スポンサー広告
「IS インフィニット・ストラトス ~黒衣の侍~」
IS学園入学編
八斬 漢なら選んだ道を後悔しないもんだ
中国の代表候補生で、一夏と翔の幼馴染、鳳鈴音が一年一組に乱入。その後、自信が有るのか無いのか良く分からない挑発を一組に仕掛けた所で教室に入ってきた千冬に軽くあしらわれ、教室内から追い出された。この時点で、セシリアは鈴音を警戒対象から外していた。その理由としては色々あるが……何より大きいのが。
(織斑先生が恋敵をああも冷静にあしらう事から考えると問題なさそうですもの)
と今現在食堂で机を囲みながら、ラーメンを啜っている鈴音を見つつ、そう考えている。実際に何時もは冷静な千冬だが、翔の事になると冷静な判断を失う傾向がある。そんな千冬が、もし鈴音が恋敵であるなら、ああも簡単にあしらう事が出来るだろうか、セシリアの答えは否である。もしそれが出来ているのならばセシリアの事も軽くあしらう事が出来るはずだからだ。
「鈴、いつこっちに帰ってきたんだ? いつ代表候補生になったんだ?」
一夏の純粋な疑問からくる質問攻めに、質問ばっかしないでよ、と苦笑を浮かべる鈴。翔も一夏に落ち着け、と声を掛けている。
ちなみに翔の前に置かれている食事は、白飯に胡瓜と白菜の漬物、シジミの味噌汁にメインはサバの味噌煮込み。どう見ても渋すぎるメニュー。食べ盛りの高校生が好んで食べるようなメニューではない。翔に声を掛けられた一夏の前に置かれているメニューも焼き魚定食と言う似たようなチョイスだ。
サバ味噌に、うまい、と静かに舌鼓を打っている翔は、放っておいても一夏が自らの聞きたい事を勝手に聞いてくれると判断し、食事に集中し始める。
そんなマイペースな翔とは逆に、箒は一夏に対して詰め寄る。
「一夏! そろそろどういう関係なのか説明しろ! まさか、つ、付き合っているとかではないだろうな!?」
「べ、別に付き合ってるってワケじゃ……」
少し頬を赤く染めながら否定する鈴音。否定している割には何処となく嬉しそうなのは気のせいではないだろう。無論、箒の剣幕を何とかしたい一夏は鈴音の否定に乗っかる。
「そうだぞ、何でそう言う話になるんだ、ただの幼馴染だよ」
「幼馴染?」
どうどう、と箒を押さえながら、鈴音との関係を明らかにする一夏。その答えに箒は疑問を持つ。そして先程から会話に加わってこないセシリアと翔は互いにメインのおかずを少しづつ交換していた。何とも平和な一角である。何故あちらはあんなに平和で、こちらはこんなに苦労しなければならないのか、納得のいかない一夏は少し非難の篭った視線で翔を見るが、当然の如く何処吹く風、である。結局一夏の周りは幼馴染対幼馴染と言う図式に落ち着き、互いに牽制し睨み合う。
一夏達の会話を外から聞いている翔は自分が口を挟む場ではないと言うように、サバに箸を入れ、一口サイズに切って白飯の上に乗せ、その白飯ごとサバを口の中に放り込む。セシリアも、箒と鈴音は警戒対象にならないためか、優雅に食事を楽しんでいる。
「それで、実際の所どうですの? 織斑さんとあの鳳さんが当たった場合、織斑さんは勝てると思いまして?」
セシリアの言葉に目を瞑り、考え込む素振りを見せるが、すぐに結果は出て、目を開く。
「恐らく、無理だろうな、実際の話、鈴音は強い。今の一夏では負けは必死だろう」
何か対策を練っておくか……などと言いながらシジミの味噌汁を啜っている。翔がチラリと一夏達の方へ視線を向けると、あちらは中々にヒートアップしているようで、箒が机をバンバン叩き、サバ味噌が乗っているトレーがガタガタと揺れる。どうも一夏にISの訓練をするしないで揉めているらしい。どうも翔が口を挟める話へ移行してきたようなので、口を挟み、事態の収拾を計る。
「一夏に教えるのは私の役目だ! 私が頼まれ……「そこまでにしろ、箒」……し、師匠」
