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「IS インフィニット・ストラトス ~黒衣の侍~」
IS学園入学編
十九斬 漢なら黙って相手に合わせる器量が必要だ
夕日の差し込むIS学園一年一組の教室。今現在、ここにはシャルロットと翔が教室の掃除を行っていた。IS学園は、普通なら生徒に掃除をさせないため、何かしらのペナルティを負った時は、罰として掃除と言うものが使われる時がある。今現在そのペナルティを受けているのがシャルロット。今朝の遅刻の罰だそうだ。そして翔は何故ここにいるのかと言えば
「ごめんね? 翔、手伝ってもらっちゃって」
「気にするな」
と言うわけだ、授業が全て終わっても帰ろうとしないシャルロットへ翔が声を掛け、教室の掃除をする事を聞き、手伝いを申し出た。まず最初に分担をきっちりと決めておいたため、効率的に進む掃除は早いもので、翔が机を移動させ、シャルロットが床を掃き、必要以上に話をしない翔や、話しかけたいが、夢で見た状況とよく似た今の状況に少し気恥ずかしさを覚え翔へ話しかけられないシャルロットの二人では嫌でも掃除に集中するしかない。その事実からこれ以上無いほど効率的な掃除となり、もう終わりを迎える。
「ふむ、終わったか」
「うん……そうだね」
特にこれと言って特別な感情が込められているわけではない平坦な声音の翔に、己の罰が終わったと言うのに何処か落胆したような声音のシャルロット。シャルロットは声音だけでなく、僅かに肩を落としているように思える。無論、そんなシャルロットを見て放っておける翔ではない。
「どうかしたのか?」
「え? いや、何でもないよ! うん」
少し慌てたようにそう言うシャルロットに、そうか、と簡潔に言うと、教科書などを入れ、帰る用意を終えている鞄を掴む。
「では帰るぞ、シャルロット」
「あぁ! 待ってよぅ!」
シャルロットも急いで鞄を掴み、歩き出す翔の後姿を追いかけ、翔の左横に並んだ時、何か思い出した様に声をあげ、シャルロットの少し上にある翔の顔を見上げ、問いかける。
「もうすぐ臨海学校だけど、水着とかって持ってるの?」
「水着? 服で泳ぐのは思いの他鍛錬になるからな、問題ない」
「問題アリアリだよ!? 誰が態々海まで行って服のまま泳ぐのさ!?」
「誰も泳がないのか?」
「誰も泳がないよ!」
何も問題はないと言うように発言する翔の言葉にすかさずシャルロットからのツッコミが入る。一組の兄貴的立場の翔が、態ととしか思えないような発言に、普段は真面目なシャルロットがツッコミを入れる光景は、ある意味かなりシュールな光景であると言える。そのシャルロットのツッコミに、翔は少し考え込むように、腕を組み片手で口元を隠し、微かに眉根を寄せる。
(わわっ、こう言う仕草と表情も、良いなぁ……)
翔の何気ない仕草に、少し心臓の音が跳ね上がるシャルロットだが、そんな事はおくびにも出さず、続いて出てきた翔の少し困ったような発言に反応するシャルロット。
「ふむ、そうなると少し困った、水着は昔の学校指定の水着しかない……」
「な、なら!」
「む?」
気合を入れた様に声を上げるシャルロットに反応し、組んでいた腕を解き、視線を向ける。翔の視線に捕らえられたシャルロットは何処か緊張したように、体の前で持っている鞄の取っ手をきゅっと握り締め、視線の位置も一定せず、翔の顔を見られないように彷徨っていた。
「に、日曜日、僕と水着、買いに、行かない……?」
「む? 別に俺は指定水着でも一向に構わんが……」
「だ、駄目だよ! いくら水着とはいえ、翔は外見整ってる方なんだから、身なりにも気を使わないと!」
「? よく分からん、水着や服など着れれば良いのではないか?」
そう力説しているシャルロットに首を捻る翔。買い物に誘いたかったと言うのもあるが、服装に全く気を使わない翔に服を見繕ってあげたかったと言うのもシャルロットの本音。実際、翔は外見が悪いと言うわけではなく、普通よりは上のレベルで纏まっている。一夏の様な爽やかな美男子と並んでいるからあまり目立ってはいないだけ、と言うより、評価の方向性が違う、一夏がどちらかと言えばイケメンと呼ばれるジャンルならば、翔は男前と言うジャンルに分けられる。そう言う意味での方向の違いがある。普通にしていてもつり上がった様な形の存在感を感じさせる眉、瞳は鋭いが釣り上がってはおらず、いつも冷静に物事を見る落ち着きを感じさせる黒色が印象的である。主張しすぎないほどに高い鼻に、軽々しく開かない薄めの唇。そのパーツを囲う輪郭はシャープな部類に入るが、男性だと断言出来るほどには無骨さを感じさせる。それに短すぎず長すぎない黒髪。身長はそれほど高くはないはずだが、顔が小さいため、実際の身長以上に高く見えると言うマジック。
