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「IS インフィニット・ストラトス ~黒衣の侍~」
IS学園入学編
十二斬 漢なら許容出来る失敗には寛容であるべき
第二グラウンドの更衣室、そこに、翔、一夏、シャルルは何とか女子生徒達の包囲網を突破して到着する事が出来たが、授業開始までに、高速で着替えて何とか間に合うと言う時間。翔と一夏はすぐに着替えに取り掛かろうと、制服の上着を脱ぎ捨てる。
相変わらずの翔の肉体に微妙にげんなりする一夏と、小さく悲鳴を上げて二人に背を向けるシャルル。
「ん? どうしたんだ? 早く着替えないと時間やばいぜ?」
「う、うん! 着替えるよ! えと、ふ、二人とも、あっち向いててね?」
「まぁ、人の着替えをじろじろ見ようとは思わないけどさ」
一夏とシャルルのやり取りに、静かに耳を傾けながら、翔は自分の着替えを終えていく、同時に、シャルルが来てから考えていた予測が、ここまでの行動などを総合して考えると、確信のレベルまで達していた。
(ほぼ間違いない、シャルルは女性……だが、その目的が分からん、いくつか予測は立てられるがな……)
そう考え、着替えを終えた頃には、シャルルも着替え終わっていて、一夏に疲れたような笑みを向けていた。
(だが、どの道今の俺のやる事は変わらんか、それを知ったのならフォローするのみだ)
人柄を観察している分には、シャルルは自分達に害をなさないとは思えるが、世の中には起こるとは思っていなかった事が起きるなんて事がある事を翔は知っていた。だからこそ、簡単に結論を出す。同じクラスの仲間なら、フォローし、助けてやる。自分達の障害にもしなるならば、その時に考えればいい。
そうこうしている内に事情を知らない一夏が男だと思い、シャルルに話しかけている内容に、シャルルはこれ以上無いほどに顔を赤くさせていた。
「一夏、俺とシャルルは先に行っているぞ」
「え? 何でだよ、何時もは待っててくれるじゃん」
「よく見ろ、そんな時間はもう無い、何時もは余裕があったから待っていただけだ」
シャルルの手ではなく手首の少し上辺りを掴み、くいっと軽く引っ張り、丁度シャルルからは一夏の身体が見えない様、さりげなく翔自身の身体で隠す。そして時間が無いと顎で時計を見るよう一夏に促し、グラウンドの方へ向け、翔は歩き出し、シャルルはそれに引きずられるよう歩く。そして、シャルルと翔の背後からは、じ、時間がぁ!! と叫ぶ一夏の声が聞こえて来た。
「えーっと、良かったのかな?」
「構わん、時間の管理が出来ないと将来困る、甘やかしてばかりいられん」
「でもそれって、見方によってはすっごく過保護だよ?」
「む……」
普通の人が聞くと、ともすれば薄情とも取れる台詞だが、シャルルはそう取らなかったようで、ふふっ、と微笑みながら好意的な言葉を返す。中々悟られない翔の厳しい言葉の裏にある確かな感情を短い時間でも感じ取ったようなシャルルの言葉に、翔は二の句を継げなくなる。その翔の様子に、間違ってはいなかったと思ったのか、更に嬉しそうに微笑む。
「ねぇ?」
「何だ?」
「名前、翔って呼んで良い?」
「好きにしろ」
簡潔にそう答える翔に、何が嬉しいのか、嬉しそうに微笑み、うん、とこれまた嬉しそうに返事を返すシャルル。翔は何時も通りクールな面持ちで、シャルルの腕を引き、グラウンドの入り口が見えたので、腕を放す。が、力強く引っ張られていた力が急になくなったのが悪かったのか、グラウンドへ入った途端、シャルルがよろけ、前方へ転倒しそうになる。
「うわわ!」
地面に打ち付けられる事を回避できないと悟ったのか、無抵抗のまま地面へと吸い込まれていくが、次の瞬間シャルルが感じたのは地面の冷たい固さと痛烈な衝撃ではなく、確かに硬いが、柔軟性と温かみのある硬さと軽い衝撃だった。そして極めて近い位置にある翔の黒い髪と鋭い黒の瞳。自分がどういう状況に置かれているか理解した瞬間、シャルルの顔は一瞬で紅色に染まる。
翔としては、シャルルがこけそうになった為、とっさに手を引きその転倒を止めようとしただけなのだが、思った以上にシャルルが軽く、手を引いた時に翔の方へ引かれてきたので、それを受け止めただけなのだが、シャルルにしてみれば、手を握りこまれ情熱的に抱き寄せられたようにも捉えられる。と言うか、構図だけならば正にそんな感じだ、翔の顔に羞恥心が無い事以外は。
「あっ、あぅ……」
「問題ないか?」
「う、うううん! ぜ、全然大丈夫!」
シャルルより少しだけ高い位置から見下ろされた黒の瞳が、シャルルの瞳を見返し、普通の男子よりも少し低めの、ある種の安心感を感じる声で心配するような声が掛かる。何というか、シャルル的にはもういっぱいいっぱいの様で、大丈夫大丈夫と、オウムのように繰り返す事しか出来なくなっている。シャルルの言葉を信じたのか、今度はしっかり立てるよう、足に地面がしっかりついているのを見届け、そっと身体を離す。
見方によっては、離れたくない、と訴えているような離れ方に、何だかシャルルは色々駄目になっている。翔はシャルルがきちんと立てている事を確認し、うむり、と一つ頷き、皆が集まっている場所へとシャルルに声を掛け、足を動かす。
ちなみに、翔がシャルルを助けた辺りから、女子の一部が原因不明の出血を起こし、セシリアと千冬は原因不明の苛立ちを感じていたとか。