明らかに不満アリアリです、と言った箒を完全にスルー、箒にこの場を任せていると余計な火種を生むと判断したのか、会話の主導権を翔が握る。同時に、翔が味方についたと勘違いした鈴が口を開こうとした瞬間に、視線で牽制する。この場は完全に翔へ主導権が流れていた。言葉と視線で場を操る翔に、一夏は、相変わらず、すげぇ、と感心。セシリアも、流石ですわ……と感心していた。
「一夏に実戦経験を増やさせたいのは山々なんだがな、今は剣を扱うと言う技術に集中してもらいたい段階でな、それが終わった時には鈴音も一夏に実戦経験を積んでやってくれ」
そう言われると鈴音には頷く事しか出来ない。最初から断固拒否と言う姿勢ではなく、今のタイミングは遠慮してくれ、と言う事ならば、鈴音としても何も悪い事はない。それが終わればいいだけで、一夏が成長を求めている限り、いつかはそのタイミングが来る、それも遠くない内に、確実に来ると分かっている未来なら待っていれば良いだけ。
「わ、分かったわよ、放課後は遠慮する。その代わり、放課後の訓練が終わったら一夏の所に行っていいよね?」
食べ終わったラーメンのトレーを持って立ち上がりながら、何故か一夏ではなく翔へ問いかける鈴音。
「む? 別に構わんだろう」
そして何故かその意見を承認する翔。翔の言葉に、いよっし! とガッツポーズをとると、じゃ、そう言うことで、と食器を返しにいき、そのまま食堂から出て行く鈴音。あまりにも自然なやり取りで、突っ込む暇がなかった一夏は今になって突っ込みを入れる。
「おぉい! 何が構わんだろう、だよ! 俺の予定を何でお前が決めちゃってんの!?」
「む? すまん、ついな」
「ついですまねぇよ! 済んだら警察とかいらねぇよ!」
「だが、暇だろう?」
「うっ、た、確かにやる事はないけどさ」
「ならば良いではないか」
「うーむ、結局そうなるのか?」
翔の肩までがっしりと持ちながら詰め寄る一夏だが、結局最後は丸め込まれる一夏。きっと後で不満そうな顔をしている箒に締め上げられるのだろう、同じ部屋だから逃げる事も出来ない。哀れなり。ちなみに翔は現在一人部屋なのをいい事に、精神統一やら何やら、同居人が居ては話しかけられる雰囲気ではないような鍛錬をしている。その鍛錬中に翔を食事へ誘いに来たセシリアが精神統一の為に座禅を組んでいた翔に見惚れていたという事があったのは些細な事である。
学生寮に程近い少しスペースの開けた庭のような空間に、真剣を構えた翔が、巻き藁の様な物と向き合っていた。様な物、と表現したのは、巻いてある藁の下には、明らかに鈍い光を放っている鉄の棒が見えているからだ。普通藁を巻きつけるのは、木が一般的であるように思う。が、今翔が向き合っているのは巻き藁(鉄)である。
そして、それと翔との距離は9~10mといった所、日本刀の間合いから考えるとそれなりに開いている距離。だが、翔が鍛錬を始めた時からこの距離は変わっていない。この距離で如何に速く、重い斬撃を繰り出せるかを突き詰めてきた。その結果がこの巻き藁(鉄)と向き合うと言う結果になったのである。
精神を目の前の物を斬る事だけ集中させ、全身の筋肉に軽く力を入れておく。集中が限界に達したのか、カッと目を見開くと巻き藁(鉄)へ向けて踏み込む、その速度は速く、目の前に居るのが人ならば或いは消えたように見えたのかもしれない、それほどに鋭い踏み込み、そして黒い袴と白い胴衣に包まれた肉体の筋肉が引き絞られ、握られた刀を全力で、且つ繊細に振る、鉄と鋼が接触する甲高い音が一瞬響いた後には、既に刀は振りぬかれ、斬られた巻き藁(鉄)の一部が宙を舞っていた。
「すぅぅぅ、はぁぁぁ……」
そして、残心。静かに刀を鞘へ納めると、手を叩く音が辺りに響く。手を叩いていた人物は、斬り飛ばされた巻き藁(鉄)を持ち上げると、翔に近づき、声を掛けてくる。
「相変わらず惚れ惚れするような太刀筋だな」
「千冬か……」
果たして出てきた人物は、IS学園一年一組担任、織斑千冬その人だった。千冬は特に驚く様子のない翔から、巻き藁(鉄)の切断面へ視線を移し、また感心するような声を上げる。直径2cm~はあるだろう鉄の棒の断面は滑らかなもので、研摩を掛けたのかと思うほどの断面であった。
