Updated: Tokyo  2014/06/23 15:37  |  New York  2014/06/23 02:37  |  London  2014/06/23 07:37
 

孤軍奮闘の「鬼嫁」、子育て両立を阻む壁-日本経済に機会損失

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  11月2日(ブルームバーグ):都内大手通信会社で働く鈴木照江さんは、14年前に長男を出産した時、子育てと仕事を両立させるために夫を残して実家に戻った。85年の男女雇用機会均等法からすでに13年を経ていたが、その行動は「周囲には鬼嫁と映ったようだ」と振り返る。

夫との別居に踏み切ったのは保育園がなかったから。仕事に復帰するために、平日は実家の妹にベビーシッターを頼み、夫とは週末だけ一緒に過ごす生活が7年続いた。

「主人を一人残して、掃除、洗濯、食事の支度をしないという状態は、日本社会で鬼のような嫁と受け取られていた」と鈴木さんは振り返る。「鬼嫁」という言葉は、05年にフジテレビが身勝手で夫を虐待する妻を描いたドラマ「鬼嫁日記」で広く知られるようになった。

もっとも長男、長女の出産を経て仕事を続けている鈴木さんは、環境に恵まれた一人だ。今は制度は良くなったが、働く母親に対する「意識は変わらない」と感じている。

働く意欲のある女性が家庭との両立ができず退職を余儀なくされるケースは依然多い。上智大学国際教養学部の大石奈々准教授によると、第一子出産後に仕事を辞める女性は現在おおむね7割に上る。ゴールドマン・サックス(GS)によると、米国では3割程度という。

GSのキャシー・松井ストラテジストは、日本では大学卒業の女性就業率が66%と、経済協力開発機構(OECD)加盟国の70-90%に比べて低いと指摘。「日本経済に相当規模の機会損失をもたらしている」と述べ、女性就業率が男性並みに上昇すれば、日本の国内総生産(GDP)を最大15%押し上げる可能性があるという見通しを示す。

世界87位

世界経済フォーラムの今年の報告によると、日本女性の労働市場への参加割合は144カ国中87位。GSの松井氏は「硬直的な勤務時間や働く母親への支援策の不足」を要因に挙げる。

採用・配置・昇進の機会均等をうたった男女雇用機会均等法が成立したのは85年。当時は事業主の努力義務だったが、97年の改正法で差別は禁止された。労働時間は、02年の育児介護休業法で、3歳までの子を養育する親に労働時間短縮などを適用する努力義務を事業主に課し、10年6月には、労働者の求めに応じて1日6時間の短時間勤務制度を認めるよう義務付けた。

法政大学の武石恵美子教授は「制度だけで言えば、欧米と比べて極端な遜色があるわけではない」と指摘、問題は運用が徹底していないことだと強調する。時短勤務でも仕事にトラブルがあれば帰りづらくなるし、延長保育の手続きが必要だと、いつでも残業できるというわけにはいかないと話す。

厚生労働省の08年の調べでは、「子を持つ直前の就労形態を続けたかったが辞めた理由」として、「勤務時間が合わない」は65.4%、「職場に両立を支援する雰囲気がなかった」は49.5%に上る。

権利を行使しない

GSの松井氏が成功例と評価するのが、英国政府が03年に「柔軟性の請求権」を法制化した事例だ。松井氏によると、6歳までの子を持つ親に柔軟な勤務時間を要求する権利を与えたもので、対象となる被雇用者の約4分の1(約1400万人)が権利を行使。政府は07年、高齢者介護の労働者265万人、16歳までの子を養育する450万人にも権利の対象を拡大したという。

日本では、3歳までの子を持つ親に同様の要求ができるよう制度化したにもかかわらず、10年の国立社会保障・人口問題研究所の調査では、第一子出産後に職場復帰した女性は全体の38%。同年の厚生労働省調査では仕事を継続した女性のうち時短制度を利用した割合は35%となっている。

鈴木さんも復帰後、時短制度を使わなかった。「将来の昇進の道が閉ざされる」と感じたからだ。「トップギア」で走っている中、時間を短縮して同じ成果を出すのは難しい。何度も「何が不満でこんなに頑張っているの」と自問し、「これ以上、仕事で責任を持てば犠牲が増えるだけ」と昇進をあきらめるよう自身に言い聞かせた。しかし、どうしても「家族だけ」という選択はできなかったと語る。

男女の役割分担意識

鈴木さんが何より苦しんだのは、目に見えない意識ギャップだ。職場の男性は働く女性に理解があった。しかし、「子育て」を理解しているとは思えなかった。職場で午後7時と言えば、まだ退社には早い時間だが、子どもの食事の支度には遅い時間だ。「専業主婦を妻に持つ男性は、なぜ午後7時が遅いかと考えない」と感じた。

