっ……なにそれずるい」
「私、サンオイル取ってくる!」
「アンタもうがっつり小麦色じゃん!」
「私、サンオイルになってくる!」
「ちょっと待って! その意見は落ち着いて! 私達人間だから!」
翔とセシリアの行動に、先程から注目していた女子生徒達が、千冬の登場を切欠に集まってきたのか、何やらおかしな発言を交わしながらも、翔とセシリア、そして千冬の周りに、女子の集団が出来上がる。
そんな肩身の狭い状況に何も思う所は無いのか、翔はいつも通り、感情を悟らせない表情で、手に付着したオイルを持ってきていた小さめのタオルで拭き取っている。
千冬とセシリアは、してやった者としてやられた者の視線を交し合っていたが、その視線の交わし合いから、先に視線を外したのは千冬。
外したその視線は、タオルで手を拭っている翔へと向けられ、その視線に翔も気が付き、千冬へと視線を向ける。
翔と視線がぶつかった千冬は、うっすらと頬を紅く染めながらも、堂々とそこに立ち、惜しげもなく女性としての魅力に溢れたその身体を、翔の視線に晒す。
「そ、その……どう、だ?」
「む? ……あぁ、よく似合っている。やはり千冬には黒だな、俺の眼は間違っていなかった」
だとだとしくも、そう聞いて来る千冬の言葉に、一瞬何を指しているのか疑問符を浮かべた翔だが、考えれば簡単な事。
この状況で、どうだ? と聞いて来る内容など、水着の事位しかないと直ぐに思い当たった翔は、すぐさま感じた感想を千冬に告げる。
率直な翔の感想に、千冬は、そ、そうか……と恥かしそうにしながらも、安堵したのか、嬉しそうに小さく笑みを浮かべていた。
「柏木く~ん! 私もサンオイル塗ってー!」
翔とセシリア、そして千冬を囲む女子生徒達の集団の中から、サンオイルの瓶を持って、ひょっこりと出てくる一人の女子生徒。
豊かな茶色の髪の毛を、一本の長いサイドテールにし、大き目のパッチリした瞳が印象的で、低い身長とは裏腹の豊満な身体は、青のストライプ柄のビキニに包まれ、下には水着の上からホットパンツと言う、可愛らしい感じの女の子が翔へと近付き、持っていたサンオイルの瓶をぐいっと翔へと突き出す。
「む? 宮嶋か」
翔の口から、その女子生徒の苗字が出てくる。
フルネーム宮嶋沙耶香、一年二組所属の可愛らしい女の子で、いつかの実習の時に翔の担当するチームに割り振られ、それが切欠で翔と打ち解けた女の子の一人である。
実習の時にはいつもの元気さが隠れていたが、翔が悪い人物ではない事が既に分かっている今では、可愛らしいその顔立ちに満面の笑顔を惜しげもなく晒し、それを翔へと向けている。
「わっ! 名前覚えてくれてたんだ、嬉しいなっ!」
「自己紹介してくれた者は出来る限り覚えているようにしている」
「そっかそっかぁ、そう言う所、素敵だと思うよ」
「む? そうか」
「うんうん!」
いつも通り、クールな態度で接する翔と、嬉しそうに翔に満面の笑顔を向ける沙耶香に視線が集まるが、二人ともそれに気にした様子は無い。
向けられる視線の中で、沙耶香に向けられた視線の内、二つほど視線で人が殺せるなら、百回は死んでそうな視線が混じっているのだが、沙耶香は気が付いた様子も無い。
勿論その視線は、千冬とセシリアなのは明白。
特に千冬は、自らの水着が褒められ、何となく良い気分になっていた時の乱入なので、相当視線が強い。と言うより、最早睨んでいると言ってもいいほどの視線の強さ。
そんな視線の嵐の中、翔の視線は、差し出されたサンオイルの瓶に向けられ、困ったように眉を顰める。
「それで、サンオイルの件だが、済まないな。俺も自分の時間が欲しくてな」
「そっかぁ、残念」
「スマンな、セシリア一人位ならそう時間も掛からないと思って了承したのだ」
「いいよいいよ! いいなぁ~って思ってちょっと言ってみただけだから、気にしないで!」
眉を顰めて沙耶香に謝る翔だが、そんな翔に、沙耶香は全く気にしていないと言う様に、ただ笑顔を浮かべるだけ。
