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「IS インフィニット・ストラトス ~黒衣の侍~」
IS学園入学編
六斬 漢は如何なる時も冷静に対処するもんだ
「ふぅん、ここがIS学園かー」
現在IS学園授業の真っ最中のこの時間、IS学園に一人の少女が現れる、ツインテールと勝気そうなつり気味の瞳が印象的な少女だ。
「ここのあいつ等がいるのね……」
IS学園の校舎を見上げ、それでいて少女は懐かしむように声を漏らす。
「それにしても、あいつ等がISの操縦者になるなんてねー」
世の中分からないもんだわー、等と言いながら、IS学園の敷地内へずんずん入っていくが、少女は知らない、この後、少女自体が迷子と言う悲劇に巻き込まれ、走り回る挙句に、結局案内の人に道を聞くと言う、意地による負の連鎖が始まると言うことを、やはり少女は知る由もない……。
「では三人とも、武装を展開しろ」
現在一年一組は専用機持ちによる実働演習の真っ最中だ、一組の専用機持ちは、柏木翔、織斑一夏、セシリア・オルコットの三人だ。その三人が現在演習の中心、ISに乗る機会自体が少ない生徒に、ISとはどのようなものかと言う事を見せる演習と言ってもいい。
そして先程千冬に言われた通り、三人は武装を展開する。一夏は両手を前に伸ばし、雪片を、セシリアは左手を横へ出し、左手にスターライトmkⅢを、翔は左腰に刀を抜く前に右手で柄を握るように構え、右手に正宗零式をそれぞれ展開する。常人にはどれも一瞬にしか見えないが、展開速度の順番としては、セシリア、翔、一夏の順番。
「織斑、遅いぞ、0,5秒で展開できるようになれ」
「は、はい……」
辛口コメントの千冬に思わずたじろぐ一夏、千冬の前ではISを操縦し始めた時間など関係ない、結局一夏はまだイメージする力が弱いのだ。
「それに比べて、オルコットは流石に代表候補生と言った所か」
「ありがt……「ただし」……え?」
「そのポーズは止めろ、真横に銃身を展開して誰を撃つ気だ?」
「で、ですが、これは私のイメージを直すために必要な……「直せ、いいな?」……はい……」
千冬のコメントは褒めて終わる事はなく、上げた後に落とすと言う何ともえげつないコメント、ある種の私怨が入っているのかと疑ってしまいそうなほど褒められた気がしない声音だった。
流石のセシリアも少し気落ちしている。
最後に翔に目を向ける。翔自体は正宗を展開した状態から特に目立った動きがないまま何時もの様に何処吹く風、と言った表情で待機している。
「柏木は……そうだな、もう少し展開速度が速くなれば言う事がないな」
「承知」
千冬の簡潔なコメントに、翔も簡潔に答える。その対応に納得のいかない二人は思わず千冬を半眼で見てしまう。
「な、何だ、その目は」
「明らかな贔屓を感じますわ……」
「左に同意」
その二人の抗議にたじろぎかけるが、すぐに何時もの表情に戻り。切り返す。
「柏木は展開速度が遅いと言うわけではないし、武器を展開する場所やポーズも問題ない、つまり、問題らしい問題がないと言う事だ、逆を言えばお前達二人は問題があったから、ああ言うコメントになっただけだ」
全くの正論に、ぐぅの音も出せなくなる二人。反論はないと判断して、千冬は次の指示を出す。
「次はISの基本的な飛行操縦を実演してもらう」
三人の中で明らかに飛行操縦が苦手な一夏の顔が顰められる。セシリアと翔は既に飛行のイメージが固定されているため飛行操縦が苦手と言うわけではない。翔の表情は変わらず、セシリアの表情にも変化は見られない。一夏だけが顔を顰めているが、千冬はそんな事は関係ないとばかりに指示を出す。
「柏木、織斑、オルコット、その場から急上昇し、一定の高さまで上がったら水平に飛行しろ」
「承知」
「あん、待ってくださいな」
景色を置いて行く速さで上昇する翔、それに置いていかれないように同じように飛ぶセシリアだが、流石に上昇と言っても直線的に上昇と言う事であれば、零式には敵わず。セシリアが気が付いた時には、既に速度を落とし通常飛行に戻っていた。
「速過ぎるだろ……」
せめてセシリアに置いて行かれないようにと飛行に入るが、案の定、千冬から激が飛んでくる。