「世界広しと言えども、生身でこれほどの斬鉄が出来る者はまず居ないだろうな」
その刀が名のある名刀ならいざ知らず、な。と続ける千冬。実際、翔の刀はよくよく見てみると刀身の真ん中の部分以外は全て刃が潰してある特殊な刀である。鈍ら所ではない刀だ、物を斬る為には完全にその部分で捕らえるしかない。刀だけに及ばず、剣という物は最も良く切れる部分は切っ先でも根元でもなく真ん中、真芯の部分が良く斬れる。そこで斬る事が最も効率の良い斬撃になる事は分かっていても、その部分で捉えると言う事は途方も無く難易度の高い事である事は明白。
「斬るという行為はそれだけで……」
「業足りえる、お前が口癖の様に言っていた事だったな」
「む……」
自分の台詞を引き継がれ、押し黙る翔に、ふふっ、と笑いかける千冬。千冬が言っていた様に、翔の持論として、斬るという行為は極める事によって、その行為自体が業となる。というもので、その昇華の結果が先程の斬鉄であり、セシリアとの戦いで見せたエネルギーを斬るという事なのである。つまり翔の意見としては、物を斬る事に大げさな技名などいらない、奥義と呼ばれるものなど斬るという単純な行為を複雑化し、それ自体を弱めるだけ、という意見なのだ。無論翔はこれを誰かに押し付けるつもりなどさらさら無く、誰かに言うつもりも無かった。本当に正しい事は自分で見つけるしかない、と言うのも翔の中にある持論の一つであるからである。結局自らが納得し手に入れた強さならばどのような主張でも構わないと言う事。
千冬も翔の掲げるその持論を非難しようとは思わない。それ所か、ISと言う規格外の兵器が広まってからも、ただひたすらに剣を振り続け、自分の意志を曲げる事無く前を向いて進んできた翔に憧れている。翔に師事したのは何も剣の腕だけではなかったと言う事だ。
「私がくだらない事で悩んでいるその瞬間にも、お前は剣を振り続けていたのだな」
感慨深そうに翔を評価する千冬の台詞に、否と頭を振る。
「人の悩みにくだらない事などあるまいよ、悩むと言う事は人が成長するための段階に来ていると言う事だと俺は思っている」
ただ俺は思い切りが人よりも良すぎただけだ、とクールに笑う。思い切りが良すぎる、つまり、悩む段階が来ても短い時間で決断してしまうと言う事。その意味に気が付いたとき、千冬も思わず、ククッ、と笑い声が漏れる。
「後悔した事は無いのか?」
千冬のその問いかけに間髪入れずに、無い、と答える。その顔は自信に溢れていた。
「後悔など、する必要が無い、今まで俺は俺自身が選択してきた道、それを後悔する事は自分自身を否定する事に他ならない」
自信に溢れ、そう言い切る翔の言葉は、過去に千冬が同じ質問をした時に返ってきた言葉と同じ言葉だった。結局、どれだけ時を過ごそうとも、翔は柏木翔と言う人間の道を違わずに進んできたと言う事だ。その言葉に、何処か満足した千冬は踵を返し、校舎へと歩き出す。
「久しぶりにいい剣を見せてもらった。さっさと寮に戻れよ、柏木」
「承知」
その後、校舎へ入っていく千冬を見かけた者は、今まで見た事が無いほどに嬉しそうな雰囲気と表情だった、と口を揃えて言っている。
寮内、翔が自らの部屋へ向かっていると、目の前から目尻に涙を溜めた鈴音が走ってきた。
「鈴音、どうした?」
無視するわけにもいかず、取り敢えず理由を聞いてみる事にする。どうも、怒りながらも悲しんでいるような器用な表情になっているようだ。肩に掛けているスポーツバックを握り締めている手に、これでもかと言うほど力が込められている。
「い、一夏がね!ほんっとにもう信じられないのよ!?」
何やら妙に長くなりそうだったので、飲み物を調達して何処か座る場所がある所へ移動する事を提案し、取り敢えず鈴音もそれに同意する。飲み物が調達できて、座る場所もある所、そう食堂だ。
食堂に移動した翔は鈴音の話を聞き、鈴音は先程あった事を翔へぶちまけていた。