翔のその言葉を聞いていた女子生徒達は、落胆したのか、一斉に肩を落とす。が、夏と言うこの季節、何かが一つ駄目になった所で、若いバイタリティーが消えるわけではない。
翔達を囲む女子生徒達は、サンオイル塗りが駄目と見るや、その興味は既に別の方向へ向けられる。
「それもそうだよねぇ……仕方ない」
「じゃあビーチバレーでもしようよ!」
「良いわねそれ」
「よーし! 織斑先生も巻き込んじゃえ!」
段々とビーチバレーと言う案に、周りの女子生徒達はヒートアップしていき、その情熱の飛び火は、何故か千冬の身にまで及ぶ。
突然矛先を自らに向けられた千冬は、当然の事ながら慌てだす。
「い、いや、私は……」
「よーし! いくわよー!」
想い人を目の前にして、別行動など苦痛だと思ったのか、女子生徒達の誘いを断ろうと口を開く千冬だが、夏と言う季節に、海と言う大きなファクターの揃った学生のパワーは並ではない。
千冬の言葉など全く聞いていないと言う様に、着々と準備は整っていき、千冬はそのバイタリティーに押される形で参加を余儀なくされていった。
その際、これ以上無い程に口惜しそうな視線で、翔を見ていたが、既に決まってしまった事はどうしようもない。
あれよあれよと言う間に舞台が整った状況を見て、沙耶香はセシリアに視線を向ける。
「オルコットさんは如何する?」
「私は……サンオイルを塗ってゆっくりしておくとしますわ」
「そっか、分かった。じゃあ柏木君、私は行くね!」
「承知。頑張って来い」
「うん!」
沙耶香の誘いを断ったセシリアにも嫌な顔を見せず、翔の激励に嬉しそうな笑顔を見せて、沙耶香は翔とセシリアから離れ、砂浜の砂を元気よく蹴散らしながらビーチバレー部隊へと突撃して行った。
後には、サンオイルを塗る続きをし始めたセシリアと、千冬が連れて行かれ、沙耶香が駆けて行った方を、いつもの表情でじっと見ている翔だけが残される。
「皆楽しそうだな。とてもよい事だ」
「ふふっ……その言葉、学生とは思えない言葉ですわよ?」
豊かな金色の髪と、同学年の中でも大きめである青のビキニに包まれた豊かな女性の象徴を悩ましげに揺らして、クスクスと笑いながら言われたセシリアの言葉に翔は、む……と短い言葉を紡ぐ。
その表情は変わっていないが、セシリアには何処となく不服そうな雰囲気を纏っているように見えた。
翔のそんな姿を見つつ、まだ塗っていない足にサンオイルを伸ばしていく。
(ふふっ、こんな翔さんも少し可愛いですわ……)
そんな事を思いながら楽しそうに笑うセシリア、そしてそんなセシリアに、少し不服そうな雰囲気の翔。
何処となく穏やかな雰囲気の二人に、またしても近付く人物が二人。
……いや、二人と形容するのは少しおかしいかも知れない。
しかし、明らかに人である事はわかるのだが、どうしても一人と数えるには問題のある格好で現れた人物。
その人物の身体は、余す事無く白いバスタオルで覆われ、頭部と思われる部分から、銀色の髪の毛が左右に一房ずつ見られる。
一見ミイラと間違われそうなほどに、白いバスタオルで覆われた人物の横に立っているのは、金色の髪を一本の三つ編みにして、黄色を基調としたビキニタイプの水着に身体を包み、優しそうな色をした紫紺の瞳が印象的な女の子。
間違いなくシャルロット・デュノアである。
シャルロットは間違えようも無いのだが、その隣に居る人物は、相変わらず白いバスタオルに全身を包まれ、誰だか特定しづらいものだが、銀色の髪に、小柄な体。
当然そんな特徴を持った人物など、翔の知り合いには一人しか居ない為、特定する事はそう難しくない。
相変わらず白いバスタオルに全身を包まれながら、ぷるぷると震えるように動くその人物の名前を躊躇なく呼ぶ。
「ラウラか」
翔が特定したその人物の名前を口にした瞬間。
白いバスタオルの塊は、明らかに動揺していますとでも言うように、全身を大きく、ビクン! と震わせる。
