どんちゃん騒ぎで済みませんよこれ。
(3人)こんばんは。
さあ「鑑定団」今日は2時間スペシャルでございます。
もう期待していただきましょうね。
とんでもないお宝が今日はどんどん出てきますのでご期待ください。
早速ご自宅にお伺いしました。
ごめんくださ〜い
こんにちは遠いところようこそ。
どうぞこちらへ。
では失礼します。
うわぁステキなお宅ですね
ありがとうございます。
実はですね…。
聞けば高木さん。
旧帝国ホテルを手がけた名建築家フランク・ロイド・ライトに憧れ40年ほど前一級建築士になったそうです。
そのためご自宅もレンガ作りにし階段には外光をふんだんに取り入れるなどいたるところライトの美学を参考にしています
江戸時代に活躍した3人の奇想の画家の作品です。
テレビ番組を観てアメリカ人の日本画コレクタージョー・プライス氏の存在を知ったことがきっかけでした。
プライス氏は何の知識もないまま自分の審美眼だけを頼りに1953年から日本画を収集。
その世界的なコレクションにより伊藤若冲曾我蕭白長沢芦雪は近年再評価されるようになったとまでいわれています
以来猛勉強を重ねついに…
プライスさんもびっくりのお宝を発見しました。
本物間違いないと思います。
鑑定のほどよろしくお願いいたします。
日本画を猛勉強した…
依頼人の登場です。
滋賀県からお越しのお願いします。
さあどうぞこちらのほうへ。
憧れてから建築士の資格を取られたんですか?そうですね。
それから日本画も勉強して今回いいお宝を見つけたということですか?もうねプライスさんと張り合う意味じゃないんですけどね。
こちら。
伊藤若冲曾我蕭白そして長沢芦雪です。
それぞれどうやって手に入れられたんですか?伊藤若冲につきましては2年ほど前ですねネットオークションで結構競り合いましてですね50万かかりました。
特にツタのリズム感ですねあとこの余白ですね。
これがすごくきれいだなと思いましてですね。
描けそうで描けないシリーズですよ。
曾我蕭白これもネットオークションです13万でしたね。
細密でそれと指の描き方ですねすごく力強く。
うまいようでこのへん俺描けそうなんすよ。
疲れが見えるもんこのへん。
長沢芦雪の鶴図なんですけども京都の骨董市で5〜6年前だったと思うんですけども2万円だったと思いますね。
非常に凛としたいい絵でですね手に入れたいなと…。
3つともやはり自信あるわけですよね。
もちろんそうですね。
俺が番組構成してたら2万が実は本物でメチャ高くてでこの50万が意外と…。
アンタ嫌いなのそれ?
写実に徹した円山応挙が1,000名あまりの門弟を擁し隆盛を誇っていた。
そんななかこの応挙とは一線を画し極めて斬新な絵を描いたのが…
伊藤若冲は…
応挙と同様写実を重んじたが極めて装飾的で応挙の作とはまったく印象が異なる。
その才能をいかんなく発揮したのが10年の歳月をかけて完成させた花鳥画三十幅の連作…
いずれも周りの自然を徹底的して省略しておりシュルレアリスムの絵画のごとく幻想的である。
あるいは小さなマス目およそ8万6,000個の一つひとつに色を入れ描いた…
古今東西の美術史を見渡してもこれほど奇抜な絵を描いた絵師は若冲の他に誰一人いない
曾我蕭白は若冲に遅れること14年
酒と放浪に明け暮れ異端の絵師と呼ばれたがひとたび気が向けばその筆は冴え渡り誰にも追随できない世界を描いてみせた。
時に醜悪。
時に軽妙。
しかしいずれもその印象は強烈で一度見たら二度と忘れることができない。
気位も高く応挙に対してはこう言い放っている
長沢芦雪は…
数多の応挙の弟子の中でただ1人師をしのぐほどの画境を開いた絵師である。
芦雪の魅力はなんといってもその意表をつく空間構成にあるといえよう。
例えばこちらの六曲一双の屏風右隻には大きな白い象とその背中に2羽の黒い烏。
一方左隻にはこれまた大きな黒い牛とその腹に寄りかかる白い子犬。
白と黒。
大と小。
諧謔と抒情。
このみごとな対比こそ芦雪の真骨頂であった。
改めて依頼品を見てみよう。
伊藤若冲曾我蕭白長沢芦雪の掛軸である。
伊藤若冲の掛軸は余白を大胆にとったひと房の葡萄。
曾我蕭白の掛軸は中国三国時代の武将張飛でその表情や指先の筆致は実に繊細である。
長沢芦雪の掛軸は降りしきる雪の中にじっとたたずむ1羽の鶴。
いずれの絵師も人気が高くニセモノも極めて多いが…
さあご本人の評価額ですがおいくらでしょうか?それではまいりましょう!オープンザプライス!おっ!355万!中に1点ニセモノがございます。
1点だけ?はい。
どれかわかります?真ん中!ぴったり。
すごいですね。
伊藤若冲ステキな作品だと思います。
葡萄は大変好んで描いた画題でございます。
葉の部分と実の部分を薄い墨で描いてその紙に対するにじみで瑞々しさを表現してるんだと思います。
蕭白絵は比較的蕭白らしい人物画として描けていると思います。
紙に時代がないなというのが一番の私の印象なんですがそれで印がやはりひと目で違うなと思いました。
芦雪背景に薄墨を一面にひいてですね雪夜の闇の小雪というのを表現していると思います。
非常に静寂を強調しているようでいい絵だなと思ってこちらも拝見しました。
2勝1敗とはいえすばらしいですね。
10年勉強して伊達じゃないですね。
本物も混ざってるので…。
あれを見破れなかったのがまだまだ…。
まだ勉強の余地があるかもわかりませんが。
これからも頑張ってください。
ありがとうございます。
ありがとうございました!
早速ご自宅にお伺いしました
こんにちは!