「本日から実習を開始する、まずは戦闘を実演してもらう」
千冬から実習の内容が発表される、そしてあの後結果的に遅れてきた一夏の頭にはしっかりと千冬からの制裁が落ちていた。
「鳳、オルコット」
「はい」
「は、はい!」
「専用機持ちならすぐに準備できるからな」
千冬に呼ばれた二人、鈴音はやや不満そうに、何でアタシが、と呟き、セシリアは特に何か言う事も無く、前へ出る。鈴音は非常に面倒臭そうな表情だが、セシリアはそんな鈴音に苦笑しながらも小声で鈴音に発破を掛ける。
「そう仰らずに、鈴さん、織斑さんにいい所を見せるチャンスではなくて?」
セシリアから告げられた台詞に、はっと瞳を大きく見開く鈴音。先ほどとは違い、やる気が全身に漲っている鈴音の様子に、少しおかしそうにクスクスと笑うセシリア。案外といいコンビなのかもしれない。
「実力を見せるいい機会ね! 専用機持ちの!」
そう自信満々に言い切る鈴音に、一組と二組の生徒の大半は呆れながらも苦笑。女子が大勢並ぶ中、3人の男子で固められた一角にもその様子は見えていた。鈴音の様子の変わりようの原因が何となく理解できたのか、少しおかしそうに笑う翔に、珍しそうな顔をする一夏。
「ねぇ? オルコットさん、さっき何て言ったの?」
「さぁ?」
「ふっ、さぁな」
純粋に疑問を翔と一夏にぶつけるシャルルに、一夏は予想もつかないと首を傾げ、翔はほぼ確信しているが言うつもりは無いと言う様に、クールな笑みで惚けてみせる。一夏は本当に予想がつかないようだが、翔のその反応に、知っているが教えないという空気を感じたのか、少しシャルルは頬を膨らませる。
「翔は少し、意地悪だよ」
「そんな事は無いと思うが……?」
「僕には教えられない事なんだ……」
「教える教えないも、俺は知らないと言っている」
シャルルが仕掛けてきた誘導尋問を華麗にかわし、クールに笑みを浮かべる翔に、やっぱり、意地悪だ、と言いながら眉をハの字にしてそっぽを向く、そしてそんなやり取りをしている二人に、呆然とした一夏からもれる呟き。
「何か、俺を置いてけぼりで仲良くなってないか……?」
何となく友情が育つ速度に差異がある、と思ってしまった一夏の呟きなど関係なく、状況は進み、鈴音が一頻り気合を入れ終わった次は対戦相手が気になったようで、セシリアに視線を送っている。その視線を受けて、苦笑しつつも悠然と受け入れているセシリア。何となく翔や千冬に似て来ている気がする。
「で? 対戦相手は誰?アタシはセシリアでも構わないけど?」
「それならそれで私も構いませんが……」
どうなのですか? と問う様に千冬へ視線で問いかける。最近かなり落ち着いてきたセシリアに、千冬は対応のしやすさと同時に、あしらい難いしたたかさを感じてきた。そしてそれは、翔へ近づく可能性のある敵が増えたと言う事。起きた事実を受け入れ、それに対応して動く、つまり、決まった事、過ぎた事に対して一々気にしないと言う態度は翔の中で好感を感じられる態度だと言う事をセシリアは理解してきていると言う事に他ならない。
「慌てるな、対戦相手はもうすぐ来る」
千冬は頭の中でセシリアのプロフィールに要注意人物と赤い判子を大きく押す。と、同時に空から慌てたような声が地上に落ちてくる。空に浮かんでいた一つの点は制御を失ったように落下してくる。そしてその点、いや、人物、山田真耶は何かしら謀ったのかと思えるように翔目掛けて落下してくる。
「あわわわ! ど、どいてくださーい!」
真耶の警告もむなしく、翔は反応できていないのか、それとも態となのか図る事は出来ないが、真耶の落下地点から退く気配は無い。そして何の問題もなく、衝突。それなりの質量のものが、それなりの速度で落下してきたため、グラウンドに砂塵が立つ。セシリアやシャルル、一夏その他諸々の人物はこれ以上無いほど慌て、顔を青ざめていた。それも当然だろう、ISも展開していない人間が落下してきたISを纏った人間と衝突したのだ、無事で済む訳が無い。
「おい、柏木その助け方はどうかと私は思うんだが……」
千冬だけは何時も通りクールな表情で、立ち上がっている砂塵に向かって話しかける。
砂塵が晴れた瞬間に生徒達が見たのは左手にISを部分展開し、真耶の頭を鷲掴みにして持ち上げている翔の姿。それだけ見れば非道極まりない絵だが、今回は真耶にも非があるためか千冬は何も言わない。周りの生徒はあまりにショッキングな絵に驚愕を隠せていない、無論、一夏、シャルル、箒、セシリア、鈴音もそれに漏れていない。
「むぅ、つい持ちやすいと思ってしまったもので」
「しかし、部分展開か、展開速度もかなり速くなっているな」
「それは良いんですけど、早く降ろしてくれませんか? 柏木君、不自然なまでに首が痛いんですけど……」
呑気にそう会話する三人にも開いた口が塞がらない生徒達。三人のうち一人がこれまた呑気に、む、すみません、などと謝罪しながら、掴んでいた頭を離す。
「オルコット、鳳、今回の対戦相手だ」
特に何事も無かったように話を進める千冬に、多数の生徒は突っ込みを入れたかっただろうが、怖かったのか、誰も言葉を発する事は無く、模擬戦闘が始まる。二体一では、と鈴音が騒ぎ出すかとも思われたが、衝撃的な映像により、その余裕すらなかったようで、おとなしく指示に従い模擬戦に入る。セシリアは初めから反論など無かったため特に問題なく指示に従っていた。