この様に、全体的に見れば整っている容姿をしている翔が着飾らないと言うのはシャルロットの中では出来れば許容したくない事であったと言う事だ。
「よくないよ、外見を整えるのも重要な事だよ? でないと、対面した相手に不快感を与える事だってあるかもしれないよ?」
「ふむ、まぁ、そこまで言うなら、水着は新しいのを買いに行く事にしよう」
「も、勿論僕と一緒に行ってくれるんだよね?」
「む? そう言う話だったのではないのか?」
「う、うん! そう言う話だよ! じゃあ、日曜一緒に行こうね?」
「承知」
シャルロットの念を押すような誘いに、いつと変わらぬ声で応じた翔に向けたシャルロットの表情は、これ以上に無いほど嬉しそうで可憐な、満面の笑顔だった。
翔がシャルロットに誘いを掛けられたしばし後、いつもの訓練を終え、シャワーを浴びて自らの部屋のベッドに倒れこんでいる一夏。その表情は当然、訓練後の疲労が浮かび上がっている。疲れ切った一夏の表情から、今日も相当にしごかれた事が予想できるが、一夏の口から不平不満が出て来る事はなく、ベッドに身体を預けている一夏の表情は少しばかり笑っていた。
「辛いけど、無駄じゃない……」
力を抜いてベッドに沈んでいた腕を持ち上げ、空中で何かを掴むように拳を握り、一夏自身が思っていた事をぼそりと呟く。その声音は確かな実感が込められているような力のある声。握りこんだ一夏の拳には、目に見えない何かを掴んだという確信が一夏の中にあった。
と、一夏がISにおいての自らの成長を静かに噛み締めていると、何やら部屋の入り口付近で言い争うような声が一夏の耳に届く、一夏自身と翔以外は全員女子生徒と言うこのIS学園の中で一夏の交友関係はそう広くない。つまりは一夏の部屋の前で言い争っている人物が誰なのか、ある程度は予想をつける事が出来る。
その人物達を予想しながら、疲れ切った身体に鞭を打ち、部屋の入り口へと向かい、ドアを開ける。
「アタシは一夏に大事な! 大事な用があるの!」
「それはこちらとて同じだ!」
ドアを開けた一夏の耳に飛び込んできたのは、予想していた人物達と寸分違わぬ声の持ち主達の怒声。と言うより、互いの主張を折る気の無い言い争いの声だった。あまりにも予想通りの人物である二人に、ドアを開け、その光景を見た一夏は、ため息を一つ。その後、一夏自身にも気が付かず、ヒートアップしていく二人を止める為、仕方なく声を掛ける。
「箒、鈴」
「へ? い、一夏!」
「む? い、居たのなら早く言え!」
一夏が声を掛け、その声を聞き取った瞬間に、二人の意識は互いから一夏へと移される。醜態を見せた事が少しばかり恥ずかしいのか鈴音と箒の頬は少しばかり赤く色付いている。強い調子で箒と鈴音に詰め寄られた一夏は少しばかりたじろぐが、そこで翔の様子が思い浮かび、表情を引き締める。そして勢いに圧されぬ様、二人をしっかりと見据える。
(翔ならこんな事で一々慌てないんだ……)
「そ、それで? どうしたんだよ? 二人して」
長年に渡って、柏木翔という男を見てきた成果なのか、こうして意識していればそれなりに屹然とした態度を取れるようになった一夏、それもつい最近からと言うオチがつくが……。おまけに少し台詞に動揺が見て取れる。それなりと言う評価はつまり、そう言う事である。
いつもと違い、少し引き締まったような態度を取る一夏に、鈴音と箒の二人は何かしらの感情を感じたのか、見惚れるように一夏の顔を凝視する。が、それも少しの事、すぐ我に返り己の用件を一夏に伝えようとするが、互いに互いの事が気になったのか、また睨み合う様な態勢へと戻りかける。
「はい、ストップな、このままじゃ話進まねーし、取り敢えず部屋入ってくれよ」
またもや不毛な睨み合いへ突入する前に、呆れたような声で、一夏から箒と鈴音へ取り敢えずの妥協案と言うか提案が入る。事が起こる前に叩き潰し、妥協案を提示する事で興奮した二人に幾許かの時間を与える。そうする事によって多少なりとも頭は冷える。単純に問題を先延ばししただけに見えるが、この場面でこの先延ばしは最善の行動であるとも言える。どちらも部屋の前での言い合いが尾を引いており、冷静ではなかった。その事を踏まえての先延ばしは結果が最終的に出る事が分かっている上での、言うなれば冷静になる為の時間的クッションと言う役割を果たしている。
