「9条にノーベル平和賞」はない
もう1つ、自衛権の行使容認に反対する人が決まって口にするのが「憲法9条の護持」である。護憲の主張はおろか、近年では「憲法9条にノーベル平和賞を」実行委員会なる組織が活動を行なっているという。国会議員の福島瑞穂氏はこの運動に賛同して、憲法9条に対する「推薦文」をノルウェーのオスロにあるノーベル平和賞委員会宛てに送付した。――〈推薦文の概要〉(プログ「福島みずほのどきどき日記」2014年4月18日より、字間の空白は引用ママ)――国際常識を知る者から見れば、冒頭の社説と同様、顔から火が出るほど恥ずかしい文章である。なぜなら9条にある戦争放棄は、べつに日本の憲法だけにある規定ではないからだ。
ノルウェー・ノーベル委員会 御中
日本国憲法は前文からはじまり 特に第9条により 徹底した戦争の放棄を定めた国際平和主義の憲法です。特に第9条は、戦後、日本国が戦争をできないように日本国政府に歯止めをかける大切な働きをしています。そして、この日本国憲法第9条の存在は、日本のみならず世界平和実現の希望です。しかし、今、この日本国憲法が改憲の危機にさらされています。世界各国に平和憲法を広めるために、どうか、この尊い平和主義の日本国憲法、特に第9条を今まで保持している日本国民にノーベル平和賞を授与してください。 ――
次の表は、日本との比較で韓国、フィリピン、ドイツ、イタリアの戦争放棄をめぐる条文を記したものである。一見して、日本国憲法9条の戦争放棄に相当する条文が他国の憲法に盛り込まれていることがわかる。とくにフィリピンの憲法には「国家政策の手段としての戦争を放棄」とはっきり書いてある。「憲法9条にノーベル平和賞を」授与しなければならないとしたら、フィリピンにもあげなければならない。希少性のないものを顕彰する理由はないので、日本の憲法9条にノーベル平和賞が授与されることは、世界で現行の憲法が続くかぎり永遠にない。このように少し調べればでたらめとわかる話で、憲法改正に反対したいためにノーベル賞まで持ち出す意味を筆者は理解しかねる。
<日韓比独伊の憲法比較>
◇日本◇
第9条
(1)日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
(2)前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
◇韓国◇
第5条
(1)大韓民国は、国際平和の維持に努力し、侵略的戦争を否認する。
(2)国軍は、国の安全保障と国土防衛の神聖な義務を遂行することを使命とし、その政治的中立性は遵守される。
◇フィリピン◇
第2条
(2)フィリピンは国家政策の手段としての戦争を放棄し、そして一般に認められた国際法の原則をわが国の法の一部分として採用し、すべての諸国との平和、平等、正義、自由、協力、そして友好を政策として堅持する。
◇ドイツ◇
第26条
(1)諸国民の平和的共存を阻害するおそれがあり、かつこのような意図でなされた行為、とくに侵略戦争の遂行を準備する行為は、違憲である。これらの行為は処罰される。
(2)戦争遂行のための武器は、連邦政府の許可があるときにのみ、製造し、運搬し、および取引することができる。詳細は、連邦法で定める。
◇イタリア◇
第11条
イタリアは他の人民の自由を侵害する方法としての戦争を否認する。
イタリアは、他国と等しい条件の下で、各国のあいだに平和と正義を確保する制度に必要な主権の制限に同意する。イタリアは、この目的をめざす国際組織を推進し、支援する。
出所:https://www.constituteproject.org/ 、 http://www.ioc.u-tokyo.ac.jp/~worIdjpn/
なぜ日米は同盟を結んでいるか
筆者がプリンストン大学で勉強したのは経済学ではなく、国際関係論である。マイケル・ドイル(プリンストン大学助教授、現在はコロンビア大学教授)という国際政治学者が私の先生で、カントの『永遠平和のために』を下敷きにDemocratic Peace Theoryを提唱した人物である。「成熟した民主主義国のあいだでは戦争は起こらない」という理論で、たしかに第二次世界大戦後の世界を見れば、朝鮮戦争やベトナム戦争、湾岸戦争やイラク戦争など2国間ないし多国間で戦争が起きる場合、いずれかの国が軍事政権あるいは独裁政権であった。イギリスとアルゼンチンとのあいだで生じたフォークランド紛争でも、アルゼンチンは独裁政権だった。