「フム、なるほどな、明らかに付き合ってくれと言う意味の台詞を、全然別の意味で捉えた一夏を取り敢えず叩いて飛び出した、と」
「これって絶対一夏が全面的に悪いわよね!?」
鈴音は一夏が全面的に悪いと言う意見を全く持って疑っていないのか、怒りながらも自信満々にそう言い切る。普段からツリ気味の瞳は現在結構大意変な事になっていたが、翔は全く気にせずに、鈴音の悪かった所を指摘する。
「一夏がそう言う鈍い奴だと言う事はお前も承知だったんじゃないのか?」
「うぐっ……た、確かにそうかも知れないけど……」
「それに普通の奴ならばその台詞でも通じるだろうが、一夏に通じるかは疑問だった筈だ」
「うぐぐっ……」
「つまり、今回の事はお前が一夏と言う人間を、ある意味甘く見ていたと言うのがお前の落ち度だろう」
違うか? と飽くまでも一夏と言う人間と鈴音という人間をよく知っている第三者としての意見を述べる翔、鈴音は二の句を告げない状態へ追い詰められる。正しいと言えば正しい意見にやり場の無い怒りが鈴音の中で膨らみ爆発しかける。
「でもそれは! 「黙れ」……っ!」
「ここで癇癪を起こすのは器量の小さい人間か、ただの餓鬼だけだ」
膨らんだ怒りの爆発が、起爆する瞬間に叩き潰され、気が抜けてしまう。立ち上がっていた鈴音は、その言葉と眼光に圧され、席に着く。
「自分の非が大きい小さいに関わらず、受け止め、次へ生かす。一時の感情に身を任せるのもやり方だろう、だが、それを続けていると今に大切なものを失う。そうなりたくなければ気をつける事だ」
15歳の高校生が言う台詞ではないが、説得力があるのは確かだ、言葉を失った鈴音に、アドバイスが欲しいなら相談に乗ってやる、と告げると翔は食堂を出て行く。鈴音は言われた事について考えているのか、目の前に置かれているお茶を見つめたままその場を動こうとしない。考えられるなら問題ないと、翔は歩みを止めずに部屋へ戻っていく。
「これを機に鈴音も成長してくれればいいのだが……」
部屋に戻る途中で呟く台詞もまた、15歳の男子高校生が言う台詞ではなかった。
(織斑先生が恋敵をああも冷静にあしらう事から考えると問題なさそうですもの)
と今現在食堂で机を囲みながら、ラーメンを啜っている鈴音を見つつ、そう考えている。実際に何時もは冷静な千冬だが、翔の事になると冷静な判断を失う傾向がある。そんな千冬が、もし鈴音が恋敵であるなら、ああも簡単にあしらう事が出来るだろうか、セシリアの答えは否である。もしそれが出来ているのならばセシリアの事も軽くあしらう事が出来るはずだからだ。
「鈴、いつこっちに帰ってきたんだ? いつ代表候補生になったんだ?」
一夏の純粋な疑問からくる質問攻めに、質問ばっかしないでよ、と苦笑を浮かべる鈴。翔も一夏に落ち着け、と声を掛けている。
ちなみに翔の前に置かれている食事は、白飯に胡瓜と白菜の漬物、シジミの味噌汁にメインはサバの味噌煮込み。どう見ても渋すぎるメニュー。食べ盛りの高校生が好んで食べるようなメニューではない。翔に声を掛けられた一夏の前に置かれているメニューも焼き魚定食と言う似たようなチョイスだ。
サバ味噌に、うまい、と静かに舌鼓を打っている翔は、放っておいても一夏が自らの聞きたい事を勝手に聞いてくれると判断し、食事に集中し始める。
そんなマイペースな翔とは逆に、箒は一夏に対して詰め寄る。
「一夏! そろそろどういう関係なのか説明しろ! まさか、つ、付き合っているとかではないだろうな!?」
「べ、別に付き合ってるってワケじゃ……」
少し頬を赤く染めながら否定する鈴音。否定している割には何処となく嬉しそうなのは気のせいではないだろう。無論、箒の剣幕を何とかしたい一夏は鈴音の否定に乗っかる。
「そうだぞ、何でそう言う話になるんだ、ただの幼馴染だよ」
「幼馴染?」