何気ない一夏の行動ではあるが、提案の内容、言い出すタイミング、己の声音と雰囲気の使い方、どれを取っても錬度の違いこそあれ、翔が会話において場を掌握する時に使う戦法とよく似ていた。
少しずつではあるが、一夏も精神的に成長していると言う事である。
その証拠に、互いに爆発しかけていた鈴音と箒は己の激情が暴れる寸前に抑え付けられた事でやり場のない感情を互いに持ち、素直に一夏の言う通り無言のまま部屋へ入っていく。
翔だったならば抑え付けるなどと生温い事はせず、感情が爆発する寸前で叩き潰していた事だろう、その辺りが翔と一夏の違いだと言える。
「二人同時に聞くとまた拗れそうだから、箒からな?」
各部屋に標準で存在している二つの椅子に二人を座らせ、自らはベッドに腰掛けた一夏は掌を組み、両肘を両膝に置き、話す順番を決定する。この順番の決定に一夏としては他意を含んだつもりはないのだが、箒の表情は喜色に彩られ、逆に鈴音の表情は苦虫を噛み潰したような表情へと歪む。
二人の表情の差異に疑問が湧くが、理由のわからない疑問を考えるのは無駄だと判断し、まずは箒の話を聞く態勢に入る。
「そ、その、だな……んんっ! 日曜日に、わ、私の買い物に付き合え!」
「別にいいぜ?」
頬を紅潮させ、言葉に詰まりながらも一生懸命に誘いをかけた箒に対し、一夏の返事は即答、何も考えてないようなあっけらかんとした態度で箒の意見を了承する。
無論、そのやり取りに黙っていないのは鈴音である事は明白、一夏が了承した瞬間に目尻を吊り上げ、一夏の胸倉を掴み前後に揺さぶる。
「アタシだって同じ事言うつもりだったのに、何さっさと了承してんのよ! あんたはぁ!!」
「うおぉぉ!? お、同じ事なら、三人で行けばいいだけの話だろ!」
揺さぶられつつも声を張り上げ焦ったような声色で鈴音にそう告げると、鈴音は何処か諦めたように一夏の胸倉から手を離し、箒と視線を合わせ、二人して同時にため息を着く、先ほどまでいがみ合っていた二人とは思えないほどにタイミングが合っているその様子は、開放された一夏にはとても不思議な光景に見えていた。
「まぁ、一夏だもんね……」
「あぁ、この際仕方ないな……」
「な、何の話だ?」
妙に通じ合っている箒と鈴音の会話に疑問を差し込む一夏だったが、椅子から徐に立ち上がって一夏を見つめる箒と鈴音の視線は驚くほど冷めた様な、何かを諦めたような視線。思わずたじろぐ一夏だったが、箒と鈴音は特に何をするでもなく、結局一夏の出した提案を採用する事にしたようで、一夏の提案を念を押すようにして繰り返す。
「では一夏、忘れるな、日曜日に……」
「アタシ達と買い物だからね?」
「お、おう……」
それだけ念押しと共に確認すると、箒と鈴音は少し機嫌が悪そうに足音を立てて一夏の部屋から退室し、後に残ったのは何が起こったのかよく分からないような表情をしてベッドに座り込む一夏だけが残された。
「な、何だったんだ?」
どうやら翔のように、と考える本人にとってそれはまだ実現出来そうになかった……。
そして日曜、互いに約束していた翔とシャルロットは共に寮を出て、ショッピングモールまで足を伸ばしていた。休日と言うこともあり、多くの人々が行き交っており、その表情の中に負の感情は少ない。それと共に男女のペアが多い事が見受けられる。休日に男女のペアで外へ遊びに来て幸せそうに浮かべる笑顔、それはつまり、デートと言う行為である事は明白。
そんな男女が多く行き交う中で時折女子のみのグループや男子のみのグループも見受けられることから、娯楽施設としても優秀なものが揃っていると見て良いだろう。その様な分析をしつつ辺りを見渡す翔は間接に少しばかり余力があるゆったり目の黒いGパンに黒のTシャツ、どちらもごてごてした装飾はなく簡素なもので身を包んでいる。
そんな翔の様子を見ながら何が楽しいのかニコニコと笑顔を浮かべるシャルロット。翔と出かけるという事を意識した女性らしい服装をした彼女もまた、翔とはそう言う関係ではないが、非常に嬉しそうな笑みを浮かべている。
「さて、と、翔? そろそろ行かない?」
「む? 承知した」
