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「IS インフィニット・ストラトス ~黒衣の侍~」
IS学園入学編
十八斬 漢なら教わった事は黙って実行するもんだ
西日の差し込むIS学園の夕方。もう目の前に来た臨海学校、その為のパンフレットを指定の場所へ運ぶ様、教師から言い渡されたシャルロットは、大量のパンフレットを抱え夕日の差す廊下を歩く。だが、その足取りは果てしなく危うい。シャルロットの腕力とパンフレットの重量が釣り合っていないのだろう。
「ん、よっ、っと……」
何とかバランスを取るようにして歩いているが、非常に危なっかしく、一杯一杯の雰囲気が感じられる。もしその様子を誰かが見ていたのなら、そう長くこのバランスが続くとは思えないだろう、その証拠に……
「あわわわ……」
大量に積まれたパンフレットが右側へ傾き、それを止めようとシャルロットも右へ移動しようとするが、一足遅く、パンフレットのタワーは右へ倒れていく。シャルロットの奮闘空しく、パンフレットは廊下の床に散らばると言う結果に終わる。
「はぁ、拾わなきゃ……」
ため息を一つ落とし、パンフレットを一枚一枚拾っていくシャルロットの視界に、シャルロット自身のものではない靴のつま先が視界に入る。誰? と思う前に、シャルロットへ声が落ちてくる。それはシャルロットが好きな声で、その声は少し機嫌が悪そうだった。
「何をしている?」
「翔……」
呆然としながら、少し怒った様に眉間に皺を刻みそこに立つ翔をシャルロットは見上げる。そんなシャルロットに落ちてきた次の台詞も先程と全く同じものだった。
「何をしている?」
「えーっと、先生に頼まれたから、パンフレットを運んでるんだけど……」
「何故俺に言わなかった?」
「え?」
シャルロットの正面に座り込み、パンフレットを拾いながら問いかけてくる翔に、少し戸惑うシャルロット。廊下の窓から差し込む赤色の夕日が翔を包み込んでいて、少し綺麗、とシャルロットは特に今の会話には関係のない事が思い浮かんだ。
「えっと、この位で頼っちゃ迷惑かなって……」
「俺は言った筈だ、助けて欲しい時はそう言え、と」
「うん……でも……」
「言った筈だな?」
目を逸らそうとするシャルロットの頬を手で触れ、自らの方向へシャルロットの視線と顔を固定する翔。シャルロットから見た翔の顔は何時も通りにクールで凛々しくて、堂々として、少しだけ心配そうな、あったかい表情をしていた。
「翔?」
「もう見ているだけでは、俺は我慢できないらしい……」
「え?」
「前へ進むお前を見ていて、俺は……」
シャルロットから見たあったかい表情をした翔の顔が少しずつ近づく。そんな翔に、自らの頬は思わずとも赤く染まっていくのがシャルロット自身自覚できていた。
「前へ、進みたいと思った、お前の隣で、お前と共に……」
「翔……うん……」
「許してくれるか? 俺が、ずっとお前の隣でお前と共に前へ進む事を……」
いつも強い意志が宿った黒い瞳の瞼が閉じられ、そのままシャルロットの唇へ近づく翔の唇をシャルロットは拒む気はなく、頬は赤いが嬉しそうに笑顔を浮かべる。そして、翔の唇がシャルロットの唇を塞いでしまう前に、翔の言葉への返事を口にしようと、唇を開く。
「は……」
「いぃぃぃ!」
意味がないような叫び声を上げ、ベッドの上で勢いよく起き上がるのは、金色の髪と、今は大きく見開かれた紫の瞳が印象的な美少女、名をシャルロット・デュノアと言う。シャルロットはベッドから上半身を起き上がらせ、今現在の状況を把握するため、首を動かし、辺りを見回す。現在時間は早朝6時半。それを裏付けるように、朝日が下ろされているブラインドの隙間から微かに差し込んでいる。状況的には、早朝、現在寮の自室にて起床。その事実を把握したシャルロットは、起きた瞬間には不自然な位に赤くなっていた頬の赤みが抜け、下の白い肌が戻ってくる。同時に落胆したように肩を落とし、明らかに落ち込んでいる表情。そしてそのままもう一度ベッドへ倒れる。
「はぁ……夢かぁ……それもそうだよね、あんな情熱的な翔見た事ないし……」
現在6時半と言う事と先程見た夢の所為で、普段はしない二度寝を敢行する事を決めるシャルロット。その決め手は
(さっきの夢の続きが見れますように……後30秒でいいから!)
