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「IS インフィニット・ストラトス ~黒衣の侍~」
IS学園入学編
十六斬 漢なら黙って真っ向勝負
学年別トーナメント当日、宣言通り、シャルルとペアを組んだ翔は、パートナーであるシャルルと共にロッカールームのモニターにて対戦相手の決定を待っていた。その間、翔は何時も通りの表情でモニターの前に仁王立ちで腕を組み、静かにモニターを見ており、シャルルもその隣でモニターを見つめながら翔へ声を掛ける。
「翔、緊張してない?」
「特には、既に始まった事に対して緊張しても意味はあるまい」
堂々とした表情でそう言い切る翔の表情には、確かに緊張も気負いも無い、何時も通りそこに居るだけだ。あまりにも何時も通りな翔にシャルルは苦笑。
「翔って恐ろしいほど肝が据わってるって言うのかな? 揺らがないよね」
「起こった事は受け入れ、その上で動く、そうすれば慌てる事など無い」
相変わらずの物言いに、シャルルはますます苦笑するしかない。ISの操縦時間がここまで短い人物がISを使っての戦闘を前にここまで緊張しないのは普通ならありえない、基本的にISの操縦技術はISを稼動させた時間に比例すると言う説は一般的に常識の説なのである。そこへ来て、翔はIS学園に来るまでISなど触った事も無かった。その翔がISを使い尚且つ大勢の前で闘う、普通ならば緊張で身体が硬くなる位が丁度いいのが普通だ。シャルルは翔の闘う所をまともに見た事が無い、そのため、翔の緊張の無さは不自然に見えた。
と、そこで、対戦の組み合わせが決まったのかモニターにその結果が映し出される。と、同じロッカールームに居た一夏が翔の肩を叩く。
「あのラウラって奴も災難だな、箒もだけど、一回戦から翔とシャルルのペアに当たるなんてなぁ」
「これも、ある種の縁と言う事か、一夏今回は貰ったぞ」
「いいさ、ばっちり決めてやれ」
「承知」
「?」
決まった対戦相手を見て、軽く言い合う翔と一夏に、そこまでの勝算があるのかと首を捻るシャルルだけが、何故か置いてけぼりの雰囲気を喰らっていた。
「では、行って来る。行くぞ、シャルル」
「あ、うん」
「ガツンとかましてきてくれ」
一夏の激励に、悠然と頷く翔に促され、翔の後をちょこちょこと着いて行くシャルル。決まった対戦カードは、翔&シャルル対ラウラ&箒の対戦カード。
試合開始直前、ISを纏った翔、シャルル、ラウラ、箒がアリーナの中央にて試合開始の合図を静かに待っていた。
「翔、作戦は?」
「基本的には各個撃破が基本主軸だが、先にラウラだ。それが困難な場合は、俺がラウラを引き付け、その間にお前が箒を撃破。その後、改めてラウラを撃破する」
「作戦、っていうかなぁ?」
シャルルの疑問をよそに、試合開始の合図が宣言され、試合が始まる。その瞬間に翔は既に正宗零式を展開し、肩に担ぐようにして構え、相手へ踏み込む体勢が完了していた。
「各自突貫」
「え? ちょっと、翔!?」
「最早問答無用!」
「もう! 仕方ないなぁ……」
ぶつくさ言いながら、シャルルも武装を展開、その時には既に翔は自らの間合いにラウラを捕らえていた。その速度とタイミングに思わずシャルルは驚愕と共に、決まったと思うが、それはラウラが手をかざした時、何かしらの力で翔の振り下ろしが止められる。
「それは既に見た」
「成る程、これがAICと言うやつか」
「私の停止結界の前にはお前の踏み込みなど無意味だ」
「果たしてそううまくいくか?」
その時、ラウラの視線が上へ移動し、舌打ち、翔から後ろへ距離を取る、その瞬間上空から雨のように降り注ぐ銃弾。銃弾の雨が止んだ後、間髪入れずに、打鉄を纏い、接近用ブレードを展開している箒が翔へ切り掛かってくる。上段からの振り下ろし。重力も味方につけた振り下ろしは鋭く早い、だが……。
「未熟!」
「ぐぅ!」
大質量の正宗と翔の振り払いによる、圧倒的な重さの斬撃の前に、箒のブレードは軽く打ち払われ、腕が上へと上がり、完全な死に体となり、隙だらけ、そこを狙い上空のシャルルから銃弾の嵐が箒へと降り注ぐが、着弾一歩手前に黒く長い紐のような物が箒の身体に巻きつき、そのまま後ろへと投げ飛ばされる。