冷静沈着な翔にしては珍しく辺りをキョロキョロと見渡し、思考に耽っていた様子の翔へシャルロットから声が掛かる。無論、何故男女で出かけていてその目的が何なのか察せないほどに鈍いというわけではない翔は、青春だ、と頭の中で結論を弾き出し、シャルロットへ反応する。と、彼女は既に目的の場所へ足を向けようと歩き出していた。
そんな彼女を疑問に思ったのか、翔は声を掛ける。
「シャルロット」
「ん? 何かな?」
無論、そんな翔の呼びかけを無視する彼女ではない。目的の場所へ向かって歩き出そうとしていた足を止めて、翔へ向き直り、掛けられた声へ反応を示す。
「腕は良いのか?」
「へ?」
シャルロットには端的にそう問われた翔の質問を理解する事が出来ず、間抜けな声が口から漏れる。当然だ、先ほどの台詞だと普通ならば腕の調子を聞かれたのかと判断するような台詞に聞こえる。その例に漏れず、シャルロットもそう受け取っていた。が、彼女は腕に怪我などしていない、調子がどうかと聞かれれば良いに決まっている。
「えっ、と、良いよ?」
意図がよく理解できていないが、取り合えずシャルロットはそう答える。と、翔は疑問を抱くように眉根に皺を寄せ、考え込む。そして、女性にも色々あるという事か、と勝手に一人で納得し、歩き出そうとする翔だが、何の事を言っているのか分からないシャルロットは翔へ疑問を投げかける。
「えーと、何だったのかな?」
「女性をエスコートするのは男の嗜みでその際には腕を組むとセシリアに教わったのだが……どうも俺の知識に穴があったようだ」
その言葉で、翔が投げかけていた質問の意図を理解し、数秒前のやり取りをしていた自分を猛烈に蜂の巣へと変えてやりたい衝動に駆られるシャルロット。つまり、腕を組まなくて良いのか? と言う意味があった翔の言葉に数秒前のシャルロットはこう答えた、良いよ、とつまり翔はこう受け取ったのだ、別に気にしなくても良いよ? と、それを理解したからこそ、数秒前の自分が許せなかった。
全てを理解したシャルロットの思考は高速で回転する。つい最近まで男子の格好をしていたとはいえ彼女は青春真っ只中の女の子、休日に思い人と腕を組んでショッピングなど、夢見るシュチュエーションであるのは間違いないのだ。それを取り戻す為に彼女の思考は高速で回転しているのだ。
「翔は勘違いしてるよ?」
「む?」
この状況を打開する為の策が思いついたのか、シャルロットは翔に言葉を投げかけていく。シャルロットに勘違いだと言われた翔は不思議そうな雰囲気。無論、表情などそう変わっておらず、相も変わらず感情を悟らせない表情。しかしその分彼のまとう雰囲気が翔自身の今の感情を如実に語っていた。
無論そこまで分かりやすいのも警戒する必要がない人物が対象だからと言う理由が大きい、翔は身内には以外に甘いのだ。
「僕が良いよ、って言ったのは腕を組んでも良いよ? って意味だったんだよ?」
非常に焦ったように翔へと説明するシャルロット、自分でも苦しい言い訳に思えたのか、彼女の額に汗が浮かぶ。そんな彼女の様子に少し疑問を感じる翔だったが、特に気にするほどでもないと判断したのか理解したように頷く。
「なるほど、どうやら俺の理解が甘かったようだな、すまない、では改めて行くか」
そう言葉少なく腕を差し出した翔の表情はやはり変わらなかったが、雰囲気は柔らかくなった様に感じるシャルロット。差し出された腕に頬を紅潮させつつも嬉しそうにそっと自らの腕を絡ませその力強さを感じる。無論の事ながらシャルロットの表情は満面の笑みに彩られている。紅潮した頬は彼女の感情を如実に表したサインとなって現れる。腕の力強さに安心しつつも恥じらいを浮かべたその表情は美しく可憐、恋をしている女性だけが見せる特権のような表情だった。無論その様な表情をしているシャルロットに視線が集まらない訳がなく、女性も男性もシャルロットの幸せそうな表情に注目している。
シャルロットに視線が集まるという事は、同時に翔へも視線が投げかけられているという事だが、その翔は気にする事無く堂々と、しかし、歩調はさりげなくシャルロットに合わせる形で歩を進めている。
羨望や嫉妬といった感情の篭った視線にも動じず、堂々と歩を進める翔と、そんな翔の腕に自らの腕を巻きつかせ、安心しきったような表情で頭を翔の肩へもたれ掛けるシャルロット。傍目からみても堂に入ったような二人にため息がいくつも漏れる。
(有難うセシリア!今だけは感謝するよ!)