と言うこと、その希望は叶うかどうかは定かではないが、睡魔はすぐにシャルロットへ訪れる。二度目の眠りに落ちる寸前、シャルロットが考えたのは、シャルロットの隣のベッドの住人が本来いるはずのそのベッドに存在していなかった事だった。
(ラウラ、何処いったんだろ?)
シャルロットが女性だと発覚し、急遽変更になったシャルロットの新しいルームメイトは、ラウラ・ボーデヴィッヒだった。その同居人の所在に疑問を覚えつつも、シャルロットの意識は睡魔に引かれ、深く沈んでいった。
丁度シャルロットが起きた時間、翔の寮自室にて、現在の部屋主である翔は起きた瞬間に違和感を察知した。と言うより、察知せざるをえなかった。自分の身体に何かが纏わり付いている感覚。不快な感覚ではなく、あたたかく柔らかい感触のものが自分に纏わり付いている。その感触を察知した瞬間に、何の躊躇もなく掛け布団を剥ぎ取る。そこには現在シャルロットとラウラの自室で行方不明であった筈のラウラが翔の身体にぴったりと抱きつき、眠っていた、待機状態のシュヴァルツェア・レーゲン以外何も付けていない状態で。
「ふむ……」
翔は一つ首を傾げると、特に気にした風もなく、ラウラを引き剥がし、起き上がる。その拍子にラウラは目を覚まし、眼帯で隠されていない赤い寝ぼけ眼をこすりながらも、翔を見つめる。
「どうしたのですか?ボス」
「いや、起床時間でな、所で、何故ここに居る?」
「お傍に置いていただけるのを了承してくれたではありませんか」
「ふむ、そうだったか……シャルロットには伝えてここに居るのだろうな?」
「いいえ」
会話を交わしている内に目が覚めてきたのか、今はしっかりとした表情で翔の質問に答えていくラウラ。
「ふむ、それは駄目だな、せめて自分の近しい者には許可を取ってから行動を起こせ」
「……了解しました」
不服そうな表情ながらも、翔の言う事に頷くラウラに満足したのか、一つ頷くと、衣服が仕舞われている場所を探し始める翔。その行動に、勿論ラウラは疑問を持つ。
「ボス、何を?」
「俺は朝にシャワーを浴びる、その為の着替えと、お前の着れる物はないかと探している」
その文脈の件ではラウラにとんでもない誤解を与えてしまう文脈だと全くもって気付く気配のない翔は、そのままクローゼットを漁る。そんな翔を見つめながら、先程の翔の言葉にこれ以上無いほどに頬を赤くするラウラ。
(ま、まさか……ボスが私とシャワーを……?)
