日本代表のブラジルW杯が終わった。思うことを書き残しておきたい。このブログもだいぶ放置してしまったからね(笑)。
この大会だけで惨敗、全然世界と差があるというのは少し違うと思う。ずっとスタイルを模索してきて、ようやく形になって、今回は結果はダメダメだったけどスタイルはこれでいけるんじゃない? くらいまでのレベルには到達した。大会に入っていく準備やメンタルなどを総合的に上げていかないといけないのは間違いないが、この何年間で、ずっと追い求めてきたスタイルの方向性を確信するには十分前進したと思う。その意味でザックジャパンがやったことは大きな意味を持つ。
そんななかで僕自身は、今の攻撃スタイルを維持したまま、一方で、守備の強度だったり、組織で守るときの方法論だったりを習得するのがベストだと考える。そういう戦い方ができれば幅が出るし、幸い、長らく栃木SCを取材していて守備の方法論を持っている指導者に出会えたので今後はその方向性の発信を増やせればいいなと。
攻撃面については引き続き精度をあげていけばいいとして、今後、日本代表が手付かずになっている「守備力をあげる」というテーマで整理すれば……
個々の課題として言えるのは、やはり、球際の部分。育成年代でも日本のチームが海外遠征したときに持ち帰る課題は「ゴールへの意識」と「球際の激しさ」。前者についてもまだ足りないが随分と改善されたとして、後者についても日頃の意識レベルから劇的に変わる必要がある。育成年代から地道に働きかけていくほかないのだと思う。道は長い……。
チームとしての守備という観点でいえば、今の攻撃スタイルを維持することを前提に考えるが、崩しの精度をあげてフィニッシュで終わる回数を増やす、これでカウンターを受ける回数も減る。
ショートパスのつなぎの部分でミスをした、奪われたときにはすぐに奪い返せるように選手たちの距離感を保って攻撃する精度を上げる。それでもすぐに奪い返せず、囲い込みをくぐり抜けられてカウンターを食らってしまったら、それこそ猛烈な勢いで帰陣する(それだけの守備意識をあらかじめ持っている文化を醸成するという意味で壮大な取り組みなのかもしれないが)。
それでも日本人の個々の身体能力を考えれば、コロンビアみたいに相手のカウンターが鋭かったり強みを持っていたりするとやられてしまうけれど、そのリスクは覚悟の上。それが“前からいく”という攻撃スタイルが同時に持つべき考え方や心構えだろう。
たしかにそれには勇気が必要で、その勇気が今大会の代表に足りなかったのかどうかは僕にはわからない。
あるいは攻守のバランス感覚。イケイケドンドンではなく試合運びに緩急をつけるということだろうか。被カウンターの回数を減らすための攻守のバランス感覚の重要性といったところの話。
それとボールキープのためのポゼッション。フィニッシュまでいくことを目指すポゼッションではなく、あくまでボールキープをするため、つまり、守備をする時間を減らすためのポゼッションをする時間帯をつくる。スペインなどはリードしたときによくやる方法だ。
最後に、自分たちがボールを持てない、自分たちにリズムがないとき、守備をしながら我慢しないといけないときの方法論。まあ、これが一番言いたいことだが、それが組織的守備であり、一般にいう、ゾーンディフェンスだ。
日本代表にはこの考え方がなかった。というか、そもそも日本サッカーには未だに組織的に守るという概念が存在しない。ゾーンディフェンスという考え方がないし、ほとんどの選手たちが実は、知らない。
「ゾーンディフェンスとはマークを受け渡して、自分のエリアに入ってきた選手に対して守備をすること」
これはまったくの間違い。だが、トップレベルの選手ですらそのように考えている選手が少なくない。というか、むしろ多い。J1のチームの守備はほぼマンツーマンか誤った認識のゾーンの併用。ときどきコーナーキックをゾーンで守っているチームがあるがそれはそれで、オンザプレーでのゾーンディフェンスの概念は日本サッカーにはほぼないと断言してもいい。
僕は栃木SCの取材を長年していて松田浩というゾーンディフェンスの名手に組織的守備の方法論を学んだが、その間も栃木にレンタルでやってくるJ1の選手が「こんな守備の方法は教わったことがない」と驚愕するのが常だった。松田氏が教えていたのは基本的なゾーンディフェンスの方法論で、これは90年代にイタリアでアリゴ・サッキが提唱して欧州を席巻した守備の方法論なのだが、これが日本まで十分に到達しなかった。松田氏などがJリーグで実践しても日本では「守備的だ」と揶揄されてしまうのがオチだった。
