スポンサー広告
「IS インフィニット・ストラトス ~黒衣の侍~」
IS学園入学編
五斬 漢には時に強引さも必要だ
IS学園保健室、今現在ここには二人の人物がいる。最もその内の片方は保健室のベッドの中で穏やかにお休み中だ、もう一人は起きているが、ベッドの横にある椅子に腰掛け本を読んでいる。タイトルは「盆栽と交通規制」もう意味不明である。タイトル的にも意味不明、盆栽と交通規制の関連的にも意味不明、タイトルが盆栽と交通規制なのに表紙の絵がスマイル100%といった感じで眩しい笑顔の黒人のお兄さんなのも意味不明、しかし、一番意味不明なのは内容を想像する事も出来そうにない本を真面目そうな顔で読んでいるこの男、柏木翔が一番意味不明である事は明白だろう。
それに対し、ベッドの中で穏やかに眠っているのは、起きている時ならば、意志の強そうな瞳と金色の髪が特徴的な美少女、セシリア・オルコットで、今は決闘が終わり、気絶したセシリアを保健室のベッドへ寝かせ、起きるまで待機するつもりだった翔が残り、今現在の状況になっているわけだが、その状況にも変化が現れる。
「ん……こ、こは、何処ですの?」
「む、起きたか」
目を覚ました様子のセシリアに、件の本を閉じて声を掛ける。セシリアはベッドに横たわったまま辺りを見回し、ここが保健室だと言う事を認識すると、目に見えて落ち込む。
「私は、負けた、のですね……」
悲しそうに瞳を閉じるセシリアに、翔は声を掛けず、何時ものクールな表情を崩さず、静かに座っている。
「こういう時は慰めの言葉など、掛けるものではなくて?」
「勝者が敗者に掛ける言葉など、何を言っても同情にしか聞こえんものだ、そしてオルコットはそれを望むような人物ではない、間違ってはいないと思うが、どうだろうか?」
「確かに間違ってはいませんけど……ふふっ、おかしな人」
そういって密やかに笑うセシリアは、色々な感情を押し込めて笑っているように見えた。セシリアが今何を思っているのかと言う事は、翔の知りえる所ではない、が、それを知ろうとする事は出来る。
「さて、オルコット、そのままで良いからこちらから質問がある」
翔からの問いかけがあるという言葉に、何ですの? とベッドに横になりながらも小首を傾げるセシリア。
「君は何故、そこまで勝ちに拘る? 何か理由があるのか?」
翔からそう問われた瞬間、セシリアは全身を強張らせる。そして何かを思い出すかのように、日が暮れかける直前の窓へ視線を向ける。そのセシリアの反応に、特に何かアクションを起こすわけでもなく、セシリアが何かを話し出すのを待つ姿勢をとり、椅子に座っているだけ。
どれくらいの沈黙が流れなのか、正確な時間は分からないがセシリアの口が開く。
「その話は……必ずしなければなりませんの?」
少しの悲しさを秘めたその声音と、全体的に儚げな雰囲気を漂わせている今のセシリアは、普通の男子ならば深くは聞かないだろうが、生憎と目の前に座っている男子は普通の男子でも、聞かぬ振りをするような優しげな男子でもなかった。
「無論だ、それに、言うだろう? 敗者は黙って勝者に従え、とな」
そう言いながらにやり、と笑う翔は見方によってはひどい悪党に見えるのであろう、だが、今のセシリアには何故かその言葉に安堵を覚えていた。そして気が付けば嬉しそうに微笑みの表情を浮かべていた。
「見掛け通り性格通り、強引ですのね」
そういって笑うセシリアは、そして、また少し遠い過去を思い出すような表情で、ぽつりぽつりと語りだす。何故セシリアが勝ちに拘り、勝たなければならないと思うのか。
「私には両親がいません、二人とも三年前の越境鉄道の横転事故で亡くなりましたの……」
普段のセシリアからは感じられない衝撃的な話が飛び出しても、翔の態度は変わらず、相変わらずセシリアの話を静かに聴いている。そんな翔の姿が何故か少し嬉しく感じて、小さく笑みを浮かべる。
「母は私の憧れでした、とても厳しかったけれど今の風潮が広がる前からずっと強かった母に憧れていましたの……」
そこまで話したセシリアの目に何処となく何かを煙たがる色が見て取れるが、特に気にした風もなく、翔は話の続きをセシリアに促す。
「それに比べると父は名家に婿入りしたためか、母の機嫌を伺って何時もオドオドしていましたわ、そんな父を見ていましたから、小さい頃から、将来情けない男とは結婚しない、と思っていましたわ」
そう話すと、少し照れ臭そうに笑う。
「ISが発表されてから二人の間の溝がさらに深まって、親子三人で過ごす時間はなくなっていきましたわ、そんな二人だったのに、あの事故の日何故か一緒にいて、結局私に莫大な遺産を残して、私を一人置き去りにして二人は居なくなってしまいましたわ」
そこまで言い切ると少し悲しそうな色を帯びた瞳を外へと向ける。そのセシリアの視線に釣られるようにして翔も外を見る。日は完全に落ちていて、人工の明かりが保健室の中を照らしていた。