どうどう、と箒を押さえながら、鈴音との関係を明らかにする一夏。その答えに箒は疑問を持つ。そして先程から会話に加わってこないセシリアと翔は互いにメインのおかずを少しづつ交換していた。何とも平和な一角である。何故あちらはあんなに平和で、こちらはこんなに苦労しなければならないのか、納得のいかない一夏は少し非難の篭った視線で翔を見るが、当然の如く何処吹く風、である。結局一夏の周りは幼馴染対幼馴染と言う図式に落ち着き、互いに牽制し睨み合う。
一夏達の会話を外から聞いている翔は自分が口を挟む場ではないと言うように、サバに箸を入れ、一口サイズに切って白飯の上に乗せ、その白飯ごとサバを口の中に放り込む。セシリアも、箒と鈴音は警戒対象にならないためか、優雅に食事を楽しんでいる。
「それで、実際の所どうですの? 織斑さんとあの鳳さんが当たった場合、織斑さんは勝てると思いまして?」
セシリアの言葉に目を瞑り、考え込む素振りを見せるが、すぐに結果は出て、目を開く。
「恐らく、無理だろうな、実際の話、鈴音は強い。今の一夏では負けは必死だろう」
何か対策を練っておくか……などと言いながらシジミの味噌汁を啜っている。翔がチラリと一夏達の方へ視線を向けると、あちらは中々にヒートアップしているようで、箒が机をバンバン叩き、サバ味噌が乗っているトレーがガタガタと揺れる。どうも一夏にISの訓練をするしないで揉めているらしい。どうも翔が口を挟める話へ移行してきたようなので、口を挟み、事態の収拾を計る。
「一夏に教えるのは私の役目だ! 私が頼まれ……「そこまでにしろ、箒」……し、師匠」
明らかに不満アリアリです、と言った箒を完全にスルー、箒にこの場を任せていると余計な火種を生むと判断したのか、会話の主導権を翔が握る。同時に、翔が味方についたと勘違いした鈴が口を開こうとした瞬間に、視線で牽制する。この場は完全に翔へ主導権が流れていた。言葉と視線で場を操る翔に、一夏は、相変わらず、すげぇ、と感心。セシリアも、流石ですわ……と感心していた。
「一夏に実戦経験を増やさせたいのは山々なんだがな、今は剣を扱うと言う技術に集中してもらいたい段階でな、それが終わった時には鈴音も一夏に実戦経験を積んでやってくれ」
そう言われると鈴音には頷く事しか出来ない。最初から断固拒否と言う姿勢ではなく、今のタイミングは遠慮してくれ、と言う事ならば、鈴音としても何も悪い事はない。それが終わればいいだけで、一夏が成長を求めている限り、いつかはそのタイミングが来る、それも遠くない内に、確実に来ると分かっている未来なら待っていれば良いだけ。
「わ、分かったわよ、放課後は遠慮する。その代わり、放課後の訓練が終わったら一夏の所に行っていいよね?」
食べ終わったラーメンのトレーを持って立ち上がりながら、何故か一夏ではなく翔へ問いかける鈴音。
「む? 別に構わんだろう」
そして何故かその意見を承認する翔。翔の言葉に、いよっし! とガッツポーズをとると、じゃ、そう言うことで、と食器を返しにいき、そのまま食堂から出て行く鈴音。あまりにも自然なやり取りで、突っ込む暇がなかった一夏は今になって突っ込みを入れる。
「おぉい! 何が構わんだろう、だよ! 俺の予定を何でお前が決めちゃってんの!?」
「む? すまん、ついな」
「ついですまねぇよ! 済んだら警察とかいらねぇよ!」
「だが、暇だろう?」
「うっ、た、確かにやる事はないけどさ」
「ならば良いではないか」
「うーむ、結局そうなるのか?」
翔の肩までがっしりと持ちながら詰め寄る一夏だが、結局最後は丸め込まれる一夏。きっと後で不満そうな顔をしている箒に締め上げられるのだろう、同じ部屋だから逃げる事も出来ない。哀れなり。ちなみに翔は現在一人部屋なのをいい事に、精神統一やら何やら、同居人が居ては話しかけられる雰囲気ではないような鍛錬をしている。その鍛錬中に翔を食事へ誘いに来たセシリアが精神統一の為に座禅を組んでいた翔に見惚れていたという事があったのは些細な事である。
学生寮に程近い少しスペースの開けた庭のような空間に、真剣を構えた翔が、巻き藁の様な物と向き合っていた。様な物、と表現したのは、巻いてある藁の下には、明らかに鈍い光を放っている鉄の棒が見えているからだ。普通藁を巻きつけるのは、木が一般的であるように思う。が、今翔が向き合っているのは巻き藁(鉄)である。