着物姿で出迎えてくださったのが…
見てくださいこの塀。
あたりを圧するほどの大豪邸です
祖父が建てたんです。
古いだけが取り柄でしてね。
清田家はもともと熊本藩主細川家の家臣で明治維新後祖父が建てたこの母屋は江戸時代の庄屋造りを忠実に再現していることから現在熊本市の有形文化財に指定されているそうです
ところどころ英語が混じりまるでルー大柴さんのよう。
聞けば清田さん昔は日本航空の国際線機長で35年間で飛行した時間は延べ2万3,570時間。
これは日本航空の最長記録で退職から15年経った現在も破られていないそうです。
道理で英語がお得意だったんですね
アイシーバイザウェイ…
日本の貨幣史に燦然と輝く大珍品です。
実は清田さん熱烈なコインコレクターで45年前フライト先のロンドンで参加したオークションでそのお宝に一目惚れしたそうです
とてもスペシャルなお宝です。
鑑定よろしくお願いします。
日本の貨幣史に燦然と輝くとてもスペシャルなお宝の登場です
依頼人の登場です。
熊本県からお越しのよろしくお願いします。
プリーズ。
なんでパイロットになろうかなと思いはったんですか?あのね中学生のときに近くに飛行機が不時着したんです。
そのときのパイロットの操縦さばきが非常にみごとだったわけです。
それに感動していの一番に駆け寄ったわけですよ。
彼が言うのにはね僕にワラーワラーッて言うんですよ。
たくさんの人が集まってきて英語がわかる人がいたんですね。
彼は水を飲みたいんだと。
ウォーター!だから初めてそのときに水のことをワラと言うんかと…。
ワラーワラー!わら渡したらノーッて…。
さぁそんなお宝を持ってきて…拝見しましょう。
こちらです。
えっ?明治9年に発行された20円金貨です。
オークションカタログにねアメリカ独立100周年を記念してフィラデルフィアでね万国博あったと1876年ですね。
明治9年なんですよ。
それにちなんで日本政府が日本からね20円をはじめとする明治9年の金貨を出品したというのが出ておったんですね。
でこれはなんとかね僕は持って帰りたいなと。
おいくらで落札されたんですか?200万くらい出したかなと思ってるんですけど。
当時の200万って大金じゃないですかそれは…。
どうやって払ったんですかそれは。
そのときに持ってるものだけデポジットにおいてあとは日本から送金ですよ。
もちろんこれ本物ですよねこの輝き。
と思うんですけどねまだ鑑定してもらったことないんです日本で。
1回も。
1回も。
ロンドンであったオークションを信じて。
そうです。
ときの政府にとって新たな貨幣を発行することは近代国家としての権威を示すための大きな一歩であった
明治維新後国内では幕藩体制の通貨に加え新政府がやみくもに発行した紙幣や硬貨が流通し混乱を極めていた。
この状況を打破すべく新たな貨幣制度を建白したのが大隈重信である。
その結果明治4年に公布された新貨条例では…
実は当初大隈は銀本位制を採用するつもりであった。
これは当時日本には銀が豊富にあったことまたアジア貿易決済が銀だったことによるが外遊中の伊藤博文が欧米諸国は金本位制に移行しつつあることを指摘。
これにより金本位制を導入したのであった。
こうして発行されたのが…
5種類の金貨であった。
しかし当時の日本には十分な金の備蓄がなかったため
10年13年も極端に少ないことからいずれも流通を目的としない試作品だったと思われる。
金の不足を補うため政府は苦肉の策として貿易用限定の1円銀貨を発行したが…
金本位制は名ばかりのものとなった。
結局日本が真の金本位制を導入できるようになるのは明治30年。
日清戦争の勝利により多額の賠償金を手に入れてからであった。
これを受けときの首相松方正義は貨幣法を制定し新たに5円10円20円の金貨が発行された。
しかしその際1円の価値は金0.75グラムにまで下落しており1円金貨は小さくなりすぎるため発行が見送られた。
更にこのときわずかに残っていた旧金貨はそのほとんどが溶解されてしまった
改めて依頼品を見てみよう。
明治9年の20円金貨で彫金の緻密さは実にみごとである。
もともとの発行枚数が極めて少ないためもし本物なら大珍品だが…
ご本人の評価額ですがおいくらくらいでしょう?700万でお願いします。
まいりましょう。
オープンザプライス!1,200万!え〜っ!?注目すべきはやはり発行枚数なんですね。
9年10年13年は極端に発行数からして少ないんですね。
これは流通用というよりも外国のVIPの方に対しての贈答用とかそれから国際博覧会の展示品として作られた…。
これはね作り方にも表れてると思うんです。
通常の貨幣と違ってプレスを複数回して非常に丁寧に作られている。
収集界ではプルーフと呼んでるんですけどもそのために表面が鏡状になってとてもきれいに輝きになって…。
その反面菊の紋章それから錦の御旗ですね。
こういった図案がつや消しのように浮き上がって見えてくる。
国内のオークションでも10年に一度出品があるかないかだと思います。
決してネットオークションには出ませんねこれは。
これは出ないでしょうねさすがに。
大変貴重な金貨だと思います。
守ってくれる人にね…。
私もそろそろお迎えが来ると思いますからそのときはそういう人に譲ろうと…。
頑張ります!ありがとうございました。
ありがとうございました。
特別企画「出張!なんでも鑑定団」海外編。
今回の舞台は南海の楽園ハワイ。
太平洋のほぼ中央に位置しカウアイオアフマウイハワイなど8つの島と100以上の小島からなる
それを機に本格的なリゾート地となった。
その中心部オアフ島にはダイヤモンドヘッドやワイキキ・ビーチなどおなじみの観光名所が多く世界中から年間720万人もの人々が訪れる。
しかし実はハワイには他にも驚くほどの大自然があり例えば最北のカウアイ島には何百万年もの川の浸食でできた高低差1,000mのワイメア渓谷が広がり太平洋のグランド・キャニオンと呼ばれている。
またハワイ州最大の島ハワイ島は活火山地帯でキラウエア火山は31年前に始まった噴火が今なお続いている。
そんなハワイは古くから日本と深い繋がりがあり…
これは当時ハワイ各地でサトウキビ農場が次々と設立されたもののその労働力が極端に不足していたからであった。
1924年に移民が禁止されるまでに海を渡ったのはおよそ22万人で現在はその子孫日系3世4世の方々が各分野で活躍している。
本番前のひととき。
コバルトブルーの海を眺めクルージングを楽しんでいるのは…
一方こちらは大人気の海洋公園…
人懐っこいイルカとたわむれているのは…
なんとイルカに運ばれ登場!
会場は…
早速いってみよう!
(2人)「出張!なんでも鑑定団INハワイ」。
ハウアーユー?ナイストゥーミートユー。
アイムベリーファイン。
ハウアーユー?ファインサンキュー。
そうですね。
この「鑑定団」がねハワイに来て鑑定大会やりますよっていうのを結構ラジオで言ってくれたんですよね。
はいそうですねありがとうございます。
いえいえこちらこそありがとうございます。
皆さんもありがとう。
ありがとうございます。
例えばどういう番組をやってるんですか?ラジオの番組は。
いろんなトークとか音楽。
いちばん人気というのは…。
何?電話応答。
これはリスナーが投げかけた質問に別のリスナーが答えるもので開局以来ずっと続いている人気番組とのこと
すごいですね。
じゃ僕らもハワイに来て何か困ったことがあったり何かあったときには相談すれば…。
あっなるほどね!あっすごいかもしれないそれ。
お宝は伊東深水の色紙である。
少年が描かれているがそのモデルは…
えっ!?これご本人なの?はい。
父昇さんは終戦直後の1947年ホノルルで邦画専門の映画館日本劇場を経営し大繁盛
どういうもの流してたんですか?はいはい寅さん。
そのためさまざまな文化人とも交流があり深水もその一人であった。
この絵は51年前ホノルルを訪れた深水と父が食事をした際たまたまそばにいた自分に目をとめ描いてくれたもの。
そのときの印象は?
