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「IS インフィニット・ストラトス ~黒衣の侍~」
IS学園入学編

十七斬 漢なら背中でものを語るもんだ

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 織斑一夏はロッカールームにあるモニターで、今起こっている異常事態と、それに相対する翔の姿を厳しい目で見ていた。ラウラを包み込んだ物体は未だに変化を続けるが、それとはまるで正反対のように、翔は表情を変化させず、虚鉄を正眼に構え、その状況を冷静に観察し、攻撃の機会をうかがっている。
 そしてついに変化が終わり、その姿を見た瞬間、一夏の頭の中は怒りで白くなったように感じた。一夏自身でも気が付かないほどに握った拳に力を入れ、モニターを睨む。そこに映っていたのは……

(千冬姉と同じ構え……それにあれは……雪片)

 その事が一夏には何よりも許せなかった。自分が姉や翔から昔、皆を守るために教えられた剣、そんな気持ちが込められた剣、それを、相手を倒すためだけに使おうとしている事が許せなかった。あれは一夏自身の師匠達の作り上げた剣、それがあんな物に成り果てた事が何よりも悲しかった。

「あれは、千冬姉と翔の剣だ、それが、借り物の剣とはいえ、翔に……」

 思わず感情を押し出すように一人呟く一夏だが、そこでハッとした様にモニターを見る。そこには千冬の偽者に変わらず相対する翔の姿があった。

(あー、あのラウラって奴、本当に災難だな、借り物の力を使って事を成そうとする事が俺よりも許せない奴と戦うなんてな……)

 そこで妙に気の抜けた表情になる。あの剣を完成させた内の一人が偽者と対峙しているのだから、自分の出る幕ではないと思ったのか、そこから先は特に気にしないように、学年別トーナメントうやむやのまま終わりかー、などと呟きながら、ロッカールームのベンチに寝転び、一夏はそのまま目を閉じる。

「普通の奴ならともかく、対峙してるのは翔だ、心配なんて無駄以外の何でもないな」

 どうせすぐ終わる、などと思いながら、一夏は昼寝を決め込むことにした。


 変化が終わり、明らかに千冬の姿と分かる物に変化したラウラを厳しい瞳で睨みつけながら虚鉄を構える翔。そこで、千冬から通信が入ってくる。

『柏木、今事態を沈静化するために部隊を編成中だ、その間の時間稼ぎを頼む。出来るなら終わらせても構わん』
「承知」
『と言っても終わらせるのだろう? ああ言う事は嫌いだろうからな』
「無論です。部隊が編成される前に終わらせるつもりです」
『そうか、では頼んだ』
「承知」

 そこで通信を切ると、もう一度その千冬の偽者を見据える。構え、姿形、確かによく真似られている。だがそれは所詮真似事、借り物の剣。

「そんな借り物の力で倒せるほど俺は甘くはないぞ」

 そう呟くと、景色を置いていく速度で接近、それに反応した偽者は剣を抜くが、その一瞬前に踏み込み、虚鉄を横一閃。偽者はそれに対し後退、少し距離を取り、虚鉄の間合いから逃れるが、その瞬間には既に後退した偽者に追撃を加えるように加速。今度は目にも留まらぬ速さ、鋭さを兼ね備えた突き。が、それも最小限の動きで右へ避けられる。
 と、偽者の体が右へ傾き転倒、偽者の避けた方向には地を這うような翔の足払いが仕掛けられており、体が右方向へ動いていた事もあり、それなりの勢いで体が傾いていく、姿勢を制御するのに数瞬掛かるが、その数瞬が翔の前では命取り。

「そのタイミングでは避けられん! 撃ち抜く!」

 姿勢を制御し、立て直しを図ろうとした瞬間、偽者の身体は地面へとかなりの勢いで押し付けられる。偽者の腹部辺りに逆手で持たれた虚鉄が押し付けられ、そのまま躊躇なく翔はトリガーを引く。

「全弾撃ち込む!」

 言葉と共に地面に押し付けられた千冬の偽者は数回跳ね上がり、宣言通り全弾打ちつくした翔は急速離脱、距離を取り、様子を伺う。そこで、箒を安全な場所へ避難させたシャルルが翔へ近づき、声を掛けてくる。

