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イノベーション/創造性を破壊する日本企業の組織の恐ろしさ

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■盤石のAmazon

先週、以前から噂されていたAmazonのスマホがとうとう本当に発表された( Fire Phone) 。低価格、独自のユーザー・インターフェイス(UI)、Amazonのサービスとの連携のし易さ等が訴求されており、まだユーザーやアプリ開発者にどの程度支持されるかはわからない部分もあるが、既存の陣営にとっては強力なライバル出現となるのは間違いない。しかも、Amazonはこのガジェットを導入することで、尚一層、自社のエコシステムを補強し、より強靭で巨大な存在に成長していきそうに思える。

■分が悪い日本企業

一方、その既存陣営の一角ともいえるソニーは、自社のスマホ(Xperiaシリーズ)は決して評価は低くはないとはいえ、企業体としてのソニーは先期も赤字を抜け出せず、今期以降の見通しも厳しいといわざるをえない。一足先に赤字脱出を果たしたライバル企業である(であった?)、パナソニックやシャープも、いまだ明るい将来像を描けているとは言い難い(もっとも、パナソニックは消費者向けから企業向け(B to B)へのシフトを宣言しているから、もう比較対象とは言えないのかもしれない)。IT・電機市場で見る限り、日本企業と四天王(Google、Apple、Amazon、Facebook)を始めとした米国企業との差は開く一方に見える。昨今の日本企業には、この市場で何より今一番大事な、創造性のきらめきが感じられない。近頃では、日本人従業員の側からも、『所詮、日本人は改善は得意だが、無から有を生むようなイノベーションは苦手』、というような自虐的なコメントを聞くことも多くなってきた。

■本来創造的な日本人

だが、本当にそうだろうか。日本人は創造性に欠け、イノベーションが苦手な民族なのだろうか。もちろんそんなことはない。それほど過去に遡らなくても、現代の日本人にも世界にその創造力を認められている人はいくらでもいるし、四天王の一角、Appleのスティーブ・ジョブズはソニーを目標として仰ぎ見ていたのは有名な話だ。

シリコンバレーを代表するベンチャー・キャピタルのCEOであるアニス・ウッザマン氏も、本人が日本人のために日本語で書下ろした、『スタートアップ・バイブル シリコンバレー流・ベンチャー企業のつくりかた』*1の冒頭で、日本の技術やサービスは世界のアントレプレナーに負けてはいないし、日本は第二のGoogleやFacebookを誕生させる能力を持っていると認めている。ただ、日本人や日本企業には、世界的なベンチャー企業を生み出すために必要な、ベンチャー企業を育成するための情報と知識が不足していて、成功への可能性が下がってしまっているとも指摘している。確かに、本書を読むと、日本企業にいて普通に仕事をしていたのでは得ることの出来ない情報が沢山書かれてあり、このような情報を持って臨めば、日本人や日本企業にもチャンスはあるように思えて来る。

ちょうど、 6月18日付けの、techcrunch日本語版に、日本のスタートアップ業界(そんな業界があるのか!)で、元Googleの社員である、Ex - Googlerと呼ばれる人達が続々と新サービスをスタートしていて、存在感が高まっているという内容の記事が掲載されているが、確かに、Googleという典型的に『スタートアップに成功した会社』には、そのノウハウも溜まっているだろうし、Googleで勤めた後に起業したりスタートアップに入ることを考えている同僚も多いはずなので、普通の日本企業に入るよりずっと情報と知識を得るチャンスに恵まれているだろうことは想像がつく。

大手Web企業→スタートアップの流れが来る? クラウド会計「freee」にex-Googlerが続々ジョイン – Techcrunch

■組織が創造性を潰す日本企業

ただ、『情報と知識』があれば何とかなるというなら、日本企業の企業内ベンチャーやプロジェクトももう少し勝率が上がってもよさそうなものだが、どうも事はそんなに単純ではなさそうだ。今の日本企業は、社員個人が創造性に富み、せっかくの『情報や知識』があっても、それを組織の中で有効活用できない構造的な問題を抱えているように見える。