「邪魔だ」
それと入れ替わるようにして前へ出てきたラウラから、箒の剣を打ち払った状態の翔へ向けて大型レールカノンが、照準を合わせられ、それを阻止しようとシャルルも武器をラウラへ向けるが、一足遅く、レールカノンは翔へ向けて発射される。このままだと確実に直撃コース。
「翔!!」
特に意味はないと分かりつつも翔へ声を掛けるシャルル。ラウラの口元は釣り上がり、その瞳はレールカノンの弾の行く先、つまり翔を捉えていた。そして着弾の直前、ようやく翔が動く。
「ぬぅん! 一刀両断!」
箒の剣を振り払った直後には既に剣を戻し、正眼へ構えられていた正宗が迫り来るレールカノンの弾に向かって振り下ろされる。その瞬間、高速など生温い速度で撃ち出された弾は、上から落ちてきた圧倒的な質量の下、斬り落とされ、そこには正宗を振り下ろしたときのまま、無傷の翔が存在。その映像に、アリーナの中は思わず沈黙。セシリアとの試合を見た者は何やら騒いでいるが……。
「俺の剣に、断てぬ物などない」
そう静かに言い切り、ラウラを睨みつける翔に、相方であるはずのシャルルまで、思わず武器を下ろし翔を驚愕の目で呆然と見ていた。それはラウラも同じ心境のようで、驚愕に目を見開いている。
「あ、あはは、無茶苦茶だね、翔ってば……」
一方、観客席の方では、翔の行動を見たセシリアは、懐かしそうに目を細めて翔を見つめ、鈴音は開いた口が塞がらないと言うように驚き、その後、セシリアへ詰め寄る。
「な、なな何なのあれ!? 今明らかに翔の奴おかしな事したわよね!?」
「落ち着いてくださいな、鈴さん、確かにあれを見た時私も驚きましたわ」
その台詞を聞いた鈴音はセシリアが驚いていないような態度の疑問が解けるが、それでもおかしいと騒ぎ始める。
「何もおかしい事はありませんわ、私の攻撃もああやって無効化したんですもの、不思議ではありませんわ」
「えっ、ていうか、アンタの武装って殆どエネルギー兵装よね?」
「えぇ、そうですわ」
「……信じらんない、何処まで無茶苦茶なのよアイツ」
確かにエネルギーを斬れるならば、レールカノンも斬れるだろうが、明らかにおかしい事には違いない。そうして翔の常軌を逸脱した剣はようやくほぼ全校生徒に知れ渡る事になる。
ちなみに、この様子を見ていた来賓などはすぐさまスカウトの体勢を取ろうとしていたが、結局後になって教員によって潰される事は目に見えていた。正確に言うならば、千冬に潰される事がほぼ確定していた。
静まり返った会場を無視して、翔はシャルルへと作戦の変更を伝える。
「作戦変更だ、俺がラウラの足止めをする。頼んだぞ」
「え? あぁ! うん、わかったよ!」
簡潔にそれだけやり取りし、正宗を右肩に担ぐ様にしてラウラを見据える。その翔を見て、ラウラは自分を取り戻す、動揺は隠せたように見えて隠せておらず、少し肩が震える。だがそれも、遠目では見えない程度だ、敵に動揺を悟られればそこを突かれる。それぐらいの事ラウラにも分かっていた。
「どうした? 震えているようだが?」
「ぐっ……貴様……」
だが、ISを装備したこの男にはそんなもの分かっていても何の役にも立たなかった、動揺は見抜かれ、悠然と立つこの男に自分の全てが劣っているような考えに襲われる。それほどまでに翔は今現在、この会場内において、絶対者の様にそこに立っていた。
「ではいくぞ、再び柏木翔、推して参る!」
「くっ!」
ラウラのIS、シュヴァルツェア・レーゲンの主武装の一つ、ワイヤーブレードは、常人ならば軌道を見抜く事無くその餌食となりえるほどの武装だ、ワイヤーの軌道と言うのは扱いづらい反面、相手から見ればその軌道は読みづらく、かわし難い武装。だが、そんな常識を覆すような機体の軌道でワイヤーブレードを掻い潜る翔。ワイヤーで動きを止めようにも、ワイヤーが触れる数瞬前に急制動の後に正宗の間合いにブレード部分が入る程度まで後退、正宗の切っ先が届く間合いギリギリの所でブレードを弾き、軌道を変える。その後もう一度接近。この繰り返しだが、こと戦闘においてここまで精密な間合いの読みで仕掛けてくるような人物は居ない。と言うより実行できる人物がまず居ないと言った方が正確だろう。