「それで? どうなった」
そこから先を中々話そうとしないセシリアに、背中を押すような気持ちで先を促す、この話を聞かない事にはセシリアを前へ進ませる事は出来ない、翔はそう感じていたから。
「それから……私の周りには金の亡者が群がってきました、私は両親が残したものを誰にも渡す気はありませんでした。その為に私はありとあらゆる事を勉強しましたわ、そして、IS適正テストでA+の適正が出た私に政府は国籍保持のため、いくつもの好条件を提示しました。そしてそれは両親の残したものを守る為にも役立つもので、私はイギリス代表候補生、そしてブルー・ティアーズのマスターに選ばれ、稼動データと戦闘経験値を得るため、ここへやってきたのですわ」
そこまで話し終えると、これが私が勝ちに拘る理由ですわ、と少し安堵したような表情で言い終えた。恐らく、ここへ来て誰にも言えなかった事を言い終え、何となく肩の荷が下りた、いや、誰かに知っておいて欲しかったのかも知れない、自らが闘う理由を、だが、翔としてはそこで納得されては困るのだ、前へ進ませるための背中を押すためにこの話を聞いたのに、それでセシリア自身が納得してしまえば、その戦う理由は更に頑なになってしまうのだ。
「なるほどな、奪われないために努力して勝ち続けてきて、代表候補生となって奪われない地位を保持するために勝ち続ける、と言うのがオルコットの理由か」
それも今日、あなたに負けてしまいましたけれど、と舌を出しながら恥ずかしそうに微笑む。
「確かに努力によって得られる勝ちもある、だが、全ての努力が報われる、努力が偉い、努力は無駄にはならない、そんな奇麗事を言うつもりは俺にはない、報われない努力もある、無駄になる努力もある、それがオルコットの場合、俺だったと言う事だ」
自分の今までの努力が無駄だと、自分の前では無駄だったと言われたような気がして、身を起こし、掴み掛かろうとしたが、決闘のダメージが残っているのかまたベッドへ沈む。
例えセシリア自身が本当にそう思っていたとしても、積み重ねてきた努力を他人にそれを指摘し踏みにじる権利などあるはずないのだから。
「と君は思っているようだが、それは勘違いだ。君は、その時から前へ進めていない、そしてオルコット。君が前へ進むための第一歩、それは他者を見下さない事だ。その要素があるだけで格下から足元をすくわれ、目の前の敵の強さを見誤る。まずはこれから踏み出してみると良い、少しずつでも構わない。前へ進むんだ」
必死に起き上がろうとしていたセシリアの肩を押さえながら、翔から言われた言葉に少し呆然としていた。言葉としては比較的要領を得ないような言葉だったが、頭の良いセシリアは翔が何を言いたいのかを何となく理解したのか、やさしく微笑む。
「不器用、ですのね? 我がクラスの代表さんは」
クスクスと笑うセシリアに憮然とした表情をしながらも、自分の思惑通りに勘違いしているセシリアにニヤリと笑みを向ける。
「何を言っている? 俺たちのクラスの代表は一夏だ」
唐突に出てきた一夏の名前が予想外すぎたのか呆然というか、完全に呆けたような反応のセシリア、その反応の良さに更に笑みの色を濃くする。
「ど、どーいうことですの!? 私達は確かにクラス代表を賭けて……」
その発言にすかさず切り返す、その表情は翔にしては珍しく、少し楽しそうに笑みを浮かべている。そんな表情の翔もいいな、とか余計なことを思ったセシリアだったが、それは脇にどけておく。
「何を言ってるんだ? 俺は確かに言ったぞ? 『クラス代表の決定権を賭ける』とな?」
そう言われたセシリアの頭の中には確かに千冬が声高らかにその内容の決闘を宣言している様子が再生され、その内容の理解を始めていく。クラス代表の決定権=クラス代表を決定する権利と言う事ならば、クラス代表を決める権利が勝った方に与えられると言う事。ようやく理解したセシリアは少し非難するような視線を翔に向けていた。
「これって、一種の詐欺じゃなくて?」
「何の事だ?」
そう言いながら非難の視線を送ってくるセシリアを軽く受け流す。何時もの翔の表情と態度に、もう、と諦めたように、セシリアはため息をつく。
「では、ここまで手の込んだ事をして何故織斑さんなのですか?」
これだけは答えてもらうというような雰囲気のセシリアに圧された、わけではなく、最初から答えるつもりだったようで、比較的すらっとその理由が語られる。
「あいつはあまりにも経験がなさ過ぎる上に、剣を握っていたのもかなり前の話、地力がないなら、実戦経験が必要だ、その点、クラス代表と言う立場ならそれには事欠かないからな」
その理由を聞いて、納得、と言った表情をするセシリア。
「織斑さん、雰囲気的にもそう言う役はやりたがらないでしょうしね」
だからと言ってここまでする翔に苦笑を浮かべる。案外この男は一夏には甘いのではないだろうか、と考え、微笑を浮かべる。そして何となくその笑みに何かを見透かされたように感じたのか、翔は口を開く。