「はぇ~、翔って凄いんだねー」
「いや、まだ完全に沈黙したわけではない……どうやら、一枚目のカードは破られたようだ」

 感心する様に言うシャルルに、未だ油断しない翔。実際にゆっくりとではあるが、偽者は起き上がってきている。ダメージが通っていないわけではないようだ。

『柏木』
「織斑教諭」

 千冬から二度目の通信が入る。

『部隊編成が出来たが、どうする?』
「あと少し、一合だけで構いません。時間を頂きます」
『……わかった。あいつの事、よろしく頼んだぞ』
「承知」

 千冬からの通信を切り、虚鉄をしまうと、最後のカード、正宗零式を展開。長大で重厚なその刀を質量感のある音と共に正眼でぴたりと止める。

「やはり俺は、最後にはこれと言うわけだ」
「でも凄いよね、その刀、重くないの?」
「重くないわけではないが、問題なく振れる」
「振れるとかそう言うレベルの速度じゃなかった気がするんだけど……」

 シャルルと翔が呑気に会話している間に、偽者が起き上がり、何とか構えを取った。

「では、これで決める、少し離れて見ていろ、シャルル」
「うん、分かった」

 一時も偽者から目を離さず、シャルルへ離れる事を促し、それに従ったシャルルが離れていく気配を感じ取った翔は、正宗を肩に担ぐように構える。

「借り物の力で前に進む事には、何の意味も無いと言う事を教えてやる」

 そして、疾走。数秒も掛からぬうちに一筋の黒と金の閃光は千冬の偽者へ迫り、正宗と相手の雪片の間合いに入る。その瞬間、雪片が横一閃。が、剣閃が煌く瞬間に、黒と金色の閃光は急制動後、急速上昇、数瞬後に急速降下、黒と金の閃光は確かに千冬の偽者へと吸い込まれる。

「チェストォォォォ!!!」

 掛け声と共に千冬の偽者の目の前に落ちてきた黒と金色の一撃は、確かに偽者を捕らえていた。動かなくなった偽者を目の前に、しゃがんでいた翔は立ち上がり、正宗を自分の右側の地面へと突き刺し、腕を組む。

「俺の剣に、断てぬもの無し」

 そう告げた瞬間、偽者に切れ目が入りその中からラウラが排出され、纏っていた黒色はスライム状の形無き物へと戻る。出てきたラウラを受け止め抱え上げた瞬間にラウラの瞳が開かれ、翔と視線が重なる。その瞬間、翔の意識は何かに引っ張られるような感覚に襲われる。

「何故お前はそこまで強い……?」
「俺が強いかどうかなど、どうでも良い事だ」
「どうでも良い事?」
「そうだ、大事なのは何の為に強くなりたいかと言う事、もしお前が俺の事を強いと思っているならそれは……」
「それは?」
「俺の力が前へ進む為の力だからだ」
「前へ進む?」
「そうだ、そしてお前も、自分が強くなる理由を見つけて、前へ進め、ラウラ・ボーデヴィッヒ」

 聞こえた台詞と共に、ラウラの視界に残るのは翔の背中だった。


 最後に聞こえた翔の声と、見えた背中を最後に、ラウラの意識は浮上し、ラウラが目を開けた視界では、天井が見えた。つまり、今ラウラは寝かされている事になる。視界の端に千冬を捉えたラウラは今の自分の状況を聞いてみる事にする。

「私は……? 何が、起きたのですか?」

 声を出すのも億劫だと感じる。外傷はないが、体全体がだるく、千冬へ視線を向けるので精一杯だった。ラウラの寝ているベッドの横にある椅子に腰掛ける千冬は何時も通り、クールな表情でラウラを見ている。ラウラの問うて来た事に少しばかり眉を動かしたが、結局口を開く。

「一応これは機密事項だ、VTシステムは知っているな?」

 千冬から放たれたワードに反応し、何とか首だけを少し動かし、目を見開く。VTシステム、その正式な名称は……

「Valkyrie Trase System……」

 呆然とラウラの口から紡がれる正式名称に、そうだ、と千冬は表情を崩さず頷き、淡々と何故その名称が今ここで出てきたのか説明を続けていく。

「IS条約でその研究はおろか、開発、使用、その全てが禁止されている、それがお前のISに積まれていた、精神状態、機体のダメージ、そして何より、操縦者の意思、いや願望と言った方が正しい、それら全てが揃った時発動するようになっていたらしい」