等とラウラが一人で掛け布団に身体を包み、悶々としている間に、自分の着替えと、予備のジャージを取り出し、予備のジャージをラウラの方へと投げる。
「とりあえず、それでも着ていろ」
「はい……」
「? 何を呆けている、それを着て部屋へ戻れ、シャルロットが心配しているやも知れんぞ?」
「……了解しました」
翔が何の為にジャージを出してきたのかを教えるとラウラはこれ以上無いほどに肩を落としながらも、翔に答え、渡されたジャージを着込んでいく。ジャージを着終えたラウラは翔へ声を掛ける。
「では、私は戻ります」
「あぁ、教室で会おう」
「はい……」
肩を落としつつとぼとぼと翔の部屋を出て、しばらく部屋へ向かって歩いていたが、自分の体の丈にあっていないジャージの腕の裾を見て、今更何かに気が付いたかのように、はっとした表情の後、頬を紅潮させ妙に嬉しそうに笑い、先程までとは大違いの意気揚々さで部屋へと歩くラウラ。
(よくよく考えれば、これはボスの持っていたジャージ……今私はそれに身を包まれているのだな……)
妙に恍惚とした表情でもあった。
午前7時、寮の廊下を優雅さを持って歩く金色の長い髪が特徴的な美少女。セシリア・オルコットは現在、朝食へ翔を誘うために翔の部屋を目指していた。優雅に歩くその表情は、何処となく幸せそうな表情である。翔はああ言う性格のため、この時間には既に起きているだろうとの予測を立て、翔の部屋を目指している。
目的の部屋の前に付いたセシリアは、人の部屋に入る前の最低限の礼儀、ノックをしてから声を掛ける。
「翔さん、起きていらっしゃいますか?」
そう声を掛けてしばらく待ってみるが、中からは返事が返ってこない、30秒ほど待機してみたが、応答はない。セシリアは失礼かとも思ったが、もう一度だけノックして、ドアノブに手を掛け、扉を開く。
「失礼致しますわ……? なるほど」
そう言いながら翔の部屋へ入ったセシリアの耳に飛び込んできた音は、水音、その水音はシャワー室から聞こえている事から、翔がシャワーを浴びているのは明白。ここでセシリアは悩むが、結局翔の部屋で、シャワーが終わるのを待たせてもらう事にする。
いつも翔が使っているデスクに着き、翔の部屋をじっくり見回す。セシリアが来た時はシャルロットがまだこの部屋に居る時に来たあの一度だけなので、じっくり見た事がない。朝のこの明るい時間、部屋はよく見える。まず目に入るのは本、読書が趣味で読む本は種類が決まっていないと言っていただけあって、漫画雑誌からミステリー物の小説まで読んでいると言う雑食性。セシリアにとっては意外性があったのが携帯ゲーム機があったという事、ベッド脇に放置されていたため、それなりに起動する頻度は多いのだろう。
他には通学用の鞄に、何故か刀がクローゼットの横に立て掛けてあった。思わずスルーしそうになったが、もう一度よく刀を見つめてみる。
「何故、こんな所に刀が?しかも本物のようですわ……」
椅子から腰を上げ、刀の前まで歩いていき、刀をじっくり見るために、座り込んでじっと見つめていると、後ろから声が掛かる。
「俺の刀が気になるか?」
「ひゃ……あ、上がっていらしたんでしたら、そうとおっしゃって……っ!?」
セシリアへ掛けられた声に、少し非難の台詞を吐きながら振り返ったセシリアの目に、上半身に何も着ていない翔の姿が映り、その瞬間、顔全体が赤く染まり、また刀の方を向くために全力で向きを反転させる。だが、慌てていたのがよくなかったのか、セシリアの体が傾く。
「あっ……」
このままいくと倒れるのはベッドの上なので特に危険はなかったのだが、思わず目を閉じるセシリア。そして、セシリアの身体を包むのはベッドの少し反発のある感触……ではなく、何か堅い板のようなものがセシリアの頬に当たり、身体は力強く温かい何かによって支えられていた。その感触にセシリアが目を開けると、そこは翔の腕の中だった。
「迂闊だぞ」
「も、もも申し訳ありませんわ!」
