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양노자 2011.01.24 13:22

 

挺対協週刊ニュース231

2011.11(土)~1.9(日)

 

作成・報告:ユン・ミヒャン(挺対協常任代表)

翻訳:永塚賀津子

 

2011年新年が開けました。希望で、あるいは希望を願ったものの予期せぬ苦痛で、違う色の心で出発した年だったことでしょう。挺対協もそうでした。2011年には長い息、大きな歩みで遠くを見つめながら行こうと決意しましたが、日本軍「慰安婦」被害者の状況は新年の最初の週から私たちの決意の虚しさを確認させました。ほかのどの年よりも忙しく始まった新年最初の週だったと思います。そんな忙しい足取りの中でも、いつも願います。今年一年、ハルモニたちに平和で名誉と正義のある奇跡が必ずや実現することを・・・挺対協と共に歩むすべての方々にも本当の平和が、幸福が宿る2011年になることをお祈りいたします。

 

11日(土曜日)

1、故チョン・ユノンハルモニの葬儀場を訪問し、弔問しました。:昨年最後の日、苦痛に満ちた生涯と別れを告げたチョン・ユノンハルモニの安置所がイルサン(一山)の、ある病院に設けられました。今日、スタッフがハルモニの安置所を訪問し、ハルモニが最後に行かれる道をお見送りしました。ハルモニのご遺族がその間、挺対協でハルモニのために尽くしてくれたことに対して感謝の言葉を伝えてくれました。

 

13日(月曜日)

1、事務所の新年事業計画相談のためのワークショップを持ちました。:今日、午前10時から午後5時まで水原のユン・ミヒャン宅でスタッフと共にワークショップを行いました。新年の、スタッフの業務分担を始めとして、2011年に重点的に行う事業を相談し、各個別事業に対する結論の出しにくい討論をしました。財政計画をどのようにするかについてもいろいろとアイデアを募りました。今年一年どのように活動するか、本当に真摯に会議ができて幸せな一日でした。すっかり夕方になりましたが、ソウルに戻るスタッフが今日は本当に深い会議ができて良かったと言っていました。

 

 2、イ・ギソンハルモニがお亡くなりになりました。故人の冥福を祈ります。:イ・ギソンハルモニは1923年キョンナム(慶南)トンヨン(統営)で出生し、193917歳の頃、ハンサンミョン(閑山面)日本支署から日本の工場に行ったらたくさん稼げるという言葉に騙され、中国で

6年間日本軍の性奴隷として暮らさなければなりませんでした。1945年解放と共に釜山に帰国し、現在まで故郷のトンヨン(統営)で暮らしてきました。2008年からは老人病、及び持病のため療養病院で生活して来られ、昨年12月、急な腸間隔梗塞症で死闘を繰り広げる中、13日、恨多い歳月を後に、お亡くなりになりました。よって先週チョン・ユノンハルモニの訃報以後、イ・ギソンハルモニの訃報までで現在日本軍「慰安婦」生存者は78人です。政府と私たち社会が一日も早く日本軍「慰安婦」問題を解決できるように努力しなければならない緊迫感を感じさせられます。

 

 

 

14日(火曜日)

1、故イ・ギソンハルモニの安置所を訪問し、弔問をしました。:夕方7時にトンヨン(統営)市民団体葬としてハルモニの追悼式が開かれたそうです。挺対協も夕方参加しようとしましたが、天気が急に寒くなり、雪も降り、道が滑って運転に危険が伴うようなので昼間行ってくることにしました。挺対協のバンをソン・ヨンミ室長が運転し、キム・ドンヒ事務局長とヤン・ノジャ幹事、オ・ウギョンボランティアが同行しました。トンヨン(統営)までほぼ5時間運転してハルモニの安置所が用意された葬祭場に到着して弔問をし、遺族と挨拶をしました。

 

2、トンヨン(統営)のキム・ボクトゥクハルモニをお見舞い:故イ・ギソンハルモ二を弔問した後、ころんで腕の骨が折れて病院に入院中のキム・ボクトクハルモニのお見舞いに行きました。ハルモニの腕の骨が粉々になっているそうですが、やはりずいぶん時間がかかるようです。ソウルからわざわざ来てくれたと有難がり、喜んで迎えて下さるハルモニ、早く骨が治ることを願いながらソウルに向かいました。