 千冬の淡々とした説明に、ラウラは掛けてある布団を握り締め、ばつが悪そうな声を上げる。

「私が、望んだから、ですね……」

 だが、その望んだはずの最強の力を一人の男に打ち砕かれ、自分の信じていたものが崩れ、途方に暮れた様な表情のラウラに、千冬は呼びかけ、問いかける。

「ラウラ・ボーデヴィッヒ」
「は、はい!」

 千冬の呼びかけに、窓の方へ向けていた顔を再び千冬の方へ向け、赤と金色の瞳でもって、千冬の言葉を待つ。

「お前は誰だ?」
「え?」

 意図の分からない質問に不思議そうに声を上げるラウラ。そこまで言った所で、千冬は立ち上がりながら、取り敢えずやってみればいい事をラウラへ提示する。

「誰でもないなら丁度いい、お前はこれからラウラ・ボーデヴィッヒだ」

 それだけ言い残すと、カーテンの向こうへと姿を消そうとするが、そこで一旦立ち止まり、ラウラの方へ肩越しに振り返った表情は確かに笑っていた。

「それと、お前は私にはなれんぞ」

 一夏の姉と柏木の弟子は何かと気苦労が多いからな……特に最近は……と前半は少し楽しげに、後半は何処か疲れたように台詞を残しながら保健室を出て行く千冬。その声に、ラウラはいつか聞いた千冬への質問の返答の続きとある男の台詞と背中を思い出していた。

 「弟は一夏、その、私の思い人は……柏木翔と言ってな……弟からは強さを、翔からは何の為に強くなるのかを教えられる」

 そう言い切った千冬の表情は柔らかく、優しく、そして嬉しげで、穏やかだった。そしてこちらを振り向いてにやりと笑う。

「あいつらに一度会ってみると良いが、もし会う時になったら心を常に強く持て、弟はあれで女の心をくすぐるのがうまい、翔は……アイツの背中を見たなら、もう魅入られるしかないぞ」

 その千冬の台詞の後に浮かんできたのは、自分の思っていた最強を電光石火の速さで真っ二つに切り裂いた男の台詞と背中。

「そしてお前も、自分の強くなりたい理由を見つけて、前へ進め、ラウラ・ボーデヴィッヒ」

 力強く背中を押すような言葉と共に見た背中は、確かに力強く、絶大なほどの安心感を感じさせる背中だった。その背中を思い出した時、ラウラは楽しそうに笑い、思う。

(確かに気を強く持たないといけなかった……その背中を見てしまった私は、もう魅入られてしまったようだ)


 学年別トーナメントがうやむやのまま終了し、一夏とシャルル、翔は食堂にて、夕食を取っていた。一夏はラーメン、シャルルはパスタ、翔は昆布うどん。一人だけ異常に渋い。その食事の中で話題の中心はうやむやのままに終わった学年別トーナメントの扱いだった。

「結局トーナメントは中止だって」
「だろうな、あのような事があったのだ。それ所ではあるまい」

 シャルルの得た情報に翔が同意を示しつつ、昆布うどんを啜る。翔はとろろ昆布の入った出汁のからまる麺に舌鼓を打ちながらシャルルに続きを促す。

「ただ、個人データは取りたいから、一回戦は全部やるみたいだよ」
「ふーん、ん?」

 続きを話すシャルルに、今度は一夏が相槌を打ち、ラーメンのスープを啜る、が、そこで何かに気が付く。一夏の視界の向こうには女子生徒三人組が一夏の方を見ている。それにシャルルは視線を向け、翔は大して興味がないのか、とろろ昆布の入ったうどんの出汁に夢中だ。出汁を一啜り、その後、むぅ、と一心不乱にとろろ昆布を探し求め箸を忙しなく動かしている。シャルルは三人の女子生徒から翔へと視線を移し、パスタを食べるのを止めて翔の方を見ている。

(な、何か、可愛い、かも……)