「おい、オルコット……「セシリア」……む?」
決闘のダメージは大分和らいだのか、ベッドから身体を起こして、話しかけてくる翔の唇に人差し指を押し付ける。
「セシリア、と、名前でお呼びくださいな?」
そう言って片目を閉じるセシリアに、ふむ、と一つ頷く翔。
「そうだな、ぶつかり合った者同士、名前で呼ばなければかえって失礼か、では俺の事も翔と呼べ」
提案ではなく命令断定のような形で言ってくる翔に、らしい、と思いつつ、はい、と肯定の返事を返すセシリア。
「ではセシリアも動けるようになった事だからな、寮に戻るか」
「了解ですわ」
そう言って椅子から立ち上がる翔、セシリアもベッドから起き上がり、翔の横に並び二人連れ立って寮へ歩き出す。
日は完全に沈み、空には星と月が浮かんでいた。
寮へ帰ってきて翔と別れたセシリアは部屋でシャワーを浴びていた。汗をかいて不快だった所に少し熱めの温度のお湯が自らの白い肌を叩く感触が心地良い。そこでふと鏡に映る自分を見て、思い出すのは何故か自分を負かせた男の事。
初めてだった、今まで見てきたどの男とも違う、信念を貫き通し、誰にも媚びない強い意志を持った瞳。そして実際彼は強かった。剣一本で圧倒的に完膚なきまでに負かされた、手も足も出ないというのはああいう事を言うのだろう。黒い影に光が纏わるその光景が綺麗で、そう思った時には意識が刈り取られていた。気が付いたら保健室で、そこで彼と話をして、ここへ入学してからも誰にも話すつもりのなかった話までしてしまって。それから前へ進めと言われて、彼が背中を押してくれるなら前に進めるかな、と思ったりもした。それから彼は意外に一夏に甘くて、それがわかった時の彼は……
「少し、かわいかったな……」
言いながら彼が拗ねた様な憮然とした顔が浮かび、その次に悪戯が成功した時の子供のような笑顔も浮かぶ。やっぱりかわいい所もあると思う。クールなだけが彼の顔じゃない。それから名前を呼び合って……そこでふと彼の唇に触れた自分の右手の人差し指が目に入る。
気が付けばそれを自分の唇へと押し付けていて、自覚した瞬間に全身が熱くなった。
「な、何をしているの!? 私ってば!」
それでも、名残惜しくて何となく自分の右手の人指し指に視線が行ってしまう。それから無理矢理視線をはずし頭を振り、でもやはり、思い浮かぶのは彼の色んな表情。それを思い出すと思ってしまう。
「もっと、もっと、彼の事が知りたい……」
そう呟いてからもう一度鏡を見てみる、そこには一般的に見て美少女と言われるであろう自分の顔と、そこそこ大きな胸に同性達が羨む細い腰、全体的に見てもいいプロポーションだと思う。そんな自分を頭の中で彼と並べてみる。
「うん、違和感なんてないですわね」
などと、そんな妄想ばかりが膨らんでいくセシリア、結局広がる妄想に歯止めが利かず、寝付いたのは日付が完全に超えてからだった。
決闘の翌日、IS学園一年一組。
この学園に二人しかいない男子生徒の片割れ、織斑一夏は現在、黒板に書かれた信じられない文字を目にして、開いた口が塞がらない所か、もう少し開いたら顎が外れるのではないかと心配になるほどである。
その一夏がこんな事になっている理由。
「はい、一年一組クラス代表は織斑一夏君に決定しましたー、あ、一繋がりでいい感じですね」
おめでとう、織斑君と書かれた黒板を背に、一年一組副担任、山田真耶が何が嬉しいのかニコニコと笑顔で、その理由を発表していた。その事実に一夏はよろよろと手を上げる。
「はい? 何ですか? 織斑君」
「な、何で俺がクラス代表なんですか? 翔とセシリアがクラス代表の座を賭けてたんじゃあ?」
凹みまくりながらも何とか言い切った一夏に、千冬が出てきて一夏の勘違いを正す。
「織斑、お前は私と柏木の話の内容を聞いていなかったのか? 私達は『クラス代表の決定権を賭けて』と言ったんだぞ?」
さらりと千冬から言われた一夏は、その言葉の意味を理解しようと沈黙、数秒後、昨日のセシリアと同じ図式が頭に浮かび、昨日の決闘でその件の権利を勝ち取った存在へと顔を向ける。最も、その動きは壊れた機械のようにゆっくりとしたものだったが。そうして一夏の後ろの席に座る権利者は何時もと同じく何処吹く風というような表情でそこに座っていた。
「翔! お前何て事してくれたんだ!」
柏木君やるぅ! やら、わかってるねー! 等と女子生徒の声が響く中で一夏は思わず翔の肩を揺らしに掛かる、が、実際びくともしていない。
そんな中一人の女子生徒――セシリアが立ち上がり、その理由を一夏に説明する。
「落ち着いてください、織斑さん、この決定にはちゃんと理由がありますのよ?」
その言葉に一夏の肩揺さぶり(全然揺れてなかったが)が止められる。
「理由?」
「えぇ、そうです、織斑さんはISの経験は浅い、そうですわね?」