優しい人で。
ほ〜っ。
ありがとうございます。
今度私ラジオ局行っていっぱいしゃべりますから。
ありがとうございます。
明日何時…。
明日行きますよじゃ。
本人評価額はやや控えめの…
昔は紅顔の美少年。
大人になって相撲取りのように太ってしまうとは夢にも思わなかったが果たして結果は!?
ジャカジャン!はい!
大幅アップ!!
今回本人評価額より鑑定額がアップした方には…
ステキなプレゼントが。
間違いなく本物ということで。
伊東深水さんは明治にお生まれになって大正昭和と活躍された日本画家。
美人画でいちばん有名なんですけれども…。
昭和38年7月に次男さんのやはり日本画家の伊東万燿さんと一緒にブラジルに行ってらっしゃいますね。
でその帰りにハワイに寄って親交のあった古屋様のところでかわいい坊ちゃんだなということで描かれたんだろうなと思います。
やっぱりうまいですね。
ちょっとしたスケッチなんですけれども一瞬の描写ができていると思うんですよ。
これからも飾って思い出とともにとてもとても大切にしていただければと思います。
続いては10年前ハワイに移住した…
91年からもう20回以上…。
そのときからいずれは絶対ハワイに移住するからっていう目標を持って。
で実際にハワイで暮らしてみると…
夏でもあんまり汗かかないし。
さっきまでのお話は何だったんですかね?えっ…え〜っ?
お宝は…
どうなさったんですか?これは。
これは骨董市で買ったんですけど。
日本に帰ると暇なときはほとんど骨董市巡りしてるんです。
5年前都内の骨董市に行くとなじみの骨董商が店を出していた。
話しかけるとその骨董商は高齢になり近々廃業するので在庫を早く処分したいと言いだし…
これそもそもおいくらだったんですか?これ。
(一同)え〜っ…。
300万の半値?そう。
しかも箱に「尾洲徳川家傳来」とありいい買い物をしたと大満足
なんか徳川家って書いてあるだけでちょっとすごいじゃないですか。
すごい感じがするでしょ?
本人評価額は買ったときと同じく…
300万円の言い値があっという間に半値になったので少々不安だがこの茶碗で喫する茶の味は格別。
果たしてどうなるのか?
5年前なじみの骨董商が高齢になり廃業するので在庫を早く処分したいと言い出し300万円を半値の150万円にまけてくれた。
箱には「尾洲徳川家傳来」とありいい買い物をしたと思っているが。
果たして結果は!?
どうぞ!ジャカジャン!
あちゃ〜!
何から何まで意図的に仕立てられたニセモノですね。
形が悪いね。
まるでコマのようですね。
釉薬も硬いし土もカチカチですね。
そしてね箱の表に「天目志野茶碗」と書いてあるでしょ。
天目というのは茶碗の天目型ということですから天目と茶碗というのがダブることはない。
この場合は「志野天目」そういうふうに書かなきゃいけない。
そして大きな間違いは箱の蓋の裏に書いてある言葉で「隼人正正往」というこの名前ねこれはおそらく八代正住を意図したんでしょうけどもぎょうにんべんにしちゃった。
本当はにんべんなんです。
そして安政4年亡くなってるんですよ。
安政5年死んだ人がそれをもらうというのもおかしいですね。
続いてはハワイの日本人ツアーガイドの草分け…
外国に行くっていうのはあんまりわからなかったから文化の違いとかいろんなことがあったんじゃないですか?冬にお着きになるとこちら暑いでしょ。
それでずっとスーツケースが出てきますよね。
もうそれ自分のを開けちゃって表なんですけれどね…。
ですからねちょっと待ってって言ってこちらへどうぞって言ってちょっと横のほうで…。
日本のほうで脱がせてからね。
お宝はこちら
それともう一つが何ていいましたかね…。
正しくは…
30年くらい前ですかもうずっと前にですね日本でおっしゃるフリーマーケットそこで買ったの。
知り合いの子供にあげようと思い買ったもの。
しかし渡しそびれ以来ずっとしまいっぱなしになっていた
こないだ探し物してたらね見つかったんです。
捨てないでねよかったわね。
ホントにね。
改めてじっくり見てみると…
背中とかかわいいですよね。
なんか虫の格好してます。
虫ですね。
顔もなんか…。
似てる!?顔は似てないですよ全然でも。
本人評価額は期待を込めて…
もし高ければこの際思いきって売り払い大学院に通う孫の学費に充てたい。
果たして結果は!?
どうぞ!ジャカジャン!
これはすごい!
珍しい2体が出てきたっていう感じですよね。
これはブルマァクという会社の後期の傑作ソフトビニールの怪獣です。
メガロのほうですね。
1973年に『ゴジラ対メガロ』という…。
カブトムシだとかセミだとかミックスしたような昆虫怪獣。
実はハワイバージョンというものがあるんです。
それになるともっと高いんです。
もうひとつが74年に『ゴジラ対メカゴジラ』ということで公開されたんです。
なぜ珍しいかというと映画の公開時映画館のみ売られていたんです。
それがハワイでは一般に売られていたんです。
え〜っ!だから日本では非常に珍しいんです。
実は今30万30万っていう値段をつけたんですけど10年くらい前もっと高かったんですよ。
これにて前半戦はひとまず閉幕!