 それからしばらく、むぅ、と唸りながら箸を動かしていたが、もう無いと分かると少し残念そうにうどんの出汁を片付けに掛かる。シャルルはそんな様子の翔をジーッと見つめていた。夢中で。そのシャルルの耳に入ってくる三人の女子生徒の会話。

「優勝、チャンス、消えた……」
「交際、無効……」
「うわーん!」

 一夏の方を見ながらそう言って、うわーん、と去って行く三人の女子生徒、一夏はそこから、つい、っと視線を左へ動かすと、特徴的なポニーテールが目に入る。勿論知り合いだった。その知り合い、篠ノ之箒が若干顔を赤らめて一夏を見ている。そんな様子の箒を見て、一夏は何か思い出したかのように立ち上がる。その音で何やらほんわかしていたシャルルは、はっとなり、一夏の視線の先を辿る。無論、翔は既にうどんをやっつけており、これからの経過をじっと見守る態勢に入っていた。
立ち上がった一夏は、箒の方へ近づき、話しかける。

「箒、先月の話だけど、付き合ってもいいぞ」
「えっ?」

 何も気負っていないかのように台詞を吐く一夏に、箒は信じられない、と言うように驚き、翔はため息を一つ、シャルルは、一夏って結構大胆なんだね、と微笑ましそうに見ている。

「何?」
「だから、付き合ってもいいって、うぉあ!」

 嬉しそうに聞き返す箒に、さっきと同じ調子で言葉を返す一夏。一夏の発言の途中に、あまりにも信じられなかったのか、一夏の胸倉を掴み、前後に揺さぶりながら、本当か!? と何度も繰り返すが、それにも肯定の言葉を返す。一夏の肯定の言葉に、次は疑問が沸き立ったのか、掴んでいた胸倉を離し、咳払いを一つ。

「な、何故だ、理由を聞こう!」
「幼馴染の頼みだし、付き合うさ」
「そうか!」

 箒が嬉しそうだ、と感じ取ったのか、満面の笑みで答える一夏に箒も、段々とテンションが上がってくる。その二人を見ながら翔は顔を片手の掌で覆い、シャルルはそれを見て首を傾げている。

「買い物くらい……ぐへぁ!?」

 見え透いた落ちを披露した一夏の右頬に箒の左ストレートが突き刺さる。翔は、自業自得だな……等と言いながら肩を竦め、シャルルは最後についた落ちにどう反応すればいいのか分からずに苦笑。

「そんな事だろうと思ったわ!! ふん!!」

 頬を押さえて崩れ落ちた一夏に怒り心頭と言った声音で台詞を投げつけ、止めに一夏の腹部へ右足での蹴り上げをお見舞いし、大股気味にその場を後にする箒。箒に蹴られた腹を押さえながら膝立ちのまま上半身を倒す一夏。翔とシャルルは一夏へと近寄り、呆れたような表情を向けている。

「お、俺が何をしたんだ?」
「一夏って時々、態とやってるように思えるよね」
「自業自得だ、正当な痛みだと思っておけ」

 痛みに悶える一夏と、呆れたような表情のシャルルと翔に、声が掛かる。

「織斑君、柏木君、デュノア君、今日は大変でしたね、特に柏木君にデュノア君」

 嬉しそうに声を掛けてきたのは、一年一組副担任、山田真耶、その人だった。

「そんな柏木君達の労を労う素晴らしい場所がついに解禁しましたよ!」
「へ?」
「場所?」
「まさか……」

 嬉しそうな真耶、疑問を浮かべるシャルルと一夏に、何やら難しい表情の翔。

「男子の、大浴場なんです!」

 男子の大浴場が解禁になったとの宣言で、飛び上がるのではないかと言うほど喜んだのは一夏。風呂自体は好きなのだが素直に喜べない事情があるシャルルに、これからどうするかの作戦を張り巡らせる翔。男子の大浴場が解禁したと言う情報への反応は三者三様だった。


 大浴場への道すがら、シャルルは風呂へ入る準備だけはしているが、その足取りは重い、それとは逆に一夏は意気揚々と足を動かしている、翔は未だ難しい表情で歩いているが、突然翔が足を止め、口を開く。