そうやって確実に近づいてくる翔の姿に驚愕と同時に恐怖を感じていた。だが、自分の所まで来る事が出来てもその刃は自分に届く事は無い、そう考えるとラウラの頭の中は自然と落ち着いた。
と、正宗の間合いにラウラが入る数十歩手前で、翔は正宗を振りかぶる。
「そんな所から、何を……」
「むぅん!」
長大で重厚な正宗、それを何の躊躇も無く、ラウラに向かって投げた。その行動に驚愕、正宗自身がスラスターを稼動させているのかそのスピードは凄まじく速い、が、速いだけの直線軌道などISにとって避ける事はたやすく、ラウラは飛んできた正宗を右方向に回避、その後翔を見据える、その時には既に翔はもう一本接近武器と思わしき武器を展開していた。先程まで持っていた正宗よりもかなり小さい、標準の接近ブレードよりも若干大きいくらいであろうか?
「予備の武器か、だが、それで何が……」
「こちらを気にするのは良いが、後ろにも気を配るべきだな」
「何を……っ!?」
翔からそう言い放たれ、後ろに意識を向けると、そこにはラウラの左を通過して行った筈の正宗零式がラウラへ向けて迫っていた。回避、無理だ、そのタイミングは逃した。
(スラスターで軌道を変えたのか!? AICで慣性停止後、目標を撃破する!)
そう結論付けると、正宗零式へ向かって手をかざし、AIC発動、正宗は勢いを失い、地面へ落下、一つの目的を終えたラウラは翔へと視線を向けるが、その時既に翔はラウラの目の前。
「その隙が命取りだ」
「この……!」
「遅い! シャルル!」
「分かってるよ!」
箒を撃破したのか、シャルルは丁度ラウラを翔と挟み込むように銃弾の嵐をラウラに見舞う。憎々しげな表情と共に銃弾の雨を停止結界で止める。正宗の様に大質量を伴わない今の翔の武器よりも銃弾を止めることが優先と判断したのだろう。が、そのラウラの判断に、翔が失敗を告げる。
「俺を止めなかった事、後悔する事になる」
握っている武器、虚鉄を右の顔の横に構え、そのまま突く、がそれはシールドバリアによって阻まれる。
「このまま撃ち抜く! 出し惜しみはしない。持って行け!」
台詞と共にスラスターを全開、と共に柄に存在しているトリガーを連続で引く、火薬によって撃ち出されたパイルが、一発二発と撃ち込まれ、三発目でシールドを貫通、そのまま前進しラウラへ虚鉄が接触、トリガーを引きもう一発撃ち込む。
「かふっ!」
ラウラの口から息が漏れた瞬間、絶対防御が作動、AICで止めた銃弾は地に落ちたが、銃弾の雨が飛んできた方向からシャルルがシールドを構え、迫る、そのシールドの裏に覗く物、それは、灰色の鱗殻(グレー・スケール)と呼ばれるラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡの切り札で、第二世代で最高クラスの威力を持つ69口径のパイルバンカー。
「シャルル!」
「うん!」
「「撃ち抜く!」」
シャルルはそのままラウラへ灰色の鱗殻を突き刺すように押し付ける。そしてそのまま翔とシャルルのバンカーはラウラを撃ち抜き、その勢いのまま翔とシャルルは交差、互いに逆方向へ抜け急制動。翔は虚鉄を左へ振り、回転式弾倉を露出。
「僕らの前に立つ壁は……」
「ただ撃ち貫くのみ」
台詞と共に、シャルルは灰色の鱗殻を収納し、翔は虚鉄の刃を上に向け、空になった五発の薬莢を地面に落とし、もう一度虚鉄の刃を下に向け、虚鉄を右に振って、回転式弾倉を収納。これでほぼ勝負は決まったと見える。セシリアと翔が組んで無人ISを倒し、鈴音と一夏がそう思ったように、この試合を見ていた一部、セシリアと千冬以外の人物はシャルルと翔を同時に相手取るのはやめようと心に決めていたのは実にどうでもいい事である。
地に倒れる事だけは何とか避けてはいるが、ダメージレベルがDを超えていると警告している自らのISのモニター表示を前にラウラ・ボーデヴィッヒは思う。
(私は、負けるのか? いや、私は負ける訳にはいかないのだ!)
