氷河が作り上げたフィヨルドの海です。
この大自然を舞台に誰も真似のできない作品を描き続けた画家がいました。
月明かりの下で。
夜の闇の中で。
夕暮れの世界を。
人間が抱える生の不安や恐れを初めて絵画で表現したのです。
フィヨルドの国ノルウェーが生んだ天才画家です。
今日の一枚はムンクの生涯の中で最も巨大な作品。
それだけではありません。
鮮やかに光り輝く問題作でもあるのです。
ではあなたの目で確かめてください。
今日の作品はノルウェーのオスロ大学にある大講堂に収められています。
1989年までノーベル平和賞の授賞式が行われていた歴史と伝統を誇るアウラ講堂です。
三方の壁にムンクの壁画が描かれています。
その正面に描かれているのが今日の一枚。
縦4m50cm横7m80cmの油彩画です。
舞台は海辺の岩場でしょうか。
水平線から昇る朝日がまぶしいほどの光を放っています。
ムンクという画家のイメージを覆すような激しく色鮮やかな世界。
放射状に広がるスペクトルの光線が花火の破裂のような力で画面全体を覆っています。
際立つのは色の華やかさ。
ばら色に染まった岩場と海はキルトのように色彩と質感が塗り分けられています。
荒々しい筆さばき強い輪郭線。
緑の海岸のなめらかな色彩の広がり。
この大きな壁画を見つめていると強烈な感覚に襲われます。
放たれた太陽光線の広がりを全身に浴びながら視線は黄色い色彩が溶け込む中心へと引き寄せられていくのです。
爆発する白に。
ムンクはきっと楽しんで描いたのでしょう。
すばらしい傑作です。
ではどうしてムンクは『太陽』を描いたのか?ちょっと怪しい教授の講義をどうぞ。
どうも。
え?誰もいない?私が講義しようというのに誰もいない。
そうですか。
でも出席はとります。
孤独だ。
ムンクみたいだ。
先週から画家という人間について考察してまいりましたが私が言わんとすることは…。
ということなのです。
例えばカラヴァッジョ。
確かに彼は強い。
決闘はするわ人は殺めるわと腕力も相当なものだったことでありましょう。
腕力といえばミケランジェロです。
生涯大理石を相手にノミと金づちを振るった筋骨隆々の体でシスティーナ礼拝堂の壁画をたった1人で描き上げたのですからかなりの肉体の持ち主です。
肉体といえば野獣派。
野獣派といえばモーリス・ド・ブラマンク。
体育会系です。
自転車の選手もやっていたくらいの強靭な肉体を持っていました。
ってそういう強さじゃないのです。
画家の本当の強さというのは例えばルノワール。
リューマチで痛む指で最後まで絵を描こうとしました。
モネはほとんど目が見えなくなっても池の睡蓮を描こうとしました。
この精神です。
これが画家の強さだとしたら人類最強の画家は…。
エドヴァルド・ムンクです。
なんですと?あぁ〜!神経衰弱を抱えて人類の不安と絶望と恐れを一身に集めてしまったような繊細なハートの持ち主であるあの画家がどうして人類最強なのか。
あなたたちは何も知らない。
本当のムンクという画家の恐ろしいまでの強靭な姿を。
ではくしくもこの講堂に描かれたムンクの傑作を前に私の講義を始めたいと思います。
オスロ大学の講堂には11枚の壁画が描かれています。
このとき予想もしなかったことが起きていたのです。
ムンク自身にも彼の作品にも。
おやレントゲン写真。
そうある恐ろしい事件をきっかけに。
果たしてムンクに何が起きたのか。
若き日のムンクは夜の画家でした。
陽の当たらない世界で人間の精神の苦悩や不安や恐れを描き続けたのです。
ところが今日の作品『太陽』。
描かれたのはフィヨルドの海に昇る朝日です。
まるで違う画家が描いたような輝ける世界。
オスロ大学の講堂の三方の壁は『太陽』を中心にしてムンクの壁画で埋め尽くされています。
右側の壁に幅10mを超す大作があります。
豊穣の女神を描いた…。
フィヨルドの海辺でどっしりと大地に座るたくましい母親が赤ん坊に乳を与えています。
その周囲で遊ぶ裸の子供たち。
この『アルマ・マーテル』と対になるのが向かい側の壁に描かれた『歴史』という大作です。
