2014年6月22日放送
人工知能との共生が 明るい未来を切り開く
今年春行われた、プロ棋士と将棋ソフトのガチンコ対決。400年の歴史を持つ究極の頭脳集団に挑んだのは、日本の技術の粋を集めた将棋ソフト。特設会場やインターネットの生中継でのべ200万人以上が見守りました。果たして、その勝敗はいかに!なんと、プロ棋士有利の下馬評を覆し、結果は将棋ソフトの4勝1敗。将棋界に衝撃が走りました。なぜ、これほどまでに将棋ソフトは強くなったのか!
第一局、出場したのはデビュー5年目の菅井竜也五段。通算勝率7割を超える若手のホープ。対するは、大手企業のエンジニア・竹内章さんが作ったソフト「習甦(しゅうそ)」。実際に駒を動かすのは、将棋ソフトから命令を受けて動くロボット、電王手君です。先手、菅井五段は得意の中飛車。主導権を握りますが、習甦もスキを見せません。
プロ棋士と対等に渡り合えるようになった将棋ソフト。しかし数年前まで、プロ棋士に勝つのは遠い先と思われていました。将棋は敵から奪った駒を使えるため、極めて複雑な計算が必要なゲーム。考え得る局面の数は最大で10の220乗。「81マスの宇宙」とも言われ、計算能力が高いコンピュータでも、すべての局面をしらみつぶしに計算することは不可能でした。一方、プロ棋士は、コンピュータとまったく異なる方法で正解を探すことができます。かつて羽生名人が参加して、ある局面の次の一手を考えてもらい、読んだ手の数をアマチュアと比較するという実験が行われました。...結果は意外!羽生名人は上級者より少ない手しか読んでいませんでした。つまり膨大な選択肢の中から「良さそうな手」を、直感を頼りに絞り込み、深く掘り下げていたのです。
ところが最近のソフトは、こうしたプロ棋士に匹敵する能力を身につけ始めました。第一局で、それがいかんなく発揮されたのが46手目。後手の習甦が「5三銀」を指します。5三銀は、攻めるのか守るのか、狙いがわかりにくい手。解説するプロの評価もあまり良くありませんでした。菅井五段は、銀が動いた瞬間をとらえ、4筋から攻撃を仕掛けます。しかし次の手によって、5三銀に込められた構想が明らかに!4六歩。4筋の攻撃の要である飛車の効きを止める一手が、習甦から打たれました。4筋からの攻勢を引っ張り込みスクラムを組んで逆襲する...それが5三銀のねらい。この一手を期に攻守は逆転しました。「(菅井五段)負けました。人間でいうと、強い人じゃないと指せない手ですね。」
どうしてプロを上回る名手が指せたのか?その秘密が「機械学習」。このソフトは、過去5万局近いプロの対局を分析した上で、膨大なデータからプロの考え方や傾向を学びます。その結果、力ずくで計算するのではなく、人間と同じように「良さそうな手」を選び出すことができるようになりました。この方法が確立されると、ソフトの実力は飛躍的に向上。プロから勝ち星を挙げるように。それでも将棋ソフトは、地力ではトッププロには及ばないと思われていましたが・・・、開発者・大の羽生名人ファンの竹内さんは、少しでも羽生名人に近い指し手を将棋ソフトに指させようと、通常学習させるプロ棋士の棋譜の2倍~4倍を羽生名人の棋譜で学習させていたんです。
続いて第二局。さらに人間らしさを出そうとした将棋ソフト「やねうら王」が、佐藤紳哉六段と対戦です。その機能とは...一度おかした失敗を繰り返さない"反省機能"。開発したITベンチャーの経営者・磯崎元洋さんは、プロに研究されても負けないように、形勢を損ねた悪い手を二度と指さない"反省する機能"を取り入れました。
対戦した佐藤六段。練習を重ねるたびに変化していくソフトに戸惑い、弱点をつかめないまま本番に臨みました。持ち時間を全て使い切る大熱戦。10時間近くに及んだ対局は・・・やねうら王の勝ち。「(佐藤六段)反省して次は違う手を指すとか、人間の考え方に近づいてる感じですよね。」こうして、棋士に肩を並べた将棋ソフト。でも、それって私達の生活にどんな関係があるの?