 

3、韓国教会希望奉仕団の総務であるキム・ジョンセン牧師をユン・ミヒャン代表が訪ね、日本軍「慰安婦」問題解決運動への教会の協力方案について相談しました。

 

4、年末清算のための寄付金領収書を会員に発送しました。:20101年間挺対協を後援して下さった挺対協活動後援、生存者及びウリチブ後援、博物館建設後援、その他の後援に対する「年末清算用領収書(寄付金領収書)」を郵便で送りました。

 

15日(水曜日)

1、2011年最初の水曜デモである第951回水曜デモは韓国労総ソウル地域本部女性委員会の主管で行われました。寒いお天気にもかかわらず、多くの方々が水曜デモに参加して下さいました。数日前に亡くなったチョン・ユノンハルモニとイ・ギソンハルモニへの黙祷で始まった今日の水曜デモは主管を担当した韓国労総ソウル地域本部女性委員会を始めとし、延世医療院労働組合、SKテレコム労働組合、ソウル私大付属中学校生徒のイ・ジュホンさん、梨花外国語高校の生徒たち、日本の浸礼協会牧師、永遠の救い聖母修道会、セファ女子中学校の生徒、インミョン女子高校、ジョンシン女子高校、仁川から来た家族を始めとして多くの方々が思いを一つに参加しました。ハン・グギョム挺対協共同代表を始めとしてキム・へソン、チョ・ユニ実行理事も出席しました。

ユン・ミヒャン挺対協代表は経過報告を通じて新しい1年にハルモニが覚悟を決めさせてくれているようだと言い、長い歩みを通し、最初始めるときには灰色のように漠然としていたが、19年続いてきて平和と言うものを学び、日本軍「慰安婦」問題が解決されるその日まで水曜デモは続くだろうと今一度決意しました。来る1214日には第1000回水曜デモを控えており、それを前に水曜デモが開かれたところに平和祈念碑を建て、いかなる権力も弱者の人権を蹂躙できない教育の場とさせようと訴えました。水曜デモに参加した一人の参加者の提案によって米国大使館から日本大使館まで続く道を「平和路」と呼び、歴史に残すと話しました。また日本政府と韓国政府は、これ以上目を背け、先延ばしにしてはいけないと、私たちすべてが生活の中でこの問題が早く解決できるように努力しようと決意を固めました。

挨拶の言葉を伝えたソウル地域本部女性委員会イ・スジン委員長は、日本が謝罪し賠償するその日まで最後まで共にやり切るという決意を固め、最善を尽くすと言いました。また、戦争と女性の人権博物館建設基金のために延世医療院労組で開催されたバザーを通して得た収益金の中の一部とソウル労総からも賛助金とハルモニたちのための膝掛けをプレゼントし、寒い気候ですが温かい気持ちが伝わり、みんなをにこやかにさせました。

水曜デモが始まった日から満19周年になる日であったのでケーキの上にろうそく19本さして火を点けようとしましたが、激しい風のために火が点きませんでした。しかしみんなろうそくの灯が赤々と燃えていると信じて一緒に力強く火を消し、私たちの平和の歩みを激励し、祝いました。忠北ケサン(槐山)ヌティウル幸福なテアン学校ダンスクラブの学生たちが公演を通してデモをされるハルモニたちを力づけ、必ず日本政府からの謝罪を受けるようになると信じていると言って強い意志を見せてくれ、ソウル師大付属中に在学中の生徒がサックスでアリランを演奏してくれました。チョン・ファ二女性部委員長を始めとしてジョンシン女子高校に在学中の生徒は自由発言で連帯を表明し、平和の碑建設のために力を尽くしていられるキム・パンス先生は現在まで集めた金額が1,870,000ウォンであり、今年を戦争と女性の人権博物館完工の年と定め、1万人建設委員も推し進め、「20年間の水曜日」の本の普及を懸命に行ってベストセラーにさせて基金に加えると言いました。ト・ジョンファン詩人の「つた」を吟じながら、日本の謝罪を受けられる日がもうすぐだと言う確信も表明しました。