「一夏、少し提案がある」
「何だよ?」
「男子の入浴時間の半分を俺とシャルルに使わせてくれ」
「何で態々そんな事するんだよ?」

 翔に釣られて足を止めたシャルルと一夏、そしてその発言に一夏は疑問を覚え、首を傾げ、シャルルは翔が何を言おうとしているのかが分かったのか、一夏の見えない所で祈るように手を組んでいる。

「別に他意はない、風呂が好きなお前の為に大浴場を独占させてやろうと言うわけだ」
「皆で入っても俺は何ともないぜ? 楽しいと思うし」
「仕方ない、本当は言いたくなかったが、こう言おう、頑張った俺達の為に先に使わせてくれ」
「うっ、まぁ、そこ言われちゃ、あれだけどさ、何で皆じゃ駄目なんだ?」
「お前が一々俺の身体を見て凹むからだ。お昼寝君」
「……ど、何処でそれを?」
「ちょっと、織斑教諭からな」

 にやりと笑う翔の表情を見て、千冬姉……あんたって人は……と呟いている一夏の肩に手を置いて追い討ちを掛ける翔。

「友が頑張っている間、昼寝とはな……いいご身分だな?」
「わかった! わかったって! 部屋にいるから、上がったら呼んでくれ!」
「スマンな恩に着る。後で何か奢ろう」

 やけくそ気味に了承する一夏に礼を述べる翔、約束だからな、と念を押しながら一夏は来た道を戻っていく。一夏が見えなくなると、シャルルが翔へ飛びつく。半分涙を流している。

「あ、ありがとー! 翔、どうしようかと思ってたんだよー!」

 翔の制服を引っ張りながら半分涙目で礼を言ってくるシャルルに、気にするなと言うように手を振る。そして大浴場の脱衣場まで来ると、翔は一人脱衣場を出ようとする。

「ど、何処行くの?」

 少し不安そうなシャルルの声に、翔は振り向かずに答える。

「風呂にはお前が入ると良い、俺はここで誰か来ないか見張っておこう、風呂に入るまでは外にいよう」

 伝える事だけ最低限伝えると、また脱衣場を出ようと翔が動くが、今度は声でなく、物理的に止められる。進行方向とは逆の方へ力が働いた原因究明のため、翔は後ろを振り向く、すると案の定、シャルルが翔の制服の裾を握り締めて止めていた。

「ぼ、僕はいいから、翔が入って? 今日頑張ったのは翔なんだから、僕はシャワーでいいよ」
「しかし……」
「いいから、ね?」

 ほにゃ、とした笑顔でそう言ってくるシャルルに、むぅ……と押し黙る翔。まだシャルルを説得する方法を考えている翔へ向かって、笑顔から一転、少し残念そうな表情へと変わる。

「僕からの……友達からの気遣い、受け取れない?」
「ぬぅ……承知した、その心遣い、有難く頂戴する」
「よかったぁ」

 翔がシャルルの案を了承した瞬間、また、ほにゃ、とした笑顔に戻る。この時点でシャルルは既に、翔が友や身内と言う存在にめっぽう甘いと言う事を見抜いていた。一夏に対して少し厳しい訓練を課すのも、IS学園の中で皆に着いていけないと言う状況を回避するためにやっている事だとシャルルは理解していた。立ち塞がる壁は問答無用で正面から粉砕する性格の反面、こうなったのかは分からないが、先程の台詞はそんな翔の性質をうまく突いた台詞だった。


 そうして風呂へ入った翔は、現在、身体を洗い、掛け湯をしてから、持って来たタオルを折りたたみ頭に載せ、目を閉じて静かに湯船に浸かっている所。風呂の間は一言も喋らない翔、そんな彼にとって、大浴場の中に入ってきた存在を察知する事は造作も無かった。そして大浴場に侵入してきた人物がそのまま湯船に浸かろうとした所で、翔は目を閉じたまま声を掛ける。

「シャルル」
「ひゃわわわ! き、気がついてたの!?」
「当たり前だ、所で、どういうつもりかは知らんが、湯船に浸かるのなら掛け湯ぐらいはしておけ」
「う、うん……」

 冷静にそう告げる翔に多少不満を抱きつつも、言われた通り、掛け湯をして、失礼しまーす、と湯船に浸かる。そして、じりじりと翔へ近づいていく。が、その動きもばれていた様で、翔から声が上がる。