またセシリアの顔がぱっと赤くなり、翔の腕の中でもぞもぞと動く。シャワーを浴びた後の清潔感溢れる翔の匂いに少し安心するが、目の前に翔の顔、胸板に押し付けられている耳には規則正しく聞こえる翔の心音。直接肌に触れている事から、心音が一定でも安心せず、何も纏っていない翔の胸板に触れている頬が熱くなるのを感じる。
セシリアが大人しくなったのを確認して、しっかりとセシリアを立たせ、身体を離し、上半身に制服を着込んでいく翔。下は最初から制服を着ていた。そんな翔の着替え中の背中に少し残念そうな表情ながらも見とれているセシリアに翔から声が掛かる。
「で? 刀がどうかしたのか?」
「え? あ、それは……本物のようですけど……どうしたのかと思いまして」
「携帯許可は取っている、使用目的は主に鍛錬に使っている」
そういいつつ、制服を着終わり、刀を手に取る翔。
「最も、この刀は有名なものではなく普通の刀で、普通ならまともに物など斬れん」
そう言って、セシリアの目の前で抜かれた刀は、刀身の真ん中15cmほどの部分以外は全て刃が潰されていると言う鈍らよりもひどい刀だった。その珍妙な刀に疑問の表情を浮かべるセシリア。これでは武器としては殆ど機能していない。
「刀と言うものは今刃を残している所が最もよく斬れる。そしてこの部分が当たる間合い、角度が最も斬撃の効果が最大になる場所だ。どんな状況でもここで相手を捕らえる事が出来れば、大抵の物は斬る事が出来る。そうして俺は斬ると言う行為を昇華してきた」
セシリアはなるほどと思わず納得する。戦闘においての翔の強さの本質は攻撃力でも機動力の高さでもない、それを可能とする強靭な肉体と異常なまでの動体視力。そして強さの最大の要因は、尋常ではないほどに間合いの読み方が絶妙であると言う事。日本刀で鍛え上げてきた間合いの感覚を生かし、武器が大きくなろうともその間合いを瞬時に把握し、その武器の間合いを最大限に使う。翔の持つ剣はそれだけで結界のようなものだ。
「これで翔さんの強さの片鱗が分かった気がしますわ」
「大げさだな、世界は広い。俺よりも強者など、そこいらに居るやも知れんぞ?」
「それでも、私にとって今は翔さんが最強ですわ」
そう言って微笑むセシリアに、ふっ、と翔は笑みを返す。抜いた日本刀を鞘に収め、それをセシリアに差し出す。
「持ってみろ」
「良いんですの?」
「あぁ」
片手で差し出してきたそれをセシリアは両手で受け取るが、あまりの重さに少し両腕が下がる。刀をしっかり受け取ったセシリアは腕を震わせながらも何とか落とさずに持ちこたえる。
「こんなにも重たいものなんですのね」
「驚いただろう、鋼というのはそう簡単に振れる物ではない」
「篠ノ之さんや織斑先生はこれを振っているのですか?」
「いや、あの二人はもう少し振りやすい物を使っている、柔軟性の高い日本刀だ」
そう言う意味では俺の日本刀は特別製だ、と言いながら、セシリアから日本刀を返してもらい、また元の位置へ戻す。
「何故そこまで絞り込まれた肉体なのか理解しましたわ」
「まぁ、そう言う事だ、で? 今更だが、俺に何か用か?」
翔の問いかけに本題を思い出したのか、ハッとした表情を浮かべ、すぐ後、少し頬を染めつつも期待を込めた表情で身を少しよじり始めるセシリア。そんなセシリアの様子に首を傾げる翔だが、セシリアの話を邪魔するつもりはないようだ。
「そ、その、朝食をご一緒していただけないか、と……思いまして……」
段々と尻すぼみになっていくセシリアの言葉だが、肝心な所は聞き取れていたので、考えるまでもなく翔は返答を返す。
「あぁ、別に構わん、俺もシャワーを浴びたら行くつもりだった」
「ほ、本当ですか?」
「あぁ」
「で、では早速参りましょう?」
翔の肯定の返答に、花が咲いたような笑みを浮かべ、翔を急かすセシリアに疑問を投げかける。
「今日は腕はいいのか?」
「い、良いんですの?」
「む? 女をエスコートするのは男の役目、ではなかったのか?」
「も、ももも勿論そうですわ!」
確かそう教わった記憶が……と純粋に疑問を浮かべている翔の腕をこれ以上無いほど嬉しそうに取り、自分の腕を絡ませるセシリア。教わった事を忘れない男、柏木翔である。無論、セシリアがこれを翔に教えた事で自分が後で後悔する事になるとは、この時微塵も思っていなかったのは当然の事だ。
