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「IS インフィニット・ストラトス ~黒衣の侍~」
IS学園入学編

二十一斬 漢ってのは行きつけの隠れ名店を知ってるもんだ

 ←二十斬 漢ならさりげなく誰かを気遣ってやるもんだ →二十二斬 漢でも過去を振り返る事ぐらいある
 夏と言う季節、開放感溢れるこの季節において、水着と言う比較的露出面積が広い物が多い衣服は、女性にとって武器ともいえる存在。
 翔達が今居るこの場所、モール街に多数存在するデパートの内の一つでも、多数の女性を見かける事が出来る。その殆どは、よりよい水着、つまりよりよい武器を手に入れる事が目的の女性だろう。
 そして、普段は凛としていて、クールな態度を崩さない、黒のサマースーツがよく似合い、学園では見せる事の無い、頬を赤く染め上げるという表情を、柏木翔と言う一人の男の前で前面に押し出しているIS学園一年一組担任、織斑千冬もその例外ではなく、いつもの様子からは想像も出来ない様な恥らった態度を見せる千冬の両手には、それぞれ、白い水着と黒い水着が握られていた。

「あ、あー、その、だな……」

 頬を赤く染めたまま、千冬は何やら言葉を濁しながら、その視線は真耶に向かって、チラチラと何か意図を送るように送られている。
 千冬の送る視線に気が付いた真耶は、少しわざとらしく大きく声を上げながら、自らの胸の前でパンッと手を合わせて、今この場に居る数人のメンバーに声をかける。

「あー!そうです、デュノアさん、ボーデヴィッヒさん、篠ノ之さんに凰さん、少し用事があるので、こっちに来てください、それからついでに買い物も一緒にしちゃいましょう! 女の子同士の買い物もいいものですよ?」
「え? あ、ちょっと、僕は……」
「いいから、来てください」

 次々に不平不満の声が上がるも、その全てを黙殺、と言うか、聞いていないように四人を連れて行き、去り際に、これ以上無いほどにいい仕事をしたと言うような笑みを千冬に向けた。
 が、真耶の捉えた千冬の表情は、完全に無表情で、どう見てもよくやったと言うような雰囲気ではない。
 真耶の顔がこちらへ向いている事に気が付いた千冬は、声を出さずに、唇だけ動かし、真耶にそれを読み取らせる。

(山田先生、校庭30週だ)
(ひーん、何でですかぁ?)

 千冬の口の動きを読み取った真耶は、泣き言を上げるが、その泣き言に千冬が付き合うわけも無く、その視線は既に、この場に残った翔と一夏を捉えている。
 一夏は突然の真耶の行動に、何なんだ? と疑問を浮かべ、翔は千冬の口の動きを見ていたのか、教員であれど鍛錬を忘れるなと言う事か……等と感心している。

「気を使わせたか……」

 一夏には千冬が真耶に何を言ったのか理解できていない為、千冬はそんな一夏に対して、真耶が気を使ったと言いつつも、額に少し小さな青筋が浮かんでいる。
 千冬がそう発言した事で、一夏も今起こったやり取りの意味を理解したのか、額に少し、汗が滲んでくる。無論、暑いわけではなく、千冬から言われた言葉の裏に隠されたプレッシャーを感じ取ったからこその冷や汗と言うものである。
 それを感じ取った一夏は、かなり慌てたように、わざとらしく声を上げる。

「あ、あー! そう言えば俺、山田先生に聞きたい事があったんだった! ちょっと追いかけてくる! 箒と鈴との買い物も途中だったしな! じゃ、俺はこれで」

 少し早口でまくし立て、翔が不思議そうに見てくるのも構わず、一夏は颯爽と身を翻し、真耶達の消えた方向へ走っていく。
 慌てた様に、バタバタと走り去っていく一夏を見送り、そんなに急がなくても良いと思うが……等と首を捻っている翔の後ろで、千冬はぐっと、ガッツポーズをかまし、心の中で一夏に賞賛を送っていた。

(よく空気を読んだな、一夏、山田先生は空気を読みきれていなかったからな)