闘う為に生み出されたラウラは、訓練の日々を思い出し、自らが優秀だった時を思い出す、その時の自分は最強だった。だが、ISと言う兵器が出来てからの自分、そこからは地獄の始まりだった。ISに適応するためナノマシンを投与されたが、適応せず、結果的に落ちこぼれの烙印を押された自分。そんな時に現われたあの人、織斑教官は優秀な教官だった、落ちこぼれの烙印を押された自分がISだけで構成された部隊の中で再び最強の称号を得た。そこで思い出されるのは、あの時交わした言葉……
「何故教官はそこまで強いのですか? どうしたら強くなれますか?」
ラウラ自身にとっては純粋な疑問だった。だが、そこで帰ってきた千冬の表情と言葉はラウラの憧れた千冬の姿ではなかった。
「私には弟と……その、何だ……好いている奴がいる」
(違う……)
ラウラはそう思う、自分の知っている千冬と言う人間は強く、凛々しく、堂々とした女性のはずだ、この様に優しい顔をして、尚且つ少し嬉しそうに頬を染める千冬は、ラウラの憧れた千冬ではなかった。
(だから、認めるわけにはいかない、教官にあんな表情をさせる織斑一夏と柏木翔を認めるわけにはいかない)
力が欲しい、ラウラはそう思う、強くそう思う。目の前の千冬を惑わせる男を打ち砕く力が欲しい。そう願った所で、声が聞こえる。
(願うか? 汝、より強い力を欲するか?)
今の自分の力では目の前の男を打ち砕く事が出来ない、それを認めた上で、考えるべくも無く、藁にもすがる思いで、その声に答える。
(寄越せ、力を……比類なき最強を!)
ラウラがその声に答えた瞬間、今にも倒れそうだったラウラの足はしっかり立ち上がり、苦しそうに声を上げる。
「うぅぅうあぁぁぁぁ!!!」
そして衝撃、アリーナに一瞬砂塵が散るが、すぐに収まる。その苦しそうな声を上げるラウラの様子を、翔は目を細め、厳しい視線で睨みつけている。その瞳の色は警戒。ただの学年別トーナメントで終わらない事がこの時点で確定した。そして、翔の瞳に映るラウラの体が、取り込まれる。黒く、グネグネとしたスライムの様に変質したラウラ自身のISによって。
「翔……これって?」
「わからん……だが、ただ事でない事だけは分かった。俺達の戦いが未だ終わっていない事もな……」
いつの間にか翔の隣に来ていたシャルルに問いかけられるが、翔には現在目の前に起こっている事だけしか分かる事は無い。それを伝えると、シャルルは警戒のレベルを引き上げるように身構える。が、翔はシャルルに別の指示を出す。
「取り敢えず何が起こっても俺は問題ない。現在ISが使えない箒の安全確保を頼む」
「……でも」
「頼む」
「分かったよ……でも、無茶しちゃ駄目だよ!」
「承知」
シャルルが翔から離れるのを見て、翔は黒いスライム状の物と化したシュヴァルツェア・レーゲンに包み込まれているラウラに向き直る。虚鉄から弾倉を排出し、予備の弾丸カートリッジを装填、弾倉を虚鉄へ戻し、それを構える。
「予備の弾はこのワンセットで終了、俺のカードは虚鉄と正宗の二枚、この賭け、勝てるか?」
ラウラを包み込み、未だ変質を続けるシュヴァルツェア・レーゲンの周りには衝撃と雷撃が振り、迂闊に近づける状態ではない、変質が終わる前に仕掛ける事も視野に入れていた翔は、未だに途切れない衝撃と雷撃に舌打ちを一つ。
「だが、構わん、何であろうと撃ち貫き、斬り捨てるまで!」
「翔、緊張してない?」
「特には、既に始まった事に対して緊張しても意味はあるまい」
堂々とした表情でそう言い切る翔の表情には、確かに緊張も気負いも無い、何時も通りそこに居るだけだ。あまりにも何時も通りな翔にシャルルは苦笑。
「翔って恐ろしいほど肝が据わってるって言うのかな? 揺らがないよね」
「起こった事は受け入れ、その上で動く、そうすれば慌てる事など無い」