千冬から切られた開始の合図と共に、三人は空へと上がり、数秒の対峙の後、武装を展開、戦闘へ移行する。
鈴音が衝撃砲を使うのを見て、セシリアもBTを使い、数による射撃戦への援護に回る。
「デュノア、山田先生が使っているISの解説をして見せろ」
「えっ? あ、はい」
三人が戦闘を始めたのを見届け、いいタイミングだと思ったのか、シャルルにISの解説を指示する。それにより、ショッキングな映像から、何事も無かったように始まった模擬戦闘、という一連の流れに着いて行けず、呆然としていたシャルルに意識が戻り、言われた通り解説を始める。一夏、箒、その他の生徒は、翔を除いて聞いているのかどうか怪しい所ではあるが……
「山田先生のISはデュノア社製、ラファール・リヴァイヴです」
セシリアのBTで真耶の行動を制限し、鈴音の衝撃砲でダメージを与えようとする作戦だが、その全ては今の所巧みに回避されている。上下左右、三次元的な空間を把握し、回転、加速、減速、停止、あらゆる手段でもって弾幕の包囲網から抜け出し、ライフルからの一撃で追い詰めていく。
「第二世代開発機の最後期の機体ですが、その性能は初期の第三世代にも劣らないものです」
回避を終えた真耶は機体を反転、ライフルをセシリアへ向けて連射、銃弾はセシリアが回避する方向へ放たれ、セシリアの回避先を誘導させるような射撃。次の弾で回避した先には体勢を立て直した鈴音がそこに存在、そして弾を避けたセシリアが鈴音に激突。
「現在配備されているISの中では、最後発でありながら世界第三位のシェアを持ち、装備によって格闘、射撃、防御と言った全タイプに切り替えが可能です。」
その間に真耶はライフルをしまい、着弾した後の効果範囲が広いグレネードを展開、鈴音とセシリアが固まっている所に撃ち込み、二人は墜落、グラウンドの地面にもみくちゃのまま激突。
「あんたねー、何面白いように回避先読まれてんのよ!」
「これが教員の実力と言うものですか……」
「何悟ってんのよ!?」
二人がもみくちゃになっている前に、ISを纏った真耶が降りてくる。それと共に、千冬もセシリアと鈴音の前に立ち、何のための模擬戦闘だったのかを明らかする。
「これで諸君らにも教員の実力が分かっただろう、以後は敬意を持って接するように」
千冬の台詞に照れ臭そうに笑う真耶。普段の姿からは推し量れなかった真耶の実力を目の当たりにし、クラス全体が沈黙。約一名は別の理由での沈黙のようで、先程の戦闘の残滓を追うように視線が空中を彷徨っていた。生徒達の反応に満足したのか、一つ頷くと次の実習の指示を告げる。
「次はグループになって実習を行う、リーダーは専用機持ちがやる事、では分かれろ」
専用機持ちは一組と二組、合わせて5人、翔、一夏、シャルル、セシリア、鈴音だが、千冬の指示が発せられた瞬間、生徒達は迅速に動き分かれる。分かれた、確かに分かれたのだが、かなり偏りのある分かれ方が実現した。むしろ二分した、と言った方が早いだろう。
「織斑君! 頑張ろうね!」
「分からない所、教えて!」
「いぃ!?」
一夏へと集まる大量の女子生徒のグループ。一夏自体は何で俺に? と言った表情。同時に勘弁してくれ、とも思ったのか、口元が引きつっている。
「デュノア君の操縦技術、見たいなぁ~」
「ねぇねぇ、私もいいよね?」
「あ、あはは」
シャルルへと殺到するグループ。シャルルもシャルルで、困ったように苦笑を浮かべる。
残ったのは、セシリアと鈴音、そして翔だが、何処も閑古鳥が鳴いているように人がいない。シャルルと一夏に集まったのは珍しい男子生徒だからだと言う理由と二人とも傍目から見て整った容姿をしていると言う事が大半の理由である事は明白。セシリアと鈴音は、確かに容姿は整っているが、同じ女子だからと言う理由だろう。翔に誰もついていない理由……それは……
「ねぇ皆、何で誰も翔の所へ行かないの?」
「そうだよなぁ、何でなんだ?」
シャルルと一夏の問いかけに、喋りかけられるような雰囲気じゃないから、ちょっと怖い、どう接すればいいのか分からない、遠くから眺めているのが一番いい、などと言った声が上げられた。明らかに避けられている筈の本人は全く気にした様子も無く、腕を組み目を瞑り、そこに立っている。ちなみに言うまでも無いが、箒は一夏のグループだ。
「僕が専用機持ちじゃないなら、真っ先に翔に教えてもらうけど……」
「俺もだ」
一夏とシャルルの言い分に、でも……と女子達は難色を示す。ちなみにセシリアも、教わるなら翔が良いと思っているし、鈴音は気持ち的には一夏だが、ISの操縦を教わると言う観点から考えるなら翔に教わるとも思っている。つまり、専用機持ちは、翔の価値を正しく理解しているが、専用機が無く、ISを動かす時間の少ない生徒達にとっては、教えてもらいやすい人の所へ動くと言う事だ。
そして、いつまで経っても状況が動かない事に焦れた千冬からついに雷が落とされる。
「何の為に専用機持ちをリーダーにしたと思っている! 名前順で分かれろ!」
その声には明らかな怒気が混じっていたが、恐らく、このままでは実習が進まないからと言う苛立ちだけではない事が予想される。千冬は自らの師を高く評価しているのだ。そして彼女は馬鹿にされるのが嫌いだ、これだけで怒りの原因は明らかだろう。
そして分かれた結果の翔が率いるグループには、腕を組み、未だに目を瞑っている翔に圧されているのか、誰も言葉を発しようとせず、誰にも乗られていない打鉄が鎮座していた。そして、教える事が決まったのか、目を開き、腕を解く。その瞬間、数名の生徒が身体を震わせたが、翔は気にしないままに口を開く。