 一頻り一夏に賞賛を送り終えた時、タイミングよく翔が千冬へ向き直ったので、これ以上無いほどに力強く握りこみ、腰だめに構えていた腕を戻し、千冬も翔へと向き直る。

「それが選んだ水着か?」
「あ、あぁ、そうだ」

 誰かの意図で男女二人きりにされると、微妙な空気になり、互いに話し掛けづらい妙な雰囲気になる事が多々あるが、柏木翔と言う男には、そう言う空気は無縁の物らしく、千冬の持っていた二着の水着について問う。
 そんな翔の態度に、忘れていた羞恥が戻ってきたのか、少し頬に赤みが差し、言葉も少しぎこちない。
 勿論、千冬もいつもこうと言うわけではない、ただ、今は水着を買いに来ていると言う事実と、その場面を思い人に見られたと言う妙な気恥ずかしさを伴う状況に、恥じらいを感じているだけ。
 そうなるとわかっていても、千冬には思い人と二人きりと言う状況に喜んでいる。意図的に二人きりにされる事が恥ずかしくもあり、だが、嬉しくもある。
 女性の心とは複雑なものである。
 そして現在、千冬が望んだ状況が出来上がっている。
 思い人の居る女性は、その思い人に良い様に見られたい、美しく見られたい、そう思うもの。それは普段凛としていて、クールな態度の千冬も変わらない。

「翔は……どちらの水着がいいと思う?」

 故に、思わず千冬が自分に似合う水着を翔に聞いてしまったとしても、何ら不思議ではないという事だ。
 いつも胸を張り、堂々とした態度を崩さない千冬が、おずおずと翔に意見を求める姿は、違和感がありつつも、決して悪い印象を抱くような姿ではない。それ所か、この場面を学園の生徒が見ていたならば、いつもは隙の無い千冬も、自分たちと同じく、好きな人物の前では、その人がどう思っているのか不安なものなのだと親近感を抱かせる事になるような、そんな姿だった。
 千冬におずおずと問われた質問に対して、翔は考える素振りを見せず、すぐさま千冬に回答を寄越す。

「無論黒だろう、千冬には黒が良く似合う、と俺は思っているが?」
「そ、そそそうか!」

 考える事無く、そう断言する翔に、まるで、水着を来た自分を褒められたような気がして、千冬の頬は一気に赤く染まり、慌てた様に言葉を震わせ、躓きながらも、力強く頷く。率直な意見を寄越した翔の言葉が余程嬉しかったのだろう。
 だらしなく緩みそうになる頬を必死で取り繕いながら、視線を彷徨わせ、真っ直ぐに翔を見る事が出来ない千冬の姿は、普段の千冬を知っている者が見れば、迷い無く可愛いという評価を寄越すだろう。

「で、ではこちらにするか」
「簡単に決めてしまってよかったのか?」
「あ、あぁ、丁度私もこちらがいいと思っていた所だ!」

 翔の問い掛けに、翔が黒の方が似合うと言ったから黒にする、とは言えず、慌てた様に出した声は不自然なまでに語尾が強く出てしまう。
 千冬の不自然さに気が付いた翔だが、慌てるという事は、何か知られたくない事があるという事、そう判断した翔は、態々知られたくないと思っている事を聞くほど野暮ではなく、追求する事は無かった。
 そして、それからは特に何事も無く、千冬が黒の水着にすると決めたので、レジへ移動、水着を購入している千冬を翔はレジの外で待ち、千冬は特に待つ事も無く会計を終え、待っていた翔に合流する。

「これからどうする? 一夏達が行ってしまった様だからな、このまま帰っても構わんが」

 千冬が翔の傍に寄ってきた事を確認し、荷物を持っている千冬を見て、帰る事を提案する翔に、千冬から静止が掛かる。

「待て、時間があるなら、その、何処かでコーヒーでも飲まないか?」

 翔の出した、このまま帰ると言う意見をすぐさま却下し、千冬から提案された案に、少し考えるように、顎を右手で撫でるいつもの仕草。
 とは言っても、考えるような素振りを見せたのも数秒で、自分も千冬も荷物を持った状態で行けて、それによって煩わしさを感じるような案ではないと判断し、千冬の案に一つ頷く。