間違いではないので、一夏はその問いかけに素直に頷く。それを見たセシリアも言葉を続ける。
「IS操縦において一番の糧は実戦経験ですわ、その点、クラス代表になれば戦闘の機会には事欠きませんから、ISの操縦が上達するための近道と言うわけですわ」
セシリアの説明に、なるほど、と納得しかけるが、それは翔も同じだったと言う事を思い出す。
「なら、翔だって同じ……」
と言いかけた瞬間、一夏の発言は千冬の出席簿アタックによって強制的に中断させられた。
「馬鹿者、同じなどあるか、柏木はお前と地力が違う。大体、昨日の戦いもあれだけ闘えたのは柏木の地力とイメージする力が日々の剣術の鍛錬で養われていたからだ」
昨日翔があれだけ闘えた事のからくりは千冬が言ったよう、そこにあった、翔にとって、剣術の鍛錬の時、仮想の敵をイメージし、その明確にイメージされた仮想の敵と戦うと言った鍛錬もメニューにあるため、イメージする力と言うのは飛びぬけて強い。
以上の理由を千冬に説明された事で、一夏も納得せざるを得ない。
「わ、わかったよ、だけどじゃあ、また昔みたいに俺に稽古つけてくれよ」
実戦経験と同じ様に自らのISに合った技術を身につけるために、翔へ稽古を頼む。ちなみにこの時一夏は既に自分のIS、白式を手に入れている。それを使って千冬の訓練と言う名の憂さ晴らしにつき合わされたのは一夏の中で記憶に新しい。
「いきなり俺の稽古についてくるのは無理だな、俺と今のお前との差はそれほどあるという事だ」
昔から翔は無理な事は何があっても無理と言う性格だったが、それは今も変わっていないようで、ばっさりと切り捨てられる一夏。そして落ち込む。しかし、翔はそんな事は予想済みだったのか、こちらのやり取りを見ていた箒へ向かって一夏に見えないようにピースサインを出す。
「まぁ、落ち込むな、剣の方はまず、箒に見てもらえ、それである程度耐えられる様になったら稽古つけてやるよ」
先程のピースサインの意味を理解したのか、箒は少し頬を赤くさせながら立ち上がる。
「わ、私がか!?」
「そうだ、箒なら剣道で全国大会優勝を果たしているからな、基礎などを学ぶなら丁度いいだろう」
どうだ? と問うてくる翔に、少し考える一夏。が、すぐに答えは出たのか、一つ頷く。
「分かった、なら、箒、放課後稽古つけてくれ」
「う、うむ、そこまで言うなら仕方ない……」
サンキューな、と言って笑う一夏の顔を見て、一夏の見えない角度で、ぐっと小さくガットポーズをした後、翔へ向かってサムズアップ、翔もいつもと変わらない感情を悟らせないような表情でサムズアップ、と、そこまでのやり取りで、セシリアが何か思いついたのか、もじもじとしながら翔へ話しかけてくる。その頬は気のせいかもしれないが、ほんのり赤く色づいているように見える。
「あ、あの、翔さん、で、でしたら、放課後はお時間が空くのですよね?」
翔とセシリアのやり取りの中で、セシリアの雰囲気と翔さん、と名前を呼んだ事で、千冬の眉尻がピクリ、と反応する。不幸にも一夏はその様子を目撃してしまったようで、机に顔を伏せて自分の殻に閉じこもってしまう。何かトラウマに触れてしまったようだ。
「あぁ、それがどうかしたか?」
「で、でしたら、放課後、私に稽古を……」
つけてくださいませんか、と続けようとした所で、千冬の声に遮られる。
「小娘が、柏木に稽古をつけてもらうなど、10年早い、そもそも、柏木は放課後に私がISについて、マンツーマンで講義する事になっている」
気のせいかもしれないが、マンツーマンの部分が強調されたように聞こえたセシリアの眉は急角度で釣り上がっていく、が、口元はひくひくさせながらも笑みの形を浮かべている。ギリギリいっぱいで頑張っているらしい。
「あ、あら、織斑先生がですの? その講義私も聞いてみたいですわ? 参加してもよろしいでしょうか?」
セシリアの台詞に、ちっ、邪魔者め、と小さく千冬の口から聞こえた気がしたがきっと気のせいだろう。
「残念だが、私も……「一々確認を取らなくとも織斑教諭はセシリアだけ弾くなどということはせんだろう、面倒見がいいからな」……あぁ、任せておけ、放課後だからな」
翔に面倒見がいいと褒められたのが嬉しかったのか、それともそのイメージを崩すわけにはいかないと思ったのか、断りの言葉を飲み込む、が、ある事に気が付いた千冬はセシリアを睨みつけ、セシリアも負けじと睨み返す。表向き世界最強の座に着いた者に睨み合いが出来るセシリアは実際の所かなり強いと思われるかもしれないが、この際スルーの方向で場面は動く。
千冬が気が付いたある事、それは、セシリアと翔が名前で呼び合っていると言う事実。その結果、セシリアも千冬から何かしら感じ取ったのか、その結果がこの睨み合いという結果。
その二人に挟まれた翔は、相も変わらず何処吹く風と言うような表情で授業の準備を進めていた。