そんな分かりやすい反応をするバスタオルの塊――ラウラに、隣でシャルロットは苦笑を浮かべる。
「そうなんだよー、でも、今着てる水着が恥かしいって聞かないんだ。可愛いのに」
「し、しかしシャルロット、こ、こんな姿をボスの前で晒すのは……」
「いいから、もう見つかっちゃってるんだから諦めなよ」
「い、いや、待て! 落ち着け!」
懇願するようにシャルロットへ叫ぶラウラのバスタオルの端を、がっしと掴むシャルロット。
しっかりと握りこんだバスタオルを、シャルロットは勢いよく引っ張る。
引っ張られたバスタオルは当然の如く剥がれ落ち、それを切欠に、他のバスタオルも次々と剥がれていき、最後には少し涙目のラウラが残された。
まるで何かの皮を剥く様にして現れたラウラは、長く艶やかで豊か、そして真っ直ぐな銀色の髪を二つに括る、所謂ツインテールに変えており、小柄な身体ながら、その肉体を包むのは、フリルのついた黒色のビキニタイプの水着。
既に剥がれ落ちてしまった筈のバスタオル達を求めて手を動かしながら涙目になっている姿も相まって、その姿は非常に可愛らしい。
小柄な身体ながら、ビキニと言うチョイスも、男性としては、そのギャップに思わずぐっと来そうなポイントである。
全て地に落ちたバスタオルの姿を見て、漸く諦めたのか、ラウラは大人しくなる。
しかし、最後の抵抗をするように、右手で左手の肘辺りを掴み、何とか体を小さく見せようと無駄な努力をしている。
そんなラウラの姿に、思わず可愛さを感じながらも、シャルロットはラウラを翔の前へと押し出す。
否応なく翔の前へ出されたラウラは、もじもじと身を捩り、頬を紅く色付かせながらも、何とか言葉を紡ぐ。
「そ、その、どうでしょうか? ボス……」
「む、よく似合っていると思うが……ラウラはもっと自分に自信を持つべきだな」
「わ、私は身体も小さいですから……こう言うタイプの水着は、少し……」
「気にするな、よく似合っているのだ、堂々としていればいい」
「そ、そうですか、ありがとうございます……」
翔が褒める事で、それなりに自信が持てたのか、恥かしそうにしていた表情は消え、その代わりに、嬉しそうに小さく笑うラウラの表情がそこにあった。
ラウラのその表情に、翔も満足そうに目を瞑り、一つ大きく頷く。
想い人に褒めてもらうと言う一つの大きな目標を達成したラウラは、きょろきょろと視線を動かしながら、辺りを見渡す。
先程と同じ様に、シャルロットがラウラの横に並んだ時には、何か憂さを晴らす様に、柔らかいボールを全力で打っている千冬の姿を、ラウラはその赤い瞳に捉えていた。
「シャルロットもよく似合っているな」
「あ、あはは、僕はいいのに、これ買いに行った時に言って貰ったしさ」
「い、一緒に買いに行ったんですの?」
「うん、そうだよ……あ、そだ、ありがとね? セシリア」
「? 何の事か分かりませんが、どういたしまして、ですわ」
ラウラが千冬の姿を捉えてじっと見据える姿に、翔は注目し、海でも水着を褒めてもらって満足なシャルロットは、女性をエスコートするのは男性の役目であり、その時には腕を組むのが通例と翔に教えたセシリアにお礼を言っていた。
勿論、セシリアは何の事なのか分からない故に、頭の中は疑問符ばかりではあったが……。
「ボス、あれは何をしているのですか?」
「ビーチバレーだ、気になるのか?」
「はい、少し……織斑教官が全力で動いているので、何かの訓練かと思いましたが……」
翔達に背を向けて、ビーチバレーを全力でプレーしている千冬に視線を向けていたラウラの後ろに立った翔に、ラウラは顔だけを翔へと振り返りながら、ビーチバレーをしている辺りに右手で指を指して翔へと尋ねる。
その姿は、何となく愛らしさを感じる姿だったが、当然の如く、そんなラウラに反応したような素振りは見せずに、翔はラウラの疑問に答える。
ラウラと翔のやり取りに、セシリアへお礼を言い終えたシャルロットがラウラの横に並び、ラウラと同じものを見る。