「このISについてだが、皆の頭の中に入っているなら説明を省く、説明が要るものは手を上げろ」
翔としては普通に喋っているつもりなのだが、生徒にはどうも威圧的に聞こえたらしく、手を上げる者も、声を上げるものもいない。その様子に、よし、と一つ頷き、座学面は全て省く、と頭の中にある予定を繰り上げる。
「では、早速だが、打鉄を装着し、歩行、停止をやるぞ、停止して降りる時は、次の人の為にしゃがむ事を忘れるな」
一字一句も聞き逃さないと言うような面持ちで、頷く生徒達。無論その原動力は色っぽい意味など微塵も無く、あるのは怒られない様にする為と言う理由だけだ。だが実際の所、それが妙に作用しているのか、生徒達の動きに乱れは無い。
これを見た他のグループのリーダーは、口々に賞賛を送るが、その中で、教員であるはずの山田真耶が落ち込んでいた。
「うむ、では、出席番号順に乗り込み、課題が終わったものは速やかに順番を回せ」
翔の言葉に、この中で一番出席番号の若い生徒が、翔の前へ出て、簡潔に名前だけを発言する。ゴムと髪留めで纏め上げられた髪型と少しツリ気味の瞳が印象的な女子生徒だった。
「九条峰皐月です」
「うむ、ではISに搭乗し、先程の課題をやってもらう」
翔の雰囲気の前に、些か緊張しているのか、身体が硬い。それに翔の言葉に答える言葉も、はい、と明らかに同年代の男子へ使う言葉遣いではない。が、そんな事を翔が気にするはずも無く、ISに乗り込んでいく皐月を見守る。と、緊張しすぎていた所為か、乗り込む直前に足を滑らし、落下。周りから悲鳴が聞こえるが、本人には関係なく、背中と頭を襲うであろう衝撃に耐えるため、目を瞑り、身体を硬くしていたが、落下の途中にその勢いが完全に停止する。足は着いてないので地面ではない事が分かる。首の後ろと膝の裏に力強くも硬い感触がある。しかし、痛みは無い事から、皐月は、とりあえず、状況を確認するために瞳を開ける。
「大丈夫か? 九条峰」
やられた、不意打ちだ、と皐月は思う。瞳を開けた先には、少し心配そうな瞳の色をした翔の黒い瞳があり、翔の口から紡がれる言葉は、低くこの状況で皐月を安心させる役に一役買っていた。地面への激突を免れた皐月はその事実もあってか、思わず身体の力を抜き、翔へ身体を預けてしまう。それほど安心した。
「立てるか?」
「え、えっと……はい」
頬を紅潮させ、何とか頷く皐月。それを聞いて安心したのか、皐月を下ろし立たせる。夢のような状況から帰ってきた皐月は、安心の次に、搭乗に失敗した事による落ち込みと、何を言われるか分からないと言った恐怖が襲ってきた。が、掛けられた言葉は思っていた事とかなり違った。
「何事も無い様で安心した、少し緊張していたようだからな、見張っていた甲斐があると言うものだ」
その言葉と共に、一度だけ頭を撫でられ、手が遠ざかる。その瞬間に緊張が一気に解けたのか、皐月は座り込んでしまう。それを見た翔は、ふっと笑い皐月に声を掛ける。
「緊張が解けてしまったようだな、立てるか?」
そう言って手を差し出す翔に、ひゃ、ひゃい! と噛んだ返事と共に差し出された手に自らの手を重ねて握る。握ったその手はごつごつしていて、男らしい、と感じた。皐月を引き上げ、問題無く立っている皐月を見て、うむ、と翔は一つ頷く。
「まぁ、気にするな、初めて乗るわけだ、こう言う事もある、気落ちせずにな、では続きに行こう」
「は、はい……」
何やら頬を紅潮させ、翔を見上げながら返事をする皐月。翔の表情は特に変わりが無く、何時も通りクールな表情だ。
その後、皐月は言われた事を終え、指示通りしゃがんでからISを降りる。問題なく終わった皐月を見届けた翔は、皐月に声を掛ける。
「初めて搭乗すると言っても簡単だっただろう、そう緊張する事は無い」
「ひゃい……」
そう声を掛けてくる翔の声は、皐月には幾分か柔らかく聞こえた。皐月の返事を聞いた翔は満足そうに一つ頷き、次、と声を掛ける。
夢見心地にクラスメイト達の所に戻った皐月は、予想通り、クラスメイトに囲まれる。そして口々に聞いてくるのは翔の事ばかり。
「どうだった? 柏木君、怖くなかった?」
「ううん、全然怖くなかったわ、むしろ優しかったし」
「例えるとどんな感じ?」
「うーん、不器用だけど、優しいお兄ちゃん、って感じかな?」
「お兄ちゃんって……同い年だよ?」
「話してみれば分かるわよ、私の言ってる事」
矢継ぎ早に投げかけられる質問に、未だ少し夢見心地な皐月は、それからずっと話してみれば分かるの一点張りで、実際に帰ってきた生徒は、言ってる事、わかったわ、と抱え上げられた皐月ほどではないが足が地に付いて無いようにして帰ってきて口を揃えてそう言っていた。少し厳しい事も言うが、その後に洗練された言葉ではないが、各々がうまくいったと思った所を褒めてくれる。つまり、翔なりに褒めてくれると言う事。そういう所が、結果として、不器用だけど優しいお兄ちゃん、と言う評価を翔へ与えていた。
そして実習が終わる時間には、結果としてIS操縦で一番進んでいたのが翔のグループであり。翔自体もそのグループの人気者へと変わっていた。時折「おに……じゃなく、柏木君」と何か言い間違える生徒が続出したが、何を言いたかったのかは謎に包まれている。