そして、それと翔との距離は9~10mといった所、日本刀の間合いから考えるとそれなりに開いている距離。だが、翔が鍛錬を始めた時からこの距離は変わっていない。この距離で如何に速く、重い斬撃を繰り出せるかを突き詰めてきた。その結果がこの巻き藁(鉄)と向き合うと言う結果になったのである。
精神を目の前の物を斬る事だけ集中させ、全身の筋肉に軽く力を入れておく。集中が限界に達したのか、カッと目を見開くと巻き藁(鉄)へ向けて踏み込む、その速度は速く、目の前に居るのが人ならば或いは消えたように見えたのかもしれない、それほどに鋭い踏み込み、そして黒い袴と白い胴衣に包まれた肉体の筋肉が引き絞られ、握られた刀を全力で、且つ繊細に振る、鉄と鋼が接触する甲高い音が一瞬響いた後には、既に刀は振りぬかれ、斬られた巻き藁(鉄)の一部が宙を舞っていた。
「すぅぅぅ、はぁぁぁ……」
そして、残心。静かに刀を鞘へ納めると、手を叩く音が辺りに響く。手を叩いていた人物は、斬り飛ばされた巻き藁(鉄)を持ち上げると、翔に近づき、声を掛けてくる。
「相変わらず惚れ惚れするような太刀筋だな」
「千冬か……」
果たして出てきた人物は、IS学園一年一組担任、織斑千冬その人だった。千冬は特に驚く様子のない翔から、巻き藁(鉄)の切断面へ視線を移し、また感心するような声を上げる。直径2cm~はあるだろう鉄の棒の断面は滑らかなもので、研摩を掛けたのかと思うほどの断面であった。
「世界広しと言えども、生身でこれほどの斬鉄が出来る者はまず居ないだろうな」
その刀が名のある名刀ならいざ知らず、な。と続ける千冬。実際、翔の刀はよくよく見てみると刀身の真ん中の部分以外は全て刃が潰してある特殊な刀である。鈍ら所ではない刀だ、物を斬る為には完全にその部分で捕らえるしかない。刀だけに及ばず、剣という物は最も良く切れる部分は切っ先でも根元でもなく真ん中、真芯の部分が良く斬れる。そこで斬る事が最も効率の良い斬撃になる事は分かっていても、その部分で捉えると言う事は途方も無く難易度の高い事である事は明白。
「斬るという行為はそれだけで……」
「業足りえる、お前が口癖の様に言っていた事だったな」
「む……」
自分の台詞を引き継がれ、押し黙る翔に、ふふっ、と笑いかける千冬。千冬が言っていた様に、翔の持論として、斬るという行為は極める事によって、その行為自体が業となる。というもので、その昇華の結果が先程の斬鉄であり、セシリアとの戦いで見せたエネルギーを斬るという事なのである。つまり翔の意見としては、物を斬る事に大げさな技名などいらない、奥義と呼ばれるものなど斬るという単純な行為を複雑化し、それ自体を弱めるだけ、という意見なのだ。無論翔はこれを誰かに押し付けるつもりなどさらさら無く、誰かに言うつもりも無かった。本当に正しい事は自分で見つけるしかない、と言うのも翔の中にある持論の一つであるからである。結局自らが納得し手に入れた強さならばどのような主張でも構わないと言う事。
千冬も翔の掲げるその持論を非難しようとは思わない。それ所か、ISと言う規格外の兵器が広まってからも、ただひたすらに剣を振り続け、自分の意志を曲げる事無く前を向いて進んできた翔に憧れている。翔に師事したのは何も剣の腕だけではなかったと言う事だ。
「私がくだらない事で悩んでいるその瞬間にも、お前は剣を振り続けていたのだな」
感慨深そうに翔を評価する千冬の台詞に、否と頭を振る。
「人の悩みにくだらない事などあるまいよ、悩むと言う事は人が成長するための段階に来ていると言う事だと俺は思っている」
ただ俺は思い切りが人よりも良すぎただけだ、とクールに笑う。思い切りが良すぎる、つまり、悩む段階が来ても短い時間で決断してしまうと言う事。その意味に気が付いたとき、千冬も思わず、ククッ、と笑い声が漏れる。
「後悔した事は無いのか?」