今日、一緒に参加されたキル・ウォノクハルモニは、日本政府は沈黙してそっぽを向いていてはいけない、このように辛く残酷なことは後の世代に絶対起こしてはいけないと、過去の清算を求めました。毎回水曜デモに出て来られるたびにひょっとして今日は良い知らせがあるかと思う心で出て来るのだと言う言葉は、参加者たちをして一層切ない気持ちにさせました。2011年にはこれまでの20年間の努力が実を結び、ハルモニたちの心に残っているしこりを取り去ることができる年になることを切に願い、チョン・ウニョン建国大学病院事務局長が声明書を朗読して第951回水曜デモを終えました。

2、2010年挺対協会計監査の日程を決定しました。挺対協の監査はチョン・ヨンスン弁護士と韓国教会女性連合会イ・ジョンヒ会長です。昨年1年の会計に対する監査を121日にすることで日程を合意しました。

 

3、タイに住み、安東が故郷の日本軍「慰安婦」被害者ノ・スボクハルモニを訪問するため、ユン・ミヒャン代表とキム・ドンヒ事務局長が今日の夕方仁川空港からタイに発ちました。ハルモニに差し上げる紅蔘のセット、海苔、漢菓、ゆず茶、献金などの贈り物を載せて発ちました。

 

16日(木曜日)

1、ノ・スボクハルモニにお目にかかりました。午前130分にホテルに到着し、朝、1030に車でハルモニが住んでいられるハッヤイ(Haad Yai)に出発しました。

プーケット韓人会のイ・ハンジュさんとチョン・ドンヨル事務局長が交代で運転をし、8時間あまり走ってハルモニがしばらく泊まっていられた甥のお嫁さん宅に着きました。私たちが到着する1日前までもタイでは雨が降り続いていました。そのためにハルモニが住んでいる家が洪水に遭って、甥のお嫁さん宅に避難し、泊まっていました。ハルモニにプレゼントも差し上げ、韓国の様子も伝えました。今年815、ハルモニの誕生日の時、お招きすると申し上げたところ、健康で行けるようにすると約束しました。

韓国語を忘れてしまい、通訳を通して意思疎通をしなければなりませんでしたが、アリランの歌とハルモニの住所、両親の名前と兄弟の名前は92歳になっても忘れずに記憶していました。ハルモニは耳が良く聞こえないのでハルモニの耳のそばで大きな声で言わなければなりませんでした。3時間程ハルモニと対話し、ホテルに戻ってきました。

ハルモニに紅蔘製品を欠かさず送って差し上げることにし、補聴器も送ると約束しました。

甥のお嫁さん達が昼間仕事に出かけている時、ひとりで酸素呼吸器に頼って過ごしているハルモニのために看病人の費用(ひと月1万バーツ)を支援できる方案についても調べてみることにしました。ハルモニが生きている間安らかに暮らせるように私たちの助けが必要なようでした。

 

2、挺対協2011年定期総会公知:来る215日(火曜日)、午後4時に挺対協教育館で挺対協2011年定期総会(代表者会議)を開催することにし、招集公告を出しました。同時に会員団体に公文書も発送しました。

 

17日(金曜日)

1、ノ・スボクハルモニに韓国に発つと言う挨拶をし、再び韓国に向かう飛行機に乗りました。午前1030分頃再びハルモニの家を訪問した時、ハルモニは横になっていらっしゃり、甥の孫娘が来てハルモニに付き添っていました。ハルモニの面倒をみる人がいないために当番を決めて交代で手助けしているとのことでした。ハルモニに、韓国に戻ってハルモニを招く準備をすると言うと、健康のために運動を一生懸命すると、もう一度力を込めて言われます。ハルモニとアリランの歌も歌い、トラジの歌も歌って1時間の間ハルモニと楽しい出会いの時間を持ったあと、再び8時間余り運転し、空港に到着し韓国行きの飛行機に乗りました。

 

2、蔚山のキム・ソニハルモニが危篤だと言う知らせが伝えられました。:蔚山で被害者ハルモニを共に助けている蔚山女性会のホン・ギョンミ活動家が連絡をくれました。キム・ソニハルモニが危篤であると言う連絡を病院から受けたと。手術をしたが、酸素吸入器に頼っているとのことです。タイでこの知らせを聞き、そわそわするしかありませんでした。戻って来きたらすぐに蔚山に行くと決め、近況について頻繁に連絡をくれるようにお願いしました。蔚山にホン・ギョンミさんがいて、本当に安心する1日でした。