著書『世界で最もイノベーティブは組織の作り方』*2において、著者の山口周氏は、日本企業でイノベーションの促進を阻害するボトルネック・ファクターは組織であり、組織が個人の創造性をうまく引き出せていないと断言する。ゼロ戦、ウォークマン、新幹線といった、企業組織が関わりながら成功した例はあれど、いずれも組織力より個人としての力量を発揮する機会に恵まれた結果であり、日本人は、個人になれば世界トップレベルの創造性を発揮するのに、組織になるとからっきしダメになると指摘する。だから、問われるべきは、『人材の創造性を阻害している組織要因は何なのか?』だという。

本書は日本の例に留まらず、むしろ外国での事例を積極的に紹介して、今の日本の、特に大企業の組織や経営者がイノベーションという観点からみて如何に阻害的に機能しているかを網羅的に述べていて非常に面白い。いや、面白いという以上に、あまりに思い当たることが多すぎて冷や汗が出てきそうだ。

■知識のアップデートは不可欠

山口氏はアメリカの科学史家トーマス・クーンの主張(『本質的な発見によって新しいパラダイムへの転換を成し遂げる人間の多くが、年齢が若いか、或いはその分野に入って日が浅い人のどちらか』)等を引用して、異なる分野のクロスオーバーするところにこそイノベーティブな思考が生まれるのであり、それが定説としても受け入れられていることを紹介する。トーマス・クーンが著書『科学革命の構造』*3を発表したのは、1970年代の始め(1971年)だが、当時と比べると、インターネット等のインフォメーション・テクノロジー(IT)の驚異的な発達もあり、情報は爆発的に増大し、仕事に関わるスキルや方法論の陳腐化の早さも加速化している。だから、今の時代には、イノベーションに関わる業務については言うに及ばず、通常の業務でさえ、常に知識を時代に併せてアップデートし、スキルやノウハウの陳腐化を食い止める努力を不断に行っている者でなければ、生き残れなくなってきている。

山口氏は、多くの産業では、ほんの10年前に通用したスキルや方法論が急速に陳腐化してしまって、今ではほとんど無価値というが、私自身の実感では、少なくともIT業界でいえば、5年前の業務知識や経験でさえ、そのまま使えるかどうかは怪しい。まして、10年も前の経験など振りかざしても、有能な若手社員は見向きもしないだろう。

■『分厚い世代』の劣化

ところが恐るべきことに、日本の、特に大企業では、山口氏の指摘するように、バブル期入社より上の『分厚い世代』を高コストで抱え、彼らのスキルやノウハウは大方『不良債権化』している。かつて一線の専門家だった今の上級管理職の多くも、時代遅れの専門家になりつつある。しかも、これも山口氏がいうように、権力格差指標(=上司に反対しにくい度合い。オランダの心理学者ヘールト・ホフステードによる定義)は先進7カ国比較でも日本は上位に位置していることもあり、上位者が如何に『裸の王様』と化していても部下がそれを指摘して受け入れてもらうことは非常に難しい。(ホフステードも、権力格差指標の高い国では、部下は上司に異論を唱えることを尻込みし、面と向かって反対意見を述べることは、ほとんどありえないと述べる。)

言われてみれば私自身思い当たることは沢山あるが、例えば、失われた20年の間、この『分厚い世代』の多くは、日本的経営のブームが去るとともに、MBA(経営管理学修士)信仰に取りつかれ、やたらと米国のビジネススクールやビジネススクール出のコンサルタントによる、米国流の手法を日本の組織の実態を考慮もせずに次々に持ち込んだ。もちろん、部下が違和感を唱えてもおかまいなしだ。その結果、日本企業の悪いところと未消化の米国流手法がハイブリッドになり、混乱に拍車をかけることになってしまった。

ホフステードは、権力格差指標の小さいアメリカで開発された目標管理制度のような仕組みは、部下と上司が対等な立場で交渉の場を持てることを前提にして開発された技法であり、そのような場を上司も部下も居心地が悪いものと感じてしまう権力格差指標の大きな分化圏ではほとんど機能しないだろうと指摘しているというが、全くもってその通りだと思う。だが、いまだにこの『目標管理制度』を金科玉条としている企業は少なくない。実に残念な状況というしかない。

そして、怒濤のように押し寄せたIT化の波を被ると、劣化がさらに目に見えて進むことになる。IT化の進展は、仕事のみならず、社会そのもの(というより世界全体)を根本的に変えてしまった。なのに、いまだに単なる便利なツールが増えたくらいの認識でいる『分厚い世代』はあなたの周囲にも沢山いないだろうか。

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