「ねぇ、翔、僕の水着も選んでくれる?」
「む? 水着と言うものは詳しくはない、俺は役に立たないと思うが?」
「いいの、翔は僕が着て良いと思うか悪いと思うか、それだけ言ってくれれば十分だよ?」
「そうか、ならば承知した」
「うん! お願いね?」
「うむ」
片や嬉しそうに、片や声の調子を崩さず冷静に言葉を交わしていきながら、二人の姿はショッピングモールの人込みに消えていく。後に残ったのは先ほどの二人の姿にため息をつくカップルと男性のみ女性のみのグループだけだった。
容姿のレベルとしてはシャルロットは言うまでもなく美少女と呼ばれるレベルの女性、対して翔は、確かに顔の造形としては整っている部類に入るが、目を引くほどの、と言うわけではない。が、しかし、纏う雰囲気、堂々とした態度、さりげない気遣い、それらを総合して二人を見ていたギャラリーの感想は言うまでもない。
「今の二人お似合いだったわよね?」
「あぁ、カップルかな?」
「わかんないけど、女の子の方、いい表情だったわぁ~」
「男の子の方も良かったわよ? 余計な事は言わずに受け止めてくれそうな感じ」
「あれが……漢ってやつだろ」
「あぁ、恐れ入ったぜ……」
「あんな男に、俺はなる!」
「無理だろ」
「あぁ」
つまりはそう言う事である。その場の話題を掻っ攫って行った二人の姿は既にショッピングモールの中へ消え、もう見えることはない、が、話題だけがこの後先行していくのは仕方のない事だったのかもしれない。
「ごめんね? 翔、手伝ってもらっちゃって」
「気にするな」
と言うわけだ、授業が全て終わっても帰ろうとしないシャルロットへ翔が声を掛け、教室の掃除をする事を聞き、手伝いを申し出た。まず最初に分担をきっちりと決めておいたため、効率的に進む掃除は早いもので、翔が机を移動させ、シャルロットが床を掃き、必要以上に話をしない翔や、話しかけたいが、夢で見た状況とよく似た今の状況に少し気恥ずかしさを覚え翔へ話しかけられないシャルロットの二人では嫌でも掃除に集中するしかない。その事実からこれ以上無いほど効率的な掃除となり、もう終わりを迎える。
「ふむ、終わったか」
「うん……そうだね」
特にこれと言って特別な感情が込められているわけではない平坦な声音の翔に、己の罰が終わったと言うのに何処か落胆したような声音のシャルロット。シャルロットは声音だけでなく、僅かに肩を落としているように思える。無論、そんなシャルロットを見て放っておける翔ではない。
「どうかしたのか?」
「え? いや、何でもないよ! うん」
少し慌てたようにそう言うシャルロットに、そうか、と簡潔に言うと、教科書などを入れ、帰る用意を終えている鞄を掴む。
「では帰るぞ、シャルロット」
「あぁ! 待ってよぅ!」
シャルロットも急いで鞄を掴み、歩き出す翔の後姿を追いかけ、翔の左横に並んだ時、何か思い出した様に声をあげ、シャルロットの少し上にある翔の顔を見上げ、問いかける。
「もうすぐ臨海学校だけど、水着とかって持ってるの?」
「水着? 服で泳ぐのは思いの他鍛錬になるからな、問題ない」
「問題アリアリだよ!? 誰が態々海まで行って服のまま泳ぐのさ!?」
「誰も泳がないのか?」
「誰も泳がないよ!」
何も問題はないと言うように発言する翔の言葉にすかさずシャルロットからのツッコミが入る。一組の兄貴的立場の翔が、態ととしか思えないような発言に、普段は真面目なシャルロットがツッコミを入れる光景は、ある意味かなりシュールな光景であると言える。そのシャルロットのツッコミに、翔は少し考え込むように、腕を組み片手で口元を隠し、微かに眉根を寄せる。
(わわっ、こう言う仕草と表情も、良いなぁ……)
翔の何気ない仕草に、少し心臓の音が跳ね上がるシャルロットだが、そんな事はおくびにも出さず、続いて出てきた翔の少し困ったような発言に反応するシャルロット。
「ふむ、そうなると少し困った、水着は昔の学校指定の水着しかない……」
「な、なら!」
「む?」
気合を入れた様に声を上げるシャルロットに反応し、組んでいた腕を解き、視線を向ける。翔の視線に捕らえられたシャルロットは何処か緊張したように、体の前で持っている鞄の取っ手をきゅっと握り締め、視線の位置も一定せず、翔の顔を見られないように彷徨っていた。
「に、日曜日、僕と水着、買いに、行かない……?」
「む? 別に俺は指定水着でも一向に構わんが……」
「だ、駄目だよ! いくら水着とはいえ、翔は外見整ってる方なんだから、身なりにも気を使わないと!」
「? よく分からん、水着や服など着れれば良いのではないか?」