ちなみにセシリアと千冬、後何故かシャルルが実習中頻繁に翔の実習風景へ目を向けていた事など、グループの中心で、何時もの表情のまま質問を受けている翔には全く知る由も無かったのは当然の事。
相変わらずの翔の肉体に微妙にげんなりする一夏と、小さく悲鳴を上げて二人に背を向けるシャルル。
「ん? どうしたんだ? 早く着替えないと時間やばいぜ?」
「う、うん! 着替えるよ! えと、ふ、二人とも、あっち向いててね?」
「まぁ、人の着替えをじろじろ見ようとは思わないけどさ」
一夏とシャルルのやり取りに、静かに耳を傾けながら、翔は自分の着替えを終えていく、同時に、シャルルが来てから考えていた予測が、ここまでの行動などを総合して考えると、確信のレベルまで達していた。
(ほぼ間違いない、シャルルは女性……だが、その目的が分からん、いくつか予測は立てられるがな……)
そう考え、着替えを終えた頃には、シャルルも着替え終わっていて、一夏に疲れたような笑みを向けていた。
(だが、どの道今の俺のやる事は変わらんか、それを知ったのならフォローするのみだ)
人柄を観察している分には、シャルルは自分達に害をなさないとは思えるが、世の中には起こるとは思っていなかった事が起きるなんて事がある事を翔は知っていた。だからこそ、簡単に結論を出す。同じクラスの仲間なら、フォローし、助けてやる。自分達の障害にもしなるならば、その時に考えればいい。
そうこうしている内に事情を知らない一夏が男だと思い、シャルルに話しかけている内容に、シャルルはこれ以上無いほどに顔を赤くさせていた。
「一夏、俺とシャルルは先に行っているぞ」
「え? 何でだよ、何時もは待っててくれるじゃん」
「よく見ろ、そんな時間はもう無い、何時もは余裕があったから待っていただけだ」
シャルルの手ではなく手首の少し上辺りを掴み、くいっと軽く引っ張り、丁度シャルルからは一夏の身体が見えない様、さりげなく翔自身の身体で隠す。そして時間が無いと顎で時計を見るよう一夏に促し、グラウンドの方へ向け、翔は歩き出し、シャルルはそれに引きずられるよう歩く。そして、シャルルと翔の背後からは、じ、時間がぁ!! と叫ぶ一夏の声が聞こえて来た。
「えーっと、良かったのかな?」
「構わん、時間の管理が出来ないと将来困る、甘やかしてばかりいられん」
「でもそれって、見方によってはすっごく過保護だよ?」
「む……」
普通の人が聞くと、ともすれば薄情とも取れる台詞だが、シャルルはそう取らなかったようで、ふふっ、と微笑みながら好意的な言葉を返す。中々悟られない翔の厳しい言葉の裏にある確かな感情を短い時間でも感じ取ったようなシャルルの言葉に、翔は二の句を継げなくなる。その翔の様子に、間違ってはいなかったと思ったのか、更に嬉しそうに微笑む。
「ねぇ?」
「何だ?」
「名前、翔って呼んで良い?」
「好きにしろ」
簡潔にそう答える翔に、何が嬉しいのか、嬉しそうに微笑み、うん、とこれまた嬉しそうに返事を返すシャルル。翔は何時も通りクールな面持ちで、シャルルの腕を引き、グラウンドの入り口が見えたので、腕を放す。が、力強く引っ張られていた力が急になくなったのが悪かったのか、グラウンドへ入った途端、シャルルがよろけ、前方へ転倒しそうになる。
「うわわ!」
地面に打ち付けられる事を回避できないと悟ったのか、無抵抗のまま地面へと吸い込まれていくが、次の瞬間シャルルが感じたのは地面の冷たい固さと痛烈な衝撃ではなく、確かに硬いが、柔軟性と温かみのある硬さと軽い衝撃だった。そして極めて近い位置にある翔の黒い髪と鋭い黒の瞳。自分がどういう状況に置かれているか理解した瞬間、シャルルの顔は一瞬で紅色に染まる。
翔としては、シャルルがこけそうになった為、とっさに手を引きその転倒を止めようとしただけなのだが、思った以上にシャルルが軽く、手を引いた時に翔の方へ引かれてきたので、それを受け止めただけなのだが、シャルルにしてみれば、手を握りこまれ情熱的に抱き寄せられたようにも捉えられる。と言うか、構図だけならば正にそんな感じだ、翔の顔に羞恥心が無い事以外は。
「あっ、あぅ……」
「問題ないか?」
「う、うううん! ぜ、全然大丈夫!」
シャルルより少しだけ高い位置から見下ろされた黒の瞳が、シャルルの瞳を見返し、普通の男子よりも少し低めの、ある種の安心感を感じる声で心配するような声が掛かる。何というか、シャルル的にはもういっぱいいっぱいの様で、大丈夫大丈夫と、オウムのように繰り返す事しか出来なくなっている。シャルルの言葉を信じたのか、今度はしっかり立てるよう、足に地面がしっかりついているのを見届け、そっと身体を離す。
見方によっては、離れたくない、と訴えているような離れ方に、何だかシャルルは色々駄目になっている。翔はシャルルがきちんと立てている事を確認し、うむり、と一つ頷き、皆が集まっている場所へとシャルルに声を掛け、足を動かす。
ちなみに、翔がシャルルを助けた辺りから、女子の一部が原因不明の出血を起こし、セシリアと千冬は原因不明の苛立ちを感じていたとか。
「本日から実習を開始する、まずは戦闘を実演してもらう」
千冬から実習の内容が発表される、そしてあの後結果的に遅れてきた一夏の頭にはしっかりと千冬からの制裁が落ちていた。
「鳳、オルコット」
「はい」
「は、はい!」
「専用機持ちならすぐに準備できるからな」