ザッケローニも就任早々、初戦となったアルゼンチン戦前の短期合宿で、日本代表に招集された選手たちにまず守備戦術の指導に当たっていたようだが、新聞報道では、ある選手が「こんな守備の方法は教えられたことがなかった」「守るときの身体の向きがまるで逆なんですよ」などと驚いた様子が紹介されていた。つまりはそれが日本サッカーに守備戦術が皆無だという状況を端的に示していた。ザッケローニが教え込んだのは、守備戦術のおけるポジションニングや身体の向きなど基本的なものだったようだが、それすらも日本代表クラスの選手たちには真新しかったのだ。
その後の日本代表は、ときが進むにつれて、組織立った守備戦術というものが感じられなくなった。一方で、攻撃面ばかりがクローズアップされるようになった。ザッケローニは、基本的な守備戦術すら把握できていない日本の選手たちに、守備戦術を浸透させるのを諦めたのではないだろうかと推測したくなるほどだ。
では、そのゾーンディフェンスとは何かを改めて。
これはボールを中心に選手たちそれぞれが守備ポジションを決めて陣形を組む組織的守備の方法論。ボールを中心に守備ポジションを決めるから、相手の動き出しに左右されにくい。相手の走りだしに釣られて、そこにスペースが生まれる、なんて考え方はしない。
よく相手のサイドバックの駆け上がりに対して、サイドハーフが仕方なく追いかけて最終ラインで守備をしなくてはならない、などという状況が発生するがそれはマンツーマンで行っている“頑張る”守備を指している。南アW杯の日本代表の守備がそれだ。しかしこの守備方法はかなり非効率で、サイドハーフが最終ラインに吸収されてしまい、ボールを奪った瞬間に攻撃へ移行できない。体力も奪われてしまう。大久保嘉人や松井大輔がそうだったように。
今大会の日本代表もそのままだった。初戦のコートジボワール戦。あの連続失点をくらった場面は明らかに日本の時間帯ではなかった。耐える時間帯だった。その左サイド。そもそも香川真司は守備が苦手な選手だが、長友佑都との守備の連携がとれておらず、香川は自分のマーカーに釣られて中に引っ張られ、長友は相手のサイドハーフに最終ラインまで押し込まれ、クロッサーとなった相手のサイドバックをまったくフリーな状態にしてしまった。
あの状況のときにゾーンディフェンスで対抗できていたならば、あれだけクロッサーをフリーにすることもなかった可能性がある。相手がどれだけ高い位置をとってこようと、サイドから中に走り出されようとも、その“人”にはまったく釣られないので守備ブロックの陣形は崩れない。あくまで守備をする対象はボール。ボールホルダーに対して一番近い選手のファーストディフェンスが行われ、その味方選手に対して次の選手の守備ポジションが決まるので、守備が連動し、隊列を組んで相手のボールホルダーにプレッシャーをかけることができるのだ。つまりそれは、相手にボールを持たせながら主導権を握るということでもある。
今大会でいえば、アルゼンチン対イランの、イランの守備は見事だった。ボールを握ったのは終始アルゼンチンだったが、イランはペナルティエリア内にリトリートして引きこもるのではなく、選手たちの距離感を保ちつつしっかりゴール前にDFとMFの2ラインを形成して、ボールを中心に守備をしていた。なので陣形が崩れず、FWも含めた3ラインの守備がきっちり連動していたので、アルゼンチンに十分なスペースを与えていなかった。アルゼンチンの選手たちは動き直しを繰り返して、イランの選手たちを動かしてスペースを作ろうと試みていたが、ついにイランの守備体系は崩れず、まったく動じなかった。それどころか守備陣形が高い位置を保てているので鋭利なカウンターを何度も打ち込んでゴールの匂いをプンプンと漂わせていた。最後にはメッシがスーパーゴールで仕留めて勝利を手にしたが、そのメッシが「イランは難しい相手だった。スペースを埋めるのがすごくうまい相手だったからね」というニュアンスのコメントを残している。
そう、この“スペース”という概念が守備戦術においてすごく重要なのだ。これは人に対して守備をするマンツーマンでは育ちようのない概念で、ボールを中心に仲間の動きに連動するゾーンディフェンスのような守備戦術を習得するからこそ身につくもの。守備時にちょっといびつで、気になるスペースがあれば埋めようとする守備の習性のようなものだ。日本はコートジボワール戦で相手に明らかなスペースを与えてしまったがゆえに失点を喫してしまったが、あのときに落ち着いて、選手たちが守備戦術をもとに連動して動き、気になるスペースを埋めようとする“スペース感覚”が養われていれば、マンツーマンがゆえに選手たちの距離感がぐじゃぐじゃに乱れたり、ドログバが投入されても混乱したりすることなく、違う結果を勝ち取っていたかもしれない。