セシリアは、シャルロットとラウラの登場で止まっていたサンオイルを塗る作業に戻る。
「ふむ、確かにあれはいい訓練になる。足場が悪い所で動き回らねばならんからな」
「なるほど……ではボスも過去あのような訓練を?」
「む? した事がない訳ではないな」
「では私も……」
「って言うか二人とも、あれ、訓練じゃないよね」
ビーチバレーを冷静に訓練と言い切るラウラに、訓練にもなると冷静に判断する翔。
シャルロットはそんな二人に思わず呆れた顔をするが、その視線はビーチバレーをプレイし、楽しそうな笑顔を浮かべる生徒達に向けられていた。
「ふむ、気になるのならば行って来ればいい」
「ボスは……?」
翔の言葉に、またしても顔だけ翔の方へ向け、その赤い瞳で翔の瞳を見上げながら、そう問う。
ラウラのその仕草は、普通の感性を持った男性ならば、途端に抱きしめたくなるような衝動に駆られる様な、そんな姿だったが、残念な事に、普通では考えられ無い程に固い自制心を持つ翔の精神は揺らぐ事が無い。
上目遣いで翔を見上げてくるラウラの視線にもぐらついた様子の無い翔の視線は、持ってきていた釣り道具へと投げられる。
「俺はあれだ」
「あ、釣り? じゃあ僕達も……」
「確保ぉ!」
着いていくよ、とシャルロットが言いかけた瞬間、狙ったかのように突撃してきた女子生徒達に、ラウラとシャルロットの身体は抱え上げられる。
突然自らの身体を抱え上げられたシャルロットは当然焦る。
如何なる時も冷静な判断を求められる軍人であるラウラは、突発的に起こる事には慣れているのか、冷静な様子。
しかし、抵抗しても無駄な様子に、ラウラの視線は縋る様に翔を捉える。
「ちょ、ちょっと待って! 僕は翔と……」
「いいからいいから! デュノアさんもボーデヴィッヒさんも、一緒にビーチバレーやろっ!」
「ボス……」
縋る様な赤い瞳が翔を捉えるも、翔の表情は特に変化を見せず、抵抗らしい抵抗も出来ないまま連れ去られようとしているラウラとシャルロットに、小さく一言。
「スマンな」
「と言うわけで、二名様ごあんな~い!」
無慈悲な翔の言葉に、女子生徒達はシャルロットとラウラを抱えてビーチバレーが開催されている場所へと、一斉に駆けて行った。
後に残された翔は、黙ったままに、太陽を眩しそうに見上げながら、海から風に乗ってやってくる波の音、潮の匂い、そして、夏を満喫する多くの人の楽しそうな声を聞く。
見上げた太陽の眩しさに、思わず手を翳すが、それでもぎらついた陽光の眩しさに瞳を細めながら、今が夏真っ盛りである事を再び再認識する。
「皆これ以上無い程に夏を楽しんでいるようだな……よい事だ」
「あれだけの事を無かったかの様に纏めないでくださいませ!」
しみじみと静かに呟き、今までの暴挙を夏ゆえにと纏めようとしている翔の姿に、同じくその場に残されたセシリアが思わず、がー! と吼える。
「む? スマン」
「いえ……別に良いのですけど、つい思わず」
思わず翔にツッコミを入れてしまったセシリアを振り返る。
サンオイルは既に塗り終えたのか、瓶を傍らに置き、少し唇を尖らせ、如何すればいいのかわからない、と言うような表情を浮かべ、軽く膝を抱えるような体勢。
そのセシリアの様子を見ながらも、翔は己の目的を遂行する為に、パラソルの影に置いていた釣り道具に近付き、それらを背負う。
「ふむ、ではまぁ、俺は釣りに行ってくる」
「はい、いってらっしゃいませ」
翔は釣り道具を背負いながらセシリアに声を掛け、セシリアは翔の背負う釣り道具に視線を向けながらも、うつ伏せに寝転がりながら翔を送り出す。
砂浜の東側の端に存在する、現在は小さな船が数隻ついている防波堤へ足を向ける翔を、セシリアの瞳はしっかりと最後まで追っていた。
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