「承知、では行くか」
「ん? どうした?」

 千冬の案を、いつもの様に感情を読ませないような表情で了承し、徐に千冬へ近付く翔に、疑問を投げかける千冬だが、翔はそれに反応する事無く、千冬の左腕を自らの右腕に巻き込む。
 無論、翔に予告もなしにそんな事をされた千冬はたまった物ではなく、翔夜に捉えられた左腕と翔の顔を、驚いた表情で交互に見つつも慌てるという器用な行動を披露していた。
 千冬の口は、言葉を発しようと色々な形を作るが、それも言葉にならず、結局何も言えない。そんな千冬の様子に、取り敢えず翔は彼女が落ち着くまでその場にじっとしている事にした様で、千冬の様子を確かめながらも動く気配は無い。

「翔、何故いきなりこんな事を?」

 いつもクールな千冬は、当然の事ながら慌てても自らを取り戻すのは早い、数秒待った所で落ち着きを取り戻したのか、冷静な様子で翔に問いかける。内心は未だ混乱しつつも歓喜しているのだが、それを表に出す事は無い。
 冷静な表情でそう問われた翔は、怪訝そうに眉を顰める。

「ふむ、腕を組んで女性をエスコートするのが男としての嗜みだとセシリアに教わったのだが……やはり違うのか?」

 そう疑問を持つ翔の台詞に、千冬は内心、翔にそう教えたセシリアを高く評価していた。寧ろ拍手喝采と言わんばかりに褒めていた。

(良くやった、オルコット、今ばかりはお前のしてきた行動に目を瞑ろう)
「いや、違わないが、女性によってエスコートの仕方が違うと言うのが普通でな、それで少し驚いてしまった」

 千冬のエスコートの仕方はその女性によって合わせなければならないと言う、翔にとって新しい知識を脳内に刻み込むと、なるほど、そう言うものか……と納得したように大きく頷く。
 デパート内のレジ近くで、まるでバカップルの様なズレた会話を繰り広げている翔と千冬は、当然の如く注目の的と化しているが、二人とも性格上そのような事を気にする性格ではない。無論、注目を集めている要因としては、千冬が傍目から見て明らかな美人だから、と言う理由も無くは無い……。

「ふむ、では千冬はどうエスコートすればいい?」

 いつもの表情で千冬の瞳を覗き込みながらそう問うて来る翔の姿に、千冬は、純白、いや、翔のイメージカラーから考えて、純粋な黒を自分の色に染め上げている様な気がして、妙な高揚を覚える。
 その様な何か後ろめたい気持ちになり、翔からチラチラと時折視線を外しながらも、ほんのり頬を赤く染めて、千冬は翔に指示を投げかける。

「では、その、て、てて手を……繋いでくれないか?」

 何年も一緒に居るはずなのに、いざこう言う状況になると、千冬はまるで、初心な少女の様な女性へと早変わりしてしまう、それ故押しが足りない、と何時も自分の弟から言われ、わかっているのだが、ついこうなってしまう千冬だった。
 ドラマなどで、女性がスマートに、または勢い良く、好きだと言いながら男性の胸に飛び込んだり、腕に抱きついたりしているシーンを良く見かけるが、あんな物は嘘だと千冬は思う。

(現実は、こんなにも難しい……)

 自分の気持ちとは違う事をつい口走る口に、自らの行動を邪魔する羞恥心。例え好きだと言った後の結果を考えると首を擡げる不安感と恐怖心。ドラマの様に綺麗でスマートに進む恋等あるわけが無い、そんな恋ばかりなら、今の自分は明らかに不公平ではないか、千冬はそう考える。
 そんな少し後ろ向きな思考に入ってしまった千冬の手に何かが当たり、その何かは、そのまま自然と千冬の手を包み込み、緩やかに包み込まれているはずなのに、力強さと暖かさを感じる。
 その原因は、果たして自らのものではない手が、千冬の手を包み込んでいた。その手の持ち主を目線で辿ると、当然の事ながら、いつもの感情を読ませない表情で千冬を覗き込むように見る形になった翔の顔。