ドイル先生のいうように、民主主義国の価値観や手続きのなかで戦争が勃発する事態は現代の世界において考えづらい。彼の理論を日本と中国に当てはめれば、日本は民主主義国家だが、共産党一党独裁国家の中国はそうではない。この一点を見れば、なぜ日本とアメリカが共に民主主義国として同盟を結んでいるのか、根本的な理由を知ることができる。
私がドイル先生に国際政治学を学んでいた1998年当時から、日本の平和憲法は特別ではないという点、自衛権の行使を妨げる議論がおかしいことは聞いていた。たいへん説得力のある話で、日本で巷間いわれる平和論がいかに論理を欠いているかを理解することができた。
たとえば国際法をわずかでも勉強すると、集団的自衛権が国連憲章51条に規定されていることに気付く。「国際連合加盟国に対して武力攻撃が発生した場合には、安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持に必要な措置をとるまでの間、個別的又は集団的自衛の固有の権利を害するものではない」。
つまり武力攻撃に対しては最終的には国連の安保理によって解決するのが最も望ましいが、それに至る過程でその国が占領支配されないように、(個別的・集団的の別を問わず)自衛権で対処するという発想である。もちろん安保理が機能して対応を図るのが最善だが、そうならない局面も現実には起こりうる。
場合によっては中国のような安保理の常任理事国が紛争当事者となり、拒否権を発動するケースも考えられる。実際に2014年3月、常任理事国であるロシアがクリミアをロシアに併合した際、国連は何もできなかった。万が一、日本が他国からの武力攻撃を受けた際は当面、自衛権でしのぎ、安保理に報告を行ないつつ最終的な解決に結び付けるというのが最も現実的な選択である。
その際、日本一国で中国のような軍事国家の侵攻に持ちこたえられるか、という問題が生じる。だからこそ日本は他国と「正当防衛」を共に行なえる関係を構築すべきだ。
具体的に筆者が提唱するのは、NATO(北大西洋条約機構)のアジア版である。ウクライナがクリミア侵攻を許したのは、ひとえにNATOに加盟していなかったからだ。NATO自体がいわば集団的自衛権の固まりのようなものであり、わが国も安保理の措置が機能しなかった際に、日米の2国間同盟だけでは対処しきれない事態が発生することを想定する必要がある。
2014年5月、中国がベトナムの排他的経済水域(EEZ)を公然と侵し、石油掘削作業を進めようとしてベトナムと衝突した。南シナ海では中国に加えて台湾、ベトナム、フィリピン、マレーシア、ブルネイが領有権を主張している。2002年にASEAN(東南アジア諸国連合)が中国と結んだ自制と協調をめざす行動宣言はあっさり無視され、ベトナムが面と向かって中国と対峙せざるをえない状況が生まれた。中国の台頭と膨張により、南シナ海における中沙諸島・西沙諸島・南沙諸島と同じ領土危機が日本の尖閣諸島に起こりうる事態はいっそう切実なものになっている。いま安倍総理が感じている危機意識と「緊迫性」をわれわれも共有すべきではないか。
(『Voice』2014年7月号より)
■高橋洋一(たかはし・よういち)嘉悦大学教授
1955年、東京生まれ。1980年、大蔵省(現財務省)入省、理財局資金企画室長、内閣参事官などを歴任。小泉内閣、第一次安倍内閣で「改革の司令塔」として活確。2008年・山本七平賞受賞。近著に、『消費税でどうなる?日本経済の真相【2014年度版】』(KADOKAWA/中経出版)がある。
■『Voice』2014年7月号
【総力特集:断末魔の韓国経済】
韓国では立て続けに事故が発生しているが、日本でも他人事ではない。今月号の総力特集は、中国・北朝鮮との関係も含め「断末魔の韓国経済」とのタイトルで、曽野綾子氏、三橋貴明氏、長谷川慶太郎氏らが、隣国の実状に迫った。
「国土は守れるのか」との第二特集では、集団的自衛権の行使をめぐり安倍首相と公明党の対立について考えた。
6月は世界も日本もブラジルW杯で一色に。サッカー解説者として活躍する元日本代表の中山雅史氏、名波浩氏、福西崇史氏に直前予想をしてもらった。 また、今月号一押しの論考は、札幌医科大学の高田純教授の「『美味しんぼ』論争・科学者からの反論」。非科学的な風評加害を廃し、「福島県の皆さん、心配無用です」とのメッセージは一読に値する。
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