そう力説しているシャルロットに首を捻る翔。買い物に誘いたかったと言うのもあるが、服装に全く気を使わない翔に服を見繕ってあげたかったと言うのもシャルロットの本音。実際、翔は外見が悪いと言うわけではなく、普通よりは上のレベルで纏まっている。一夏の様な爽やかな美男子と並んでいるからあまり目立ってはいないだけ、と言うより、評価の方向性が違う、一夏がどちらかと言えばイケメンと呼ばれるジャンルならば、翔は男前と言うジャンルに分けられる。そう言う意味での方向の違いがある。普通にしていてもつり上がった様な形の存在感を感じさせる眉、瞳は鋭いが釣り上がってはおらず、いつも冷静に物事を見る落ち着きを感じさせる黒色が印象的である。主張しすぎないほどに高い鼻に、軽々しく開かない薄めの唇。そのパーツを囲う輪郭はシャープな部類に入るが、男性だと断言出来るほどには無骨さを感じさせる。それに短すぎず長すぎない黒髪。身長はそれほど高くはないはずだが、顔が小さいため、実際の身長以上に高く見えると言うマジック。
この様に、全体的に見れば整っている容姿をしている翔が着飾らないと言うのはシャルロットの中では出来れば許容したくない事であったと言う事だ。
「よくないよ、外見を整えるのも重要な事だよ? でないと、対面した相手に不快感を与える事だってあるかもしれないよ?」
「ふむ、まぁ、そこまで言うなら、水着は新しいのを買いに行く事にしよう」
「も、勿論僕と一緒に行ってくれるんだよね?」
「む? そう言う話だったのではないのか?」
「う、うん! そう言う話だよ! じゃあ、日曜一緒に行こうね?」
「承知」
シャルロットの念を押すような誘いに、いつと変わらぬ声で応じた翔に向けたシャルロットの表情は、これ以上に無いほど嬉しそうで可憐な、満面の笑顔だった。
翔がシャルロットに誘いを掛けられたしばし後、いつもの訓練を終え、シャワーを浴びて自らの部屋のベッドに倒れこんでいる一夏。その表情は当然、訓練後の疲労が浮かび上がっている。疲れ切った一夏の表情から、今日も相当にしごかれた事が予想できるが、一夏の口から不平不満が出て来る事はなく、ベッドに身体を預けている一夏の表情は少しばかり笑っていた。
「辛いけど、無駄じゃない……」
力を抜いてベッドに沈んでいた腕を持ち上げ、空中で何かを掴むように拳を握り、一夏自身が思っていた事をぼそりと呟く。その声音は確かな実感が込められているような力のある声。握りこんだ一夏の拳には、目に見えない何かを掴んだという確信が一夏の中にあった。
と、一夏がISにおいての自らの成長を静かに噛み締めていると、何やら部屋の入り口付近で言い争うような声が一夏の耳に届く、一夏自身と翔以外は全員女子生徒と言うこのIS学園の中で一夏の交友関係はそう広くない。つまりは一夏の部屋の前で言い争っている人物が誰なのか、ある程度は予想をつける事が出来る。
その人物達を予想しながら、疲れ切った身体に鞭を打ち、部屋の入り口へと向かい、ドアを開ける。
「アタシは一夏に大事な! 大事な用があるの!」
「それはこちらとて同じだ!」
ドアを開けた一夏の耳に飛び込んできたのは、予想していた人物達と寸分違わぬ声の持ち主達の怒声。と言うより、互いの主張を折る気の無い言い争いの声だった。あまりにも予想通りの人物である二人に、ドアを開け、その光景を見た一夏は、ため息を一つ。その後、一夏自身にも気が付かず、ヒートアップしていく二人を止める為、仕方なく声を掛ける。
「箒、鈴」
「へ? い、一夏!」
「む? い、居たのなら早く言え!」
一夏が声を掛け、その声を聞き取った瞬間に、二人の意識は互いから一夏へと移される。醜態を見せた事が少しばかり恥ずかしいのか鈴音と箒の頬は少しばかり赤く色付いている。強い調子で箒と鈴音に詰め寄られた一夏は少しばかりたじろぐが、そこで翔の様子が思い浮かび、表情を引き締める。そして勢いに圧されぬ様、二人をしっかりと見据える。
(翔ならこんな事で一々慌てないんだ……)
「そ、それで? どうしたんだよ? 二人して」
長年に渡って、柏木翔という男を見てきた成果なのか、こうして意識していればそれなりに屹然とした態度を取れるようになった一夏、それもつい最近からと言うオチがつくが……。おまけに少し台詞に動揺が見て取れる。それなりと言う評価はつまり、そう言う事である。
いつもと違い、少し引き締まったような態度を取る一夏に、鈴音と箒の二人は何かしらの感情を感じたのか、見惚れるように一夏の顔を凝視する。が、それも少しの事、すぐ我に返り己の用件を一夏に伝えようとするが、互いに互いの事が気になったのか、また睨み合う様な態勢へと戻りかける。
「はい、ストップな、このままじゃ話進まねーし、取り敢えず部屋入ってくれよ」
またもや不毛な睨み合いへ突入する前に、呆れたような声で、一夏から箒と鈴音へ取り敢えずの妥協案と言うか提案が入る。事が起こる前に叩き潰し、妥協案を提示する事で興奮した二人に幾許かの時間を与える。そうする事によって多少なりとも頭は冷える。単純に問題を先延ばししただけに見えるが、この場面でこの先延ばしは最善の行動であるとも言える。どちらも部屋の前での言い合いが尾を引いており、冷静ではなかった。その事を踏まえての先延ばしは結果が最終的に出る事が分かっている上での、言うなれば冷静になる為の時間的クッションと言う役割を果たしている。