この後、セシリアと翔は共に朝食を取り、問題なく教室へ向かうのだが、二度寝で遅刻したシャルロットと言う珍しいものを目撃するのはもう少し後だった。
「ん、よっ、っと……」
何とかバランスを取るようにして歩いているが、非常に危なっかしく、一杯一杯の雰囲気が感じられる。もしその様子を誰かが見ていたのなら、そう長くこのバランスが続くとは思えないだろう、その証拠に……
「あわわわ……」
大量に積まれたパンフレットが右側へ傾き、それを止めようとシャルロットも右へ移動しようとするが、一足遅く、パンフレットのタワーは右へ倒れていく。シャルロットの奮闘空しく、パンフレットは廊下の床に散らばると言う結果に終わる。
「はぁ、拾わなきゃ……」
ため息を一つ落とし、パンフレットを一枚一枚拾っていくシャルロットの視界に、シャルロット自身のものではない靴のつま先が視界に入る。誰? と思う前に、シャルロットへ声が落ちてくる。それはシャルロットが好きな声で、その声は少し機嫌が悪そうだった。
「何をしている?」
「翔……」
呆然としながら、少し怒った様に眉間に皺を刻みそこに立つ翔をシャルロットは見上げる。そんなシャルロットに落ちてきた次の台詞も先程と全く同じものだった。
「何をしている?」
「えーっと、先生に頼まれたから、パンフレットを運んでるんだけど……」
「何故俺に言わなかった?」
「え?」
シャルロットの正面に座り込み、パンフレットを拾いながら問いかけてくる翔に、少し戸惑うシャルロット。廊下の窓から差し込む赤色の夕日が翔を包み込んでいて、少し綺麗、とシャルロットは特に今の会話には関係のない事が思い浮かんだ。
「えっと、この位で頼っちゃ迷惑かなって……」
「俺は言った筈だ、助けて欲しい時はそう言え、と」
「うん……でも……」
「言った筈だな?」
目を逸らそうとするシャルロットの頬を手で触れ、自らの方向へシャルロットの視線と顔を固定する翔。シャルロットから見た翔の顔は何時も通りにクールで凛々しくて、堂々として、少しだけ心配そうな、あったかい表情をしていた。
「翔?」
「もう見ているだけでは、俺は我慢できないらしい……」
「え?」
「前へ進むお前を見ていて、俺は……」
シャルロットから見たあったかい表情をした翔の顔が少しずつ近づく。そんな翔に、自らの頬は思わずとも赤く染まっていくのがシャルロット自身自覚できていた。
「前へ、進みたいと思った、お前の隣で、お前と共に……」
「翔……うん……」
「許してくれるか? 俺が、ずっとお前の隣でお前と共に前へ進む事を……」
いつも強い意志が宿った黒い瞳の瞼が閉じられ、そのままシャルロットの唇へ近づく翔の唇をシャルロットは拒む気はなく、頬は赤いが嬉しそうに笑顔を浮かべる。そして、翔の唇がシャルロットの唇を塞いでしまう前に、翔の言葉への返事を口にしようと、唇を開く。
「は……」
「いぃぃぃ!」
意味がないような叫び声を上げ、ベッドの上で勢いよく起き上がるのは、金色の髪と、今は大きく見開かれた紫の瞳が印象的な美少女、名をシャルロット・デュノアと言う。シャルロットはベッドから上半身を起き上がらせ、今現在の状況を把握するため、首を動かし、辺りを見回す。現在時間は早朝6時半。それを裏付けるように、朝日が下ろされているブラインドの隙間から微かに差し込んでいる。状況的には、早朝、現在寮の自室にて起床。その事実を把握したシャルロットは、起きた瞬間には不自然な位に赤くなっていた頬の赤みが抜け、下の白い肌が戻ってくる。同時に落胆したように肩を落とし、明らかに落ち込んでいる表情。そしてそのままもう一度ベッドへ倒れる。
「はぁ……夢かぁ……それもそうだよね、あんな情熱的な翔見た事ないし……」
現在6時半と言う事と先程見た夢の所為で、普段はしない二度寝を敢行する事を決めるシャルロット。その決め手は
(さっきの夢の続きが見れますように……後30秒でいいから!)