こちらの立派なご自宅にお伺いしました。
ごめんくださ〜い
はいようこそいらっしゃいました。
江戸時代謎の浮世絵師が遺した傑作です。
そのお宝は井上さんが幼い頃からずっと祖母米子さんの家に飾られていたそうです
おばあちゃんの家に行くたびに…。
と思って見てました。
米子さんは美術に造詣が深く趣味で油絵を描いているため…
この絵じゃなくておばあちゃんの絵を飾ればいいのになと思ってました。
でもおばあちゃんが最近その絵の由来を初めて話してくれて…。
その人物とはなんと…
実は井上さんの曽祖父定之助さんは生前文藝春秋社に勤めていたため初代編集長だった菊池寛と親交がありあるとき何か頼まれごとを引き受けた際そのお礼としてこの絵をいただいたそうです。
更に最近母からその作者の絵がパリのオークションで高値で落札されたと聞いたため…
鑑定よろしくお願いします。
依頼人の登場です。
茨城県からお越しのお願いします。
どうぞこちらのほうへ。
なんかおばあちゃまも品のある…ねぇ?ありがとうございます。
ステキなおばあちゃん。
今ちゃんすみません。
今ちゃん!すごいファンなんですけどあとで写メ一緒に撮ってもらっていいですか?もちろんですよ。
超嬉しいです!そのために今日会社有休とって来ました。
有休とってわざわざ…。
僕と写メ撮るために!そうです。
資産ってどれくらい…。
ちょっとそのお宝のほう拝見しましょう。
これはどなたのなんですか?写楽の浮世絵になります。
あの写楽!お宝を初めて見られたときどうでした?なんかちょっと気持悪いなと思って…。
ちっちゃいときに見るとちょっと怖いですよね確かに。
おばあちゃんはお宝についてはなんかおっしゃってました?菊池寛さんからもらったものなのできちんとしたものかなとは言ってたんですけどもしニセモノだったら外歩けないんで…。
おばあちゃんは万が一ニセモノやったら恥ずかしいと。
パリに行っておばあちゃん何をしたいんですか?おばあちゃん絵が好きなので美術館に連れていってあげて私は本場のフランスパン食べてきたいです。
寛政の頃わずか10か月のうちに140点あまりの錦絵を描いた浮世絵師である。
しかしその後忽然と姿を消したため今なお多くの謎に包まれている。
謎その1
幕末の考証家斎藤月岑の『増補浮世絵類考』にはこう記されている
そこで多くの研究者が徳島で調査を行ったがその実在を示す証拠は何ひとつ見つからず写楽別人説として葛飾北斎喜多川歌麿歌川豊国などの名が挙げられるようになった
斎藤家の菩提寺であることが判明しそこから十郎兵衛の過去帳が発見されたこと。
また東洲斎は江戸時代「とうじゅうさい」と発音するのが一般的でこれを並び替えると斎藤十になること。
更に写楽の大首絵に見られる鉤型に曲げた指は歌舞伎ではなく能の所作であることなどから今日では…
最も有力とされている。
写楽の錦絵を出版した版元は蔦屋重三郎だが当時は寛政の改革により身代半減の刑を受け危機的状況に陥っていた。
また歌舞伎界も窮地に立たされており江戸三座は厖大な借財を抱え休業。
その代わりに控櫓が興行を行っていた。
そこでもう一度歌舞伎の人気を取り戻すべく蔦屋が十郎兵衛に白羽の矢を立てたのであろう。
謎その2
写楽は28点の大判錦絵を一挙に出し華々しいデビューを飾った。
これらは江戸歌舞伎5月公演の役者をモデルにしたもので今でいうブロマイドである。
黒い背景に豪華な雲母をちりばめ上半身だけを描いた『黒雲母摺り大首絵』はそれまでにはまったくなかった様式でしかもまぶたのシワ鷲鼻受け口など役者の欠点までもが大胆に誇張されていた。
また悪人を描いたときの全体にみなぎる緊張感は実にみごとで同時代のライバル豊国の作と比較するとその差は一目瞭然であろう。
しかしその後写楽の浮世絵はその画風も様式も大きく変化。
それに伴い筆力も急激に衰え平凡になってしまう。
これに加え1期と2期では「東洲斎写楽画」と記されていた銘が3期と4期では単に「写楽画」となるため後半の作は別人あるいは工房作との説を唱える研究者もいるほどである。
謎その3
例えばこの大首絵に描かれた中島和田右衛門と中村此蔵は当時まったく無名で端役しか与えられない役者であった。
更に錦絵は芸術などではなく利益を前提とした工芸品であり売れなければすぐに回収されていた。
蔦屋ほどのやり手がなぜ費用のかさむ黒雲母摺りでまったく売れる見込みのない無名役者の大首絵を作らせたのか。
この謎に明快に答えた研究者はまだ誰ひとりいない
改めて依頼品を見てみよう。
東洲斎写楽の『黒雲摺り大首絵』である。
近松門左衛門の名作…
最も人気が高い第1期の作である
ご本人の評価額おいくらくらいでしょうか?パリに行ってきます。
パリに行ってくる。
もう本物だと信じて。
だといいです。
それではまいりましょう。
オープンザプライス!えぇ〜!5,000円ですか。
パンは買えそうです。
買えそうですね。
おそらくは昭和初期の復刻版だろうと思います。
一見本物に見えますがまず触らせていただきましたが紙の手触りが江戸時代の紙ではありません。
もう少し新しい紙です。
それから写楽の作品にそれだけ大きな余白がないです。
首のところに髪の毛がありますがもうちょっと細かいです。
それは非常に髪の毛の本数が少ないんですね。
これでも細かいけどこれでも?全然少ないです。
それからあと紋所が着物に入っておりますが微妙に違うんですね。
この図柄は公的な美術館でだいたい十数点確認されておりますしその他にも流通しているものでそれとは別に数点あると思いますのでまったくないわけじゃないんですね。
もしこれ本物であればですね少なくても2,000万以上はすると思います。
え〜!残念ながら…。
はいありがとうございます。
あとで満面の笑みで僕写真撮りますけど。
ありがとうございますやった!それだけでも思い出にしてください。
どうもありがとうございました。
ありがとうございました。
早速ご自宅にお伺いしました。
ごめんくださ〜い
は〜いいらっしゃい。
お待ちしておりました。
遠いところありがとうございました。
あの依頼人はどなたですか?
はい有福久といいます。
よろしくお願いします。
であとのお二人は?