フィヨルドの大地に根を生やす老木の木陰で土地の古老が少年に昔話を語りかけています。
共通するのは見事な色使いです。
目のさめるような海の青みずみずしい木々の緑。
陽の当たる岩の白さと暖かみのある土の色。
豊かな色彩で人間の生命の讃歌を歌い上げているのです。
私もそう思いますよ。
しかしです最大の問題は…。
多くの人々が知っているあのムンクがここにはいないということなのです。
ムンクが似合うのは月です。
朝ではなく夜です。
恐怖におびえ憂鬱と不安にさいなまれながら数々の傑作を描いた画家だったはずなのです。
エドヴァルド・ムンクは軍医の父クリスチャン・ムンクの長男として1863年に生まれています。
ムンクに暗い影が忍び寄ったのは5歳のとき。
快活だった父親はふさぎこみ時に激しやすくなりムンク自身その性格を受け継いだと語っています。
再び喪失の悲しみに襲われたのは15歳のとき。
この姉の死が初期の傑作『病める子』を生み出すことになります。
命への痛切しみ渡る悲しみ。
パレットナイフで刻まれたキャンバスの痛み。
この1枚からムンクは出発したのです。
そのムンクが描いた『太陽』は周囲を照らすような力強い作品です。
希望に満ちた鮮やかな色彩。
彼はこの光溢れる世界にどうやってたどり着いたのか。
ノルウェー南部の海沿いにオースゴールストランという小さな漁師町があります。
20代の頃パリやベルリンで活動していたムンクは夏になると毎年のようにオースゴールストランを訪れ絵の制作に励んだのです。
静かな海湾曲した海岸線浜辺にはゴツゴツとした石が転がっていました。
ムンクの作品の舞台です。
ぐにゃりとした曲線の風景。
桟橋では舟遊びから帰ってきた男女が歓声をあげています。
その世界から背を向けて激しい感情を抱えながら石と同化するように座り込む男。
フィヨルドは作品の重要な舞台でした。
『叫び』は30歳のときの作品です。
画家の鋭敏な神経に襲いかかる通りすがりの人間との埋めようのない深い断絶。
溶け込む色彩は恐ろしい音楽の旋律のようにうねるような曲線を描いています。
ムンクは人間の精神に焦点をあてた連作を『生命のフリーズ』と名づけ作品を発表していきます。
オースゴールストランの夏の夜の浜辺。
男女の群れがダンスをしています。
愛の世界に期待を膨らませて踏み入れる若い女性。
踊りながらつながることのない愛の孤独。
諦めと絶望。
ムンクの言葉で言えば…。
恋が始まる喜びも終わる苦しみも人生そのものなのですから。
画家の言葉です。
そのムンクが描いた太陽。
特有の不安定な曲線は消え海から昇る朝日がまぶしいまでに輝いています。
その光のスペクトルは講堂全体に向けられ周囲の壁画の世界を照らしています。
なぜムンクはそれまで一切描こうとしなかった輝く太陽をモチーフにしたのか。
私も独身ですがムンクも独身でした。
生涯結婚しなかった。
病的なまでに結婚を避けていたのです。
ムンクは美男子だ。
ノルウェーを代表する画家だから言い寄る女性たちはたくさんいました。
しかし精神の自由を守ろうとしていたムンクは女性というものに絶望していたのです。
トゥラ・ラルセンムンクの恋人です。
絵のモデルも務めた。
彼女とオースゴールストランで同棲しているときのことです。
エドヴァルドどうして結婚してくれないの?冗談はよしてくれ結婚は人生の墓場だ。
ひどい人!死んでやる!彼女はピストルを持ち出し自殺しようとした。
ムンクは止めようとした。
ピストルが暴発した!暴発した銃弾は彼の左手の中指の骨を粉砕しました。
この事件を境にムンクは変貌するのです。
恐るべきことが起きたのですよ。
新しいムンクが誕生したのです。
もう1人のムンクが。
え?ムンクが2人いた?それはつまり…。
クラーゲリョーはノルウェー南部の岬の町です。
恋人トゥラ・ラルセンとの事件以来放浪と漂泊の旅を続けたムンクはこの小さな港町で暮らし始めます。
そして生涯の大作に打ち込みました。
7年の歳月を掛けて。
そのときもう1人のムンクが生まれたのです。