 

3、ナヌムの家訪問:12月末に事務所長を辞任したカン・ジュヘ事務所長は依然として仕事が終わらず事務室に出てくることもあり、ハルモニたちの電話を受け、ハルモニたちを訪問することを続けています。今日はナヌムの家を訪問し、ハルモニたちに会い、ヤンピョン(楊平)病院に入院しているキム・ファソンハルモニにも会ってきました。

 

4、ソウルのイ・ギニョハルモニに会ってきました。:ソン・ヨンミ室長と挺対協にインターンとして2ヶ月間一緒に仕事をすることになったパク・チソン活動家がソウルノウォング(蘆原区)のハルモニたちに会って来ました。この訪問記録は12末から2月末まで挺対協でインターンとして活動しているパク・チソン活動家が記録しました。

今日、ノウォング(蘆原区)にいらっしゃるハルモニ3名を訪問しました。朝からの寒い天気に手足がカチカチに凍る感じがしましたが、ハルモニたちに会うという思いに大はしゃぎしました。ニュースの天気予報では零下10度だそうで、この寒さが続くだろうという言葉にハルモニたちがこの寒い冬にどうやって過ごしていられるか心配になりました。2011年新年になって漢菓セットを準備してハルモニたちを訪問しました。

先ず、イ・ギニョハルモニを訪ねるために電話をすると、一緒に暮らしている甥夫婦が受けられました。喜んで応対して下さる電話のおかげで天気は寒いものの、窓の外にあまり溶けずに積もっている雪も美しく、朝の太陽も凍った体を溶かしてくれる気分がしました。

『ピンポーン』と押すと一緒に暮らしている甥夫婦が喜んで迎えて下さり、ハルモニもすぐに玄関まで出て来て迎えてくれます。お体がずいぶんご不自由であるにもかかわらず何度もありがとうと言われ、温めておいたハルモニの席を勧めて下さると楽にしなさいと言われ、おいしいカリン茶を出して下さいました。そうしながら言われるには甥夫婦に申し訳ないとのことです。

部屋には大きくない窓が一つあるのですが、寒い風が入ってくるかと心配でしたが、幸いなことに部屋は暖かかったです。部屋を見回すと部屋の一角のテレビの上にあるハルモニの若い時の写真が一目で入ってきました。ハルモニは、今はもうずいぶん年を取られましたが、写真の中のハルモニは、今もそうですが若い時とても美しい姿で明るく笑っていられました。最近の世代にたとえたらおそらく女性アイドルに負けず劣らずのようでした。短い距離を移動される時には不便そうには見えませんでしたが、歯が痛いそうです。病院に行って治療を受けられるように勧めると歯はそうだとしても良く使う足と腰が心配だそうです。痛いと言われる言葉に万能のスーパーマンになって痛くないように助けてあげられたらと良いのにと言う気持ちだけが先に立ち、痛いと言われても何もしてあげられなくてよけいに申し訳ない気持ちがしました。

カリン茶を飲んでいろいろな話を交わすと時間の経つのが早いです。幸いハルモニは甥夫婦と一緒にいらっしゃるので心配が少なくて済みます。一人で過ごされるなら寂しいだろうと心配も大きかったのでしょうが、そばで見守って下さる方がいらっしゃるだけでも安心です。あまり長居していたらかえって失礼かとも思い、行かなければと言うと、『行くな。行くな』と言われます。それでもお暇しなければと言い、急いで出てくるのですが、寒いのに玄関の外まで見送って下さり、帰る私たちを一回ずつ抱きしめて下さっては見えなくなるまでだれも支えて立っていないのに手を振って下さってからようやく入って行かれました。

『ハルモニ~ハラボジ~』と言いながらわざと甘えたのがいつだったかと思いだすことさえできないのですが、久しぶりにひとり浮かれてハルモニ~と言って呼んでみました。次にハルモニ宅を訪問するときにも今日のように笑って下さり、健康な姿でいらっしゃったらということを願うばかりです。

 