ただし、この組織的守備、ゾーンディフェンスは一つの守備の方法であって、逆に言えば、一つの攻撃的守備、つまり堅固な守備から鋭いカウンターを打ち込むための方法論でしかなく、もちろんすべてではない。イランはこの次の試合でボスニアと対戦したが、先制されて結果1対3で敗れた。イランにはゾーンディフェンスで守って戦うだけの方法論しかなかったのだ。そういうチームは先制されると弱く逆転する力を持ち得ない。つまり、ボールを握って自分たちで能動的に相手を崩すだけの方法論を持っていないチームは攻撃で手詰まりを起こしてしまう。
だが、現状の日本代表はイランとは異なる。南アW杯のマンツーマンによるベタ引きの守備的な戦い方を後悔し、その大きな反動に突き動かされるように一気に攻撃サッカーにシフトし、それを本大会で実行しようとした。結果として“日本らしいサッカー”はこれまでのように称賛される機会はないままに幕を閉じてしまったが、冒頭にも書いたが、スタイルの方向性を示すという点においては成功したように思う。少なくとも、2006年ドイツW杯で同じような結果で惨敗し、焼け野原状態になって、次に進むべき道をどう模索していっていいかわからないという状況と、今とではまるで日本代表の立ち位置は異なる。
今大会の日本代表のチャレンジは結果だけを見れば明らかに失敗に終わったが、日本サッカーが長らく追い求めてきた“自分たちのスタイル”は芽を出したのだからそのまま育てていけばいいのだ。
それと同時に、まったく手付かずの守備について、一から学んでいくことを始めればいい。理想は、日本代表に招集される選手たちすべてが守備戦術のイロハをしっかりと抑えているレベルに到達していること。つまりは所属クラブで習得するか、育成段階から教え込まれた選手たちが巣立つ環境を作り出すこと。長い時間と根気がいる作業だろうが、その方向に必ず希望はあると思う。
鈴木康浩
この大会だけで惨敗、全然世界と差があるというのは少し違うと思う。ずっとスタイルを模索してきて、ようやく形になって、今回は結果はダメダメだったけどスタイルはこれでいけるんじゃない? くらいまでのレベルには到達した。大会に入っていく準備やメンタルなどを総合的に上げていかないといけないのは間違いないが、この何年間で、ずっと追い求めてきたスタイルの方向性を確信するには十分前進したと思う。その意味でザックジャパンがやったことは大きな意味を持つ。
そんななかで僕自身は、今の攻撃スタイルを維持したまま、一方で、守備の強度だったり、組織で守るときの方法論だったりを習得するのがベストだと考える。そういう戦い方ができれば幅が出るし、幸い、長らく栃木SCを取材していて守備の方法論を持っている指導者に出会えたので今後はその方向性の発信を増やせればいいなと。
攻撃面については引き続き精度をあげていけばいいとして、今後、日本代表が手付かずになっている「守備力をあげる」というテーマで整理すれば……
個々の課題として言えるのは、やはり、球際の部分。育成年代でも日本のチームが海外遠征したときに持ち帰る課題は「ゴールへの意識」と「球際の激しさ」。前者についてもまだ足りないが随分と改善されたとして、後者についても日頃の意識レベルから劇的に変わる必要がある。育成年代から地道に働きかけていくほかないのだと思う。道は長い……。
チームとしての守備という観点でいえば、今の攻撃スタイルを維持することを前提に考えるが、崩しの精度をあげてフィニッシュで終わる回数を増やす、これでカウンターを受ける回数も減る。
ショートパスのつなぎの部分でミスをした、奪われたときにはすぐに奪い返せるように選手たちの距離感を保って攻撃する精度を上げる。それでもすぐに奪い返せず、囲い込みをくぐり抜けられてカウンターを食らってしまったら、それこそ猛烈な勢いで帰陣する(それだけの守備意識をあらかじめ持っている文化を醸成するという意味で壮大な取り組みなのかもしれないが)。
それでも日本人の個々の身体能力を考えれば、コロンビアみたいに相手のカウンターが鋭かったり強みを持っていたりするとやられてしまうけれど、そのリスクは覚悟の上。それが“前からいく”という攻撃スタイルが同時に持つべき考え方や心構えだろう。