総務省の06年社会基本調査によると、6歳未満の子供を持つ夫の家事・育児に費やす時間は、米国、欧州などは軒並み1日当たり3時間を超えているのに対し、日本は約1時間にとどまっている。

法政大学の武石教授は、日本では男性も女性も根強い役割分担意識にとらわれる傾向にあると指摘する。結婚すれば「女性が子育てを引き受ける」のが当然で、女性は「夫の出世に差し障るから、育児は頼めない」と考えがちだという。

「お母さん」を求める男性

鈴木さんは、近所の専業主婦のお母さんたちが甲斐甲斐しく子どもの世話をする様子を見て、こうして育てられた男の子は将来、同僚女性に同じ女性像を求めるのは想像に難くないと感じたという。「男性が変わらない背景には、日本のお母さんという存在があるかもしれない」と鈴木さんは語る。

国立社会保障・人口問題研究所の10年の調査によると、結婚している女性約6700人のうち、「子どもが小さいうちは、母親は仕事を持たず家にいるのが望ましい」と回答した妻は69.5%に上る。

都内の総合商社で働く緒方洋子さん(46)は、92年に総合職として入社し、4年後に社内結婚した。当時、同僚や上司から「旦那に尽くさなきゃダメじゃないか」と揶揄され、夫にも「奥さんをいつまで働かせるのか」と詰め寄る上司がいたという。

女性でも必要な戦力になれると認められたい一心で、男性が翌日に回す仕事も深夜まで残業して仕上げた。夫は「そこまで頑張らなくても僕の給料で食べていけるはず」と理解を示さなかった。小さなチームを持ちプロジェクトの責任者を任された36歳のころ、妊娠が分かった。

妊娠が喜べなかった

最初に頭に浮かんだのは「これだから女は使えない」と言われることだった。妊娠を喜べず複雑な気持ちのまま深夜労働を続け7週で流産した。夫とはこの年の暮れに離婚したが、仕事は今もフルタイムで続けている。

「46歳になり、今は家族を持つことより老後をどう過ごすかが気になっている」と緒方さんはいう。若いころは、政治家が保育施設拡充を声高に訴えるのを聞き、いずれ女性が働きやすい時代になると期待したが落胆に終わった。今は、仕事を辞めて自分に何が残るのか、「あんなに自分を犠牲にしてきたのに、全く分からない」と語った。

現状を打開するには個人の頑張りに任せるのでなく、「トップダウン」で環境をつくり出すことが必要だと、日本で外資系企業へ人材を派遣するヘイズのクリスティーン・ライト代表取締役は語る。働く女性がストレスを抱えていると次の世代にも大きく影響を及ぼすからだ。

なりたくない「ロールモデル」

携帯電話会社で販売業務を担当する松本莉緒さん(25)は、結婚したら専業主婦になりたいと考える一人だ。両親が共働きでほとんど家におらず、祖母に育てられたという松本さんは「子どもを育てるための時間をきちんと持ちたい」と考えている。

「キャリアウーマンには憧れるけど、がむしゃらに働いてばかりの生活は辛いと思う」というのが大きな理由。「適度に働き、時間に追われないという選択肢があれば子どもがいても働こうと思えるかもしれない」と述べた。

少子高齢化が進む日本では、18年後の30年に国民の3分の1が65歳以上の高齢者となる一方、労働力人口は06年比で1070万人(16%)減少する。政府は各種雇用施策を講じることで、この減少を480万人程度にとどめることを目標としている。

保育施設の受け入れ児童数は大幅に拡大したが、それでも預ける要件を満たしながら定員などの問題で入所できない児童数は11年で2.6万人。待機児童の8割は首都圏、近畿圏の大都市部に集中している。

GSの松井氏は、政府主導で行える施策は多いと指摘する。大胆な規制緩和による保育施設の拡充や、移民政策を改革してベビーシッターや高齢者介護、家事を外部に頼める環境をつくること。また、労働時間をよりフレキシブルにできる権利を親に与えることなどだ。

貧困・高齢化で意識が変わる

武石教授は強制的に意識が変わる環境がいずれつくり出されるとみている。その一つは、共働きをしないと生きていけない社会になり、「普通の主婦」が存在しなくなることだ。一人当たりの平均年収の低下が続けば2人で働くことが普通になるかもしれないとみる。

もう一つは、介護問題で男性が主体的にかかわる社会になること。間近に控えた超高齢化社会で、妻が夫の両親と合わせて4人の高齢者を介護するのは難しい。現在の中高年男性が自分の両親の介護に直面したとき、初めて仕事とのバランスを考えるようになると指摘する。

記事に関する記者への問い合わせ先:東京 萩原ゆき yhagiwara1@bloomberg.net;東京 Chris Cooper ccooper1@bloomberg.net

記事についてのエディターへの問い合わせ先:Young-Sam Cho ycho2@bloomberg.net;大久保義人 yokubo1@bloomberg.net

更新日時: 2012/11/02 11:26 JST

 
 
 
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