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Listening:<記者の目>集団的自衛権と世論調査=大隈慎吾(世論調査室)

2014年06月26日

「世論の分布」のグラフ
「世論の分布」のグラフ

 ◇国民は決めかねている

 安倍晋三政権が集団的自衛権行使容認の閣議決定に突き進んでいる。公明党や世論の反発を考慮し「限定的」容認を打ち出したところ、集団的自衛権に関する報道各社の世論調査結果が大きく異なり、話題になっている。

 毎日新聞は4月19、20日に実施した世論調査で集団的自衛権の行使容認について聞いたところ、「全面的に認めるべきだ」は12%、「限定的に認めるべきだ」は44%、「認めるべきではない」は38%だったことから「行使『限定容認』44%」と報道。5月17、18日の調査では「賛成」が39%、「反対」が54%だったことから「反対派多数」と報じた。一方、読売新聞は、5月9〜11日の調査で「全面的に使えるようにすべきだ」8%、「必要最小限の範囲で使えるようにすべきだ」63%、「使えるようにする必要はない」25%だったことから「容認派多数」と報道した。産経新聞・FNNの調査(5月17、18日)では、「全面的に使えるようにすべきだ」10・5%、「必要最小限度で使えるようにすべきだ」59・4%、「使えるようにすべきではない」28・1%。日経新聞・テレビ東京の調査(5月23〜25日)では賛成28%、反対51%、朝日新聞の調査(5月24、25日)では賛成29%、反対55%となった。

 各社の調査手法を大別すると、集団的自衛権の行使を「賛成」「反対」の二択で聞いた調査と、賛否だけではなく「限定的」行使容認を選択肢に入れた三択で聞いた調査の二つに分かれる。二択の調査では「反対」が多数となり、三択では賛成と限定的容認を合わせた「容認派」が多数となる傾向がある。この結果の食い違いこそ、国民の理解が深まっていない証しであることを知ってほしい。

 ◇各社結果の矛盾、説明不足を反映

 まず、二択と三択の結果も矛盾しないことを説明しよう。左のグラフは、集団的自衛権に関する4月(三択)と5月(二択)の本紙世論調査の結果から統計学的に推計した、「世論の分布」と言うべきものだ。本来の賛否は二択や三択で明確には決められず濃淡があることを前提に、グラフの横軸は集団的自衛権の賛否の程度を、縦軸はそれぞれの位置にいる人数を表している。4月の三択調査で「全面的容認」の12%は領域A、「限定的容認」の44%は領域B、「認めるべきではない」の38%は領域Cに推計され、曲線の形が決まる。同様の推計で、グラフの中心に引いた破線の右側の領域が5月調査で集団的自衛権の行使に「反対」の54%、左側は「賛成」の39%に相当する。つまり同じ世論の分布から4月と5月で別の調査結果が生じる。

 ここで重要なのは、三択から二択になったことで「限定的容認」の人が意見を変えたわけではないことだ。これは4月の三択調査をはさんだ本紙の3月と5月の二択調査で賛否の割合はそれぞれ賛成が37%、39%、反対が57%、54%とほぼ変わっていないことからも明らかだ。三択で聞かれると、「賛成」の人も「反対」の人も中間的な「限定的」を選ぶ傾向があるのだ。

 社会調査研究の第一人者、林知己夫(ちきお)・元統計数理研究所所長(1918〜2002年)は著書「調査の科学」で、「イエス」と「ノー」の間の中間的な回答(選択肢)を提示すると、日本人は特に中間回答が多くなる傾向があることを実証している。さらに林氏は、日常生活とかけ離れた複雑で割り切れない問題を抱えた時、人間は心の中に矛盾する考えを持つので確固たる意見を形成できないと指摘。そのような状況で世論調査に基づいて政策決定をするのは誤りだと警告した。

 本紙は4月の世論調査は三択で質問し、5月調査では二択に戻した。「限定的」の内容が政府・自民党内でさえ固まっておらず、国民が確固たる意見形成をできていないにもかかわらず、「行使容認多数」が独り歩きして「限定的」の内容の議論が深まらないことを懸念したからだ。

 ◇理解求める姿勢、政府には見えぬ

 「容認派多数」の世論調査結果に対して、自民党の石破茂幹事長は「我々の(集団的自衛権についての)訴えに対する理解が深まりつつある」と述べた。それが本当なら、グラフの領域Aがもっと大きくなる代わりに領域Bが小さくなる「世論の分布」になるはずだ。政府・自民党が本当に関心を寄せるべきは、「限定的容認」の人の中には賛成寄りであれ反対寄りであれ態度を決めかねている人が多くいることだ。理由は、集団的自衛権についてよく分からないからだろう。安倍首相がパネルで訴えたと思ったら15事例、新3要件……。政府・自民党は公明党の合意を取り付けることには熱心でも、憲法9条下の安全保障政策の大転換に当たり国民の理解を得ようという熱意は見えない。

 政府がすべきは、態度を決めかねている多数の国民に向き合うことだ。

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