相変わらずの物言いに、シャルルはますます苦笑するしかない。ISの操縦時間がここまで短い人物がISを使っての戦闘を前にここまで緊張しないのは普通ならありえない、基本的にISの操縦技術はISを稼動させた時間に比例すると言う説は一般的に常識の説なのである。そこへ来て、翔はIS学園に来るまでISなど触った事も無かった。その翔がISを使い尚且つ大勢の前で闘う、普通ならば緊張で身体が硬くなる位が丁度いいのが普通だ。シャルルは翔の闘う所をまともに見た事が無い、そのため、翔の緊張の無さは不自然に見えた。
と、そこで、対戦の組み合わせが決まったのかモニターにその結果が映し出される。と、同じロッカールームに居た一夏が翔の肩を叩く。
「あのラウラって奴も災難だな、箒もだけど、一回戦から翔とシャルルのペアに当たるなんてなぁ」
「これも、ある種の縁と言う事か、一夏今回は貰ったぞ」
「いいさ、ばっちり決めてやれ」
「承知」
「?」
決まった対戦相手を見て、軽く言い合う翔と一夏に、そこまでの勝算があるのかと首を捻るシャルルだけが、何故か置いてけぼりの雰囲気を喰らっていた。
「では、行って来る。行くぞ、シャルル」
「あ、うん」
「ガツンとかましてきてくれ」
一夏の激励に、悠然と頷く翔に促され、翔の後をちょこちょこと着いて行くシャルル。決まった対戦カードは、翔&シャルル対ラウラ&箒の対戦カード。
試合開始直前、ISを纏った翔、シャルル、ラウラ、箒がアリーナの中央にて試合開始の合図を静かに待っていた。
「翔、作戦は?」
「基本的には各個撃破が基本主軸だが、先にラウラだ。それが困難な場合は、俺がラウラを引き付け、その間にお前が箒を撃破。その後、改めてラウラを撃破する」
「作戦、っていうかなぁ?」
シャルルの疑問をよそに、試合開始の合図が宣言され、試合が始まる。その瞬間に翔は既に正宗零式を展開し、肩に担ぐようにして構え、相手へ踏み込む体勢が完了していた。
「各自突貫」
「え? ちょっと、翔!?」
「最早問答無用!」
「もう! 仕方ないなぁ……」
ぶつくさ言いながら、シャルルも武装を展開、その時には既に翔は自らの間合いにラウラを捕らえていた。その速度とタイミングに思わずシャルルは驚愕と共に、決まったと思うが、それはラウラが手をかざした時、何かしらの力で翔の振り下ろしが止められる。
「それは既に見た」
「成る程、これがAICと言うやつか」
「私の停止結界の前にはお前の踏み込みなど無意味だ」
「果たしてそううまくいくか?」
その時、ラウラの視線が上へ移動し、舌打ち、翔から後ろへ距離を取る、その瞬間上空から雨のように降り注ぐ銃弾。銃弾の雨が止んだ後、間髪入れずに、打鉄を纏い、接近用ブレードを展開している箒が翔へ切り掛かってくる。上段からの振り下ろし。重力も味方につけた振り下ろしは鋭く早い、だが……。
「未熟!」
「ぐぅ!」
大質量の正宗と翔の振り払いによる、圧倒的な重さの斬撃の前に、箒のブレードは軽く打ち払われ、腕が上へと上がり、完全な死に体となり、隙だらけ、そこを狙い上空のシャルルから銃弾の嵐が箒へと降り注ぐが、着弾一歩手前に黒く長い紐のような物が箒の身体に巻きつき、そのまま後ろへと投げ飛ばされる。
「邪魔だ」
それと入れ替わるようにして前へ出てきたラウラから、箒の剣を打ち払った状態の翔へ向けて大型レールカノンが、照準を合わせられ、それを阻止しようとシャルルも武器をラウラへ向けるが、一足遅く、レールカノンは翔へ向けて発射される。このままだと確実に直撃コース。
「翔!!」
特に意味はないと分かりつつも翔へ声を掛けるシャルル。ラウラの口元は釣り上がり、その瞳はレールカノンの弾の行く先、つまり翔を捉えていた。そして着弾の直前、ようやく翔が動く。
「ぬぅん! 一刀両断!」