結局この日の被害は千冬とセシリアの睨み合いによる一年一組の不気味なまでに静まり返った雰囲気と、妙に下がったような気がする温度に、トラウマに触れた一夏と言う被害になった。
それに対し、ベッドの中で穏やかに眠っているのは、起きている時ならば、意志の強そうな瞳と金色の髪が特徴的な美少女、セシリア・オルコットで、今は決闘が終わり、気絶したセシリアを保健室のベッドへ寝かせ、起きるまで待機するつもりだった翔が残り、今現在の状況になっているわけだが、その状況にも変化が現れる。
「ん……こ、こは、何処ですの?」
「む、起きたか」
目を覚ました様子のセシリアに、件の本を閉じて声を掛ける。セシリアはベッドに横たわったまま辺りを見回し、ここが保健室だと言う事を認識すると、目に見えて落ち込む。
「私は、負けた、のですね……」
悲しそうに瞳を閉じるセシリアに、翔は声を掛けず、何時ものクールな表情を崩さず、静かに座っている。
「こういう時は慰めの言葉など、掛けるものではなくて?」
「勝者が敗者に掛ける言葉など、何を言っても同情にしか聞こえんものだ、そしてオルコットはそれを望むような人物ではない、間違ってはいないと思うが、どうだろうか?」
「確かに間違ってはいませんけど……ふふっ、おかしな人」
そういって密やかに笑うセシリアは、色々な感情を押し込めて笑っているように見えた。セシリアが今何を思っているのかと言う事は、翔の知りえる所ではない、が、それを知ろうとする事は出来る。
「さて、オルコット、そのままで良いからこちらから質問がある」
翔からの問いかけがあるという言葉に、何ですの? とベッドに横になりながらも小首を傾げるセシリア。
「君は何故、そこまで勝ちに拘る? 何か理由があるのか?」
翔からそう問われた瞬間、セシリアは全身を強張らせる。そして何かを思い出すかのように、日が暮れかける直前の窓へ視線を向ける。そのセシリアの反応に、特に何かアクションを起こすわけでもなく、セシリアが何かを話し出すのを待つ姿勢をとり、椅子に座っているだけ。
どれくらいの沈黙が流れなのか、正確な時間は分からないがセシリアの口が開く。
「その話は……必ずしなければなりませんの?」
少しの悲しさを秘めたその声音と、全体的に儚げな雰囲気を漂わせている今のセシリアは、普通の男子ならば深くは聞かないだろうが、生憎と目の前に座っている男子は普通の男子でも、聞かぬ振りをするような優しげな男子でもなかった。
「無論だ、それに、言うだろう? 敗者は黙って勝者に従え、とな」
そう言いながらにやり、と笑う翔は見方によってはひどい悪党に見えるのであろう、だが、今のセシリアには何故かその言葉に安堵を覚えていた。そして気が付けば嬉しそうに微笑みの表情を浮かべていた。
「見掛け通り性格通り、強引ですのね」
そういって笑うセシリアは、そして、また少し遠い過去を思い出すような表情で、ぽつりぽつりと語りだす。何故セシリアが勝ちに拘り、勝たなければならないと思うのか。
「私には両親がいません、二人とも三年前の越境鉄道の横転事故で亡くなりましたの……」
普段のセシリアからは感じられない衝撃的な話が飛び出しても、翔の態度は変わらず、相変わらずセシリアの話を静かに聴いている。そんな翔の姿が何故か少し嬉しく感じて、小さく笑みを浮かべる。
「母は私の憧れでした、とても厳しかったけれど今の風潮が広がる前からずっと強かった母に憧れていましたの……」
そこまで話したセシリアの目に何処となく何かを煙たがる色が見て取れるが、特に気にした風もなく、翔は話の続きをセシリアに促す。
「それに比べると父は名家に婿入りしたためか、母の機嫌を伺って何時もオドオドしていましたわ、そんな父を見ていましたから、小さい頃から、将来情けない男とは結婚しない、と思っていましたわ」
そう話すと、少し照れ臭そうに笑う。
「ISが発表されてから二人の間の溝がさらに深まって、親子三人で過ごす時間はなくなっていきましたわ、そんな二人だったのに、あの事故の日何故か一緒にいて、結局私に莫大な遺産を残して、私を一人置き去りにして二人は居なくなってしまいましたわ」
そこまで言い切ると少し悲しそうな色を帯びた瞳を外へと向ける。そのセシリアの視線に釣られるようにして翔も外を見る。日は完全に落ちていて、人工の明かりが保健室の中を照らしていた。
「それで? どうなった」
そこから先を中々話そうとしないセシリアに、背中を押すような気持ちで先を促す、この話を聞かない事にはセシリアを前へ進ませる事は出来ない、翔はそう感じていたから。
「それから……私の周りには金の亡者が群がってきました、私は両親が残したものを誰にも渡す気はありませんでした。その為に私はありとあらゆる事を勉強しましたわ、そして、IS適正テストでA+の適正が出た私に政府は国籍保持のため、いくつもの好条件を提示しました。そしてそれは両親の残したものを守る為にも役立つもので、私はイギリス代表候補生、そしてブルー・ティアーズのマスターに選ばれ、稼動データと戦闘経験値を得るため、ここへやってきたのですわ」