と言うこと、その希望は叶うかどうかは定かではないが、睡魔はすぐにシャルロットへ訪れる。二度目の眠りに落ちる寸前、シャルロットが考えたのは、シャルロットの隣のベッドの住人が本来いるはずのそのベッドに存在していなかった事だった。
(ラウラ、何処いったんだろ?)
シャルロットが女性だと発覚し、急遽変更になったシャルロットの新しいルームメイトは、ラウラ・ボーデヴィッヒだった。その同居人の所在に疑問を覚えつつも、シャルロットの意識は睡魔に引かれ、深く沈んでいった。
丁度シャルロットが起きた時間、翔の寮自室にて、現在の部屋主である翔は起きた瞬間に違和感を察知した。と言うより、察知せざるをえなかった。自分の身体に何かが纏わり付いている感覚。不快な感覚ではなく、あたたかく柔らかい感触のものが自分に纏わり付いている。その感触を察知した瞬間に、何の躊躇もなく掛け布団を剥ぎ取る。そこには現在シャルロットとラウラの自室で行方不明であった筈のラウラが翔の身体にぴったりと抱きつき、眠っていた、待機状態のシュヴァルツェア・レーゲン以外何も付けていない状態で。
「ふむ……」
翔は一つ首を傾げると、特に気にした風もなく、ラウラを引き剥がし、起き上がる。その拍子にラウラは目を覚まし、眼帯で隠されていない赤い寝ぼけ眼をこすりながらも、翔を見つめる。
「どうしたのですか?ボス」
「いや、起床時間でな、所で、何故ここに居る?」
「お傍に置いていただけるのを了承してくれたではありませんか」
「ふむ、そうだったか……シャルロットには伝えてここに居るのだろうな?」
「いいえ」
会話を交わしている内に目が覚めてきたのか、今はしっかりとした表情で翔の質問に答えていくラウラ。
「ふむ、それは駄目だな、せめて自分の近しい者には許可を取ってから行動を起こせ」
「……了解しました」
不服そうな表情ながらも、翔の言う事に頷くラウラに満足したのか、一つ頷くと、衣服が仕舞われている場所を探し始める翔。その行動に、勿論ラウラは疑問を持つ。
「ボス、何を?」
「俺は朝にシャワーを浴びる、その為の着替えと、お前の着れる物はないかと探している」
その文脈の件ではラウラにとんでもない誤解を与えてしまう文脈だと全くもって気付く気配のない翔は、そのままクローゼットを漁る。そんな翔を見つめながら、先程の翔の言葉にこれ以上無いほどに頬を赤くするラウラ。
(ま、まさか……ボスが私とシャワーを……?)