そこで訪ねたのは、東京大学で人工知能を研究している鶴岡慶雅准教授。鶴岡さんは、日本を代表する将棋ソフトの開発者。その経験から得られたノウハウが人工知能の進化に大いに貢献しているといいます。今、力をいれているのが、英文の間違いを指摘してくれるソフト。将棋ソフトと同じ仕組みで、人工知能に「言葉」を学ばせようという試みです。この研究が進めば、論文や小説も、たった一日で翻訳が可能になると言います。さらに、医学論文や病気の治療法を覚えさせれば・・・ある症状を訴える患者がどんな病気の可能性があるかを考え、医師の診断を助けてくれます。現在、アメリカで実用化の実験が始まっています。
将棋ソフト対プロ棋士の第3局。戦ったのは、将来の名人候補との呼び声も高い、若手の豊島将之七段です。豊島七段は、この対局に、ある秘策を用意していました。序盤から駒がぶつかり合う激しい展開となる「横歩取り」。将棋の歴史のなかで圧倒的に前例の少ない戦法です。豊島七段は、対戦が決まってから1000局近く練習を重ね、ソフトの弱点を発見していました。それは「前例のない局面に誘導し、攻め合いを挑む」というもの。シンプルな攻め合いになれば、人間の方が深く読めるとみたのです。
「(豊島七段)人間だと感覚で詰むか詰まないかを判断できますし、しっかり30手読み切ることも時間があれば可能ですけど、コンピュータはたぶんそこまで読めない。」前例のない局面に誘い込まれたソフトは苦戦を強いられました。「(豊島七段)ああいう将棋にするのは人間も怖いと思うんですね。そこをあえて踏み込んでいけば、コンピュータもそれほど完璧な手を指せるわけではない。」結果は豊島七段の圧勝。未知の局面を切りひらく人間ならではの「創造力」。これが、勝利を呼び込んだのです。
さらに、「人工知能は人間の敵ではなく、中高年の良きパートナーになる」と考える棋士も現れました。第4局、大熱戦の末、惜しくも敗れた森下卓九段、47歳です。森下九段はトップリーグに10年在籍し、羽生名人に挑戦するなど第一線で活躍してきました。しかし、40代に入ると、体力や集中力の衰えが少しずつ現れてきました。ベテラン棋士の宿命。成績は急速に落ち込み、限界さえ感じていました。そんな中、出会ったのが今回の将棋ソフト。いつでも好きな時に対局できる心強い相手でした。将棋ソフトの力を借りて練習を
始めてからは、絶好調。9年ぶりに勝率6割をキープ。全盛期の力を取り戻しつつあると言います。
渡辺徹さん(俳優)
私、森下先生とは懇意にさせていただいて、このあとにも電話で話したんですけども、確かに調子が上がったっておっしゃってましたね。ほかの成績もすごく良くなったっていう。だから勝ち負け考えちゃいけないでしょうね。勝ち負けとは違う。あくまでも、ツールとして、「使うものがコンピュータ」なのであって、勝負しちゃいけないものなんじゃないかなっていう気はしますよね。
茂木健一郎さん(脳科学者)
一番肝心なことを1つ言うと「創造性」なんです。何か新しいものを生み出すって結局、価値観と関係するので。コミュニケーションなんかもそうです。実は、コンピュータがいまだに苦手なのが「雑談」だと言われていて。雑談って、コンピュータは意味がわかんないんですよ。「何のためにそんなことやるのか」って。でも人間は絆を深めたり、自分にとって大事な価値観で雑談する。ですから最近、発表されたロボットは感情を入れたと。ここら辺が、今後人工知能の研究では一番ポイントになるんですよね。