有福さんの骨董仲間なんです。
「鑑定団」にお宝出せって勧めたのは私らなんですよ。
20年ほど前仕事を通じて知り合った際3人とも大の骨董好きとわかり意気投合。
以来週1回有福さんの家に集まり骨董談義に花を咲かせているそうです
こうしてああでもないこうでもないと言い合っているときがいちばん楽しいそうです。
そんな有福さん骨董に夢中になりすぎたことが原因で30年前…
いいお友達がいてよかったですね
最も人気がある幕末志士のお宝です。
鑑定のほどよろしくお願いをいたします。
(2人)よろしくお願いします。
果たしてその2人の志士とは?スタジオで拝見しましょう
依頼人の登場です。
鳥取県からお越しのどうぞこちらのほうへ。
こちらにどうぞ。
できれば体調整えてから来ていただくわけには…。
責任重大じゃないですか?今日。
本物だったらもちろんいいですけども…。
もちろん本物ですよ。
拝見しましょう!はい!これ初めて見られたときはどういうお気持でしたか?最高の気分ですわ。
小さいときからの…。
憧れの人物…。
これちなみにおいくらでお買いになったんですか?25万だったかな…。
25?25万?龍馬の書を…。
えっ本物とかはもちろん見られてるんでしょ?あとから見ましたけどね。
見たときどうですか?字の感じとか…。
「龍馬」だけ見てもねもうすばらしいです。
これでも「馬」の書き方ちょっと特徴的じゃないですか?これ本物の龍馬さんの書でもこんな感じなんですか?「馬」。
そこまでは見てないです。
いやいや…むちゃくちゃ大事なとこじゃないですか。
おまけもまたすごいじゃないですか。
内容がね…。
あっ読めるんですか。
すばらしい。
書いてある内容はものすごい好きなんですか?はい。
あのお二人が推薦したんですよね骨董仲間の…。
はい。
出ろと。
これ3人で会議した結果どうやったんですか?2対1で私の…。
あっ2対1ですか。
1は反対したんですか?反対したの。
ちなみに反対のほうの意見の方は何ておっしゃってたんですか?これは絶対違う…。
あるわけねえって。
お前のところに入ってくるわけないと。
間違っても。
じゃあ僕もそっちの意見で。
伏見の寺田屋に宿泊していた龍馬は幕府の役人に突如襲撃されたがピストルで応戦し九死に一生を得た。
このとき龍馬の窮地を救ったピストルを贈った人物こそ誰あろう…
龍馬は土佐藩郷士出身ながらのちに脱藩し日本の近代化に尽力。
堂々たる体躯同様器も大きく西郷隆盛はこう語っている
一方高杉は…
小柄ながら気性は激しく攘夷を標榜し藩をけん引した。
伊藤博文はこう語っている
高杉最初の功績は1864年8月。
長州藩がイギリスをはじめとする4か国連合の報復攻撃を受け敗れたのちの和議交渉であろう。
その際高杉は彦島の租借を要求されたが断固拒否。
もしこれを受け入れていればその後の日本の歴史は大きく変わったといわれている
これより先長州藩は…
高杉も命を狙われる身となったがわずか80名の同志とともに挙兵し…
一方この頃龍馬は薩摩の西郷隆盛長州の桂小五郎に会い犬猿の仲だった両藩を結びつけるべく奔走。
その際龍馬は朝敵となった…
和解に努めた
このとき高杉は会談のため上洛する龍馬に五言絶句の漢詩をしたためた扇とピストルを贈ったのであった。
そして1866年龍馬仲介のもとついに薩長同盟が締結された。
それから5か月後第二次長州征討が始まると龍馬は高杉の要請を受け薩摩名義で購入した軍艦に乗り小倉海戦に参戦。
すると長州軍は高杉総指揮の元劣勢をひっくり返し…
これは龍馬にとっては最初で最後の実戦でこのときの様子を記した故郷宛の書簡の中で高杉をこう評している
この結果幕府は一気に大政奉還を余儀なくされることとなったがそのさなか高杉はかねて患っていた肺結核が悪化し他界。
更にその7か月後。
龍馬も京の近江屋で刺客に襲われこの世を去った。
改めて依頼品を見てみよう。
こちらは中国明時代の儒学者王陽明の詩を龍馬がしたためたもので…。
「逆境も順境ももう自分の胸中にはない。
浮雲が大空に浮かんでいるのと何の変わりがあろうか。
静かな夜の海波を隔てて三万里も遠く月光のもと仙人のように錫杖を飛ばし風に乗って舞い降りるのだ」。
とある。
一方こちらは…
為書きによるとこれはかつて高杉が奇兵隊の同志山縣有朋に贈った都々逸で同じく同志の南野一郎に乞われ再び書き記したもののようだ
ではご本人の評価額おいくらですか?500。
2つで?2つで500。
いきましょうか。
それではまいります。
オープンザプライス!こい!え〜!!4,500万!すごい。
ほんと?ほんと。
え!?一十百千万…。
10万100万…。
4,500万!どんちゃん騒ぎ。
どんちゃん騒ぎで済みませんよこれ!たいへん珍しいものが2つ揃って出てきたというのはこれ番組始まって以来じゃないかと思うんですけど。
まず坂本龍馬の書は七言絶句の詩でして王陽明が流されていくときの心境を述べたものなんですね。
実は王陽明の詩とちょっと一部違うところがありまして例えば1行目の3字目もとっていう字が「本」って書いてありますけどこれは原文ですと「原」という字もとという字ですね。
それからだいくう「大空」と書いてありますけどもこれは原文ですと太い空と「太空」となっているんですね。
ですからこれはおそらく坂本龍馬がこの詩をたいへん気に入ってて暗記してたんじゃないか。
暗記してて記憶のままに書いたところがこう字が違ってしまったんじゃないかと思うんですね。
字を見ますと例えば滞らずというあたりですね非常に流暢な流れるような線で書かれています。
これは決してまねしたり偽物だったりするとこういう書は書けません。
龍馬の馬という字の筆順がちょっと違うんですけどこういうふうに書いてる本人の署名もございます。
手紙は今百数十点見つかっているんですけどもこの作品はほとんどないんです。
高杉晋作の書でございますけどもこれは都々逸が書かれておりましてやはり非常にしぜんな運筆であるということ。
東行というのは西行という歌人がいましたけども自分がこれからは武士を捨てて風雅に生きるんだということで西行という名前をつけた。
逆に風流文雅の世界は捨てて生きるんだという決意を込めて東行といったというんですけども実際作品がたいへん少ないものですからこれは珍品中の珍品だろうということですね。
いや〜いかがですか?びっくりしましたね。
びっくりしましたね。
本物と信じてらっしゃいましたけども。
汗が出るわ。
いや〜。
ほんとにおめでとうございました。
ありがとうございました。
ありがとうございました。
後半戦。
まずはかき氷店を営む日系3世の…
まさかこういう出で立ちで来るとは思わなかったですよ。
まぁラフな格好でやっぱりね。
いつもの格好。
いつもこの格好で?はい同じ。
なるほどね。
ワイキキの中心部から車で40分ほどのところにあるが世界中の観光客が押し寄せ長蛇の列をなしている。
いちばんの人気は数種類のシロップをかけた…
早速試食させていただいた
うん!うん!うん…!うまい!日本語というのは結構小さい頃からしゃべれたんですか?日本語学校行きました。
でもあまり…。
いやめちゃめちゃしゃべれてますよ。
あっ奥さん奥さんは日本の方?そう大阪の人。
大阪の方で?はいはい奥さんとはどういう感じで出会えたんですか?そのお店に来たわけ?そうそう旅行で。
旅行で?そうそう5人で。
はいはい5人でね。
いいですね。
何かと話しかけてくるので自分に気があるに違いないと思い猛アタック。
数年間の遠距離恋愛を経て結婚した
僕のことをちょっと好きなのかなみたいな…。
それはちょっと最初はなかったです。
あっなかったんだけど?英語とかが好きで英語の練習したくてスタンリーが英語しゃべってたので一生懸命英語の練習台になってもらおうと思って英語でしゃべってたらスタンリーが…。
お宝は古いかき氷機である。
昔両親が店で使っていたもの
このへんがかわいらしいのね結構ね。
ただ単にかき氷を作る機械というよりも。
1951年日系2世の両親は雑貨店を始めたが相変わらずの貧乏暮らし。
そんなあるとき炎天下のサトウキビ畑で働く日系人のためにかき氷を売ってみてはと思いつきこの機械を日本から取り寄せると大繁盛
かき氷で頑張って…。
頑張って。
松本家にとっては思い出の品なので現在は店に飾り大事にしている。
本人評価額はこのくらいはしてほしいと…
かなり使い込んでいるので状態は悪いがこれほど古いものは日本にももうあまりないはず。
果たして結果は!?