「どうした? 千冬」

 静かにそう問われた翔の声に、何故か猛烈に湧き上がってくる羞恥心。と言うよりは、まるで余裕のある大人の男に甘やかされているように感じる安心感と、そう感じてしまった事による少しの恥じらいが、千冬を包んだと言った方が正しい。悪い意味ではなく、何となく心地の良い恥ずかしさ、それが、今の千冬を包んでいた。
 そんな包み込むような視線と声から急いで意識を逸らし、自分の手を緩やかに、されど力強く包み込んでいる少しごつごつした男の手を、きゅっと握り、焦ったように千冬は声を上げる。

「な、なんでもない……行くぞ」
「承知」

 千冬の声に軽く頷き、取り敢えずデパートの外へ出るべく、千冬の歩調に合わせながら歩く翔と、まだ頬の赤みが少しばかり残っている千冬は、互いに行動を開始した。



 千冬は今自らの手を握っている男、柏木翔と、昔から一緒に過ごしてきた。そんな長い時間過ごしてきた二人だが、こうして手を繋いで歩くと言う状況は、これまで一度も無く、千冬にとって、思い人と手を繋いで歩くと言う事は、正真正銘初めての出来事で、始めはこれ以上無いほどに緊張していたのだが、流石に、デパートを出て、電車に乗る頃にはその緊張も解けていた。
 目的の駅に着き、降りる頃にはもう言葉を交わせるほどに緊張は無くなり、こうしている事が自然であるかのように振舞う余裕も出来ていた。
 そして現在、千冬と翔は、人が大勢居る所から少し離れた場所にある小さな喫茶店へと足を運んでいた。
 時間は夕方に入るかは入らないかと言った所、整備はされているとは言っても、ここは中心街の外れ、都会と言う街並みから見れば、田舎と言うカテゴリに分類される方であろう、ビル郡は無く、家や商店街と言った方がしっくり来る通りがある。そんな所。
 そんな中、翔と千冬の前にある喫茶店はこじんまりしていて、目立った看板も無く、外装も喫茶店を髣髴とさせるお洒落な作りではなく、普通の家のような外装。入り口の上に申し訳程度に『メソッド』と書かれた木の看板がある程度で、あまり目立たないが、昼時や三時のティータイムには客で一杯になる地元の人間が知る隠れた名店である事を、翔と千冬は知っていた。
 この店は、翔がロードワークで足を伸ばした時に見つけた店で、たまたま入り、気に入った翔は、暇さえあれば足を運ぶ、所謂常連客となっていた。
 その際、翔がよく姿を消すのを心配した千冬が問いただした所、ここに連れて来られ、千冬も気に入り、翔と同じ道を辿ったのが丁度二年程前。当然千冬も時折足を運ぶのだが、最近は足が遠ざかっていた為、千冬にとっては懐かしい店でもあった。
 今現在、幼馴染グループでこの店を知っているのは、翔と千冬のみ、無論、翔は一夏にも教えようとしたのだが、その時の千冬の言った

「一夏にはあの店のコーヒーの味はまだ早い」

 そう言って押し切られたので、未だにこの店は千冬と翔しか知らない。その事が密かに嬉しい千冬だが、その様な彼女の心の機敏など、当然翔は知る由も無い。
 少し懐かしそうに目を細め、店の看板を見る千冬。そんな彼女が店の前で止まったのに合わせ、翔も歩みを止め、千冬の行動に付き合う。
 一通り、店の外装を眺め、満足したように、よし、と頷いた千冬は、翔に声を掛け、二人で店に入っていく。
 木で出来た軽い扉を翔が押し、からんと呼び鈴が鳴ると、外装通り、少し狭い店内が翔と千冬を迎える。店内に置いてある椅子とテーブルは、年代を感じさせるような作りで出来た木造の椅子とテーブル。
 呼び鈴が鳴った事でカウンターでグラスを拭いていた白髪の優しそうな男性が翔と千冬に視線を向け、その視線が二人を捕らえると穏やかに笑みを浮かべ、二人に話し掛けてくる。

「おや、柏木君に織斑さん、二人揃ってとは珍しいですね」
「お久し振りです、マスター、買い物の時に偶然翔と一緒になりましてね」
「そうですか、柏木君、何時もの席は空いていますよ?」
「む? かたじけない、マスター」