「何をのろのろしている、ブルー・ティアーズよりもスペック上の出力では白式の方が上だぞ」
千冬の激に一夏はセシリアのブルー・ティアーズへ目を向ける。確かに、飛行は苦手な一夏でもセシリアとはそんなに距離が離れていない、スペック上は出力が上と言うのは間違っていないのだろう。しかし……
「空を飛ぶためのイメージってどんなのだよ……急上昇は前方に角錐を描くイメージ、だっけ?」
頭の中にある授業で習った基本形のイメージを思い出し、急上昇を行っているが、しっくりこないのか、イメージが弱いのか、その速度はセシリアよりも遅い。規定の高さまで到達した一夏も通常飛行へ移行し、翔とセシリアへ追いつく。
「二人とも速いよなー」
感心したように、二人へ話しかける一夏。
「織斑さんが思う通りに動かせないのは、自分に合ったイメージがまだ出来上がっていないからですわ」
イメージねぇ、と考え込む一夏に、セシリアのアドバイスに対して、然り、と頷いている翔。そもそも15歳の男子が然りと頷くものなのだろうか、その辺りに疑問はあるのだろうが、状況はそんな事をおいて変化していく。
「うーん、そう言われてもな……中々これって言うのが分からないんだよな……そもそもこれ、どうやって飛んでるのかもわかんねぇし」
一夏の純粋な疑問にクスクス、と笑いを漏らすセシリア。そしてからかう様な笑みを、一夏に向ける。
「説明しても構いませんが、反重力力翼と流動波干渉のお話になりますが……」
セシリアから発せられた、明らかに難解そうな単語二つに一夏の顔は顰められ、翔の顔に変化はないが、密かに耳がピクリと動いていた。
「いや、説明はいい……」
げんなりしながら説明を遠慮する一夏に、そうですか、と一つ笑みを零す。そんな反応のセシリアに、一夏が思う事は唯一つ。
(何か……一気に丸くなったなぁ)
その一言に尽きる、周りを見渡せる余裕、と言うか、そう言う雰囲気を持ったと言う事が何となく理解できるのだ。
セシリアの急な成長に純粋に驚き、観察していると、突然幼馴染からの怒声が聞こえてくる。
「一夏! いつまでそんな所にいるつもりだ! 早く降りて来い!」
一夏は下で叫んでいる箒の顔を見ると、何が気に入らないのか眉尻を吊り上げて、叫んでいた。真耶のインカムを奪い取って。
そう叫んでいる箒をセシリアも確認し、クスリと笑う。
「あら、もしかして勘違いさせてしまいましたかしら」
そのままクスクスと笑うセシリアは実に優雅な雰囲気を纏っているが、一夏にはそんな事よりも、何に対して勘違いしているのか、と言う事が疑問だった。が、思わぬ所から、つい先程の話が掘り起こされる事になる。
「ふむ……反重力力翼、流動波干渉……重力に反発する力翼を行使する事によって、流動しているエネルギーや大気に何らかの干渉を起こすのか?」
等と一人先程までの話に疑問を持って掘り起こしている翔、一夏には何を言っているのかさっぱり分からなかったが、セシリアはそれに反応する。
「き、興味がおありでしたら、今日の放課後、わ、私と……」
妙にもじもじとしながら恥ずかしいのか、頬をうっすらと赤く染め、これから提案しようとしていたセシリアに、いや、状況的に見れば全員になのだが、声音とタイミングが明らかにセシリアへ向けられている千冬の声に、その提案は言い切る前に阻止される。
「柏木、織斑、オルコット……次は急降下と完全停止をやってみろ、目標は10センチ、オルコットは5ミリだ!」
明らかに一人だけ私怨が篭ったような目標を立てられる。単位が違うとかそう言うレベルではない。
「くっ……鋭い勘ですこと……」
忌々しい、とセシリアが小さな声で呟いたような気がずるが、きっと気のせいだと、聴いてしまった一夏はそう思い込む事にして、急降下へ集中する、と言うよりもうそれしか考えない事にする。隣も怖いし、下にいる自分の姉もなんだか怖いから。
急降下を始めた時、既にセシリアは急降下しており、翔に至っては完全停止を始めるような姿勢を取っている。自分もと集中していくが、何故だか完全停止のためのイメージが思いつかず、そして落下地点が知らぬ内にずれていたのか、セシリアと千冬が近くに見える。
(あれ? これってやばいよな?)