ジャカジャン!
う〜ん残念!
これはですね鋳物で作られたかき氷機ですよね。
よく見ると上に鶴その下に富士山。
そしてローマ字で「USIKUBOSIKI」って書いてありますね。
この「USIKUBOSIKI」というのはですね牛窪鉄工所というところで1940年から1949年にかけて作られたものなんです。
今ですね昭和ブームですからね昭和をイメージしたディスプレーだとかインテリアとして需要はあるんですけど値段はそんなには高くない。
でもなかなか今はもう残ってないしなんか雰囲気ありますよねとてもね。
雰囲気はありますよねこれね。
いろんな思い出があるんでぜひ松本シェイブアイスのシンボルとして大切になさってください。
続いては焼物好きの日系3世…
3世の方だとどうなんですか?日本語っていうのはお話しできます?アイアムバンナイマツオ。
お仕事は何をしてるんですか?大丈夫ですか!?っていう人ですよね?こうやったりして…。
すごいお仕事してるじゃないですか。
実はいい焼物を収集するには資金がいくらあっても足りないため月に十日病院のスタッフとしても働いている
お金を稼いでそしてそのお金で好きなものを買う。
焼物のなかでいちばん好きなのはやはりなんといっても鮮やかな色彩の薩摩焼。
というわけでお宝は…
大きいじゃないですか。
大きい壷ね。
5年前インターネットオークションでひと目惚れし落札したもの
いくらで?30万!?なかなかいいじゃないですか。
どこがそんなに気に入ったのかというと…
絵というかこれもうなんか立体的なのね。
あっすごい!中にも絵があるの?はいはい。
すごいすごい!中に何か入れたりしたことはあるんですか?この中…。
わかんないな…。
金魚はわかる?金魚?金魚はい…。
ほら通じてます。
通じた!ノー?ノー?アンブレライン?ないない。
アンブレラインない?ないないなるほどね。
こんなにきれいな水瓶を傘たてに使うなんてもってのほか。
本人評価額は自信満々の…
出来栄えに比べ落札価格がとても安かったのが気になるが長年薩摩焼について真剣に勉強してきたので絶対ガラクタではないはず。
果たしてどうなるのか?
5年前インターネットオークションでひと目惚れし30万円で落札したもの。
数あるコレクションのなかのいちばん自慢の品で胴には激流をさかのぼる鯉の姿が浮き彫りされており更に内側にも細密な鯉の絵が描かれている。
果たして結果は!?
どうぞジャカジャンはい!
これはすごい!
わ〜っすごい!今のご気分は?よかった通じた通じた…。
いやぁ見事ですね。
世界中探したってこんな見事な水瓶はないよ。
これは今から120年くらい前の明治20年代にできた京都の薩摩焼ですね。
いわゆる京薩摩というものなんです。
まず形がこれ砂金袋といって純金の砂金を入れた袋の形をとってるんです。
そして周りにこの鯉が浮き彫りになってる。
波の間を跳ねてますね。
この波もまるで葛飾北斎の浮世絵を見るようですね。
この縁のところに金彩で細かい絵が描いてある。
いわゆる極密ですね。
これはもう薩摩の伝統なんですよね。
鯉は出世魚ですね。
滝を上っていくと竜になるっていう伝説があるんですよね。
これハワイのお宝だね。
いいものお買いになりましたね。
最後は日系2世の元軍人…
大学卒業後海軍に入りアメリカ本土で勤務。
16年後ハワイに戻ってきたのだがその頃にはすっかり日本語を忘れてしまい…
そこで大好きなカラオケで次から次へと演歌を歌いまくり日本語を猛勉強
どういう歌がお好きなんですか?誰が好きとかあるんですか?
お宝は…
骨董好きの母が日本で手に入れたもの。
母勝子さんは戦前ハワイに渡り日系人向けの総菜店を開業。
すると大繁盛しついにはダイヤモンドヘッドの近くに純和風の大豪邸を建て家中に骨董を並べては楽しんでいた
えっ!?お金持ちじゃないですか。
母亡きあと膨大な骨董コレクションのほとんどは他の兄弟が競売にかけ処分してしまったがそれでは母にあまりにも申し訳ないと思いこの掛軸だけは大事に取っておいた
しかしハワイには腕の立つ表具師がいないのでわざわざ日本へ行き表装を直してもらった
結構お金かかったんですか?それは。
本人評価額は表装代に旅費を加え…
大事な大事な母の形見。
わざわざ日本にまで表装を直しにいったのだからどうか本物であってほしい。
果たして結果は!?
どうぞジャカジャン!
よかった
本物です。
鏑木清方は美人画を得意とした日本画家。
恐らく水のせせらぎの音に耳を澄ましている女性というふうに見えます。
清らかな雰囲気っていうのがすごく出ているいい作品だと思います。
落款を見ますと大正の中ごろだいたい清方さんが40歳くらいの作品だと思うんですよ。
比較的若い頃の作品なんですがそれだけにお顔がすがすがしい若さが出ているような感じがしてとてもいいと思います。
これ状態がものすごく悪いんです。
絵に小さな穴があいてますね。
これ全部虫食いなんですよね。
でも人物のところは食べてないというのが非常に虫も遠慮したのかよかったですね。
本当にいい作品ですので大事にされたらよろしいと思います。
出張鑑定INハワイはこれにて無事閉幕
早速ご自宅にお伺いしました。
次なる依頼人は骨董を手にしうっとりしている…
さてはかなりのコレクターとお見受けしましたが…
父実さんは織物会社を営むかたわら若い頃から骨董が大好きで膨大なコレクションを持っていたそうです。
とても羽振りがよかったため…
父亡きあとそのコレクションを受け継ぎ10年前退職したのを機に詳しく調べたところ…
しかもとても高いことがわかったそうです
ここにあるだけでもざっと見ても…。
こんなすばらしいものをたくさん遺してくれて感謝感激雨あられです。
なるほどところで…
中国宋時代の幻の焼物ですよ。
それもお父さんの遺品ですか?