千冬に呼ばれた二人、鈴音はやや不満そうに、何でアタシが、と呟き、セシリアは特に何か言う事も無く、前へ出る。鈴音は非常に面倒臭そうな表情だが、セシリアはそんな鈴音に苦笑しながらも小声で鈴音に発破を掛ける。
「そう仰らずに、鈴さん、織斑さんにいい所を見せるチャンスではなくて?」
セシリアから告げられた台詞に、はっと瞳を大きく見開く鈴音。先ほどとは違い、やる気が全身に漲っている鈴音の様子に、少しおかしそうにクスクスと笑うセシリア。案外といいコンビなのかもしれない。
「実力を見せるいい機会ね! 専用機持ちの!」
そう自信満々に言い切る鈴音に、一組と二組の生徒の大半は呆れながらも苦笑。女子が大勢並ぶ中、3人の男子で固められた一角にもその様子は見えていた。鈴音の様子の変わりようの原因が何となく理解できたのか、少しおかしそうに笑う翔に、珍しそうな顔をする一夏。
「ねぇ? オルコットさん、さっき何て言ったの?」
「さぁ?」
「ふっ、さぁな」
純粋に疑問を翔と一夏にぶつけるシャルルに、一夏は予想もつかないと首を傾げ、翔はほぼ確信しているが言うつもりは無いと言う様に、クールな笑みで惚けてみせる。一夏は本当に予想がつかないようだが、翔のその反応に、知っているが教えないという空気を感じたのか、少しシャルルは頬を膨らませる。
「翔は少し、意地悪だよ」
「そんな事は無いと思うが……?」
「僕には教えられない事なんだ……」
「教える教えないも、俺は知らないと言っている」
シャルルが仕掛けてきた誘導尋問を華麗にかわし、クールに笑みを浮かべる翔に、やっぱり、意地悪だ、と言いながら眉をハの字にしてそっぽを向く、そしてそんなやり取りをしている二人に、呆然とした一夏からもれる呟き。
「何か、俺を置いてけぼりで仲良くなってないか……?」
何となく友情が育つ速度に差異がある、と思ってしまった一夏の呟きなど関係なく、状況は進み、鈴音が一頻り気合を入れ終わった次は対戦相手が気になったようで、セシリアに視線を送っている。その視線を受けて、苦笑しつつも悠然と受け入れているセシリア。何となく翔や千冬に似て来ている気がする。
「で? 対戦相手は誰?アタシはセシリアでも構わないけど?」
「それならそれで私も構いませんが……」
どうなのですか? と問う様に千冬へ視線で問いかける。最近かなり落ち着いてきたセシリアに、千冬は対応のしやすさと同時に、あしらい難いしたたかさを感じてきた。そしてそれは、翔へ近づく可能性のある敵が増えたと言う事。起きた事実を受け入れ、それに対応して動く、つまり、決まった事、過ぎた事に対して一々気にしないと言う態度は翔の中で好感を感じられる態度だと言う事をセシリアは理解してきていると言う事に他ならない。
「慌てるな、対戦相手はもうすぐ来る」
千冬は頭の中でセシリアのプロフィールに要注意人物と赤い判子を大きく押す。と、同時に空から慌てたような声が地上に落ちてくる。空に浮かんでいた一つの点は制御を失ったように落下してくる。そしてその点、いや、人物、山田真耶は何かしら謀ったのかと思えるように翔目掛けて落下してくる。
「あわわわ! ど、どいてくださーい!」
真耶の警告もむなしく、翔は反応できていないのか、それとも態となのか図る事は出来ないが、真耶の落下地点から退く気配は無い。そして何の問題もなく、衝突。それなりの質量のものが、それなりの速度で落下してきたため、グラウンドに砂塵が立つ。セシリアやシャルル、一夏その他諸々の人物はこれ以上無いほど慌て、顔を青ざめていた。それも当然だろう、ISも展開していない人間が落下してきたISを纏った人間と衝突したのだ、無事で済む訳が無い。
「おい、柏木その助け方はどうかと私は思うんだが……」
千冬だけは何時も通りクールな表情で、立ち上がっている砂塵に向かって話しかける。
砂塵が晴れた瞬間に生徒達が見たのは左手にISを部分展開し、真耶の頭を鷲掴みにして持ち上げている翔の姿。それだけ見れば非道極まりない絵だが、今回は真耶にも非があるためか千冬は何も言わない。周りの生徒はあまりにショッキングな絵に驚愕を隠せていない、無論、一夏、シャルル、箒、セシリア、鈴音もそれに漏れていない。
「むぅ、つい持ちやすいと思ってしまったもので」
「しかし、部分展開か、展開速度もかなり速くなっているな」
「それは良いんですけど、早く降ろしてくれませんか? 柏木君、不自然なまでに首が痛いんですけど……」
呑気にそう会話する三人にも開いた口が塞がらない生徒達。三人のうち一人がこれまた呑気に、む、すみません、などと謝罪しながら、掴んでいた頭を離す。
「オルコット、鳳、今回の対戦相手だ」
特に何事も無かったように話を進める千冬に、多数の生徒は突っ込みを入れたかっただろうが、怖かったのか、誰も言葉を発する事は無く、模擬戦闘が始まる。二体一では、と鈴音が騒ぎ出すかとも思われたが、衝撃的な映像により、その余裕すらなかったようで、おとなしく指示に従い模擬戦に入る。セシリアは初めから反論など無かったため特に問題なく指示に従っていた。
千冬から切られた開始の合図と共に、三人は空へと上がり、数秒の対峙の後、武装を展開、戦闘へ移行する。
鈴音が衝撃砲を使うのを見て、セシリアもBTを使い、数による射撃戦への援護に回る。
「デュノア、山田先生が使っているISの解説をして見せろ」
「えっ? あ、はい」