 白髪の喫茶店のマスターが言ったいつもの席とは、窓際の小さな机とそれを挟んで存在する二脚の椅子が存在する小さなスペース。そこがいつもここへ来た時翔がいつも座る席でもあり、千冬が来た時に座る席でもあった。
 翔と千冬が手を繋いで入って来た所は見ているはずだが、その事に一々突っ込むほどこのマスターは野暮ではなく、ただいつもの席が空いていると言う事だけを翔達に伝える。
 その情報を聞いた翔は、軽くマスターに礼を言い、千冬と共に、いつも座る窓際の席へ移動し、そこで繋がれていた手は自然と離れ、向かい合って席に座るのだが、手を離す際、千冬の表情に少し寂しそうな色が混じったが、翔はそれに気が付くことは無く、千冬もすぐに表情を直した為、その事実は誰にも知られる事も無く闇へ葬り去られる。
 気分を入れ換え、千冬が懐かしそうに目を細め店内に視線を移す。

「来ていなかったのは少しだけだが、昔から変わらないな、この店も」

 昔から見ている店内も変わらず、マスターの人柄も変わっていない、その事が何故か妙に嬉しく、千冬の紡いだ台詞は嬉しそうな響きを伴い、それを裏付けるように、口元も柔らかく笑みの形を作っていた。
 そんな嬉しそうな千冬の前でも、翔の表情は変わらないが、雰囲気は普段と違い、柔らかく黙って包み込むような雰囲気になっている。その事を千冬は自覚し、口元はますます嬉しそうに笑みを深くする。

「周りや自分が変わっていく中で、こうして変わらぬ物がある、それは幸せな事。俺はそう思う」
「あぁ、本当に、幸せな事だ……」

 しみじみとそう呟く翔に、千冬は気持ちを共有したような気分になり、その気持ちを噛み締めるように、幸せだと、本当に心の底からそう思う。

「ご注文はお決まりですか?」

 先程の白髪のマスターがタイミングよくオーダーを取りに近付き、同時にお冷の入ったグラスを音も立てず翔と千冬の前に置く。
 翔と千冬はマスターの手際に感心しつつ、オーダーを聞くマスターの言葉に対して、同時に口を開く。

「「ブルーマウンテン」」

 二人でここに来た時の決まり文句のような注文に、マスターも嬉しそうに笑みを浮かべ、オーダーを受けたマスターはカウンターへと帰っていく。
 店内の客はまばらで、静かな店内に響いた二人の声。それは昔から変わらない、千冬が翔に提案した事が今も生きている証拠。

「覚えていたのか」
「無論だ」
「『二人で来た時は、少し贅沢にブルーマウンテンを頼む事にしよう』今思えば、ただの口約束だったが、そんな事も律儀に覚えているなんてな」

 そう言って少し嬉しそうに千冬は笑い、両肘をテーブルに着き、手を組み、その上に顎を乗せ、細めた瞳で翔を見据える。
 如何にも大人の女性であるような、そんな仕草の千冬を前にして、翔は腕を組み、いつもの表情で千冬を静かに見返す。

「変わらない物があるなら、変わらない事があっても問題はあるまい」

 その翔の言葉に、千冬の瞳は一瞬大きく見開かれ、その後、千冬の表情はこれ以上無いほどに嬉しそうな微笑を浮かべる。
 そして、そんな嬉しそうな微笑を浮かべた千冬の口から紡がれる言葉もまた、嬉しそうな声音。

「お前も、変わらないな、あの時のままだ。私の背中を押した、あの時のまま」
「だが、今の千冬があるのは間違いなくお前自身の力だ、まずそんな自分を誇れ」

 眩しそうに目を細めて翔を見つめる千冬、その視線を受け止めるように千冬を見返す翔、二人の間には、いつの間にか置かれたブルーマウンテンの湯気がゆらりと揺れ、その湯気を挟んで互いを見ながらも、その意識は昔の光景を見ていた。
 ブルーマウンテンの上品な香りと共に思い出されるのは、今から約五年前、千冬が剣を握ってから初めて敗北を味わったあの冬の日が、二人の脳裏には浮かび上がっていた。
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