母智恵子さんのご実家は江戸時代福山藩の家老を務めた家柄で代々伝わる家宝を嫁入り道具として持参。
しかし父は新たに骨董を買う際他のものを手放して資金を工面することもあったためこれが人手に渡っては大変だと思い…
しかし長い間隠しっぱなしにしていたためいつしか行方不明になっていたそうです。
ところが10年前老朽化した母屋を解体した際屋根裏で発見。
80年ぶりに日の目を見たのでした
絶対の自信があります。
鑑定よろしくお願いします。
果たしてそのお宝とは?
依頼人の登場です。
岡山県からお越しのお願いします。
どうぞこちらのほうへ。
まあすごい80年屋根裏で…。
まあ母が嫁に来てからもう…僕がもう87。
今78ですか。
今78で。
だからそれ以前に…。
あっその前からもう隠れてた?そうそう。
親父がもうある年…。
あの見せてもらっていいですかね?すみませんまずは見せてください。
はい。
うわっきれいですね。
中国の宋時代の哥窯の青磁いうて。
哥窯の青磁?これは高そうな感じが…。
北京や台北の故宮博物館の…。
10点か20点しかないらしいです。
本物やっていうポイントどこなんですか?これ。
黒い貫入が…。
黒い筋を貫入いうんですよ。
黒いほうでしょ?これには…大きな黒い白い大きな貫入…。
大きな白い大きな…。
黒の貫入…。
もうやめましょうもうもうわかりました。
もうわかりました。
ちょっと一回VTRいきましょう。
青磁は釉薬を施した最古の焼物でありその気品溢れる色合いは玉にも例えられる
その始まりは紀元前14世紀。
中国商の時代にまでさかのぼる。
以来多くの陶工が研究に研究を重ね淡い水色から深い緑色にいたるまでさまざまな青磁を作り上げた。
しかし宋の時代これらの青磁とは一線を画すまったく新たな青磁が生み出された。
それが哥窯である。
哥窯は汝窯定窯官窯鈞窯と並び…
今なお窯跡は発見されておらず伝世する品もきわめて少ない
一説によると南宋時代のはじめ浙江省龍泉県に陶工として名高い兄弟がおり2人は互いに切磋琢磨しそれぞれが比類なき名品を作り出した。
弟が追求したのは誰をも魅了する美しい色調でその窯こそ我が国でも馴染み深い…
一方兄が開いた窯が哥窯で「哥」は中国語で「兄」を意味することからこの名が付いたといわれている。
今日伝世する哥窯の作は白い青磁とも呼ばれ鮮やかな青色は見られない。
しかしそこには色彩を補ってあまりある美しさがあった。
それが器全体を縦横無尽に走る釉薬のひび割れ…
これはあるとき焼成中の窯を誤って開けたところ急激な温度変化によりヒビが入ってしまったがこれに深い味わいを見いだしその後あえてその再現を試みたことにより生まれたものであった。
注目すべきはその貫入に太い黒と細い黄色が混在していることであろう。
黒い貫入は焼成後墨を染み込ませたもの。
そしてそのあと出来た貫入は白くなりこの器を長年使い込むとやがて黄色く変色するのである。
これは哥窯ならではの装飾でまるで金の糸のように見えることから…
その評価はきわめて高く明時代の宮廷コレクションの目録にも名品としてその名が記されているほどである。
しかし一代かぎりでついえてしまい伝世する作はそのほとんどが故宮博物院に収蔵されている。
そのため今日愛好家垂涎の的となっている。
改めて依頼品を見てみよう。
哥窯の花生けである。
高さはおよそ30センチ。
全体に貫入が入り哥窯独特の金糸鉄線も見てとれるが…
さぁそれではご本人の評価額ですがおいくらくらいでしょう?やはり本物ならそれくらいは?もう中途半端はありません。
3,000万!まいりましょうオープンザプライス!さぁ来い続け!う〜ん。
50万。
ねぇ50万…。
今から200年くらい前の中国清王朝後期に景徳鎮の民窯で作られた罅年窯という焼物なんですよ。
哥窯ではありませんね。
年窯というのは清王朝の前期雍正年間の官窯を年窯と呼ぶんです特にその年窯では宋時代の青磁を写して名品ができてるんですよ。
日本にこの手は非常に多く入ってる。
他の清朝色絵磁器というものがきらびやかで茶室に合わないんですね。
ところが罅年窯および年窯っていうものは侘び寂びに通じるものですから特に煎茶の花生けに使われてるんですよ。
これは形がたいへんに変わっておりまして双連瓶っていうんですね。
2つの瓶を合わせた形なんです。
耳は象耳っていいまして象の顔がついてる。
象という字は音でもって吉祥の祥に通じるのでたいへんおめでたいんですね。
昔から大切にされてきたものでこれからもますます値打ちが出ると思います。
まっこれはこれとして大事になさってください。
ありがとうございました。
いやいやいや。
次なる依頼人はご夫婦で仲むつまじく談笑されているこの方
お二人ともとてもお元気そうですが実はご主人の顕雄さん…
生死の境をさまよったそうです
それはよかったですね
元気になって嬉しいんですけども…。
というと?
ってもうたいへん迷惑がっております。
なるほど
わずか31歳で夭折した天才画家の絵です!