何気ない一夏の行動ではあるが、提案の内容、言い出すタイミング、己の声音と雰囲気の使い方、どれを取っても錬度の違いこそあれ、翔が会話において場を掌握する時に使う戦法とよく似ていた。
少しずつではあるが、一夏も精神的に成長していると言う事である。
その証拠に、互いに爆発しかけていた鈴音と箒は己の激情が暴れる寸前に抑え付けられた事でやり場のない感情を互いに持ち、素直に一夏の言う通り無言のまま部屋へ入っていく。
翔だったならば抑え付けるなどと生温い事はせず、感情が爆発する寸前で叩き潰していた事だろう、その辺りが翔と一夏の違いだと言える。
「二人同時に聞くとまた拗れそうだから、箒からな?」
各部屋に標準で存在している二つの椅子に二人を座らせ、自らはベッドに腰掛けた一夏は掌を組み、両肘を両膝に置き、話す順番を決定する。この順番の決定に一夏としては他意を含んだつもりはないのだが、箒の表情は喜色に彩られ、逆に鈴音の表情は苦虫を噛み潰したような表情へと歪む。
二人の表情の差異に疑問が湧くが、理由のわからない疑問を考えるのは無駄だと判断し、まずは箒の話を聞く態勢に入る。
「そ、その、だな……んんっ! 日曜日に、わ、私の買い物に付き合え!」
「別にいいぜ?」
頬を紅潮させ、言葉に詰まりながらも一生懸命に誘いをかけた箒に対し、一夏の返事は即答、何も考えてないようなあっけらかんとした態度で箒の意見を了承する。
無論、そのやり取りに黙っていないのは鈴音である事は明白、一夏が了承した瞬間に目尻を吊り上げ、一夏の胸倉を掴み前後に揺さぶる。
「アタシだって同じ事言うつもりだったのに、何さっさと了承してんのよ! あんたはぁ!!」
「うおぉぉ!? お、同じ事なら、三人で行けばいいだけの話だろ!」
揺さぶられつつも声を張り上げ焦ったような声色で鈴音にそう告げると、鈴音は何処か諦めたように一夏の胸倉から手を離し、箒と視線を合わせ、二人して同時にため息を着く、先ほどまでいがみ合っていた二人とは思えないほどにタイミングが合っているその様子は、開放された一夏にはとても不思議な光景に見えていた。
「まぁ、一夏だもんね……」
「あぁ、この際仕方ないな……」
「な、何の話だ?」
妙に通じ合っている箒と鈴音の会話に疑問を差し込む一夏だったが、椅子から徐に立ち上がって一夏を見つめる箒と鈴音の視線は驚くほど冷めた様な、何かを諦めたような視線。思わずたじろぐ一夏だったが、箒と鈴音は特に何をするでもなく、結局一夏の出した提案を採用する事にしたようで、一夏の提案を念を押すようにして繰り返す。
「では一夏、忘れるな、日曜日に……」
「アタシ達と買い物だからね?」
「お、おう……」
それだけ念押しと共に確認すると、箒と鈴音は少し機嫌が悪そうに足音を立てて一夏の部屋から退室し、後に残ったのは何が起こったのかよく分からないような表情をしてベッドに座り込む一夏だけが残された。
「な、何だったんだ?」
どうやら翔のように、と考える本人にとってそれはまだ実現出来そうになかった……。
そして日曜、互いに約束していた翔とシャルロットは共に寮を出て、ショッピングモールまで足を伸ばしていた。休日と言うこともあり、多くの人々が行き交っており、その表情の中に負の感情は少ない。それと共に男女のペアが多い事が見受けられる。休日に男女のペアで外へ遊びに来て幸せそうに浮かべる笑顔、それはつまり、デートと言う行為である事は明白。
そんな男女が多く行き交う中で時折女子のみのグループや男子のみのグループも見受けられることから、娯楽施設としても優秀なものが揃っていると見て良いだろう。その様な分析をしつつ辺りを見渡す翔は間接に少しばかり余力があるゆったり目の黒いGパンに黒のTシャツ、どちらもごてごてした装飾はなく簡素なもので身を包んでいる。
そんな翔の様子を見ながら何が楽しいのかニコニコと笑顔を浮かべるシャルロット。翔と出かけるという事を意識した女性らしい服装をした彼女もまた、翔とはそう言う関係ではないが、非常に嬉しそうな笑みを浮かべている。
「さて、と、翔? そろそろ行かない?」
「む? 承知した」
冷静沈着な翔にしては珍しく辺りをキョロキョロと見渡し、思考に耽っていた様子の翔へシャルロットから声が掛かる。無論、何故男女で出かけていてその目的が何なのか察せないほどに鈍いというわけではない翔は、青春だ、と頭の中で結論を弾き出し、シャルロットへ反応する。と、彼女は既に目的の場所へ足を向けようと歩き出していた。
そんな彼女を疑問に思ったのか、翔は声を掛ける。
「シャルロット」
「ん? 何かな?」
無論、そんな翔の呼びかけを無視する彼女ではない。目的の場所へ向かって歩き出そうとしていた足を止めて、翔へ向き直り、掛けられた声へ反応を示す。
「腕は良いのか?」
「へ?」
シャルロットには端的にそう問われた翔の質問を理解する事が出来ず、間抜けな声が口から漏れる。当然だ、先ほどの台詞だと普通ならば腕の調子を聞かれたのかと判断するような台詞に聞こえる。その例に漏れず、シャルロットもそう受け取っていた。が、彼女は腕に怪我などしていない、調子がどうかと聞かれれば良いに決まっている。