箒の剣を振り払った直後には既に剣を戻し、正眼へ構えられていた正宗が迫り来るレールカノンの弾に向かって振り下ろされる。その瞬間、高速など生温い速度で撃ち出された弾は、上から落ちてきた圧倒的な質量の下、斬り落とされ、そこには正宗を振り下ろしたときのまま、無傷の翔が存在。その映像に、アリーナの中は思わず沈黙。セシリアとの試合を見た者は何やら騒いでいるが……。
「俺の剣に、断てぬ物などない」
そう静かに言い切り、ラウラを睨みつける翔に、相方であるはずのシャルルまで、思わず武器を下ろし翔を驚愕の目で呆然と見ていた。それはラウラも同じ心境のようで、驚愕に目を見開いている。
「あ、あはは、無茶苦茶だね、翔ってば……」
一方、観客席の方では、翔の行動を見たセシリアは、懐かしそうに目を細めて翔を見つめ、鈴音は開いた口が塞がらないと言うように驚き、その後、セシリアへ詰め寄る。
「な、なな何なのあれ!? 今明らかに翔の奴おかしな事したわよね!?」
「落ち着いてくださいな、鈴さん、確かにあれを見た時私も驚きましたわ」
その台詞を聞いた鈴音はセシリアが驚いていないような態度の疑問が解けるが、それでもおかしいと騒ぎ始める。
「何もおかしい事はありませんわ、私の攻撃もああやって無効化したんですもの、不思議ではありませんわ」
「えっ、ていうか、アンタの武装って殆どエネルギー兵装よね?」
「えぇ、そうですわ」
「……信じらんない、何処まで無茶苦茶なのよアイツ」
確かにエネルギーを斬れるならば、レールカノンも斬れるだろうが、明らかにおかしい事には違いない。そうして翔の常軌を逸脱した剣はようやくほぼ全校生徒に知れ渡る事になる。
ちなみに、この様子を見ていた来賓などはすぐさまスカウトの体勢を取ろうとしていたが、結局後になって教員によって潰される事は目に見えていた。正確に言うならば、千冬に潰される事がほぼ確定していた。
静まり返った会場を無視して、翔はシャルルへと作戦の変更を伝える。
「作戦変更だ、俺がラウラの足止めをする。頼んだぞ」
「え? あぁ! うん、わかったよ!」
簡潔にそれだけやり取りし、正宗を右肩に担ぐ様にしてラウラを見据える。その翔を見て、ラウラは自分を取り戻す、動揺は隠せたように見えて隠せておらず、少し肩が震える。だがそれも、遠目では見えない程度だ、敵に動揺を悟られればそこを突かれる。それぐらいの事ラウラにも分かっていた。
「どうした? 震えているようだが?」
「ぐっ……貴様……」
だが、ISを装備したこの男にはそんなもの分かっていても何の役にも立たなかった、動揺は見抜かれ、悠然と立つこの男に自分の全てが劣っているような考えに襲われる。それほどまでに翔は今現在、この会場内において、絶対者の様にそこに立っていた。
「ではいくぞ、再び柏木翔、推して参る!」
「くっ!」
ラウラのIS、シュヴァルツェア・レーゲンの主武装の一つ、ワイヤーブレードは、常人ならば軌道を見抜く事無くその餌食となりえるほどの武装だ、ワイヤーの軌道と言うのは扱いづらい反面、相手から見ればその軌道は読みづらく、かわし難い武装。だが、そんな常識を覆すような機体の軌道でワイヤーブレードを掻い潜る翔。ワイヤーで動きを止めようにも、ワイヤーが触れる数瞬前に急制動の後に正宗の間合いにブレード部分が入る程度まで後退、正宗の切っ先が届く間合いギリギリの所でブレードを弾き、軌道を変える。その後もう一度接近。この繰り返しだが、こと戦闘においてここまで精密な間合いの読みで仕掛けてくるような人物は居ない。と言うより実行できる人物がまず居ないと言った方が正確だろう。
そうやって確実に近づいてくる翔の姿に驚愕と同時に恐怖を感じていた。だが、自分の所まで来る事が出来てもその刃は自分に届く事は無い、そう考えるとラウラの頭の中は自然と落ち着いた。
