静かに敗戦を受け入れたボスニア
日々是世界杯2014(6月21日)
2014/6/22 20:40配信 宇都宮徹壱/スポーツナビ
イトゥで何が起こっているのか?
大会10日目。この日は13時(現地時間。以下同)からアルゼンチン対イラン(@ベロオリゾンテ)、16時からドイツ対ガーナ(@フォルタレーザ)、そして18時からここクイアバで、ナイジェリア対ボスニア・ヘルツェゴビナの試合が行われる。ちなみにクイアバは、ベロオリゾンテやフォルタレーザとマイナス1時間の時差がある。よって日本との時差はマイナス13時間。グループCの第3戦が行われる24日は、日本対コロンビアがクイアバで16時、ギリシャ対コートジボワールがフォルタレーザで17時のキックオフとなっているが、1時間の時差があるので、結果的に同時刻のキックオフとなる。
この日は、アルゼンチン対イランの中継映像を横目で見ながら、たまりにたまった洗濯物を手洗いし、劇的なメッシの決勝ゴールを見届けてからスタジアムに向かおうと思っていた。ところが、何気なくツイッターのタイムラインを見ていると「日本代表の練習が急きょ中止」「アルベルト・ザッケローニ監督と原(博実)技術委員長が会見」という情報が飛び込んできて、大いに慌てた。いったいイトゥで何が起こっているのか?
そもそも原委員長が同席というのは、何やらただならぬ雰囲気を覚えずにはいられない。報道によれば前日、両者はこの2試合について「腹を割って話し合った」という。もしかして両者の間に決定的な溝が生じ、その結果「重大発表」が行われるのではないかと思わず身構える。しかし結局は「選手が精神的に疲れているので休養をとることにした」という説明のための会見だったようだ。その間、ホテルを出るに出られず昼食をとりそこねてしまったが、心配が杞憂(きゆう)に終わったのは何よりであった。
今日の試合が行われるアレナ・パンタナウには、たまたま通りがかりに見つけた民間バスに乗って向かうことにした。およそ30分ほどのドライブで2.80レアル(約130円)だから、かなりリーズナブルだ。乗客の大半はブラジルのレプリカを着ていて、時おり歓声を挙げたり、チャントを歌い始めたりと実に賑やか。窓の向こう側はずっと代わり映えしない風景が続いていたが、まったく退屈することなく目的地に到着することができた。
オフサイドで取り消されたジェコのゴール
さて、この日ナイジェリアと対戦するボスニア・ヘルツェゴビナは、今大会で私が2番目に応援しているチームである。もちろん、元日本代表監督イビチャ・オシムの祖国であることも理由のひとつだが、それ以外にも個人的な理由があった。
それは今から17年前の1997年、内戦終結から間もないボスニアの首都サラエボで国内リーグを取材したときの強烈な印象が、ずっと忘れられなかったからだ。戦禍の跡が生々しく残るかの地で、それでもフットボールはしぶとく生き残り、大人も子どもも魅了し続けていた。その光景を目の当たりした私は、遠からずこの国がワールドカップ(W杯)に出場するであろうことを確信した。あれから17年。ついに夢の晴れ舞台で、ボスニア代表の試合を観戦する日を迎えることとなったのは、実に感無量である。
試合は、両チームそれぞれの持ち味が随所に出た、見応えのあるものとなった。ナイジェリアはスピードと固いディフェンス、そしてボランチからの思い切りの良いシュートがストロングポイントで、非常に組織化されている印象。対するボスニアは、ボールを持ったときのうまさとアイデアの豊富さ、そして何といってもワントップのエディン・ジェコの存在感である。高さを生かしたポストプレー、自ら受けての反転シュート、そしてディフェンスラインを抜け出してのシュート。前半21分には、ズベズダン・ミシモビッチのスルーパスから巧みに抜け出してネットを揺らしてみせたが、次の瞬間にフラッグが上がった。しかしリプレー映像を見ると、ボールを受ける前のポジションはオンサイド。明らかな誤審であった。
対するナイジェリアは29分、ワントップのエマヌエル・エメニケがドリブルで右サイドから切り込む。対応したエミル・スパヒッチを強引なドリブルでかわし、折り返したところをピーター・オデムウィンギーが決めてナイジェリアが先制する。ナイジェリアの選手たちが喜びに沸き立つ中、スパヒッチはエメニケに振り切られる際にファウルがあったことを主審に主張。しかしこの訴えは認められず、結局これがこの試合唯一のゴールとなった。
チームとしての完成度が高かったナイジェリア
終わってみれば、返す返すもジェコのゴールが取り消されたのが残念でならない。しかし彼らは、そのことを激しく主張することはなかった。試合後、サフェト・スシッチ監督の会見と、ジェコのミックスゾーンでの対応を見る機会があったが、いずれも「あれはオフサイドではなかった」としながらも、レフェリングのミスをことさらあげつらうことなく、静かに敗戦を受け入れていた。その点では、開幕戦でPKの判定を受けたことを激しく非難していた隣国クロアチアと、大きく異なる。初出場ゆえなのか、それとも国民性ゆえなのか。ボスニアのグループリーグ敗退が早々に決まったのは何とも残念だが、それでも彼らの健闘ぶりには心からの拍手を送りたい。
他方、ナイジェリアのチームとしての完成度にも感心した。ジョン・オビ・ミケルとオジェニ・オナジのダブルボランチは、無尽蔵の運動量と正確なミドルシュートを武器に、果敢に攻撃参加しながらボスニア守備陣にプレッシャーを与え続けた。そして4枚のディフェンスラインは、両サイドがオーバーラップすることはほとんどないものの、つねにコンパクトなラインを保ちながらボスニアの攻撃をはじき返す。終盤、相手が前線に5枚の選手を並べてパワープレーを試みたときも、最後まで冷静に対処続けて失点をゼロに防いだ。かつてのナイジェリアは、フィジカルとスピード、そして個々のひらめきに依存しすぎる傾向が強かったが、今回のチームは非常にオーガナイズされているのが特徴。仮にグループリーグ突破を果たしたなら、さらに上に行ける可能性も十分にありそうだ。
最後に、当地の気候について触れておきたい。記録によれば、この日の気温は29度、湿度は55%。しかし体感的には、より蒸し暑さを感じた。スシッチ監督も、この気候がチームに不利に働いたという主旨の発言をしている。日本対コロンビアの試合開始が、今日よりも2時間早いことを考えれば、さらに気温と湿度が高くなる可能性もあるが、より苦しむのはむしろ相手のほうかもしれない。いずれにせよ当地の気象条件は、グループリーグ最終戦の結果を左右する大きなカギとなりそうだ。
<つづく>
宇都宮徹壱(うつのみやてついち)
1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)。近著『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。自身のWEBサイト『徹壱の部屋』(http://supporter2.jp/utsunomiya/)でもコラム&写真を掲載中。また、有料メールマガジン「徹マガ」(http://tetsumaga.com/)も配信中
- 前へ
- 1
- 次へ