「えっ、と、良いよ?」
意図がよく理解できていないが、取り合えずシャルロットはそう答える。と、翔は疑問を抱くように眉根に皺を寄せ、考え込む。そして、女性にも色々あるという事か、と勝手に一人で納得し、歩き出そうとする翔だが、何の事を言っているのか分からないシャルロットは翔へ疑問を投げかける。
「えーと、何だったのかな?」
「女性をエスコートするのは男の嗜みでその際には腕を組むとセシリアに教わったのだが……どうも俺の知識に穴があったようだ」
その言葉で、翔が投げかけていた質問の意図を理解し、数秒前のやり取りをしていた自分を猛烈に蜂の巣へと変えてやりたい衝動に駆られるシャルロット。つまり、腕を組まなくて良いのか? と言う意味があった翔の言葉に数秒前のシャルロットはこう答えた、良いよ、とつまり翔はこう受け取ったのだ、別に気にしなくても良いよ? と、それを理解したからこそ、数秒前の自分が許せなかった。
全てを理解したシャルロットの思考は高速で回転する。つい最近まで男子の格好をしていたとはいえ彼女は青春真っ只中の女の子、休日に思い人と腕を組んでショッピングなど、夢見るシュチュエーションであるのは間違いないのだ。それを取り戻す為に彼女の思考は高速で回転しているのだ。
「翔は勘違いしてるよ?」
「む?」
この状況を打開する為の策が思いついたのか、シャルロットは翔に言葉を投げかけていく。シャルロットに勘違いだと言われた翔は不思議そうな雰囲気。無論、表情などそう変わっておらず、相も変わらず感情を悟らせない表情。しかしその分彼のまとう雰囲気が翔自身の今の感情を如実に語っていた。
無論そこまで分かりやすいのも警戒する必要がない人物が対象だからと言う理由が大きい、翔は身内には以外に甘いのだ。
「僕が良いよ、って言ったのは腕を組んでも良いよ? って意味だったんだよ?」
非常に焦ったように翔へと説明するシャルロット、自分でも苦しい言い訳に思えたのか、彼女の額に汗が浮かぶ。そんな彼女の様子に少し疑問を感じる翔だったが、特に気にするほどでもないと判断したのか理解したように頷く。
「なるほど、どうやら俺の理解が甘かったようだな、すまない、では改めて行くか」
そう言葉少なく腕を差し出した翔の表情はやはり変わらなかったが、雰囲気は柔らかくなった様に感じるシャルロット。差し出された腕に頬を紅潮させつつも嬉しそうにそっと自らの腕を絡ませその力強さを感じる。無論の事ながらシャルロットの表情は満面の笑みに彩られている。紅潮した頬は彼女の感情を如実に表したサインとなって現れる。腕の力強さに安心しつつも恥じらいを浮かべたその表情は美しく可憐、恋をしている女性だけが見せる特権のような表情だった。無論その様な表情をしているシャルロットに視線が集まらない訳がなく、女性も男性もシャルロットの幸せそうな表情に注目している。
シャルロットに視線が集まるという事は、同時に翔へも視線が投げかけられているという事だが、その翔は気にする事無く堂々と、しかし、歩調はさりげなくシャルロットに合わせる形で歩を進めている。
羨望や嫉妬といった感情の篭った視線にも動じず、堂々と歩を進める翔と、そんな翔の腕に自らの腕を巻きつかせ、安心しきったような表情で頭を翔の肩へもたれ掛けるシャルロット。傍目からみても堂に入ったような二人にため息がいくつも漏れる。
(有難うセシリア!今だけは感謝するよ!)
「ねぇ、翔、僕の水着も選んでくれる?」
「む? 水着と言うものは詳しくはない、俺は役に立たないと思うが?」
「いいの、翔は僕が着て良いと思うか悪いと思うか、それだけ言ってくれれば十分だよ?」
「そうか、ならば承知した」
「うん! お願いね?」
「うむ」
片や嬉しそうに、片や声の調子を崩さず冷静に言葉を交わしていきながら、二人の姿はショッピングモールの人込みに消えていく。後に残ったのは先ほどの二人の姿にため息をつくカップルと男性のみ女性のみのグループだけだった。
容姿のレベルとしてはシャルロットは言うまでもなく美少女と呼ばれるレベルの女性、対して翔は、確かに顔の造形としては整っている部類に入るが、目を引くほどの、と言うわけではない。が、しかし、纏う雰囲気、堂々とした態度、さりげない気遣い、それらを総合して二人を見ていたギャラリーの感想は言うまでもない。
「今の二人お似合いだったわよね?」
「あぁ、カップルかな?」
「わかんないけど、女の子の方、いい表情だったわぁ~」
「男の子の方も良かったわよ? 余計な事は言わずに受け止めてくれそうな感じ」
「あれが……漢ってやつだろ」
「あぁ、恐れ入ったぜ……」
「あんな男に、俺はなる!」
「無理だろ」
「あぁ」
つまりはそう言う事である。その場の話題を掻っ攫って行った二人の姿は既にショッピングモールの中へ消え、もう見えることはない、が、話題だけがこの後先行していくのは仕方のない事だったのかもしれない。
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