と、正宗の間合いにラウラが入る数十歩手前で、翔は正宗を振りかぶる。
「そんな所から、何を……」
「むぅん!」
長大で重厚な正宗、それを何の躊躇も無く、ラウラに向かって投げた。その行動に驚愕、正宗自身がスラスターを稼動させているのかそのスピードは凄まじく速い、が、速いだけの直線軌道などISにとって避ける事はたやすく、ラウラは飛んできた正宗を右方向に回避、その後翔を見据える、その時には既に翔はもう一本接近武器と思わしき武器を展開していた。先程まで持っていた正宗よりもかなり小さい、標準の接近ブレードよりも若干大きいくらいであろうか?
「予備の武器か、だが、それで何が……」
「こちらを気にするのは良いが、後ろにも気を配るべきだな」
「何を……っ!?」
翔からそう言い放たれ、後ろに意識を向けると、そこにはラウラの左を通過して行った筈の正宗零式がラウラへ向けて迫っていた。回避、無理だ、そのタイミングは逃した。
(スラスターで軌道を変えたのか!? AICで慣性停止後、目標を撃破する!)
そう結論付けると、正宗零式へ向かって手をかざし、AIC発動、正宗は勢いを失い、地面へ落下、一つの目的を終えたラウラは翔へと視線を向けるが、その時既に翔はラウラの目の前。
「その隙が命取りだ」
「この……!」
「遅い! シャルル!」
「分かってるよ!」
箒を撃破したのか、シャルルは丁度ラウラを翔と挟み込むように銃弾の嵐をラウラに見舞う。憎々しげな表情と共に銃弾の雨を停止結界で止める。正宗の様に大質量を伴わない今の翔の武器よりも銃弾を止めることが優先と判断したのだろう。が、そのラウラの判断に、翔が失敗を告げる。
「俺を止めなかった事、後悔する事になる」
握っている武器、虚鉄を右の顔の横に構え、そのまま突く、がそれはシールドバリアによって阻まれる。
「このまま撃ち抜く! 出し惜しみはしない。持って行け!」
台詞と共にスラスターを全開、と共に柄に存在しているトリガーを連続で引く、火薬によって撃ち出されたパイルが、一発二発と撃ち込まれ、三発目でシールドを貫通、そのまま前進しラウラへ虚鉄が接触、トリガーを引きもう一発撃ち込む。
「かふっ!」
ラウラの口から息が漏れた瞬間、絶対防御が作動、AICで止めた銃弾は地に落ちたが、銃弾の雨が飛んできた方向からシャルルがシールドを構え、迫る、そのシールドの裏に覗く物、それは、灰色の鱗殻(グレー・スケール)と呼ばれるラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡの切り札で、第二世代で最高クラスの威力を持つ69口径のパイルバンカー。
「シャルル!」
「うん!」
「「撃ち抜く!」」
シャルルはそのままラウラへ灰色の鱗殻を突き刺すように押し付ける。そしてそのまま翔とシャルルのバンカーはラウラを撃ち抜き、その勢いのまま翔とシャルルは交差、互いに逆方向へ抜け急制動。翔は虚鉄を左へ振り、回転式弾倉を露出。
「僕らの前に立つ壁は……」
「ただ撃ち貫くのみ」
台詞と共に、シャルルは灰色の鱗殻を収納し、翔は虚鉄の刃を上に向け、空になった五発の薬莢を地面に落とし、もう一度虚鉄の刃を下に向け、虚鉄を右に振って、回転式弾倉を収納。これでほぼ勝負は決まったと見える。セシリアと翔が組んで無人ISを倒し、鈴音と一夏がそう思ったように、この試合を見ていた一部、セシリアと千冬以外の人物はシャルルと翔を同時に相手取るのはやめようと心に決めていたのは実にどうでもいい事である。
地に倒れる事だけは何とか避けてはいるが、ダメージレベルがDを超えていると警告している自らのISのモニター表示を前にラウラ・ボーデヴィッヒは思う。
(私は、負けるのか? いや、私は負ける訳にはいかないのだ!)