そう思った時には既に間に合わないタイミングだったが、その瞬間、白い壁のような物が視界に現れ次の瞬間には壁に顔から激突していた。ずるり、と激突した壁から顔を離してよくよく見てみると、それは白い壁ではなく、正宗の銀色が輝く刀身の腹だった。もう少し優しく止めてほしかったような気もするが、あのままだとセシリアと千冬にも被害が出ていたと思い直して感謝。
「すまん、助かったわ、サンキューな」
「気にするな、緊急事態だった故、手段は選べなかったがな」
言いながら左手で持っていた正宗を量子化し、収納する翔の後姿、一夏には妙に男らしく見えた。特に怪我はないか? と千冬とセシリアへ質問している翔を見ていると、箒が駆け寄ってきて翔と同じ事を聞く。
とりあえず問題ないと返しておく。翔達を観察していると、セシリアと千冬の頬が少し赤くなっているように思う。翔に守ってもらった事を今更自覚したのだろうか、セシリアはどうなのか、一夏には分からないが、自らの姉の事なら、良く分かっている。姉は昔から翔の事が好きで好きで堪らない癖に、翔に勝つまでは、やら、未だ修行中だなどと言って一向に素直になろうとしないのだ。勿論自分の姉の恋は実って欲しいとも思うし、応援もしている。だが、一夏は思う……。
(それじゃあ、翔は無理だ……千冬姉)
一度、中学の時の友達も交えて恋愛観と言うか、そう言うものについて話し合った事がある。内容的には大それたものではなく、中学生らしい、どの子が可愛いだとか、誰と付き合いたいかなどその様な内容だ。そんな話をしていく内に最初から全く会話に入ってこない翔にスポットが当たった時に、一夏達は、今までに無いほどの衝撃を味わう事になる。スポットライトの当たった翔の第一声……それは。
「好きと言う感情に違いがあるのは知識として知っているが、その明確な違いがわからんのだが」
と言うもの、一夏達は大いに驚愕した。そして、一夏達の中で認識が変わる、これでも翔はそれなりに人気があるのだ、容姿こそ悪くは無いが目立つほど良いと言うわけではない、それでも、一度決めた事は最後までやり、他人から頼まれ引き受けた時も最後までやりぬく、納得の出来ない出来事には相手が誰であれ物申す。そんな翔の姿は主に下級生から絶大な人気があった。男も女も関係なく翔に憧れていた。そしてその中には無論、翔の事が好きな女子もいたのだ、特に自分と翔の中学時代での友達の妹などは、わかりやすいほどだった。だがそれに全く気が付かない翔はなんと言う鈍感なのだ。そう一夏達は思っていた。だが、それは一夏達の勘違い。鈍いのではない。
(自分がそう言う風に人を好きになった事が無いから、相手が好意を持っているのが分かっても友愛しか判断できないだけなんだよな……)
何処の小学生……いや、幼稚園児の情緒だろう、と一夏は思う。今日日、小学生でもLikeとLoveの違いくらい分かる。一夏自体もその違いは感覚的に分かっているつもりだ、しかし、それすらも分からないという翔は恋愛情緒的に15歳とは思えないほどに子供なのである。それを総合して一夏は思う。
(大変だな、千冬姉も……)
思考から意識を戻すと、授業は終了し、皆が着替えのため、ロッカーへ向かおうとしている所だ、自分もと思い、翔に声を掛ける為、どんな化学反応が起こったのか、頬を赤らめていたセシリアと千冬が睨み合っているのに、内心関わりたくないと思ってはいたが翔達の下へ近づく事にする。
「む? 一夏か、授業は終わった、着替えに行くぞ」
一夏から声を掛ける前に、翔から気が付き声をかけてくる。それに肯定の返事を返そうとした瞬間。一夏に声を賭けてくる女子生徒。
「おーりむーらくーん、ちょっと聞きたい事あるんだけど?」