ラルセンとのピストル暴発事件以後ムンクは神経症の発作に苦しみました。
そしてコペンハーゲンにあった病院で治療のために8か月の入院生活を送ったのです。
精神科医のヤコブソン教授によって当時最先端の電気治療を受けたと言われています。
ノルウェーに戻ったムンクは友人からオスロ大学講堂の壁画のコンペを知らされ応募しました。
オスロのムンク美術館にはそのときの下絵が残されています。
ムンクは壁画の制作のために100枚を超える下絵を描きました。
その中心に据えられたのが輝く太陽。
命を育む光の世界です。
ふだん絵を見ない人でもこの絵から啓発教育という意図を感じるでしょう。
その本質であり源である光に溢れているからです。
絵は力強く生き生きとして希望を感じさせます。
かつてのムンクは夜の画家でした。
夕暮れ白夜を舞台に人間の精神を見つめた画家でした。
そのムンクが初めて『太陽』に挑んだのです。
独特のうねるような曲線はどこにもありません。
ばら色に染まった岩場は力強い輪郭で象られています。
陸と海とを分かつ青々とした緑が明るい光に照らされています。
鮮やかな青の水平線。
奔放な筆さばき色彩のリズム。
放射状に広がるスペクトルの光線は花火のように輝きを炸裂させて画面全体を覆っています。
エドヴァルド・ムンクは生まれ変わるように太陽という生命の根源へと向かっていったのです。
爆発する白の中へ。
私は冒頭で世界最強の画家はエドヴァルド・ムンクであると申しました。
それはなぜか。
人はなかなか自分の心と向き合うことはできないものです。
しかしながらムンクは呪われた宿命と戦った。
不安と憂鬱と死の強迫観念と戦い心の暗黒と格闘し苦しみ傷つきボロボロになりながらも戦い続けました。
女性との愛に苦しみ女性の支配と束縛と抗い絵画芸術に昇華させるという離れ業をやってのけた。
そして生まれ変わってしまった。
まったく新しい世界を手に入れたのです。
こんな強い人他にいますか?その集大成人生のどんでん返しがこの講堂を彩る鮮やかな壁画なのですよ。
太陽の光は講堂全体に向けられ周囲の壁画に描かれた人間たちを照らしています。
ゆるぎない人間の存在。
おおらかな営み。
暖かな光に包まれて。
でもどうして誰もいないんだ?教授今日は日曜日です。
ハァ…講義を終わります。
ところで皆さん夜のムンクと…太陽のムンク…。
どちらがお好きですか?私にはわからない。
オスロ大学の講堂に太陽が輝いています。
長いノルウェーの冬を照らすように。
夜の闇に迷わぬように。
エドヴァルド・ムンク作『太陽』。
希望の光喜びの歌。
北海道・日高町。
2014/06/21(土) 22:00〜22:30
テレビ大阪1
美の巨人たち エドヴァルド・ムンク『太陽』[字]
毎回一つの作品にスポットを当て、そこに秘められたドラマや謎を探る美術エンターテインメント番組。今日の一枚は、光あふれる、エドヴァルド・ムンクの問題作『太陽』。
詳細情報
番組内容
今日の一枚は、エドヴァルド・ムンク作『太陽』。ノルウェー・オスロ大学の大講堂に収められた壁画のひとつ。フィヨルドの海に昇る朝日がまぶしく光に満ちあふれた油絵です。それまでのムンクは、闇の中で恐怖や不安にさいなまれながら多くの傑作を生み出しました。ところがなぜ太陽を描くことにしたのか?それは壁画に取り掛かる前に起きたある事件が関わっていました。ムンクが闇から解き放たれるまでの闘いの軌跡をたどります。
ナレーター
小林薫
音楽
<オープニング・テーマ曲>
「The Beauty of The Earth」
作曲:陳光榮(チャン・クォン・ウィン)
唄:ジョエル・タン
<エンディング・テーマ曲>
「終わらない旅」
西村由紀江
ホームページ
http://www.tv-tokyo.co.jp/kyojin/
ジャンル :
趣味/教育 – 音楽・美術・工芸
ドキュメンタリー/教養 – カルチャー・伝統文化
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