三人が戦闘を始めたのを見届け、いいタイミングだと思ったのか、シャルルにISの解説を指示する。それにより、ショッキングな映像から、何事も無かったように始まった模擬戦闘、という一連の流れに着いて行けず、呆然としていたシャルルに意識が戻り、言われた通り解説を始める。一夏、箒、その他の生徒は、翔を除いて聞いているのかどうか怪しい所ではあるが……
「山田先生のISはデュノア社製、ラファール・リヴァイヴです」
セシリアのBTで真耶の行動を制限し、鈴音の衝撃砲でダメージを与えようとする作戦だが、その全ては今の所巧みに回避されている。上下左右、三次元的な空間を把握し、回転、加速、減速、停止、あらゆる手段でもって弾幕の包囲網から抜け出し、ライフルからの一撃で追い詰めていく。
「第二世代開発機の最後期の機体ですが、その性能は初期の第三世代にも劣らないものです」
回避を終えた真耶は機体を反転、ライフルをセシリアへ向けて連射、銃弾はセシリアが回避する方向へ放たれ、セシリアの回避先を誘導させるような射撃。次の弾で回避した先には体勢を立て直した鈴音がそこに存在、そして弾を避けたセシリアが鈴音に激突。
「現在配備されているISの中では、最後発でありながら世界第三位のシェアを持ち、装備によって格闘、射撃、防御と言った全タイプに切り替えが可能です。」
その間に真耶はライフルをしまい、着弾した後の効果範囲が広いグレネードを展開、鈴音とセシリアが固まっている所に撃ち込み、二人は墜落、グラウンドの地面にもみくちゃのまま激突。
「あんたねー、何面白いように回避先読まれてんのよ!」
「これが教員の実力と言うものですか……」
「何悟ってんのよ!?」
二人がもみくちゃになっている前に、ISを纏った真耶が降りてくる。それと共に、千冬もセシリアと鈴音の前に立ち、何のための模擬戦闘だったのかを明らかする。
「これで諸君らにも教員の実力が分かっただろう、以後は敬意を持って接するように」
千冬の台詞に照れ臭そうに笑う真耶。普段の姿からは推し量れなかった真耶の実力を目の当たりにし、クラス全体が沈黙。約一名は別の理由での沈黙のようで、先程の戦闘の残滓を追うように視線が空中を彷徨っていた。生徒達の反応に満足したのか、一つ頷くと次の実習の指示を告げる。
「次はグループになって実習を行う、リーダーは専用機持ちがやる事、では分かれろ」
専用機持ちは一組と二組、合わせて5人、翔、一夏、シャルル、セシリア、鈴音だが、千冬の指示が発せられた瞬間、生徒達は迅速に動き分かれる。分かれた、確かに分かれたのだが、かなり偏りのある分かれ方が実現した。むしろ二分した、と言った方が早いだろう。
「織斑君! 頑張ろうね!」
「分からない所、教えて!」
「いぃ!?」
一夏へと集まる大量の女子生徒のグループ。一夏自体は何で俺に? と言った表情。同時に勘弁してくれ、とも思ったのか、口元が引きつっている。
「デュノア君の操縦技術、見たいなぁ~」
「ねぇねぇ、私もいいよね?」
「あ、あはは」
シャルルへと殺到するグループ。シャルルもシャルルで、困ったように苦笑を浮かべる。
残ったのは、セシリアと鈴音、そして翔だが、何処も閑古鳥が鳴いているように人がいない。シャルルと一夏に集まったのは珍しい男子生徒だからだと言う理由と二人とも傍目から見て整った容姿をしていると言う事が大半の理由である事は明白。セシリアと鈴音は、確かに容姿は整っているが、同じ女子だからと言う理由だろう。翔に誰もついていない理由……それは……
「ねぇ皆、何で誰も翔の所へ行かないの?」
「そうだよなぁ、何でなんだ?」
シャルルと一夏の問いかけに、喋りかけられるような雰囲気じゃないから、ちょっと怖い、どう接すればいいのか分からない、遠くから眺めているのが一番いい、などと言った声が上げられた。明らかに避けられている筈の本人は全く気にした様子も無く、腕を組み目を瞑り、そこに立っている。ちなみに言うまでも無いが、箒は一夏のグループだ。
「僕が専用機持ちじゃないなら、真っ先に翔に教えてもらうけど……」
「俺もだ」
一夏とシャルルの言い分に、でも……と女子達は難色を示す。ちなみにセシリアも、教わるなら翔が良いと思っているし、鈴音は気持ち的には一夏だが、ISの操縦を教わると言う観点から考えるなら翔に教わるとも思っている。つまり、専用機持ちは、翔の価値を正しく理解しているが、専用機が無く、ISを動かす時間の少ない生徒達にとっては、教えてもらいやすい人の所へ動くと言う事だ。
そして、いつまで経っても状況が動かない事に焦れた千冬からついに雷が落とされる。
「何の為に専用機持ちをリーダーにしたと思っている! 名前順で分かれろ!」
その声には明らかな怒気が混じっていたが、恐らく、このままでは実習が進まないからと言う苛立ちだけではない事が予想される。千冬は自らの師を高く評価しているのだ。そして彼女は馬鹿にされるのが嫌いだ、これだけで怒りの原因は明らかだろう。
そして分かれた結果の翔が率いるグループには、腕を組み、未だに目を瞑っている翔に圧されているのか、誰も言葉を発しようとせず、誰にも乗られていない打鉄が鎮座していた。そして、教える事が決まったのか、目を開き、腕を解く。その瞬間、数名の生徒が身体を震わせたが、翔は気にしないままに口を開く。
「このISについてだが、皆の頭の中に入っているなら説明を省く、説明が要るものは手を上げろ」