そう言って話しかけてくる女子生徒に箒の眉尻がピクリと動くが、その意図が一夏には理解できなかったため、普通に会話を進める事にする。
「何? 何か用?」
「うん、夕食の後、暇?」
その言葉に、夕食後の予定を考えるが、何も無かった。そんな自分に少しばかり寂しい気持ちを覚えるが、それは脇に退けて置き、返答する事にする。
「本当? じゃあ、夕食の後ちょっと付き合ってよ」
女子生徒の誘いに不機嫌そうに眉間に皺を刻む箒が見えたが、怖いのでノータッチで誘いに答えようとすると、返答を聞かずに女子生徒が口を開く。
「柏木君も、篠ノ之さんも、オルコットさんも、それから、出来ればで良いんですけど、織斑先生も」
その不可解な誘いのメンバーにそこに居る全員がしばし呆然とするが、千冬以外は特に異論が無いのか、肯定の返事を返す。
千冬はしばらく考え込むが、何かを思いついたのか、肯定の返事を返す。
「じゃあ、織斑先生、夕食後に学生食堂の方に来てください、お願いしますね」
それだけ言うと、その女子生徒は身を翻し、ロッカールームの方へ走っていった。その後には首を捻る一夏、箒、セシリア。何時も通りの表情で何が行われるのか予想をしている千冬と翔だけが残った。
男子ロッカールーム
「前々から思ってたんだけどさ、お前の身体って明らかにおかしいよな?」
授業が終わり、一夏と翔の二人はロッカールームで絶賛着替え中。その中で一夏が翔の肉体について指摘している。
「む? 何処がというか、何がだ?」
「いやいや、何だよその自分おかしくないっすからみたいな態度、普通俺達の年代では俺位が普通の肉体なんだよ」
言葉の通り、一夏の肉体は確かに平均的、昔一緒に剣術をしていた名残があるのか、やや筋肉が発達しているが、それでも15歳としての平均を大きく逸脱しているというわけではない。対して翔の肉体は、服を着ていれば一夏とそう変わらない体型に見えるが、現在、上半身に何も来ていない肉体はこれでもかと言うほどに絞り込まれた筋肉、意識していなくても浮き出ている腹筋と背筋、腕は指を動かすだけで何処の筋肉が動いているのか一目瞭然なほどに詰め込まれている。横腹の筋肉も発達し、筋が浮き出ている。などなど、明らかに15歳の少年の肉体ではない。
「別に太ってはいないだろう、全体的にはスマートな自信がある」
何を言っているんだこいつは、的なノリで返される。
「いや、俺が言いたいのは太いとか太くないとかそう言うことではなくてだな」
「ではどういう事だ?」
「筋肉絞り込むのはいいよ、筋肉発達しすぎてもボディービルダーみたいになるしな」
無論、翔の身体はボディービルダーのように大きく発達した筋肉が付いているわけではない。
「でも絞り込むにしても限度ってものがあるだろう、体脂肪率どれくらいだよ!」
「さてな?気にした事無かったが」
見た所、明らかに数%台は間違いないような肉体を見て、何となく自分がもしかしたら恐ろしく貧相なだけなのではないかという妄想に囚われ掛けるが、やはり翔の方がおかしいと思い直す。
「だが、俺も鍛えたくて鍛えたわけではなく、剣を振る内にこうなっていただけだ」
特に気にする事は無い、と言うように淡々と着替えを済ませていく翔に、何故か気分的に凹まされた一夏だった。
現在IS学園授業の真っ最中のこの時間、IS学園に一人の少女が現れる、ツインテールと勝気そうなつり気味の瞳が印象的な少女だ。
「ここのあいつ等がいるのね……」
IS学園の校舎を見上げ、それでいて少女は懐かしむように声を漏らす。
「それにしても、あいつ等がISの操縦者になるなんてねー」
世の中分からないもんだわー、等と言いながら、IS学園の敷地内へずんずん入っていくが、少女は知らない、この後、少女自体が迷子と言う悲劇に巻き込まれ、走り回る挙句に、結局案内の人に道を聞くと言う、意地による負の連鎖が始まると言うことを、やはり少女は知る由もない……。