「目を閉じているから近づくのは構わんが、恐る恐る動いた所で湯船の湯は動くぞ?」
「そうだよねー……はぁ」

 相変わらず冷静そのものの翔にため息をつきながら、今度は遠慮なく翔へ近づき、背中合わせに座る。ちなみにシャルルのタオルは湯船の縁に畳んで置いてある。湯船にタオルを浸けるのはマナー違反と言うのを律儀に守っているらしい。数秒沈黙が舞い降りるが、恥ずかしそうに身を動かしているシャルルに対して全く動じない翔がシャルルへ声を掛ける。

「それで? どうした?」
「へぁ? あぁ! えっと、僕もお風呂入ってみようかなって……駄目かな?」
「それは別に構わんが、話があるのではないか?」
「……凄いね、翔は、もうそれ勘とかじゃないよ」

 核心を突くような翔の言葉にしばし呆然としたように呆けていたシャルルだったが、はっと我を取り戻すと、その翔の予測に苦笑していた。

「簡単な事だ、女性が男の入っている風呂に入ってくるなど相応の覚悟があっての事だ、そこから導き出せる事、それは、俺にどうしても話しておきたい事があった、違うか?」

 自信を持ってそう言い切る翔の言葉に、違わないよ、と少し嬉しそうに声を上げるシャルル。大事な話だ、と聞いても動揺もせず受け止めてくれているように感じた翔の背中のあたたかさが、シャルルには嬉しかった。

(大事な話があった、って事しか入ってきた理由が浮かばないのも翔らしいけどね……もっと他の理由も……って駄目駄目!)
「とりあえずここから始めるといいって言ってくれたでしょ?」
「あぁ」

 何やら妙な方向へ流れそうになる思考を無理矢理押さえつけ、本題の話を始めるシャルル。シャルルの考えている事を露ほども想像できず、冷静に返答を返す翔。

「僕そうする事にしたよ、そう決められたのは翔の御蔭」
「俺は背中を押しただけだ」
「だとしても、僕は凄く嬉しかった。翔が背中を押してくれたから、一歩を踏み出せたんだ」
「そうか」

 シャルルの嬉しそうな声音に、冷静に、そして簡潔に相槌を打つ翔。そこでシャルルは自らの身体を反転させ、翔の背中を見ながら言葉を続ける。

「僕にはその一歩は凄く大きい事だったんだよ?」
「そうか」
「そうやって歩み出せた最初の一歩、これを止めたくない、そう思ったんだ」
「そうか」

 言葉と共に白魚のように白く細長いシャルルの指が自然と翔の背中へ伸び、指先が翔の背中に触れると、何かを感じ取ったのか、シャルルの方が身体を少し震わせる。

「だから、僕は前へ進むよ、一歩を踏み出す切っ掛けをくれた翔がいるIS学園で、誰よりもあったかい翔の傍で……」
「そうか」

 翔の背中に触れたシャルルの指は一本二本と増え、最終的に掌全部を翔の背中に触れさせ、背中の広さを確かめるようにシャルルの掌が翔の背中を滑る。鍛錬の時に付いたのか、小さな傷跡がそこかしこにあり、それを一つ一つ確かめるようにシャルルの掌が翔の背中を這う。

「前へ進む事を決めた僕が、シャルル……いや、シャルロット・デュノアが……」

 背中の広さを確かめ、満足したのか、翔の背中に触れているシャルルの掌は両手の掌に増え、そのまま翔の背中の上方へ這うようにして上がっていき、程よく筋肉の付いた肩の上を這い、そのまま前まで回された掌は、次に翔の胸板を這い、シャルロットはそのまま翔を抱きしめるようにして、きゅっと腕に力を篭め翔と自らの体の密着度を高め、顔を翔の肩口に埋める。翔の背中で何やら柔らかいものが潰れる感触がしているはずだが、翔の表情に動揺を読み取る事は出来ない。

「あなたの傍にいる事を、あなたに見てもらう事を、許してくれますか?」
「承知した、お前が、シャルロット・デュノアが望む限り、お前の傍で、お前が前へ進む所を見ていてやる、困った時は手伝ってやる、助けて欲しければすぐに呼べ、心配を、掛けさせるなよ?」
「ふふっ、はい……やっぱり、翔の背中、あったかいね」