等とラウラが一人で掛け布団に身体を包み、悶々としている間に、自分の着替えと、予備のジャージを取り出し、予備のジャージをラウラの方へと投げる。
「とりあえず、それでも着ていろ」
「はい……」
「? 何を呆けている、それを着て部屋へ戻れ、シャルロットが心配しているやも知れんぞ?」
「……了解しました」
翔が何の為にジャージを出してきたのかを教えるとラウラはこれ以上無いほどに肩を落としながらも、翔に答え、渡されたジャージを着込んでいく。ジャージを着終えたラウラは翔へ声を掛ける。
「では、私は戻ります」
「あぁ、教室で会おう」
「はい……」
肩を落としつつとぼとぼと翔の部屋を出て、しばらく部屋へ向かって歩いていたが、自分の体の丈にあっていないジャージの腕の裾を見て、今更何かに気が付いたかのように、はっとした表情の後、頬を紅潮させ妙に嬉しそうに笑い、先程までとは大違いの意気揚々さで部屋へと歩くラウラ。
(よくよく考えれば、これはボスの持っていたジャージ……今私はそれに身を包まれているのだな……)
妙に恍惚とした表情でもあった。
午前7時、寮の廊下を優雅さを持って歩く金色の長い髪が特徴的な美少女。セシリア・オルコットは現在、朝食へ翔を誘うために翔の部屋を目指していた。優雅に歩くその表情は、何処となく幸せそうな表情である。翔はああ言う性格のため、この時間には既に起きているだろうとの予測を立て、翔の部屋を目指している。
目的の部屋の前に付いたセシリアは、人の部屋に入る前の最低限の礼儀、ノックをしてから声を掛ける。
「翔さん、起きていらっしゃいますか?」
そう声を掛けてしばらく待ってみるが、中からは返事が返ってこない、30秒ほど待機してみたが、応答はない。セシリアは失礼かとも思ったが、もう一度だけノックして、ドアノブに手を掛け、扉を開く。
「失礼致しますわ……? なるほど」
そう言いながら翔の部屋へ入ったセシリアの耳に飛び込んできた音は、水音、その水音はシャワー室から聞こえている事から、翔がシャワーを浴びているのは明白。ここでセシリアは悩むが、結局翔の部屋で、シャワーが終わるのを待たせてもらう事にする。
いつも翔が使っているデスクに着き、翔の部屋をじっくり見回す。セシリアが来た時はシャルロットがまだこの部屋に居る時に来たあの一度だけなので、じっくり見た事がない。朝のこの明るい時間、部屋はよく見える。まず目に入るのは本、読書が趣味で読む本は種類が決まっていないと言っていただけあって、漫画雑誌からミステリー物の小説まで読んでいると言う雑食性。セシリアにとっては意外性があったのが携帯ゲーム機があったという事、ベッド脇に放置されていたため、それなりに起動する頻度は多いのだろう。
他には通学用の鞄に、何故か刀がクローゼットの横に立て掛けてあった。思わずスルーしそうになったが、もう一度よく刀を見つめてみる。
「何故、こんな所に刀が?しかも本物のようですわ……」
椅子から腰を上げ、刀の前まで歩いていき、刀をじっくり見るために、座り込んでじっと見つめていると、後ろから声が掛かる。
「俺の刀が気になるか?」
「ひゃ……あ、上がっていらしたんでしたら、そうとおっしゃって……っ!?」
セシリアへ掛けられた声に、少し非難の台詞を吐きながら振り返ったセシリアの目に、上半身に何も着ていない翔の姿が映り、その瞬間、顔全体が赤く染まり、また刀の方を向くために全力で向きを反転させる。だが、慌てていたのがよくなかったのか、セシリアの体が傾く。
「あっ……」
このままいくと倒れるのはベッドの上なので特に危険はなかったのだが、思わず目を閉じるセシリア。そして、セシリアの身体を包むのはベッドの少し反発のある感触……ではなく、何か堅い板のようなものがセシリアの頬に当たり、身体は力強く温かい何かによって支えられていた。その感触にセシリアが目を開けると、そこは翔の腕の中だった。
「迂闊だぞ」
「も、もも申し訳ありませんわ!」
またセシリアの顔がぱっと赤くなり、翔の腕の中でもぞもぞと動く。シャワーを浴びた後の清潔感溢れる翔の匂いに少し安心するが、目の前に翔の顔、胸板に押し付けられている耳には規則正しく聞こえる翔の心音。直接肌に触れている事から、心音が一定でも安心せず、何も纏っていない翔の胸板に触れている頬が熱くなるのを感じる。