たしかにそれには勇気が必要で、その勇気が今大会の代表に足りなかったのかどうかは僕にはわからない。
あるいは攻守のバランス感覚。イケイケドンドンではなく試合運びに緩急をつけるということだろうか。被カウンターの回数を減らすための攻守のバランス感覚の重要性といったところの話。
それとボールキープのためのポゼッション。フィニッシュまでいくことを目指すポゼッションではなく、あくまでボールキープをするため、つまり、守備をする時間を減らすためのポゼッションをする時間帯をつくる。スペインなどはリードしたときによくやる方法だ。
最後に、自分たちがボールを持てない、自分たちにリズムがないとき、守備をしながら我慢しないといけないときの方法論。まあ、これが一番言いたいことだが、それが組織的守備であり、一般にいう、ゾーンディフェンスだ。
日本代表にはこの考え方がなかった。というか、そもそも日本サッカーには未だに組織的に守るという概念が存在しない。ゾーンディフェンスという考え方がないし、ほとんどの選手たちが実は、知らない。
「ゾーンディフェンスとはマークを受け渡して、自分のエリアに入ってきた選手に対して守備をすること」
これはまったくの間違い。だが、トップレベルの選手ですらそのように考えている選手が少なくない。というか、むしろ多い。J1のチームの守備はほぼマンツーマンか誤った認識のゾーンの併用。ときどきコーナーキックをゾーンで守っているチームがあるがそれはそれで、オンザプレーでのゾーンディフェンスの概念は日本サッカーにはほぼないと断言してもいい。
僕は栃木SCの取材を長年していて松田浩というゾーンディフェンスの名手に組織的守備の方法論を学んだが、その間も栃木にレンタルでやってくるJ1の選手が「こんな守備の方法は教わったことがない」と驚愕するのが常だった。松田氏が教えていたのは基本的なゾーンディフェンスの方法論で、これは90年代にイタリアでアリゴ・サッキが提唱して欧州を席巻した守備の方法論なのだが、これが日本まで十分に到達しなかった。松田氏などがJリーグで実践しても日本では「守備的だ」と揶揄されてしまうのがオチだった。
ザッケローニも就任早々、初戦となったアルゼンチン戦前の短期合宿で、日本代表に招集された選手たちにまず守備戦術の指導に当たっていたようだが、新聞報道では、ある選手が「こんな守備の方法は教えられたことがなかった」「守るときの身体の向きがまるで逆なんですよ」などと驚いた様子が紹介されていた。つまりはそれが日本サッカーに守備戦術が皆無だという状況を端的に示していた。ザッケローニが教え込んだのは、守備戦術のおけるポジションニングや身体の向きなど基本的なものだったようだが、それすらも日本代表クラスの選手たちには真新しかったのだ。
その後の日本代表は、ときが進むにつれて、組織立った守備戦術というものが感じられなくなった。一方で、攻撃面ばかりがクローズアップされるようになった。ザッケローニは、基本的な守備戦術すら把握できていない日本の選手たちに、守備戦術を浸透させるのを諦めたのではないだろうかと推測したくなるほどだ。
では、そのゾーンディフェンスとは何かを改めて。
これはボールを中心に選手たちそれぞれが守備ポジションを決めて陣形を組む組織的守備の方法論。ボールを中心に守備ポジションを決めるから、相手の動き出しに左右されにくい。相手の走りだしに釣られて、そこにスペースが生まれる、なんて考え方はしない。
よく相手のサイドバックの駆け上がりに対して、サイドハーフが仕方なく追いかけて最終ラインで守備をしなくてはならない、などという状況が発生するがそれはマンツーマンで行っている“頑張る”守備を指している。南アW杯の日本代表の守備がそれだ。しかしこの守備方法はかなり非効率で、サイドハーフが最終ラインに吸収されてしまい、ボールを奪った瞬間に攻撃へ移行できない。体力も奪われてしまう。大久保嘉人や松井大輔がそうだったように。
今大会の日本代表もそのままだった。初戦のコートジボワール戦。あの連続失点をくらった場面は明らかに日本の時間帯ではなかった。耐える時間帯だった。その左サイド。そもそも香川真司は守備が苦手な選手だが、長友佑都との守備の連携がとれておらず、香川は自分のマーカーに釣られて中に引っ張られ、長友は相手のサイドハーフに最終ラインまで押し込まれ、クロッサーとなった相手のサイドバックをまったくフリーな状態にしてしまった。