 嬉しそうに笑いながら返事をするシャルロットは肩口に埋めていた顔を上げ、翔を更にぎゅっと抱きしめながら、自らの少し赤くなった頬を、未だ目を閉じ、動揺の読み取れない彼の頬にぺったりとくっつけ嬉しそうに笑う。
 が、そこで、何故かシャルロットの視線は下がっていき、急に顔が真っ赤に染まる。トマトなど生温いと言ったような染まり方だ。

(うえぇぇ!? み、見ちゃった! 不可抗力だよ!うん、不可抗力!)

 テンパったシャルロットの視界に未だ涼しげな表情をしている翔の顔が目に入り、何だか面白くない気分になる。今現在の自分達の状態を考えてみればもっと面白くない。

(当ててるんだよ!? ちゃんと当ててるんだよ!? 小さいわけじゃないんだよ!? なのにその反応はおかしくない!?)

 何を当てて何が小さくないのかは想像にお任せするが、シャルロットはこれ以上無いほどに憤慨しているようだ。ついにそれは頂点を迎えたのか、シャルロットの口が開かれる。

「見てくれる事を了承してくれたんだから、今僕を見てみようよ」
「お前は一体何を言っている……」
「不公平だよ! 何で僕ばっかり慌てて翔は慌てないのさ!」
「明鏡止水、心頭滅却、確乎不動の心ここに在り」

 何やら変なテンションに入ってしまったシャルロットの暴走を止めつつ、風呂を翔は先に上がり、脱衣場の外で待っているとシャルロットも着替え終わったのか脱衣場から出てきた。心持ち沈んでいるように思う。翔を視界に入れた途端、今は押さえつけている胸に手を当てる。

「僕の、小さい?」
「何故俺に聞く……」


 翌朝のSHR、教壇に立つ山田真耶は何とも微妙な表情。定位置に立つ千冬は何処か不機嫌そうな表情を隠そうともしていない。セシリアは口をポカンと開け、淑女にあるまじき表情を晒し、一夏は心底驚いたような表情で視線を前方と翔を行き来している。箒も一夏と同じく瞳を丸くして驚きの表情。翔は特に変わりなく前方を向いている。全員共通しているのは、現在前に立っている金色の髪と紫の瞳が特徴的なIS学園女子制服に身を包んだ女子生徒に目を向けているという事。

「と言う訳で、デュノア君はデュノアさん、と言う事でした……」
「改めまして、皆さん、自己紹介は済んでいますが、シャルロット・デュノアです」

 そう言って明らかに翔へ向けてにっこりと微笑むシャルロット。翔はわかっている、とでも言うように、ふい、と一回だけ手を振る。周りのクラスメイト達はその事実にさまざまな会話を交わす。

「つまりデュノア君って女?」
「おかしいと思った、美少年じゃなくて、美少女だったってわけね?」
「って、柏木君! 同室なら知らないって事は、ないんじゃ……」

 その中で、決定的にクラスの空気を凍らせる一言がクラスメイトの口から投下される。

「ちょっと待って? 昨日って確か、男子が大浴場使ったわよね?」

 その台詞が言い終わるか終わらないかの時に、一年一組の壁が突然破壊される。そこから姿を現したのは鈴音、怒り心頭と言った表情で一夏を睨みつける。

「いちかぁぁぁぁ!!!!」
「ちょ、ちょっと待て、お前完全に誤解してるぞ!?」

 一夏の弁解も空しく、鈴音の甲龍の肩に存在する衝撃砲、龍咆が起動し、発射される。一夏が狙われていると言う事は当然その後ろの席にいる翔も巻き込まれると言うことだが、本人は何処吹く風と言ったように涼しげでクールないつもの表情。