5、ソウルのパク・スニハルモニに会ってきました。:イ・ギニョハルモニ宅を訪問し、挨拶をしてから、いくらもかからない所に暮らしているパク・スニハルモニを訪問しました。少し前に新しい所に引っ越しされたと言う事を聞きましたが、どのように暮らしていらっしゃるのか気がかりで急ぎ足で行くと私たちが来ると言う電話を受けられて、寒いのに外で長い間迎えに出て待っていられたようでした。寒いのにどうして出ていらっしゃるのかと言うとただ出て来られたと言い、大丈夫だと言われます。会うやいなや殺人微笑(人を殺せる程の美しい微笑み)を浮かべ喜んで迎えて下さり、なんとなく楽な気分になりました。新たに引っ越した家はカードキーで開け閉めする扉ですが、よく出て来られる時にカードを忘れると言い、この間もカードキーを置いて出て来られ、管理室からとても叱られたと言われて、コートをあげ首にいつも掛けられているカードキーネックレスを作ったと見せてくれます。今は寒いのに玄関の鍵のためにまだ溶けていないすべりやすい雪を踏みながら管理室まで歩く必要がないようで良かったです。家の中は暖かく、引っ越した家が気に入られたのかきれいで良いと話しています。

お昼の時間になり、ハルモニの家でラーメンを煮て食べながらしばらく話を交わすと、やっと写真のことを思い出し、『1枚撮りましょうか?』と尋ねたところ、窓に近づいて『光が当たらないときれいに写らないだろう?さあ、こっちで撮らなくちゃ』と言われて若い人にも難しいセンスを見せてくれました。『ハルモニ、ちゃんと光があたっていました。きれいですよ』と言うと、喜んでいました。何階か上に住んでいられるハム・ギランハルモニ宅も訪問し、ハム・ギランハルモニはお体が不自由なのでお粥を買いに行く時も一緒に行ってあげていました。 

『もし具合が悪いとか何かあるときには必ず連絡を下さい』と言うと、大きく電話番号を書いてくれと言うので一目で分かるように大きく書いて差し上げると、随分大きく書いたねと言われ、ちょうど看板のようだと言われる様子を見てひとしきり笑いました。早い午後ではありましたが、ハルモニたちに会って戻るときにも車が出発するまで手を振ってくれながら見て下さり『すべるから車気を付けて』と言いながら事務室に行って食べろと菊模様型に焼いた回転焼も持たせてくれました。

 

6、ソウルのハム・ギランハルモニに会ってきました。:ハルモニ宅の扉を開けると待っていた懐かしいお客さんのように迎えて下さってはけがをした足を見せてくれました。昨年11月にバスが急に出発したために片方の足にギブスをされ、不便な生活をしていられます。歯の治療と合わせて足も不便でいらっしゃり、きちんと食事も用意して召し上がれないようでした。体の具合が悪いと食欲がなくてもちゃんと召し上がらないといけないと言うと少しずつ食べたら大丈夫だと言います。むしろハルモニが座っていられた席が温かいと、こちらに来て座れと心配してくれます。

けれど食事は用意して差し上げなければならないようで、簡単ながらお粥を少し買ってもっていって差し上げると何度もありがとうと言われます。少し寒さが緩めば軽い服装で外へも出られるでしょうに、ギブスをしていらっしゃるので心配になります。助けて差し上げられることがあるなら必ず電話して下さいと連絡先を渡して出てきましたが、不便な足で扉をつかんでエレベーターが来るまで見送りして下さり、遠くから『ありがとう。さようなら』と言われます。笑いながら送って下さるのでありがたかったのですが、一方ではハルモニの痛めた足が気にかかります。早くハルモニの足が治ったら良いです。いつも健康に過ごして下さるなら本当に感謝します。朝早くからハルモニ3名に会い、1日がとても短く感じました。長い時間そばにいられないのですがそれでもハルモニが笑う姿を見るとほっとします。

帰り道、川辺にまだ溶けていない雪と川辺の上を柔らかく覆った薄氷が寒い冬、暖かい太陽とが相まみえて一幅の絵のようでした。零下10度を下回る寒い気候に体は寒くなりましたが、ハルモニたちに会って来てそうなのか、心は暖かかったです。



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