「では三人とも、武装を展開しろ」
現在一年一組は専用機持ちによる実働演習の真っ最中だ、一組の専用機持ちは、柏木翔、織斑一夏、セシリア・オルコットの三人だ。その三人が現在演習の中心、ISに乗る機会自体が少ない生徒に、ISとはどのようなものかと言う事を見せる演習と言ってもいい。
そして先程千冬に言われた通り、三人は武装を展開する。一夏は両手を前に伸ばし、雪片を、セシリアは左手を横へ出し、左手にスターライトmkⅢを、翔は左腰に刀を抜く前に右手で柄を握るように構え、右手に正宗零式をそれぞれ展開する。常人にはどれも一瞬にしか見えないが、展開速度の順番としては、セシリア、翔、一夏の順番。
「織斑、遅いぞ、0,5秒で展開できるようになれ」
「は、はい……」
辛口コメントの千冬に思わずたじろぐ一夏、千冬の前ではISを操縦し始めた時間など関係ない、結局一夏はまだイメージする力が弱いのだ。
「それに比べて、オルコットは流石に代表候補生と言った所か」
「ありがt……「ただし」……え?」
「そのポーズは止めろ、真横に銃身を展開して誰を撃つ気だ?」
「で、ですが、これは私のイメージを直すために必要な……「直せ、いいな?」……はい……」
千冬のコメントは褒めて終わる事はなく、上げた後に落とすと言う何ともえげつないコメント、ある種の私怨が入っているのかと疑ってしまいそうなほど褒められた気がしない声音だった。
流石のセシリアも少し気落ちしている。
最後に翔に目を向ける。翔自体は正宗を展開した状態から特に目立った動きがないまま何時もの様に何処吹く風、と言った表情で待機している。
「柏木は……そうだな、もう少し展開速度が速くなれば言う事がないな」
「承知」
千冬の簡潔なコメントに、翔も簡潔に答える。その対応に納得のいかない二人は思わず千冬を半眼で見てしまう。
「な、何だ、その目は」
「明らかな贔屓を感じますわ……」
「左に同意」
その二人の抗議にたじろぎかけるが、すぐに何時もの表情に戻り。切り返す。
「柏木は展開速度が遅いと言うわけではないし、武器を展開する場所やポーズも問題ない、つまり、問題らしい問題がないと言う事だ、逆を言えばお前達二人は問題があったから、ああ言うコメントになっただけだ」
全くの正論に、ぐぅの音も出せなくなる二人。反論はないと判断して、千冬は次の指示を出す。
「次はISの基本的な飛行操縦を実演してもらう」
三人の中で明らかに飛行操縦が苦手な一夏の顔が顰められる。セシリアと翔は既に飛行のイメージが固定されているため飛行操縦が苦手と言うわけではない。翔の表情は変わらず、セシリアの表情にも変化は見られない。一夏だけが顔を顰めているが、千冬はそんな事は関係ないとばかりに指示を出す。
「柏木、織斑、オルコット、その場から急上昇し、一定の高さまで上がったら水平に飛行しろ」
「承知」
「あん、待ってくださいな」
景色を置いて行く速さで上昇する翔、それに置いていかれないように同じように飛ぶセシリアだが、流石に上昇と言っても直線的に上昇と言う事であれば、零式には敵わず。セシリアが気が付いた時には、既に速度を落とし通常飛行に戻っていた。
「速過ぎるだろ……」
せめてセシリアに置いて行かれないようにと飛行に入るが、案の定、千冬から激が飛んでくる。
「何をのろのろしている、ブルー・ティアーズよりもスペック上の出力では白式の方が上だぞ」
千冬の激に一夏はセシリアのブルー・ティアーズへ目を向ける。確かに、飛行は苦手な一夏でもセシリアとはそんなに距離が離れていない、スペック上は出力が上と言うのは間違っていないのだろう。しかし……
「空を飛ぶためのイメージってどんなのだよ……急上昇は前方に角錐を描くイメージ、だっけ?」