「死ぬ! 確実に死ぬぅぅぅ!」
「未熟……」
「何でお前はそんな冷静なんだ!? もう駄目だ!」

 台詞の通り、駄目だと思った一夏は目を閉じ、衝撃に備える。が、いつまで経っても衝撃は来ず、痛みも無い。

「って、俺死んでない……?」
「当たり前だ、目を開けて前を見ろ」

 翔からそう言われ、目を開けた目の前には、ISを纏い、AICを展開しているラウラ・ボーデヴィッヒの後姿が見えた。

「ラウラ! 助かったぜ!」

 ラウラに礼を述べる一夏だが、ラウラはその礼には取り合わず、無言で目標、翔を掴み、引き寄せる。ラウラが何をしようとしているのかを察知し、両手を確認、壁となるものは生憎持ち合わせておらず、苦肉の策としてラウラの狙っている着弾点を顔を横に向けてずらす。その瞬間……ちゅ、と軽い音を立てて、ラウラの唇が翔の頬に当たる。その光景にセシリアは何かのオーラを纏うように長い金色の髪が逆立ったような気配、シャルロットは笑顔のまま額に青筋、千冬に至っては、額に青筋を浮かべ、いつも持っている出席簿を握りつぶしている。一夏、箒、鈴音、クラスメイトは全員展開に着いて行けずあんぐりと口をあけている。そして少し残念そうに身を引くラウラはそのままの状態で口を開く。

「あなたの……お傍に置いて下さい、ボス」

 頬を染め少し潤んだ瞳を翔へ向けながらそう言うラウラ、言われた方の翔は完全に今の台詞と先程の行動が結びつかないのか、首を捻っている。

「傍にいるぐらいの事、好きにすれば良いと思うが……」
「ほ、本当ですか!?」
「何だと!?」
「何ですって!?」
「どう言う事!? 翔!」
「何を怒るんだ? 一夏も箒も鈴音もシャルロットもセシリアも織斑教諭も俺の近くにいるではないか? 先程のボーデヴィッヒの……」
「ラウラとお呼び下さい、ボス」
「承知した、ラウラの行動には疑問が残るが……」

 心底疑問だ、と言うような表情で、言い切る翔に、セシリア、シャルロット、千冬、今度は一夏、箒、鈴音まで一緒になってため息をつく。全員の思っている事は一致している。

(そう言えばこう言う男だった……)

 ため息を吐き終えた千冬はシャルロットとラウラを睨みつけ、再び青筋を浮かべながら声を掛ける。

「さて、デュノア、ボーデヴィッヒ、個人的に話があるんだが、放課後アリーナに来い」

 千冬の告げたその言葉にシャルロットも笑顔を浮かべる。ラウラは何かしらの雰囲気を感じ取ったのか、ぶるりと身体を振るわせつつも千冬の前に堂々と立つ。

「構いませんよ? 織斑先生とは一度じっくり話し合う必要があると思いますから」
「教官が相手でも手は抜きません!」
「よく吼えたな、小娘共……」

 その三人の話に我慢ならなかったのか、もう一人、金色の髪が特徴的な生徒が勢いよく立ち上がる。その表情はとても綺麗な笑顔を浮かべているが、隠し切れない青筋が額に浮かんでいる上に、口元がひくついている。

「この私を抜きにして何やら楽しそうなお話です事、おほほほ」
「オルコットか……丁度いい、貴様ともそろそろ話をつけなければならんと思っていた所だ」
「望む所でしてよ? 織斑先生?」

 千冬、セシリア、シャルロット、ラウラが笑いあう一年一組は朝の時間帯でありながら、何やら暗い雰囲気の纏わり付く場所と化していた。その四人の様子に怯えながらも慌てている真耶。こう言う事を鎮圧させるための最終兵器、織斑千冬がこの騒動の中心の一つなのだから仕方のない事とも言える。
 そしてこの騒動の真の中心にいるこの男。

「む? SHR終了の時間だな、1限目が始まるぞ、自分の教室に戻ったらどうだ? 鈴音」
「アンタってホント、揺れないわよね……」
「ふむ……」

 やはり何処吹く風と言うように鈴音に忠告などをしていた。
 ちなみに、放課後本当に4人がアリーナへ集合し、あわや四つ巴の戦闘になる所だったのだが、そこに翔と一夏が通りかかり、良い訓練になると、打鉄、ブルー・ティアーズ、ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ、シュヴァルツェア・レーゲン対黒衣零式、白式と言うカードになり、本当にギリギリだが、翔&一夏の勝利となり、女性陣はまずこの二人の友情に勝つ事が最優先と一致団結する事になるのは全くの余談である。
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