闘う為に生み出されたラウラは、訓練の日々を思い出し、自らが優秀だった時を思い出す、その時の自分は最強だった。だが、ISと言う兵器が出来てからの自分、そこからは地獄の始まりだった。ISに適応するためナノマシンを投与されたが、適応せず、結果的に落ちこぼれの烙印を押された自分。そんな時に現われたあの人、織斑教官は優秀な教官だった、落ちこぼれの烙印を押された自分がISだけで構成された部隊の中で再び最強の称号を得た。そこで思い出されるのは、あの時交わした言葉……
「何故教官はそこまで強いのですか? どうしたら強くなれますか?」
ラウラ自身にとっては純粋な疑問だった。だが、そこで帰ってきた千冬の表情と言葉はラウラの憧れた千冬の姿ではなかった。
「私には弟と……その、何だ……好いている奴がいる」
(違う……)
ラウラはそう思う、自分の知っている千冬と言う人間は強く、凛々しく、堂々とした女性のはずだ、この様に優しい顔をして、尚且つ少し嬉しそうに頬を染める千冬は、ラウラの憧れた千冬ではなかった。
(だから、認めるわけにはいかない、教官にあんな表情をさせる織斑一夏と柏木翔を認めるわけにはいかない)
力が欲しい、ラウラはそう思う、強くそう思う。目の前の千冬を惑わせる男を打ち砕く力が欲しい。そう願った所で、声が聞こえる。
(願うか? 汝、より強い力を欲するか?)
今の自分の力では目の前の男を打ち砕く事が出来ない、それを認めた上で、考えるべくも無く、藁にもすがる思いで、その声に答える。
(寄越せ、力を……比類なき最強を!)
ラウラがその声に答えた瞬間、今にも倒れそうだったラウラの足はしっかり立ち上がり、苦しそうに声を上げる。
「うぅぅうあぁぁぁぁ!!!」
そして衝撃、アリーナに一瞬砂塵が散るが、すぐに収まる。その苦しそうな声を上げるラウラの様子を、翔は目を細め、厳しい視線で睨みつけている。その瞳の色は警戒。ただの学年別トーナメントで終わらない事がこの時点で確定した。そして、翔の瞳に映るラウラの体が、取り込まれる。黒く、グネグネとしたスライムの様に変質したラウラ自身のISによって。
「翔……これって?」
「わからん……だが、ただ事でない事だけは分かった。俺達の戦いが未だ終わっていない事もな……」
いつの間にか翔の隣に来ていたシャルルに問いかけられるが、翔には現在目の前に起こっている事だけしか分かる事は無い。それを伝えると、シャルルは警戒のレベルを引き上げるように身構える。が、翔はシャルルに別の指示を出す。
「取り敢えず何が起こっても俺は問題ない。現在ISが使えない箒の安全確保を頼む」
「……でも」
「頼む」
「分かったよ……でも、無茶しちゃ駄目だよ!」
「承知」
シャルルが翔から離れるのを見て、翔は黒いスライム状の物と化したシュヴァルツェア・レーゲンに包み込まれているラウラに向き直る。虚鉄から弾倉を排出し、予備の弾丸カートリッジを装填、弾倉を虚鉄へ戻し、それを構える。
「予備の弾はこのワンセットで終了、俺のカードは虚鉄と正宗の二枚、この賭け、勝てるか?」
ラウラを包み込み、未だ変質を続けるシュヴァルツェア・レーゲンの周りには衝撃と雷撃が振り、迂闊に近づける状態ではない、変質が終わる前に仕掛ける事も視野に入れていた翔は、未だに途切れない衝撃と雷撃に舌打ちを一つ。
「だが、構わん、何であろうと撃ち貫き、斬り捨てるまで!」
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