頭の中にある授業で習った基本形のイメージを思い出し、急上昇を行っているが、しっくりこないのか、イメージが弱いのか、その速度はセシリアよりも遅い。規定の高さまで到達した一夏も通常飛行へ移行し、翔とセシリアへ追いつく。
「二人とも速いよなー」
感心したように、二人へ話しかける一夏。
「織斑さんが思う通りに動かせないのは、自分に合ったイメージがまだ出来上がっていないからですわ」
イメージねぇ、と考え込む一夏に、セシリアのアドバイスに対して、然り、と頷いている翔。そもそも15歳の男子が然りと頷くものなのだろうか、その辺りに疑問はあるのだろうが、状況はそんな事をおいて変化していく。
「うーん、そう言われてもな……中々これって言うのが分からないんだよな……そもそもこれ、どうやって飛んでるのかもわかんねぇし」
一夏の純粋な疑問にクスクス、と笑いを漏らすセシリア。そしてからかう様な笑みを、一夏に向ける。
「説明しても構いませんが、反重力力翼と流動波干渉のお話になりますが……」
セシリアから発せられた、明らかに難解そうな単語二つに一夏の顔は顰められ、翔の顔に変化はないが、密かに耳がピクリと動いていた。
「いや、説明はいい……」
げんなりしながら説明を遠慮する一夏に、そうですか、と一つ笑みを零す。そんな反応のセシリアに、一夏が思う事は唯一つ。
(何か……一気に丸くなったなぁ)
その一言に尽きる、周りを見渡せる余裕、と言うか、そう言う雰囲気を持ったと言う事が何となく理解できるのだ。
セシリアの急な成長に純粋に驚き、観察していると、突然幼馴染からの怒声が聞こえてくる。
「一夏! いつまでそんな所にいるつもりだ! 早く降りて来い!」
一夏は下で叫んでいる箒の顔を見ると、何が気に入らないのか眉尻を吊り上げて、叫んでいた。真耶のインカムを奪い取って。
そう叫んでいる箒をセシリアも確認し、クスリと笑う。
「あら、もしかして勘違いさせてしまいましたかしら」
そのままクスクスと笑うセシリアは実に優雅な雰囲気を纏っているが、一夏にはそんな事よりも、何に対して勘違いしているのか、と言う事が疑問だった。が、思わぬ所から、つい先程の話が掘り起こされる事になる。
「ふむ……反重力力翼、流動波干渉……重力に反発する力翼を行使する事によって、流動しているエネルギーや大気に何らかの干渉を起こすのか?」
等と一人先程までの話に疑問を持って掘り起こしている翔、一夏には何を言っているのかさっぱり分からなかったが、セシリアはそれに反応する。
「き、興味がおありでしたら、今日の放課後、わ、私と……」
妙にもじもじとしながら恥ずかしいのか、頬をうっすらと赤く染め、これから提案しようとしていたセシリアに、いや、状況的に見れば全員になのだが、声音とタイミングが明らかにセシリアへ向けられている千冬の声に、その提案は言い切る前に阻止される。
「柏木、織斑、オルコット……次は急降下と完全停止をやってみろ、目標は10センチ、オルコットは5ミリだ!」
明らかに一人だけ私怨が篭ったような目標を立てられる。単位が違うとかそう言うレベルではない。
「くっ……鋭い勘ですこと……」
忌々しい、とセシリアが小さな声で呟いたような気がずるが、きっと気のせいだと、聴いてしまった一夏はそう思い込む事にして、急降下へ集中する、と言うよりもうそれしか考えない事にする。隣も怖いし、下にいる自分の姉もなんだか怖いから。
急降下を始めた時、既にセシリアは急降下しており、翔に至っては完全停止を始めるような姿勢を取っている。自分もと集中していくが、何故だか完全停止のためのイメージが思いつかず、そして落下地点が知らぬ内にずれていたのか、セシリアと千冬が近くに見える。
(あれ? これってやばいよな?)
