原因は相手の浮気。仲のいい夫婦と思っていたのは自分だけで、夫には愛人がいた。接待での朝帰りも休日出勤も友人との外出も、ほとんどが嘘だった。すなおに信じて疑うことも怒ることもしなかった私は、とても扱いやすい妻だっただろう。
一生夫と住むつもりだった家で、今は一人暮らしをしている。ちょっと広いけど、猫がいるのでさみしくはない。ローンを繰り上げ返済できるだけの収入もある。家事は得意だし、暮らす人が減ったので部屋は大体きれいだ。学生時代の友人を招いて、料理をふるまったりもしている。ずっと興味のあった着付けも習い始めた。朝早く起きた日はランニングをしている。毎日、割と忙しい。
友人に聞く限りでは30代の婚活市場の競争は苛烈で、自分のような地味なタイプが太刀打ちできる気がしない。もともと不得手だったけれど、10年の結婚生活で恋愛の仕方をすっかり忘れてしまった。
それでも、ときどきデートがしたいと思う。ローカル電車に乗って、季節外れの海を見に行きたい。手をつないで知らない街を歩き回り、些細な発見を報告しあいたい。好きな漫画を貸し借りしたい。自分の知らない趣味の世界を教えてほしい。恋人の距離感で誰かのことを深く知りたい。
一人になって初めて、自分にそういう欲望があることを知った。
Aセクの自分としては、一度でもそういう感情を味わえたなら、凄く幸せだと思う。 そういう感情が一生分からないままなんだなぁ、と思うと、ちと寂しい。