昔暮らしていた古い家を知人にアトリエとして貸してあげることになり…
だいぶ傷んでおりましたし直すところもありましたのでその方が…。
すると屋根裏から今回の絵が出てきたためびっくり
鑑定のほど…。
(2人)よろしくお願いいたします。
依頼人の登場です。
愛知県からお越しのよろしくお願いします。
どうぞこちらのほうへ。
どうぞ。
なんかねうちの親の話聞いてるみたいでした。
胸が…。
息子さん。
主人のすべて好みです。
タレントさん誰にやってるのかもうねぇ?出してるのも知らないんですけどちっとも返事が来ないって言うんです。
息子さん今日来てはるんですか?息子さん!あら。
同年代だと思います。
ほんまや。
ちなみに息子さん自身の好きなタレントさん誰なんですか?ファンの?いやもうそんなことは言っていられないので。
いや別に僕も聞いたからってどないにもできませんよ!お宝拝見させていただきます。
ええ!何これ?知人の版画家なんですけれどその方がアトリエにとおっしゃってお貸ししたときにひどく荒れてたもんですから適当に直してくださいということでそれで屋根裏の階段があったんで上っていかれたらなんか絵らしきものが積んであったんだそうです。
とにかく下ろしてきて雑巾で拭きかけたんですって。
雑巾で拭きかけた!?そしたらお名前が出てきたんでそれでびっくりしてあとは丁重に扱いましたとおっしゃってた。
このお宝についてはご自身で調べられたりとかそういうのしたんですか?主人がやっぱりちょっと鑑定していただいたほうがいいんじゃないかとういうことで三岸さんの…一宮に美術館がありますねそちらのほうへ問い合わせましたら1点について5万円いただくとおっしゃったんだそうです。
そんなに出すのもったいないし「鑑定団」へ持っていけばただで見てもらえる…。
まぁ確かに。
料金をいただくシステムはないですから。
ということで主人がそれも私が知らないうちに応募しました。
好きですね。
こっそり手紙出すの好きですね。
そうです。
この口癖どおり画家はわずか31歳でこの世を去った。
その名は三岸好太郎。
本格的に絵を描いたのは大正の末から昭和にかけてのほんの10年ほど。
日本の洋画界がヨーロッパの影響から脱却しようやく一人歩きを始めた時期にあたる。
三岸はそんな時代を彗星のごとく駆け抜けたのであった
中学生の頃はたびたび停学処分を受けたほどの不良であった
新聞配達夜鳴きそば売りなどをしながらわずかな収入を得独学で絵を学んだ。
すると2年後…
これにより村山槐多関根正二以来の天才と絶賛され一躍脚光を浴びた。
翌年同じく画家の吉田節子と結婚。
相変わらずの極貧ぶりだったが生活が苦しければ苦しいほど三岸の感性は研ぎ澄まされていった。
後年節子はこう書き残している
当初三岸が好んで描いたのは道化であった。
道化は劇やサーカスではひょうきんないたずら者だがその一方で人間心理の鋭い観察者である。
おそらく三岸はその姿に自身の深層心理を投影していたのであろう。
しかし昭和の時代になると三岸の画風はがらりと変わる。
『オーケストラ』はたびたび足を運んだ音楽会の情景を描いたもので厚塗りした絵の具が乾かぬうちに金属の棒で引っかいた線は一見でたらめのごとくだがリズミカルな離合集散を繰り返し詩情あふれる世界を生み出している。
すなわち三岸は音楽を聴覚的にではなく視覚的に描こうとしたのであった。
昭和9年の死の年は貝殻と蝶ばかりを描いている。
これはシュルレアリスムにいち早く共鳴した三岸の最後のモチーフであった。
例えば標本にされた蝶と蛾のうち1頭がよみがえり枠の外に飛び立とうとする『飛ぶ蝶』。
同時期に書いた詩にはこう記している
これはもちろん飽くなき飛躍を目指す自分自身の姿であった。
同年関西旅行の途中胃潰瘍で吐血し他界。
その死を看取った者は1人もいなかった
改めて依頼品を見てみよう。
三岸好太郎の風景画である。
絵の具を重ね湖畔にたたずむ木を力強く描いている。
しかし残念ながら亀裂や剥落が多く保存状態は極めて悪い
ご本人の評価額ですがおいくらくらいでしょうね?1,000万ということでお願いいたします。
そうですね。
1,000万でまいります。
オープンザプライス!え〜!!マジですか!三岸好太郎の油絵に間違いないですね。
1932年に故郷札幌に一時帰郷されたときに描かれた札幌市内の風景ですね。
まずこの手前の木ですね。
この描き方非常に骨太で力強いタッチでぐっぐっぐっと描いてます。
それからこの水と空の描き方非常に透明感のある…本来もっと美しい透明感のある色彩なんですけれどものびやかなタッチでですね非常にその清々しさが描かれている。
東京で描いた作品とは違う何かその生まれ育った故郷に対する思いがですね投影されているような感じがします。
特にこの時代の作品というのは極めて数が少ないんですね。
状態がよければですね2,800万から3,000万くらいつけてもいいものなんですけれども色も退色してますし埃と煤でね汚れてる亀裂も入ってますのでぜひこれクリーニングとか修復していただいてそれでしっかりとしたいい額に入れてね作品を管理していただければと思いますね。
「鑑定団」に来てよかったですね。
今田さんにお目にかかれてまた息子と一緒に良いご縁をいただけますようにお願いいたします。
ありがとうございました。
ありがとうございました。
ということで「鑑定団」また来週さようなら。
2014/06/17(火) 20:54〜22:48
テレビ大阪1
開運!なんでも鑑定団【史上最強のお宝大集合!2時間スペシャル】[字]
放送開始20周年記念の超豪華スペシャル!新発見!?坂本龍馬と高杉晋作の書、“謎の浮世絵師”写楽の傑作、宋時代の“幻の焼き物”ほか驚きの名品続々登場!!▽ハワイ出張
詳細情報
番組内容 1
【6組の最強お宝が集結!驚きの鑑定連発にスタジオ大騒然!!】
またまた新発見か!?『坂本龍馬の書』が出現!手紙は数多く発見されている龍馬だが、掛軸になった書は極めて珍しい。10年程前、依頼人に骨董の手ほどきをしてくれた師匠から、わずか25万円で手に入れたのがそのお宝。さらにその時に「おまけ」といってなんと同じく人気のある『高杉晋作の書』まで渡された!
番組内容 2
この二人の書が一度に揃うのはまるで奇跡。骨董仲間の一人は「そんなものあるはずがない」と鼻で笑うが…本物なら世紀の大発見!果たして鑑定結果は!?
▼さらに、鑑定団初登場!“謎の浮世絵師”『東洲斎写楽の傑作』も登場!依頼人が幼いころから祖母の家に飾られていたものだというが、その由来を祖母に尋ねてびっくり!なんと若いころ、かの文豪・菊池寛からいただいたものだというのだ。
番組内容 3
江戸時代に大人気を博すも、顔も本名もわからないままこつ然と姿を消した写楽の浮世絵は、本物なら数千万円はくだらない。菊池が持っていたものなら、もしかしたら本物か!?
▼そのほか、<江戸時代に活躍した三人の奇想の画家の名品>、<日本貨幣史に残る超貴重な大珍品>、<31歳で夭折した天才画家の絵>なども登場、驚きの鑑定が続出する!!▼さらに大爆笑の出張鑑定はハワイ特別編!!
出演者
【司会】
石坂浩二、今田耕司
【進行アシスタント】
吉田真由子
【出張リポーター】
松尾伴内
【ナレーター】
銀河万丈、冨永みーな
鑑定士軍団 1
中島誠之助(古美術鑑定家)
北原照久(「ブリキのおもちゃ博物館」館長)
安河内眞美(「ギャラリーやすこうち」店主)
阿藤芳樹(「阿藤ギャラリー」代表取締役)
永井龍之介(「永井画廊」代表取締役)
鑑定士軍団 2
竹内俊夫(「銀座コイン」会長)
増田孝(書蹟史家)
渡邊章一郎(「渡邊木版美術画舗」代表取締役)
ホームページ
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ジャンル :
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バラエティ – その他
趣味/教育 – 音楽・美術・工芸
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