そう思った時には既に間に合わないタイミングだったが、その瞬間、白い壁のような物が視界に現れ次の瞬間には壁に顔から激突していた。ずるり、と激突した壁から顔を離してよくよく見てみると、それは白い壁ではなく、正宗の銀色が輝く刀身の腹だった。もう少し優しく止めてほしかったような気もするが、あのままだとセシリアと千冬にも被害が出ていたと思い直して感謝。
「すまん、助かったわ、サンキューな」
「気にするな、緊急事態だった故、手段は選べなかったがな」
言いながら左手で持っていた正宗を量子化し、収納する翔の後姿、一夏には妙に男らしく見えた。特に怪我はないか? と千冬とセシリアへ質問している翔を見ていると、箒が駆け寄ってきて翔と同じ事を聞く。
とりあえず問題ないと返しておく。翔達を観察していると、セシリアと千冬の頬が少し赤くなっているように思う。翔に守ってもらった事を今更自覚したのだろうか、セシリアはどうなのか、一夏には分からないが、自らの姉の事なら、良く分かっている。姉は昔から翔の事が好きで好きで堪らない癖に、翔に勝つまでは、やら、未だ修行中だなどと言って一向に素直になろうとしないのだ。勿論自分の姉の恋は実って欲しいとも思うし、応援もしている。だが、一夏は思う……。
(それじゃあ、翔は無理だ……千冬姉)
一度、中学の時の友達も交えて恋愛観と言うか、そう言うものについて話し合った事がある。内容的には大それたものではなく、中学生らしい、どの子が可愛いだとか、誰と付き合いたいかなどその様な内容だ。そんな話をしていく内に最初から全く会話に入ってこない翔にスポットが当たった時に、一夏達は、今までに無いほどの衝撃を味わう事になる。スポットライトの当たった翔の第一声……それは。
「好きと言う感情に違いがあるのは知識として知っているが、その明確な違いがわからんのだが」
と言うもの、一夏達は大いに驚愕した。そして、一夏達の中で認識が変わる、これでも翔はそれなりに人気があるのだ、容姿こそ悪くは無いが目立つほど良いと言うわけではない、それでも、一度決めた事は最後までやり、他人から頼まれ引き受けた時も最後までやりぬく、納得の出来ない出来事には相手が誰であれ物申す。そんな翔の姿は主に下級生から絶大な人気があった。男も女も関係なく翔に憧れていた。そしてその中には無論、翔の事が好きな女子もいたのだ、特に自分と翔の中学時代での友達の妹などは、わかりやすいほどだった。だがそれに全く気が付かない翔はなんと言う鈍感なのだ。そう一夏達は思っていた。だが、それは一夏達の勘違い。鈍いのではない。
(自分がそう言う風に人を好きになった事が無いから、相手が好意を持っているのが分かっても友愛しか判断できないだけなんだよな……)
何処の小学生……いや、幼稚園児の情緒だろう、と一夏は思う。今日日、小学生でもLikeとLoveの違いくらい分かる。一夏自体もその違いは感覚的に分かっているつもりだ、しかし、それすらも分からないという翔は恋愛情緒的に15歳とは思えないほどに子供なのである。それを総合して一夏は思う。
(大変だな、千冬姉も……)
思考から意識を戻すと、授業は終了し、皆が着替えのため、ロッカーへ向かおうとしている所だ、自分もと思い、翔に声を掛ける為、どんな化学反応が起こったのか、頬を赤らめていたセシリアと千冬が睨み合っているのに、内心関わりたくないと思ってはいたが翔達の下へ近づく事にする。
「む? 一夏か、授業は終わった、着替えに行くぞ」