そこまで話し終えると、これが私が勝ちに拘る理由ですわ、と少し安堵したような表情で言い終えた。恐らく、ここへ来て誰にも言えなかった事を言い終え、何となく肩の荷が下りた、いや、誰かに知っておいて欲しかったのかも知れない、自らが闘う理由を、だが、翔としてはそこで納得されては困るのだ、前へ進ませるための背中を押すためにこの話を聞いたのに、それでセシリア自身が納得してしまえば、その戦う理由は更に頑なになってしまうのだ。
「なるほどな、奪われないために努力して勝ち続けてきて、代表候補生となって奪われない地位を保持するために勝ち続ける、と言うのがオルコットの理由か」
それも今日、あなたに負けてしまいましたけれど、と舌を出しながら恥ずかしそうに微笑む。
「確かに努力によって得られる勝ちもある、だが、全ての努力が報われる、努力が偉い、努力は無駄にはならない、そんな奇麗事を言うつもりは俺にはない、報われない努力もある、無駄になる努力もある、それがオルコットの場合、俺だったと言う事だ」
自分の今までの努力が無駄だと、自分の前では無駄だったと言われたような気がして、身を起こし、掴み掛かろうとしたが、決闘のダメージが残っているのかまたベッドへ沈む。
例えセシリア自身が本当にそう思っていたとしても、積み重ねてきた努力を他人にそれを指摘し踏みにじる権利などあるはずないのだから。
「と君は思っているようだが、それは勘違いだ。君は、その時から前へ進めていない、そしてオルコット。君が前へ進むための第一歩、それは他者を見下さない事だ。その要素があるだけで格下から足元をすくわれ、目の前の敵の強さを見誤る。まずはこれから踏み出してみると良い、少しずつでも構わない。前へ進むんだ」
必死に起き上がろうとしていたセシリアの肩を押さえながら、翔から言われた言葉に少し呆然としていた。言葉としては比較的要領を得ないような言葉だったが、頭の良いセシリアは翔が何を言いたいのかを何となく理解したのか、やさしく微笑む。
「不器用、ですのね? 我がクラスの代表さんは」
クスクスと笑うセシリアに憮然とした表情をしながらも、自分の思惑通りに勘違いしているセシリアにニヤリと笑みを向ける。
「何を言っている? 俺たちのクラスの代表は一夏だ」
唐突に出てきた一夏の名前が予想外すぎたのか呆然というか、完全に呆けたような反応のセシリア、その反応の良さに更に笑みの色を濃くする。
「ど、どーいうことですの!? 私達は確かにクラス代表を賭けて……」
その発言にすかさず切り返す、その表情は翔にしては珍しく、少し楽しそうに笑みを浮かべている。そんな表情の翔もいいな、とか余計なことを思ったセシリアだったが、それは脇にどけておく。
「何を言ってるんだ? 俺は確かに言ったぞ? 『クラス代表の決定権を賭ける』とな?」
そう言われたセシリアの頭の中には確かに千冬が声高らかにその内容の決闘を宣言している様子が再生され、その内容の理解を始めていく。クラス代表の決定権=クラス代表を決定する権利と言う事ならば、クラス代表を決める権利が勝った方に与えられると言う事。ようやく理解したセシリアは少し非難するような視線を翔に向けていた。
「これって、一種の詐欺じゃなくて?」
「何の事だ?」
そう言いながら非難の視線を送ってくるセシリアを軽く受け流す。何時もの翔の表情と態度に、もう、と諦めたように、セシリアはため息をつく。
「では、ここまで手の込んだ事をして何故織斑さんなのですか?」
これだけは答えてもらうというような雰囲気のセシリアに圧された、わけではなく、最初から答えるつもりだったようで、比較的すらっとその理由が語られる。
「あいつはあまりにも経験がなさ過ぎる上に、剣を握っていたのもかなり前の話、地力がないなら、実戦経験が必要だ、その点、クラス代表と言う立場ならそれには事欠かないからな」
その理由を聞いて、納得、と言った表情をするセシリア。
「織斑さん、雰囲気的にもそう言う役はやりたがらないでしょうしね」
だからと言ってここまでする翔に苦笑を浮かべる。案外この男は一夏には甘いのではないだろうか、と考え、微笑を浮かべる。そして何となくその笑みに何かを見透かされたように感じたのか、翔は口を開く。
「おい、オルコット……「セシリア」……む?」
決闘のダメージは大分和らいだのか、ベッドから身体を起こして、話しかけてくる翔の唇に人差し指を押し付ける。
「セシリア、と、名前でお呼びくださいな?」
そう言って片目を閉じるセシリアに、ふむ、と一つ頷く翔。
「そうだな、ぶつかり合った者同士、名前で呼ばなければかえって失礼か、では俺の事も翔と呼べ」
提案ではなく命令断定のような形で言ってくる翔に、らしい、と思いつつ、はい、と肯定の返事を返すセシリア。