千冬のその問いかけに間髪入れずに、無い、と答える。その顔は自信に溢れていた。
「後悔など、する必要が無い、今まで俺は俺自身が選択してきた道、それを後悔する事は自分自身を否定する事に他ならない」
自信に溢れ、そう言い切る翔の言葉は、過去に千冬が同じ質問をした時に返ってきた言葉と同じ言葉だった。結局、どれだけ時を過ごそうとも、翔は柏木翔と言う人間の道を違わずに進んできたと言う事だ。その言葉に、何処か満足した千冬は踵を返し、校舎へと歩き出す。
「久しぶりにいい剣を見せてもらった。さっさと寮に戻れよ、柏木」
「承知」
その後、校舎へ入っていく千冬を見かけた者は、今まで見た事が無いほどに嬉しそうな雰囲気と表情だった、と口を揃えて言っている。
寮内、翔が自らの部屋へ向かっていると、目の前から目尻に涙を溜めた鈴音が走ってきた。
「鈴音、どうした?」
無視するわけにもいかず、取り敢えず理由を聞いてみる事にする。どうも、怒りながらも悲しんでいるような器用な表情になっているようだ。肩に掛けているスポーツバックを握り締めている手に、これでもかと言うほど力が込められている。
「い、一夏がね!ほんっとにもう信じられないのよ!?」
何やら妙に長くなりそうだったので、飲み物を調達して何処か座る場所がある所へ移動する事を提案し、取り敢えず鈴音もそれに同意する。飲み物が調達できて、座る場所もある所、そう食堂だ。
食堂に移動した翔は鈴音の話を聞き、鈴音は先程あった事を翔へぶちまけていた。
「フム、なるほどな、明らかに付き合ってくれと言う意味の台詞を、全然別の意味で捉えた一夏を取り敢えず叩いて飛び出した、と」
「これって絶対一夏が全面的に悪いわよね!?」
鈴音は一夏が全面的に悪いと言う意見を全く持って疑っていないのか、怒りながらも自信満々にそう言い切る。普段からツリ気味の瞳は現在結構大意変な事になっていたが、翔は全く気にせずに、鈴音の悪かった所を指摘する。
「一夏がそう言う鈍い奴だと言う事はお前も承知だったんじゃないのか?」
「うぐっ……た、確かにそうかも知れないけど……」
「それに普通の奴ならばその台詞でも通じるだろうが、一夏に通じるかは疑問だった筈だ」
「うぐぐっ……」
「つまり、今回の事はお前が一夏と言う人間を、ある意味甘く見ていたと言うのがお前の落ち度だろう」
違うか? と飽くまでも一夏と言う人間と鈴音という人間をよく知っている第三者としての意見を述べる翔、鈴音は二の句を告げない状態へ追い詰められる。正しいと言えば正しい意見にやり場の無い怒りが鈴音の中で膨らみ爆発しかける。
「でもそれは! 「黙れ」……っ!」
「ここで癇癪を起こすのは器量の小さい人間か、ただの餓鬼だけだ」
膨らんだ怒りの爆発が、起爆する瞬間に叩き潰され、気が抜けてしまう。立ち上がっていた鈴音は、その言葉と眼光に圧され、席に着く。
「自分の非が大きい小さいに関わらず、受け止め、次へ生かす。一時の感情に身を任せるのもやり方だろう、だが、それを続けていると今に大切なものを失う。そうなりたくなければ気をつける事だ」
15歳の高校生が言う台詞ではないが、説得力があるのは確かだ、言葉を失った鈴音に、アドバイスが欲しいなら相談に乗ってやる、と告げると翔は食堂を出て行く。鈴音は言われた事について考えているのか、目の前に置かれているお茶を見つめたままその場を動こうとしない。考えられるなら問題ないと、翔は歩みを止めずに部屋へ戻っていく。
「これを機に鈴音も成長してくれればいいのだが……」
部屋に戻る途中で呟く台詞もまた、15歳の男子高校生が言う台詞ではなかった。
- 関連記事
- 九斬 漢ってのは覚悟を決めてこそ漢足りえる
- 八斬 漢なら選んだ道を後悔しないもんだ
- 七斬 漢は脇目も振らず前へ進むもんだ
~ Trackback ~
卜ラックバックURL
⇒
⇒この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
~ Comment ~