翔としては普通に喋っているつもりなのだが、生徒にはどうも威圧的に聞こえたらしく、手を上げる者も、声を上げるものもいない。その様子に、よし、と一つ頷き、座学面は全て省く、と頭の中にある予定を繰り上げる。
「では、早速だが、打鉄を装着し、歩行、停止をやるぞ、停止して降りる時は、次の人の為にしゃがむ事を忘れるな」
一字一句も聞き逃さないと言うような面持ちで、頷く生徒達。無論その原動力は色っぽい意味など微塵も無く、あるのは怒られない様にする為と言う理由だけだ。だが実際の所、それが妙に作用しているのか、生徒達の動きに乱れは無い。
これを見た他のグループのリーダーは、口々に賞賛を送るが、その中で、教員であるはずの山田真耶が落ち込んでいた。
「うむ、では、出席番号順に乗り込み、課題が終わったものは速やかに順番を回せ」
翔の言葉に、この中で一番出席番号の若い生徒が、翔の前へ出て、簡潔に名前だけを発言する。ゴムと髪留めで纏め上げられた髪型と少しツリ気味の瞳が印象的な女子生徒だった。
「九条峰皐月です」
「うむ、ではISに搭乗し、先程の課題をやってもらう」
翔の雰囲気の前に、些か緊張しているのか、身体が硬い。それに翔の言葉に答える言葉も、はい、と明らかに同年代の男子へ使う言葉遣いではない。が、そんな事を翔が気にするはずも無く、ISに乗り込んでいく皐月を見守る。と、緊張しすぎていた所為か、乗り込む直前に足を滑らし、落下。周りから悲鳴が聞こえるが、本人には関係なく、背中と頭を襲うであろう衝撃に耐えるため、目を瞑り、身体を硬くしていたが、落下の途中にその勢いが完全に停止する。足は着いてないので地面ではない事が分かる。首の後ろと膝の裏に力強くも硬い感触がある。しかし、痛みは無い事から、皐月は、とりあえず、状況を確認するために瞳を開ける。
「大丈夫か? 九条峰」
やられた、不意打ちだ、と皐月は思う。瞳を開けた先には、少し心配そうな瞳の色をした翔の黒い瞳があり、翔の口から紡がれる言葉は、低くこの状況で皐月を安心させる役に一役買っていた。地面への激突を免れた皐月はその事実もあってか、思わず身体の力を抜き、翔へ身体を預けてしまう。それほど安心した。
「立てるか?」
「え、えっと……はい」
頬を紅潮させ、何とか頷く皐月。それを聞いて安心したのか、皐月を下ろし立たせる。夢のような状況から帰ってきた皐月は、安心の次に、搭乗に失敗した事による落ち込みと、何を言われるか分からないと言った恐怖が襲ってきた。が、掛けられた言葉は思っていた事とかなり違った。
「何事も無い様で安心した、少し緊張していたようだからな、見張っていた甲斐があると言うものだ」
その言葉と共に、一度だけ頭を撫でられ、手が遠ざかる。その瞬間に緊張が一気に解けたのか、皐月は座り込んでしまう。それを見た翔は、ふっと笑い皐月に声を掛ける。
「緊張が解けてしまったようだな、立てるか?」
そう言って手を差し出す翔に、ひゃ、ひゃい! と噛んだ返事と共に差し出された手に自らの手を重ねて握る。握ったその手はごつごつしていて、男らしい、と感じた。皐月を引き上げ、問題無く立っている皐月を見て、うむ、と翔は一つ頷く。
「まぁ、気にするな、初めて乗るわけだ、こう言う事もある、気落ちせずにな、では続きに行こう」
「は、はい……」
何やら頬を紅潮させ、翔を見上げながら返事をする皐月。翔の表情は特に変わりが無く、何時も通りクールな表情だ。
その後、皐月は言われた事を終え、指示通りしゃがんでからISを降りる。問題なく終わった皐月を見届けた翔は、皐月に声を掛ける。
「初めて搭乗すると言っても簡単だっただろう、そう緊張する事は無い」
「ひゃい……」
そう声を掛けてくる翔の声は、皐月には幾分か柔らかく聞こえた。皐月の返事を聞いた翔は満足そうに一つ頷き、次、と声を掛ける。
夢見心地にクラスメイト達の所に戻った皐月は、予想通り、クラスメイトに囲まれる。そして口々に聞いてくるのは翔の事ばかり。
「どうだった? 柏木君、怖くなかった?」
「ううん、全然怖くなかったわ、むしろ優しかったし」
「例えるとどんな感じ?」
「うーん、不器用だけど、優しいお兄ちゃん、って感じかな?」
「お兄ちゃんって……同い年だよ?」
「話してみれば分かるわよ、私の言ってる事」
矢継ぎ早に投げかけられる質問に、未だ少し夢見心地な皐月は、それからずっと話してみれば分かるの一点張りで、実際に帰ってきた生徒は、言ってる事、わかったわ、と抱え上げられた皐月ほどではないが足が地に付いて無いようにして帰ってきて口を揃えてそう言っていた。少し厳しい事も言うが、その後に洗練された言葉ではないが、各々がうまくいったと思った所を褒めてくれる。つまり、翔なりに褒めてくれると言う事。そういう所が、結果として、不器用だけど優しいお兄ちゃん、と言う評価を翔へ与えていた。
そして実習が終わる時間には、結果としてIS操縦で一番進んでいたのが翔のグループであり。翔自体もそのグループの人気者へと変わっていた。時折「おに……じゃなく、柏木君」と何か言い間違える生徒が続出したが、何を言いたかったのかは謎に包まれている。
ちなみにセシリアと千冬、後何故かシャルルが実習中頻繁に翔の実習風景へ目を向けていた事など、グループの中心で、何時もの表情のまま質問を受けている翔には全く知る由も無かったのは当然の事。
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