「ではセシリアも動けるようになった事だからな、寮に戻るか」
「了解ですわ」
そう言って椅子から立ち上がる翔、セシリアもベッドから起き上がり、翔の横に並び二人連れ立って寮へ歩き出す。
日は完全に沈み、空には星と月が浮かんでいた。
寮へ帰ってきて翔と別れたセシリアは部屋でシャワーを浴びていた。汗をかいて不快だった所に少し熱めの温度のお湯が自らの白い肌を叩く感触が心地良い。そこでふと鏡に映る自分を見て、思い出すのは何故か自分を負かせた男の事。
初めてだった、今まで見てきたどの男とも違う、信念を貫き通し、誰にも媚びない強い意志を持った瞳。そして実際彼は強かった。剣一本で圧倒的に完膚なきまでに負かされた、手も足も出ないというのはああいう事を言うのだろう。黒い影に光が纏わるその光景が綺麗で、そう思った時には意識が刈り取られていた。気が付いたら保健室で、そこで彼と話をして、ここへ入学してからも誰にも話すつもりのなかった話までしてしまって。それから前へ進めと言われて、彼が背中を押してくれるなら前に進めるかな、と思ったりもした。それから彼は意外に一夏に甘くて、それがわかった時の彼は……
「少し、かわいかったな……」
言いながら彼が拗ねた様な憮然とした顔が浮かび、その次に悪戯が成功した時の子供のような笑顔も浮かぶ。やっぱりかわいい所もあると思う。クールなだけが彼の顔じゃない。それから名前を呼び合って……そこでふと彼の唇に触れた自分の右手の人差し指が目に入る。
気が付けばそれを自分の唇へと押し付けていて、自覚した瞬間に全身が熱くなった。
「な、何をしているの!? 私ってば!」
それでも、名残惜しくて何となく自分の右手の人指し指に視線が行ってしまう。それから無理矢理視線をはずし頭を振り、でもやはり、思い浮かぶのは彼の色んな表情。それを思い出すと思ってしまう。
「もっと、もっと、彼の事が知りたい……」
そう呟いてからもう一度鏡を見てみる、そこには一般的に見て美少女と言われるであろう自分の顔と、そこそこ大きな胸に同性達が羨む細い腰、全体的に見てもいいプロポーションだと思う。そんな自分を頭の中で彼と並べてみる。
「うん、違和感なんてないですわね」
などと、そんな妄想ばかりが膨らんでいくセシリア、結局広がる妄想に歯止めが利かず、寝付いたのは日付が完全に超えてからだった。
決闘の翌日、IS学園一年一組。
この学園に二人しかいない男子生徒の片割れ、織斑一夏は現在、黒板に書かれた信じられない文字を目にして、開いた口が塞がらない所か、もう少し開いたら顎が外れるのではないかと心配になるほどである。
その一夏がこんな事になっている理由。
「はい、一年一組クラス代表は織斑一夏君に決定しましたー、あ、一繋がりでいい感じですね」
おめでとう、織斑君と書かれた黒板を背に、一年一組副担任、山田真耶が何が嬉しいのかニコニコと笑顔で、その理由を発表していた。その事実に一夏はよろよろと手を上げる。
「はい? 何ですか? 織斑君」
「な、何で俺がクラス代表なんですか? 翔とセシリアがクラス代表の座を賭けてたんじゃあ?」
凹みまくりながらも何とか言い切った一夏に、千冬が出てきて一夏の勘違いを正す。
「織斑、お前は私と柏木の話の内容を聞いていなかったのか? 私達は『クラス代表の決定権を賭けて』と言ったんだぞ?」
さらりと千冬から言われた一夏は、その言葉の意味を理解しようと沈黙、数秒後、昨日のセシリアと同じ図式が頭に浮かび、昨日の決闘でその件の権利を勝ち取った存在へと顔を向ける。最も、その動きは壊れた機械のようにゆっくりとしたものだったが。そうして一夏の後ろの席に座る権利者は何時もと同じく何処吹く風というような表情でそこに座っていた。
「翔! お前何て事してくれたんだ!」
柏木君やるぅ! やら、わかってるねー! 等と女子生徒の声が響く中で一夏は思わず翔の肩を揺らしに掛かる、が、実際びくともしていない。
そんな中一人の女子生徒――セシリアが立ち上がり、その理由を一夏に説明する。
「落ち着いてください、織斑さん、この決定にはちゃんと理由がありますのよ?」
その言葉に一夏の肩揺さぶり(全然揺れてなかったが)が止められる。
「理由?」
「えぇ、そうです、織斑さんはISの経験は浅い、そうですわね?」
間違いではないので、一夏はその問いかけに素直に頷く。それを見たセシリアも言葉を続ける。
「IS操縦において一番の糧は実戦経験ですわ、その点、クラス代表になれば戦闘の機会には事欠きませんから、ISの操縦が上達するための近道と言うわけですわ」
セシリアの説明に、なるほど、と納得しかけるが、それは翔も同じだったと言う事を思い出す。
「なら、翔だって同じ……」
と言いかけた瞬間、一夏の発言は千冬の出席簿アタックによって強制的に中断させられた。