あの状況のときにゾーンディフェンスで対抗できていたならば、あれだけクロッサーをフリーにすることもなかった可能性がある。相手がどれだけ高い位置をとってこようと、サイドから中に走り出されようとも、その“人”にはまったく釣られないので守備ブロックの陣形は崩れない。あくまで守備をする対象はボール。ボールホルダーに対して一番近い選手のファーストディフェンスが行われ、その味方選手に対して次の選手の守備ポジションが決まるので、守備が連動し、隊列を組んで相手のボールホルダーにプレッシャーをかけることができるのだ。つまりそれは、相手にボールを持たせながら主導権を握るということでもある。
今大会でいえば、アルゼンチン対イランの、イランの守備は見事だった。ボールを握ったのは終始アルゼンチンだったが、イランはペナルティエリア内にリトリートして引きこもるのではなく、選手たちの距離感を保ちつつしっかりゴール前にDFとMFの2ラインを形成して、ボールを中心に守備をしていた。なので陣形が崩れず、FWも含めた3ラインの守備がきっちり連動していたので、アルゼンチンに十分なスペースを与えていなかった。アルゼンチンの選手たちは動き直しを繰り返して、イランの選手たちを動かしてスペースを作ろうと試みていたが、ついにイランの守備体系は崩れず、まったく動じなかった。それどころか守備陣形が高い位置を保てているので鋭利なカウンターを何度も打ち込んでゴールの匂いをプンプンと漂わせていた。最後にはメッシがスーパーゴールで仕留めて勝利を手にしたが、そのメッシが「イランは難しい相手だった。スペースを埋めるのがすごくうまい相手だったからね」というニュアンスのコメントを残している。
そう、この“スペース”という概念が守備戦術においてすごく重要なのだ。これは人に対して守備をするマンツーマンでは育ちようのない概念で、ボールを中心に仲間の動きに連動するゾーンディフェンスのような守備戦術を習得するからこそ身につくもの。守備時にちょっといびつで、気になるスペースがあれば埋めようとする守備の習性のようなものだ。日本はコートジボワール戦で相手に明らかなスペースを与えてしまったがゆえに失点を喫してしまったが、あのときに落ち着いて、選手たちが守備戦術をもとに連動して動き、気になるスペースを埋めようとする“スペース感覚”が養われていれば、マンツーマンがゆえに選手たちの距離感がぐじゃぐじゃに乱れたり、ドログバが投入されても混乱したりすることなく、違う結果を勝ち取っていたかもしれない。
ただし、この組織的守備、ゾーンディフェンスは一つの守備の方法であって、逆に言えば、一つの攻撃的守備、つまり堅固な守備から鋭いカウンターを打ち込むための方法論でしかなく、もちろんすべてではない。イランはこの次の試合でボスニアと対戦したが、先制されて結果1対3で敗れた。イランにはゾーンディフェンスで守って戦うだけの方法論しかなかったのだ。そういうチームは先制されると弱く逆転する力を持ち得ない。つまり、ボールを握って自分たちで能動的に相手を崩すだけの方法論を持っていないチームは攻撃で手詰まりを起こしてしまう。
だが、現状の日本代表はイランとは異なる。南アW杯のマンツーマンによるベタ引きの守備的な戦い方を後悔し、その大きな反動に突き動かされるように一気に攻撃サッカーにシフトし、それを本大会で実行しようとした。結果として“日本らしいサッカー”はこれまでのように称賛される機会はないままに幕を閉じてしまったが、冒頭にも書いたが、スタイルの方向性を示すという点においては成功したように思う。少なくとも、2006年ドイツW杯で同じような結果で惨敗し、焼け野原状態になって、次に進むべき道をどう模索していっていいかわからないという状況と、今とではまるで日本代表の立ち位置は異なる。
今大会の日本代表のチャレンジは結果だけを見れば明らかに失敗に終わったが、日本サッカーが長らく追い求めてきた“自分たちのスタイル”は芽を出したのだからそのまま育てていけばいいのだ。
それと同時に、まったく手付かずの守備について、一から学んでいくことを始めればいい。理想は、日本代表に招集される選手たちすべてが守備戦術のイロハをしっかりと抑えているレベルに到達していること。つまりは所属クラブで習得するか、育成段階から教え込まれた選手たちが巣立つ環境を作り出すこと。長い時間と根気がいる作業だろうが、その方向に必ず希望はあると思う。
鈴木康浩