一夏から声を掛ける前に、翔から気が付き声をかけてくる。それに肯定の返事を返そうとした瞬間。一夏に声を賭けてくる女子生徒。
「おーりむーらくーん、ちょっと聞きたい事あるんだけど?」
そう言って話しかけてくる女子生徒に箒の眉尻がピクリと動くが、その意図が一夏には理解できなかったため、普通に会話を進める事にする。
「何? 何か用?」
「うん、夕食の後、暇?」
その言葉に、夕食後の予定を考えるが、何も無かった。そんな自分に少しばかり寂しい気持ちを覚えるが、それは脇に退けて置き、返答する事にする。
「本当? じゃあ、夕食の後ちょっと付き合ってよ」
女子生徒の誘いに不機嫌そうに眉間に皺を刻む箒が見えたが、怖いのでノータッチで誘いに答えようとすると、返答を聞かずに女子生徒が口を開く。
「柏木君も、篠ノ之さんも、オルコットさんも、それから、出来ればで良いんですけど、織斑先生も」
その不可解な誘いのメンバーにそこに居る全員がしばし呆然とするが、千冬以外は特に異論が無いのか、肯定の返事を返す。
千冬はしばらく考え込むが、何かを思いついたのか、肯定の返事を返す。
「じゃあ、織斑先生、夕食後に学生食堂の方に来てください、お願いしますね」
それだけ言うと、その女子生徒は身を翻し、ロッカールームの方へ走っていった。その後には首を捻る一夏、箒、セシリア。何時も通りの表情で何が行われるのか予想をしている千冬と翔だけが残った。
男子ロッカールーム
「前々から思ってたんだけどさ、お前の身体って明らかにおかしいよな?」
授業が終わり、一夏と翔の二人はロッカールームで絶賛着替え中。その中で一夏が翔の肉体について指摘している。
「む? 何処がというか、何がだ?」
「いやいや、何だよその自分おかしくないっすからみたいな態度、普通俺達の年代では俺位が普通の肉体なんだよ」
言葉の通り、一夏の肉体は確かに平均的、昔一緒に剣術をしていた名残があるのか、やや筋肉が発達しているが、それでも15歳としての平均を大きく逸脱しているというわけではない。対して翔の肉体は、服を着ていれば一夏とそう変わらない体型に見えるが、現在、上半身に何も来ていない肉体はこれでもかと言うほどに絞り込まれた筋肉、意識していなくても浮き出ている腹筋と背筋、腕は指を動かすだけで何処の筋肉が動いているのか一目瞭然なほどに詰め込まれている。横腹の筋肉も発達し、筋が浮き出ている。などなど、明らかに15歳の少年の肉体ではない。
「別に太ってはいないだろう、全体的にはスマートな自信がある」
何を言っているんだこいつは、的なノリで返される。
「いや、俺が言いたいのは太いとか太くないとかそう言うことではなくてだな」
「ではどういう事だ?」
「筋肉絞り込むのはいいよ、筋肉発達しすぎてもボディービルダーみたいになるしな」
無論、翔の身体はボディービルダーのように大きく発達した筋肉が付いているわけではない。
「でも絞り込むにしても限度ってものがあるだろう、体脂肪率どれくらいだよ!」
「さてな?気にした事無かったが」
見た所、明らかに数%台は間違いないような肉体を見て、何となく自分がもしかしたら恐ろしく貧相なだけなのではないかという妄想に囚われ掛けるが、やはり翔の方がおかしいと思い直す。
「だが、俺も鍛えたくて鍛えたわけではなく、剣を振る内にこうなっていただけだ」
特に気にする事は無い、と言うように淡々と着替えを済ませていく翔に、何故か気分的に凹まされた一夏だった。
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