「馬鹿者、同じなどあるか、柏木はお前と地力が違う。大体、昨日の戦いもあれだけ闘えたのは柏木の地力とイメージする力が日々の剣術の鍛錬で養われていたからだ」
昨日翔があれだけ闘えた事のからくりは千冬が言ったよう、そこにあった、翔にとって、剣術の鍛錬の時、仮想の敵をイメージし、その明確にイメージされた仮想の敵と戦うと言った鍛錬もメニューにあるため、イメージする力と言うのは飛びぬけて強い。
以上の理由を千冬に説明された事で、一夏も納得せざるを得ない。
「わ、わかったよ、だけどじゃあ、また昔みたいに俺に稽古つけてくれよ」
実戦経験と同じ様に自らのISに合った技術を身につけるために、翔へ稽古を頼む。ちなみにこの時一夏は既に自分のIS、白式を手に入れている。それを使って千冬の訓練と言う名の憂さ晴らしにつき合わされたのは一夏の中で記憶に新しい。
「いきなり俺の稽古についてくるのは無理だな、俺と今のお前との差はそれほどあるという事だ」
昔から翔は無理な事は何があっても無理と言う性格だったが、それは今も変わっていないようで、ばっさりと切り捨てられる一夏。そして落ち込む。しかし、翔はそんな事は予想済みだったのか、こちらのやり取りを見ていた箒へ向かって一夏に見えないようにピースサインを出す。
「まぁ、落ち込むな、剣の方はまず、箒に見てもらえ、それである程度耐えられる様になったら稽古つけてやるよ」
先程のピースサインの意味を理解したのか、箒は少し頬を赤くさせながら立ち上がる。
「わ、私がか!?」
「そうだ、箒なら剣道で全国大会優勝を果たしているからな、基礎などを学ぶなら丁度いいだろう」
どうだ? と問うてくる翔に、少し考える一夏。が、すぐに答えは出たのか、一つ頷く。
「分かった、なら、箒、放課後稽古つけてくれ」
「う、うむ、そこまで言うなら仕方ない……」
サンキューな、と言って笑う一夏の顔を見て、一夏の見えない角度で、ぐっと小さくガットポーズをした後、翔へ向かってサムズアップ、翔もいつもと変わらない感情を悟らせないような表情でサムズアップ、と、そこまでのやり取りで、セシリアが何か思いついたのか、もじもじとしながら翔へ話しかけてくる。その頬は気のせいかもしれないが、ほんのり赤く色づいているように見える。
「あ、あの、翔さん、で、でしたら、放課後はお時間が空くのですよね?」
翔とセシリアのやり取りの中で、セシリアの雰囲気と翔さん、と名前を呼んだ事で、千冬の眉尻がピクリ、と反応する。不幸にも一夏はその様子を目撃してしまったようで、机に顔を伏せて自分の殻に閉じこもってしまう。何かトラウマに触れてしまったようだ。
「あぁ、それがどうかしたか?」
「で、でしたら、放課後、私に稽古を……」
つけてくださいませんか、と続けようとした所で、千冬の声に遮られる。
「小娘が、柏木に稽古をつけてもらうなど、10年早い、そもそも、柏木は放課後に私がISについて、マンツーマンで講義する事になっている」
気のせいかもしれないが、マンツーマンの部分が強調されたように聞こえたセシリアの眉は急角度で釣り上がっていく、が、口元はひくひくさせながらも笑みの形を浮かべている。ギリギリいっぱいで頑張っているらしい。
「あ、あら、織斑先生がですの? その講義私も聞いてみたいですわ? 参加してもよろしいでしょうか?」
セシリアの台詞に、ちっ、邪魔者め、と小さく千冬の口から聞こえた気がしたがきっと気のせいだろう。
「残念だが、私も……「一々確認を取らなくとも織斑教諭はセシリアだけ弾くなどということはせんだろう、面倒見がいいからな」……あぁ、任せておけ、放課後だからな」
翔に面倒見がいいと褒められたのが嬉しかったのか、それともそのイメージを崩すわけにはいかないと思ったのか、断りの言葉を飲み込む、が、ある事に気が付いた千冬はセシリアを睨みつけ、セシリアも負けじと睨み返す。表向き世界最強の座に着いた者に睨み合いが出来るセシリアは実際の所かなり強いと思われるかもしれないが、この際スルーの方向で場面は動く。
千冬が気が付いたある事、それは、セシリアと翔が名前で呼び合っていると言う事実。その結果、セシリアも千冬から何かしら感じ取ったのか、その結果がこの睨み合いという結果。
その二人に挟まれた翔は、相も変わらず何処吹く風と言うような表情で授業の準備を進めていた。
結局この日の被害は千冬とセシリアの睨み合いによる一年一組の不気味なまでに静まり返った雰囲気と、妙に下がったような気がする温度に、トラウマに触れた一夏と言う被害になった。
- 関連記事
- 六斬 漢は如何なる時も冷静に対処するもんだ
- 五斬 漢には時に強引さも必要だ
- 四斬 漢は他人を受け止める器がでかいもんだ
~ Trackback ~
卜ラックバックURL
⇒
⇒この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
~ Comment ~