セシリアが大人しくなったのを確認して、しっかりとセシリアを立たせ、身体を離し、上半身に制服を着込んでいく翔。下は最初から制服を着ていた。そんな翔の着替え中の背中に少し残念そうな表情ながらも見とれているセシリアに翔から声が掛かる。
「で? 刀がどうかしたのか?」
「え? あ、それは……本物のようですけど……どうしたのかと思いまして」
「携帯許可は取っている、使用目的は主に鍛錬に使っている」
そういいつつ、制服を着終わり、刀を手に取る翔。
「最も、この刀は有名なものではなく普通の刀で、普通ならまともに物など斬れん」
そう言って、セシリアの目の前で抜かれた刀は、刀身の真ん中15cmほどの部分以外は全て刃が潰されていると言う鈍らよりもひどい刀だった。その珍妙な刀に疑問の表情を浮かべるセシリア。これでは武器としては殆ど機能していない。
「刀と言うものは今刃を残している所が最もよく斬れる。そしてこの部分が当たる間合い、角度が最も斬撃の効果が最大になる場所だ。どんな状況でもここで相手を捕らえる事が出来れば、大抵の物は斬る事が出来る。そうして俺は斬ると言う行為を昇華してきた」
セシリアはなるほどと思わず納得する。戦闘においての翔の強さの本質は攻撃力でも機動力の高さでもない、それを可能とする強靭な肉体と異常なまでの動体視力。そして強さの最大の要因は、尋常ではないほどに間合いの読み方が絶妙であると言う事。日本刀で鍛え上げてきた間合いの感覚を生かし、武器が大きくなろうともその間合いを瞬時に把握し、その武器の間合いを最大限に使う。翔の持つ剣はそれだけで結界のようなものだ。
「これで翔さんの強さの片鱗が分かった気がしますわ」
「大げさだな、世界は広い。俺よりも強者など、そこいらに居るやも知れんぞ?」
「それでも、私にとって今は翔さんが最強ですわ」
そう言って微笑むセシリアに、ふっ、と翔は笑みを返す。抜いた日本刀を鞘に収め、それをセシリアに差し出す。
「持ってみろ」
「良いんですの?」
「あぁ」
片手で差し出してきたそれをセシリアは両手で受け取るが、あまりの重さに少し両腕が下がる。刀をしっかり受け取ったセシリアは腕を震わせながらも何とか落とさずに持ちこたえる。
「こんなにも重たいものなんですのね」
「驚いただろう、鋼というのはそう簡単に振れる物ではない」
「篠ノ之さんや織斑先生はこれを振っているのですか?」
「いや、あの二人はもう少し振りやすい物を使っている、柔軟性の高い日本刀だ」
そう言う意味では俺の日本刀は特別製だ、と言いながら、セシリアから日本刀を返してもらい、また元の位置へ戻す。
「何故そこまで絞り込まれた肉体なのか理解しましたわ」
「まぁ、そう言う事だ、で? 今更だが、俺に何か用か?」
翔の問いかけに本題を思い出したのか、ハッとした表情を浮かべ、すぐ後、少し頬を染めつつも期待を込めた表情で身を少しよじり始めるセシリア。そんなセシリアの様子に首を傾げる翔だが、セシリアの話を邪魔するつもりはないようだ。
「そ、その、朝食をご一緒していただけないか、と……思いまして……」
段々と尻すぼみになっていくセシリアの言葉だが、肝心な所は聞き取れていたので、考えるまでもなく翔は返答を返す。
「あぁ、別に構わん、俺もシャワーを浴びたら行くつもりだった」
「ほ、本当ですか?」
「あぁ」
「で、では早速参りましょう?」
翔の肯定の返答に、花が咲いたような笑みを浮かべ、翔を急かすセシリアに疑問を投げかける。
「今日は腕はいいのか?」
「い、良いんですの?」
「む? 女をエスコートするのは男の役目、ではなかったのか?」
「も、ももも勿論そうですわ!」
確かそう教わった記憶が……と純粋に疑問を浮かべている翔の腕をこれ以上無いほど嬉しそうに取り、自分の腕を絡ませるセシリア。教わった事を忘れない男、柏木翔である。無論、セシリアがこれを翔に教えた事で自分が後で後悔する事になるとは、この時微塵も思っていなかったのは当然の事だ。
この後、セシリアと翔は共に朝食を取り、問題なく教室へ向かうのだが、二度寝で遅刻したシャルロットと言う珍しいものを目撃するのはもう少し後だった。
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